Overkilled Red(Overkill Dread)後編◆wUZst.K6uE
気がついたときには、時計の針は17時を回っていた。
あのあと――竹取山で潤さんと別れたあと、僕は奇跡的に一度も転倒することなく、自転車で麓まで駆け下りることができた。火事場の何とかというのは、バランス感覚にも適応されるものなのだろうか。
竹取山を抜けたあと、玖渚さんを抱えて一心不乱にネットカフェへと向けて走った。自転車は山道での無茶な走行のせいかどこかが不具合を起こしたようで、それにやはり片手での走行は難しいということもあり、途中で乗り捨てることにした。
ネットカフェに向かったのは、とにかくどこか安全な場所に腰を落ち着けたいという気持ちがあったのと、ネットカフェに荷物を放り込んでおいた、という潤さんの言葉が頭にあったからだった。
そこにいれば、潤さんがあとから追いついてきてくれるかもしれない。そんな期待もあった。
いつの間にかネットカフェに着いていた、と言えるくらい途中のことは何も覚えていなかった。どんな道を通ってきたのかも、どのくらい時間がかかったのかも。
中に入る前に、一度だけ振り返って竹取山を仰ぎ見た。
空が燃えていた。
そんな表現が大袈裟でないくらいの勢いで、上る前にはあざやかな緑色だった竹取山が真っ赤に燃え上がり、その向こうの空までも炎の色に染め上げていた。日が落ちた後だったなら、相当遠くからでもはっきり見えたことだろう。
さっきまであの中にいたというのが嘘のようだ。
店の中に入ると、確かにデイパックがふたつ、入り口のすぐ近くに放り込まれていた。ふたつあったことに一瞬いぶかしんだが、真心が捨てたデイパックを拾ったと潤さんが言っていたのを思い出し、納得した。
通路に死体が転がっていたのにも少しぎょっとしかけたが、死亡者DVDにネットカフェ内の映像があったのをすぐに思い出した。真庭狂犬、という人の映像だったか。
そのままにしておくのが何となく忍びなかったので、近くの個室に運びこんで安置しておいた。何の救いにもならないだろうけど。
それからなるべく広い個室を探し、そこに回収したデイパックをまとめて置いておく。さらに玖渚さんを中に入れて、シートの上にそっと横たえた。
玖渚さんは寝入っていた。
自転車から降りたときにはすでに、籠の中ですやすやと眠っていた。ただ眠っているようにも見えたが、火事の煙による酸欠や中毒症状を一応懸念して、とりあえず安静にしておくことにした。
もしかしたらジェットコースターさながらの自転車走行で気絶しただけかもしれなかったが。
火傷などの外傷がないことを確認したのち、玖渚さんを個室に残していったん外に出る。
ひどく喉が渇いていた。
ドリンクコーナーを見つけ、そこでグラスにお茶を注いで一気に飲み干す。このときばかりは、ここにネットカフェを配置した主催者に感謝した。あるいはネットカフェという施設を考案した誰かに。
玖渚さんも目を覚ましたら何か飲むだろうと思い、ジュースを自分のぶんも含めて二杯注ぎ、トレイに乗せて個室へと運ぶ。まだ起きてはいなかったので、とりあえずデスクの上にトレイごと置いておく。
奥のほうにシャワールームを見つけたので、それも使わせてもらうことにした。身につけていた武器をすべて扉の外に置き、脱衣所で制服を脱ぐ。片腕を失った状態だったので少々難儀した。
自転車に乗っているときにも思ったが、単に片手が使えないというだけでなく身体のバランスが取りづらい。慣れるまでは色々と苦労しそうだ。
シャワー室は一室につき一畳ほどの広さだった。一人用にしては十分な広さだ。
蛇口をひねり、温水を頭から浴びる。傷口を中心に、身体についた汚れや血を洗い落とした。
血の混じった水が排水溝に流れていく。
それを眺めながら、しばらくの間ぼうっとしていた。身体を洗い終わっても水を止めることなく、放心したように立ち尽くして頭に水を浴び続けていた。
本当にこれでよかったのか、という思いが頭にはびこる。
この場は任せる、なんて相手を信頼したような言葉を吐いて、結局は逃げただけなんじゃないだろうか。潤さんを、僕の身代わりにしてしまっただけのことなんじゃないだろうか。
あそこで、潤さんと一緒に戦っていたら。あるいは一緒に逃げていたら。
あの場で最善の選択とは何だったのか。いくら考えても答えは出なかった。
「考えるだけ無駄、なのかな……」
水を止め、備え付けのタオルで身体を拭く。
下だけ衣服を身につけ、上半身は裸のままで脱衣所を出る。服を着る前に、怪我の処置を済ませないといけない。
とはいえ、所有物の中に医療品などがあるわけじゃないから応急処置すら満足にできないのだけれど――
「…………あ」
そこではたと気付く。そういえば、自分のデイパックを竹取山に置いたまま忘れてきていた。真心と格闘する際に地面に下ろしてそのままにしておいたのだった。
あの中に入っていたのは、食料などの基本支給品以外では図書館で見つけた資料の類だけだったはず。武器はすべて身につけていたし、スマートフォンは玖渚さんに電話したときにポケットに移しかえてあった。
資料はすべて、ざっとではあるが目を通しているし、DVDと詳細名簿に関しては玖渚さんが全部暗記したと言っていた。なくなってもさほど支障はないだろう。
地図などの支給品は玖渚さんから借りればいい。潤さんと真心のデイパックも手元にあるけど、あの二人の荷物を勝手に使うのは、今のところはばかられる。
あの二人が生きている可能性を、僕はまだ捨てきれずにいる。
次の放送が流れるまでは、せめて。
感傷に浸っている場合じゃないというのは、百も承知なのだけれど。
個室に戻る途中でスタッフルームの扉を見つけたので、都合よく手当てに使えるようなものがないかどうか探してみたところ、消毒用のアルコールと包帯が棚にしまってあるのを発見した。
それらを使ってできる限りの処置をする。素人治療そのものだったが、何もしないよりはましだろう。
傷口に包帯を巻き終えてから制服を身につけ、千刀を元の通りに収納し直す。ゴム紐をどうしようか迷ったが、これも元通り腕に巻いておくことにした。竹取山でやったように、いざというとき武器に使えないこともない。
個室に戻ると、玖渚さんはまだ眠っていた。また喉が渇いてきたので自分のぶんのジュースを一口飲み、何となくパソコンの電源を入れる。図書館のときとは違い、普通に立ち上がった。
「…………ふう」
すべてを吐き出すように大きく息をつく。
疲労感が全身に重くのしかかっていた。人心地ついたことで、麻痺していた疲れと痛みの感覚が徐々に戻ってきたらしい。ネットカフェまで移動してくる間にこの疲労を自覚していたら、途中で力尽きていたかもしれない。
しばらくの間、何をするでもなくパソコンの画面を眺め続ける。
そして気がついたときには、時計の針は17時を回っていた――というのが今に至るまでの経緯になる。
竹取山を下っていたときはあれほど時間が長く感じたのに、ここに着いてからはあっという間だった。こういう効果を何というのだったか。
潤さんは未だ姿を現さない。別にここで待ち合わせているわけではないけれど。
やはりあの状況から脱出するのは無理だったのだろうか。あえて考えないようにはしていたけど、始めから命と引きかえに僕たちのことを助けるつもりだったのだろうか。
火憐さんに続いて、またしても僕は――
「…………いや、そんな場合じゃない」
嘆いていても何も好転などしない。考えるべきことは他にある。
さすがにこれ以上、何もせず時間を無駄にするわけにはいかない。ずっとここに留まっているわけにもいかないし、今はとにかく行動を起こさないといけない。
でないと、それこそ潤さんや火憐さんに申し訳が立たない。
後悔するのは後回しだ。これからの最善に向けて、僕にできることをやろう。
考えてみれば、伊織さんに教えてもらってからずっと確認していなかった。玖渚さんがチェックしているだろうから、という思いがあったせいかもしれない。
パソコンの画面に掲示板のページを表示させる。
伊織さんに見せてもらったときには、玖渚さんの書き込み以外では黒神さんに関する情報しかなかったはずだけど……
「これは……玖渚さんが電話で言ってた書き込みか?」
ランドセルランドで待ちます、とだけある簡潔な文。
研究施設で、掲示板の管理人あてに送られてきたメールの主との会話でそんな話題が出てきていたような記憶がある。委員長、というのが詳細名簿で見た
羽川翼さんで、このメッセージをあてた相手が、電話の相手でもあった
戦場ヶ原ひたぎさんという人か。
電話での会話を傍らで聞いた限り、戦場ヶ原さんは玖渚さんとは協力関係を結んだようだけど、僕にとっては厄介な立ち位置の人物だ。黒神さんが殺した
阿良々木暦、その知り合いというのが戦場ヶ原さんらしい。
黒神さんを助けようとしている僕にとっては、障害となるかもしれない相手。
できれば余計な敵を作りたくはないし、この戦場ヶ原さんにも殺し合いを止める目的で協力関係を結んでほしいのだけれど。
あのDVDも、中身を知った今となっては誤解を解くどころか、真実を見せ付けることしかできないものだし――
「ん? これは――」
『情報交換スレ』という名前のスレッドに、玖渚さんの使用するトリップ「◆Dead/Blue」で書き込みがされているのを見つける。
その内容を見て、僕は驚きを禁じえなかった。
阿良々木暦、真庭喰鮫、と名前が縦に連なり、その後ろに動画を再生するためのリンクが貼られてある。
その上にある文章を見れば内容を確認するまでもなかったけど、念のためリンクのひとつをクリックしてみる。やはりというか、僕にとっては一度観たはずの映像が画面に再生される。
まぎれもなくそれは、あの死亡者DVDの映像だった。
「やられた……」
電話で話していた「新しく載せておいた情報」というのはこれのことか。
玖渚さんが電話で会話しながらもキーボードを叩き続けていたのは見ていたけれど、まさか僕の目の前でこんなものを作成していたなんて……もはや感心すら覚える。
どの程度の人がこの掲示板を見ているのかわからないけれど、もはや黒神さんが危険人物だという情報は周知のものになったと言っていい。黒神さんのことを知らなかったら、この映像を見れば僕でも危険だと判断するだろう。
しかもその下には、別の誰かがご丁寧にも殺した人の名前を書き連ねてくれている。これからは
黒神めだかという名前を出すことも迂闊にできそうにない。
明らかに、僕の不用意さが原因だった。
僕が不用意にあのDVDを見せてしまったせいで、その上あの映像の使い道について言い含めておかなかったせいで、黒神さんを助けるどころか、より窮地に追い込んでしまった。
「どこまで失敗を繰り返すつもりなんだ、僕は……」
10個あった映像のうち8個までしか載っていないのは、たぶん玖渚さんにとって都合の悪い映像だったからだろう。様刻くんの映像を載せていないのはありがたいけれど、そこから玖渚さんの恣意性を感じ取ってしまう。
玖渚さんは、あくまで黒神さんを排除するつもりでいるのか。
遅かれ早かれ僕がこの書き込みに気付くことは分かっているだろうに、それを顧みずにこんな書き込みをするあたり、僕のことをまったく警戒していないのがわかる。苦言を呈したとしても、おそらく聞く耳すら持ってはくれないだろう。
黒神さんは、この掲示板を見ているのだろうか。
もし見ていたら、何かリアクションがほしい。黒神さん自身が否定してももはや効果はないだろうけど、思えば僕はこれまで黒神さんの足跡すらも捉えることができていない。どこで何をしているのか、少しでも知ることができたなら。
今の時点では、助けるにしても動きようがない。
動いたところで何かできるかといったら、具体的な行動案があるわけではないのだけれど……玖渚さんが今の調子では、なおさらのこと動きづらい。
だけどこれで、今後の目的のひとつが明確になった。
誰のことかすらもまだ分かってはいないけど、『いーちゃん』が玖渚さんにとって重要な意味を持つ人物であることはこれまでのことでよくわかった。
そもそも玖渚さんが黒神さんを目の敵にしているのは、『いーちゃん』を守るためのはずだ。なら逆に『いーちゃん』の安全さえ確保できれば、黒神さんを排除する理由はなくなるはず。
玖渚さんを制御できる人物は、おそらくその『いーちゃん』以外にいない。『いーちゃん』を見つけ出して合流することができれば、玖渚さんの態度も少しは軟化するのではないだろうか。
『いーちゃん』を探すことについては玖渚さんも反対はしないだろう。むしろそれが一番重要な目的という感じだったし。
玖渚さんが目を覚ましたら提案してみよう。たぶん、起きたらすぐ電話をかけるつもりなのだろうけど。
僕としてはもはや『いーちゃん』が常識人であることを祈るばかりだ。連続殺人犯を名乗っていた僕が言えたことじゃないが。
「まあ、今のところは伊織さんたちと合流するのが先だろうけど――」
時間からするともう、次の待ち合わせ場所であるランドセルランドに向かっていてもおかしくない。僕たちも急がないと、伊織さんたちを待たせることになる。
あわよくば、同じくランドセルランドで待ち合わせているらしい羽川さんと戦場ヶ原さんとも合流できるかもしれない。名簿を見る限り危険人物の要素はなかったし、話せば同行してくれる可能性はある。
戦場ヶ原さんのことは、伊織さんたちにも先に電話で伝えておいたほうがいいかな……
「あと他の書き込みは……なんだこれは?」
黒神さんのことが書かれている目撃情報スレにも、新たな書き込みがなされていた。
だけど文章が明らかに変だ。誤変換と打ち間違いの連続といった感じの、まるで目をつぶって打ったかのような文章だった。
解読できないほど意味不明というわけでもなかったので、脳内で補正する。おそらくこう書こうとしていたはずだ。
E-7で真庭鳳凰という男に襲われた。拳銃を持っている。危険。
鳥のような服を着ている。物の記憶を読めるらしい。
黒神めだかと組んでいる可能性あり。
付近にいるものは注意されたし。
「また黒神さんの名前か……」
ようは危険人物について示唆しているようだが、どうにもこの黒神さんと組んでいる、という一文については後付けの感が否めない。書き込みをするついでに黒神さんの評判を落とすような文を付け加えた、という印象がある。
故意なのか偶然なのかはわからないけれど、これでまた黒神さんが追い込まれる要素がひとつ増えたことになる。
真庭鳳凰というのは、詳細名簿によれば真庭忍軍とかいうしのびの一軍をまとめる頭領の立場にいる男、というふうに記されていたはずだ。通称「神の鳳凰」。DVDに映っていた真庭喰鮫と真庭狂犬と、立場的には同じ参加者。
物の記憶を読める、というのはどういうことだろう?
何となく『十三組の十三人』のひとりである行橋くんを連想するけど、あの子は記憶でなく思念を読むアブノーマルだから、厳密には違うはずだ。
なんにせよ不可解であることには変わりない。
それよりも、注目すべきは場所のほうだ。
E-7といったら、少し前まで僕たちがいた場所だ。伊織さんたちが向かった図書館も付近にある。書き込みが行われた時間から見て、真庭鳳凰という男が図書館に向かった可能性は少なくない。
この書き込みが本当だったとしたら、真庭鳳凰は確実に殺し合いに乗っている。伊織さんはまだしも、様刻くんに戦闘手段はほぼ皆無のはずだ。万が一にも鉢合わせたらまずい。
スマートフォンをポケットから取り出し、様刻くんの携帯にかける。
しかしどういうわけか、いくら待っても電話に出る気配がない。呼び出し音が空しくなり続けるだけだった。
まさか、本当に何かあったのだろうか?
電話に出られないくらいの出来事が発生したか、それとも様刻くん自身が、電話に出られない状態にあるのか――
「……行かないと」
パソコンの電源を落とし、立ち上がる。
自分でも冷静さを欠いているのは自覚していた。だけどこれ以上、僕と一緒にいてくれるような人を失いたくはない。たった今危機にあるかもしれないとわかっているのに、何もせずじっとしているわけにはいかない。
しかし立ち上がった瞬間、片腕を失っているのとは無関係に、身体が大きくバランスを崩す。踏みとどまることもできず、そのままシートの上に倒れこんでしまう。
「あ、あれ――?」
頭が重い。
より直接的にいうなら、眠い。
血を流しすぎたのか。ここに来るまでの間に、体力を使い果たしてしまっていたのだろうか。強烈な眠気が頭にのしかかってくる。
まだ眠るわけにはいかない。そう思ってはいても、身体が金縛りにあったかのように動かない。そのまま意識が落ちていくのに身を任せるしかなかった。
「くなぎさ、さん……」
瞼が閉じるのを感じながら、目の前の玖渚さんに何を言おうとしたのか自分でもわからなかった。
謝ろうとしたのか、それとも放送の時間になったら起こしてほしい、とでも言おうとしたのか。
何を言おうとしたにせよ、玖渚さんも眠ってしまっている今の状況では何の意味もないことだった。
「――休むべきときは、ちゃんと休まないと駄目だよ形ちゃん。これから先も、まだまだ私のことを守ってもらわないといけないんだから」
意識を失う瞬間、なぜか玖渚さんのそんな声が聞こえたような気がした。
【1日目/夕方/D-6 ネットカフェ】
【
宗像形@めだかボックス】
[状態]睡眠中、身体的疲労(大) 、精神的疲労(中)、殺人衝動喪失、左腕(肘から先)欠損、腹部に切り傷、各部に打撲と擦過傷(怪我はすべて処置済み)
[装備]千刀・鎩(ツルギ)×536@刀語、スマートフォン@現実、ゴム紐@人間シリーズ
[道具] 支給品一式×3(水一本消費)、ランダム支給品(1~6)、首輪、薄刀・針@刀語、トランシーバー@現実、「包帯@現実、消毒用アルコール@現実(どちらも半分ほど消費済み)」(「」内は現地調達品です)
[思考]
基本:阿良々木火憐と共にあるため『正義そのもの』になる。
0:…………。
1:主催と敵対し、この実験を阻止する。
2:伊織さんと様刻くんを助けに行かないと……
3:『いーちゃん』を見つけて合流したい。
4:黒神さんを止める。
5:殺し合いに関する裏の情報が欲しい。
[備考]
※生徒会視察以降から
※めだかボックス、「十三組の十三人」編と「生徒会戦挙」編のことを玖渚から聞いた限りで理解しました
※阿良々木暦の情報はあまり見ていないので「吸血鬼」の名を冠する『異常』持ちだと思っています
※
無桐伊織を除いた零崎四人の詳細な情報を把握しています
※参加者全員の顔と名前などの簡単な情報は把握しています
※携帯電話のアドレス帳には櫃内様刻、
玖渚友が登録されています
※
第一回放送までの死亡者DVDを見ました。誰が誰にどうやって殺されたのかは把握しています
◆ ◆ ◆
宗像形が眠りに落ちてしばらく経った後。
別の個室で、ひとりパソコンに向かう玖渚友の姿があった。
「形ちゃんがいない間に携帯で掲示板チェックしておいて正解だったね。あの書き込み見たら、後先考えず舞ちゃんたちのところに行こうとするって予想できたし」
あんな怪我で休まず動けるわけないのにねえ――などと、暢気な調子で一人ごとを呟く。
「どのくらい効果があるのかわからなかったけど、飲み物に混入する形でも使えるみたいだね、この麻酔スプレー」
そばに置いてある自分のデイパックから、ハンドサイズのスプレーを取り出してみせる。
玖渚の支給品のひとつ、麻酔スプレー。
玖渚は知らないことだが、かつて
戯言遣いがお目にかかったこともある凶器のひとつ。顔に吹き付けるだけで効果を発揮する、即効性の麻酔薬。
宗像形がシャワー室に行っている間に、玖渚はこのスプレーの中身を飲み物の中に混入していたのだった。
「入れた量はほんの少しだったから、そんなに長い時間眠ったままではいないだろうけど、まあ一時間くらいは起きないかな。その間にやることやっておかないと、ね」
そう言ってまたキーボードに指を走らせる。
パソコンには外付けのハードディスクが接続されており、画面には意味の分からない記号の羅列が所狭しと表示されていた。
それは玖渚が、研究施設から持ち出してきたデータのひとつ。
だたし、伊織が屋上で見つけたハードディスクに元から入っていたデータとは違う。玖渚がハッキングを試みた際に、標的としていたシステムの中枢とは別の、しかし同一のネットワーク上で手に入れたデータだった。
ところどこと暗号化され、なおかつ欠けている部分の多いデータだったが、それを解読、復元するのにさほど時間はかからなかった。
もちろん玖渚でなければ不可能だったろうが。
むしろ、まるで玖渚のために用意されたかのようなそのデータを前に、玖渚はほくそ笑む。
「もしかして、またさっちゃんが私のために働いてくれたのかな――ほんと、何も言わなくても手が回るよね、さっちゃんはさ」
嬉しそうに、かつての仲間の名前を呼んで。
ちらりと、自分のすぐ隣に「鎮座しているもの」に視線を寄越す。
「主催が管理してるネットワークの中枢まで侵入するのは無理だったけど、役に立ちそうな情報が手に入っただけよかったかな。研究施設では、実践する時間も材料もなかったけど――」
鎮座しているもの。
別の個室で眠っている宗像形とはもちろん違う。
その宗像形が、このネットカフェに到着してすぐ発見し、手近な個室に安置しておいた真庭狂犬の死体だった。
「ようやく『現物』が手に入ったからね。自分のコレを弄るのは、今の段階ではちょっとリスクが高いし」
ただし玖渚が見ているのは、狂犬の死体そのものではない。
その死体の首に巻かれている、参加者の証とも言うべき首輪。
玖渚が手に入れたデータとは、この首輪に関するデータだった。
内部構造や解体の仕方について記されたようなものではなかったものの、首輪の特性や爆破の条件などについて、いくつかの事実を知ることはできた。
たとえば首輪から発信されている信号の種類や、爆破の際に使われる信号の周波数。外周部がどんな素材で作られているかなど。
「とりあえず、現時点で役に立ちそうな情報はこのあたりかな?」
そう言ってキーボードに指を走らせ、首輪に関する情報を箇条書きにしていく。
- 耐熱、耐水、耐衝撃などの防護機能が施されており、外からの刺激で故障、爆発することはまずない
- 首輪から発信される信号によって主催はそれぞれの現在位置を知ることができる。禁止エリアに侵入した場合、30秒の警告ののち爆発する
- 主催に反抗した場合、首輪は手動で爆破される(どんな行動が反抗と見なされるかは不明)
- 一定の手順を踏めば解体することは可能。ただし生存している者が首輪をはずそうとした場合、自動的に爆発する
- 装着している者が死亡した場合、爆破の機能は失われる。ただし信号の発信・受信機能は失われない
「半分以上は予想したとおりだったけど……死んだら爆発しないってのは何なのかなぁ。死体をなるべく傷つけたくないとか? まあなんにせよ都合がいい特性だよね。死体の首輪なら、爆破の心配なく弄繰り回せるってことだから」
かつて世界で猛威を振るったサイバーテロリスト軍団、《仲間》(チーム)の統率者にして、そのメンバーに『武器』を与えた電子工学のスペシャリスト、《死線の蒼》(デッドブルー)、玖渚友。
その玖渚友が、この殺し合いの攻略手段として「首輪の解体」を目論まないはずがない。
今まではリスクを懸念して手を出さないままでいたが、ここでようやく実践に移せるだけの条件が整った。
「頑丈な素材で出来ているとはいっても、爆破が可能である以上、解体する方法はあるはず。すでにシステムを入れ替えてあるこのネットカフェ内でなら、監視カメラを気にする必要もない」
玖渚の瞳が蒼く光る。
自分のフィールドにいるという自信を表すかのように。
「構造さえ把握できれば、生きたままで首輪を外す手段もきっと見つかる。道具が手元にないからどこまでやれるかはわからないけど、形ちゃんが目を覚ますまでに、やれるだけやってみようかな――あ、そうだ」
思い出したように、制服のポケットから携帯電話を取り出す。
11桁の電話番号をプッシュしかけて、思い直したというふうにその番号をいったん消す。
「どうせだからいーちゃんのほうから電話してきてほしいよね。なるべく驚かせたいし」
電話からメールに切り替え、すばやい手つきでアドレスと本文を入力する。
件名:無題
本文:あなたの知り合いだという顔面刺青の少年からこのアドレスを聞きました。
携帯電話の番号を追記しておくので、このメールを見たら連絡をください。
090-XXXX-XXXX
「んで送信――っと。くふふ、いーちゃん驚くかなあ。早く話したいけど、電話してきてくれるまではこっちに集中集中、っと」
そう言って、目の前の首輪に手を伸ばす。
新しいゲームに挑戦する、好奇心旺盛な子供のように。
その首輪が、全身を滅多刺しにされた血まみれの死体に装着されているものだということなど、露ほども気にかける様子なく。
《死線の蒼》は、己の目的に向けて邁進する。
【1日目/夕方/D-6 ネットカフェ】
【玖渚友@戯言シリーズ】
[状態]身体的疲労(小)
[装備]携帯電話@現実
[道具]支給品一式、ハードディスク@不明、麻酔スプレー@戯言シリーズ
[思考]
基本:いーちゃんに害なす者は許さない。
1:首輪の構造を把握したい。
2:貝木、伊織、様刻、戦場ヶ原に協力してもらって黒神めだかの悪評を広める。
3:いーちゃんと早く連絡を取りたい。
4:形ちゃんはなるべく管理しておきたい
[備考]
※『ネコソギラジカル』上巻からの参戦です。
※箱庭学園の生徒に関する情報は入手しましたが、バトルロワイアルについての情報はまだ捜索途中です。
※めだかボックス、「十三組の十三人」編と「生徒会戦挙」編のことを凡そ理解しました
※言った情報、聞いた情報の真偽(少なくとも吸血鬼、重し蟹、囲い火蜂については聞きました)、及びそれをどこまで理解したかは後の書き手さんにお任せします
※掲示板のIDはkJMK0dyjが管理用PC、MIZPL6Zmが玖渚の支給品の携帯です。「掲示板管理者へ連絡」からのメールは現在、玖渚の携帯に転送されるようになっています。
※携帯のアドレス帳には櫃内様刻、宗像形、無桐伊織、戦場ヶ原ひたぎ、戯言遣い(戯言遣いのみメールアドレス含む)が登録されています。
※ハードディスクを解析して以下の情報を入手しました。
・めだかボックス『不知火不知』編についての大まかな知識
・不知火袴の正体、および不知火の名字の意味
・主催側が時系列を超越する技術を持っている事実
※主催側に兎吊木垓輔、そして不知火袴が影武者を勤めている『黒幕』が存在する懸念を強めました。
※ハードディスクの空き部分に必要な情報を記録してあります。どんな情報を入手したのかは後の書き手様方にお任せします。
※第一回放送までの死亡者DVDを見ました。内容は完全に記憶してあります。
※参加者全員の詳細な情報を把握しています。
※首輪に関する情報を一部ながら入手しました。
※D-6の竹取山付近に故障気味の自転車が乗り捨てられています。
※D-7に宗像形のデイパックが放置されています。内容は以下の通りです。
[道具]支給品一式×2、参加者詳細名簿×1、危険参加者詳細名簿×1、ハートアンダーブレード研究レポート×1、よくわかる現代怪異@不明、バトルロワイアル死亡者DVD(1~10)@不明
※危険参加者詳細名簿には宗像形、零崎一賊、
匂宮出夢、
想影真心、
時宮時刻、真庭忍軍のページが入っています
※死亡者DVDには「殺害時の映像」「死亡者の名前」「死亡した時間」がそれぞれ記録されています
支給品紹介
【自転車@めだかボックス】
想影真心に支給。
ごく一般的ないわゆるママチャリ。原作では国東歓楽の所有物。
武器に使ったり階段を高速で駆け上ったりと、使う人の側が普通じゃない。
結局自転車殺法ってなんなのさ。
【麻酔スプレー@戯言シリーズ】
玖渚友に支給。
顔面に吹き付けるだけで相手を眠らせることができる便利アイテム。
戯言遣い曰く「とびっきり強力な即効性のモノ」。無効化するなら指をへし折るくらいの覚悟が必要。
お目にかかる(物理)。
最終更新:2013年11月06日 18:06