球磨川禊の非望録 ◆wUZst.K6uE


デジャヴ。
黒神めだかの死に様を目の当たりにして、それに既視感を覚えるのは自然であり必然とも言える――彼女の一度目の死、すなわち戦場ヶ原ひたぎによる殺害を見ている者ならば。
焼き直しであり、やり直し。
失敗のやり直し。
一度目の死は、球磨川禊の『却本作り(ブックメーカー)』を受けた直後の隙を突かれたことによる死。より正確に言うなら、『却本作り』を自ら受け入れ、自ら喰らうことを選んだゆえの死。
二度目の死は、やはり球磨川と、交霊術により会話を可能とした戦場ヶ原ひたぎと人吉善吉。この三人に意識を向けすぎていたため、七花に不意討ちを狙う隙を与えてしまったことによる死。
過程や相手は諸所違えど、めだかが命を落とした原因は根本のところで共通している。
「他人と向き合いすぎたため」、殺された。
誰かに対して真正面から真摯に向き合い、その言葉を、思いを、願いを、恨みを、憎しみを、すべてを受け入れ、受け止めたからこそ、背後にいた者に、または蚊帳の外にいた者に気付けなかった。
一度ならず二度までも。
真っ直ぐに向き合って、真裏から刺された。
ただし、黒神めだかはそれを失敗とは呼ばないかもしれない。迂闊と言えば迂闊だし、結果として命を落としている以上うまくやったとは言えないだろうが、それでも決して、生半可な覚悟で彼女は誰かに臨んだわけではない。
球磨川は彼女にとって、数年間戦うことを待ち焦がれていた因縁の相手だったし、善吉と戦場ヶ原のときなど、自分のせいで死んだ(とめだか自身は思っている)者の遺した思いとまで向き合っているのだ。
大げさでなく、命を懸けて。
そういう意味で、めだかは自分自身の信念に殉じたとも言える。自分の信じる道に従い、その結果として命を落としたとなれば、確かにそれを失敗と呼ぶのは無粋かもしれない。
誰かのために生きることを宿命とした彼女が、誰かのために死んだのだとしたら。
皮肉ではあれど、妥当とは言える結末だろう。
だからこの場合、失敗したと言うべきは球磨川のほうだった。球磨川こそ過去から学び、同じ失敗を繰り返さないよう心に留めておくべきだった。
二度もめだかの正面に立ちながら、二度もめだかへの不意討ちを看過し。
今なお、同じ失敗を繰り返そうとしている球磨川禊こそ。



   ◇     ◇



「う――うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」

めだかが殺されたのを見て、球磨川は火のついたように絶叫した。
悲鳴とも怒号ともつかない金切り声を上げながら、地面に転がっためだかへと駆け寄り、

「『大嘘憑き(オールフィクション)』――っ!!」

間髪いれず、己の過負荷(マイナス)を発動させた。
“一度目”のときと寸分違わぬ様相で。

「黒神めだかの死を、なかったことにした――!!」

愚の骨頂と言うならこれがまさにそうだろう。
自分がなぜ一度、戦場ヶ原ひたぎに殺されたのか、めだかを生き返らせたとき、なぜそれをかばう羽目になったのか、完全に忘却している。
“一度目”のとき、めだかのすぐそばに戦場ヶ原ひたぎがいたように、今回は鑢七花がいる。今の状況でめだかを復活させれば、また二の太刀が振るわれるかもしれないというのに。
デジャヴどころかパブロフの犬さながらの従順さで、過去と全く同じ行動をとった。
混乱のさなかにあったとはいえ、迂闊が過ぎる――しかし、真に愚かなのはそこではなかった。
一度目のときは「黒神めだかを生き返らせる」という目的自体は達していた。冷静に対処すればもっと少ない被害で済ませることはできただろうけど、結果から見れば成功したと言ってもいい。
今回はその目的すら果たせていない。
黒神めだかの死はなかったことになっていない。

「……!? お、『大嘘憑き』――!!」

めだかの死体に変化がないのを見て、もう一度能力を発動させる。
しかし何も起こらない。

「『大嘘憑き』――!! 『大嘘憑き』――!! 『大嘘憑き』――!! 『大嘘憑き』――!!」

何も起こらない。何も起こらない。何も起こらない。
何も起こらない。

「な……何で」

頭を抱え、めだかの傍らに膝を付く球磨川。
まさか忘れたわけでもないだろう――安心院なじみにそれを聞いてから、まださほど時間は経っていない。
いや、時間が経過したからと言って忘れるような内容でもあるまい。『大嘘憑き』による死者の復活という、この殺し合いにおいてある意味最強のカード。その手札がすでに尽きているという重要な事実を。
傍から見ていた七実でさえ気付いた事実だ(実際に気付いたのは四季崎記紀だが)。直接聞かされている球磨川にわからないはずがない。
わからないはずがないなら、わかりたくないのか。
事実を事実として認めたくないのか。

「何をするつもり? 七花」

と、七実がここで口を開く。
“球磨川と七花の間に割って入った”鑢七実が、である。

「どけよ姉ちゃん――そいつを殺せないだろ」
「……冗談には付き合わないわよ」

頭を抱えてしゃがみ込むところまで含め、球磨川の一連の行動はあまりに無防備なものだったが、実際危ないところではあった。
めだかの死体を放り捨てた後、返す刀で球磨川に斬りかかろうとしていた七花の前に、七実が球磨川をかばう形で立ちはだかっていなければ、球磨川もめだかと同じように斬り捨てられていたかもしれない。

「とうとう気でも触れたのかしら? 大人しくしてたと思ったら、いきなりめだかさんに斬りかかるなんて。まるでしのびか何かのようじゃない」

七実の言い草に、七花は不快そうな表情を見せる――剣士に対してしのびのようだなどと言えば、七花でなくとも良い気分にはならないだろうが。

「思い出しただけだよ。おれが何をするべきだったのか」

いつでも斬りかかれる姿勢の七花に対し、構えることなくただ立っているだけの七実。
それはつまり、互いに臨戦態勢であることを意味している。

「考えてみりゃ、おれはもともと誰彼構わず斬り捨てるつもりでいたんだ。姉ちゃんだろうと、姉ちゃんの持ち手だろうと関係ねえ。おれが最後の一人になるまで、ただの刀として戦い続ける。最初からからそのつもりで、今もそうするべきだった」

だからそうした。
刀としてやるべきことをやった。
斬るべきものを斬った。

「だいたいここは決闘場とかじゃなくて戦場だろ。いくさの場で不意を突くのが卑怯なんて、姉ちゃんは言うつもりかよ」
「言うようになったわね、あなたも」

その単純な回答に、七実はため息で応える。

「まあ、あなたの行動理由についてはそれでいいわ――いえ、悪いのだけれど。でも七花、あなたがどういう理由で動いていようと、禊さんまで斬ることは許さない。
 禊さんに刃を向けることは、わたしに刃を向けることと同義。それをちゃんとわかっているのかしら?」
「……本当に、変わったよな。姉ちゃんは」

ふっと、軽く表情を歪ませる七花。
七実の病魔の影響を受けているせいか、顔色は目に見えて悪く、呼吸も荒い。

「姉ちゃんは、誰かの刀になんてなるはずないと思ってた。誰かのためにそんな真剣な物言いをするなんて、夢にも思わなかったよ――まして、そんな得体の知れない男のために」
「わたしのことを知った気にならないでと言ったはずよ。それと禊さんへの侮辱はやめて頂戴」

ちなみに当の球磨川はといえば、二人の会話に気付く様子もなく、未だめだかのそばで放心したままである。

「そもそも恩知らずだとは思わないのかしら。七花、瀕死の重傷を負っていたあなたを助けたのは、わたしと禊さんだったはずよ。言うなれば命の恩人である禊さんを手にかけることについて、あなたは何とも思わないの?」
「だから関係ないんだよ――それに命の恩人っていうなら、おれと姉ちゃんに関してはお互い様だろ」

彼らしからぬ、皮肉めいた表情を七花は浮かべ、

「姉ちゃんが殺されかけたとき、おれは親父を斬り殺してまで姉ちゃんを助けたんだぜ。今さら姉ちゃんに、恩知らずだとか言われる筋合いなんて――」

言い終わる前に、七実は動いていた。
七実の手が動くのに気付いてとっさに避けようとした七花だったが、反応しきれずにその攻撃をもろに喰らう。
胸へと向けて投げられた大螺子、都合四本目となる『却本作り』を。

「…………っ、ぐぅっ!」

すでに突き刺さっている三本の螺子に並ぶように、新たな大螺子が真っ直ぐに突き刺さる。
球磨川の『却本作り』の上から、さらに上書きし直された七実の『却本作り』。その影響に耐え切れず、七花は勢いよく地面へと突っ伏した。気を失ったのか、ぴくりとも動く気配がない。
過去を紐解いても、おそらく初めてではないだろうか。
一本でも凶悪極まりない、球磨川自身曰くつきと称するほどの過負荷である『却本作り』を、同時に四本もその身に受けた“人間”は。

「……見損なったわ、七花」

倒れ伏した弟の姿を、冷え切った目で七実は見る。

「父さんを引き合いに出してまで自分を正当化するなんて、あなたも堕ちたものね。あとでお仕置きしてあげるから、しばらくそこで大人しくしていなさい」

吐き捨てるようなその言葉に、当然ながら返事はない。
堕ちたものもなにも、七花の今までの言動は『却本作り』あってのものなので、三分の一程度は七実の影響を受けていたからこそと言えるのだが。
そのうえ残り三分の二は、言うまでもなく球磨川の影響である。
堕ちるところまで堕ちないほうがおかしいという話だ。

「な、七実ちゃん!!」

大声で呼びかけられ、七実は振り返る。
ようやく現状を認識したらしき球磨川が、めだかの死体を両腕で抱き起こし、血走った眼で七実を見ていた。

「きみの、きみが見取った僕の『大嘘憑き』で! めだかちゃんの死をなかったことにしてくれ!!」

要求というより、それはもはや懇願だった。放っておけば土下座せんばかりの勢いで、球磨川は痛切に叫ぶ。
仲間のためでなく、同類のためでなく、敵対する者のために恥も外聞もなく取り乱し、何かを懇願する。
あの球磨川禊が、である。

「……めだかさんを」

請われた側の七実は、そんな球磨川の狼狽には特に反応せず。
めだかの死体を指さし、一言一句区切るようにして言う。

「わたしの『大嘘憑き』で、めだかさんを蘇生――もとい、“黒神めだかの死をなかったことにしろ”、と。そうおっしゃるのですね? 禊さん」
「そ、そうだよ、早く――」

通常の心肺蘇生法を施すわけでもあるまいに、「早くしないと手遅れになる」と言わんばかりの焦りようだった。
無意味に急かす球磨川とは対照的に、七実はあくまで冷静沈着な面持ちのまま、

「相わかりました」

と、二つ返事で了承する。
牛の歩みのようにゆっくりと、球磨川の抱えるめだかの死体に近づいてゆき、背負っていたデイパックを邪魔そうに脇に下ろしてから、血まみれの地面に丁寧な所作で屈みこむ。
そして死体の胸のあたり、手のひらの形に陥没した傷の上にそっと手をかざし、

「『大嘘憑き(おーるふぃくしょん)』――」

そう唱えた次の瞬間には、すでに効果は表れていた。
球磨川の時とは違い、胸の傷も、あたりに撒き散らされた血も、すべてが“なかったこと”になっていた。
初めからなかったかのように、綺麗さっぱりと。










「――黒神めだかの『死体』を、なかったことにしました」










ただし、身体ごと。
黒神めだかの肉体ごと、それらは消えてなくなっていた。

「…………は?」

からっぽの腕の中を見て、空を抱いた姿勢のまま唖然とする球磨川。
今度こそ本当に、何が起こったかわからないといった表情で。

「ああ、“死体”は消せるようですね。“血”は消せるからいけるとは思っていたのですけれど、実際に試してみるまでは確証が持てなかったので、うまくいってよかったです」

やれやれと、一仕事終えた風に息をつく七実。

「黒神めだかそのものが消えてなくなったので、必然『黒神めだかの死』もまた、なかったことになったということになりますね。これにて一件落着です」
「…………」

絶句。
今の球磨川の心境を表すのなら、その二文字でこと足りるだろう。
確かに、なかったことにはなっているのかもしれない。少なくとも今、この場所において黒神めだかが死んだことを証明する手立てはない。
なにせ死体がないのだ。
埋めたわけでも、焼いたわけでも、沈めたわけでもなく、死体そのものを最初からなかったことにする。
これ以上の証拠隠滅がはたしてあるだろうか?

「な、何やってんの、七実ちゃん――」

しかし、誰の目から見ても明らかだろう。
その行為が、球磨川の意に沿わないものであることくらいは。

「落ち着いて聞いてください、禊さん」

そっと球磨川の肩に手を置き、優しくささやきかける。
安心させるように。

「わたしはあなたの刀であり所有物です。あなたが命じるならば、わたしは何をおいてもその通りに動く心構えではあります。
 しかし、わたしの意思、わたしの判断というのもまた、わたしの中には存在します。あなたの指示を最適の形で成し遂げるために、それは必要なものですから。
 失礼ですが、今の禊さんは少々混乱しているようです。その状態では正しい判断ができないものと見なしましたゆえ、差し出がましい真似とは知りつつ、今回はわたしの独断において行動を決めさせていただきました」

不備があったら申し訳ございません――と頭を下げる七実。
球磨川からすれば不備どころの話ではないのだが。

「禊さんには言うまでもないことかもしれませんが、この『大嘘憑き』、すべてにおいて無限に使用できるというわけではないようですね。
 何でもなかったことにできるわけではないし、こと“生命”を対象に取る場合、ある種の条件下でなければ使用することができない。
 その条件のひとつが、『一定の回数しか使用することができない』であると推察しますが、いかがでしょうか」

球磨川は答えない。
七実はそれに構わず続ける。

「断言は致しかねますが、禊さんから見取った能力である以上、わたしの『大嘘憑き』にも同等の制限がかけられているはず。
 つまりわたしも、一定の回数しか“死をなかったことにする”ことはできないのです。
 ですから、禊さん。
 この能力は、あなたが死んだ時にこそ使われるべきでしょう。
 あなたの死をなかったことにする。これこそを最優先の使い道とすべき。
 そのためには、無駄遣いなどもってのほか。
 そんなもののために、貴重な残り回数を浪費するわけにはまいりません。禊さんの命をお守りするために、これは必要な選択なのですよ」

きっぱりと、七実は言い切った。
黒神めだかの存在を、「そんなもの」と。
球磨川の懇願を、「無駄遣い」と。
七実はいかにもあっさりと、めだかの死体を“なかったこと”にしてみせたが、それは七実にだからこそできたことかもしれない。
生きた人間ですら、雑草と呼ぶ七実にとっては。
『すでに引き抜かれた雑草』など、生きている人間の血や肉片にすら劣るだろうから。

「……僕の話を聞いてなかったのかい、七実ちゃん」

球磨川の顔に浮かんでいるのは、もはや困惑の表情ではなかった。
明確な怒気。それのみが七実に向けられる。

「めだかちゃんに勝つことをまだ諦めないって、きみには言っておいたはずだ。何度でも、何度負けても、僕はめだかちゃんに勝つまで挑戦し続けるつもりでいたんだ。それなのに――」
「勝負ならもうついているではないですか」

怒気をぶつけられても、七実は一切ぶれない。

「奇しくも七花が言っていたことですが、ここは決闘場などではなく戦場です。いくさの場において、負けとは降伏であり逃走であり、そして死です。
 生き残った者が勝者であり、死んだ者が敗者と呼ばれる。それがいくさであり、戦場です。
 過程はどうあれ、禊さんは生き残り、黒神めだかは死にました。誰が何と言おうと、禊さんの勝ちは揺るぎないものです」

淡々と、当然のことを言って聞かせるように七実は話す。
おそらく七実は、自分が球磨川のためにとるべき行動をとっているだけだと、本心からそう思っていることだろう。
近しい者の死に取り乱す主に代わって、冷静な立場から意見を述べているだけだと考えているに違いない。
だから、気づいていない。
自分が今、いかに感情的な、自分にとって都合のいいように歪曲された考え方を持って行動しているのか、七実は気づいていない。
七実が指摘した『大嘘憑き』の回数制限については、言われるまでもなく球磨川も理解している。蘇らせる相手を選ぶべきという考えも、当然持っているはずだ。
そのうえで球磨川は、めだかを生き返らせようとした。七実に『大嘘憑き』を使わせてまで。
そんな黒神めだかに、七実はどんな感情を抱いただろうか。
七実よりもずっと、はるかに長い時間を球磨川と共有しているであろう黒神めだかに。
刀としてではなく、球磨川に惚れたひとりの人間として。
嫉妬? そうかもしれない。
羨望? それもあるだろう。
実際、七実は自分がめだかに嫉妬していることを自覚していた。球磨川が、めだかに対しての信頼を含んだ言葉を吐いたときに。
しかしそれは、本当にただの嫉妬だったのだろうか? 「少しだけの嫉妬」などという、ありきたりな感情で済んでいたのだろうか?
仮に、である。
七実がめだかに対して、自身でも気づかないうちに、嫉妬よりも深い負の感情を溜め続けていたのだとしたら?
球磨川が幾度となく特別な感情をのぞかせる黒神めだかに、羨望とはまるで別の思いを募らせていたのだとしたら?
あくまで仮説でしかない。ただそう考えると、七花がめだかに不意討ちを仕掛けた理由について、少し違った見方ができる。
七花は自分が凶行に走った理由のひとつを、球磨川と七実の闘争心にあると解釈した。『却本作り』を通じて流れ込んできた、めだかに対する二人の闘争心に同調したためだと。
その解釈はおそらく正しい。
ただ少なくとも、球磨川のほうにはめだかに対する闘争心こそあれど「殺意」までは持っていなかっただろう。肉を切らずに心を折るのが、球磨川一流の戦い方なのだから。
もしあのときの七花に、殺意が原動力としてあったのだとしたら。
『却本作り』を通じて寄越された黒神めだかに対する殺意。それがあの不意討ちを成功させたのだとしたら。
その殺意の出どころは、七実でしかありえまい。

「勝負は結果が全てです。他人の介入をもって漁夫の利を得る、これこそわたしたちにふさわしい『むなしい勝利』ではありませんか。禊さんの勝利、この目で確と見届けました」

すらすらと、微笑みすら浮かべて七実は語る。
まるで彼女らしくないことを、いけしゃあしゃあと。

「…………違う」
「今のあなたはもう敗北者などではありません。歴とした勝利者です。それをどうか御自覚なさってください」
「違う」
「あなたの悲願である黒神めだかとの勝負に立ち会うことができたことを、わたしも光栄に思います。おめでとうございます、禊さん」
「七実ちゃん」

す、と。
まるで波が引くように、球磨川の顔からすべての感情が消える。

「きみにはとても感謝しているよ。僕を生き返らせてくれたこともそうだけど、僕みたいなやつを好きになってくれたことや、僕の過負荷(マイナス)まで扱えるくらい一緒に駄目になってくれたことについては、本当に嬉しく思う。欣喜雀躍の思いだよ」
「そう言っていただけると、私も嬉しいです」
「でも僕には、めだかちゃんのほうが大事だ」

遠くを見つめる球磨川の瞳に、七実の姿は端も映っていない。
いや、もはや何も映していないのかもしれない。

「僕と敵対してくれるめだかちゃんが、どんなときでも僕の挑戦を受けてくれるめだかちゃんが、何があろうと駄目になんてならないめだかちゃんが、大嫌いで、大好きだった。
 きみなんかよりも、ずっとずっと大切な僕の宿敵だった」
「…………」
「僕はもう、めだかちゃんに勝つことはできない。ちゃんと勝つことも、ちゃんと負けることもできない。引き分けでも痛み分けですらもない、永遠に未定のままだ」

勝ちたかったなあ、と。
呆けた顔で、空虚に向けて球磨川は吐き捨てる。
自分の能力ゆえに誰よりも理解しているのだろう。黒神めだかの存在が、もはや取り返しのつかないものだということを。

「きみにはわからないだろうね、七実ちゃん。一番勝ちたかった相手に勝てないっていう気持ちは。勝つ機会を、永遠に奪われるっていう気分は」
「…………」

実際、七実にはわからないだろう。圧倒的な弱さを持つ球磨川と、例外的な強さを持つ七実とでは、勝負の捉え方がまるで違う。
球磨川にとって、敗北とは日常の一部でしかないのかもしれない。負けを、失敗を前提にしてしか勝負に挑めない球磨川のマイナス思考は、常に勝ちを遠ざける。
めだかとの勝負にしても、それは変わらなかったはずだ。勝ちたいという意思はあれど、それは負けることを前提とした意思。「負けを糧にしていつかは勝つ」という、遠回りの敗北宣言に近い。
だが、このバトルロワイアルという舞台の中で球磨川はめだかに負けることすらできなかった。
『却本作り』を取り戻したうえで勝負に臨んだ球磨川だ――それで負けたところで、それをひとつの結果として受け入れることはできただろう。
最悪なのは、勝つ機会も負ける機会も球磨川には与えられていたということだ。めだかと対面し、戦いを挑み、めだかもそれに応えた。一度は勝負がつきそうな場面さえあった。
にもかかわらず、邪魔された。
戦場ヶ原ひたぎに水を差され。
鑢七花に割って入られ。
果ては仲間である鑢七実にさえ、横車を押すような真似をされた。
その怒りと絶望は、いったいどれほどのものだろう。

「きみの気持ちはとても嬉しい、だけど――」

と。
七実が脇に置いていたはずのデイパックが、いつの間にか球磨川の手に移動している。
そこから取り出されたのは、一丁のクロスボウだった。元は匂宮出夢の支給品だったものと思しき、独特のシルエットを持つ射出武器。
その銃口を、球磨川はゆるやかに七実の胸元へと向け、

「きみなんか嫌いだよ、七実ちゃん」

そのままあっさりと、引き金を引いた。
ざくり、と肉を穿つ音。放たれた矢は七実の胸の真ん中、ちょうど悪刀・鐚がかつて突き刺さっていたあたりへと命中する。一拍遅れて噴き出した血が、着物を瞬く間に赤く染め上げた。
『却本作り』とは違う、物理的な殺傷能力を持つクロスボウの矢。
その一撃を喰らって、七実は――


「――禊さんは、めだかさんが死んだことが悲しいのですね」


笑っていた。
否定され、拒絶され、身体を射抜かれてなお、その微笑は毫ほども揺るがなかった。
まるでそれが、誇らしいことであるかのように。

「その悲しみは痛いほどわかります。わたしも、あなたが死んだときはとても悲しかった。二度とあなたが生き返らないとわかった時は、身を裂かれる思いでした」

七実はそっと球磨川の頭に手を回し、自分の胸元へと抱き寄せる。矢が突き刺さったままの胸元に。

「本当は、ちゃんとわかっていました。あなたが望んでいるのが『むなしい勝利』などではないことを。あなたの友情が、ぬるくなんてないことを」

何度でも戦って、何度でも負けて。
それでも決して諦めない。
それがあなたですものね。

「私が嫌いだというならそれで構いません。殺したいほど憎いというなら、その憎しみも謹んでお受けいたします。ですがその前に、あなたの悲しみを癒すお手伝いをさせてください」

その囁きを、球磨川は硬直したまま聞いている。
球磨川としては、まさか七実が避けないとは思っていなかったのだろう。七実への拒絶を示すため、あえて避けなければ死ぬような攻撃を仕掛けて見せたのだろうが、認識が違っていた。
七実の刀としての覚悟を、球磨川への想いの深さと重さを、読み違えていた。

「あなたは黒神めだかに縛られています」

言い聞かせるように七実は言う。球磨川と、おそらくは自分自身にも。

「あなたにとっての勝利とは、なにも黒神めだかに対する勝利でなくともよいはず。なのにあなたは、黒神めだかが唯一の目標であるかのような思いに囚われている。
 結果あなたは、一度は黒神めだかのせいで命を落とす羽目になっています。これではまたいつ、あなたが同じように命を落とすことになるとも限りません。
 わたしの『大嘘憑き』による死者の蘇生も、すぐに底をついてしまうでしょう」
「……割り切れっていうのかい」

七実の物言いをただの弁解と捉えたのか、球磨川の声に険が混じる。

「めだかちゃんの死を、もう仕方のないことだって、僕が生き残るために必要なことだって、そう言うんだね、きみは」
「いいえ、割り切るのではありません。なかったことにするのです」

ごふ、と血を吐きながら言う七実。
七実とはいえ、今の状態で喋り続けるのは至難のはずなのだが、それでも声だけは平静を保っている。

「あなたの命令は『黒神めだかの死をなかったことにする』だったはず。その命令を違えるつもりはありません」
「…………?」
「あなたのその悲しみに、あなたの責任はない。あなたは何も悪くありません。
 ならばこそ、あなたがそれを背負う必要も、割り切る必要もないはずです。
 だったら全部、忘れてしまえばよいではないですか」

割り切って1にするのでなく。
マイナスしてゼロにする。
虚構(なかったこと)にする。

「辛い現実なら、身を裂かれるような悲しみなら、忘れてしまえばいいのです。受け入れる強さも、乗り越える強さも必要ない。過負荷(わたしたち)らしく、弱いままに生きてゆけます」
「…………」
「大事なのは強がることではなく、弱さを受け入れること――そうですよね? 禊さん」

それは、球磨川自身が口にした言葉だった。
戯言遣い八九寺真宵。その二人がある決断を迫られたとき、球磨川が語って聞かせた過負荷としての精神論。
七実が何をしようとしているのか、球磨川はようやく理解する。
理解できて当然だろう。そのとき球磨川自身がやったことと同じことを、七実はやろうというのだから。

「……僕は、めだかちゃんを守れなかった」

いつの間にか、球磨川は泣いていた。
七実に抱かれたまま、両目から滂沱として涙を流している。七実の胸元に零れ落ちた涙は、血と混ざり合ってすぐに見えなくなる。

「めだかちゃんが殺されたとき、一番近くにいたのが僕だった。それなのに、殺されるまでそれに気づくことができなかった。めだかちゃんと戦うのに夢中で、気づこうと思えば気づけたはずなのに、それなのに――」
「あなたは悪くありません」

懺悔のような言葉を遮って、もう一度同じことを七実は言う。
球磨川の吐露を、球磨川の言葉で優しく否定する。

「あなたは何も悪くない。ただ弱かっただけです。そしてわたしは、あなたに弱いままでいてほしい。過負荷(あなた)らしく、過負荷(わたしたち)らしくあってほしいのです」
「…………」
「わたしは、あなたを置いて死んだりはしません。あなたの望む限り、あなたが臨む限り、あなたの傍にいます」


死にぞこないだけれど。
生きぞこないだけれど。
生まれてくるべきではなかったけれど、それでも――


「あなたのために、生き続けますから」


だからどうか。
あなたがあなたであることを、やめないでください。


そう言って、七実は選択を委ねる。
胸に穿たれた矢からは、とめどなく血が滴り続けている。それをどうこうしようとする気配すらなく、身じろぎひとつせずに球磨川からの返答を待つ。
球磨川もまた、身じろぎひとつせず。
沈黙と沈黙が重なり、時間だけが経過し。
そして――


「――うん、そうだね、七実ちゃん」


そして、球磨川は選択する。
逃げる選択を、弱さを受け入れる選択を。


「きみの思う通りに、やってちょうだい」


それを聞いて、七実は。


「――委細、承知いたしました」


とても満足そうに、首肯した。




「『大嘘憑き(おーるふぃくしょん)』――」




そして、七実は宣告する。
取り返しのつかない解答を。
救いようのない救いを、球磨川に与える。


「禊さんの中の、『黒神めだかに関する記憶』を、なかったことにしました」



   ◇     ◇



『……何やってんの? 七実ちゃん』

きょとんとした顔で、球磨川は問いかける。
“なぜか”自分の頭に手を回し、胸元に押し付けるようにして抱え込んでいる七実へと。

「ああ、これは失礼」

そう言って腕をほどき、少し名残惜しそうに身体を離す七実。

「ご気分はいかがですか? 禊さん」
『うん? んー、なんか頭がぼーっとするけど、悪い気分じゃないよ。むしろすっきりしてるっていうか――ってあれ? そういえば僕、今まで何してたんだっけ?』
「ランドセルランドに向かう途中ではなかったですか?」
『いや、それは覚えてるけど……そもそもなんで車から降りたんだっけ?』
「“とらんく”の中が狭すぎたせいでは?」
『そこに入れって言ったの七実ちゃんだよね』

記憶の辻褄が合わないことに戸惑っている様子の球磨川。
ぼんやりと遠くを見つめながら、頭を振ったり首を傾げたりしている。

『大きい蟹がどうとか言ってた気がするんだけど』
「夢でも見ていたのではないですか?」
『夢? そうかなあ――』

訝る球磨川に対して、七実は、

「……もしかすると、少しばかり記憶が混乱しているのかもしれませんね」

探るように、確かめるように言う。
切り込んで、鎌をかける。

「黒神めだかが、死んだことの衝撃で」

無表情で、平然とした口調で。
いつも通りの七実の喋り方で。

『黒神、めだか――?』

その名前を、球磨川は頭の中で反芻する。記憶を掬い取るように、何度も。
その様子を七実はじっと見つめる。つぶさに見、観察する。
『大嘘憑き』による記憶の消去。
それがどの程度まで作用しているのか、実のところ七実にもわかっていない。
『大嘘憑き』自体アンコントローラブルな能力であるし、球磨川の記憶の中身を具体的に知り得ない以上、どの記憶をなかったことにするのか恣意的な操作などできるはずもない。
球磨川の様子を見る限り、黒神めだかの死に取り乱していた間の記憶はなかったことになっているようだが。
それを確認するため、あえて黒神めだかの名前を出したのだろうが――果たして。

『誰それ?』

と、球磨川は言った。

『やだなあ、七実ちゃん。週刊少年ジャンプの熱血系主人公じゃないんだから、見ず知らずの人が死んだくらいで僕がそんな取り乱すわけがないじゃない』

傾げた首を、さらに傾げて。
直角に傾げた首で、へらへらと笑う。

「……ええ、そうですね、失礼しました。今の言葉は――忘れてください」

その反応を見て、にこりと微笑みを返す七実。

『それよりもさ、なんで僕こんなもの持ってるんだろう? たしか七実ちゃんが持ってたやつだよね、これ』

と、手に持っていたクロスボウを七実に示してみせる。引き金に指をかけたままなので実に危なっかしい。

「ああ、それでしたら大螺子がなかったので、代わりのものが必要だと」
『え? 僕がそう言ったの?』
「いえ禊さんでなく」
『…………? よくわかんない……』
「いえ――もしよろしければ差し上げますけど」
『そう? んー、じゃあ遠慮なく』

珍しい玩具でも貰ったように、球磨川はクロスボウをデイパックにしまう。
言うまでもないが、七実に刺さっていた矢はすでに引き抜かれている――というより、矢そのものを射創と着物の血ごと『大嘘憑き』でなかったことにしたようだ。
球磨川の制服についていた血も、戦場ヶ原ひたぎの分も含めてすべて消し去られている。
いっそ清々しいほどの証拠隠滅だった。

『……七実ちゃんさあ、何かいいことでもあったの?』
「はい? なぜですか?」
『なんかうきうきしてるように見えるよ、恋愛(ラブコメ)してる女子高生みたいに。ていうか七実ちゃん、そんな顔もできたんだ』

無言で七実は球磨川の頬を打った。平手で。

『……ごめん七実ちゃん。今なんで僕が平手打ちされたのか、本気でわからないんだけど』
「申し訳ありません、今のは照れ隠しです」
『照れ隠し? 照れ隠しだったの? 今の』
「わたしが嬉しそうに見えるというなら、それはあなたがそばにいるからでしょう」

そう言って、もたれかかるように身を寄せてくる。

「あなたがいることが、わたしの幸せですから」
『やっぱりちょっとテンション高くない? 本当に何かあったの?』

球磨川が問いただそうとした、その時。

「…………う」

かすかなうめき声とともに、倒れていた七花が身を起こす。
意識はまだ朦朧としているようで、立ち上がる様子はない。顔色も依然として、いや前にもまして悪くなっている。
球磨川はそれを見て『なんで七実ちゃんの弟さんがまた倒れてるんだっけ?』というように首を傾げている。
七実はしばしそれを見つめてから、

「――禊さん、少しだけお時間をいただけますか」
『ん? いいよ。弟さんと何か話でもするの?』
「ええ、ちょっとお別れの挨拶を」

球磨川から離れ、しずしずと七花のほうへ歩いてゆく七実。
苦しげに喘ぐその様子を見下ろすようにして、

「もう起き上がれるようになるとは流石ね、七花」

と、七花だけに聞こえるくらいの囁き声で言った。
四本もの『却本作り』が刺さっていることを考えると、確かに早い復調と言えるかもしれない。
もっとも、『却本作り』は使用者の精神によって効果の強弱が決まるため、球磨川の絶望が消し去られ、七実が幸福になった結果として『却本作り』の効力が弱まった、と考えるのが妥当かもしれないが。

「めだかさんを殺してくれたことについては感謝するわ。まさかあなたが、そこまでできるとは思っていなかったから」

腐っても虚刀流当主ね――と、七実はくすくす笑う。
七実にとっては冗談のつもりだったのかもしれない。

「だけど」

おもむろに。
七花の隆々とした右腕を、七実のたおやかな両手がつかむ。『荒廃した過腐花』による感染部位を避けるようにして。

「禊さんを斬ろうとしたこの右手には、しかるべき罰を受けてもらわないとね」

そう言って七実は。
手首のあたりから、七花の右手を力任せに引きちぎった。

「…………っ! があああああああああああああああああああああっ!!」

空を裂くような絶叫。
七実の病魔による苦痛が逆に痛みを緩和しているとはいえ、あまりに荒々しい手際に七花は身悶える。
おそらく凍空一族の怪力を使ったのだろう。まったく手こずる様子なく、小枝でも折るように手首を分断した。

「そんなに騒がないで頂戴、大の男がみっともない。わたしの治癒力を渡してあるから、この程度で死にはしないわ」

ちぎり取った手首を、ごみでも放るかのように七花の目の前に投げ捨てる。
七実ならば、もっと綺麗に切断する方法などいくらでもあっただろうに、あえて力任せという暴力的な手段に頼った。
そうするのが、今の七花には適切だとでも思ったのだろう。

「これに懲りたら、二度と禊さんを斬ろうなんて思わないことね――じゃあ、ここでお別れね、七花」
「は――はあ?」
「当たり前でしょう。あなたとはいえ、禊さんを手にかけようとした相手とこれ以上一緒にいるわけにはいかないもの。同行するのはここまでよ」
「き、斬らないのかよ、おれを」
「あら、なんでわたしがあなたを斬ると思うの?」
「な、なんでって――」

七実を相手取る以上、逆に斬り殺されるくらいの覚悟は当然していただろう。
その覚悟をさらりと躱され、七花はとまどいを隠せない。

「か、刀は斬る相手を選ばない――んじゃなかったのかよ」
「今は禊さんの刀よ。命じられない限り、みだりに斬ったりはしないわ。あなたがとがめさんの刀だったときもそうだったんじゃなくて?」
「…………」

二の句が継げず黙り込む七花。
七実の胸中がすべて理解できるはずもない。ただ、かつて誰かの刀だった七花にとって、惚れた相手に遵従するその心情だけは理解できるだろう。
二人に違いがあるとすれば、七花が学んだのが人としての生き方であるのに対し、
七実が今現在歩んでいるのは、あくまで過負荷としての道であるということだが。

「――まあ、本当は禊さんに斬りかかった時点で斬り捨てているところだけれど、今回だけは特別に見逃してあげる」

次はないわよ――と釘を刺し、近くに落ちていたデイパックと鉄扇を拾い上げる。どちらも黒神めだかの遺品だ。
デイパックの中身を素早く検分し、そのうちいくつかを自分のデイパックの中身と移し替え、残った分をデイパックごと七花に投げてよこす。

「こっちはあなたにあげるわ。これからどうするかはあなたの自由だけど、生き残りたかったら余計なことはやめて、せいぜいおとなしくしてなさい」

そう言って七実はあっさりと踵を返し、球磨川のもとへと戻る。

「お待たせしました、さあ参りましょう」
『……きみの弟さん、何か悪いことでもしたの?』
「どうかお気になさらず。家族同士でのちょっとした話し合いですから」
『あのまま放っておいて大丈夫? ていうか何で『却本作り』が一本増えて――』
「あのこにはあのこなりの生き方がありますから。わたしたちがこれ以上干渉する必要はないでしょう」
『ふうん、七実ちゃんがいいならまあいいけど――あー、ちょっと待って待って七実ちゃん』
「はい、何か」
『ランドセルランドはそっちじゃない。こっち』
「…………」

コンパスと地図を手にさっさと歩き出す球磨川。七実もすぐさまそのあとを追おうとする。

「ま――待てよ、姉ちゃん」

それを七花は、なおも追い縋ろうとする。
無駄とは知りながら、悪あがきをする。

「待たないわよ、なんでわたしが待つと思うの? しつこいからこの際はっきり言ってしまうけど、わたしはもうあなたに興味はないのよ」

待たないと言いつつ、首だけ振り返って七花を見る。
しかしその視線は、家族に向けられるものとは思えないほど冷め切っていた。

「あなたがまた本気で戦ってくれるなら、もう一度あなたに殺されるつもりでいた。殺されたいと思っていた。
 でも今のあなたには、殺されてやる気も戦ってあげる気も起こらない。それともあなたは、そんな状態でまだわたしと戦おうというの?」

七花の胸元を再び指差す。
弱さを体現した球磨川と、回復力こそあれど脆弱さを極めた七実、その二人の弱さを反映する四本の『却本作り』。
今の七花の身体は、戦うにはあまりに脆すぎる。長時間はおろか短時間の戦闘ですらそうはもたないほどに。
七花が不意討ちを選んだ真の理由は、実のところそこにある。
長時間にも短時間にも耐えることができないなら、開始と同時に決着する、そんな戦い方を選ぶしかあるまい。
『一瞬での、一撃による必殺』――確実に勝つにはそれしかないということを、きっと本能で理解していたのだろう。

「もうひとつ、あなたに感謝しておくわ、七花。あなたが背中を押してくれたおかげで、わたしは生き続けることを選ぶ決意ができた。
 わたしはもう、あなたにも、誰にも殺されてやるつもりはない。禊さんがいる限り、わたしはどこまでも一緒に生きてゆく」

生き方を選べなかった七実が、唯一選んだはずの死に方。
彼女が唯一、殺されることを望んだはずの相手。
そのたった一人の相手が価値を失ったことで、生き方を選ぶきっかけとなった。
しかしそれは。
唯一の肉親である鑢七花を突き放す選択に他ならない。

「あなたが悪いのよ、七花」

ようやく、七実は笑顔を見せる。
ただしそれは、球磨川に見せたような柔和な微笑みでなく。
侮蔑と憐憫を含んだ、冷笑だった。

「あなたが、そんなにも弱くなってしまうから。そんなにも弱くならないと生き続けることすらできないような身体に、あなたがなってしまうから。
 わたしも禊さんも、あなたが死なないように助けてあげただけ。それであなたが弱くなったのはあなたの責任。だから――」

最後にはもう、冷笑すらも引っ込めて。
その顔に浮かんでいたのは、胡乱で、空っぽで、取ってつけたような。
虚構のような、笑みだった。


「わたしは悪くない――いえ、悪いのかしら」


今度こそ振り返ることなく、七実は球磨川の後を追ってゆく。二人の姿は、すぐに夜の闇にまぎれて見えなくなる。
後に残されたのは、右手を失くし、腐敗に侵され、四つの弱さを螺子込まれ、ただ茫然と膝をつく、一本の刀だけだった。


【一日目/真夜中/D-5】
【球磨川禊@めだかボックス】
[状態]『少し頭がぼーっとするけど、健康だよ』
[装備]『七実ちゃんはああいったから、虚刀『錆』を持っているよ』
[道具]『支給品一式が2つ分とエプロン@めだかボックス、クロスボウ(5/6)@戯言シリーズと予備の矢18本があるよ。後は食料品がいっぱいと洗剤のボトルが何本か』
[思考]
『基本は疑似13組を作って理事長を抹殺しよう♪』
『1番はやっぱメンバー集めだよね』
『2番は七実ちゃんは知らないことがいっぱいあるみたいだし、僕がサポートしてあげないとね』
『3番はランドセルランドに向かおう』
『4番は……何か忘れてるような気がするけど、何だっけ?』
[備考]
 ※『大嘘憑き』に規制があります
  存在、能力をなかった事には出来ない
  自分の生命にかかわる『大嘘憑き』:残り0回。もう復活は出来ません
  他人の生命にかかわる『大嘘憑き』:残り0回。もう復活は出来ません
  怪我を消す能力は再使用のために1時間のインターバルが必要。(現在使用可能)
  物質全般を消すための『大嘘憑き』はこれ以降の書き手さんにお任せします
 ※始まりの過負荷を返してもらっています
 ※首輪は外れています
 ※黒神めだかに関する記憶を失っています。どの程度の範囲で記憶を失ったかは後続にお任せします



【鑢七実@刀語】
[状態]健康、身体的疲労(小)、交霊術発動中
[装備]四季崎記紀の残留思念×1
[道具]支給品一式×2、勇者の剣@めだかボックス、白い鍵@不明、ランダム支給品(0~2)、球磨川の首輪、否定姫の鉄扇@刀語、
   『庶務』の腕章@めだかボックス、箱庭学園女子制服@めだかボックス、王刀・鋸@刀語、A4ルーズリーフ×38枚、箱庭学園パンフレット@オリジナル
[思考]
基本:球磨川禊の刀として生きる
 0:禊さんと一緒にランドセルランドに行く
 1:禊さんはわたしが必ず守る
 2:七花のことは放っておきましょう
[備考]
 ※支配の操想術、解放の操想術を不完全ですが見取りました
 ※真心の使った《一喰い》を不完全ですが見取りました
 ※宇練の「暗器術的なもの」(素早く物を取り出す技術)を不完全ですが見取りました
 ※弱さを見取れます。
 ※大嘘憑きの使用回数制限は後続に任せます。
 ※交霊術が発動しています。なので死体に近付くと何かしら聞けるかも知れません
 ※球磨川禊が気絶している間、零崎人識と何を話していたのかは後続の書き手にお任せします
 ※黒神めだかの戦いの詳細は後続にお任せします



【鑢七花@刀語】
[状態]右手欠損、『却本作り』による封印×4(球磨川×2・七実×2)、病魔による激痛、『感染』?
[装備]袴@刀語
[道具]支給品一式
[思考]
基本:優勝し、願いを叶える?
 0:…………。
 1:放浪する?
 2:名簿の中で知っている相手を探す。それ以外は斬る?
 3:変体刀(特に日和号)は壊したい?
[備考]
 ※時系列は本編終了後です
 ※りすかの血が服に付いていますが『荒廃した過腐花』により腐敗されたようです
 ※不幸になる血(真偽不明)を浴びました。今後どうなるかは不明です
 ※掲示板の動画を確認しました
 ※江迎怒江の『荒廃した過腐花』の影響を受けました。身体にどの程度感染していくかは後続の書き手にお任せします
 ※着物の何枚かを途中で脱ぎ捨てました。どの地点に落ちているか、腐敗の影響があるかは後続の書き手にお任せします
 ※着物は『大嘘憑き』で『なかったこと』になりました
 ※『大嘘憑き』により肉体の損傷は回復しました。また、参戦時期の都合上負っていた傷(左右田右衛門左衛門戦でのもの)も消えています
 ※『却本作り』の影響をどれくらい受けるかは後続の書き手にお任せします





支給品紹介

【クロスボウ@戯言シリーズ】
匂宮出夢に支給。
弓矢と銃を組み合わせたような武器。
「クビツリハイスクール」にて萩原子荻が使用。
本ロワでは6発まで連射可能、予備の矢18本セット。

My Generation 時系列順 鉛色のフィクション
残り風 投下順 背信者(廃心者)
My Generation 鑢七花 孤(虚)
My Generation 鑢七実 陽炎
My Generation 球磨川禊 陽炎

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最終更新:2015年12月04日 12:01