ギルミニューレ第一子
母が
フランクール出身の側室の為、王位継承権を持たない。そのため宮廷内では何かと軽んじられる。
身分階級の最高位と最低位の血を持つ自分にジレンマを感じ、身分制度自体を疑問視する。
自国民に対しても苛烈な
ギルミニューレの軍事至上主義の政策には常々諫言を上奏し、
ギルミニューレにたびたび叱咤される。特に下層民とされた母の母国である
フランクールの地位向上に尽力するが父王の強固な血統主義、民族主義に阻まれ、その際には「穢れた血」などと公然と罵倒されたことからいつしか反目の思いを抱くようになる。
15歳の折、父王の命により
フランクール総督に着任する。これは旧王家の血統であるカルムルードに統治させる事で領内の夫雄運の緩和を狙ったと思われる。前総督の代よりも領民の待遇は改善され人口の上昇など統治面での成果は確実に現れたが、本国に徴用された兵を送る任務などからカルムルード自身は自らを「奴隷商人の御用聞き」などと卑下した表現をしている。
その本国に送られていた兵の一部を領内に留め置き、旧王家が率いた歩兵軍団を模倣し、「フランクール兵団」を発足させる。これは強靭な踏破能力と三馬身半に及ぶ長槍を特徴とした槍兵のみで編成された部隊であり、騎兵が主体である東ロアームル軍内において特異かつ強力な部隊として
ギルミニューレの覇道の一翼を担う。
度重なる徴兵と重税によって疲弊の極みにあるフランクール領内の窮状を目の当たりにし続けたカルムルードは事態を打開する方法をを模索しつつあったところ、右大公
シモン・ウィル・モルトフォーラより西ロアームルが侵攻を企図していることを聞かされ、父王への決別を決意する。
ミオナメルテ会戦の際にフランクール兵団を率いて臨んだカルムルードは右大公と結託し手薄になった本陣を急襲。
ギルミニューレを刺殺し、戦線を崩壊させた。
全軍壊滅し混乱冷め遣らぬ首都アルトルードを右大公軍の協力もありさしたる抵抗もなく制圧した後、宮廷に残っていた王位継承権所持者28人をことごとく処刑した。その中には元王妃
エルマ・ウィル・ファブリナードや
アルフォーラも含まれていた(
赤い門)。
戦局を逆転させた功績により
西ロアームルから東大公として
旧東ロアームル領を統治する立場に任じられ、以後は民衆の身分階層を撤廃し、同化政策を進め国民間の融和を図った。
しかしそれゆえ元々の特権を失った階層の一部からは憎まれ、
アルトリーヴの台頭を許すこととなる。
彼の生涯の中でもっとも血なまぐさい
赤い門事件であるが、後年「後悔はしていないが、あの赤い色を忘れた事はない」と述懐している。「王統を絶やさねば血の支配は消えない」という考えは
ギルミニューレの薫陶の裏返しであったかもしれない。
親交のあったエルマを手にかける際、「王道を歩もうという者が、鮮血で幕を上げるのか」との問いに「鮮血を流すのは王統だ。ならば流す側を絶やすまで」と一顧だにせず斬り捨てた件からも、「血による支配」を嫌悪する根深い面が伺える。
なお、彼は生涯独身を貫き、子孫は存在しない。
「彼を穢れた血と言うなら、わが半身を切り捨てねばならぬ」
「貴様はいつも、目を背ければそれが見えぬと思っているのか!!!」
「父を、王を討ってなんとする」
「父と言うなら、己が血のように我が血を受け入れるべきで
あった。王と言うなら、臣民の血のように己が血を流すべきだ」
最終更新:2007年08月31日 00:26