「ゆゆゆゆ……」
「ゆゆゆゆ……」
 うちのゆっくり一族、つまり、れいむとぱちゅりーとれみりゃたち総勢十一匹が震えている。
 寒いからではない。いや、寒いことは寒いが、二月にしては暖かい。震えるほどではない。
 連中は感動のために震えているのだ。
「「「               」」」
「「「 ゆ っ く り ー !!! 」」」
「「「               」」」
 やわらかな水色に澄んだ真冬の晴れ空に、叫びがこだましていく。
 丘の上から見えるのは、一点の汚れもない白銀の野山だ。
 人里ではなかなか見られない、清新で雄大な光景である、と思う。
 俺にもうちょっと語彙があれば、この景色の素晴らしさを伝えられるのだが……。
 ゆっくりたちは、目をキラキラと輝かせて、興奮した様子で語り合う。
「すっっっごくゆっくりしたながめだね、おかあさん!」
「れいむこんなのはじめてみたよ!」
「むっきゅう、ぱちぇもよ! おちびちゃんたち、よくみてね!」
「まっちろできれいだよー!」
「しろくってきらきらして、おさとうみたいだぞぅ!」
 俺は連中の後ろから写真を撮りながら、感心して眺めていた。
 冬ごもりをするゆっくりにとって、雪は本来「ゆっくりできない」代物だ。
 だが、俺が衣食住を保証してやっているから、雪に感動できるほどの余裕が生まれたのだろう。
 家の前の敷地に散らばって、あっちこっちで遊び始める。
「ぺーろ、ぺーろ! ちゅめたいぃぃ!」
 ちびれいむが舌を伸ばして雪をなめ、びびびびーと震えているかと思えば、
「むきゅきゅ、みちができりゅわ!」
 ちびぱちぇはサラサラの新雪の上を転がって、トレンチをつけている。
「ゆきさんって 
おもちろいね!」
「しょうだね!」
「ぜんぜんちゃむくないしね!」
 暑がり寒がり痛がり眠たがりのこいつらが、なぜこんなに平然と雪を楽しめているのか。
 それはかんじきを履いているからだ。
 かんじき。知ってる? 雪の上を歩くとき靴底につける沈下防止装置。普通は藁とか板などでつくる。
 ゆっくりたちの場合は、腹の下を半周する形で布をつけ、頭の上で縛っている。
 マスクをあごの下にかけているような光景だ。
 大小の風呂敷包みがそこら辺を跳ね回っているような光景、とも言えるな。
 それを作ってみなに渡したのは、博学の母パチュリーだ、ということになっている。
 ゆっくりたちはそろって、母ぱちゅりーに礼を言う。
「「「おかーしゃん、かんじきさんをくれてありがとうね!」」」
「きゅう、みんなよろこんでくれてうれしいわ」
 そう言って、俺の方をちらちら見るぱちゅりー。
 いやいや、そんなに見るな。もうなんつーか乗りかかった船だから。内政不干渉ルールなんてとっくにぐだぐだだから。
 俺なりのやり方で可愛がることにしたからさ。
 そんなことをやっていると、向こうで悲鳴が上がった。
「ゆべっ!?」
「うふ~ん、くらえっ! だじょー」
 雪玉をつくってぽいぽい投げているのは、一番下のちびれみりゃだ。
 そこらにいたれいむやぱちゅりーたちが、玉を食らってころんころんと転がる。
「いじゃっ!」
「ちゅべたいいぃ!」
「どぉしでそんなこどするのぉぉぉ!!!」
「くやしかったら、れいむたちもやればいいじょぉ」
「できるわけないでしょおぉぉぉぉ!?」
 泣き喚きながら逃げ回るゆっくりたちを、ニタニタ笑いながら追いかけ、ぽんぽん玉をぶつけまくるれみりゃ。
 この子はどうもクセのある子で、うちの中でもしょっちゅうれいむのほっぺたをツマミ食いしたり、
 ぱちゅりーの帽子を裏返してかぶせたりと、やりたい放題をやっている。
 だがうちには冬季休戦協定がある。これは母れみりゃが止めるべきだ。俺は母に声をかけてやる。
「おい、むっちりゃ。娘が暴れてるぞ、なんとかしろよ」
 個体識別のためというわけではないが、俺はこいつらを適当なあだ名で呼ぶこともある。母れみりゃはむっちりしているからむっちりゃだ。
「うー? れみぃのあかちゃん……うっ、おもしろそうなことしてるぞぉ!」
 娘に気付くと、あろうことか、一緒になって雪合戦を始めやがった。
 上の姉れみりゃも加わって飛び上がり、三匹でゆっくりたちに急降下爆撃を加える。
「ぶぅーーん、どかーん♪」
「ぶぅーーん、どかーん♪」
「やめぢぇね、いじわるしないでねぇぇぇ!!」
 涙目で真っ赤になって叫ぶれいむたち。これはこれで実に面白いので、撮る。
 だが、体の弱い引っ込み思案なちびぱちぇ二匹は、母の髪に顔を突っこんでゆぐゆぐと泣き出してしまった。
「むちゅぅ、むちゅぅぅん、れみりゃがいじめるのぉ……」
「おかーしゃま、なんとかしちぇ……」
「きゅ、わかったわ、まかせてね」
 そう言うと、キッと空に顔を向けるぱちゅりー。
「れみりゃ、すぐにやめるのよ! あなたたちは、るーるをやぶっているわ!」
 おお、果敢だ。嫁れいむも感動して見ているぞ。
「そんなのしらないぞぉー♪」
 降りてきたれみりゃが、すかさず腕一杯の雪を降らせていった。
 どばしゃっ! と顔面に食らうぱちゅりー。のでっ、と後ろへひっくり返る。
「うきゅぅ……」
 のびた。
 実に脆弱だ。まあ、当然だが……。
 これでは無政府状態になって収拾がつかなくなるので、俺はPKOに出動した。実はいい考えがあった。
「はいはいおまえら、こっち注目ー」
 パンパンと手を叩いて目を集めてから、俺は朱塗りの丸盆を取り出した。
 それを雪の上におき、手招きする。
「ママれいむ、ちょっと来なさい」
「ゆ? ゆっくりいくよ!」
 ずーりずーり、と積雪をラッセルしてやってくる母れいむ。その後に子供たちもついてくる。
「このお盆に乗って」
「ゆゆっ、こう?」
「しっかり足を踏ん張れ。ひっくり返らないように。よし」
 スイカぐらいの母れいむが、のっしりと盆に腰を据えると、俺は後ろからグイと押した。
「そーれ、行ってこぉぉぉい!」
「ゆぅぅぅ!!?」
 シャーッ、と滑り出して間もなく、下り斜面にかかるれいむ。つるつるのお盆のため、どんどん加速していく。
 冷たい風に身を切られて、れいむが絶叫する。
「ゆーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
 あっというまに悲鳴が小さくなり、丘の下へ行ってしまった。
 平らな雪の吹き溜まりにかかったところで、乗ってるれいむだけがズボッと雪に落ちるのが見えた。
 俺はざくざくと丘を降り、れいむを雪から掘り出して顔を見た。
「どうだ」
「……へぶんじょうたい!!!」
 れいむはうっとりと目を閉じて、ぷるぷると震えていた。
 おお、これが例のアレか。初めて見るな。
「すっっっごくおもしろいよ! この『シァー』はとってもゆっくりできるよ!」
「よしよし、みんなでやろうな」
 人間の子供でも有頂天になるほどの遊びだ。ゆっくりが感動せんわけがない。
 興奮するスイカ大の饅頭を抱えて、俺は丘を登った。日差しが強く、運動すると汗ばんでしまった。
 子供たちの元に戻ると、心配して待っていた家族に、母れいむが熱心に説明した。
 それを聞いた子供たちもいっぺんで乗り気になり、我も我もとソリ遊びを始めた。
「ゆゆーん! ゆっくりしちぇないよぉぉぉ!」
「むきゅー! でもたのちいわぁぁぁぁ!」
 滑って登り、滑っては登って大騒ぎするれいむとぱちゅりー一家。
 さながらゆっくリュージュ大会だな。待て俺誰がうまいこと言えと。
 しかし、その有様を指をくわえて見ている連中がいる。言うまでもなくれみりゃたちだ。
「うう゛ー……れみぃもしぁーしたいぞぉ……」
「行って頼んだらどうだ」
 俺の助言に従って頼み込むれみりゃ。
 結果は言うまでもないだろう。総スカンを食って帰ってきた。
「うわぁぁん! れみぃもやりたいぞぉー!」
 母親のくせにそっくりかえって、だばだば暴れ始めた。実にワガママな肉まんだ。
 頃合を見て、俺はもう一枚の盆をれみりゃ一家に差しだした。
「これを貸してほしいか」
「うっ? ほしいぞぉ! れみぃたちにもかすんだぞぉ!」
「おまえが条件を飲んだらな」
「じょうけん?」
「あいつら、下から登って来るのが大変そうだから、登りを手伝ってやれよ。できるか?」
「そんなことぐらい、かりすまなれみりゃたちにはあさめしまえだぞぉ!」
 かくして、俺は無事PKOに成功した。
「うっうー! すっごくはやいじょー!」
「はやいわぁぁぁ!」
「ゆっくりはこんでね!!!」
「わかったぞぉ、じっとしてるんだぞぉ」
「わぁい、おそらをとんでるみたい!!!」
「むきゅきゅ、みたいじゃなくてとんでるのよ!」
 滑り降りてはれみりゃに運んでもらって昇ってくる一家。
 いやいや、楽チンも極まってるねこれは。ゆっくりにはもったいないぐらいのリフトだ。
 連中が存分にゆっくりしているさまを、俺は写真機で撮りまくった。
 道具は、なんか赤い丸の商標が刻印された、手のひらぐらいの金属カメラだ。
 どこかから流れてきて幻想入りしたという代物を、里で買った。
 外の世界にはもっとずっと進んだカメラがあるらしいが、ここではこれぐらいしか手に入らん。それにあまり金もない。
 俺の目的にためには、まさか使い捨てカメラだけで済ませるわけにも行かないので、そんな骨董品を使っているのだった。
 そのカメラのファインダーを覗きながら、ふと空を見ると、ふわふわと飛んでくる人型が目に入った。
「おー、れみりゃ」
 言いながらシャッターを切った瞬間、配色がおかしいことに気付いた。
 その人型はれみりゃと違って赤い服を着ている。髪も黒い。っつーか頭身がずっと高い。
 ふわり、と目の前に降り立った少女が、うさんくさそうなジト目で言った。
「誰がレミリアですって? 私、そんなに老けた覚えはないんだけど」
「……老けてないでしょ、あの人」
「暦の上では老けきってるじゃない。一緒にしないでほしいわね」
 博麗の巫女にして、ゆっくりパークの地主である美しい少女が、あの有名な減らず口を叩いて俺をにらんだ。