ゆっくりパークの春夏秋冬part8 前編

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 ゆっくりパークの春夏秋冬 part 8 前編


  --二月--


「ゆゆゆゆ……」
「ゆゆゆゆ……」
 うちのゆっくり一族、つまり、れいむとぱちゅりーとれみりゃたち総勢十一匹が震えている。
 寒いからではない。いや、寒いことは寒いが、二月にしては暖かい。震えるほどではない。
 連中は感動のために震えているのだ。
「「「               」」」
「「「 ゆ っ く り ー !!! 」」」
「「「               」」」
 やわらかな水色に澄んだ真冬の晴れ空に、叫びがこだましていく。
 丘の上から見えるのは、一点の汚れもない白銀の野山だ。
 人里ではなかなか見られない、清新で雄大な光景である、と思う。
 俺にもうちょっと語彙があれば、この景色の素晴らしさを伝えられるのだが……。
 ゆっくりたちは、目をキラキラと輝かせて、興奮した様子で語り合う。
「すっっっごくゆっくりしたながめだね、おかあさん!」
「れいむこんなのはじめてみたよ!」
「むっきゅう、ぱちぇもよ! おちびちゃんたち、よくみてね!」
「まっちろできれいだよー!」
「しろくってきらきらして、おさとうみたいだぞぅ!」
 俺は連中の後ろから写真を撮りながら、感心して眺めていた。
 冬ごもりをするゆっくりにとって、雪は本来「ゆっくりできない」代物だ。
 だが、俺が衣食住を保証してやっているから、雪に感動できるほどの余裕が生まれたのだろう。
 家の前の敷地に散らばって、あっちこっちで遊び始める。
「ぺーろ、ぺーろ! ちゅめたいぃぃ!」
 ちびれいむが舌を伸ばして雪をなめ、びびびびーと震えているかと思えば、
「むきゅきゅ、みちができりゅわ!」
 ちびぱちぇはサラサラの新雪の上を転がって、トレンチをつけている。
「ゆきさんって おもちろいね!」
「しょうだね!」
「ぜんぜんちゃむくないしね!」
 暑がり寒がり痛がり眠たがりのこいつらが、なぜこんなに平然と雪を楽しめているのか。
 それはかんじきを履いているからだ。
 かんじき。知ってる? 雪の上を歩くとき靴底につける沈下防止装置。普通は藁とか板などでつくる。
 ゆっくりたちの場合は、腹の下を半周する形で布をつけ、頭の上で縛っている。
 マスクをあごの下にかけているような光景だ。
 大小の風呂敷包みがそこら辺を跳ね回っているような光景、とも言えるな。
 それを作ってみなに渡したのは、博学の母パチュリーだ、ということになっている。
 ゆっくりたちはそろって、母ぱちゅりーに礼を言う。
「「「おかーしゃん、かんじきさんをくれてありがとうね!」」」
「きゅう、みんなよろこんでくれてうれしいわ」
 そう言って、俺の方をちらちら見るぱちゅりー。
 いやいや、そんなに見るな。もうなんつーか乗りかかった船だから。内政不干渉ルールなんてとっくにぐだぐだだから。
 俺なりのやり方で可愛がることにしたからさ。
 そんなことをやっていると、向こうで悲鳴が上がった。
「ゆべっ!?」
「うふ~ん、くらえっ! だじょー」
 雪玉をつくってぽいぽい投げているのは、一番下のちびれみりゃだ。
 そこらにいたれいむやぱちゅりーたちが、玉を食らってころんころんと転がる。
「いじゃっ!」
「ちゅべたいいぃ!」
「どぉしでそんなこどするのぉぉぉ!!!」
「くやしかったら、れいむたちもやればいいじょぉ」
「できるわけないでしょおぉぉぉぉ!?」
 泣き喚きながら逃げ回るゆっくりたちを、ニタニタ笑いながら追いかけ、ぽんぽん玉をぶつけまくるれみりゃ。
 この子はどうもクセのある子で、うちの中でもしょっちゅうれいむのほっぺたをツマミ食いしたり、
 ぱちゅりーの帽子を裏返してかぶせたりと、やりたい放題をやっている。
 だがうちには冬季休戦協定がある。これは母れみりゃが止めるべきだ。俺は母に声をかけてやる。
「おい、むっちりゃ。娘が暴れてるぞ、なんとかしろよ」
 個体識別のためというわけではないが、俺はこいつらを適当なあだ名で呼ぶこともある。母れみりゃはむっちりしているからむっちりゃだ。
「うー? れみぃのあかちゃん……うっ、おもしろそうなことしてるぞぉ!」
 娘に気付くと、あろうことか、一緒になって雪合戦を始めやがった。
 上の姉れみりゃも加わって飛び上がり、三匹でゆっくりたちに急降下爆撃を加える。
「ぶぅーーん、どかーん♪」
「ぶぅーーん、どかーん♪」
「やめぢぇね、いじわるしないでねぇぇぇ!!」
 涙目で真っ赤になって叫ぶれいむたち。これはこれで実に面白いので、撮る。
 だが、体の弱い引っ込み思案なちびぱちぇ二匹は、母の髪に顔を突っこんでゆぐゆぐと泣き出してしまった。
「むちゅぅ、むちゅぅぅん、れみりゃがいじめるのぉ……」
「おかーしゃま、なんとかしちぇ……」
「きゅ、わかったわ、まかせてね」
 そう言うと、キッと空に顔を向けるぱちゅりー。
「れみりゃ、すぐにやめるのよ! あなたたちは、るーるをやぶっているわ!」
 おお、果敢だ。嫁れいむも感動して見ているぞ。
「そんなのしらないぞぉー♪」
 降りてきたれみりゃが、すかさず腕一杯の雪を降らせていった。
 どばしゃっ! と顔面に食らうぱちゅりー。のでっ、と後ろへひっくり返る。
「うきゅぅ……」
 のびた。
 実に脆弱だ。まあ、当然だが……。
 これでは無政府状態になって収拾がつかなくなるので、俺はPKOに出動した。実はいい考えがあった。
「はいはいおまえら、こっち注目ー」
 パンパンと手を叩いて目を集めてから、俺は朱塗りの丸盆を取り出した。
 それを雪の上におき、手招きする。
「ママれいむ、ちょっと来なさい」
「ゆ? ゆっくりいくよ!」
 ずーりずーり、と積雪をラッセルしてやってくる母れいむ。その後に子供たちもついてくる。
「このお盆に乗って」
「ゆゆっ、こう?」
「しっかり足を踏ん張れ。ひっくり返らないように。よし」
 スイカぐらいの母れいむが、のっしりと盆に腰を据えると、俺は後ろからグイと押した。
「そーれ、行ってこぉぉぉい!」
「ゆぅぅぅ!!?」
 シャーッ、と滑り出して間もなく、下り斜面にかかるれいむ。つるつるのお盆のため、どんどん加速していく。
 冷たい風に身を切られて、れいむが絶叫する。
「ゆーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
 あっというまに悲鳴が小さくなり、丘の下へ行ってしまった。
 平らな雪の吹き溜まりにかかったところで、乗ってるれいむだけがズボッと雪に落ちるのが見えた。
 俺はざくざくと丘を降り、れいむを雪から掘り出して顔を見た。
「どうだ」
「……へぶんじょうたい!!!」
 れいむはうっとりと目を閉じて、ぷるぷると震えていた。
 おお、これが例のアレか。初めて見るな。
「すっっっごくおもしろいよ! この『シァー』はとってもゆっくりできるよ!」
「よしよし、みんなでやろうな」
 人間の子供でも有頂天になるほどの遊びだ。ゆっくりが感動せんわけがない。
 興奮するスイカ大の饅頭を抱えて、俺は丘を登った。日差しが強く、運動すると汗ばんでしまった。
 子供たちの元に戻ると、心配して待っていた家族に、母れいむが熱心に説明した。
 それを聞いた子供たちもいっぺんで乗り気になり、我も我もとソリ遊びを始めた。
「ゆゆーん! ゆっくりしちぇないよぉぉぉ!」
「むきゅー! でもたのちいわぁぁぁぁ!」
 滑って登り、滑っては登って大騒ぎするれいむとぱちゅりー一家。
 さながらゆっくリュージュ大会だな。待て俺誰がうまいこと言えと。
 しかし、その有様を指をくわえて見ている連中がいる。言うまでもなくれみりゃたちだ。
「うう゛ー……れみぃもしぁーしたいぞぉ……」
「行って頼んだらどうだ」
 俺の助言に従って頼み込むれみりゃ。
 結果は言うまでもないだろう。総スカンを食って帰ってきた。
「うわぁぁん! れみぃもやりたいぞぉー!」
 母親のくせにそっくりかえって、だばだば暴れ始めた。実にワガママな肉まんだ。
 頃合を見て、俺はもう一枚の盆をれみりゃ一家に差しだした。
「これを貸してほしいか」
「うっ? ほしいぞぉ! れみぃたちにもかすんだぞぉ!」
「おまえが条件を飲んだらな」
「じょうけん?」
「あいつら、下から登って来るのが大変そうだから、登りを手伝ってやれよ。できるか?」
「そんなことぐらい、かりすまなれみりゃたちにはあさめしまえだぞぉ!」
 かくして、俺は無事PKOに成功した。
「うっうー! すっごくはやいじょー!」
「はやいわぁぁぁ!」
「ゆっくりはこんでね!!!」
「わかったぞぉ、じっとしてるんだぞぉ」
「わぁい、おそらをとんでるみたい!!!」
「むきゅきゅ、みたいじゃなくてとんでるのよ!」
 滑り降りてはれみりゃに運んでもらって昇ってくる一家。
 いやいや、楽チンも極まってるねこれは。ゆっくりにはもったいないぐらいのリフトだ。
 連中が存分にゆっくりしているさまを、俺は写真機で撮りまくった。
 道具は、なんか赤い丸の商標が刻印された、手のひらぐらいの金属カメラだ。
 どこかから流れてきて幻想入りしたという代物を、里で買った。
 外の世界にはもっとずっと進んだカメラがあるらしいが、ここではこれぐらいしか手に入らん。それにあまり金もない。
 俺の目的にためには、まさか使い捨てカメラだけで済ませるわけにも行かないので、そんな骨董品を使っているのだった。
 そのカメラのファインダーを覗きながら、ふと空を見ると、ふわふわと飛んでくる人型が目に入った。
「おー、れみりゃ」
 言いながらシャッターを切った瞬間、配色がおかしいことに気付いた。
 その人型はれみりゃと違って赤い服を着ている。髪も黒い。っつーか頭身がずっと高い。
 ふわり、と目の前に降り立った少女が、うさんくさそうなジト目で言った。
「誰がレミリアですって? 私、そんなに老けた覚えはないんだけど」
「……老けてないでしょ、あの人」
「暦の上では老けきってるじゃない。一緒にしないでほしいわね」
 博麗の巫女にして、ゆっくりパークの地主である美しい少女が、あの有名な減らず口を叩いて俺をにらんだ。

 それにしても、と俺は思う。幻想郷はある意味で、序列のとてもハッキリしたところだと。
 幻想郷でもっとも高名で、もっとも強力だとされる博麗霊夢は、当然のようにもっとも美しく見えた。
 ぬばたまの黒髪に乳色のやわらかな頬、涼しげな眉によく輝く瞳。整いすぎて見惚れてしまうほどの容貌だ。
 トレードマークの紅のリボンがよく似合っている。
 ただ、ある方面で霊夢本人よりも有名な霊夢の腋は、残念ながらと言うべきか、見えていない。
 というのも、巫女装束の上に白の女羽織を羽織っているからだ。
 まあ、鳥すら凍えるほどの二月の空を飛ぼうというんだから無理もない。
 その娘がこたつを挟んで俺の前に座っている。ほのかに花の香りがする。一月前の正月がボロ家に戻ってきたような気がした。
 霊夢は花びらのような唇で俺の淹れた茶をすすると、おもむろに言った。
「安いお茶っ葉ね」
 噂どおり、中身は外見とだいぶ異なるようだ。
 俺は頭を軽く振って、平常心を取り戻そうとした。
「それでこの寒空にわざわざなんの御用ですか、巫女さん」
「約束。忘れているといけないと思って」
「約束?」
 俺が首をかしげると、霊夢はさほど意外でもないというような顔で、うなずいた。
「一年前にしたでしょう。この土地を貸すときに」
「――ああ」
「思い出した?」
「いや、あまり」
 霊夢が眉をひそめる。
「しっかりしてよ。お屠蘇気分が抜けてないんじゃないの? もう松が取れてからひと月もたつのよ」
 あんたを見てるとなんだか目出度い気分になるんですよ、という言葉を、俺は飲み込んだ。
 この寒空に、壁だの屋根だのを弾幕で吹っ飛ばされたくない。
 霊夢は羽織の懐から一通の書状を取り出して、ひらひらと振ってみせた。
「書いたものを見せなきゃ思い出さない?」
「……いや、思い出しました」
 俺は長嘆息した。霊夢が書状を突きつけたまま、顔を寄せる。
「そう。それで、どうするの?」
「まだ決めていません。もう少し待ってほしい」
「もう二月よ。だから来たんだけど」
「わかってます」
 霊夢はしばらく俺を見つめ、身を引いた。そして、また湯飲みに口をつけた。
 ずずず、と巫女が茶を飲む。
 まだ外で遊んでいるゆっくりたちの、はしゃぎ声が聞こえる。
 コト、と湯飲みを置くと、霊夢が鴨居の辺りを眺めて言った。
「どれぐらいの数が集まったの?」
「――ゆっくりが?」
「それ以外に何かを集めるって話は聞いてないわ」
「千八百匹ぐらいですかね。十月に大ざっぱに数えたところだと」
「へえ」
 霊夢は軽く目を見張る。よく見ると睫毛が長い。
 俺は付け加える。
「でも、それ以上は増えないと思っていいようです」
「どうして?」
「連中にも一定の縄張りがあって、あまり過密にならないように、自分たちで調整するらしいですね」
「ふうん」
 気のない相槌を打って、霊夢が卓上を見回す。その意味を察して、俺は席を立ち、菓子皿に干しぶどうを盛って出した。
 悪いわね、と遠慮のない様子で巫女がつまむ。手首が細い。
 俺はその様子を見ながら、逆に聞いてみた。
「巫女さん、あんたはどうなんですか」
「どうって?」
「ゆっくりは好き?」
「別に。毛玉や妖精と一緒よ」
 そっけない返事だった。まあそうだろうな、と俺は思う。ひろい心で野生動物を愛するなんて、この女には似合わない。
「でも、わざわざ潰して回ったりする気にはなれないわね」
「はあ」
「異変につながったり、必要が生じれば、やるけれどね」
「それは、まあ」
 霊夢は話しながら、三秒に一度ぐらいのペースで茶菓をつまんでいる。
 神前に畏まるのが神職の仕事のはずだが、この女が何かの前でかしこまることはあるんだろうか。
「ぶっちゃけると私も見込み違いをしていたんだけどね」
 俺は霊夢を見つめ直した。霊夢が真面目な顔をしていた。
「ゆっくりがどれだけ集まっても、あるいは集まらなくても、別に影響はないと思っていたわ」
「何か起こったんですか?」
 俺は緊張した。霊夢はうんとも違うとも言わず、頬杖を突く。
「起こった、というか」
「言いにくいことでも?」
「でもないわ。けれど、わかってもらえるかどうか」
 そう言うと、霊夢は何気ない口調で言った。
「ゆっくりが幻想郷の主人になりかけているのよ」
「……はあ?」
 俺は眉をひそめた。ひそめずにいられるか。
「主人? それはあんたじゃないんですか。でなければ八雲のスキマ様か。お二人がゆっくりに負けることなんてあるわけがない」
「ある意味ではもう負けている。つまり、いま幻想郷でもっとも勢力があるのは誰か、という点では」
「勢力と言ったって、連中がいるのは主に森や林の中ばかりじゃないですか」
「そういうことじゃないのよ。問題は、今もっとも語られているのは誰の物語か、ということなの。
 わかってるかどうか知らないけれど、幻想郷の私たちの勢力は、『世でいかに語られているか』によって決まる。
 語られることによる強さは、妖力の強さや、能力の高さよりももっと本質的な次元で、私たちを決定する。
 その視点から見るなら、今のゆっくりは無視できないほど力をつけている。
――私が気にしているのはそれ。わかる?」
「ははあ……」
 うっすらと、わかってきたような気がした。
 現に俺は、霊夢や他の有名人に近づくためではなく、名もないゆっくりたちと触れるために、こんなパークを作った。
 こんなことが続けば、幻想郷は霊夢たちの世界ではなく、ゆっくりの世界になってしまうだろう。
 それはゆっくり自身の強さ弱さとは関係ない。
 だが、それが飲み込めるとともに、霊夢の目的もわかったような気がして、俺は息を飲んだ。
「すると……巫女さん、あんたはパークを潰すつもりですか」
「契約書に書いたとおりにするだけよ」
「それはそうですが」
「勘違いしないで、私は別に、今いきなりスペルカードでここをサラ地に変えるつもりなんかないわ」
 霊夢は軽く微笑んだが、すぐにまた難しい顔になった。
「そうするのがいいかどうかわからない、というのも悩みの一つなのよ。
 パークがなくなったはいいけれど、ゆっくりはかえって増えました、じゃ話にならないでしょ。
 ここがあれば、少なくともさっきみたいに、どれだけの数がいるのか把握することはできる」
「ごもっともで」
「その辺りのことをあなたに聞ければいいと思ってきたんだけど」
 霊夢が見る。俺は苦笑する。
「僕はもともとどっちの勢力が強いかなんて、気にしてませんからね」
「頼りにならないわねー」
 霊夢は言い、お茶の御代わりを所望した。
 人んちへ来て茶と菓子を出させた挙句に、ケチをつけて御代わりまで要求するとは、どんだけいいご身分だこの巫女は。
 しかめっ面で茶をすする巫女に、俺はやんわりと言った。
「ま、なんにせよもう少し暖かくなってからのことですね。今言われても仕方がない。大半のゆっくりは雪の下なんだから」
「そんなにのんびりしてもいられないかもよ。今年はリリーホワイトの出が早いって話もあるし」
「誰の話です?」
「人の噂も千里を走るといってね」
「……」
 俺が黙っていると、霊夢はムッとしたように眉根を寄せた。
「ここは『悪事千里を走るでしょ! しかも使い方が違うし!』とか突っこんでくれないと」
「……はあ、気が利きませんで」
 正直、この人と他の海千山千どもの軽薄漫才の真似をしろと言われても、凡人の俺は困る。
「もう、はっきりしない人間ね。帰るわ!」
 ご立腹した様子で、霊夢は立ち上がった。そのまま帰るのかと思ったら、菓子皿の干しぶどうを指差す。
「あ、タッパーか何かある? これ包んでほしいんだけど」
「ファミレスかよ」
「そうそれその呼吸!」
 びっ! と嬉しそうに巫女は親指を立てた。
 まあ、誉められたからよかったとしておこう。
 にしても疲れた。

 その夜、俺は霊夢に言われたことを考えていた。
 ゆっくりが増えすぎて、幻想郷の勢力バランスが狂っていると言う。
 そんなことを言われてもな、というのが正直な気持ちだ。
 確かにゆっくりパークはかなりの数のゆっくりを集めているが、それ全部をあわせても、幻想郷全体のゆっくりに比べれば微々たる数だろう。
 聞けば外の世界では二酸化炭素なるものの削減が問題になっているらしい。
 二酸化炭素を増やすな、と言われている人の気分が、ちょっとわかったような気がした。
 俺がこたつでぼんやりと、ぬる燗のお銚子を傾けていると、もぞ、と腋の下が持ち上げられた。
「お?」
「むきゅ」
 見下ろすと、母ぱちゅだ。口を三角にしてむきゅむきゅと俺の前に割って入り、むきゅん、と膝に収まった。
 もたもたと下を叩いて座り心地を整えてから、控えめに宣言する。
「ここはぱちぇのゆっくりプレイスよ。ゆっくりさせてね?」
「はいはい、ゆっくり」
 俺は言って、お猪口を口にあてがってやった。ぱちぇは安酒をこきゅんと飲む。
 その頭を、繰り返し撫でてやった。
 しっかり者のぱちぇも、ここならリラックスできるらしく、心なしか体を柔らかくして言う。
「おにいさん、みんなゆっくりしているわ!」
「そうだな」
 他のゆっくりたちが、向こうのストーブの前でくつろいでいる。
 母れいむの周りに、二匹の子れいむと二匹の子みりゃ。
 昼間のいさかいはとうに忘れて、穏やかにもたれあっている。
 時々、感触を確かめるようにすりすりをする。すると、母れいむが寝ぼけ眼で答える。
「ゆぅぅ……れいむも、れみりゃも、ゆっくりしてね……ゆぅ……」
 反対に、四匹のちびれいむとちびぱちぇは、母れみりゃの手の中にある。
 昼間の雪遊びでかなり濡れてしまったので、一匹ずつ拭かれているのだ。
 母みりゃはちびたちに、ぺーろぺーろまでしている。くすぐっちゃいよ! とちびが喜ぶ。
 たまに母みりゃが手を止めて、ちびをじーっと見つめているのが若干不気味だが、食べるつもりはないらしく、すぐニコッと笑う。
 まあ、さっき晩飯を食わせたばっかりだからな。
 拭いたあとのちびを、母みりゃがタオルに並べていく。置かれる前からちびたちは夢うつつだ。
 あかあかとした火に照らされて、ころりころりともたれ合う、小さめのみかんのような赤ん坊たち。
 このころのゆっくりは成長が早い。先月はイチゴ程度だった。
 春までには全員、ひとり立ちできる大きさになるだろう。
「おにいさん、おにいさん」
 母ぱちぇが膝を叩く。俺は見下ろす。
「なんだ」
「ぱちぇはしあわせだわ。こわいひとのいない、ゆっくりできるとちで、
 ゆっくりしたすてきなれいむとけっこんして、とってもゆっくりしたあかちゃんをさずかって、
 れみりゃとまでなかよくできて……」
「ブレス大丈夫か」
「むきゅん! たいちょうもりょうこうよ!」
 むいむい、と伸びをしてから、ぱちゅりーは言った。
「そのうえ、こんなにゆっくりしたおにいさんとあえたわ。かんしゃするわ、おにいさん!」
 仰向けに俺を見上げて、ぱちゅりーはとてもいい笑顔で言った。
「お気遣いなく」
 俺は言って、そっぽを向いた。
 横顔に視線を感じる。ぱちゅりーがまだ見ている。俺は何食わぬ顔で、前に向き直る。
 ぱちゅりーが言った。
「ひるまのひとは、はくれいのみこさんね!」
「おまえ、知ってるのか?」
 俺は驚いた。なんぼこのぱちゅりーが賢いと言っても、幻想郷住人の名前まで知っているとは意外だ。
「とうぜんよ! うちのれいむとおなじかおをしているにんげんが、はくれいれいむなのよ!」
「いや、顔違うだろ……巫女が激怒するぞ」
 得意げにのけぞるぱちぇに、俺は突っこんだ。
 ぱちぇは元に戻ると、言った。
「みこさんは、なにをしにきたのかしら?」
「んー……?」
 俺は銚子を傾ける。
「来月、土地の貸借期限が来るんだよ」
「きゅっ、たいしゃくきげん? それはなにかしら!」
「おまえにはわからんと思うなあ」
 俺は、精一杯、平静を装って、言い返した。


 続く


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最終更新:2008年12月12日 21:59