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久々にハードカバーの本を読んだ。ちょっと前にベストセラーになった本です。
レヴィット氏は気鋭の経済学者で、ダブナー氏はライター。共著なので、経済学の本というよりは経済に関する読み物、と位置付けるべきだと思う。
あまり経済学の本には出てきそうにないトピックス(ギャングとか麻薬とか人種差別問題とか)が多く、視点も新鮮で面白いので最後まですいすいと読める。ネットで書評を見ても好意的なものが多い。でも個人的には引っかかる部分もある。
この本は第1章が「学校の先生と相撲の力士、どこがおんなじ?」と日本絡みのネタで始まる(相撲の八百長について)。アメリカでは冒頭でいきなりこのネタをふられても、ほとんどの人は「まあなじみのないスポーツだけど、データがそうならそういうことなんだろうなあ」と納得するしかないだろう。
でも日本でこの本をそのまま翻訳して、日本人が読んで、ああそうですね、その通りですね、とはちょっと言いたくないなあ、と。
例えば、この本では八百長の可能性として、(千秋楽で7勝7敗の力士が8勝6敗の力士と当たった時の期待される勝率と実際の勝率)を考える。日本人ならこの1行で、ああなるほどね、勝ち越しをかけた力士ではあるけれども、勝ち越しの決まった力士に対して勝率が異常に高ければ八百長と言えるかもしれませんね、と状況は即座に理解できる。
でも日本でこの本をそのまま翻訳して、日本人が読んで、ああそうですね、その通りですね、とはちょっと言いたくないなあ、と。
例えば、この本では八百長の可能性として、(千秋楽で7勝7敗の力士が8勝6敗の力士と当たった時の期待される勝率と実際の勝率)を考える。日本人ならこの1行で、ああなるほどね、勝ち越しをかけた力士ではあるけれども、勝ち越しの決まった力士に対して勝率が異常に高ければ八百長と言えるかもしれませんね、と状況は即座に理解できる。
でもね、これって日本なら経済学者に指摘されなくても、1ファンでも考え得る疑問ではないですか?(当たり前と思うことこそが思いつかないものだ、という話もあるかもしれないけど、だとしたらどっかの週刊誌で実際にやってみてほしかったなあ。取材費用もほとんどかからず、すばらしい記事が書けただろうに)で、日本ならだれもが考えうる疑問だとしたら、実際にそれはデータとなって現れるのだろうか?このデータの信憑性は再度検証した方がいいのでは?と思えてくる。
訳者のあとがきを見ると、この章に関しては日本から意外と反響がないのに拍子抜けした、というようなことが書いてある。私はこれは著者の不安の裏返しではないかと疑う。時間さえかければ自分でも調べられそうな話なんだけど。
最初の章でこんな疑念を持ったので、以降の内容でもなんとなくデータの根拠を疑いながら読んでしまった。
とはいえ、ほんとに面白く読んだし、経済学のフィールドって思っているより広いのかな、と思ったりしたのでした。
カテゴリ: [Book] - &trackback() - 2006年09月16日 22:53:13