無限彼方大人編~怨みやむ無し~
投稿日時:2010/11/29(月) 03:53:46
線香の匂いが立ち込めた。
風は吹いていなかった。線香の煙は真っ直ぐ昇り、ゆらゆら白い軌跡を墓前に描いた。墓に刻まれた文字は、「無限ノ家墓」
そこは京都の、無限一族分家が運営する墓地だった。
その墓地の、その墓に眠る者。それは、無限桃花。
その前で両手を合わせ、静かに目を閉じていたのは桃花の親戚に当たる無限史明。墓前にお供えを沿置き、墓に杓で水をかける。
風は吹いていなかった。線香の煙は真っ直ぐ昇り、ゆらゆら白い軌跡を墓前に描いた。墓に刻まれた文字は、「無限ノ家墓」
そこは京都の、無限一族分家が運営する墓地だった。
その墓地の、その墓に眠る者。それは、無限桃花。
その前で両手を合わせ、静かに目を閉じていたのは桃花の親戚に当たる無限史明。墓前にお供えを沿置き、墓に杓で水をかける。
「青森じゃ墓前に弁当置くって聞いてるわ。一応、親父さんも一緒に入れてるから、青森のやり方でやらして貰ってる。
八歳までしか居らんかったけど、親父さんと一緒に過ごしたのは青森やったしな」
八歳までしか居らんかったけど、親父さんと一緒に過ごしたのは青森やったしな」
史明は手桶に杓を入れ、それを自分の傍らに置いた。史明の後ろには、もう一人、墓前に花を沿えるべくやって来た人物が居た。
史明が小さなプラケースの弁当を沿えるのを見て、変わった供え物だなと興味を抱いたらしい。
また、その墓に用がある人物となれば、そこに眠る人物とは縁のある人物という事だ。
史明が小さなプラケースの弁当を沿えるのを見て、変わった供え物だなと興味を抱いたらしい。
また、その墓に用がある人物となれば、そこに眠る人物とは縁のある人物という事だ。
「しかしまぁ……。わざわざ東京からご苦労様ですな」
「とんでもない。彼女には命も助けられた。事が起きれば報告するのは義務ですので」
「とんでもない。彼女には命も助けられた。事が起きれば報告するのは義務ですので」
史明とその人物はまったく面識が無かった訳では無かったが、ちゃんと言葉を交わすのは今日が初めてだった。
その墓に眠る者、無限桃花の葬儀や命日に、一言二言挨拶をした程度だった。
「律儀な人ですな。黒丸さん」
その墓に眠る者、無限桃花の葬儀や命日に、一言二言挨拶をした程度だった。
「律儀な人ですな。黒丸さん」
黒丸昌。かつて桃花と共に戦い、そして、桃花の死を見届けた人物の一人である。
桃花と彼方の戦いから、既に七年も経っていた。四十を超え、白髪が多くなった頭髪にかつての若々しさは無い。
寄生という怪物に対処する専門機関の指揮官となり、現場に出る事はほとんど無くなったとは言え、いまだ体格だけは立派だった。それは黒丸が、自分が戦う職業だと強く自覚しているからだ。
トレーニングは欠かさない。いつでも、また戦える。そうでなくてはならないと考えていた。
桃花と彼方の戦いから、既に七年も経っていた。四十を超え、白髪が多くなった頭髪にかつての若々しさは無い。
寄生という怪物に対処する専門機関の指揮官となり、現場に出る事はほとんど無くなったとは言え、いまだ体格だけは立派だった。それは黒丸が、自分が戦う職業だと強く自覚しているからだ。
トレーニングは欠かさない。いつでも、また戦える。そうでなくてはならないと考えていた。
「今日は月命日でしたね」
「ええ。毎月来てますわ」
「ええ。毎月来てますわ」
史明にとっては毎月の事だった。黒丸も不定期に訪れては居たが、鉢合わせするのは初めてたっだ。
線香が燃える。煙は、まだまっすぐ伸びる。お互い喋らなくなる。
気まずい理由があるのだ。史明にとっては、どうしても許せない事を、黒丸はしているから。
線香が燃える。煙は、まだまっすぐ伸びる。お互い喋らなくなる。
気まずい理由があるのだ。史明にとっては、どうしても許せない事を、黒丸はしているから。
「報告しに来た言うてましたね。て事は、彼方にまた仕事をやったんですか」
「はい。彼方さんしか出来ない仕事ですから」
「そうですか」
「はい。彼方さんしか出来ない仕事ですから」
「そうですか」
史明は墓前の前にしゃがみ込んで、黒丸はその後ろで、花を持ったまま立っていた。
史明は俯き、苦虫を噛んだように顔をしかめた。許せないのだ。黒丸がしている事も、それを手助けする存在も。
無限彼方。桃花の妹。そして無限一族にとっては、彼方は絶対に倒すべき存在。
当然ながら、史明は事の経緯をよく把握している。彼方がなぜ桃花を殺すべく戦ったのか。そして今、なぜ桃花の意思を継ぎ寄生と戦っているのか。それを許した黒丸達が、今、彼方をどう評価しているか。
史明は俯き、苦虫を噛んだように顔をしかめた。許せないのだ。黒丸がしている事も、それを手助けする存在も。
無限彼方。桃花の妹。そして無限一族にとっては、彼方は絶対に倒すべき存在。
当然ながら、史明は事の経緯をよく把握している。彼方がなぜ桃花を殺すべく戦ったのか。そして今、なぜ桃花の意思を継ぎ寄生と戦っているのか。それを許した黒丸達が、今、彼方をどう評価しているか。
「あの子は頑張ってますか」
「はい。あの人でなければ手に負えない事もありますので」
「そうですか」
「まだ、分家の方々は彼方さんを無限一族として認めていないのですか?」
「当たり前やろ!」
「はい。あの人でなければ手に負えない事もありますので」
「そうですか」
「まだ、分家の方々は彼方さんを無限一族として認めていないのですか?」
「当たり前やろ!」
史明は声を荒げた。がばっと立ち上がり黒丸を睨む。空気の流れが変わり、線香の煙が史明のほうへと引き寄せられ、史明の身体を伝いさらに上へ。まるで怒りの余りに殺気が目に見えたようだった。
史明の顔は怒りと、悔しさが滲んでいた。
史明の顔は怒りと、悔しさが滲んでいた。
「あいつは桃花を殺したんや! それに、わしらが千年以上も首狙ってた敵の総大将なんやで!?
それが今、のうのうと生きて桃花のまね事している! 許せるか!」
それが今、のうのうと生きて桃花のまね事している! 許せるか!」
史明の声は二人しか居ない墓地へと響き渡る。
無限一族の分家も、桃花と同じく寄生、つまりは影糾を倒すべく長年その技術を磨いて来た。桃花によって影糾は撃退出来たが、彼方は生きている。
それが、分家には一族の願いが完全に達成されていないように見えていたのだ。
無限一族の分家も、桃花と同じく寄生、つまりは影糾を倒すべく長年その技術を磨いて来た。桃花によって影糾は撃退出来たが、彼方は生きている。
それが、分家には一族の願いが完全に達成されていないように見えていたのだ。
「悔しいわ! なんでアイツだけ……! そりゃ彼方は本家の唯一の生き残りや。無限の血はアイツしかもう居ない。名前だけ無限のわしらとは別モンや。
それでも、わしらは彼方を一族とは認められん。認めたら、わしらは何のために生きてきたのか……」
それでも、わしらは彼方を一族とは認められん。認めたら、わしらは何のために生きてきたのか……」
黒丸には理解出来ない話だ。
無限の分家は本家と違い、京都を中心に非常に多く居る。史明のように武術を受け継いだ者。陰陽師となっている者等。
無限の分家は本家と違い、京都を中心に非常に多く居る。史明のように武術を受け継いだ者。陰陽師となっている者等。
つまり、多くの人間が、伝統と歴史を抱えて居る。融通が効かないのだ。
たとえ本家唯一の生き残りであろうと、かつての宿敵。受け入れられるだけの柔軟さが欠如している。
たとえ本家唯一の生き残りであろうと、かつての宿敵。受け入れられるだけの柔軟さが欠如している。
「なんでや。なんでアイツなんや……」
史明は悔しそうだった。それに、史明は桃花の育ての親という一面もある。悔しさは、彼方に対する憤りは相当なのだ。
頭では理解はしている。今の彼方は桃花同様、寄生の力を持つ対寄生の専門家であり、もはや無限一族の敵ではない。
頭では理解はしている。今の彼方は桃花同様、寄生の力を持つ対寄生の専門家であり、もはや無限一族の敵ではない。
「ホントは桃花の仕事のはずや。彼方は死ぬべきやった。その為にわしらは今まで頑張った。桃花に、彼方を……寄生を殺す手段を仕込んだのもその為や。
あの子は特別やったのに、わしらの千年の思いが詰まった、わしらの英雄となるべき子やったのに……。
彼方は奪った。影糾は消えたが、彼方は生きている。なら、わしらの戦いはまだ終わらんのや。終われないんや……」
あの子は特別やったのに、わしらの千年の思いが詰まった、わしらの英雄となるべき子やったのに……。
彼方は奪った。影糾は消えたが、彼方は生きている。なら、わしらの戦いはまだ終わらんのや。終われないんや……」
黒丸はただ黙って聞いていた。史明の考えは理解こそ出来ないが、否定している訳では無いのだ。黒丸が普段相手にする人物達にも、どうにも融通の効かない連中がたくさん居る。
それはただ頑固な訳ではなく、複雑で、解消が困難な問題の果てなのだ。
史明は、その渦中で苦しんでいるように見えた。
それはただ頑固な訳ではなく、複雑で、解消が困難な問題の果てなのだ。
史明は、その渦中で苦しんでいるように見えた。
「史明さんは、彼方さんと会った事は?」
「いや、無い。会いたくも無いし、向こうだってこっちまでどの面さげて来れるんや?
それに、彼方に会ったら、わしは理性を保っている自信も無い」
「……。彼方さんはよく言っています。『死んだ姉は私の中に居る。思い出とかじゃなく、本当にここに居るんです』、と。それがどういう意味かは、私にはわかりませんが。
彼方さんは、もうかつてのあなたの敵では無い。むしろ、一族である事に責任を感じているはずです。桃花さんがやるべき事、出来なかった事を、代わりにやろうとしている。
それは責任を感じているからです。無限の血を絶やすまいと、その千年以上に渡る願いを、途中で終わらせまいと。
だから、我々にも快く協力して下さるんです」
「いや、無い。会いたくも無いし、向こうだってこっちまでどの面さげて来れるんや?
それに、彼方に会ったら、わしは理性を保っている自信も無い」
「……。彼方さんはよく言っています。『死んだ姉は私の中に居る。思い出とかじゃなく、本当にここに居るんです』、と。それがどういう意味かは、私にはわかりませんが。
彼方さんは、もうかつてのあなたの敵では無い。むしろ、一族である事に責任を感じているはずです。桃花さんがやるべき事、出来なかった事を、代わりにやろうとしている。
それは責任を感じているからです。無限の血を絶やすまいと、その千年以上に渡る願いを、途中で終わらせまいと。
だから、我々にも快く協力して下さるんです」
黒丸は写真を取り出した。
ほんの一年と少し前に、黒丸と彼方、そしてその時の主役であった理子という女性が、三人で写った写真だった。
ほんの一年と少し前に、黒丸と彼方、そしてその時の主役であった理子という女性が、三人で写った写真だった。
「これは、私と彼方さんの友人の理子という奴で、最後に集まった時の物です。
その理子は私の元部下です。結婚して退職しました。その少し前、退職祝いの時に三人で撮った写真です」
その理子は私の元部下です。結婚して退職しました。その少し前、退職祝いの時に三人で撮った写真です」
史明はそれを受け取る。
真ん中の飛び切りの笑顔で写る女性。新婦となったばかりの理子。右側には、困った表情で煙草をくわえる黒丸の姿。今とさして印象は変わらない。
真ん中の飛び切りの笑顔で写る女性。新婦となったばかりの理子。右側には、困った表情で煙草をくわえる黒丸の姿。今とさして印象は変わらない。
そして、左側。
史明はこの時、初めてその姿を見た。桃花とはだいぶ印象が違うが、確かにどこか似ていた。長い髪と細身で長身である所も桃花と似ている。
真ん中の理子に負けじと、飛び切りの笑顔で写る彼方。
史明はこの時、初めてその姿を見た。桃花とはだいぶ印象が違うが、確かにどこか似ていた。長い髪と細身で長身である所も桃花と似ている。
真ん中の理子に負けじと、飛び切りの笑顔で写る彼方。
「そうか。この子が、彼方か。……はは。似とるわ。こんな笑顔するんやな」
目で見た事が無い故に、純粋に怒りを彼方という存在に向けてきた。実態を知らないからだ。だから、自分の中でその存在をいくらでも邪悪な物に出来た。
それは願望も交じっている。
桃花を殺し、それにとって代わって平然と生きている彼方は、邪悪な存在に決まっている。史明の中では、そうだった。
だが今、たった一枚の写真とは言え、彼方の姿を初めて見た。
飛び切りの笑顔の彼方を。
それは願望も交じっている。
桃花を殺し、それにとって代わって平然と生きている彼方は、邪悪な存在に決まっている。史明の中では、そうだった。
だが今、たった一枚の写真とは言え、彼方の姿を初めて見た。
飛び切りの笑顔の彼方を。
「この子が彼方か。そうか。綺麗な子や無いか。親父さんが羨ましいわ。娘二人がこんだけ美人やったら鼻も高いやろ。
まぁ、わしは合わせる顔無いけどな。わしがどんだけこの子怨んでるか、親父さんは知らん訳やし」
まぁ、わしは合わせる顔無いけどな。わしがどんだけこの子怨んでるか、親父さんは知らん訳やし」
線香の煙は、まだ真っ直ぐ上へ。
史明が彼方を許す事は、きっと無いだろう。恨みは深いのだ。
彼方が直接史明と会う事も無いはずだ。彼方も、桃花の墓には一度も顔を出していない。意味がないと思っているし、会った事もない史明達にはなんの思い入れも無いのだ。
決定的な亀裂が入ったままの無限一族本家と分家の関係。それは事実上の敵対関係。今日、少しだけ距離が縮まったかも知れない。それでも、分家と彼方の和解は無いだろう。
黒丸が静かに墓前に花を沿え、「今日はこれで」と一言言った。史明は写真を返し、黒丸に軽く頭を下げて見送った。
史明が彼方を許す事は、きっと無いだろう。恨みは深いのだ。
彼方が直接史明と会う事も無いはずだ。彼方も、桃花の墓には一度も顔を出していない。意味がないと思っているし、会った事もない史明達にはなんの思い入れも無いのだ。
決定的な亀裂が入ったままの無限一族本家と分家の関係。それは事実上の敵対関係。今日、少しだけ距離が縮まったかも知れない。それでも、分家と彼方の和解は無いだろう。
黒丸が静かに墓前に花を沿え、「今日はこれで」と一言言った。史明は写真を返し、黒丸に軽く頭を下げて見送った。
桃花が唯一、この世に未練があるとすれば、自身が愛した者同士がいがみ合っている事だろうか。それの原因が自分だと言うのも、桃花はどう思っているのか。
桃花が彼方を殺していたら、一体どうなっていたのか。
唯一解るのは、桃花が笑顔を失う事くらいだ。
桃花が彼方を殺していたら、一体どうなっていたのか。
唯一解るのは、桃花が笑顔を失う事くらいだ。
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