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act.30

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act.30


一方その頃。
新米騎士イザークは血腥い激戦の中、奮闘していた。


あの地獄のような特訓でシアナが忠告してくれた教えを、頑なに守り、戦い抜いている。
脇が甘い、と言われた。だからもう二度と隙を作らないように姿勢を維持する。
柄を握る力が入りすぎていると言われた。力は最小限でいい。大事なのはいかに最小の力で相手を捻じ伏せるかだ。
それから踏み込みが遅いと言われた。だから意識して、もっと速く――そう、それこそシアナのように動けたら。
(でも……それじゃ、駄目だ)

自分が目指すのは、あの人じゃない。
自分は、隊長になりたいんじゃない。
自分がなりたいのは――……

「うわああっ!!」
斬撃。
横に並んで戦っていた仲間が倒れる。
「……!!」

仲間を切り伏せたのは龍の騎乗したゴルィニシチェ兵の一人だった。自分が貫いた獲物から、長い槍を引き抜く。
取り巻く空気を肌で感じ、一目見て強敵だと分かった。三下の者と格が違うであろうことを悟る。
今まで強いと言われる人間を飽きるほど見てきたイザークだからこそ、培われた直感だった。
兵が狙いをイザークへ切り替える。

ドクン。

「お前、怯えているなあ!? 安心しろ。お前もすぐ殺して仲間の所へ送ってやる……」 
「……っ」

怯えている?
自分は――自分は怯えているのだろうか。

手足は震え、呼吸はあがり、頭の奥は妙に冷めているのに、鼓動だけがやけにうるさい。
徐々に接近してくるゴルィニシチェ兵から目が逸らせない。

「天下のフレンズベル騎士団も名ばかりか。お前のような弱いヒヨッコがうようよいやがる。
まあ倒すのは楽で結構だけどなあ……まあいい」

くるくると兵士は長槍を振り回す。
イザークの頭上から、それを投擲するように突き出した。

ドクン。

「死ね!!」

自分は怯えているのだろうか――否、違う。
眼前に迫ってくる鉄の槍。潜り抜けるのは至難の業だ。以前の自分ならば。
だが今は違う!!
――ドクンッ!!


「……震えてなんてない、これは武者震いだ」

剣と槍が紙一重で突する。
金属音の唱和と共に火花が散り乱舞する。イザークの剣は腹で槍の一撃を見事に止めていた。
ゴルィニシチェ兵はイザークが自分の攻撃を受け止めたのが意外だったらしい。
一瞬目を瞠り、へぇと感嘆の息を吐いてみせた。続け様に第二打、第三打と突進が行われる。
それを全て受け切り、イザークは敵兵と相する。

「ヒヨコのくせに生意気じゃねえか……」
「……お前は、分かってない」
「ああ?」

冷静に対処すればどうってことない。なんて愚鈍な攻撃だ。シアナ隊長の手加減された攻撃さえこれを三倍は上回る。
それに、なんて一打一打が弱弱しいことか。地獄の特訓は打ち合うだけで手がもげそうになった。
あれに比べたら、目の前の兵の攻撃は、紙吹雪にさえ及ばない。

ブン、と剣を振る。自分の頭上で剣を構え、イザークは敵兵を渾身で睨みつけて言い放つ。

「ヒヨコにだって龍を突付くくらいの嘴はある。
あんまり舐めてると、出し抜かれるぞ龍騎兵」

そうだ。自分はシアナ隊長に憧れて騎士になった。……今は隊長じゃないかもしれないけど、俺の中ではずっとあの人は隊長だから。
あの時、助けてくれた隊長が本当に格好良くて。でも何も出来ずに震えてた自分が
弱くて情けなくて、惨めで……だから俺は隊長みたいになりたくて、もし騎士になったらあんな風に誰かを守れるんじゃないかって思った。
騎士隊に入って、隊長のいる隊に入れて、近くで隊長を見れるようになって……嬉しかった。
あの人はいつも強かったから。それを間近で見れて、益々憧れた。

でも俺が目指すべきは、隊長じゃない。
俺がなるべきは隊長じゃなくて――

「――今度は俺から行く、覚悟しろ」

俺は、あの人を超えたい。
今度は自分が、シアナ隊長を守れるように。

イザークも、敵対する兵士も気付いていなかっただろう。
もし騎士隊の誰かがその時のイザークを見たら、呟いたかもしれない。
絶望と恐れることを忘れた瞳が、シアナにそっくりだ、と。


ひゅう……
乾いた風が砂を巻き上げて煙らす。
黒き龍はシアナが手を伸ばせば届く位置へ歩み、空腹を満たせることへの歓喜か、
はたまた龍殺しを屠殺出来ることへの狂喜か――大きく巨体を奮わせた。
左右の翼は空へ突き出すように広げられ、揺らめく。羽が舞う。あたり一帯は夜が覆ったかのように
羽で埋め尽くされた。
黒き羽は死を喚起させるには十分な程に忌まわしい艶を帯びてシアナを囲む。


龍が唸る。口から零れ落ちた唾は地へと垂れる。
じゅう!!
溶ける音と異臭。龍の唾液が降り注いだ場所は見る間に死の沼と化した。
蒼黒龍の体液は酸性の毒だ。それ自体が凄まじい毒性を持った成分だ。
体液に触れればたちまち腐り落ちると言われている。
黒き龍は肉体さえ毒……死で出来ている。目の前にいるそれは、最早龍という規格さえ
超えていた。

シアナはひたすらに迫ってくる龍を睨みつける。
刻印は封じられ、そして自身は手負いの状態だ。持っている剣は自分のものですらない。
常時でさえ苦戦することは分かりきった相手に、刻印なしで立ち向かう。
それが無謀であることは百も承知だ。
しかしここで自分が龍を倒さなければ――奴を地に這わせなければ、この龍はもっと多くの仲間を食らうだろう。
だから決して退くわけにはいかない。
この龍だけは、例え差し違えてでも――殺してみせる!!





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