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ややえちゃんはお化けだぞ! 第14話

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ややえちゃんはお化けだぞ! 第14話




――自称死神。
ということはつまり死神そのものではないのだろうか。確かにハナちゃんの存在感自体は
人間のものであったように思えたが、カラスの姿で現れたり幽体である俺を締め上げたり
できるところを見ると、常人であるとも考え難い。
しばらくそんな謎に頭を捻ってみるも答えが出るはずもなく、俺は夜々重を捜すために町へ
と引き返した。

町民たちは未だ興奮冷めやらぬ様子で、老人連中などはここぞとばかりに数珠を握りしめ、
山に向かって祈りを捧げている。幻覚による大火事騒ぎは、既に山神か何かの祟りに置き
換えられているようだった。このオカルトじみた空気の満ちた状況ならば、例え蘇生した
俺がひょっこり町に戻ったとしても、大事には至らないのではないだろうか。

「たいしたもんだよな……」

自分でも珍しく一人つぶやく。
身体を取り戻すと一口に言っても俺には強引なやり方しか思い浮かばないし、仮にそれで
事が済んでも、今後つきまとう不自然さは拭えないものになっていただろう。
嘆息をつき腰に手をやると、上の方から俺を呼ぶ声が聞こえた。

見上げた先では夜々重が黒い大きな袋をぶら下げていて、ずるずると手を持ち替えながら
高度を下げている。
ぱっと見分かる緊急事態ではあったが、俺は夜々重のそんな締まらない部分にどこか胸を
撫で下ろし、思わず緩んだ口元を隠した。



卍 卍 卍



「――魂と肉体を接合する際は、絶対に人に見られないよう注意してください」

月を後ろに仰向けでぷかぷかと浮かびながら、夜々重が申請書を読み上げる。
言われて下に目を向けるも、まだ町のいたる所には落ち着きのない人々の姿があり、確実
に安全な場所というのは見当たらない。

「つってもこれじゃなあ……見られたらどうなんだよ」
「えーと、目撃者と共に冥土へ堕ちます……だって」

険しい顔を見合わせ、同時にため息をつく。
ずり落ちかけた死体袋を抱え直し、山に入れば大丈夫かと見回していると、遮るよう
に夜々重が顔を近づけてきた。

「じゃあ、私のうちに来ない?」

言いながら両手を後ろに組み、笑顔で首を傾げる。

「供養塔なんだけどね、ここからそんなに離れてないし、あそこなら誰も来ないから」
「供養塔ねえ……まあ、別に安全ならどこだっていいけどよ」
「……せっかく女の子が誘ってるのに、そういう答え方はどうかと思うよ、本当」

むくれた顔を適当に受け流しつつも、俺は夜々重の住んでいるという場所に少なからず興味は
あった。人の寄り付かない供養塔という響きに多少の戸惑いはあるものの、よくよく考えて
みれば俺も幽霊な訳で、別に不気味がるようなものでもない。

「じゃ、決まりね」

指を鳴らして背を向ける夜々重の頭で、未練の鈴が小さな音をたてる。
風になびく長い髪が残していくほのかな甘い香りを追っていくと、程なくして山の中腹に
ある開けた場所に辿りついた。

大きな枯れ木の下にある苔生した丸い石。供養塔と呼べるのかどうか、それは既にいくつ
かの石の残骸に成り果てており、小さな梅の若木が寄り添うようにして蕾を揺らしている。

「随分寂しいところなんだな……」

木々の隙間からは町の灯りが見下ろせるのだが、それが逆に周りの暗さを際立たせ、もの
哀しい孤絶感が漂っていた。

「そうなのよ。だからこうやって人が来てくれるの、すごく嬉しくて」

ここから町が見えるということは、俺の家からもそれほど離れていないのだろう。無事に
生き返ることができたら、ここへ来て話し相手になってやるのも悪くない。
そんなことを考えながら死体袋を開くと、不思議なことに身体にはまだほんのりと温かさ
が残っていた。

「ハナちゃんはね、死体に乗り移れるの」
「なるほどね……」

唐突とも思える説明ではあったが、俺には想像ができてしまった。
魂の移動。もしもそれが本当なら二つの身体を行き来して生を繋ぐことも可能なのだろう。
ハナちゃんが何故そんな力を持っているのかは夜々重も知らないらしい。

「でもこれなら大丈夫そうだね」
「ああ、全部おわりにしよう」

夜々重は返事の代わりに笑顔で頷くと、申請書を取り出して読み上げ始めた。

「被呪者が死亡している場合の魂接合法――」

静まり返った木々の合間に澄んだ声が響き、これまでの記憶が頭の中を駆け巡る。

「――まず肉体の脚部に幽体が残っているかを確認してください」

悪魔少女リリベル。結局目的は分からずじまいだったが、あのツアーがなければ地獄には
行けなかっただろう。

「――脚部に残された幽体が、自分のものであることを、強く意識してください」

不法侵入した俺たちを捕まえた怜角さん。あの厳しくも優しい鬼がいてくれたからこそ、
俺たちは地獄の地を歩むことができたのだ。

「――幽体部を接合した後、幽体と肉体をゆっくり重ねます」

殿下宮殿を預かる侍女長。その立場からは考えられぬだろう適当かつ大胆な性格に翻弄さ
れたことは、一生忘れることができないだろう。

「――目を閉じ、力を抜いて呼吸をとめてください」

閻魔殿下。小生意気なガキと思いきや、その小さな身体にまう威厳と人の心を見抜く力は
名に恥じぬものだった。

「――はじめは小さく、徐々に大きく、肉体を同期させながら呼吸を始めます」

結局最後まで謎の人物だったハナちゃん。魂を自在に操るという少々人間離れした存在で
はあるが、今こうしていられるのは彼女のおかげなのだ。

「――目を開き、身体が動かせるようなら、接合は成功です」

俺はたくさんの人たちに感謝しなければならない。
もちろん夜々重にだって感謝している。俺を呪い殺すという驚愕のファーストコンタクト
ではあったが、殿下曰く、俺はそのおかげで本来の死から救い出されたのだから――

「どう? 動く?」
「ああほら、見てくれ」

腰を起こして手を開いて見せると、夜々重は緊張を解いて大きく息をついた。
立ち上がり、煌々と輝く月に向かって伸びをする。長い間幽霊でいたせいか、身体は少し
だけ重く感じられた。
踏みしめる枯葉は音をたて、同時に気付く肌寒さに思わず身を縮める。

「これ持ってきたの、寒いと思って」

そう言って夜々重は死体袋から厚手のジャンパーを取り出す。聞けば救急車にあったもの
を拝借してきたらしい。
よくもまあそこまで気がまわるものだと一度はそれを受け取り、袖を広げてから夜々重の
肩に回してやった。

「お前が着てろよ」

触れた腕に一瞬身体をこわばらせ、しかし安心したように肩の力を抜く。

「ありがとう……でも、生き返ったんだから私と居るとまた呪いがかかっちゃうよ」
「また死んだっていいさ。そんときゃまた地獄旅行だ」
「じゃあ、もう一回殺しちゃおうかな」

いたずらな笑みをこぼして逸らされる視線。沈黙の中、冷たい風が木々を揺らす。
夜々重は座っていた石から腰を上げると、遠くに見える町の灯りに目を移した。

「……なんちゃって、私にはもうそんな力残ってないの」

振り向き見せた、どこか悲しそうな笑顔。俺はふと覚えた違和感に瞠目する。
最初はそれが意味することに気付かず、ただ感じた疑問のみが口をついて出た。

「お前、鈴……どうしたんだよ」

夜々重の未練の鈴が――消えていた。


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