無限桃花~野狐と鬼神~
「はははははは!」
悪世巣は炎を纏い、高らかに笑っていた。腕は炎が燃え盛り、まるで自らの手足のようにそれを操った。
目は赤く燃え、息は空気が歪むほどの熱を持っていた。
少年の姿である事が、その恐ろしさに拍車をかける。
目は赤く燃え、息は空気が歪むほどの熱を持っていた。
少年の姿である事が、その恐ろしさに拍車をかける。
しかし、桃花に迷いは無い。少年の姿とはいえ所詮は形骸に過ぎない。なにより、躊躇していて勝てる相手ではないと、桃花は感じていた。
神速の斬撃が、悪世巣に襲い掛かる。悪世巣もそれに応じ、手に点した炎を桃花へ放った。 再び桃花は炎に包まれる。だが臆することなくその中を突き進み、村正の切っ先で悪世巣の肩から胸、そして腰まで斬りつけた。
よろける悪世巣に追撃を加えるべく、桃花は斬撃の流れに乗り一回転し、返す刀を浴びせ掛ける。
ーーー回転両袈裟斬り。上から下へ斬りつけた刃は、速度を落とす事なく今度は下から上へ襲い掛かる。
練刀を仕留めた、桃花の必殺剣の一つだった。
ーーー回転両袈裟斬り。上から下へ斬りつけた刃は、速度を落とす事なく今度は下から上へ襲い掛かる。
練刀を仕留めた、桃花の必殺剣の一つだった。
だが、その必殺剣を受けた悪世巣は今だ倒れない。それどころか、不敵に笑っていた。
「なるほど‥‥練刀では相手になるはずもないという事か。だが奴は所詮惨めな九十九神‥‥我と同格と考えぬ事だ。くくく」
「そんな‥‥確かに斬ったはず‥‥!」
悪世巣の身体は桃花の斬撃でバツ印のような傷が出来ていた。通常の寄生であれば、そこから黒い影が吹き出し、消えて行く。
しかし悪世巣の傷からは、炎が吹き出していた。
しかし悪世巣の傷からは、炎が吹き出していた。
「我が形骸をいくら傷付けた所で我に刃は届かぬ。その程度の剣では我は倒せぬぞ。さぁ、無限桃花よ。村正の真の力、示してみよ」
明らかな挑発だった。だが、桃花はそれに乗るほかない。
斬ってもなお死なぬ敵が相手なら、完全に消し去るほか無い。
斬ってもなお死なぬ敵が相手なら、完全に消し去るほか無い。
そして、桃花と村正の周りに黒い稲妻がほとばしる。
「来たれ龍!」
「それが黒龍か。見せてみろ。どれほどの物か、確かめてやろう」
悪世巣は黒い龍を前にし、動こうとしない。待っているのだ。桃花の最大の一撃を。
「コイツ‥‥一体何を考えてるの!?」
桃花は困惑した。悪世巣は避けるそぶりすらない。だが、迷ってはいられない。
「爆ぜよ天!」
桃花のその声と同時に、黒龍は悪世巣を飲み込む。それは周囲の木々や雪、燃えていた祠すらも吹き飛ばし、文字通り全てを喰らいつくさんばかりだった。
龍が過ぎ去ると、少年の形骸をもった悪世巣は消え去っていた。
「勝った‥‥のかな?」
周りにはもはや何も無かった。目指すべき祠も、倒すべき敵も居ない。衝撃で崖下では雪が崩れ小さな雪崩が起きていた。
だが、桃花はまだ警戒を緩めない。感じるのだ。まだ近くに居ると。そして、それは予想を超え現れた。
「黒龍、しかと見届けた!」
突然の声。それはまるで辺りの空気が直接震えたかのように、四方から響き渡る。
「たしかにその力、魔を、寄生を打ち滅ぼす物と心得た。だがその力、今だ我には及ばず!」
恐ろしい声だった。今まで聞いてきたどんな声よりも。それは威厳すら漂っていた。
一つ。火の玉が現れる。そしてもう一つ。もう一つ‥もう一つ‥‥
やがてそれは無数になり、一カ所に集まり巨大な火球となる。
やがてそれは無数になり、一カ所に集まり巨大な火球となる。
そして現れた。目が眩むほど激しく燃える炎の中に。
それはとても美しい、炎の尾を持った、金色に輝く巨大な狐の姿をしていた。
それはとても美しい、炎の尾を持った、金色に輝く巨大な狐の姿をしていた。
「我が名は悪世巣寄生・野狐。悪の世に巣くう狐‥‥」
桃花は、この巨大な敵を前に恐怖を覚えてしまった。
「ぬわーーーっと!!!!!」
英子は叫ぶ。先程の謎の爆発で崖の上から雪崩が襲い掛かる。
スノーモービルを見事なドラテクで操り、何とか事無きを得た。
スノーモービルを見事なドラテクで操り、何とか事無きを得た。
「わいはどんだば!たんだでねぇ!『注:一体何が!マジやばかった!』」
英子は崖の上を見上げる。あそこでは一体何が起きているのか‥‥‥桃花‥‥‥
「くっ‥‥‥‥」
桃花は地面に伏せていた。頑強な戦闘服のはずの袴はすでにボロボロになり、村正は‥‥‥半ばから折れていた。
「愚かな‥‥‥なぜ抗う?潔く負けを認めれば苦痛なく死に臨めるよう配慮した。だがお前はそれを拒否し‥‥‥結果はその様だ」
「黙れ!私が寄生なんかに負ける訳には‥‥」
「虚勢を張ろうとお前に勝ち目など無い。これほどの力の差を見せ付けられてまだ解らぬのか?無限桃花よ」
悪世巣の力は圧倒的だった。
その叫びはそれだけで爆轟を生み出し、尾は炎の海をぶちまける。
その皮膚は村正がへし折れるほどの強度を誇った。
その叫びはそれだけで爆轟を生み出し、尾は炎の海をぶちまける。
その皮膚は村正がへし折れるほどの強度を誇った。
「私は‥‥‥私は‥‥‥!」
「もうよい‥‥これ以上苦しむな」
悪世巣は前脚で桃花を突き飛ばし、さらに地面へ押さえ付ける。
肋骨がみしみしと音と立てて歪んで行くのを感じる。戦闘服で無ければ、すでに身体は砕け散っていたかもしれない。
肋骨がみしみしと音と立てて歪んで行くのを感じる。戦闘服で無ければ、すでに身体は砕け散っていたかもしれない。
「見事だぞ。無限桃花。我がこの姿を表すのは実に数百年ぶりの事だ」
「だ‥‥誰が貴様‥‥なんかに‥‥!」
「我が形骸を打ち滅ぼした事、称賛に値しよう」
悪世巣は桃花にさらに体重をかける。
「がっ‥‥‥はぐっ‥‥!」
「運よく代わりの形骸もすぐ崖の下にいる。その骸を奪い、すぐに我らの巣穴へ帰るとしよう。影糾には‥‥貴様は実に見事だったと伝えよう」
「崖の‥‥‥下?‥‥」
「そうだ。お前の叔母の身体、我が使わせて貰う。悪いようにはしない。お前に敬意を払い、丁重に扱おう」
「おばさんが‥‥‥やめて‥‥それだけは!」
「恐れるな。 苦痛は与えない。恐怖すらも感じさせぬよう、手早く寄生しよう」
「やめて‥‥‥お願い‥‥!」
桃花が感じた絶望。今までにないほど、桃花は自分の無力さを呪った。
桃花から様々奪って行った化け物は、今、桃花の唯一の家族すら奪おうとしている。
憎い。桃花はそう思った。憎い憎い。
桃花から様々奪って行った化け物は、今、桃花の唯一の家族すら奪おうとしている。
憎い。桃花はそう思った。憎い憎い。
「やめろ‥‥やめろ‥‥!」
桃花の声はもはや悪世巣には届かない。
憎い。憎い憎い。この化け物が。憎い憎い憎い憎い憎い憎い‥‥‥‥
憎い。憎い憎い。この化け物が。憎い憎い憎い憎い憎い憎い‥‥‥‥
悪世巣も、そして桃花自身もその小さな変化には気付かなかった
桃花の負の感情。それに呼応するかのように、村正から、影が伸びていた。
桃花の負の感情。それに呼応するかのように、村正から、影が伸びていた。
最初にそれに気付いたのは悪世巣。桃花を押さえ付ける前脚に感じた、僅かな痛み。
影が、絡み付いている。
影が、絡み付いている。
「何?これは‥‥‥」
影は伸びる。悪世巣は思わず飛びのいた。その力の正体を、本能的に察知したのだ。
影は桃花を包み込む。まるでそこだけ、全て消え去った暗黒の空間のようだった。そして‥‥‥
黒い翼が現れた。擦れたボロ着れのような翼はとてつもなく暗い色をしていた。
それに包まれる桃花は、憎しみの表情だった。
折れた村正は再び切っ先を備え、影をたたえていた。
それに包まれる桃花は、憎しみの表情だった。
折れた村正は再び切っ先を備え、影をたたえていた。
「これは‥‥これはまるで‥‥!」
悪世巣は驚愕する。今、目の前にいるのは紛れも無く‥‥‥
桃花はゆっくりと村正を振った。いや、目の前の空間ごと、悪世巣を「斬った」のだ。
金色に輝く妖狐は、なす術なく両断される。悪世巣を斬った力は、もはや悪世巣すら遠く及ばない次元から発せられていた。寄生を斬り裂く力。
「‥‥影糾‥‥!!」
その声は影の中へ消えて行き、その場へ残ったのは、桃花。一匹の鬼神だけだった。