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無限彼方~未来の誕生~

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無限彼方~未来の誕生~


 油断は無かった。いや、むしろ昔からのキャリアと肉体的なピークを考えても、今は最高の状態に近い。
 事実、これまでの戦いでは無敵だった。
 どんな敵も一撃で葬り去る稲妻を放ち、斬鉄すら可能にした程の剣を修め、戦闘に於いてもっとも必要な才能である狡猾さもある。
 その気になれば再び天神となり飛ぶ事すら出来た。
 恐らく、今ならば彼女の姉ですら手も足も出ないほどに強い。そのはずだった。

 眼下の地面は足元から十数メートル下にある。左右に見えるのはコンクリートの無機質な壁。既にその街は崩壊し、無残なビルの墓場と化している。
 崩れたビルの壁に、彼女は居た。正確には貼付けられていると言ったほうがいい。
 両腕と腹部には農業で使うフォークのような物体が突き刺ささっている。自らの体重で傷口は広がり、既にこれ以上は落ちないという所まで来ている。
 流れる血は身体を伝い、爪先からボタボタと落ち、時間差で地面にぶつかる音がした。
 無限彼方は、戦闘に於いて初めて『完全な敗北』という物を体験していた。

 見事な戦略だったと言える。
 敵の作戦は基本に忠実で、その上したたかな下準備を感じさせた。
 彼方がここへ到着した時、既にこの街は死んでいた。
 人々の気配は消え、静寂だけがそこにあった。
 そこに居た寄生の集団はすぐに殲滅出来た。黒丸達の居る本隊への同時攻撃も、すぐに鎮圧出来たと無線で聞いていた。いつもと変わらない、つまらない任務。
 だが、敵が長い年月をかけて仕込んだ作戦はこの時動き始める。

 一瞬。辺りは闇に包まれる。
 地面から、空から、空間すら引き裂いて現れたそれ。彼方が知らない、『寄生ならざる寄生』達。
 敵の戦略は至極単純だった。陽動で敵をおびき出し、犠牲を覚悟で全戦力を持って、敵の最大戦力を叩く。
 敵の最大戦力とは、すなわち無限彼方である。
 今まで現れた寄生はすべて、この時の為の布石。敵は少数の、弱い集団だという摩り込み作業。

 彼方は剣を振り応戦し、一撃で無数の寄生が消滅した。 だが、それすら敵は予測している。
 背後から、真上から、左右から真下から、同時に攻撃を受ける。最強の寄生である彼方を殺す為に敵が用いた武器は寄生の力では無く、人間の武器。
 自滅も恐れずに、あらゆる兵器が火を噴く。そして炎と破片により吹き飛ばされた彼方は、壁に叩き付けられる。 そして彼方の腹部に激痛が走った時、勝敗は決した。
 シンプルで、明確な攻撃計画。これは寄生をまとめ上げるリーダーの存在を示している。

 それが何者なのか。彼方は貼付けらられたまま考えていたが、それもそろそろ終わりだ。
 出血が多過ぎる。痛みすらもう無い。幻が見える。
 赤い戦士だ。それは寄生を屠る力を持っている。かつて自分がそうだったように。かつて姉がそうだったように。 前にも夢で見た事がある。赤い戦士。
「彼方!!」

 厳つい声が聞こえる。黒い羽を羽ばたかせ、それは近づいてくる。

「……婆盆」
「彼方……!」
「負けちゃった……」
「喋るな。傷に触る」

 婆盆は彼方を拘束するフォーク状の物を引き抜き、抱き抱える。そのまま地面へと降り、抱き抱えたまま血溜まりの横へしゃがみ込む。
 血は止まらない。婆盆を中心に、新たな血溜まりが広がる。

「黒丸さんは……?」
「敵の一団はそのまま電撃戦を展開している。戦力は大きい。形勢は良くないだろう」
「結構……吹っ飛ばしたけどなぁ」
「黒丸達ならば上手くやるだろう」

 瓦礫の山となった街。それはここだけでは無かったようだ。
 その瓦礫の山の中から、小さな気配を感じる。じっとこちらを見ている。数少ない生存者だ。
 彼方はその方向を見る。生存者は怯えている。無理も無いだろうが。

「婆盆……」
「うむ……」

 婆盆は彼方を地面に寝かせる。そして生存者の元へ歩み寄り、その岩のような手を差し出す。

「出て参れ。危険は無い。そこに居るよりはいい」

 重なった瓦礫の中で小さな瞳が動いて居る。
 まだ警戒を解いては居ないのだろうか。

「我々は見方だ。さぁ。出てきなさい」

 婆盆は天狗から人へと変わりつつ、少年へ語りかける。普通ならば有り得ない光景だが、既に非常識が通り過ぎた後、少年の警戒もどこと無く緩んだのか。
 少年は、手を差し延べて来た。

「いい子だ」

 婆盆はそう言うと持っていたチョコの菓子を少年に差し出す。無言でそれそ受け取った少年は寝そべる彼方を見て、口を開く。

「……お姉ちゃん、死んじゃうの?」
「……それは」

 婆盆は言葉を濁す。だが、当の彼方はそれを見て自ら少年に話しかける。

「……こっちへ来て」
「彼方……! しかし……」
「いいから。大丈夫だよ」

 少年は彼方へ歩み寄り、横へちょこんと座る。彼方は少年の手をとり、背後に立つ婆盆へ語る。

「運命って信じる?」
「何ですか?」
「ふふ……。アイツ、なんだかんだで私達にちょっかい出したままなんだ」
「何を言ってるんですか。彼方……」

 彼方は少年を見る。夢で見た光景を思い出す。

「久しぶりね。……って、わからないか」
「お姉ちゃん、誰?」
「ふふ。そうだよね。初めまして。私は彼方。あなたは?」
「ボクは陽斗。陽斗って言うんだ」
「名前まで同じなんだ」
「お姉ちゃん、大丈夫なの?」
「私は大丈夫。……それより聞いて。あなたは赤。いい? あなたは赤になる」
「あか?」
「そう。今に解るわ。それと、姉さんがありがとうって言ってた」
「だれ? お姉ちゃん、ボクの事知ってるの?」
「ええ。よく知ってるわ」
「会った事あるの?」
「ええ。君と会うのは初めてだけど。でも、君の事はよく知ってるよ。陽斗」

 彼方は少年の手を強く握る。

「婆盆、この子を……黒丸さんの所へ」
「分かりました……」
「絶対だよ。この子しか居ない」
「分かってます」
「今は何も出来ない。昔の私みたいに……。だから、護ってあげて」
「分かってますよ」

 その時は目の前に来ている。

「婆盆、愛してる」
「彼方……」
「楽しかったな。戦ったり理子さんと馬鹿騒ぎしたり、男取っ替え引っ替えしたりさ」
「気苦労が絶えませんでしたよ」
「ありがとう。あなたが居なかったら、私は居ない」
「言わんで下さい。言わずとも分かりますから」
「そうだよね。でも、言いたい。言葉にしたい」

 彼方の意識は朦朧とし始める。そして、最後の言葉を言う。

「ありがとう婆盆。愛してる」
「私もです。彼方」

 静寂と血溜まり。崩れたビルの合間。
 かつて世界を我が物にしようとした彼方、そして姉のように戦う事を選んだ彼方には相応しい場所かもしれない。
 婆盆には解っていた。
 悠斗から桃花へ、桃花から彼方へ、そして再び陽斗へ。
 意識は消えない。無限の一族の宿命は、戦う事。


※ ※ ※


 西暦二千三十年。
 世界は崩壊している。寄生の軍は一気に世界へと進撃し、寄生への対処の仕方を知らない各国は対応に遅れを取った。
 元々圧倒的な戦力を誇る寄生軍、さらには消えたと思われた上位種個体の出現は、その恐ろしさを知る日本でも対応仕切れず、今はレジスタンスと化したヤタガラスが唯一の組織立った反抗勢力と言える。
 世界の人口は激減している。

「おい陽斗! 何してんだ!」
 誰かが叫ぶ。

「すまん望。ぼけっとしてたわ」
「頼むぞおい。また親父……じゃない黒丸司令に大目玉喰らっちまう。しっかりしろよ隊長?」
「分かってるよ。ちょっと昔の事思い出してただけだ」
「またあの彼方とかいう姉ちゃんの事かよ」
「いいや……。もっと昔の事だよ」
「なんだよ?」
「そうだな、俺がまだ陽斗になる前かな」
「意味わかんねぇ。訓練し過ぎて疲れてんじゃねぇか?」
「そうかもな」
「何でもいいや。早く行こうぜ。今日は新入隊の連中がきてるらしい」
「これでようやく五人編成か」

 二人は地下にある通路を歩き、大きな部屋に入る。
 中にいる初老の男性は二人を見るなりその厳つい顔に眉間を寄せ、重々しい口調で喋る。

「二人共遅刻だ。実戦なら命に関わる」
「申し訳ありません。黒丸司令。陽斗、望、両隊員到着しました」

 まぁいいと言い、黒丸は座席に座る。

「聞いているだろうが、今日から新しい隊員が加わる。これで正式に部隊として編成し、実戦投入となる」
「やっとか。今まで窮屈な戦闘服きて退屈な訓練ばかりで飽き飽きしてたんだ」
「私語は慎め。これからは常時実戦配備だ。いつでも出れるように待機しておけ。今までのようにのんびりは出来んぞ」
「了解です。黒丸指令」
「ふむ。では今から制式に命令を下す。
 本日より陽斗隊員を隊長職へ任命し、以下の隊員と合わせ五名にて、『過疎レンジャー』として実戦配備とする」
「その名前は何とかならねぇのか……?」
「ネームバリューを上げるのはお前達だ」
「ひでぇな親父……」



 過疎レンジャー誕生!



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