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NEMESIS 第6話 回想~フィオラート・『S』・レストレンジ 1/2


湯乃香による餞別も終わり、いよいよ告死天使8人は戦地へと赴いた。敵の本拠地にできるだけ早く到着するように走ってゆくことになった。
彼らはフルマラソン42.195kmを約2時間で完走することができる。すると一分当たり走れる距離は約350m。アジトまでの所要時間はわずか15分である。
幸いその道中敵に遭遇することもなく、無事に敵の本拠地の50m手前まで接近することができた。いつの間にこんな建造物を作ったのか。
彼らのアジトは巨大な五重塔であった。それもただの五重塔ではない。外壁は漆黒に染められ、長さはどんなに短く見積もっても250m、高さは50mに及び
それは塔というよりもひとつの城のように見えた。その塔の入口付近には警備の忍者が5人配置について周囲を窺っている。
ここで最後の作戦会議を行う。敵のアジトは廊下から突き抜けた先の開けた広場に存在しており警備の目を盗んで侵入するのは困難であった。
そこで、誰かが囮となり警備の目を引き付けその間に残りの7人が敵本拠地に侵入する手筈となった。その囮の役目は協議の結果、
クラウスが担当することになった。彼は脚力を武器にしているだけあり俊足でもあり、100mを10秒フラットで走ることができるのだ。
つまり50m走るのに必要な時間はわずか5秒。忍者がクラウスの接近に気付いた時にはその中の一人は彼の飛び蹴りを食らって気絶するだろう。
突然の奇襲に警備が混乱している隙をつき、残りの7人が別々の場所から侵入して、おそらくは最上階にいるであろう敵の首領を倒すのが今回の目的であった。

「クラウス君、どうか気をつけてね。そして無茶したら駄目だからね」
「フィオこそ、ピンチにならないようにね。『彼』が出てきたりしたら…」
「うん、それは大丈夫だよ。あれ以来『あの子』とはうまくやれてるから」

フィオラート・S・レストレンジ。彼女は告死天使のメンバー8人の中で唯一両親から貧しい中愛情を一身に受けて育てられた少女である。
他の7人は父親、母親片方しかいないか、両方ともいない、あるいは居てもシオンのように歪んだ育てられ方をした者ばかりである。
彼女の名の由来は異国の街、フィオラーノからきている。17年前に彼女が産まれたとき、彼女の両親、アルセリオ・レストレンジとエミリア・レストレンジは
スラムの役所に出生届にその名を記して申請したはずだった。だがエミリアが出生届を役所の受付にて記入している時、彼女の耳にこんな言葉が飛び込んできたのだ。

「おい、そこの『ノート』をとってくれるか」

この言葉に彼女はノをト、と書き間違えさらにそれに気づかずにそのまま係員に申請してしまったのだ。無論そんなことは露知らずの係員は何の異常もない
その出生届をそのまま受理。後から間違いに気付いたがもう後の祭りである。こうして、フィオラート・レストレンジと期せずして名付けられた彼女は
その後の人生を歩んでゆくこととなる。だが、それからしばらくしてまだ赤子の彼女にようやく髪の毛が整ってきたときに両親を愕然とさせる出来事が起きる。
―緑髪症。髪の色が緑になってしまう1千万人に一人の割合で発症する奇病である。隠そうと髪を染色してもすぐに抜け落ちてしまい新しく
また真緑の髪が元の長さまで生えてきてしまうのだ。この病気の患者は悪魔に魅入られたという根拠のない偏見や差別を受けることになる。
しかし、アルセリオとエミリアはそんな世間の目にひるむことなくフィオを表に連れ出しては公園などで幸せな家族の一時を過ごした。
彼女には帽子やフードをかぶせてはいない。それは緑髪を隠すということであり、すなわち偏見や差別の目を恐れることになるからだ。
私たちはそんなものを恐れたりはしないと彼女の緑髪を表に出し続けた。案の定周囲からは偏見や差別の目で見られることになったのだが。
さて、そんな両親に愛情をたっぷりと注がれて育ったフィオは7歳になり、小学校に入学する年齢となったが、ここで両親は随分と迷うのだった。
今まではたとえ偏見差別を向けられても私たちが守ることができた。しかし、学校に行けば私たちの目は届かない。そうなったときにいじめられたりしないだろうか、
と心配になったのである。しかし、結局彼らはフィオを小学校へと入学させた。その理由は、その心配をもとにスラムの小学校へと相談に行ったときに
出会ったある教師にある。フォルノーヴォ・サン・ジョヴァンニというその学校に赴任して5年目の中堅の教師だったが、彼は非常に正義感の強い性格で
差別や偏見をなによりも嫌う性分だったのである。そんな彼がアルセリオとエミリアに言うのだった。

「あなた方のお子さんは私がなにがあろうとお守りいたします。だから安心して入学させて下さい」と。

両親は彼の言葉を信じ、フィオをスラムの小学校、『廃民街第一小学校』に入学させる。入学式当日から彼女は周囲の児童たちからからかわれたり
いじめられそうになったが、フォルノーヴォが即座に問答無用で拳骨という名の雷を落とす。そして彼はフィオの担任教師となり、クラスにあるルールを設けるのだった。このクラスで誰かをいじめたりからかったりする者は
問答無用で鉄拳制裁を与えるというものだった。それから1年、フィオを除くクラスのメンバー34人全員がこのルールに抵触して
彼の鉄拳制裁を受けるのだった。といってももちろん恐怖政治ではなく、よい行いをすれば褒めるなど飴鞭の政策をとったため、児童からの不満も
ほとんど出ることはなかった。それから6年間の小学校生活でフィオも周りの児童と随分と打ち解けることができ、無事に小学校を卒業することになった。
フィオの強い正義感はこのフォルノーヴォから受け継いだものである。こうして12歳となったフィオはそのまま中学校へと進学することになったのだが、
ここで彼女を悲劇が待ち受けていた。中学入学の際、自分がいた小学校の人間が自分のクラスに一人もいないという事態が起こってしまう。
こうして、小学校入学当時と同じようにまた彼女はいじめられることとなる。しかも教師もフォルノーヴォのように正義感は強くなどなく
いじめをみても見て見ぬふりである。さらに中学生となり精神が発達したことでいじめの陰湿さも格段にエスカレートしていた。
もちろん彼女と同じ小学校を卒業した生徒たちが助けてくれることもままあったが、日に日に陰湿さを増すいじめの前には焼け石に水であった。
彼女の机には油性ペンで、『この世から消えろ』『悪魔の子』『存在するな』と言った酷い言葉が一面に書き連ねられていたし、
教科書の類は水洗トイレに破られて捨てられていた。そして、そんな日々が半年も続いた時、ついに事件は起こってしまう。
ある日、彼女の母エミリアが編んでくれたフィオお気に入りのストールが彼女がほんの一瞬目を離したすきに奪われ目の前でズタズタに切り刻まれてしまったのだ。
それを見たフィオはある障害を発症する。解離性同一性障害、俗にいう二重人格である。強い心的外傷から逃れようとした結果、
一人の人間に二つ以上の人格が現れるようになり、自我の同一性が損なわれる疾患のことだ。
これまで半年間蓄積されてきたいじめに対する心の傷が、ストールが切り刻まれたという最大級の心的外傷が引き金となり
一気に解き放たれ、二重人格を発症してしまったのである。『サクヤ』と名乗ったそのもう一人の人格は机や椅子を鈍器として扱い
それを振り回しストールを切り刻んだ女子5人を血祭りに上げるのだった。そのうちの一人は頭を強く殴られ前頭葉に深刻なダメージを負い
植物状態にまで追い込まれた。その後もサクヤは学校を飛び出して暴れまわり道行く人々を悉く傷つけて回った。
そんな『彼』を止めたのが、ケビンである。無事にフィオに戻れたはいいが中学校からは当然のように退学を言い渡され
さらに傷つけた5人の女子生徒の家族から多額の慰謝料を要求されたのだが、これをケビンが肩代わりした。その代償として、フィオを預からせてほしいと
アルセリオとエミリアに申し入れる。1億2千万という多額の慰謝料を負担したケビンの言葉を断れるはずもなく、
アルセリオとエミリアはフィオをケビンの元に託すのだった。これがフィオとケビンの出会いである。彼女は告死天使で最後に加入したメンバーであったが
生来の心優しい性格と愛らしい顔が相まって当時21歳であったアリーヤ、20歳であったシオン、19歳のシュヴァルツ、18歳のアスナ、
17歳のセオドール、16歳のクラウス、15歳のベルクトともすぐに打ち解けあうことができた。
しかし、当時から強力であったシュヴァルツの催眠術・精神感応を持ってしてもフィオの2重人格は治ることはなかったのである。
だが、フィオは自分の2重人格と向きあい、もう一人の人格である『サクヤ』をSとして自分の名前に含め、フィオラート・『S(サクヤ)』・レストレンジと
名乗るようになった。自分を一人の人格として認めてくれたフィオをサクヤは感謝し、フィオはサクヤと脳内で会話することができるのだ。
そこからおよそ2年半ケビンの厳しい修行に耐え、2年前ついにグレイス&グローリーの2丁拳銃をケビンから受け継ぎ、貴族たちを粛清したのである。
その直後、ケビンは静かに息を引き取りCIケールズはジョセフに引き継がれた。それから数日後、ジョセフがアルセリオとエミリアの元を訪れ、
あることを提案するのである。この閉鎖都市でも特に頭のよくまた人格者ばかりを集めた女学院、『聖ヘスティア学院』を受験させてみては、というものだった。
この学院はヤコブの梯子が建てたいわば国立学校であり、故に授業料もそれほど高くはないが、平均倍率20倍と超難関校であった。
そんな難関校に挑戦しても無理だろうと両親は反対したが、フィオは修行の傍ら退学になった学校の授業の代わりにアリーヤ、シオンの告死天使きっての
頭脳派による特別授業を毎日受けていたのだ。
それならば…と両親も渋々ジョセフの提案を承諾したのである。受験まで残り3カ月。フィオの猛勉強の日々が始まった。
講師陣に新たにシュヴァルツを迎え、来る日も来る日も勉強に明け暮れた結果、見事フィオはヘスティア学院の狭き門をくぐることができたのである。
聖ヘスティア学院はその倍率の高さから一学年1クラスしかなく、そのひとクラスの人数は大体30人前後。学院全体を合わせてみても100人程度の学校であり
故にクラス替えはないが、3年間同じ学びやで育つことによって絆を育ませようという目的がある。
だが、明るい高校生活が待っていたはずのフィオだったが、蓋を開けてみたら2度目のいじめの日々であった。
ジョセフの話では人格者ばかりが集まるということだったが、それには少し語弊があった。というのもこの学校を受験するのは、この閉鎖都市の中でも
『上流階級』の令嬢ばかりであり、要するに生徒は世間知らずのお嬢様ばかりなのである。そういった令嬢たちは親の前では社交的に振る舞うであろうが
その目から離れればなにをしているかはわからない。ジョセフはそんな令嬢たちの社交的な一面だけを見て人格者ばかりが集まる、と言ってしまったのである。
そんなところにスラムから一人飛び込んだフィオは彼女たちの『暇つぶし』の標的にされてしまったのである。
しかし、中学の時と違うことが2つある。一つはサクヤの存在である。フィオにはせめて真っ当な高校生活を過ごして欲しいと周囲にいじめられるときのみ
サクヤが表に出てきてそのいじめを一身に受けるのである。

「サクヤ君、ごめんね…君にばかりつらい思いをさせて…」
「気にすんな。俺様のことを認めてくれたお前に出来る恩返しはこれくらいだからな…」

さて、そのようにして2人が奇妙な学校生活を過ごしてちょうど3カ月がたったころ、ついに最悪な事件が起こってしまう。
ある日、授業が終わりフィオが荷物をまとめて自宅に帰ろうとした時だ。いきなり背後からハンカチに染み込ませたクロロホルムを嗅がされ、
昏倒してしまう。そして女生徒5人に拉致されたフィオが向かった先は体育倉庫だった。彼女が目を覚ますと、下着姿にされ両腕が縛られて
天井に備え付けられたフックにそのロープがくくりつけられ、さながら肉屋の肉塊のように吊るされていたのである。
身長150cmほどの小柄な少女は地に足をつけることもできずに全ての重みが縛られた手首にかかりその苦痛にフィオはうめいた。
自分の置かれた状況を理解したフィオは周囲を見渡すとそこにいたのはクラスメートの
女生徒5人。そのうちの一人は…あろうことか学級委員長であった。
彼女の名は高柳明日香。大貴族の一人娘でありそのバックボーンを盾に自分のクラスはおろか学院全体を牛耳る本当に世間知らずのお嬢様だった。
ただ、先日の告死天使による貴族たちの大粛清の手は彼女の両親にも及んでおり、三か月前に彼女は孤児となっていた。
しかし、両親の残した莫大な遺産と会社を引き継ぎ、自分が若干15歳でその会社の会長に就任することでさらに学院における自分の地位を確固たるものにしていたのだ。
しかし、そんな毎日は彼女にとって退屈でしかなかった。そんな折、暇つぶしのためにフィオを取り巻き4人とともに拉致しこの体育倉庫に連れ込んだのである。

「…どうして…こんなことをするの…?」
「アハハ、自分の胸に聞くことね。っていっても出来ないでしょうから教えてあげるわ。実は私たち、今度新しくボクシング部を作ることにしてね。
 でも、道具も何にもない。だから、あなたに付き合ってもらうことにしたって訳。…サンドバッグ役でね!」

と言い放ち、明日香はフィオの腹部を素手で何度も殴り続ける。非力な少女の腕でとは言え、何度も腹部を殴られ続ければさしもの告死天使といえど
苦痛は免れない。ましてや吊るされているのだから。

「あぐっ!ううっ…あうっ!くうぅ…あっ、ああうっ!」

見ていられないとばかりにサクヤが表に出てこようとするが、フィオは殴られ続けながらもそれを拒否した。

(君に頼りっぱなしはいやだから…ボクも耐えてみせるから…!)

2人の人格交代はそれぞれの同意を得て初めてなし得るのだ。今回の場合、サクヤが表に出てこようとしてもフィオがそれを拒んだため、
人格は交代しなかった、という訳である。結局その後明日香を含めた5人にフィオは1時間以上殴られ続け、さらには鞭打ちまで受ける。
ようやく吊るされた状態から解放され、ぱたりとその場に倒れこんでしまう。スパッツとブラジャーのみを身に纏うフィオに制服を投げつけ、彼女を見降ろし明日香は言った。

「いい暇つぶしになったわ。また今度、死なない程度にいたぶってあげるわ。フフフ…アハハハハ!」

そして明日香は取り巻きを引き連れて去って行った。彼女たちの足音が聞こえなくなったことを確認し、フィオは制服のポケットから携帯電話を取り出し、
電話をかける。通話先は…シオンの病院である。時刻は午後5時を回っていた。当時開業したばかりの彼女の病院は午後5時には閉まってしまうから、
もしかしたら出てくれないかもしれない。すがる思いでアドレス帳から『エスタルク医院』の文字を探し当て、通話ボタンを押す。
3回ほどコールしたところで、ガチャという音とともに電話に出た相手は…シオン・エスタルクその人だった。

「ああ、フィオさんか。君から電話をかけてくるなんて珍しいな。何か用事かな?」
「…うん。シオンちゃん…実はね…」
「…バカな。だが君のその声を聞く限り事実なのだろうな。今からそちらに向かうから、そこで休んでいるといい。体育倉庫だね」

と言ってシオンは電話を切った。それからおよそ45分。全身の痛みを耐えるフィオの元についにシオンがやってくる。
よほど急いできたのだろう。彼女は白衣を身に纏ったままだった。スラムから20kmも離れたこの聖ヘスティア学院に45分程度で来ることができたのは
彼女が医者免許だけではなく自動車免許も持っているからである。愛車をかっ飛ばし、超特急でフィオの元へと駆けつけてきたのである。
シオンは床に横たわるフィオの姿を見るなり、絶句した。彼女のシミ一つない白い肌は鞭による切り傷と殴られた跡で埋め尽くされていたからだ。

「これは…酷いな…。ひとまず私の病院に向かおう。フィオさんはそのまま制服を抱えているといい」

シオンに言われたとおりに制服を抱えると彼女はフィオのひざの裏と肩の裏に腕を伸ばし、彼女の身体を持ち上げる。『お姫様だっこ』である。
そのまま体育館を抜け、学院の駐車場に止めてあった自分の車の助手席にフィオを乗せ、運転席に乗り込み車を再び走らせスラムへと向かう。
その道中、シオンは電話で聞けなかった詳しい事情をフィオから聞くことができた。全てを聞き終えたシオンは怒りにギリ…と歯をきしませる。
そして懐から携帯電話を取り出し、電話をかける。その相手は告死天使リーダー、アリーヤ・シュトラッサーである。

「アリーヤさん。アスナさん、セオドール君、ベルクト君、シュヴァルツ君、クラウス君、そしてジョセフさんをを集めて私の病院前で待機していてくれないか?」
「…貴様の声を聞く限りどうやらフィオに何かあったようだな。わかった、召集は任せておけ。それではまた後でだな」

通話も終わり、シオンは再び車を走らせる。そして20分後、車はエスタルク医院前にたどり着く。そこにはすでにアリーヤをはじめとした
告死天使のメンバーとジョセフが集合していた。車を職員用駐車場へと止め、まずは自分が車を降りて助手席のフィオを再びお姫様だっこで抱え上げる。
そして病院入り口前で不安げな表情で集まる7人の前に向かい、フィオの傷を目の当たりにさせる。
その傷の酷さに7人も驚きを隠せない。フィオはその小柄な体を長所とし、クラウスに次ぐ俊足を武器に機動力を持って相手を翻弄し、グレイス&グローリーの
2丁拳銃で確実に仕留めるという戦闘スタイルであり、故にここまで痛めつけられることなど考えられなかった。
シオンが車内にてフィオから聞いた事情を7人に説明する。それを聞いてまたも驚愕の表情を浮かべる7人だったが、そこにいる誰よりも驚いていたのはジョセフだった。

「私が…フィオラートさんのご両親に入学を勧めたりしなければこんなことには…全て私の責任だ…」

しかし彼の言葉を即座に否定する男がいた。セオドール・バロウズである。

「それは違うぜジョセフさん。あんたが入学をフィオの父ちゃん母ちゃんに勧めたのはまだ15歳、告死天使以外の未来があるフィオの、
 その可能性を広げてやりたいっていう優しさからだろう。あんたが自分を責めるってことはそれを否定することになるんだぜ?」

セオドールのその言葉にアスナも即座に同調してジョセフに優しい言葉を投げかける。

「セオドール君の言う通りだよ。ジョセフさんはこれっぽっちも悪くないって!悪いのはそう、その女子生徒たちでしょ?」

立ち話もなんだということでシオンは一同を病院内の休憩室へと案内する。その壁に掛けられた時計は午後7時半を指し示していた。
この病院の看護師6人は今日の仕事を終え、30分ほど前に家路に就き今この病院にいるスタッフはシオンのみである。
フィオをお姫様だっこで抱えたまま7人を休憩室に残し診療室へと向かっていくシオン。そして、診療室にたどり着きフィオに手当てを始める。

「ちょっと染みるが我慢してくれ。しかし…酷い傷だな。傷が全て癒えるのには一月くらいかかるだろうな。包帯を巻かせてもらうよ」
「うん…お父さんとお母さんにはどう説明したらいいかな…きっと心配かけちゃうよね…」
「気にすることはない。私たちのほうから御両親には説明しておくよ。ベルクト君は口がすごく上手いからきっとうまくまとめてくれるだろうさ」
「うん…ありがとう。シオンちゃん…」

頭を除くほぼ全身を包帯で巻かれたフィオは酷く申し訳なさそうな顔でシオンに謝る。シオンはと言うと、フィオのその澄んだ瞳をしばらく見つめ、
そして包帯姿の彼女を抱きしめた。驚いた顔をするフィオの頭をなでる。

「ど…どうしたのシオンちゃん。急に抱きついたりして、照れるよ…」
「すまないがしばらくこうさせていてくれないか。私にも人肌の温もりが恋しくなることがあるんだ…」

その後およそ5分間、シオンはフィオを抱きしめ続けた。そしてようやくシオンは彼女から身体を離すのだった。

「私の我儘に付き合わせてしまってすまなかったね。さあ、今日はもう疲れただろう。病室に案内するからゆっくりと休むがいいよ」

シオンはまたもお姫様だっこでフィオを病室へと連れてゆく。彼女の身体を病室のベッドに横たえ、布団をかぶせる。

「ねえ、シオンちゃん。キリスト教徒の人たちはお休みの時、キスをする習慣があるって聞いたんだけど、それって本当なのかな?」
「ああ、確かに就寝の時母親がわが子に口付けする習慣はあるが…それがどうかしたか?」
「うん、その、あの、ボクにもしてくれたら…なんて」

フィオがその言葉を言い終えるよりも早く、シオンは彼女の唇に一瞬口づけた。彼女の口づけに顔が真っ赤になるフィオにシオンは言った。

「これでいいかな。それではおやすみ、フィオさん」

病室の電気を消し、シオンはそのまま病室を後にする。左手首の腕時計に目を落とすと時刻は午後8時を示していた。
7人が待つ休憩室へと戻り、フィオに処置を施したこと、今は病室で眠っていること、そして傷の完治には一月を要することを報告する。

「一月か…長いな。それにしても許せんのはその女子生徒どもだ。この借りは数倍、いや数十倍にして返してやらねばな」
「え、アリーヤさん、乱暴は…」
「ジョセフさん、我々は仲間をあそこまで痛めつけられて黙っていられるほど寛容ではない。仲間が受けた痛みは我々の痛みでもあるのだ」

アリーヤのその言葉に残りの6人も同意し、頷く。それでもジョセフはなにか言いたげであったがそのまま黙ってしまった。

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