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ゴミ箱の中の子供達 第9話
閉鎖都市南西部団地通称"ホームランド"に程近い雑居ビルの一室で、武器商サイガ・イズマッシュ書架
のファイルをシュレッダーにかけていた。震える手先で書類をシュレッダーに入れていく様は何かに急か
されているように見える。事実イズマッシュは焦っていた。
事の発端は数時間前の市営チャンネルのニュース番組までさかのぼる。
コーヒーの空き缶が過半を占拠する机に足を放り出して、イズマッシュは前日と同じように中古の壁掛け
テレビを見つめていた。テレビもまたいつも通りの定時のニュースを放送しており、やれ中東部商業区で
強盗事件が起きただの、やれ自警団員が盗撮事件を起こしただの、ありきたりでどうでもよい情報ばかりを
垂れ流している。イズマッシュも最早テレビから情報を探す努力を放棄し、タバコをふかしながら放送を聞き
流していた。
のファイルをシュレッダーにかけていた。震える手先で書類をシュレッダーに入れていく様は何かに急か
されているように見える。事実イズマッシュは焦っていた。
事の発端は数時間前の市営チャンネルのニュース番組までさかのぼる。
コーヒーの空き缶が過半を占拠する机に足を放り出して、イズマッシュは前日と同じように中古の壁掛け
テレビを見つめていた。テレビもまたいつも通りの定時のニュースを放送しており、やれ中東部商業区で
強盗事件が起きただの、やれ自警団員が盗撮事件を起こしただの、ありきたりでどうでもよい情報ばかりを
垂れ流している。イズマッシュも最早テレビから情報を探す努力を放棄し、タバコをふかしながら放送を聞き
流していた。
「次のニュースです。昨日深夜避民地区の繁華街で銃撃事件が発生しました」
廃民街であるだけで聞く価値はゼロだ。きっとどこかのイカレポンチがトミーガンでも振り回したのだろう。
ニュースはまだ始まったばかりだというのにイズマッシュはそう結論付けて紫煙を吸い込んだ。ニコチンの
程よい陶酔の中、他に見るものがないそれだけの理由でイズマッシュはニュースの続きを眺めている。
テレビの場面はスタジオのキャスターから自警団たちが群がる事件現場へと移った。立ち入り禁止を示す
黄色と黒のストライプのテープや証拠写真を撮るためのフラッシュの瞬き、壁に穿たれた弾痕などを乱雑に
流していく。現場映像としてはどこにでもあるものだ。それ故にそれまでイズマッシュにはなんら感慨もわか
なかった。だがカットがチョークのしるしとともに現場に散乱する薬莢を映したところでイズマッシュは驚いて
上体を持ち上げた。カットはすぐに変わり、二人で話し合いをする自警団員を映す。だが、取扱商品である
がゆえに弾薬に見慣れたイズマッシュにはその一瞬だけの映像でも十分であった。
トミーガンやその類じゃない。あの薬莢はライフル弾の薬莢だ。それも競技用のものでなく軍用のものだ。
拳銃弾や競技用ライフル弾を卸している商人はいくらでもいるが、軍用ライフル弾を卸している商人は
少ない。やばいところに卸している商人は片手で数えられる。
身の危険を感じたイズマッシュはうっすらと埃が被っていた電話を引っつかんだ。
発信音が3コール目に入ったところで若い女性の声が受話器から流れた。イズマッシュは言う。
ニュースはまだ始まったばかりだというのにイズマッシュはそう結論付けて紫煙を吸い込んだ。ニコチンの
程よい陶酔の中、他に見るものがないそれだけの理由でイズマッシュはニュースの続きを眺めている。
テレビの場面はスタジオのキャスターから自警団たちが群がる事件現場へと移った。立ち入り禁止を示す
黄色と黒のストライプのテープや証拠写真を撮るためのフラッシュの瞬き、壁に穿たれた弾痕などを乱雑に
流していく。現場映像としてはどこにでもあるものだ。それ故にそれまでイズマッシュにはなんら感慨もわか
なかった。だがカットがチョークのしるしとともに現場に散乱する薬莢を映したところでイズマッシュは驚いて
上体を持ち上げた。カットはすぐに変わり、二人で話し合いをする自警団員を映す。だが、取扱商品である
がゆえに弾薬に見慣れたイズマッシュにはその一瞬だけの映像でも十分であった。
トミーガンやその類じゃない。あの薬莢はライフル弾の薬莢だ。それも競技用のものでなく軍用のものだ。
拳銃弾や競技用ライフル弾を卸している商人はいくらでもいるが、軍用ライフル弾を卸している商人は
少ない。やばいところに卸している商人は片手で数えられる。
身の危険を感じたイズマッシュはうっすらと埃が被っていた電話を引っつかんだ。
発信音が3コール目に入ったところで若い女性の声が受話器から流れた。イズマッシュは言う。
「イズマッシュですがネルソンさんはいらっしゃいますか」
少々お待ちください、と女性の声は答えて、保留の音楽が流れ始める。焦燥感が安っぽいメロディに刺激
されそろそろイライラしかけたところでようやく音楽が止まった。
されそろそろイライラしかけたところでようやく音楽が止まった。
「イズマッシュ君じゃないか、どうしたんだね」
朗々とした老人の声が受話器から流れる。温和そうに下がった老人の目尻を思い出し、イズマッシュの心
はいくらか落ち着いた。
はいくらか落ち着いた。
「こんにちはネルソンさん。おたずねしたいことがあるのですがよろしいでしょうか」
「ほう、なにかね」
「端的にお訪ねします。昨日発生した廃民街の銃撃事件に"アンク"は、"人民の銃"は関わっていますか」
「ほう、なにかね」
「端的にお訪ねします。昨日発生した廃民街の銃撃事件に"アンク"は、"人民の銃"は関わっていますか」
早々にイズマッシュは核心に切り込んだ。重要事項をたずねるイズマッシュにここが電話口だという怖れは
なかった。電話盗聴などというあこぎなことを自警団はしないという確信があったからだ。
軍の堅物は厳罰のみが最大の犯罪予防と信じ、それ以外の犯罪予防に興味なさそうだし、眠らない第3課
には電話網監視に割ける労力がない。悪名高い第2課ならば盗聴も心得ているかもしれないが、管轄が違う。
第2課は企業役員や高級官僚が相手だ。イズマッシュのような泡沫武器商など眼中にないのだ。
なかった。電話盗聴などというあこぎなことを自警団はしないという確信があったからだ。
軍の堅物は厳罰のみが最大の犯罪予防と信じ、それ以外の犯罪予防に興味なさそうだし、眠らない第3課
には電話網監視に割ける労力がない。悪名高い第2課ならば盗聴も心得ているかもしれないが、管轄が違う。
第2課は企業役員や高級官僚が相手だ。イズマッシュのような泡沫武器商など眼中にないのだ。
「ほぉう、やけに剣呑な話だな。なぜそんな事を聞きたい」
「もし"アンク"が関わっているのであれば、自警団が私のところに来ます。武器の卸し元ですからね。そうなる
前にこちらも手を打ちたいのです。そのためにもまずは確認が必要なのです」
「もし"アンク"が関わっているのであれば、自警団が私のところに来ます。武器の卸し元ですからね。そうなる
前にこちらも手を打ちたいのです。そのためにもまずは確認が必要なのです」
イズマ主の質問にネルソンの声色が変わった。朗らかだった声色が今では低く威圧感さえ感じさせる。だが
イズマッシュは臆することなく自分の意を伝えた。自の身の安全がかかっているのだから当然のことだ。
明らかな変化に抱いた確信をひとまず隠しておきながらイズマッシュは言った。
だが、そんなイズマッシュの必死さを楽しむかのように、受話器の向こうからはほっほっほっ、という笑い声
が漏れる。
イズマッシュは臆することなく自分の意を伝えた。自の身の安全がかかっているのだから当然のことだ。
明らかな変化に抱いた確信をひとまず隠しておきながらイズマッシュは言った。
だが、そんなイズマッシュの必死さを楽しむかのように、受話器の向こうからはほっほっほっ、という笑い声
が漏れる。
「なるほどなるほど、自警団が来る、か。それは一大事だな」
もったいつけるようにネルソンは一呼吸間を空ける。息を吸う微かな掠れた音をイズマッシュは千秋の思いで
聞いた。
聞いた。
「関わっているも何も、あれをやれと指示したのはわしだ」
自慢げにネルソンは語る。予感は当たり、これから先を思ってイズマッシュは頭を垂れる。
「そうですか。しかしなぜ廃民街なんかで」
憂鬱な思考の中でイズマッシュはつい疑問を呟いてしまった。途端今まで落ち着き払っていたネルソンの口調
が荒々しいものに変わった。普段の温和なネルソンを知っているイズマッシュは、その隠すことのない怒りに驚いて
言葉を失う。
ネルソンは激しい言葉で言う。
が荒々しいものに変わった。普段の温和なネルソンを知っているイズマッシュは、その隠すことのない怒りに驚いて
言葉を失う。
ネルソンは激しい言葉で言う。
「あそこのサンピンヤクザ共は我が同志スティーブ・ビコとその部下を殺し、そればかりかその死を辱めたのだ」
スティーブ・ビコをイズマッシュは知っていた。取引で幾度か顔を合わせていたからだ。優秀な若手幹部として
頭角を現し、"アンク"長老たちの寵愛を受けた彼は大きな期待を背負って廃民街へ赴いた。そして、そこで
大規模な騒乱を起こし死んだ。
彼の死は公式では自警団との戦いの果ての名誉の戦死ということになっていた。だが、彼が廃民街に根を張る
マフィア"王朝"の手で殺されたことは公然の秘密であり、"アンク"とのつながりが深いイズマッシュの知るところ
でもあった。もっとも、ビコの死が恥辱にまみれたことは初耳だった。
頭角を現し、"アンク"長老たちの寵愛を受けた彼は大きな期待を背負って廃民街へ赴いた。そして、そこで
大規模な騒乱を起こし死んだ。
彼の死は公式では自警団との戦いの果ての名誉の戦死ということになっていた。だが、彼が廃民街に根を張る
マフィア"王朝"の手で殺されたことは公然の秘密であり、"アンク"とのつながりが深いイズマッシュの知るところ
でもあった。もっとも、ビコの死が恥辱にまみれたことは初耳だった。
「辱めたっていったいどんな」
「そんなことも聞きたいか。まあよい、教えてやろう。あろうことかやつらは同志ビコの首を切り取り、宅配便でわし
の所に送りつけてきたのだ。口の中に詰め込んだメモ書きと共にな。豚をお返しする。豚だと。かつてはわしの
下で火炎瓶を握り、"ヤコブの梯子"の犬どもに勇敢に戦った同志ビコをよりにもよって豚だと。ああ、思い出す
だけではらわたが煮えくり返る」
「そんなことも聞きたいか。まあよい、教えてやろう。あろうことかやつらは同志ビコの首を切り取り、宅配便でわし
の所に送りつけてきたのだ。口の中に詰め込んだメモ書きと共にな。豚をお返しする。豚だと。かつてはわしの
下で火炎瓶を握り、"ヤコブの梯子"の犬どもに勇敢に戦った同志ビコをよりにもよって豚だと。ああ、思い出す
だけではらわたが煮えくり返る」
語気を荒くしてネルソンは語る。受話器を握るイズマッシュは言葉が出てこなかった。生首を送りつける古典的な、
されど鮮烈な脅迫にイズマッシュは衝撃を受けずに入られなかった。
されど鮮烈な脅迫にイズマッシュは衝撃を受けずに入られなかった。
「だが、何より悔しいのは今の"アンク"だ。あいつらは揃いも揃って腑抜けばかりだ。同志の首が送りつけられても
怯えて何もしないばかりか、中にはあの無法者共に従おうと言う者まで出てきておる。ああ、かつては"ホームランド"
や、閉鎖都市の全人民のために戦いを続けた闘士達はどこに行ったのか。過去の戦いで散っていった勇士に
顔向けができず、わしは恥ずかしさで一杯だ。だからわしは"アンク"に見切りをつけた。ビコの弔い合戦はわし
の"人民の銃"がやる。"王朝"と名乗る帝国主義者どもの血で、ビコの死を贖わせてやる」
怯えて何もしないばかりか、中にはあの無法者共に従おうと言う者まで出てきておる。ああ、かつては"ホームランド"
や、閉鎖都市の全人民のために戦いを続けた闘士達はどこに行ったのか。過去の戦いで散っていった勇士に
顔向けができず、わしは恥ずかしさで一杯だ。だからわしは"アンク"に見切りをつけた。ビコの弔い合戦はわし
の"人民の銃"がやる。"王朝"と名乗る帝国主義者どもの血で、ビコの死を贖わせてやる」
受話器の向こうでネルソンは高らかに宣戦布告をうたった。ネルソンの剥き出しの怒気に、もはやイズマッシュ
は力なく椅子にもたれかかるしかなかった。
もう十分だろう。イズマッシュはネルソンの宣言に適当な言葉を並べながら慎重に終了の合図を送った。言い
たいことを言ってすっきりしたのか、イズマッシュの言葉をネルソンは驚くほど簡単に承諾する。そのまま2~3言
別れの言葉を交わしてイズマッシュは電話を切った。
電話を下ろすとともに、イズマッシュは激しい焦燥に駆られた。
戦争が始まる。それも相手はこの閉鎖都市で権勢を誇る"王朝"だ。直接の取引がないため詳しく知らないが、
その名声は耳にしている。
自警団なら何とかなる。袖の下を渡して捜査を待ってもらい、その間に適当な資料をでっちあげて渡せばいい
のだ。だが、手袋を顔に投げつけられて烈火のごとく怒った"王朝"にそんな手は効かないだろう。
逃げよう。イズマッシュは思った。イズマッシュにとって"アンク"は単なるお得意様に過ぎない。忠義立てする
必要などないのだ。双方に干渉されないどこかで身を隠し、嵐が通り過ぎるの待つのが一番だ。
方針を固めたイズマッシュは、事務所の中を見渡し、次いで口を開いた。
は力なく椅子にもたれかかるしかなかった。
もう十分だろう。イズマッシュはネルソンの宣言に適当な言葉を並べながら慎重に終了の合図を送った。言い
たいことを言ってすっきりしたのか、イズマッシュの言葉をネルソンは驚くほど簡単に承諾する。そのまま2~3言
別れの言葉を交わしてイズマッシュは電話を切った。
電話を下ろすとともに、イズマッシュは激しい焦燥に駆られた。
戦争が始まる。それも相手はこの閉鎖都市で権勢を誇る"王朝"だ。直接の取引がないため詳しく知らないが、
その名声は耳にしている。
自警団なら何とかなる。袖の下を渡して捜査を待ってもらい、その間に適当な資料をでっちあげて渡せばいい
のだ。だが、手袋を顔に投げつけられて烈火のごとく怒った"王朝"にそんな手は効かないだろう。
逃げよう。イズマッシュは思った。イズマッシュにとって"アンク"は単なるお得意様に過ぎない。忠義立てする
必要などないのだ。双方に干渉されないどこかで身を隠し、嵐が通り過ぎるの待つのが一番だ。
方針を固めたイズマッシュは、事務所の中を見渡し、次いで口を開いた。
「ニコノフ」
事務所全体に響き渡るように呼びかける。程なく隣の部屋の扉が開き、眼鏡をかけたおとなしそうな少年が顔
を見せた。
を見せた。
「なんですかイズマッシュさん」
「ここを出るぞ。貴重品だけまとめるんだ」
「えっ……分かりました」
「ここを出るぞ。貴重品だけまとめるんだ」
「えっ……分かりました」
ニコノフはイズマッシュの言葉に驚いた顔を見せたが、すぐさま了解の返事をして扉を閉めた。扉の向こうの私室
でニコノフは貴重品を厳選する作業を始ているのだろう。
かくして脱出の準備が始まった。イズマッシュは危険な取引の証拠隠滅を図るために書架のファイルをシュレッダー
にかけはじめた。
証拠隠滅作業も半分ほど進み、シュレッダーが放つ紙を裁断する音にイズマッシュがそろそろ飽き飽きし始めた
ころ、部屋の扉が開き、ニコノフが姿を見せた。
でニコノフは貴重品を厳選する作業を始ているのだろう。
かくして脱出の準備が始まった。イズマッシュは危険な取引の証拠隠滅を図るために書架のファイルをシュレッダー
にかけはじめた。
証拠隠滅作業も半分ほど進み、シュレッダーが放つ紙を裁断する音にイズマッシュがそろそろ飽き飽きし始めた
ころ、部屋の扉が開き、ニコノフが姿を見せた。
「イズマッシュさん、準備、終わりました」
「そうか、じゃあこれをシュレッダーにかけてくれ。俺も自分の用意をしてくる」
「そうか、じゃあこれをシュレッダーにかけてくれ。俺も自分の用意をしてくる」
そういってイズマッシュは近くの机に積み重ねたファイルの塊を指差した。高く積み重なったファイルにニコノフ
は目を丸くする。
は目を丸くする。
「これ、全部ですか」
「そうだ」
「分かりました」
「そうだ」
「分かりました」
覚悟を決めたように頷くと、ニコノフはファイルの山に向かった。ファイルを開いて中の書類を抜き出し、机の上
に重ねていく。イズマッシュは積み上げられた書類の上に、シュレッダーに入れるために持っていた書類を乗せると、
自分の準備をするために私室へと向かった。
私室に入ったイズマッシュはクローゼットからスーツケースを持ち出すと、ベッドの上で無造作に広げた。洗濯物
やゴミが散らばる私室の中をぐるりと見渡して思案したイズマッシュは、始めに枕元に設置してある金庫にとり
かかった。かすかに金属がこすれる音がするダイヤルを回して鍵を外し、重い扉を開く。中には札束に手帳や
書類などが詰まれていた。
まずイズマッシュは手帳を取り出し、ぱらぱらと眺めるとスーツケースに放り込んだ。手帳には取引先の連絡先
などが乱雑な字で記載されている。商売の種だ。スーツケースに入れることに不安を覚えなくもないが、捨てる
わけにも、ここに放置するわけにもいかないのだ。
次いでイズマッシュは書類を一つずつ確認していく。多くが契約書の類だ。金庫内に放置するわけにはいかない
が、かといって持っていくわけにもいかない。自警団の手入れの恐れがあり、証拠隠滅のために破棄した。そんな
言い訳の言葉を考えたイズマッシュは、後でシュレッダーにかけると決めて書類を金庫の上に乗せていった。
ふと、書類をめくり上げていたイズマッシュの手が止まった。書類の束に混じって薄い手帳状の物体が混じって
いたからだ。一枚しかないページを開くと写真が貼られており、イズマッシュがぼんやりとした眼差しを向けている。
その脇にはユーリ・オルロフというイズマッシュとは異なる名前が記載されている。とどのつまりそれは偽造された
身分証だった。身分証の下には同じものがさらに4つ重なっている。どれも写真は同じだが、名前や住所は
ばらばらだった。持って行くべきか。持って行くとしたら1つか、全てか。イズマッシュは少し考える。悩んだ末に
イズマッシュは5つ全てをスーツケースに放り込んだ。
最後にイズマッシュは金庫の中に積まれた札束をスーツケースに乱雑に投げ入れた。金庫の中が空になった
ことを確認すると、分厚い扉を閉じる。
スーツケースに放り込まれた物を確認すると、イズマッシュはクローゼットに向かった。ハンガーにかけられた
衣類の中から適当に2~3着選ぶとスーツケースに詰め込んでいく。小棚から下着も取り出すと、これもスーツ
ケースに放り込んだ。
次は小物だ。イズマッシュは壁際に設置された机に向かう。鍵のかかった引き出しを開け、中につめられた
小切手や日記などをスーツケースに投げ入れていく。全てを片付けると、鍵のかかっていない下の引き出しを
開けた。中には書類やノートなどが乱雑に並んでいる。念のため2~3冊適当に選ぶと、中を確認した。だが、
どうでもよいものばかりだ。書類を引き出しに戻すと、イズマッシュはそれらをそのまま放置した。
こんなところか、と一息つこうと顔を上げると、机の上に並べられていた物がライトスタンドの光を反射して瞬いた。
イズマッシュはまぶしさを感じながらもついそちらに視線を向けた。
それは写真立てだった。赤い木製の写真立ての中では2人の若い男が並んで笑顔を見せている。右側の五分
刈りの頭に精悍そうな顔立ちで、得意げに頬を吊り上げている男が若かりしころのイズマッシュだ。左側の程よく
日に焼け、骨格の目だった厳つい頬を緩ませて白い歯を覗かせて笑っている男は今は亡き親友だった。懐かしい
思いに駆られ、イズマッシュは写真立てを持ち上げた。
に重ねていく。イズマッシュは積み上げられた書類の上に、シュレッダーに入れるために持っていた書類を乗せると、
自分の準備をするために私室へと向かった。
私室に入ったイズマッシュはクローゼットからスーツケースを持ち出すと、ベッドの上で無造作に広げた。洗濯物
やゴミが散らばる私室の中をぐるりと見渡して思案したイズマッシュは、始めに枕元に設置してある金庫にとり
かかった。かすかに金属がこすれる音がするダイヤルを回して鍵を外し、重い扉を開く。中には札束に手帳や
書類などが詰まれていた。
まずイズマッシュは手帳を取り出し、ぱらぱらと眺めるとスーツケースに放り込んだ。手帳には取引先の連絡先
などが乱雑な字で記載されている。商売の種だ。スーツケースに入れることに不安を覚えなくもないが、捨てる
わけにも、ここに放置するわけにもいかないのだ。
次いでイズマッシュは書類を一つずつ確認していく。多くが契約書の類だ。金庫内に放置するわけにはいかない
が、かといって持っていくわけにもいかない。自警団の手入れの恐れがあり、証拠隠滅のために破棄した。そんな
言い訳の言葉を考えたイズマッシュは、後でシュレッダーにかけると決めて書類を金庫の上に乗せていった。
ふと、書類をめくり上げていたイズマッシュの手が止まった。書類の束に混じって薄い手帳状の物体が混じって
いたからだ。一枚しかないページを開くと写真が貼られており、イズマッシュがぼんやりとした眼差しを向けている。
その脇にはユーリ・オルロフというイズマッシュとは異なる名前が記載されている。とどのつまりそれは偽造された
身分証だった。身分証の下には同じものがさらに4つ重なっている。どれも写真は同じだが、名前や住所は
ばらばらだった。持って行くべきか。持って行くとしたら1つか、全てか。イズマッシュは少し考える。悩んだ末に
イズマッシュは5つ全てをスーツケースに放り込んだ。
最後にイズマッシュは金庫の中に積まれた札束をスーツケースに乱雑に投げ入れた。金庫の中が空になった
ことを確認すると、分厚い扉を閉じる。
スーツケースに放り込まれた物を確認すると、イズマッシュはクローゼットに向かった。ハンガーにかけられた
衣類の中から適当に2~3着選ぶとスーツケースに詰め込んでいく。小棚から下着も取り出すと、これもスーツ
ケースに放り込んだ。
次は小物だ。イズマッシュは壁際に設置された机に向かう。鍵のかかった引き出しを開け、中につめられた
小切手や日記などをスーツケースに投げ入れていく。全てを片付けると、鍵のかかっていない下の引き出しを
開けた。中には書類やノートなどが乱雑に並んでいる。念のため2~3冊適当に選ぶと、中を確認した。だが、
どうでもよいものばかりだ。書類を引き出しに戻すと、イズマッシュはそれらをそのまま放置した。
こんなところか、と一息つこうと顔を上げると、机の上に並べられていた物がライトスタンドの光を反射して瞬いた。
イズマッシュはまぶしさを感じながらもついそちらに視線を向けた。
それは写真立てだった。赤い木製の写真立ての中では2人の若い男が並んで笑顔を見せている。右側の五分
刈りの頭に精悍そうな顔立ちで、得意げに頬を吊り上げている男が若かりしころのイズマッシュだ。左側の程よく
日に焼け、骨格の目だった厳つい頬を緩ませて白い歯を覗かせて笑っている男は今は亡き親友だった。懐かしい
思いに駆られ、イズマッシュは写真立てを持ち上げた。
「ニコノフは俺が守るからな、ミハイル」
写真の中の男に向かってイズマッシュは呟く。イズマッシュの覚悟をこめた言葉に、ミハイルと呼ばれた男は
変わらぬ笑顔を写し続ける。過ぎ去りし思い出の世界に浸ったイズマッシュはそのまま写真を眺め続けた。
いくらかの時間を空けて我に返ったイズマッシュは、写真立てを持ったままベッドに歩み寄った。そして、ベッドの
上で開かれたスーツケースにそっと写真立てを入れた。
貴重品を詰め込んだスーツケースと共に私室を出ると依然ニコノフはシュレッダーで書類を裁断していた。ただ、
すぐ脇のテーブルに積み重なっていた書類の山は今では大分小さくなっている。
小さくなった書類の山に金庫の中にあった書類を積み重ねるとイズマッシュは言った。
変わらぬ笑顔を写し続ける。過ぎ去りし思い出の世界に浸ったイズマッシュはそのまま写真を眺め続けた。
いくらかの時間を空けて我に返ったイズマッシュは、写真立てを持ったままベッドに歩み寄った。そして、ベッドの
上で開かれたスーツケースにそっと写真立てを入れた。
貴重品を詰め込んだスーツケースと共に私室を出ると依然ニコノフはシュレッダーで書類を裁断していた。ただ、
すぐ脇のテーブルに積み重なっていた書類の山は今では大分小さくなっている。
小さくなった書類の山に金庫の中にあった書類を積み重ねるとイズマッシュは言った。
「全部終わったら言ってくれ。出発するからな」
「分かりました。でもイズマッシュさん、どれくらいの間ここを離れるんですか」
「さあな。しばらくホームランドは荒れる。1ヶ月くらいで済めばいいんだがな」
「分かりました。でもイズマッシュさん、どれくらいの間ここを離れるんですか」
「さあな。しばらくホームランドは荒れる。1ヶ月くらいで済めばいいんだがな」
不安げにニコノフはイズマッシュを見上げる。イズマッシュはその頭に軽く手を乗せた。
「ま、俺達が狙われてるわけじゃない。気にすることじゃないさ」
イズマッシュの言葉に、ニコノフは安心したように頷いた。
シュレッダーをニコノフに任せ、イズマッシュは事務所の奥にある自分のデスクに腰を下ろした。机の上に放置し
てあったタバコの箱から一本取り出すと、そのまま気だるげな動作で火をつける。煙を胸いっぱいに吸い込んだ
ちょうどそのとき、背後から何者かの視線を感じ、えもいわれぬ悪寒が背を走った。
思わずイズマッシュは振り返り、背後を確認した。背後にはガラス窓しかなく、夜の闇を背景に、室内で椅子に
座わり上体をひねってこちらを向くイズマッシュの姿が反射している。イズマッシュは念のために立ち上がると窓
に寄り、蛍光灯の明かりが入らぬよう手で覆いを作って外を覗いた。窓の向こうでは通りをはさんでうらぶれた
雑居ビルが並んでいる。下ろされたブラインドの向こうから光を漏らしている窓もあれば、明かりが落ち、闇だけを
映す窓もある。だが見える範囲に人陰はない。
気のせいか。手を下ろし、窓ガラスに映りこんだ自分の顔を見つめながらイズマッシュは考えた。
程なくニコノフが作業完了の声を上げた。イズマッシュは踵を返すと机の脇に立てかけていたスーツケースを
持ち上げて、事務所の入り口に向かった。
シュレッダーをニコノフに任せ、イズマッシュは事務所の奥にある自分のデスクに腰を下ろした。机の上に放置し
てあったタバコの箱から一本取り出すと、そのまま気だるげな動作で火をつける。煙を胸いっぱいに吸い込んだ
ちょうどそのとき、背後から何者かの視線を感じ、えもいわれぬ悪寒が背を走った。
思わずイズマッシュは振り返り、背後を確認した。背後にはガラス窓しかなく、夜の闇を背景に、室内で椅子に
座わり上体をひねってこちらを向くイズマッシュの姿が反射している。イズマッシュは念のために立ち上がると窓
に寄り、蛍光灯の明かりが入らぬよう手で覆いを作って外を覗いた。窓の向こうでは通りをはさんでうらぶれた
雑居ビルが並んでいる。下ろされたブラインドの向こうから光を漏らしている窓もあれば、明かりが落ち、闇だけを
映す窓もある。だが見える範囲に人陰はない。
気のせいか。手を下ろし、窓ガラスに映りこんだ自分の顔を見つめながらイズマッシュは考えた。
程なくニコノフが作業完了の声を上げた。イズマッシュは踵を返すと机の脇に立てかけていたスーツケースを
持ち上げて、事務所の入り口に向かった。