――――12月24日。クリスマスイヴの日は、とても寒い日だった。
もしかして雪でも降るんじゃないかと心配しつつ、一条 悠(ゆう)は物干に洗濯物を掛けていく。
吐く息が白い。
吹く風が寒い。
いやむしろ冷たい。超冷たい。
よし、早く終わらせて火燵に入りながらテレビでも見よう。
そんな事を考えつつ、少しかじかんだ手でちゃっちゃかてきぱき作業を進める。
その途中、ふと空を見上げた。
頭の上の方でまとめた三つ編みが揺れる。
空は、曇っていた。
「あー……やっぱり、雪、降るかも」
もしかして雪でも降るんじゃないかと心配しつつ、一条 悠(ゆう)は物干に洗濯物を掛けていく。
吐く息が白い。
吹く風が寒い。
いやむしろ冷たい。超冷たい。
よし、早く終わらせて火燵に入りながらテレビでも見よう。
そんな事を考えつつ、少しかじかんだ手でちゃっちゃかてきぱき作業を進める。
その途中、ふと空を見上げた。
頭の上の方でまとめた三つ編みが揺れる。
空は、曇っていた。
「あー……やっぱり、雪、降るかも」
ロボスレ学園:父と母のクリスマスイヴ。
洗濯物を干し終えた悠が、小柄な身体で火燵の中に滑り込む。ああ、とても暖か――――くない。
「ん……?」
コンセント入ってないじゃないか。
もぞもぞと這いながらプラグに手を伸ばすも、届かない。しかしなるべく火燵からは出たくない。
こういう時、腕が伸びたらいいなと思う。こう、にょきっと。
しかし伸びないものは伸びないのだから仕方ない。人はピッコロ大魔王のようにはなれんのだ。
よし、覚悟を決めよう。サン、ニ、イチ、
「どん!」
床を蹴る。火燵から出る。コンセントを掴む。挿す。戻る。入る。
電光石火の早業で一連の動作を終了させるも、まだ、寒い。
「ううう……寒い……」
火燵の中でもぞりもぞりとうごめくと、手を伸ばしてリモコンを掴む。彼女の夫が帰宅したのはその時だった。
「なんかバタバタ音がしてたけど……室内で何してたんだい?」
長身の彼は防寒用の黒いコートを着ていて、ウェーブのかかった長髪はコートと同じ漆黒。黒ずくめの外見は、まるでカラスを連想させる。しかしコートの中身はカラスのように華奢ではなく、むしろ黒ヒョウのようにしなやかで、逞しかった。
「お、おかえり、あなた」
妻、苦笑いでお出迎え。
「……やましいこと?」
対する夫は、にやけ顔。
「ちがいますっ!」
真っ赤になって反論する悠を見て、久が微笑む。
「冗談だよ、冗談」
「もうっ! 火燵のコンセントを電光石火の早業で挿し込んでただけだってば!」
「わかったわかった」
時々、久には妻の言動や行動が時々よくわからない。あと娘二人も。天然の思考は解せぬ。
「ん……?」
コンセント入ってないじゃないか。
もぞもぞと這いながらプラグに手を伸ばすも、届かない。しかしなるべく火燵からは出たくない。
こういう時、腕が伸びたらいいなと思う。こう、にょきっと。
しかし伸びないものは伸びないのだから仕方ない。人はピッコロ大魔王のようにはなれんのだ。
よし、覚悟を決めよう。サン、ニ、イチ、
「どん!」
床を蹴る。火燵から出る。コンセントを掴む。挿す。戻る。入る。
電光石火の早業で一連の動作を終了させるも、まだ、寒い。
「ううう……寒い……」
火燵の中でもぞりもぞりとうごめくと、手を伸ばしてリモコンを掴む。彼女の夫が帰宅したのはその時だった。
「なんかバタバタ音がしてたけど……室内で何してたんだい?」
長身の彼は防寒用の黒いコートを着ていて、ウェーブのかかった長髪はコートと同じ漆黒。黒ずくめの外見は、まるでカラスを連想させる。しかしコートの中身はカラスのように華奢ではなく、むしろ黒ヒョウのようにしなやかで、逞しかった。
「お、おかえり、あなた」
妻、苦笑いでお出迎え。
「……やましいこと?」
対する夫は、にやけ顔。
「ちがいますっ!」
真っ赤になって反論する悠を見て、久が微笑む。
「冗談だよ、冗談」
「もうっ! 火燵のコンセントを電光石火の早業で挿し込んでただけだってば!」
「わかったわかった」
時々、久には妻の言動や行動が時々よくわからない。あと娘二人も。天然の思考は解せぬ。
「でも、今日は寒いね」
久は脱いだコートをハンガーに掛けると、妻の向かい側に入った。それと同時に悠がテレビを点ける。
「最高気温4度、最低気温-2度だって」
二人同時に机の上にあったみかんを手に取り、悠はへたから、久はへそから皮を剥いていく。
「そりゃ寒いわけだよ」
べりべり。
「だよねぇ……あ、そうだ。もう少ししたら買い物行かなきゃ」
べりべり。
「まだ3時じゃないか」
ぱくり。口に入れたみかんの房がぷちりと弾け、甘酸っぱい果汁が口の中に広がる。
「ほら、今日クリスマスイヴだし」
もぐもぐ。
「なるほど。そういえばもうそんな季節だったね」
ふたつめを口に運ぶ。夫婦同時に。
「そそ。ケーキの材料買わないと」
「じゃあ、久々に二人で買い物でも」
「だーめ。今鍵かっちゃったら、カナちゃんが家に入れなくなっちゃうでしょ?」
「それに」悠の表情が不機嫌そうに曇った。
「『女の人と買い物に行くのは嫌だ』って言ったのは誰でしたっけ?」
「いつの話を掘り返すんだよ。それは学生の時のだろう?」
そう、二人が出会ったのはずっと前。20年以上前の事。
あの頃の二人は、まだ幼くって。
まだ、互いを知らなかった。
久は脱いだコートをハンガーに掛けると、妻の向かい側に入った。それと同時に悠がテレビを点ける。
「最高気温4度、最低気温-2度だって」
二人同時に机の上にあったみかんを手に取り、悠はへたから、久はへそから皮を剥いていく。
「そりゃ寒いわけだよ」
べりべり。
「だよねぇ……あ、そうだ。もう少ししたら買い物行かなきゃ」
べりべり。
「まだ3時じゃないか」
ぱくり。口に入れたみかんの房がぷちりと弾け、甘酸っぱい果汁が口の中に広がる。
「ほら、今日クリスマスイヴだし」
もぐもぐ。
「なるほど。そういえばもうそんな季節だったね」
ふたつめを口に運ぶ。夫婦同時に。
「そそ。ケーキの材料買わないと」
「じゃあ、久々に二人で買い物でも」
「だーめ。今鍵かっちゃったら、カナちゃんが家に入れなくなっちゃうでしょ?」
「それに」悠の表情が不機嫌そうに曇った。
「『女の人と買い物に行くのは嫌だ』って言ったのは誰でしたっけ?」
「いつの話を掘り返すんだよ。それは学生の時のだろう?」
そう、二人が出会ったのはずっと前。20年以上前の事。
あの頃の二人は、まだ幼くって。
まだ、互いを知らなかった。
♪ ♪ ♪
出会いは衝撃。
10月の真昼間、基幹バスの中で二人は出会った。
出会いのきっかけは――――
「へひゃひゃ! お前ら俺の言う事を聞け! でなかったらこいつをぶっ殺すぞ!」
「ひっ……」
バス・ジャック、だった。
人質にされたのは、一条 久。この頃はまだヒョロヒョロのモヤシっ子だった。
モヒカンの、屈強な体格をした犯人が久の細い首筋にナイフを押し当てた。
「や、やめてくれぇ!」
「うるせぇ、黙ってろ!」
「ご、ごめんなさい!」
冷たい殺気に、久が情けない声を上げながら脂汗を垂らす。
ちょうどその時、ブザーが鳴った。ぴんぽーん。次、とまります。
「おい、誰だぁクルルァ!?」
真横の席から手が伸びて――――
こきゃっ。
10月の真昼間、基幹バスの中で二人は出会った。
出会いのきっかけは――――
「へひゃひゃ! お前ら俺の言う事を聞け! でなかったらこいつをぶっ殺すぞ!」
「ひっ……」
バス・ジャック、だった。
人質にされたのは、一条 久。この頃はまだヒョロヒョロのモヤシっ子だった。
モヒカンの、屈強な体格をした犯人が久の細い首筋にナイフを押し当てた。
「や、やめてくれぇ!」
「うるせぇ、黙ってろ!」
「ご、ごめんなさい!」
冷たい殺気に、久が情けない声を上げながら脂汗を垂らす。
ちょうどその時、ブザーが鳴った。ぴんぽーん。次、とまります。
「おい、誰だぁクルルァ!?」
真横の席から手が伸びて――――
こきゃっ。
「ぎゃは~! 手が! 手が~!」
腕を捻られてナイフを取り落としたモヒカンの背後を取って、腰に手を回し、
「でぃぃぃやっ!!」
モヒカンごと後方へと身体を反らしたそれは、美しい人間ブリッジを描いた。
その技、人呼んでジャーマン・スープレックス。
そしてそれを繰り出したのは、超小柄な、三つ編みの少女だった。
少女――――神守 悠は久を一瞥する。
その目には、ちょっとした軽蔑が込められてたように感じられて。
腕を捻られてナイフを取り落としたモヒカンの背後を取って、腰に手を回し、
「でぃぃぃやっ!!」
モヒカンごと後方へと身体を反らしたそれは、美しい人間ブリッジを描いた。
その技、人呼んでジャーマン・スープレックス。
そしてそれを繰り出したのは、超小柄な、三つ編みの少女だった。
少女――――神守 悠は久を一瞥する。
その目には、ちょっとした軽蔑が込められてたように感じられて。
♪ ♪ ♪
再会は翌日。
学園の廊下でふたりは再び出会った。
「あ」
「あ」
片やひょろひょろののっぽ、片や身長小学生。何より昨日の事でもあるし、どちらも互いを認識できたのは当然の事であった。
「き、昨日は……」
ありがとう、久がそう言おうとした途端、彼女は踵を返して走り去った。
「え、あ、ちょっと!」
小さな身体がさらに小さくなっていく。久は、それをただ見ているだけ。
そのおり、何者かに肩を叩かれた。
学園の廊下でふたりは再び出会った。
「あ」
「あ」
片やひょろひょろののっぽ、片や身長小学生。何より昨日の事でもあるし、どちらも互いを認識できたのは当然の事であった。
「き、昨日は……」
ありがとう、久がそう言おうとした途端、彼女は踵を返して走り去った。
「え、あ、ちょっと!」
小さな身体がさらに小さくなっていく。久は、それをただ見ているだけ。
そのおり、何者かに肩を叩かれた。
「おう久、如何した?」
クラスメートの、守屋 剣だ。
「あ、剣……いや、ちょっとね……」
「告白でもされたか?」
こ、告白!?
自分とは関係ないだろうと思っていた言葉を聞いて、久がぎょっとする。
「違うよ、そんなんじゃ!」
「じゃあ、何だ?」
「ああ、あのさ――――」
久は剣に昨日の事と、つい先程の事を手短に説明した。すると剣は目を点にして、
「神守に何があったんだ……」
「知っているのか剣!?」
「割と有名だぞ? “島帰りの悠”って」
「島帰り……!?」
わけがわからない。久はさらに困惑した。どの島から帰ってきたというんだ。
「確か必殺シリーズの……何だったか。まあいい」
剣によると、神守 悠は探偵モノの主人公よろしく頻繁に事件に巻き込まれ、その度にヒャッハーな人たちにお仕置きを与えているらしい。そしてその仕置きの方法から、いつしか“島帰りの悠”と呼ばれるようになったそうな。
「まあ俺も、似たような物だけどな」
「君たちは何をやってるんだ」
「巻き込まれるんだから仕方ない」
剣、苦笑。
「しかし、奴はもっと人懐っこい性格の筈何だが……」
剣は怪訝そうな顔をすると、顎に手をやりながら呟いた。
クラスメートの、守屋 剣だ。
「あ、剣……いや、ちょっとね……」
「告白でもされたか?」
こ、告白!?
自分とは関係ないだろうと思っていた言葉を聞いて、久がぎょっとする。
「違うよ、そんなんじゃ!」
「じゃあ、何だ?」
「ああ、あのさ――――」
久は剣に昨日の事と、つい先程の事を手短に説明した。すると剣は目を点にして、
「神守に何があったんだ……」
「知っているのか剣!?」
「割と有名だぞ? “島帰りの悠”って」
「島帰り……!?」
わけがわからない。久はさらに困惑した。どの島から帰ってきたというんだ。
「確か必殺シリーズの……何だったか。まあいい」
剣によると、神守 悠は探偵モノの主人公よろしく頻繁に事件に巻き込まれ、その度にヒャッハーな人たちにお仕置きを与えているらしい。そしてその仕置きの方法から、いつしか“島帰りの悠”と呼ばれるようになったそうな。
「まあ俺も、似たような物だけどな」
「君たちは何をやってるんだ」
「巻き込まれるんだから仕方ない」
剣、苦笑。
「しかし、奴はもっと人懐っこい性格の筈何だが……」
剣は怪訝そうな顔をすると、顎に手をやりながら呟いた。
♪ ♪ ♪
神守 悠は苛立っていた。彼と、そして自分に対して。
女の子の日だからというわけではない……いや、それも少しは……いや、かなりある……かも、しれないが。
イライラ解消にシャープペンを何度もノックし、伸びた芯を押し込む。
カチカチカチカチカチカチ。
カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ。
「キョアーオ!!」
「なんだ突然!?」
「どうした神守!?」
「気でも違ったか!?」
「頭がパンクしたのか!?」
「先生の授業難しかったか!?」
「違う違う! あ、でも先生の授業は難しいです!」
「そうか、中間赤ザブ多かったから期末頑張れよ!」
「はい!」
頬を叩いて気合いを入れ、ノートをとり始める。
「よし! じゃあ授業戻るぞー」
数学の公式を写していた手がふと止まる。
……なんでこんなに、気持ちが落ち着かないんだろう。
気持ちを落ち着かせるには、どうしたらいいんだろう。
やっぱり、動かなきゃ。動き出さなきゃ。
私、Go Ahead!
女の子の日だからというわけではない……いや、それも少しは……いや、かなりある……かも、しれないが。
イライラ解消にシャープペンを何度もノックし、伸びた芯を押し込む。
カチカチカチカチカチカチ。
カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ。
「キョアーオ!!」
「なんだ突然!?」
「どうした神守!?」
「気でも違ったか!?」
「頭がパンクしたのか!?」
「先生の授業難しかったか!?」
「違う違う! あ、でも先生の授業は難しいです!」
「そうか、中間赤ザブ多かったから期末頑張れよ!」
「はい!」
頬を叩いて気合いを入れ、ノートをとり始める。
「よし! じゃあ授業戻るぞー」
数学の公式を写していた手がふと止まる。
……なんでこんなに、気持ちが落ち着かないんだろう。
気持ちを落ち着かせるには、どうしたらいいんだろう。
やっぱり、動かなきゃ。動き出さなきゃ。
私、Go Ahead!
「よぉぉぉぉぉぉぉぉし!!」
「なんだまた突然!?」
「ホントどうした神守!?」
「気でも狂ったか!?」
「頭がクラッシュしたのか!?」
「おお神守、この問題が解けるのか!?」
「違う違う! あと先生、全然わかりません!」
「そうかそうか、ここテストに出るから勉強頑張れよ!」
「はい!」
「なんだまた突然!?」
「ホントどうした神守!?」
「気でも狂ったか!?」
「頭がクラッシュしたのか!?」
「おお神守、この問題が解けるのか!?」
「違う違う! あと先生、全然わかりません!」
「そうかそうか、ここテストに出るから勉強頑張れよ!」
「はい!」
♪ ♪ ♪
それから一月が過ぎて、迫る期末試験。
一条 久は放課後教室に残り、課題の仕上げ――――といってもただの答え合わせだが――――にかかっていた。赤点になる危険性はゼロだが、点を取っておいて得はあれど損はない。
淡々とテキストにマルを付けていくと、唐突に教室後部の引き戸が開く。
身構えた久の前に現れたのは、
「なんだ、剣か」
「おう」
「課題なら自分で――――」
「ああ、手伝って貰うのは俺の課題じゃ無い」
「え?」
「ほら、入れ」と剣が背後に立つ誰かを促す。促された誰かは、おずおずと久の前へ出た。
「あれ、君、は……」
「あ……ども、です」
なんだか気まずい沈黙。それを撃ち破ったのは、剣の一言。
「じゃあ、頑張れよ」
「「え」」
二人の肩を叩いて、剣はさっさと教室を出て行ってしまった。
打ち破られた沈黙がパワーアップして復活した。
気まずい。非常に気まずい。
どれくらい、気まずい時間が過ぎただろう。一分か、一時間か、あるいはもっとか。隠し切れない緊張を露にして、久が口を開いた。
「……あ、あの、さ。どこが……わからないんだい?」
「……どこもかしこも」
「さいですか……」
一条 久は放課後教室に残り、課題の仕上げ――――といってもただの答え合わせだが――――にかかっていた。赤点になる危険性はゼロだが、点を取っておいて得はあれど損はない。
淡々とテキストにマルを付けていくと、唐突に教室後部の引き戸が開く。
身構えた久の前に現れたのは、
「なんだ、剣か」
「おう」
「課題なら自分で――――」
「ああ、手伝って貰うのは俺の課題じゃ無い」
「え?」
「ほら、入れ」と剣が背後に立つ誰かを促す。促された誰かは、おずおずと久の前へ出た。
「あれ、君、は……」
「あ……ども、です」
なんだか気まずい沈黙。それを撃ち破ったのは、剣の一言。
「じゃあ、頑張れよ」
「「え」」
二人の肩を叩いて、剣はさっさと教室を出て行ってしまった。
打ち破られた沈黙がパワーアップして復活した。
気まずい。非常に気まずい。
どれくらい、気まずい時間が過ぎただろう。一分か、一時間か、あるいはもっとか。隠し切れない緊張を露にして、久が口を開いた。
「……あ、あの、さ。どこが……わからないんだい?」
「……どこもかしこも」
「さいですか……」
♪ ♪ ♪
それからというものの、久は放課後に残って悠の勉強に付き合い続けた。
特に断る理由もないし、何より異性――――少しばかり身長がミニマム過ぎるが――――と何らかの関係を持てるのはおいしい。
剣も誘って三人でカラオケやゲームセンターに行った事もあったし、一緒に帰る事もあった。
打ち解けてくるにつれ、だんだんと悠の事もわかってきた。
家事や運動はできるが勉強はからっきしな事や、ホラーやオカルトは苦手な事。物凄く食欲が旺盛な事、人をあだ名で呼びたがる事――――“島帰りの悠”の実態は、ただの天真爛漫で初々しい少女であった。
特に断る理由もないし、何より異性――――少しばかり身長がミニマム過ぎるが――――と何らかの関係を持てるのはおいしい。
剣も誘って三人でカラオケやゲームセンターに行った事もあったし、一緒に帰る事もあった。
打ち解けてくるにつれ、だんだんと悠の事もわかってきた。
家事や運動はできるが勉強はからっきしな事や、ホラーやオカルトは苦手な事。物凄く食欲が旺盛な事、人をあだ名で呼びたがる事――――“島帰りの悠”の実態は、ただの天真爛漫で初々しい少女であった。
だが、久にはひとつだけ解せない事がある。
初めて彼女に会った時の、あの目だ。
あの目のせいで、久は悠との関係に決定的な一歩を踏み出す事ができないでいた。
「ねぇ、ひぃちゃん」
だというのに、向こうは遠慮なくこちらに歩み寄ってくる。
彼女の無邪気な笑顔はかわいらしかったが、それが逆に欝陶しいと思える事もあった。
「なんだい?」
「ここの問題がよくわからないんだけど……」
「それはこの前教えたばかりじゃないか」
だから、ついつい怖い声を出してしまう。
「うう……馬鹿でごめんなさい……」
「あ、いや、僕の方こそ……ごめん」
煮え切らない関係に何らかの形で決着を着けたいと思うものの、それをできない自分に腹が立つ。
が、しかし。
決着のきっかけは期末の前日、勉強を終えて帰る寸前、下駄箱の前で、向こう側からやってきた。
「あのさ、ひぃちゃん」
「ん?」
「返事はテスト期間が終わってからでいいんだけど……」
なんだこの展開。
動悸、息切れ、気付け。人生で初めて遭遇したシチュエーションにうろたえている自分自身の心臓の鼓動がはっきり聞こえる。
「私とおちきあいしてください!」
悠が舌を噛んだ事すら気付けないし、笑えない。
「じゃなかった! お付き合いしてください!」
何故なら、唐突過ぎるから。
だから久はこう言う事しかできなかった。
「ごめん……少しだけ、考えさせてくれないかな」
初めて彼女に会った時の、あの目だ。
あの目のせいで、久は悠との関係に決定的な一歩を踏み出す事ができないでいた。
「ねぇ、ひぃちゃん」
だというのに、向こうは遠慮なくこちらに歩み寄ってくる。
彼女の無邪気な笑顔はかわいらしかったが、それが逆に欝陶しいと思える事もあった。
「なんだい?」
「ここの問題がよくわからないんだけど……」
「それはこの前教えたばかりじゃないか」
だから、ついつい怖い声を出してしまう。
「うう……馬鹿でごめんなさい……」
「あ、いや、僕の方こそ……ごめん」
煮え切らない関係に何らかの形で決着を着けたいと思うものの、それをできない自分に腹が立つ。
が、しかし。
決着のきっかけは期末の前日、勉強を終えて帰る寸前、下駄箱の前で、向こう側からやってきた。
「あのさ、ひぃちゃん」
「ん?」
「返事はテスト期間が終わってからでいいんだけど……」
なんだこの展開。
動悸、息切れ、気付け。人生で初めて遭遇したシチュエーションにうろたえている自分自身の心臓の鼓動がはっきり聞こえる。
「私とおちきあいしてください!」
悠が舌を噛んだ事すら気付けないし、笑えない。
「じゃなかった! お付き合いしてください!」
何故なら、唐突過ぎるから。
だから久はこう言う事しかできなかった。
「ごめん……少しだけ、考えさせてくれないかな」
♪ ♪ ♪
家に帰っても、やはり久の心が落ち着く事はなかった。それも当然、告白されたのなんて初めてだし、「彼女がいれば箔がつくから」なんて下らない理由でオーケーはしたくないし。
はぁ、と深く溜息をつきながら荷物を置く。
そこでふと目に留まったのが、据え置きの電話だった。
柱に掛けてある電話帳をめくって番号を見つけだすと、その番号の通りにキーを叩く。
今はもう、テストの勉強なんかよりもこの気持ちを誰かに打ち明けたくて仕方なかった。
はぁ、と深く溜息をつきながら荷物を置く。
そこでふと目に留まったのが、据え置きの電話だった。
柱に掛けてある電話帳をめくって番号を見つけだすと、その番号の通りにキーを叩く。
今はもう、テストの勉強なんかよりもこの気持ちを誰かに打ち明けたくて仕方なかった。
♪ ♪ ♪
守屋家の電話が鳴ったのは、ちょうどその頃であった。
「はい、守屋ですが」
家に誰もいなかったので、渋々剣が電話に出る。テスト前日だというのに電話なんぞしてきたのは、何処の何奴だ。
『もしもし、一条ですが』
「何だ、お前か」
『ああ、剣。少しね、相談したい事があるんだ……』
沈んだ声で、久。
「何かあったのか?」
『告白された』
「誰に」
『“島帰りの悠”に』
――――あの“島帰りの悠”が告白とは中々、面白くなってきたな。信頼出来て頼れる友人である俺だからこそ楽しめる特権だ。
まあ、焚き付けたのは俺何だがな。
剣がほくそ笑むが、受話器の向こうの久にそれが伝わるわけもなく。
「それで、お前は如何したんだ?」
『それが……まだ答えてないんだ』
「じゃあ、お前は如何したいんだ?」
どうしたいのか、そんな単純な質問に久は答える事ができない。わからない……わからないのだ、何もかもが。
「はい、守屋ですが」
家に誰もいなかったので、渋々剣が電話に出る。テスト前日だというのに電話なんぞしてきたのは、何処の何奴だ。
『もしもし、一条ですが』
「何だ、お前か」
『ああ、剣。少しね、相談したい事があるんだ……』
沈んだ声で、久。
「何かあったのか?」
『告白された』
「誰に」
『“島帰りの悠”に』
――――あの“島帰りの悠”が告白とは中々、面白くなってきたな。信頼出来て頼れる友人である俺だからこそ楽しめる特権だ。
まあ、焚き付けたのは俺何だがな。
剣がほくそ笑むが、受話器の向こうの久にそれが伝わるわけもなく。
「それで、お前は如何したんだ?」
『それが……まだ答えてないんだ』
「じゃあ、お前は如何したいんだ?」
どうしたいのか、そんな単純な質問に久は答える事ができない。わからない……わからないのだ、何もかもが。
前後不覚に陥った焦りから、怒りが生まれる。
『どうしたいって……どうしたらいいかわからないからこうやって電話かけて、相談してるんじゃないか! 大体最初に彼女を僕の前に連れてきて、勉強手伝ってやれって言ったのは君だろ!? 何だったんだよ、あれは! 一体!?』
久の怒声に、思わず剣が受話器から耳を離す。
「わかったわかった。とりあえず、先ずは落ち着けって」
『……ごめん、平常心を失ってた』
「よし。それと神守を、連れて来たのは何故かって聞いたな。あれな、あいつに頼まれたんだよ。お前と話す切っ掛けが欲しいってな」
受話器の向こうで、久が息を飲んだのがわかった。
「だが、今はそんな事はいい。大事なのはお前が如何したいかだ。お前、まさか振るか振らないかの二択だけだと思って無いか?」
『それって、どういう……』
「お前は自分で勝手に、選択肢を狭めてるんだよ。もっと簡単に、単純に考えて、感情と勢いの赴く儘に、お前の思ってる事を伝えればいいんだ」
『感情と勢いの赴く儘に……』
「ああ、そうだ。勢いで行動するのは構わんが避妊はしろよ?」
『ひ、ひに……!? ちょ、え、何!? え!?』
ウブだな、と剣が笑う。
「冗談だ、冗談。じゃ、頑張れよ」
『ああ……ごめん』
「ありがとう、だろ?」
『……ありがとう』
「よし、感謝の気持ちがあるなら明日、課題を――――」
『それは駄目だな』
「この野郎」
お互いに笑いながら、電話を切った。
『どうしたいって……どうしたらいいかわからないからこうやって電話かけて、相談してるんじゃないか! 大体最初に彼女を僕の前に連れてきて、勉強手伝ってやれって言ったのは君だろ!? 何だったんだよ、あれは! 一体!?』
久の怒声に、思わず剣が受話器から耳を離す。
「わかったわかった。とりあえず、先ずは落ち着けって」
『……ごめん、平常心を失ってた』
「よし。それと神守を、連れて来たのは何故かって聞いたな。あれな、あいつに頼まれたんだよ。お前と話す切っ掛けが欲しいってな」
受話器の向こうで、久が息を飲んだのがわかった。
「だが、今はそんな事はいい。大事なのはお前が如何したいかだ。お前、まさか振るか振らないかの二択だけだと思って無いか?」
『それって、どういう……』
「お前は自分で勝手に、選択肢を狭めてるんだよ。もっと簡単に、単純に考えて、感情と勢いの赴く儘に、お前の思ってる事を伝えればいいんだ」
『感情と勢いの赴く儘に……』
「ああ、そうだ。勢いで行動するのは構わんが避妊はしろよ?」
『ひ、ひに……!? ちょ、え、何!? え!?』
ウブだな、と剣が笑う。
「冗談だ、冗談。じゃ、頑張れよ」
『ああ……ごめん』
「ありがとう、だろ?」
『……ありがとう』
「よし、感謝の気持ちがあるなら明日、課題を――――」
『それは駄目だな』
「この野郎」
お互いに笑いながら、電話を切った。
♪ ♪ ♪
そして4日間のテストが終わり、クラスメート達がさっさと帰路につくなかで、久はひとり隣のクラスを目指す。心の内で、友の助言を反芻しながら。
――――もっと簡単に、単純に考えて、感情と勢いの赴く儘に、お前の思ってる事を伝えればいいんだ。
よろしい、ならばそうしよう。自分の考えを伝えよう。
扉の前で一度深呼吸。心を落ち着かせてから引き戸を開けると、果たして彼女はそこにいた。
「あ、一条くん」
「やあ、テスト……どうだった?」
「えへへ、おかげさまで追試はなさそうかな」
悠がはにかむ。
「それはよかった」
久もはにかむ。
「それと、この前のおちきあいの事なんだけど」
「はい!」
――――ボケを流された……。
少なからずショックを受ける久の心情を知ってか知らずか――――いや、多分知らんだろう――――悠は緊張した面持ちで久の顔を覗き込む。
幼い顔立ちも相まって、同年代の女性にはない純粋さを久は悠から感じた。彼女はとても魅力的だ。だけど、
――――もっと簡単に、単純に考えて、感情と勢いの赴く儘に、お前の思ってる事を伝えればいいんだ。
よろしい、ならばそうしよう。自分の考えを伝えよう。
扉の前で一度深呼吸。心を落ち着かせてから引き戸を開けると、果たして彼女はそこにいた。
「あ、一条くん」
「やあ、テスト……どうだった?」
「えへへ、おかげさまで追試はなさそうかな」
悠がはにかむ。
「それはよかった」
久もはにかむ。
「それと、この前のおちきあいの事なんだけど」
「はい!」
――――ボケを流された……。
少なからずショックを受ける久の心情を知ってか知らずか――――いや、多分知らんだろう――――悠は緊張した面持ちで久の顔を覗き込む。
幼い顔立ちも相まって、同年代の女性にはない純粋さを久は悠から感じた。彼女はとても魅力的だ。だけど、
「僕たちはまだ会ったばかりで、お互いの事をよく知らない。そんな中途半端な状態で、僕は彼氏彼女の関係にはなりたくない」
穏やかな声で久は続ける。
「だから、お互いがお互いの事を、胸を張って大好きだって言えるようになるまでは友達でいたい。君に似合う男になれるまで待ってほしい……っていうのは、駄目かな?」
凄く自分勝手で迷惑な言い分だと久自身も思う。しかし、それが感情と勢いの赴く儘に出した久の答えだ。だから久はそれを言わずにはいられない、言わなきゃいけない。
嘘はつけない。
そんな久の言葉を受けた、悠の瞳が水気を孕む。
――――やっぱり酷い事を言っただろうか、久がそう思った矢先の事だった。
ちょっとダボダボな制服の袖で目尻に溜まった涙を拭ったかと思うと、
「おっ……しゃあああああ!!」
両手で思いっきり自分の頬を張る。ぴしゃりと小気味いい音が教室に鳴り響いた。
「それなら私も、ひぃちゃんに似合う女になれるように頑張るよ!」
顔の前で手をぐっと握ってみせる。
――――なんだか「ペキッ」といい音がしたのは気のせいだろうか……。
「という事で、ひぃちゃんの理想の女性というのをですね」
「え、そういうのは特に考えた事ないなぁ……。逆に神守さんの理想の男性ってどんなタイプ?」
途端、悠の瞳がぱっと輝く。
――――え、どうしたの? 彼女。
「身長高い人とか、筋肉ムキムキな人が好き! だから筋肉ムキムキになったら悠ちゃん最強になれるよ!」
――――ああ、そういうのが好みなんだ。
「というわけで、一緒に身体鍛えようか!」
「じゃあ、神守さんが留年しないように一緒に勉強しようか」
見つめ合うと、笑顔が零れてくる。
来年はきっと、薔薇色の未来が待ってる。
なんとなく、そんな気がした。
穏やかな声で久は続ける。
「だから、お互いがお互いの事を、胸を張って大好きだって言えるようになるまでは友達でいたい。君に似合う男になれるまで待ってほしい……っていうのは、駄目かな?」
凄く自分勝手で迷惑な言い分だと久自身も思う。しかし、それが感情と勢いの赴く儘に出した久の答えだ。だから久はそれを言わずにはいられない、言わなきゃいけない。
嘘はつけない。
そんな久の言葉を受けた、悠の瞳が水気を孕む。
――――やっぱり酷い事を言っただろうか、久がそう思った矢先の事だった。
ちょっとダボダボな制服の袖で目尻に溜まった涙を拭ったかと思うと、
「おっ……しゃあああああ!!」
両手で思いっきり自分の頬を張る。ぴしゃりと小気味いい音が教室に鳴り響いた。
「それなら私も、ひぃちゃんに似合う女になれるように頑張るよ!」
顔の前で手をぐっと握ってみせる。
――――なんだか「ペキッ」といい音がしたのは気のせいだろうか……。
「という事で、ひぃちゃんの理想の女性というのをですね」
「え、そういうのは特に考えた事ないなぁ……。逆に神守さんの理想の男性ってどんなタイプ?」
途端、悠の瞳がぱっと輝く。
――――え、どうしたの? 彼女。
「身長高い人とか、筋肉ムキムキな人が好き! だから筋肉ムキムキになったら悠ちゃん最強になれるよ!」
――――ああ、そういうのが好みなんだ。
「というわけで、一緒に身体鍛えようか!」
「じゃあ、神守さんが留年しないように一緒に勉強しようか」
見つめ合うと、笑顔が零れてくる。
来年はきっと、薔薇色の未来が待ってる。
なんとなく、そんな気がした。
♪ ♪ ♪
そして、薔薇色の未来。
「それから二年後の今日、私たちは正式に付き合い始めたんだよね」
「そうだったね、何もかも皆懐かしい……」
トレーニングやら何やらの日々を思い出しながら、いつの間にか久の膝の上にちょこんと乗っていた悠の頭を撫でる。
「……ああ、そうだそうだ。そういえば、20ン年間聞き忘れてた事があるんだけど」
「はいはい?」
悠が久の顔を見上げてえへへと笑う。
「助けてくれた時の……なんていうか、蔑みの目? は何だったの?」
「え?」
神守改め一条 悠(ハの字眉毛)。
「蔑みの目?」
そんな目で夫の事を見た覚えがまったくない。
「ほら、助けてくれた時に、なんかこうジトっとした目でさ」
「えー?」
以下アイコンタクト。
覚えてないの?
うん。
アイコンタクト終了。
「あ、そうだ!」
「思い出したのかい!?」
「そうそう、あの時は寝不足で目が霞んでたんだ!」
場の雰囲気が凍り付いた。
「え? そんだけ?」
「そんだけそんだけ」
酷いオチだ……と久が頭を抱えたそのおり、悠の携帯が大音量でスピニング・トー・ホールドを鳴らした。悠が即座に火燵の上に乗せた携帯を掴む。次女の彼方からだ。
「もしもし、カナちゃん?」
『もしもし!? お母さん!? 私! 私!』
大きな声でまくし立てる彼方。耳が痛い。
『今日ちょっと帰るの遅くなるからケーキとっといて! あとクリームも! 舐めるから!』
ぶちっ。ツー、ツー、ツー。
切られた、一方的に。
「相変わらず騒がしい子だね、彼方は」
「誰に似たんでしょうねぇ」
多分君だよ……。妻の頭を撫でながら、久が声にも顔にも出さずに心中でツッコミを入れる。
「まあ、何はともあれ、これで一緒に買い物に行けるわけだね」
「久しぶりに夫婦ふたりでクリスマスイヴを過ごせるね」
「そうだね」微笑みながら、久は悠を抱き寄せ、唇と唇を重ね合わせる。
「それから二年後の今日、私たちは正式に付き合い始めたんだよね」
「そうだったね、何もかも皆懐かしい……」
トレーニングやら何やらの日々を思い出しながら、いつの間にか久の膝の上にちょこんと乗っていた悠の頭を撫でる。
「……ああ、そうだそうだ。そういえば、20ン年間聞き忘れてた事があるんだけど」
「はいはい?」
悠が久の顔を見上げてえへへと笑う。
「助けてくれた時の……なんていうか、蔑みの目? は何だったの?」
「え?」
神守改め一条 悠(ハの字眉毛)。
「蔑みの目?」
そんな目で夫の事を見た覚えがまったくない。
「ほら、助けてくれた時に、なんかこうジトっとした目でさ」
「えー?」
以下アイコンタクト。
覚えてないの?
うん。
アイコンタクト終了。
「あ、そうだ!」
「思い出したのかい!?」
「そうそう、あの時は寝不足で目が霞んでたんだ!」
場の雰囲気が凍り付いた。
「え? そんだけ?」
「そんだけそんだけ」
酷いオチだ……と久が頭を抱えたそのおり、悠の携帯が大音量でスピニング・トー・ホールドを鳴らした。悠が即座に火燵の上に乗せた携帯を掴む。次女の彼方からだ。
「もしもし、カナちゃん?」
『もしもし!? お母さん!? 私! 私!』
大きな声でまくし立てる彼方。耳が痛い。
『今日ちょっと帰るの遅くなるからケーキとっといて! あとクリームも! 舐めるから!』
ぶちっ。ツー、ツー、ツー。
切られた、一方的に。
「相変わらず騒がしい子だね、彼方は」
「誰に似たんでしょうねぇ」
多分君だよ……。妻の頭を撫でながら、久が声にも顔にも出さずに心中でツッコミを入れる。
「まあ、何はともあれ、これで一緒に買い物に行けるわけだね」
「久しぶりに夫婦ふたりでクリスマスイヴを過ごせるね」
「そうだね」微笑みながら、久は悠を抱き寄せ、唇と唇を重ね合わせる。
人生はこれからも、きっと薔薇色。