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第五話 示す者、護る者、生きる者 守屋刀十狼編

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語り部:レーヴェ・スゥライオン

物心付いたばかりの頃、俺の右手には厳しいけど頼りになる父さんの手があった。
俺の左手には優しくて綺麗な母さんの手があった。

妹――レイファンが生まれてからは俺の両手は両親の手を握るのを止めた。
俺は兄貴だから両親に甘えるのを止めて、この両手で妹を抱きしめなきゃいけないと思ったから。
家族の中心にはレイファンがいて、健やかな日々を送っていた。何でも無い優しい日々が楽しかった。

それでも、この両手に何もかもを残したまま日々を過ごすのが不可能だという事は幼いなりに理解していた。
スゥライオン姓を名乗ってはいるけど、猫の額ほどの土地と僅か十数人の領民がいる程度の貧乏貴族。
戦時中だってのに大きな後ろ盾も無く、どこの国にも影響力を持たない。

戦争に巻き込まれて家族と離れ離れになってウチを頼ってきた遠縁の貴族もいたし
仲が良かった貴族が取り潰しになったという話が舞い込んでくる事もあった。
子供の俺だって、それが俺たちの未来予想図だって事くらいは分かっていた。

その未来予想図が現実の物になったのはレイファンが自分の足で歩いたり走ったり出来るようになった頃。
いや、俺が思い描いて覚悟を決めていた最悪の未来予想図なんかよりも、ずっと最悪だった。
俺たちから全ての物を焼いて、壊し、奪い取っていくのは何処かの国の兵隊だと思っていた。

化物――

動物園や図鑑で見たどんな大きな動物よりも、ずっと大きな巨人。
化物の群を引き連れた巨人が俺達から何もかも全てを奪い取っていった。

父さんは道楽で集めていたエーテル兵器を手にして俺達を逃がすために勇敢に戦い、散っていった。
それから、母さんの体調が悪くなり病死するまで半月とかからなかった。残る俺達に詫び、泣いて逝った。

その頃から周囲の大人達が態度を変えた。
レイファンのために集めた僅かな食料を無理矢理奪われた事も十や二十じゃ済まない。
ただ一人の妹のために集めた物を大人が奪っていく。

大人は子供を邪魔だと言う。何の役にも立たない俺達を邪魔だと言う。いらないと言う。
それでも良かった。どんなに殴られても、どんなに奪われても、どんなに犯されても
あの優しかった両親に託された妹さえ、レイファンさえ無事に綺麗でいてくれたなら、俺はそれで良いんだ。

だけど、ただ向日葵の様な笑顔を浮かべて遊ぶことすら難しい。
何もかもを焼かれ苛立った大人達が何をするか分からないからだ。

だから、あの日は最悪だった。暴行を受けながらレイファンを生かす日々にも限界が来る。
僅かな食料のために殴られ、犯され続ける日々。その矛先がレイファンに向けられようとした。
それは許されない事だ。なのに父さんの様に戦う力が無い。無い無い無い。欲しい。無かった。あった。

焼き、爆ぜ、斬り、刺し――楽しかった。豚にも劣る汚らわしい存在、一切合財を殺せたのが、ただただ嬉しかった。
綺麗なまま泣きながら――ごめんなさい――そう俺に連呼し続けるレイファンの姿が、鏡に映る俺の姿が
髪から色が抜け落ち、青い銀髪になった俺の髪が、何もかもが怖く悲しくなった。ただ笑い合っていたかっただけなのに。
それでも、エーテル能力者になった俺は奪われる立場から脱却出来たのは良かったと思った。

なのに異能の力を手にしても、状況は一つも良くならない。
脳裏に浮かび上がる映像と記憶。知らない事を知っているかの様に思い出す自分がいる。
何処で覚えたのか定かでない知識が蓄積されていく。脳裏に浮かび上がる記憶と映像が鮮明さを増していく。

俺は壊れている。壊れたのに俺は逃げ続けている。今度は人からでは無く、化物から。
もう死ねば楽になれるのかな。だけど死ねない。レイファンだけは死なせない。
最近、レイファンの髪が俺と同じ、青みがかった銀色に変色した。

――これ以上、俺達を壊さないで下さい

機神幻想Endless 第五話 示す者、護る者、生きる者 守屋刀十狼編



共和国の中心都市の一つ、文教都市。
雲霞の如き人口も地下施設へと避難を終えた今となってはゴーストタウン宛らに人の気配が失せている。
まるで音の無い空虚な都市を白銀に染まる一陣の疾風が吹き抜ける。

(ちょ……はぇぇぇえええ!?)

白銀の風にしがみ付くレーヴェ少年は、口を開く事すら侭ならず内心で絶叫する。
白銀の風――象の様な巨躯から伸びる巨木の如き、四本の足で大地を踏み砕き
周囲の建造物を薙ぎ倒す程の突風を生みながら駆け抜ける銀狼の化身、守屋刀十狼。

助けられた時は死に直面していた事から現実逃避をしていた為、気付かなかったが
兎に角、速い。まるで音速で飛翔する戦闘機にしがみついているような気分になる。

刀十狼は普通の人間では無い。だが、異能の力を持つレーヴェ少年もまた普通の人間では無い。
だから、刀十狼は背に乗せているのが子供であっても情け容赦なく全力で駆け抜ける。
その勢いはレーヴェ少年を振り落とす気なのではと疑いたくなるほど。

だとしても――

「呆けるな!! 主の妹の気配は何処に在る!? 喋れぬのなら指を差せ!!」

地の底から響きあがるような声を上げ、レーヴェ少年の脱落を許さない。

(そうだ……! レイファンを助けるんだ……!)

今のレーヴェ少年――レーヴェ・スゥライオンは異能の力を持っているだけの無力な子供では無い。
守屋刀十狼。倭国最強の守護者という手段を得た今、この程度の事で取り乱している場合ではない。

レーヴェ・スゥライオンの目的は実妹、レイファン・スゥライオンの救出。
彼がするべき事は守屋刀十狼を用い、あらゆる障害を取り除く事。
やってはならない事は自分自身が死ぬ事、レイファンを死なせる事。

風圧で叩き潰されそうになる身体を持ち上げ、銀狼にしがみ付く両腕を引き剥がし刀十狼に見える様に指で方向を示す。

「蒼の気……承知した。振り落とされるで無いぞ」

刀十狼は得心がいったかの様に頷き、四肢を込める力を解き放ち、その素早さを増して行く。
突風がレーヴェの身体を押し潰し、その皮膚を切り裂く。悲鳴を上げる事すらも適わない。

(目を……開けてらんない……って、この威圧感……!?)

首筋を白刃で舐められるような殺気。レーヴェは我が身に襲い掛かる風をも無視して、身を起こし目を見開いた。

「オッサン!! 左右から!!」

「されど、我を止めるに能わず……!」

左右から飛び交う異形の影。だが、刀十狼は何事も無かったかの様に振り切る。
異形等が一体たりとも追ってくる様子は無い――最早、生を断たれ追う事も叶わない。

「マジかよ……」

レーヴェは見た。刀十狼が神速とも言うべき早業で四振りの太刀を展開、射出。
躯の山を作り始める所から、作り終える所までの全てを目の当たりにして呆然と呟いた。

(認識した……? 我の気にあてられたか?)

自らが切り裂いた風の残滓に蹂躙され、声すら出せないでいたレーヴェが声を上げ警告を発し、刀十狼の攻撃、その一部始終を認識した。
それが余りにも些細な事だとしても、それまで出来なかった事の数々を彼が自らの意思でやり遂げた事に刀十狼は内心で驚いた。

「飛ばすぞ」

レーヴェの成長に気を良くした刀十狼は、その口調に僅かながらの喜色を込めて、四肢に力を込めた。

「まだ早くなんの!?」

「疾い方が良かろうよ」

レーヴェが若干の怯えを含ませた驚きの声に刀十狼は事も無げに答える。
少々、酷かも知れないが――とも考えるが、あくまで少々。刀十狼の考え方は変わらない。

――曲がりなりにも、エーテル能力者ならば如何にかして見せろ

勿論、レーヴェがどうにかするであろう事を期待しての事である。期待された方は堪ったものでは無いが。

「――見えた」

レーヴェが言ったのか、刀十狼が言ったのか、それとも声を揃えたのか。
視界の遥か後方に映る青味がかった銀髪の少女、レイファン・スゥライオン。
その姿を確認する事が出来たが、まだまだ安堵するには値しない。

「オッサン! もっと速く!」

腰を抜かして身を振るわせるレイファンを取り囲む様にして迫る異形の群れ。背後は壁。
異形が触手を蠢かせ、口から毒を吐きながら、喜色混じりの寄生を上げ襲い掛かろうとしている。
軟体動物の触手の様に蠢いていた触腕が鋼の様に硬化し、レイファンを叩き潰そうと振り上げる。

「往くぞ……!」

銀狼の巨躯が跳ね上がる――異形の触腕が振り落とされる。

「蕉門十牙、嵐雪……!」

銀狼の額から展開された倭国刀が振り落とされた触腕を凍結させ砕き斬る――それを皮切りに異形の群れが一斉に動き出す。
異形達にとって守屋刀十狼、レーヴェ・スゥライオンは脅威や障害では無く、新たに現れた餌でしかない。
どれ程の力を持っているかなどは思考の範疇に存在しておらず、思考という概念すら存在していない。
思考が存在しないが故に群の動きに乱れが生じる。

手近な餌――レイファン・スゥライオンを狙う異形

良質な餌――守屋刀十狼に狙いを変える異形

大量の餌――守屋刀十狼と彼に跨るレーヴェ・スゥライオンの両者を狙う異形

そして――どれから狙いを付けるか迷っているかの様に視線を彷徨わせる異形

「統率者はおらぬか……ならば好機は今ぞ! 蕉門十牙、許六! 獅子庵!」

新たに二振りの倭国刀を展開。許六と銘を打たれた倭国刀が流星の如く地表を貫き、異形諸共大地に大穴を穿つ。
それでも、異形の群れの勢いを押し留めるには至らない。刀十狼は宙を舞いながら人の型に戻り、レーヴェの首根っこを掴む。
レーヴェの眼前には獅子庵と銘を打たれた倭国刀の柄が突き付けられている。
両者の間に言葉は無い。だが、レーヴェは迷う事無く獅子庵を握り締めた。
そして、刀十狼はレーヴェを異形の群れをかき分けた先。レイファン目掛け、砲弾宜しく投げ飛ばす。

「でぇぇぇぇりゃああああああ!!」

レーヴェは化物の波を引き裂き、レイファンの逃げ場を阻む建造物の壁を一太刀で爆散させる。
その威力に一瞬ばかり目を剥くも、すぐ様気を取り直して獅子庵を手放し、レイファンを両腕で抱き止める。
地面を転がりながら滝の様に降り注がれる瓦礫に活路を見出し、レーヴェは恐れる事無く飛び込んだ。


レーヴェ達を飲み潰してしまいそうな勢いで降り注ぐ瓦礫が、土砂が、土塊が――視界の遥か後方に押し流される。

「見事」

刀十狼の声が聞こえたのはレーヴェのすぐ真下。
再び、銀狼と化した刀十狼に背負われ、彼が気付いた時には瓦礫の滝から抜け出していた。
そして、瓦礫の山の隙間からは彼等を追おうとした異形等の黒い鮮血がじわりと地面を染め上げた。

「お兄ちゃん!?」

この事態に驚いたのは彼等の目標であったレイファン・スゥライオンであった。
何せ、レーヴェと逸れて文教都市を彷徨い歩いている内に異形に襲われ、泣き出す余裕すら無い状態に陥ったかと思えば
そんな事は初めから何も無かったかと言わんばかりに屈託の無い笑顔を浮かべるレーヴェに抱き締められていた。

「お兄ちゃん、大丈夫……?」

レイファンは不安そうな表情をレーヴェに向ける。幼いレイファンですら幻覚や白昼夢などで済ませられる筈が無い。
如何にレーヴェが嬉しそうな顔をしているとしても、彼の服の至る所から真っ赤な血が染み出している。
それだけで無く、顔や露出した肌の其処彼処にも擦り傷や、切り傷が刻まれている。

「当ったり前だろ? あ~……本っ当に良かった~!」

胸の内にあった不安を全て吐き出すかの様に声を上げ、レイファンを抱き締める腕に力を込めた。
兄の腕の中で幼いなりにレイファンは悟る。自分を助けるために、また誰かを傷つけさせてしまった。
そして、今回は寄りにもよって大好きな、たった一人の兄が怪我を負わせてしまった。

「我の分け身を付ける。妹を連れ、早に失せ」

二人の小さな兄妹が落ち着く間も無く声をかける刀十狼の背後から、倭国刀を携えた馬程度の大きさの銀狼が姿を見せた。
レイファンは驚きのあまりに絶句するが、レーヴェにとってみればもう慣れっこである。
最早、刀十狼がどんな非常識な力を振りかざしたとしても驚く事は無い。

「おっさんは……いってぇぇ!?」

「それと、これを持っていけ」

レーヴェの暴言に刀十狼は黙して拳骨を三度落とし、銀狼が携えている太刀を引き抜き、その柄をレーヴェに向ける。
先程の救出劇で刀十狼に持たされた蕉門十牙。その一つ獅子庵――レーヴェはその柄を取ろうとして思い止まる。

「さっきは無我夢中で気が付かなかったけど、これってサムライソードだよな!? 達人にしか持てない武士の魂なんだろ!? 」

「童。卿の名は?」

「レーヴェ。レーヴェ・スゥライオン」

「歳は」

「十二だけど……」

「倭国ではな。十五になると元服といって、成人の儀が取り仕切られる風習がある。元服には早いが、我からの餞別ぞ。
蕉門十牙獅子庵。護る者の為に振るうも良し、生きる為に売るも良し。護る事の意味が分かった今、半人前にはなろう」

レーヴェは考え込む素振りをする事、数秒。獅子庵の柄を――手の平で押し返した。
だが、刀十狼を見上げる表情は刀十狼への遠慮や、倭国刀に対する畏怖は一欠けらも無い。
寧ろ、その表情は決意に満ちていた。

「十五になったら……一人前になったら貰いに来るよ! それまで、レイファンを護りながら、ちゃんと生きるって所信表明って事で!」

刀十狼は満足気に頷きながら、獅子庵を腰に戻した。


「その言葉、しかと覚えておこう。三年後、卿が我の元へと獅子庵を受取に来る日を心待ちにしておるぞ。
自らの意思で護り抜き、己が生命も生かし抜け、泥を被り、啜る事もあろうぞ。だとしても、生を放棄するな。
生きておれば、悔やむ事も、嘆く事も、悲しむ事も、強くなる事も出来る。何より卿には守護という役割がある」

「絶対、忘れないよ! どんな事があっても絶対に生き抜いてみせる!!
俺が死ななければ、少なくとも一人は泣かずに済むんだもんな!!」

刀十狼の言葉にレーヴェが力強く頷く横で、レイファンもまたその言葉を心の内で反芻していた。

(生きていれば強くなる事も出来る……お兄ちゃん)

レイファンは嘆いていた。自分自身の弱さに。
レイファンは悔いていた。赤髪の青年――君嶋悠、たった一人の兄、レーヴェ・スゥライオン。
この二人は傷を負い、血を流し、泣き言を漏らす事無く、戦い、護った。
だから、レイファンは欲した。強さを――力を――それに気付く事無く、刀十狼とレーヴェは話を続ける。

「いいや、二人だ。卿が志半ばで倒れたその時は我が悼み、悔やみ、嘆こうぞ。
卿は己が命と合わせて三人の人間の意思を背負わねばならなくなった。重く感じるか?」

「分かんね……けど、死んじゃいけねぇってのは分かったつもり!」

「上等――では、往け」

二人を乗せた銀狼が大地を駆け抜ける。刀十狼の力の一端である以上、何処までも運ぶ事は出来ない。
それでも、この魔都から抜け出すには事足りる。刀十狼は安堵の表情で、生きる意味を解した幼い同胞の旅立ちを見守る。

これから、彼が行き続ける限り多くの場所で多くの人と出会う事になる。
その時、彼が生きる意味を説いていけば、生きる事を美徳とし誇りとする刀十狼の考えが広まっていく。
多くの者に生きようとする意志を持たせる。それこそが刀十狼の人を護る術である。

「獅子の子は己が役割を果たした。次は我が役割を果たす番ぞ」

とは言え、行動や結果は守屋刀十狼の願望を実現するための第一歩でしか無い。
他者を護り、教えを説く事が実になっているかと言われれば、彼は首を横に振るだろう。
守屋刀十狼は守護者である前にエーテル能力者。ただの破壊者でしか無い。

――護る事とは彼の役割では無く願望。彼の役割とは破壊。

瓦礫の山から滲み出す黒い鮮血が何かに吸い寄せられるかの様に瓦礫の山の中へと入り込んでいく。
地鳴りの様な唸り声が空間を振動させ、瓦礫の山が腸の蠕動の様に蠢き始め、散弾の如く弾け飛ぶ。
瓦礫の散弾一つ一つに文教都市全体を包み込む殺気が濃縮され刀十狼一人に差し向けられる。

「人に害を成す人外を殺戮し、破壊する。結局、我はそういう生き物ぞ」

慣性を無視した軌道で放たれる瓦礫の散弾が刀十狼を捉える寸前、九つの剣閃が空間を走り抜ける。
一振りの倭国刀を腰に差し、七振りの倭国刀を円環状に展開し、二振りの倭国刀を両腕で構え
瓦礫の山の中心部から現れた異形の姿を睨み付ける。

「Ghaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!!!」

ガラスを引き裂く様な甲高い咆哮が周囲を激しく揺り動かす。

「吼えるな、下郎。此処より先へは一歩も進ませぬ。此処より後へは一歩も退かせぬ。逝ける道は輪廻の外のみぞ」

瓦礫を弾き飛ばし、放物線を描きながら宙を舞う異形の輪郭はふくよかに肥えた丸顔。
大きく輝く二つの瞳が印象的な碧眼。丸みを帯びた鼻にふっくらとした唇。典型的な赤子の無邪気な顔その物。
但し、切り揃えられたブロンドの髪は茨で結われており身体は無く、赤子の生首と様な姿見をしている。
その大きさは獣化した刀十狼すらも一飲みに出来そうな程、全長はエーテルナイトと同程度。

「成る程、それだけの力を宿しておるのならば大群を率いておったのも道理よ」


異形の髪に撒き付く茨の髪留めがその枝葉を伸ばし、赤子の様に無垢な自らの顔を縛り上げる。
自らを象る茨の髪留めに切り裂かれた皮膚から黒い鮮血が周囲を濡らし、黒煙を巻き上げながら溶かしていく。

「我には覚醒の力は宿らなんだが、遥か太古より我々守屋は悪鬼羅刹を滅する法理を蓄え続けて来た。
然るに、この身に宿る異能の力は微弱なれど、貴様等の悉くを塵芥同様に打ち払う事など容易き事よ」

濁流の様に荒れ狂う毒を帯びた黒い鮮血が大蛇の様に螺旋を描いて刀十狼を取り囲み、更に上方からは瓦礫の弾丸が降り注ぐ。

「所詮、飢えしか知らぬ餓鬼よ」

無感情に、ただ事実だけを述べるかの様に吐き捨て、地を蹴り、降り注がれる瓦礫の弾丸を足場に空へと駆け上がる。
瞬時にして窮地を脱し異形の眼前へと躍り出、突き出した右腕からは九つの太刀が、その牙を煌かせる。

「貴様等だけを滅するためだけに脈々と受け継がれて来た守屋の血の力。とくと思い知るが良い」

刀十狼の右腕が異形の眉間に向けられると共に、異形の厚い唇から鮮血に塗られたかの様に紅い舌が放たれる。
音速を超えて放たれた大蛇の如き舌が刀十狼の姿を捉える。九つの倭国刀が力を失ったかの様に弧を描いて瓦礫の海に向かって落ちていく。
だが、異形はその巨大な生首を高速回転させる。まるで今し方、舌で叩き潰した筈の刀十狼の姿を探すかの様に。

或いは異形の全周囲に浮かぶ瓦礫の弾丸を足場に高速で飛び交う白銀の閃光。
倭国刀を口に銜えた馬程の体躯を持つ九頭の銀狼の姿を補足するかの様に。

「名は体を表す。それが守屋の法理よ。我は守屋刀十狼。十の太刀と、十の牙狼で体を成す守護者ぞ」

九頭の銀狼に瓦礫の弾丸が、黒血の雨が、霧が、魔手が追い駆けるも、異形の巨顔を中心に九条の銀光が流れ、その捕捉を許さない。
そして、遥か遠方より嵐の様な砂埃を巻き上げ、音を置き去りにして、空間を貫きながら疾駆する十頭目の銀狼が、その姿を見せる。
四本の瞬脚が宙を駆け抜け、異形の頂頭部を蹴り飛ばして向き直る。その傍らには倭国刀を銜えた九頭の銀狼。

「AAAAhaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」

銀狼が一箇所に集まった事をこれ幸いにと異形は回転を止め、瓦礫の弾丸、黒血の濁流、鮮血の長い舌を弾き飛ばす。

だが――

「守屋が剣は天をも薙ぎ落とす秘の剣よ! 天之草薙――十刃牙ッ!!」

瓦礫の弾丸は粉塵と消え、黒血の濁流は空気中にて霧散し、長い舌は穂先から縦一直線に閃光が巨大な顔へと走り抜ける。

「―――!? ――――!!」

真っ二つに切り裂かれ、地面へと落下しながら崩壊を始める異形からは声にならない呪詛の様な悲鳴が文教都市に広がる。
異形が砂塵に流され、その痕跡が消えて無くなる。ただ残るは、神木の様に太く長い光の剣を振り抜いた姿勢のまま佇む守屋刀十狼の姿のみ。

「迷う事無く逝け」

刀十狼は投げ捨てるかの様な手付きで、光の剣を空に放り上げると粒子を散らしながら虚空へと消え失せ、
蕉門十牙と銘を打たれた九振りの倭国刀が刀十狼を取り囲む様に地面に突き立った。

「残るは空。君嶋の……卿なりの考えがあっての事だろうが、人同士との戦いには我は加担せぬ」

墓標の様に突き刺さった倭国刀の中心で空を仰ぎ見る。其処には白の空戦騎と、黒のエーテルナイトが刀十狼を窺う様にアイカメラを輝かせていた。


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