火星に到着したシャウル=アイスマン率いる月駐留艦隊は、何とか生き残っていると思われる火星表面の基地と連絡を取ろうとしていた。
しかし、それに応えるものはほんの僅かで、ほとんどがすでにディオニュソスによって破壊、殲滅されているものと推測できた。
「……一体何が起こっているのだ……」
シャウルはひとりごちる。無理もない。まったく状況が掴めずに、ただ部隊が全滅したと聞かされれば、だ。
現地の部隊でも、情報が錯綜していてまったく現状が分からないという有様なのだ。
とりあえずは生き残りの部隊を集結させる事にする。その後で、反撃なり何なりを検討する必要があるだろう。
戦力に不安はない。どんな相手だろうと、この艦隊ならば叩き潰せるはずだと。
「提督、右側面より接近するものあり! 機数十。戦艦クラスです!」
「総員迎撃準備。我が艦隊の力を思い知らせてやれ」
旗艦プロメテウスを含む、二十五隻の艦船。その砲の全てが、敵艦隊の方へと向く。
このまま突き進んでくれば、蜂の巣になるのは火を見るよりも明らかである。敵だって馬鹿ではないだろう。そんな愚を犯すとは思えない。
「敵艦隊より、小型の反応多数確認! 機動兵器と思われます!」
「我が艦隊も機動兵器を出せ。DIS‐HUMAN戦になるぞ。艦隊周囲へは敵を一歩も近づけるなよ」
艦から次々とDIS‐HUMANが発進していく。それを満足げに眺めるシャウル。
特殊な装備を持たない、量産機のガイアスではあるが、百機以上の数が揃えば相手を圧倒できるのは確実だ。
少々確実すぎて、面白みにはかけるが……そう思う。
「先発部隊が、敵戦力と接触……ガイアス、二機撃墜、いや、五機撃墜されました!」
「何だと、早すぎるぞ!」
思わず腰掛けていたシートから、身を乗り出すシャウル。たった数分やそこらで、それだけの数が撃墜されるとは。
宇宙での戦いは混戦になりやすいとはいえ、あまりにも理不尽だ。
「ガイアス隊、二十機損失! 敵部隊が、防衛線を突破します!」
「近寄らせるな! 弾幕を張りつつ後退!」
雨のような対空砲火が、前方の空域に集中する。その間にも、更に落とされていく味方機。
圧倒的な戦力を持つはずの自分の部隊が、こうもなすすべも無くやられていくとは、一体何が起こっているのか見当もつかないシャウル。
見る間に対空砲火の雨を掻い潜り、灰色の機体たちが姿を見せる。
それはイオカステ宇宙軍で使われているものとは明らかに違う、特異な形状をしていた。
足が無く、その代わりに装備された大型のブースター。高重力圏での使用を、前提としているのだろうか。
目を見張るほどのスピードで、まっすぐに接近してくる敵機集団。
「撃て、撃ち落せ! 何故撃ち落せんのだ!」
濃密な阻止放火をもってしても、それをたくみに掻い潜り迫り来る敵。辛うじて一機、また一機と落とすが、押し寄せてくる数には変わりがない。
「こちらのDIS‐HUMAN、損失数が五十を越えました!」
「奴ら……一体何だというのだ!」
シャウルの独白が、むなしく響く。戦力の三分の一以上を落とされた時点で、戦いの優劣はついていた。
古来より、三分の一以上の損失を出した戦いで、勝利したという例はほぼない。あったとしても極度の消耗戦であり、後の事を考えれば勝利とは呼べない。
プロメテウスの隣に位置していた戦艦が、爆発、轟沈する。敵機動兵器に取り付かれたのだ。
この船も、いつそうなるかは分からない。シャウルはすぐさま撤退命令を出す。
出撃させた機動兵器を呼び戻し、防衛させながらこの空域を離脱しなければならない。
その時、異常なスピードでプロメテウスに迫る敵機が、レーダーに捉えられる。
「熱源接近! しかし、こんなスピードで迫る敵なんて……提督!」
「回避、回避だっ! なんとしてもかわせ!」
姿勢制御スラスターを使い、方向転換を試みるプロメテウス。しかし、そんな艦に容赦なく敵は迫る。
赤い、異様な形をした敵。大きく両肩は張り出し、ゴーグル状のカメラアイが光る。申し訳程度についている両腕、両足。
大型のバックパックを背負い、そこから伸びる噴射光が宇宙を照らす。
そのままプロメテウスのブリッジへと一気に接近。両肩のバインダーから、いくつもの触手のようなものを伸ばす。
そのひとつひとつの先には、小型のレーザー砲台が搭載されている。オールレンジ攻撃が可能な武器なのだ。
触手を伸ばし、ブリッジを包囲する異形の敵。慌ててシートから立ち上がるシャウル。
しかし、もう遅い。死神の鎌に、その首を触れているのだから。
細い線のような無数のレーザーが、プロメテウスのブリッジを貫く。たちまち穴だらけになり、爆発するブリッジ。
戦果を確認すると、赤い機体は悠々と戦場に戻っていった。いまだに戦い続けるものたちを、血祭りに上げるために。
格納庫内に収められた赤い機体、『ヴァナディース』の側に立つ少女。やや褐色がかかった肌に、金色の髪をゆったりと流している。
パイロットスーツを着ているところを見ると、彼女がこの機体のパイロットらしい。
「サレナ、戦果はどうだったの?」
「主任、機体の反応が甘すぎだ。もう少ししっかりと調整をしてもらわないと困るぞ」
駆け寄ってきた一人の年上の女性に、そう文句を言う少女。
ヴァナディースはディオニュソスが開発した最新型の機体である。
当然その反応速度なども、従来機とは遙かに違う次元にある。それをして、遅いと言う彼女。
「これ以上の性能アップは危険よ。いくら機体の反応速度を上げても、あなたの脳波コントロールで動いている以上、無理をすればあなた自身にそのツケが回ってくるのよ? 貴重な実験体のあなたを、失うわけにはいかないわ」
「そんな事は分かっている! それを何とかするのが技術者だろう?」
少女はヘルメットを放り投げる。無重力の中、それはゆっくりと漂い、主任と呼ばれた女性にこつんと当たる。
「待ちなさい! まだ話は終わっていないわよ!」
「後で聞くよ。今は少し休ませてよ」
まったく、技術者と呼ばれる人間は、機械の事ばかり大事で乗っている人間のことなどはどうでもいいのだろうか。
自分の手がけたものに愛着があるのは分かるが、それではパイロットは納得しない。
彼女、サレナ=ミッドウィルもあまり技術者というものに良い感情は抱いてはいない。
結局は数値だけで人間を推し量ろうとするのがいけないのだ。
彼女たちは命を賭けて戦いに望んでいる。それを効率重視で思考されては、やる気も失せるというものだ。
サレナは格納庫から飛び出す。格納庫の中は、機械油や細かい部品などで覆われ、あまり彼女の趣味ではないのだ。
それならばまだコックピットの中のほうが安心できるというものだ。
ましてや、彼女のように幼い頃から機械に慣れ親しむように躾けられた娘ならばなおさらだ。
混雑する通路を抜け、レクリエーションルームに辿り着く。側のマシーンから、ドリンクを取り出す。それに口をつけ、ひとりため息を漏らすサレナ。
今回の戦果も上々だった。火星駐留艦隊を叩いた時もそうだったが、イオカステの連中には歯ごたえというものが無さ過ぎる。
平和ボケした軍隊の連中ならば、そういうものなのだろう。それに引き換え、自分達は違う。
常に地球の側へと帰還する事を考えて、無駄とも思えるほどの訓練を重ねてきた。
ましてや、サレナのような強化された人間などは、常人の更に何倍もの訓練を課せられてきたのだ。結果が、この大勝利なのだ。
浮かれ騒ぐ他の待機中パイロット達を眺めながら、内心で唾棄するサレナ。お前達のひとりでも、自分の苦労が分かる人間がいるのか。
『どうせ戦うのならば、もっと強い相手と戦いたい……』
その言葉は、サレナの胸の内に秘められた。
「間もなく火星周回軌道に入ります」
セラの言葉に、ケーンとコルトはウィンドウの外を見る。構造物など何もない宇宙空間。
しかし、そこには常に火星という大きな星が巡っているのだ。
火星は人類が月以外で初めて殖民した由緒ある星。
地球に程近い事もあり、地球の側から離れることのできないイオカステにも、ある程度の理解をもった人々が集う場所。
そしてそこは、イオカステの最前線部隊が配備されていた場所でもある。だが最前線の精鋭部隊が、なすすべも無くディオニュソスに蹴散らされたというのだ。
月から出た艦隊も、そろそろ敵と交戦しているはずなのだが……。
「前方に、発光信号確認。コードH119。救難信号です」
セラが無表情に報告する。しかし、その艦船のデータはイオカステ統合政府軍のものだ。
まさしく月から出撃した艦隊の一部に間違いない。一体何があったのか。
コードH119を発信している船には、無条件で救援活動を行うことが、宇宙法で定められている。
法で定められているからというだけでなく、宇宙という過酷な条件下で人が生きていくためには、無視する事ができない『助け合い』の精神による所が大きい。
困っていれば、誰かが助けてくれる。それを信じるからこそ、人は宇宙という未知の領域に踏み込んでいく事ができたのだ。
アーリーバードはその船に接近する。見たところかなりの大型艦だ。セラが表示されたデータを読み上げる。
「艦船名、プロメテウス。月艦隊の旗艦です」
「何だって? 何で旗艦がこんな所を漂流しているんだ?」
「臨検する必要があるな、ケーン。オレが行ってくる。病み上がりは無理せずセラちゃんとイチャイチャしてな」
そう言うなり、ケーンがその拳を振り上げる間もなくブリッジを飛び出していくコルト。
やり場の無くなった拳を下ろし、所在なさげに頭を掻くケーン。
「イチャイチャ、したいんですか?」
そのセラの質問に、ケーンはため息をつくしかなかったのだった。
セイバーハウンドSPで、プロメテウスに近づくコルト。
どうやらメインブリッジは破壊され、辛うじてサブブリッジの管制下でここまで航行してきたようだ。
「こいつだって、一応は最新鋭の戦艦だろうに……簡単にやられるってのは、何か油断でもあったのか?」
詳細データを取りながら、なおも接近するコルト。
破壊されたブリッジ跡に鈴なりになり、白旗を掲げるクルー達。どうやら欺瞞での投降ではないようだ。
コルトはブリッジ跡に接触し、コックピットハッチを開く。手に拳銃を構える事も忘れない。
「ここの責任者は誰だ?」
「私だ。砲術仕官のエリンコだ。君たちは軍のものではないのかね?」
「残念だけど、違うよ。俺達は戦争やってる奴らを懲らしめてるパルチザンさ。そうでなきゃこんな危険な場所へ、のこのこやってくるものかよ」
落胆の色を隠せないエリンコ。軍の手による救援を待っていたのだから、無理もない。
「とりあえず、必要なものはあるか? 俺達はパルチザンだが、別に人殺しが目的じゃない。できる範囲でなら、手を貸すぜ?」
「できれば、負傷者をガニメデまで運んでもらいたい。あそこはまだ、我々の勢力下にあるようだ。我々無事な者は、何とか機関を修理して自力航行でガニメデを目指す。虫のいい話だが、頼めるか?」
「ちょっと待ってくれ、今確認を取る」
無線でアーリーバードのケーンへと連絡を取る。そしてしばしの時が過ぎ。
「オッケーだってさ。負傷者をランチにまとめてくれ。こいつで牽引していく」
コルトの乗ってきた機体を眺めるエリンコ。その目が、驚愕に見開かれる。
「こいつは……セイバーハウンドじゃないか。何故こんなところに……」
「おっさん、こいつの事知ってるのか?」
「士官訓練生時代に見たことがある。確か月のアポロ工場で秘密裏に実験を行っていた当時の最新鋭機のはずだ。その後強奪されて現存はしていないはずだが……」
コルトは僅かに顔をしかめる。そこまで詳しい話は、自分も聞いたことがないのだ。
機体を持ってきたのはケーン。アーリーバードも、セイバーハウンドシリーズも、全て彼ひとりで所有していたものだ。
それを自分は譲り受け、乗っているに過ぎない。
「これを持って、軍に投降する気はないか? これだけの土産があれば、軍も邪険にはするまい」
「生憎、そういう事には応じない事にしてるんだよ。残念だったな」
負傷者がランチに収容され、ゆっくりとこちらに流れてくる。それを掴むと、セイバーハウンドはブリッジ跡から離れていく。
「仲間を、よろしく頼む」
「任せておきな。悪いようにはしないぜ」
ランチを収容して、アーリーバードはガニメデへと航路を変更する。収容した負傷者達は、ひとまず士官食堂だった場所へと集めておく。
中でも幾人かの辛うじて動ける人間が、航行の手助けと航路の安全確保のためにブリッジへと上がってきていた。
ガニメデにも、当然防衛システムは存在する。撃墜されないためにも、識別用の暗号コードを知る人間が必要なのだ。
ブリッジに上がってきた男達は、オペレーター席に小さな少女が座っているのを見て唖然とする。
本来ならばそこは、情報を統べるものとして上位の士官が座ることになっているはずの場所だ。こんな少女が、間違っても座るべき場所ではない。
「心配しなくても、彼女のオペレーション作業は万全だ。そこらの兵よりも遙かに腕が立つ」
ケーンが彼らの疑問に答える。この若者すら、軍人の常識からすれば規格外だ。ましてや彼が、実質的にこの艦の主導者であるらしいとは。
「セラ、ちょっと行ってコルトを手伝ってきてくれ。こっちは俺が何とかする。さすがに負傷者が多すぎて、手が足りないはずだ」
「……分かりました」
ブリッジを出ていく少女。その後ろ姿を、男達は呆けた顔のまま眺めていた。
「手伝いに来ました、コルトさん」
「おう、ちょうどいいところに来てくれた。彼の足、押さえていてくれ」
士官食堂にやってきたセラが見たものは、あちこちを負傷し、うめき声を上げる大勢の人達。
これが、戦いの結果なのだ。綺麗な閃光がひとつ瞬く度に、こうして幾人もが傷を負い、そしてまたある者は死んでいくのだ。
リアルな現状は、少なからず少女にショックを与える。
「ここ、押さえればいいんですか?」
怪我人の足を押さえるセラ。そこへコルトが、手馴れた手つきで泡状の消毒・治療薬をスプレー缶から噴射し、包帯を巻いていく。
彼の手つきは、今まで何度もこういった事をやってきたかのような印象を受けるほど。
「コルトさんは、お医者さんか何かだったんですか?」
「うんにゃ、昔この船に乗る前、作業中に怪我した奴をよく治療していただけさ」
よく考えれば、自分はコルトの事を、そして何よりケーンの事を、何一つ知らない。ただ漠然と、ゲリラ的活動をしているとだけしか聞いてはいない。
どうしても気になれば、聞いてしまうのがこのセラという少女なのだ。
「コルトさんは、昔は何をしていたんですか?」
「……昔のことなんて、忘れちまったさ。思い出したくもねーし。ほら、今度はそっち、押さえて」
言われるままに手伝い、そして一番聞きたかった事を口にする。
「……ケーンの、過去は?」
しばし手を休めて、コルトはセラの方を見る。
「それこそ、オレには分からねーよ。あいつは何も話してはくれねーし。何だったら、直接聞いてみたらどうだ? オレよりはあいつも話しやすいだろうしさ」
手当てを受けていた男が、目を開く。そしてセラを目にすると、微笑を浮かべる。
「ここは天国か? 天使が見える……」
コルトは少し乱暴に、包帯を縛る。痛みに声をあげる男。
「痛いか? ならまだ死んじゃいないよ。ここは現実さ」
それから幾人も、ふたりは手当てを続けた。人命救助などではなく、ただそれが義務であるかのように。
セラは何人もの感謝を受けながら考える。何故傷ついてまで、彼らは戦おうとするのだろう。
同じ人間同士で不毛な争い。人間の遺伝子に刻み付けられている、戦いの本能があるから?
しかし同族殺しを行うのは、人間だけだ。同じ種族同士で争う事は、自然界では稀である。
勿論例外というものもあるにはあるが、それだって種としての必要性から来ている行動だ。
ただ、人間だけは違う。自分達の私利私欲のために、平気で他人を殺す。セラには理解できない。
今までずっと捨て去るばかりで争う事も、奪う事もしてこなかった彼女には。
『コルト、そろそろガニメデ防衛ラインだ。格納庫でスタンバイしてくれ』
艦内放送が入る。それを機に、コルトは立ち上がる。
「それじゃセラちゃん、後はよろしく頼むわ」
「でも、どうすればいいのか……」
「オレのやり方、よく見てただろ? それに手当てされる側だって、野郎よりは女の子の手の方が良いに決まってるさ」
そのまま士官食堂のドアを開き、外へと出ていくコルト。後に残されたセラは、憮然とする。
厄介ごとは人に押し付けて、自分は暢気に宙域警備。そんな理不尽な事があってよいものだろうか。
しかし、まだ呻き続ける負傷者を見ては、そんな文句も言えなくなる。とりあえずは見よう見まねで治療を始める彼女。
その度に、幾人もの人間から感謝をされる。彼女が『作られて』から、これほどまでに人から感謝をされた事は、ない。
「大丈夫ですか? ここ、痛くないですか?」
「ああ、大丈夫だよ……ありがとう。君のような娘に手当てされるのならば、ここもそう悪くはない……」
人の役に立つという事。その意味を、この少女は学び始めていた。
「発進位置についた。ケーン、射出してくれ!」
セイバーハウンドSPのコックピットに収まったコルトは、そうブリッジに向かって呼びかける。
直後、間髪いれずに射出される機体。がくがくと揺れながら、シートにへばりつくコルト。
「まったく、セラちゃんのほうがなんぼか優しいぞ!」
文句を言っても始まらない。機体を操り、アーリーバードの前方につける。
ガニメデへの航路の安全は確保されているはずだが、なにぶん軍隊のやる事である。
間違って撃ち落されでもしたら、洒落にもならない。
進路上の障害物、ミサイル等に気を配るコルト……と、レーダーが何かを捉える。
サイズからすると、艦船クラスのようだ。出迎えの船だろうか。しかし、それにしては来る方向が違う。
進路的にはガニメデ以外の方角から来たとしか思えない。念のために、ブリッジへと確認を取る。
『コルト、そいつはイオカステの船じゃない! 恐らくディオニュソスの偵察部隊だ。こちらには負傷者がいる、攻撃は仕掛けるな!』
「けどよ、あっちから仕掛けてきたらどうするんだよ?」
そうこうしている間に、艦船から機動兵器サイズの物体が飛び出してくるのが確認できた。
機数は、一機。真っ直ぐにアーリーバードへ向かってくる。
「言わんこっちゃないぜ。あっちはやる気満々だとよ! 迎撃する!」
ケーンの引き止める声も聞かずに、セイバーハウンドを駆けさせるコルト。目指すは敵の機動兵器のみ。
一機だけで出てくるところを見ると、よほど手駒が足りないのか、或いはよほど腕の立つパイロットなのか。
どちらにしろ、このまま放っておいてはアーリーバードが危険になる。彼だって、あの船には愛着というものはあるのだ。
「何だこいつ、やけに速いじゃないか……」
敵機の動きは、通常の機動兵器の速度を遙かに越えていた。
セイバーハウンドもその特殊性からとはいえ速度には自信があるのだが、それ以上に速い。
しかし、規格外の速度を出せば、中に乗っている人間にも少なからぬダメージがあるはずなのだが……。
「……ままよ!」
ワイヤードライフルを構え、照準をつける。レティクル上にその姿を捉え、トリガーを引く。しかし。
「外れた? 今のタイミングでかよ!」
敵機は急加速でレーザーを振り切り、そのままセイバーハウンドへと急接近。真っ赤な機体。それはどこか本能的な恐怖を伴って、コルトの前に迫る。
「こ、こけおどしが!」
正確に照準をつけたはずの第二射も外れ、懐に潜り込まれる。モニターに大映りになる敵の姿。
コルトがここまで狙いを外し敵に接近された事など、数えるほどしかない。思わず背中に嫌な汗が流れるのを感じる始末。
「……っ、馬鹿にしやがって!」
接近した敵の両肩に張り出したバインダーから、いくつもの触手のようなものが伸びる。
本能的に危険を感じ、機体をスライドさせる。さっきまでいた所に、レーザーの奔流が渦巻く。
「こいつ、化け物かよ!?」
「ふふふっ……あはははっ!」
ヴァナディースのコックピットの中、サレナ=ミッドウィルは高笑いしていた。
退屈な偵察任務のはずだった。しかし、今自分の前には面白い相手がいる。
自分のレーザーテンタクルの攻撃をかわしてみせたのは、こいつが初めてだった。
脳波コントロールによって自在に動く触手。それは文字通り彼女の手足の如く相手を追尾するのだ。
その攻撃をかわしてみせたという事は、『できる』相手ということだ。こういう相手との、命を削りあう戦いを、彼女は欲していたのだ。
距離をとり、レーザーライフルで攻撃してくる青いスプリッター塗装の敵。しかしその攻撃も、サレナには見えるのだ。
常人以上に強化された反射神経、動体視力、そして戦闘センス。それらが組み合わさった彼女には、たいていの攻撃ならば予想がつく。
「もっと楽しませてくれるのかい? あはっ!」
再び距離を詰める。そして今度は腰アーマーの下から、無数のミサイルを発射する。
脳波コントロール式ミサイル。自らの意志のままに動き、相手を狙う必殺の武器だ。
しかし青い敵は、肩のロケットポッドから多弾頭ロケットを発射、それを迎撃する。
「面白いよお前! もう少し遊んでやるよ!」
触手の先のレーザー砲台からレーザーをブレード状に発振し、無数の刃として迫る。一撃は敵の装甲をかすめ、火花を散らす。
だが、致命傷にはならない。無論彼女も手加減して放った一撃ではあったが、それでも紙一重でかわされた事には多少なりとも驚く。
「次は合わせ技だ、避けられるか?」
ミサイルと触手の複合攻撃。レーザーでミサイルを迎撃しつつ、レーザーテンタクルの攻撃を回避して見せる相手。
『いい加減に止めろよ! こっちは負傷者運んでるだけなんだぞ!』
突如として、ヴァナディースの中に飛び込んでくる無線。
「何だ、馴れ馴れしい奴!」
構わずに、攻撃を続けるサレナ。
『それ以上続けると、本気でいくからな!』
「やってみなよ! できるものならさ!」
その答えを聞いたか、敵はライフルを手放す。投降する気か? そう思った刹那、ライフルが爆発し、眩い閃光を散らす。
ワイヤードライフルをオーバーロードさせて、自爆させたのだ。
「くっ、こんな目くらましで……!」
閃光から立ち直った時には、目の前に青い敵が飛び込んでくるところであった。
咄嗟に機体の前で、両腕をクロスさせる。そこに斬りこむプラズマトーチ。
ギャインッ! と腕の装甲を焼く刃。一瞬の機転で、ここまでの反撃をしてみせた敵に、震えが走るサレナ。
こいつは、エースだ。何としてもこの手で倒して、この渇きを癒したい。強い者を倒す事でしか癒されない、この心の渇きを。
「あはっ、あははっ! そうだよ、そうでなきゃ倒す意味なんてないものね! こっちもとっておきを出させてもらうよ……!」
その時、サレナに急に襲い来る頭痛。頭が、締め付けられるように痛む。
強化に使っている薬物の中毒症状だ。こうやって不定期に襲ってきては、彼女の思考をかき乱す。
コントロールが乱れるヴァナディースに、躊躇いながらもプラズマトーチで接近戦を仕掛けてくる敵。
「くうっ……今回だけは、見逃してやるよ! 覚えておきな、あんたは、あたしが倒すんだからね!」
捨て台詞を残し、機体を後退させるサレナ。後にはプラズマトーチを構えたセイバーハウンドSPが残される。
「何だったんだよ、あの敵は……」
冷や汗でぐっしょりと湿ったスーツの襟元を正しながら、コルトは呟くのだった。
格納庫から戻ったその足で、コルト=マーヴェリックはブリッジへと向かった。
「おいケーン、何で援護してくれなかったんだよ! お前のピンチの時は、オレがしっかり助けただろうが!」
呆れたように、そんなコルトを眺めるケーン。
「ブリッジに誰もいないじゃ、話にならないだろう。セラをこっちに早く帰してくれれば、俺にだって余裕は出来たんだよ」
「そ、それは……あの娘にも、社会勉強を……」
「言い訳はどうでもいい。それより、あの敵は何だったんだ? こっちのデータにも無いぞ、あんな機体は」
コルトはドカッとシートに腰掛けながら、答える。
「ディオニュソスの新型だろ。並みのパイロットには出来ない芸当だ。恐らく強化兵が乗っていたんだろうな。機体も脳波コントロール式にセッティングされて……」
ふと気がつくと、唖然としてこちらを眺めているケーンと目が合う。
「お前……何でそこまで詳しいんだ」
「何でって……そりゃ、色々あるんだよ、オレにも」
「お前の過去と、何か関係があるんじゃないのか?」
珍しく真面目な顔で、ケーンに向き合うコルト。そしてこう尋ねる。
「ケーン、お前の過去、聞いてもいいか?」
「何の関係があるんだ?」
「そういう事だよ」
話をはぐらかされた事に気がつくケーン。怒りに拳を振り上げかけるが、すぐにそれを収める。
ここでかっとなっては、コルトの思うつぼだ。特に問題を起こしてまで、聞くことではないだろう。
今は、別にやる事もあるのだから。
「コルト、ガニメデ基地から負傷者の受け入れの返事が来た。すぐに負傷者を乗せたランチを、基地まで送ってきてくれ」
「へいへい、人使いの荒いことで」
文句を言いながらも、素直に従うコルト。結局は、彼も本心からケーンに逆らうつもりなどはないのだ。
この船が、彼のものだからという事もあるだろう。
しかしそれ以上にコルトが彼に抱いているもの。例えればある種の友情と呼べるものかもしれない。
ランチを押し、格納庫から出るセイバーハウンド。ボディーには、先ほどの戦いで負った傷もそのままである。機影もどこか痛々しい。
「ケーン、いいんですか、あのままで?」
「大丈夫だろう。コルトだって口は悪いが腕は立つ。万が一があっても、あの機体で逃げ切るくらいはできるさ」
ウィンドウ越しに外を眺めながら、ケーンとセラは会話する。
丁度コルト機がウィンドウの前を横切り、彼らにピースサインを送ってきているところだ。
「ああいう奴なんだよ、あいつは。必要以上に力まない、拘らない。だから今まで生き延びてこられたんだ」
それなら、ケーンはどうなのか。いつも必要以上に力を入れ、何事にも拘っているように思える。
彼の言う事を信じるならば、そういう生き方をしていては、早死にするようにも聞こえる。
まるで彼が死に急いでいるように思えて……何故だか胸が痛いセラ。
そっとケーンの顔を仰ぎ見る彼女。どこか憂いを秘めた、ケーンの眼差し。
その先にあるものは、何だろうか? 自分には見えない何かだろうか? どうしたら、彼の見ているものに手が届くのだろうか?
答えは、まだ見つからない。
やがて負傷者を送り届けたコルトが戻ってきた。浮かれた雰囲気でブリッジまでやってくる。
「おいケーン、基地の人が金ぴかの勲章くれたぞ? ゲリラであっても、その行動には皆感謝しているとか何とか言ってさ」
「興味ないな。セラ、勲章は欲しいか?」
「いえ、別にいらないです」
「それならオレが貰うわ。部屋に飾ろーっと」
喜び浮かれて、ブリッジを出ていくコルト。何がそんなに嬉しいのやら。理解に苦しむところだと思うケーン。
「それでケーン、これからどうするんですか?」
「そうだな……ディオニュソスらしい敵とは、一度交戦してしまっている。あまりここに長居は出来ないな。一度地球圏に戻る。その後で、今後の事を考えるとしよう」
その言葉に、セラは内心ほっとする。この火星の近くというものは、何だか気分を悪くさせる『何か』が存在しているように感じるのだ。
地球を間近に見ていないからそう感じるのか……あるいは、この空域に漂う無数の死んだ人間の意志がそう感じさせるのか……。
ともかく、この場を離れられるのは歓迎すべき事であろう。
すぐにセラは航法プログラムに帰還ルートを入力する。後は黙っていても、目的地につくはずだ。
「セラ、少し休んだ方がいいんじゃないのか?」
「大丈夫です。まだお仕事は出来ますから」
「でも、負傷者の看護とかで疲れただろう? いいから休んでくるんだ。ここは俺が見ているから、自分の部屋で好きなだけ寝てくるといい」
しぶしぶ、彼の言う通りにするセラ。自室に戻り、服を脱ぎ散らかしベッドに潜り込む。
しかし、なかなか眠気は訪れない。ここのところ色々ありすぎて、頭が興奮しているのだろうか。
それにしては、妙にケーンのことが頭から離れない。今の彼は、まるで燃え尽きる寸前の蝋燭。
一瞬だけ大きく光り輝いて、そして消えていく……。
ぶんぶんと頭を振り、その考えを打ち消すセラ。そんな事があって、たまるものか。
彼は自分の保護者なのだ。そんな彼が、自分より先に死んでもらっては困るのだ。
ただ、それだけだ。そのはずなのに……。
「何で、こんな事で悩んでるんだろ……」
セラは再び目を閉じる。今度は、ちゃんと夢の中へと旅立てそうだった。
しかし、それに応えるものはほんの僅かで、ほとんどがすでにディオニュソスによって破壊、殲滅されているものと推測できた。
「……一体何が起こっているのだ……」
シャウルはひとりごちる。無理もない。まったく状況が掴めずに、ただ部隊が全滅したと聞かされれば、だ。
現地の部隊でも、情報が錯綜していてまったく現状が分からないという有様なのだ。
とりあえずは生き残りの部隊を集結させる事にする。その後で、反撃なり何なりを検討する必要があるだろう。
戦力に不安はない。どんな相手だろうと、この艦隊ならば叩き潰せるはずだと。
「提督、右側面より接近するものあり! 機数十。戦艦クラスです!」
「総員迎撃準備。我が艦隊の力を思い知らせてやれ」
旗艦プロメテウスを含む、二十五隻の艦船。その砲の全てが、敵艦隊の方へと向く。
このまま突き進んでくれば、蜂の巣になるのは火を見るよりも明らかである。敵だって馬鹿ではないだろう。そんな愚を犯すとは思えない。
「敵艦隊より、小型の反応多数確認! 機動兵器と思われます!」
「我が艦隊も機動兵器を出せ。DIS‐HUMAN戦になるぞ。艦隊周囲へは敵を一歩も近づけるなよ」
艦から次々とDIS‐HUMANが発進していく。それを満足げに眺めるシャウル。
特殊な装備を持たない、量産機のガイアスではあるが、百機以上の数が揃えば相手を圧倒できるのは確実だ。
少々確実すぎて、面白みにはかけるが……そう思う。
「先発部隊が、敵戦力と接触……ガイアス、二機撃墜、いや、五機撃墜されました!」
「何だと、早すぎるぞ!」
思わず腰掛けていたシートから、身を乗り出すシャウル。たった数分やそこらで、それだけの数が撃墜されるとは。
宇宙での戦いは混戦になりやすいとはいえ、あまりにも理不尽だ。
「ガイアス隊、二十機損失! 敵部隊が、防衛線を突破します!」
「近寄らせるな! 弾幕を張りつつ後退!」
雨のような対空砲火が、前方の空域に集中する。その間にも、更に落とされていく味方機。
圧倒的な戦力を持つはずの自分の部隊が、こうもなすすべも無くやられていくとは、一体何が起こっているのか見当もつかないシャウル。
見る間に対空砲火の雨を掻い潜り、灰色の機体たちが姿を見せる。
それはイオカステ宇宙軍で使われているものとは明らかに違う、特異な形状をしていた。
足が無く、その代わりに装備された大型のブースター。高重力圏での使用を、前提としているのだろうか。
目を見張るほどのスピードで、まっすぐに接近してくる敵機集団。
「撃て、撃ち落せ! 何故撃ち落せんのだ!」
濃密な阻止放火をもってしても、それをたくみに掻い潜り迫り来る敵。辛うじて一機、また一機と落とすが、押し寄せてくる数には変わりがない。
「こちらのDIS‐HUMAN、損失数が五十を越えました!」
「奴ら……一体何だというのだ!」
シャウルの独白が、むなしく響く。戦力の三分の一以上を落とされた時点で、戦いの優劣はついていた。
古来より、三分の一以上の損失を出した戦いで、勝利したという例はほぼない。あったとしても極度の消耗戦であり、後の事を考えれば勝利とは呼べない。
プロメテウスの隣に位置していた戦艦が、爆発、轟沈する。敵機動兵器に取り付かれたのだ。
この船も、いつそうなるかは分からない。シャウルはすぐさま撤退命令を出す。
出撃させた機動兵器を呼び戻し、防衛させながらこの空域を離脱しなければならない。
その時、異常なスピードでプロメテウスに迫る敵機が、レーダーに捉えられる。
「熱源接近! しかし、こんなスピードで迫る敵なんて……提督!」
「回避、回避だっ! なんとしてもかわせ!」
姿勢制御スラスターを使い、方向転換を試みるプロメテウス。しかし、そんな艦に容赦なく敵は迫る。
赤い、異様な形をした敵。大きく両肩は張り出し、ゴーグル状のカメラアイが光る。申し訳程度についている両腕、両足。
大型のバックパックを背負い、そこから伸びる噴射光が宇宙を照らす。
そのままプロメテウスのブリッジへと一気に接近。両肩のバインダーから、いくつもの触手のようなものを伸ばす。
そのひとつひとつの先には、小型のレーザー砲台が搭載されている。オールレンジ攻撃が可能な武器なのだ。
触手を伸ばし、ブリッジを包囲する異形の敵。慌ててシートから立ち上がるシャウル。
しかし、もう遅い。死神の鎌に、その首を触れているのだから。
細い線のような無数のレーザーが、プロメテウスのブリッジを貫く。たちまち穴だらけになり、爆発するブリッジ。
戦果を確認すると、赤い機体は悠々と戦場に戻っていった。いまだに戦い続けるものたちを、血祭りに上げるために。
格納庫内に収められた赤い機体、『ヴァナディース』の側に立つ少女。やや褐色がかかった肌に、金色の髪をゆったりと流している。
パイロットスーツを着ているところを見ると、彼女がこの機体のパイロットらしい。
「サレナ、戦果はどうだったの?」
「主任、機体の反応が甘すぎだ。もう少ししっかりと調整をしてもらわないと困るぞ」
駆け寄ってきた一人の年上の女性に、そう文句を言う少女。
ヴァナディースはディオニュソスが開発した最新型の機体である。
当然その反応速度なども、従来機とは遙かに違う次元にある。それをして、遅いと言う彼女。
「これ以上の性能アップは危険よ。いくら機体の反応速度を上げても、あなたの脳波コントロールで動いている以上、無理をすればあなた自身にそのツケが回ってくるのよ? 貴重な実験体のあなたを、失うわけにはいかないわ」
「そんな事は分かっている! それを何とかするのが技術者だろう?」
少女はヘルメットを放り投げる。無重力の中、それはゆっくりと漂い、主任と呼ばれた女性にこつんと当たる。
「待ちなさい! まだ話は終わっていないわよ!」
「後で聞くよ。今は少し休ませてよ」
まったく、技術者と呼ばれる人間は、機械の事ばかり大事で乗っている人間のことなどはどうでもいいのだろうか。
自分の手がけたものに愛着があるのは分かるが、それではパイロットは納得しない。
彼女、サレナ=ミッドウィルもあまり技術者というものに良い感情は抱いてはいない。
結局は数値だけで人間を推し量ろうとするのがいけないのだ。
彼女たちは命を賭けて戦いに望んでいる。それを効率重視で思考されては、やる気も失せるというものだ。
サレナは格納庫から飛び出す。格納庫の中は、機械油や細かい部品などで覆われ、あまり彼女の趣味ではないのだ。
それならばまだコックピットの中のほうが安心できるというものだ。
ましてや、彼女のように幼い頃から機械に慣れ親しむように躾けられた娘ならばなおさらだ。
混雑する通路を抜け、レクリエーションルームに辿り着く。側のマシーンから、ドリンクを取り出す。それに口をつけ、ひとりため息を漏らすサレナ。
今回の戦果も上々だった。火星駐留艦隊を叩いた時もそうだったが、イオカステの連中には歯ごたえというものが無さ過ぎる。
平和ボケした軍隊の連中ならば、そういうものなのだろう。それに引き換え、自分達は違う。
常に地球の側へと帰還する事を考えて、無駄とも思えるほどの訓練を重ねてきた。
ましてや、サレナのような強化された人間などは、常人の更に何倍もの訓練を課せられてきたのだ。結果が、この大勝利なのだ。
浮かれ騒ぐ他の待機中パイロット達を眺めながら、内心で唾棄するサレナ。お前達のひとりでも、自分の苦労が分かる人間がいるのか。
『どうせ戦うのならば、もっと強い相手と戦いたい……』
その言葉は、サレナの胸の内に秘められた。
「間もなく火星周回軌道に入ります」
セラの言葉に、ケーンとコルトはウィンドウの外を見る。構造物など何もない宇宙空間。
しかし、そこには常に火星という大きな星が巡っているのだ。
火星は人類が月以外で初めて殖民した由緒ある星。
地球に程近い事もあり、地球の側から離れることのできないイオカステにも、ある程度の理解をもった人々が集う場所。
そしてそこは、イオカステの最前線部隊が配備されていた場所でもある。だが最前線の精鋭部隊が、なすすべも無くディオニュソスに蹴散らされたというのだ。
月から出た艦隊も、そろそろ敵と交戦しているはずなのだが……。
「前方に、発光信号確認。コードH119。救難信号です」
セラが無表情に報告する。しかし、その艦船のデータはイオカステ統合政府軍のものだ。
まさしく月から出撃した艦隊の一部に間違いない。一体何があったのか。
コードH119を発信している船には、無条件で救援活動を行うことが、宇宙法で定められている。
法で定められているからというだけでなく、宇宙という過酷な条件下で人が生きていくためには、無視する事ができない『助け合い』の精神による所が大きい。
困っていれば、誰かが助けてくれる。それを信じるからこそ、人は宇宙という未知の領域に踏み込んでいく事ができたのだ。
アーリーバードはその船に接近する。見たところかなりの大型艦だ。セラが表示されたデータを読み上げる。
「艦船名、プロメテウス。月艦隊の旗艦です」
「何だって? 何で旗艦がこんな所を漂流しているんだ?」
「臨検する必要があるな、ケーン。オレが行ってくる。病み上がりは無理せずセラちゃんとイチャイチャしてな」
そう言うなり、ケーンがその拳を振り上げる間もなくブリッジを飛び出していくコルト。
やり場の無くなった拳を下ろし、所在なさげに頭を掻くケーン。
「イチャイチャ、したいんですか?」
そのセラの質問に、ケーンはため息をつくしかなかったのだった。
セイバーハウンドSPで、プロメテウスに近づくコルト。
どうやらメインブリッジは破壊され、辛うじてサブブリッジの管制下でここまで航行してきたようだ。
「こいつだって、一応は最新鋭の戦艦だろうに……簡単にやられるってのは、何か油断でもあったのか?」
詳細データを取りながら、なおも接近するコルト。
破壊されたブリッジ跡に鈴なりになり、白旗を掲げるクルー達。どうやら欺瞞での投降ではないようだ。
コルトはブリッジ跡に接触し、コックピットハッチを開く。手に拳銃を構える事も忘れない。
「ここの責任者は誰だ?」
「私だ。砲術仕官のエリンコだ。君たちは軍のものではないのかね?」
「残念だけど、違うよ。俺達は戦争やってる奴らを懲らしめてるパルチザンさ。そうでなきゃこんな危険な場所へ、のこのこやってくるものかよ」
落胆の色を隠せないエリンコ。軍の手による救援を待っていたのだから、無理もない。
「とりあえず、必要なものはあるか? 俺達はパルチザンだが、別に人殺しが目的じゃない。できる範囲でなら、手を貸すぜ?」
「できれば、負傷者をガニメデまで運んでもらいたい。あそこはまだ、我々の勢力下にあるようだ。我々無事な者は、何とか機関を修理して自力航行でガニメデを目指す。虫のいい話だが、頼めるか?」
「ちょっと待ってくれ、今確認を取る」
無線でアーリーバードのケーンへと連絡を取る。そしてしばしの時が過ぎ。
「オッケーだってさ。負傷者をランチにまとめてくれ。こいつで牽引していく」
コルトの乗ってきた機体を眺めるエリンコ。その目が、驚愕に見開かれる。
「こいつは……セイバーハウンドじゃないか。何故こんなところに……」
「おっさん、こいつの事知ってるのか?」
「士官訓練生時代に見たことがある。確か月のアポロ工場で秘密裏に実験を行っていた当時の最新鋭機のはずだ。その後強奪されて現存はしていないはずだが……」
コルトは僅かに顔をしかめる。そこまで詳しい話は、自分も聞いたことがないのだ。
機体を持ってきたのはケーン。アーリーバードも、セイバーハウンドシリーズも、全て彼ひとりで所有していたものだ。
それを自分は譲り受け、乗っているに過ぎない。
「これを持って、軍に投降する気はないか? これだけの土産があれば、軍も邪険にはするまい」
「生憎、そういう事には応じない事にしてるんだよ。残念だったな」
負傷者がランチに収容され、ゆっくりとこちらに流れてくる。それを掴むと、セイバーハウンドはブリッジ跡から離れていく。
「仲間を、よろしく頼む」
「任せておきな。悪いようにはしないぜ」
ランチを収容して、アーリーバードはガニメデへと航路を変更する。収容した負傷者達は、ひとまず士官食堂だった場所へと集めておく。
中でも幾人かの辛うじて動ける人間が、航行の手助けと航路の安全確保のためにブリッジへと上がってきていた。
ガニメデにも、当然防衛システムは存在する。撃墜されないためにも、識別用の暗号コードを知る人間が必要なのだ。
ブリッジに上がってきた男達は、オペレーター席に小さな少女が座っているのを見て唖然とする。
本来ならばそこは、情報を統べるものとして上位の士官が座ることになっているはずの場所だ。こんな少女が、間違っても座るべき場所ではない。
「心配しなくても、彼女のオペレーション作業は万全だ。そこらの兵よりも遙かに腕が立つ」
ケーンが彼らの疑問に答える。この若者すら、軍人の常識からすれば規格外だ。ましてや彼が、実質的にこの艦の主導者であるらしいとは。
「セラ、ちょっと行ってコルトを手伝ってきてくれ。こっちは俺が何とかする。さすがに負傷者が多すぎて、手が足りないはずだ」
「……分かりました」
ブリッジを出ていく少女。その後ろ姿を、男達は呆けた顔のまま眺めていた。
「手伝いに来ました、コルトさん」
「おう、ちょうどいいところに来てくれた。彼の足、押さえていてくれ」
士官食堂にやってきたセラが見たものは、あちこちを負傷し、うめき声を上げる大勢の人達。
これが、戦いの結果なのだ。綺麗な閃光がひとつ瞬く度に、こうして幾人もが傷を負い、そしてまたある者は死んでいくのだ。
リアルな現状は、少なからず少女にショックを与える。
「ここ、押さえればいいんですか?」
怪我人の足を押さえるセラ。そこへコルトが、手馴れた手つきで泡状の消毒・治療薬をスプレー缶から噴射し、包帯を巻いていく。
彼の手つきは、今まで何度もこういった事をやってきたかのような印象を受けるほど。
「コルトさんは、お医者さんか何かだったんですか?」
「うんにゃ、昔この船に乗る前、作業中に怪我した奴をよく治療していただけさ」
よく考えれば、自分はコルトの事を、そして何よりケーンの事を、何一つ知らない。ただ漠然と、ゲリラ的活動をしているとだけしか聞いてはいない。
どうしても気になれば、聞いてしまうのがこのセラという少女なのだ。
「コルトさんは、昔は何をしていたんですか?」
「……昔のことなんて、忘れちまったさ。思い出したくもねーし。ほら、今度はそっち、押さえて」
言われるままに手伝い、そして一番聞きたかった事を口にする。
「……ケーンの、過去は?」
しばし手を休めて、コルトはセラの方を見る。
「それこそ、オレには分からねーよ。あいつは何も話してはくれねーし。何だったら、直接聞いてみたらどうだ? オレよりはあいつも話しやすいだろうしさ」
手当てを受けていた男が、目を開く。そしてセラを目にすると、微笑を浮かべる。
「ここは天国か? 天使が見える……」
コルトは少し乱暴に、包帯を縛る。痛みに声をあげる男。
「痛いか? ならまだ死んじゃいないよ。ここは現実さ」
それから幾人も、ふたりは手当てを続けた。人命救助などではなく、ただそれが義務であるかのように。
セラは何人もの感謝を受けながら考える。何故傷ついてまで、彼らは戦おうとするのだろう。
同じ人間同士で不毛な争い。人間の遺伝子に刻み付けられている、戦いの本能があるから?
しかし同族殺しを行うのは、人間だけだ。同じ種族同士で争う事は、自然界では稀である。
勿論例外というものもあるにはあるが、それだって種としての必要性から来ている行動だ。
ただ、人間だけは違う。自分達の私利私欲のために、平気で他人を殺す。セラには理解できない。
今までずっと捨て去るばかりで争う事も、奪う事もしてこなかった彼女には。
『コルト、そろそろガニメデ防衛ラインだ。格納庫でスタンバイしてくれ』
艦内放送が入る。それを機に、コルトは立ち上がる。
「それじゃセラちゃん、後はよろしく頼むわ」
「でも、どうすればいいのか……」
「オレのやり方、よく見てただろ? それに手当てされる側だって、野郎よりは女の子の手の方が良いに決まってるさ」
そのまま士官食堂のドアを開き、外へと出ていくコルト。後に残されたセラは、憮然とする。
厄介ごとは人に押し付けて、自分は暢気に宙域警備。そんな理不尽な事があってよいものだろうか。
しかし、まだ呻き続ける負傷者を見ては、そんな文句も言えなくなる。とりあえずは見よう見まねで治療を始める彼女。
その度に、幾人もの人間から感謝をされる。彼女が『作られて』から、これほどまでに人から感謝をされた事は、ない。
「大丈夫ですか? ここ、痛くないですか?」
「ああ、大丈夫だよ……ありがとう。君のような娘に手当てされるのならば、ここもそう悪くはない……」
人の役に立つという事。その意味を、この少女は学び始めていた。
「発進位置についた。ケーン、射出してくれ!」
セイバーハウンドSPのコックピットに収まったコルトは、そうブリッジに向かって呼びかける。
直後、間髪いれずに射出される機体。がくがくと揺れながら、シートにへばりつくコルト。
「まったく、セラちゃんのほうがなんぼか優しいぞ!」
文句を言っても始まらない。機体を操り、アーリーバードの前方につける。
ガニメデへの航路の安全は確保されているはずだが、なにぶん軍隊のやる事である。
間違って撃ち落されでもしたら、洒落にもならない。
進路上の障害物、ミサイル等に気を配るコルト……と、レーダーが何かを捉える。
サイズからすると、艦船クラスのようだ。出迎えの船だろうか。しかし、それにしては来る方向が違う。
進路的にはガニメデ以外の方角から来たとしか思えない。念のために、ブリッジへと確認を取る。
『コルト、そいつはイオカステの船じゃない! 恐らくディオニュソスの偵察部隊だ。こちらには負傷者がいる、攻撃は仕掛けるな!』
「けどよ、あっちから仕掛けてきたらどうするんだよ?」
そうこうしている間に、艦船から機動兵器サイズの物体が飛び出してくるのが確認できた。
機数は、一機。真っ直ぐにアーリーバードへ向かってくる。
「言わんこっちゃないぜ。あっちはやる気満々だとよ! 迎撃する!」
ケーンの引き止める声も聞かずに、セイバーハウンドを駆けさせるコルト。目指すは敵の機動兵器のみ。
一機だけで出てくるところを見ると、よほど手駒が足りないのか、或いはよほど腕の立つパイロットなのか。
どちらにしろ、このまま放っておいてはアーリーバードが危険になる。彼だって、あの船には愛着というものはあるのだ。
「何だこいつ、やけに速いじゃないか……」
敵機の動きは、通常の機動兵器の速度を遙かに越えていた。
セイバーハウンドもその特殊性からとはいえ速度には自信があるのだが、それ以上に速い。
しかし、規格外の速度を出せば、中に乗っている人間にも少なからぬダメージがあるはずなのだが……。
「……ままよ!」
ワイヤードライフルを構え、照準をつける。レティクル上にその姿を捉え、トリガーを引く。しかし。
「外れた? 今のタイミングでかよ!」
敵機は急加速でレーザーを振り切り、そのままセイバーハウンドへと急接近。真っ赤な機体。それはどこか本能的な恐怖を伴って、コルトの前に迫る。
「こ、こけおどしが!」
正確に照準をつけたはずの第二射も外れ、懐に潜り込まれる。モニターに大映りになる敵の姿。
コルトがここまで狙いを外し敵に接近された事など、数えるほどしかない。思わず背中に嫌な汗が流れるのを感じる始末。
「……っ、馬鹿にしやがって!」
接近した敵の両肩に張り出したバインダーから、いくつもの触手のようなものが伸びる。
本能的に危険を感じ、機体をスライドさせる。さっきまでいた所に、レーザーの奔流が渦巻く。
「こいつ、化け物かよ!?」
「ふふふっ……あはははっ!」
ヴァナディースのコックピットの中、サレナ=ミッドウィルは高笑いしていた。
退屈な偵察任務のはずだった。しかし、今自分の前には面白い相手がいる。
自分のレーザーテンタクルの攻撃をかわしてみせたのは、こいつが初めてだった。
脳波コントロールによって自在に動く触手。それは文字通り彼女の手足の如く相手を追尾するのだ。
その攻撃をかわしてみせたという事は、『できる』相手ということだ。こういう相手との、命を削りあう戦いを、彼女は欲していたのだ。
距離をとり、レーザーライフルで攻撃してくる青いスプリッター塗装の敵。しかしその攻撃も、サレナには見えるのだ。
常人以上に強化された反射神経、動体視力、そして戦闘センス。それらが組み合わさった彼女には、たいていの攻撃ならば予想がつく。
「もっと楽しませてくれるのかい? あはっ!」
再び距離を詰める。そして今度は腰アーマーの下から、無数のミサイルを発射する。
脳波コントロール式ミサイル。自らの意志のままに動き、相手を狙う必殺の武器だ。
しかし青い敵は、肩のロケットポッドから多弾頭ロケットを発射、それを迎撃する。
「面白いよお前! もう少し遊んでやるよ!」
触手の先のレーザー砲台からレーザーをブレード状に発振し、無数の刃として迫る。一撃は敵の装甲をかすめ、火花を散らす。
だが、致命傷にはならない。無論彼女も手加減して放った一撃ではあったが、それでも紙一重でかわされた事には多少なりとも驚く。
「次は合わせ技だ、避けられるか?」
ミサイルと触手の複合攻撃。レーザーでミサイルを迎撃しつつ、レーザーテンタクルの攻撃を回避して見せる相手。
『いい加減に止めろよ! こっちは負傷者運んでるだけなんだぞ!』
突如として、ヴァナディースの中に飛び込んでくる無線。
「何だ、馴れ馴れしい奴!」
構わずに、攻撃を続けるサレナ。
『それ以上続けると、本気でいくからな!』
「やってみなよ! できるものならさ!」
その答えを聞いたか、敵はライフルを手放す。投降する気か? そう思った刹那、ライフルが爆発し、眩い閃光を散らす。
ワイヤードライフルをオーバーロードさせて、自爆させたのだ。
「くっ、こんな目くらましで……!」
閃光から立ち直った時には、目の前に青い敵が飛び込んでくるところであった。
咄嗟に機体の前で、両腕をクロスさせる。そこに斬りこむプラズマトーチ。
ギャインッ! と腕の装甲を焼く刃。一瞬の機転で、ここまでの反撃をしてみせた敵に、震えが走るサレナ。
こいつは、エースだ。何としてもこの手で倒して、この渇きを癒したい。強い者を倒す事でしか癒されない、この心の渇きを。
「あはっ、あははっ! そうだよ、そうでなきゃ倒す意味なんてないものね! こっちもとっておきを出させてもらうよ……!」
その時、サレナに急に襲い来る頭痛。頭が、締め付けられるように痛む。
強化に使っている薬物の中毒症状だ。こうやって不定期に襲ってきては、彼女の思考をかき乱す。
コントロールが乱れるヴァナディースに、躊躇いながらもプラズマトーチで接近戦を仕掛けてくる敵。
「くうっ……今回だけは、見逃してやるよ! 覚えておきな、あんたは、あたしが倒すんだからね!」
捨て台詞を残し、機体を後退させるサレナ。後にはプラズマトーチを構えたセイバーハウンドSPが残される。
「何だったんだよ、あの敵は……」
冷や汗でぐっしょりと湿ったスーツの襟元を正しながら、コルトは呟くのだった。
格納庫から戻ったその足で、コルト=マーヴェリックはブリッジへと向かった。
「おいケーン、何で援護してくれなかったんだよ! お前のピンチの時は、オレがしっかり助けただろうが!」
呆れたように、そんなコルトを眺めるケーン。
「ブリッジに誰もいないじゃ、話にならないだろう。セラをこっちに早く帰してくれれば、俺にだって余裕は出来たんだよ」
「そ、それは……あの娘にも、社会勉強を……」
「言い訳はどうでもいい。それより、あの敵は何だったんだ? こっちのデータにも無いぞ、あんな機体は」
コルトはドカッとシートに腰掛けながら、答える。
「ディオニュソスの新型だろ。並みのパイロットには出来ない芸当だ。恐らく強化兵が乗っていたんだろうな。機体も脳波コントロール式にセッティングされて……」
ふと気がつくと、唖然としてこちらを眺めているケーンと目が合う。
「お前……何でそこまで詳しいんだ」
「何でって……そりゃ、色々あるんだよ、オレにも」
「お前の過去と、何か関係があるんじゃないのか?」
珍しく真面目な顔で、ケーンに向き合うコルト。そしてこう尋ねる。
「ケーン、お前の過去、聞いてもいいか?」
「何の関係があるんだ?」
「そういう事だよ」
話をはぐらかされた事に気がつくケーン。怒りに拳を振り上げかけるが、すぐにそれを収める。
ここでかっとなっては、コルトの思うつぼだ。特に問題を起こしてまで、聞くことではないだろう。
今は、別にやる事もあるのだから。
「コルト、ガニメデ基地から負傷者の受け入れの返事が来た。すぐに負傷者を乗せたランチを、基地まで送ってきてくれ」
「へいへい、人使いの荒いことで」
文句を言いながらも、素直に従うコルト。結局は、彼も本心からケーンに逆らうつもりなどはないのだ。
この船が、彼のものだからという事もあるだろう。
しかしそれ以上にコルトが彼に抱いているもの。例えればある種の友情と呼べるものかもしれない。
ランチを押し、格納庫から出るセイバーハウンド。ボディーには、先ほどの戦いで負った傷もそのままである。機影もどこか痛々しい。
「ケーン、いいんですか、あのままで?」
「大丈夫だろう。コルトだって口は悪いが腕は立つ。万が一があっても、あの機体で逃げ切るくらいはできるさ」
ウィンドウ越しに外を眺めながら、ケーンとセラは会話する。
丁度コルト機がウィンドウの前を横切り、彼らにピースサインを送ってきているところだ。
「ああいう奴なんだよ、あいつは。必要以上に力まない、拘らない。だから今まで生き延びてこられたんだ」
それなら、ケーンはどうなのか。いつも必要以上に力を入れ、何事にも拘っているように思える。
彼の言う事を信じるならば、そういう生き方をしていては、早死にするようにも聞こえる。
まるで彼が死に急いでいるように思えて……何故だか胸が痛いセラ。
そっとケーンの顔を仰ぎ見る彼女。どこか憂いを秘めた、ケーンの眼差し。
その先にあるものは、何だろうか? 自分には見えない何かだろうか? どうしたら、彼の見ているものに手が届くのだろうか?
答えは、まだ見つからない。
やがて負傷者を送り届けたコルトが戻ってきた。浮かれた雰囲気でブリッジまでやってくる。
「おいケーン、基地の人が金ぴかの勲章くれたぞ? ゲリラであっても、その行動には皆感謝しているとか何とか言ってさ」
「興味ないな。セラ、勲章は欲しいか?」
「いえ、別にいらないです」
「それならオレが貰うわ。部屋に飾ろーっと」
喜び浮かれて、ブリッジを出ていくコルト。何がそんなに嬉しいのやら。理解に苦しむところだと思うケーン。
「それでケーン、これからどうするんですか?」
「そうだな……ディオニュソスらしい敵とは、一度交戦してしまっている。あまりここに長居は出来ないな。一度地球圏に戻る。その後で、今後の事を考えるとしよう」
その言葉に、セラは内心ほっとする。この火星の近くというものは、何だか気分を悪くさせる『何か』が存在しているように感じるのだ。
地球を間近に見ていないからそう感じるのか……あるいは、この空域に漂う無数の死んだ人間の意志がそう感じさせるのか……。
ともかく、この場を離れられるのは歓迎すべき事であろう。
すぐにセラは航法プログラムに帰還ルートを入力する。後は黙っていても、目的地につくはずだ。
「セラ、少し休んだ方がいいんじゃないのか?」
「大丈夫です。まだお仕事は出来ますから」
「でも、負傷者の看護とかで疲れただろう? いいから休んでくるんだ。ここは俺が見ているから、自分の部屋で好きなだけ寝てくるといい」
しぶしぶ、彼の言う通りにするセラ。自室に戻り、服を脱ぎ散らかしベッドに潜り込む。
しかし、なかなか眠気は訪れない。ここのところ色々ありすぎて、頭が興奮しているのだろうか。
それにしては、妙にケーンのことが頭から離れない。今の彼は、まるで燃え尽きる寸前の蝋燭。
一瞬だけ大きく光り輝いて、そして消えていく……。
ぶんぶんと頭を振り、その考えを打ち消すセラ。そんな事があって、たまるものか。
彼は自分の保護者なのだ。そんな彼が、自分より先に死んでもらっては困るのだ。
ただ、それだけだ。そのはずなのに……。
「何で、こんな事で悩んでるんだろ……」
セラは再び目を閉じる。今度は、ちゃんと夢の中へと旅立てそうだった。