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廻るセカイ-Die andere Zukunft- Episode18

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茶色の装甲を持つ巨人、リーゼンゲシュレヒト・ヴィオツィーレンの放った斬撃は、回避することなど出来なかった。
シュタムファータァの白銀の装甲に十字の亀裂が走る。傷口から血が流れ出るように、亀裂から漏れる白銀の粒子。
斬撃の衝撃でそのまま無防備に海面に倒れ伏してしまう。そして、吹き上がった水飛沫が周囲に飛び散る。

「……攻撃は視えてるのに、避けれられないっ……」

相手の攻撃が視えないというわけではない。どう防御し、どう回避し、どう反撃すればいいのかはわかる。
ただ、自分の身体がそれに追いつかない。ヴィオツィーレンの攻撃速度より、圧倒的に自分の反応速度が足りていないのだ。
明らかな戦闘経験の差。いくら私に莫大なセカイ量や、良い刀があろうと、私自身は今までに2度しか戦闘を経験していない。
自分のスペックを活かせるだけの力が、私自身にない……!

「とっとと死ねッ!」

倒れている私に目掛け刀が振り下ろされる。心臓の部位にある核を狙って下ろされる刀を回避する術はない。
今から全力で転がっても間に合うはずはない。先ほど自覚した通り、今の自分ではこれに反応出来るだけの速度はない。
振り下ろされるまで一秒もないこの時間。その間に、私が考えられること。私が、出来ること。それを、それを……!

「っ―――!」

刀が振り下ろされ、海面の水飛沫が辺りを包みこむ。それだけの力が込められていた斬撃。直撃すれば確実に死に至る一撃。
だが、ヴィオツィーレンはすぐにその異変に気付いた。そして瞬時に刀を捨て、回避行動に移る。
先ほどまでヴィオツィーレンがいた場所に振り下ろされる白銀の刀による一閃。そして水飛沫を裂きながら幾重にも放たれる剣閃。

「"リーゼンゲシュレヒトの即時召喚"なんて、デタラメッ……!」

「ええ、通常じゃあそんなことアホの極みですが、今の状況なら……そして、私ならっ!」

私は刀が刺さる瞬間、リーゼ状態を解除し、人間状態に戻ることによって回避したのだ。意識一つで変えられるこれならば、反応速度はあまり関係はない。
そして人間状態に戻った瞬間に再びリーゼ化する。本来これを瞬時に行うと通常のリーゼ化の十倍以上のセカイを消費することになる。
ボロボロだった装甲は全て修復され、破壊されたバインダーも元通りになった。こんなの、普通のリーゼンゲシュレヒトがやれば一発でセカイ切れになっている。
だが、元々のセカイの容量が私は他と比べて段違いに多い。このくらいの無茶は可能だ。今まで大した意味のない長所だったが、初めて役に立った。

「何度でも再生すればいいわ。何度でも砕くッ!」

ヴィオツィーレンの両手に短機関銃が握られる。銃口が私の方を向き火を吹く。
バインダーを展開し、海面を走りながら弾丸の雨を凌いでいく。撃たれていると近接型の私にはどうしようもない。
エーヴィヒカイトとかならば"セカイの障壁"が使えるのだが、そんな高等テクニックは私には出来ない。
だが、短機関銃程度の攻撃ならばなんとかバインダーで防ぐことが可能だ。そこまで大きいダメージにはならない。
あれほど連発しているのだから、一発一発に込められているセカイも少ないからだ。

「でも、これじゃあジリ貧ですね……」

海面を走っていき、地面を蹴って跳躍し崖に飛び移る。そして壁キックの要領でヴィオツィーレンに突進する。
バインダーを前面に展開しながら刀を構え、短機関銃の弾丸を防いでそのまま突っ込む。

「そんな真っ正面からの突撃なんて!」

短機関銃が消え、代わりに巨大な戦斧が両手に握られる。大きくそれを振りかぶり、こちらに振り下ろす。
凄まじい金属音と共に、白銀の双刀と戦斧がぶつかり合う。火花が散り、力のぶつかり合いになる。

「刀如き、ぶった斬ってやるッ!」

「私の固有兵装が、そんなただの斧で砕けるなんてないっ!」

「っ! なら吹き飛べ!」

斧の凄まじい力で思い切り弾かれ、私の身体が宙を舞う。咄嗟に空中で体勢を立て直し着地する。
休んでいる暇はない。着地点目掛けて、今度は槍を構え突進してくるヴィオツィーレン。前回と同じ、弾丸の如き速度。
だが、これは一度経験している。ならば、回避できるはずだ。きっと、不可能なんかじゃない……!
槍の切っ先は、私の頭部スレスレを通り過ぎて行った。そして、攻撃の硬直の隙が、ヴィオツィーレンに出来る。
それを絶対に見逃さない。絶対に、見逃しちゃいけない。ここで、決める。

「この一撃でっ!」

ヴィオツィーレンの胴体を両断せんと放った斬撃。この距離ならば誰であろうと避けられることはない。
だが、私の刀は空を切っていた。それどころか、ヴィオツィーレンの姿は前面から消え失せていた。
瞬間的に私の頭の中に情報が浮かぶ。咄嗟に回避行動に移ろうとするが、間一髪間に合うことはなかった。
私の背部に襲う衝撃。そのまま吹き飛ばされ、海面に沈む。追撃に備え、必死で起き上がり体勢を立て直す。

「"空間と空間を繋ぐ"能力……。武器庫から武器を出すだけだと思ってましたが、そんな使い方が出来るんですね」

「アンタに"空間転移"を使うことになったのは屈辱だけどね。私としたことが、情けない」

ヴィオツィーレンの能力はセカイの意志の中であまりにも有名な力だ。"エクスツェントリシュ"の中でも非常に代表的な能力。
"空間と空間を繋げる"力。先ほどから数多の武器を使えるのは、彼女が保有する武器庫と空間を繋げ、取り出してるに過ぎない。
そして、それこそがヴィオツィーレンの戦い方。数多の武器を完璧に使いこなし、苦手な距離を持たず、弱点を持たない。
その情報ばかりが一人歩きしすぎて、私もそれに囚われていた。

「私の背後に空間を繋げ、自分を転移したってことですか……!」

「空間と空間を繋げるってのは、そういうことでしょ。でも、もう貴方如きに転移を使うことはさっきので最初で最後よ」

「くっ……!」

西洋剣を構え、こちらに斬りかかるヴィオツィーレン。私はそれを刀で受け止め、反撃せんと刀を振るう。
2本の刀による斬撃を一本の剣だけで全て弾き落とし、こちらに斬りかかってくる。完全に躱すことは出来ず、装甲に傷が走る。
先ほど受けた衝撃も響いている。"即時召喚"という手もあるが、所詮ジリ貧でコストパフォーマンスは悪い。多様するべきではないだろう。
上段から振りかぶられた剣を受け止めるも、そのパワーに圧倒される。いくら折れないと言えど、力が上がるわけではないのだから。

「ディス、エーヴィヒカイトって友人たちの立場で守られて、無駄に年月を重ねてきたアンタ如きに私が負ける?冗談じゃないわよ」

その言語通りだった。私みたいにぬるま湯に漬かって生きてきた私と違い、彼女は幾度の激戦をくぐり抜けてきた。
彼女が戦ってきた間、私は何をしていただろうか?"セカイの意志"の2つの派閥のトップ同士に交流がある私に対して、近付いてくる敵はいなかった。
誰も、近付いてはこなかった。エクスツェントリシュに相応しくない実力に、その立場。疎む人間がいても、危害なんて何も加えられなかった。
他人も、敵も、味方さえも遠ざけて静かに、楽に生きてきた私が、彼女に勝てる道理があるのだろうか?

「あの娘たちの方がアンタなんかより、よっぽど苦労してた!アンタなんかよりよっぽど価値のある人間だった!」

「そんなことっ……!誰に決められるものじゃない!」

「黙れッ!アンタにあの娘たちの何がわかるって言うのよ……!あんな扱いを受けていた日々が……!親から受ける扱いじゃなかった!あれは!」

ヴィオツィーレンの悲痛な叫び。一途な感情が込められた、叩き付けるように伝わってくる意志。
その斬撃に込められた強い意志とは裏腹に、太刀筋が段々と荒くなっていく。無我夢中で、私を壊すための攻撃。
ヴァイスたちにも、そしてヴィオツィーレンにも何かの事情があるし、重い過去もあるのかもしれない。
だけど、だけど。私は、ここで負けるわけにはいかない。

「そんなの!まだ私にわかるわけないじゃないですか!わからないから……、わかろうとするのが大切なんじゃないですか!」

わかろうとすること。本来敵意をぶつけられてもおかしくはない人たちが、私をわかろうとしてくれたことを、知っている。
打算的な部分もあったのかもしれない。同情的な部分もあったのかもしれない。だけど、私が感じた気持ちだけは真実だ。
ヴァイスとシュヴァルツたちとも多少だけど分かり合えたと思う。だから、今は手を取り合うことが出来たのだと思う。
ナハトのことがあったからだったとしても、手を差し延べなければ、取り合うことは出来ない。

「あの娘たちを殺したお前が!今まで楽に生きてきたお前が言えることかッ!」

「だから人の話を聞いてくださいって!ヴァイスとシュヴァルツは生きてますってことを!」

だから、彼女にも伝えたい。彼女がそこまで愛する存在はまだ失っていないんだと。
今は錯乱していてわからないかもしれない。だが、それは諦める理由にはならない。
絶対に負けるわけにはいかないし、絶対に、彼女に対して生きているという事実を伝えたい。

「そんなこと、敵のお前から言われたことを信じられるか!」

「わからず屋っ!」

剣を手放したと思った瞬間、新たに空間から取り出したライフルを私に向け発砲する。
放たれたのは弾丸ではなく、"セカイ"が込められたエネルギーの奔流。その威力は先ほどの短機関銃とは段違いだった。
肩部の装甲にぽっかりと丸い穴が空く。私の中で2つの選択肢が頭によぎる。近付くか、離れるか……。
接近してライフルを撃たせないか、一度離れて回避に専念し、態勢を立て直すか。
ゆっくりと考えたいところだが、それを彼女が許すはずなどない。一度外れたとわかった瞬間、再びこちらに銃口を向ける。

「くっ、一旦態勢を立て直しますっ……!」

エネルギーの光線が私の横を通りすぎていく。連射数や命中精度は短機関銃の比ではないが、その分射程距離や威力が違いすぎる。
バインダーで防御しようものなら軽々とそれを貫き、私の装甲さえも貫通するだろう。それほどの威力があの一撃には込められている。
ライフルの銃口だけに意識を集中し、海面を走りヴィオツィーレンとの距離を取っていく。走る先に回り込むように放たれる光線。
時に停止し、時には前に進んで避けていく。軌道が直線な分、集中していれば回避するのは不可能ではなかった。

「っ、避けてんじゃないわよ。マシンガンと違って一発一発のセカイの消費量も多いんだから……!」

無茶を言う。おそらく直撃したら物凄く痛い。それに一発でかなりのダメージだろう。当たる気なんてない。
被弾コースの光線は刀で切り払う。この光線、見た目の割に速度はそうでもない。普通の銃の弾丸なら切り払うことは出来ない。
そんな反応速度も目も私にはない。だが、この程度の速度、尚且つこれだけ距離が離れていれば刀で充分に防ぐことが出来た。
そのまま海面を走りながら攻防を続け、人気のない浜場に到着する。おそらく遊泳禁止区域だろう。
お互い攻撃を一旦停止して睨み合う。私は突撃するタイミングを、ヴィオツィーレンは……私には、わからない。
だけど、どんな攻撃が来たとしても対処してみせないといけない。近接戦でも、遠距離戦でも。



場所は変わって神守邸別宅。布団に上体だけ起こした態勢の金髪の青年、エーヴィヒカイトは僅かに眼を細めた。
リーゼンゲシュレヒトの力も、これだけの時間が経てばもうすぐ治る寸前までは回復している。
そして、回復した感知能力が揺籃の外れの方向で凄まじい"セカイ"を感知した。それも、2つ。

「このセカイはシュタムファータァに……まさか、ヴィオツィーレンか!?」

脳裏に最悪の光景が浮かぶ。そしてその光景は、今はそうでないだけでいずれ現実の物となるだろう。
シュタムファータァでは、ヴィオツィーレンに敵う道理はない。保守派の代表である自分が全快の時でさえ、勝てる保証はない相手なのだから。
事態は一刻を争う。ここで療養している場合ではない。だが、自分が出ても事態を悪化させるだけだ。

『……シュヴァルツ、シュヴァルツ!聞こえているか!』

念話ですぐさま揺籃に残っているもう一人のリーゼンゲシュレヒト、シュヴァルツに連絡をする。
自分が表立って動けない以上、頼りになるのはもうシュヴァルツしかいないのだから。

『聞こえてるわよ!私もアンタに聞きたかったのよ!これって、やっぱりヴィオ姉の……』

『ああ、その通りだ。ディスがようやく本腰を入れたということだろう』

まさかこんなにも早くヴィオツィーレンを導入してくるとは予想だにしていなかった。
ディスにとってもヴィオツィーレンというカードは切り札の1枚のはず。おそらく、自分が生きていると仮定して先手を打ったのだろう。
俺が回復する前に、最高のカードを持って決着を付ける。そういうつもりなのか。

『エーヴィヒカイト!私に行かせて!』

シュヴァルツが必死そうな声で叫ぶ。懸念していた家族とも言うべき存在が近くにいるのだ。ジッとしていられない気持ちがあるのだろう。
おそらくここに居たのがヴァイスだったとしても同じ反応だっただろう。彼女たちは、家族なのだから。
そんなこと、大して知らない俺にだってわかっている事実。なれば、俺がやることは一つしかない。

『そのつもりだ!いいか、ヴィオツィーレン相手だとお前が行ったところで勝敗は決して揺るがない。これは絶対の事実だ』

シュヴァルツとシュタムファータァが纏めて相手したとしても勝てる確率などそれこそほぼ0%だろう。奇蹟が起きるしか有り得ない天文学的確率だ。
俺はそんな奇蹟には賭けない。現状考えられる中で、一番良い結果をもたらす最善の道を選ぶ。
そして、彼女ならその結果をもたらすことが出来るはずだ。今は、それを信じることしかできない。

『だから、シュヴァルツ。お前は……ヴィオツィーレンを、説得してこい』

『エーヴィヒカイト……』

彼女の言葉なら。家族の言葉ならきっと届く。家族のためにセカイの意志に着いたヴィオツィーレンだ。その事実は、俺は知っている。
保守派の代表である俺だからこそ知り得たことだ。だから、きっとシュヴァルツならやってくれると思える。

『やれるな、シュヴァルツ?』

『……わかったわ。ヴィオ姉は、私が止めてみるわ』

そして念話が切れる。後は、シュヴァルツが間に合うことと、説得に成功することを祈るのみだ。
もし、もし説得に失敗したのなら、もうそれは腹をくくるしかない事態なのだから。そんなことには決してなりたくはない。
奇蹟が起きるか、彼女の説得が成功するか……それとも、全て終わるか。

「こんなときに、力が使えないなんて……。持っている力が出せないなんて」

自分は、なんて無力なんだろうか。こんな立場に付いておいて、どれだけ強力な能力があったとしても。
今の自分は、ただひたすらに……無力だった。




海岸に立つ、白銀の巨人と茶色の巨人。茶色の巨人にはキズひとつなく、大して白銀の……私の方の装甲は傷だらけだ。
私は刀を両手に構え真っ直ぐ向き、ヴィオツィーレンはライフル片手にこちらを真っ直ぐと見据えている。
そのままお互い何も言わずに睨み合う。刀を握る手が震えそうになるのを必死に堪える。
そして……その沈黙を破ったのは、ヴィオツィーレンの方からだった。

「大体アンタだってどうなのよ……」

ヴィオツィーレンが静かにこちらに銃口を向け、ゆっくりと口を開く。

「こんな戦いを何度続けるつもり?万が一私をなんとかしたって、揺籃が終わるまで何度でも攻めてくるわ、セカイの意志は」

たしかにその通りだ。今までにセカイの消滅が免れたケースなど存在しない。故に、この戦いはいつ終わるかなんてわからない。
今ここで難を逃れてもまた再び敵は来る。揺籃が消えるまで、何体も何体も。揺籃を守るには、それら全てに全勝しなくてはならない。
私たちには、ただの一度の敗北も許されない。それは、私もヤスっちさんも最初からわかっていたこと。
そう。そんなことは、この道を選んだときからお互いに言葉を交わさなくてもわかってたはずだ。

「だからって……止めるんですか?終わらない道だからって歩くのを止めるんですか?そんなのって違う。私は、生きてるなんて言えない!」

こちらを狙う銃口から光線が発射される。私はそれを真っ正面から刀で切り払う。続けて発射される光線も、弐の太刀、参の太刀で切り払っていく。
咄嗟にライフルを収納し、すぐさま空間から西洋剣が取り出され振り下ろされる。それを刀で受け止め鍔迫り合いになる。
だが、鍔迫り合いも長くは続かない。パワーでも私は負けているのだ。すぐさま距離を取り、側面から斬りかかる。

「生きてる限り辛いことや苦しいことはあります!そんなの誰だって同じ。だから……ここで止めたら、今までの私と同じだ!」

側面から放った私の渾身の斬撃を、軽々と刀身で受け止められる。そしてヴィオツィーレンの蹴りが私の腹部に直撃する。
蹴りで態勢を崩した私目掛け、思い切り振りかぶりながら上から振り下ろされる巨大な金槌。私はそれをしゃがみながら二本の刀で受け止める。
刀こそ折れないものの、腕に凄まじい負担がかかる。受け止めた衝撃だけで思わず倒れこみそうになるが、必死に耐える。

「たしかに……今までの私は貴女の言う通りディスやエーヴィヒカイトの影でずっと過ごしてきただけでした。何も辛いことなんてなくて、何も嬉しいことなんてなくて!」

震える足に、軋む腕に力を込める。悲観的な考えがどんどん溢れ出てくる心に鞭を入れる。決して、眼は下を向かない。
決して負けない。屈しない。絶対に、ここで倒れるわけにはいかない。

「でも、ディスが私に揺籃の抹消を命じて……信じられなかったし、すごく辛かった。でも、それが生きてるってこと……。そこから、私が初めて生きることが出来た!」

思い切り立ち上がり、その勢いで金槌を押し返す。押し返された衝撃で逆に態勢を崩したヴィオツィーレン目掛け、刀を振るう。
腹部の装甲に薄い切り傷が入る。刃先が軽く当たっただけの、本当に軽いただの掠り。直撃と言うには程遠い一撃だ。
だが、それでも初めて攻撃を当てることが出来た。やっと、やっと一撃だ。これからの、一撃だ。

『泣いてるっての。ハンカチ、いるか?』

ふと脳裏に初めて彼と会ったときの事が思い浮かぶ。公園で一人泣いていた私に、声をかけてくれた。
あのことがなければ、彼が見ず知らずの私を心配してくれなければ、今の自分はなかっただろう。

「泣いていて現実を見てなかった私に、声をかけてくれた人がいた!」

そしてもう一つ思い出すのは、病院の屋上で、私の正体や目的を明かしたときのこと。普通だったのなら私のことを恐れたりするものだ。
だが、彼らは、彼女は恐れることもなく、一人の同じ人間として私に接してくれた。そして、私に素直にどうすればいいか教えてくれた。

『納得してないなら、逆らってもいいんだよ』

千尋さんが言ったその言語でどれだけ救われたことか。きっとそのままだったら、また私は逃げる選択肢を選んでいただろう。
人から言われた道なのかもしれない。自分の意志じゃないと言う人もいるのかもしれない。

「今までただ従っていただけの私に、道を差し伸べてくれた人がいたっ!」

でも、今の私ならば言える。あの時の選択は自分の意志で決めたことだと。私がしたいことを、本心のままやる道を自分で選んだのだと。
そしてその選択肢がたとえどんなに困難な道で、どんな難しい道だったとしても、その選択肢を選んだのは間違いじゃなかったのだと。

「そんな人たちが……揺籃が、私は大好きだからっ……貴女が戦っている間、私はずっと揺籃を見守ってきたんです!」

態勢を立て直したヴィオツィーレンの武器は金槌からマチェットと言うのだろうか。短刀に変わっていた。
そしてこちらの懐に飛び込み、細かい斬撃を何度も何度も放つ。致命的な損傷にはならないが、乱舞によって装甲が段々と削れていく。
この距離では刀は振るえない。そう思い膝蹴りを放つが、ヴィオツィーレンはそれを跳躍して回避すると、そのまま回し蹴りで私を思い切り吹き飛ばす。
海面に無様に叩き付けられるも、すぐさま起き上がり、刀を再び構え直す。

「戦いじゃ貴女には勝てない。でも、だからといって、揺籃を見守って来た私が……揺籃に助けられた私が……揺籃を見捨てるわけにいかないんですっ!」

まだヴィオツィーレンは気付いていない。シュタムファータァ自身も気付いていない。
白銀の機体を中心に風が集まりつつある。海面に徐々に波紋が出来ていくが戦闘に集中している二人が気付くはずもなかった。
海が、大地が。……セカイが、ざわめいていく。

「そんな安っぽい意志一つで現実なんて変わらないんだよッ!そんな意志が……セカイの意志を上回るわけないでしょうがッ!」

そうだ、わかっている。意志一つではたしかに現実は変わることなどない。それが現実でありこの世の定理である。
でも、今の私は一人じゃない。決して私だけの意志ではないのだ。私たちの意志を胸に、私は刀を振るうのだ。
ここで私が倒れてはみんなの意志を失ってしまうかもしれない。今の私は、意志を背負っているのだ。
彼が揺籃を私に任せて行った以上、私はここを守る責務がある。そして、その気持ちが私に力をくれる。

「意志は一つじゃない! それに、"セカイを変える存在がリーゼンゲシュレヒト"だっ!……何より私だって……今は保守派の"セカイの意志"だっ!」

空が震える。大地が揺れる。セカイが、揺れる。
周囲の風が音を立ててシュタムファータァを中心に集まっていく。セカイが収束する。
刀から、装甲から溢れ出す白銀の粒子。そしてその色がエメラルドグリーンへと変化していく。
シュタムファータァのセカイが周囲を覆っていく。世界が、セカイが変わっていく。

「っ……このセカイ、まさか、アンタ如きがっ……!?」

空が震える。

大地が揺れる。

セカイが、揺れる。

そして、セカイは廻り出す――――

 オーバードライブ
『  界侵  ……』

言葉を紡ぐ。脳裏に自然に思い浮かんだ言葉。
胸の奥から熱いモノが溢れていく。セカイが、溢れていく。
そして紡ぎ出すは、自分自身を表す言葉。自分のセカイを表す言葉―――。

  ヴェンデヴェルト
『-廻るセカイ-っ!!』

周囲がエメラルドグリーンの光に包まれていく。海も、大地も何もかもが覆われる。
上空に出現する螺旋を描いたような物体。それは、最初からそこに存在したかのように違和感などない。

セカイは、周囲は先ほどまでの景色とは一変していた。
海面も、大地すらもない。太陽も、雲もない。あまりにも現実離れした空間へと変わっていた。
ここに存在するのは、白銀の機体と、茶色の機体。その2つと、空に浮かぶ螺旋を描いた物体のみだった。
                                 オーバードライブ
セカイが、シュタムファータァのセカイによって侵食されていた。それが、界侵。

「"界侵"……そういえば貴方も、エクスツェントリシュだったわね……。まさか、使えるなんて思ってはいなかったけど」

「自分自身これがなんなのかわかってないです。でも、今の貴方を倒すための力だということは、わかります!」

シュタムファータァ自身には何の変化もない。変わったのは周囲の空間のみ。
傷ついた装甲も、刀も。何一つ変わらないのに。その姿は先ほどより自信に溢れているように見えた。
ゆっくりと刀を構える。切っ先を、真っ直ぐヴィオツィーレンへと差し向ける。

「"界侵"を土壇場で発動しても……私が、アンタなんかに負けるとでも思ってるのかしらっ?」

シュタムファータァがヴィオツィーレン目掛け、双刀を構えて突進する。
ヴィオツィーレンは先ほどまでと変わらず空間から武器を出す。出す武器は盾。カウンターで仕留めてやろう。
手にセカイを込める。……だが、ヴィオツィーレンの手には何も握られてはいなかった。

「なっ……!?なんで、無い……ッ!?」

「これが……これからが、私の反撃ですっ!」

咄嗟に回避行動を取ったヴィオツィーレンを逃さず、白銀の双刀は装甲を十字に切り裂いた。


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