第三話
ケーンはアーリーバードの格納庫で、自分の機体セイバーハウンドASの整備を行っていた。
たった三人のクルーしかいない現状では、こういった雑用も生き残るためには自分の手で行うしかない。
それに、この機体には愛着というものがある。できるだけ自分でメンテをしてやりたいとも思う。
右腕のプラズマトーチ接合部をばらし、エネルギー伝達系の整備をする。
格闘戦というものに、彼は一種独特のこだわりのようなものを持っていた。
それは射撃が苦手だからというわけではなく、相手を倒すならば、かつて存在した騎士のように正々堂々と一対一での戦闘をしたいと望むからである。
戦争というものが集団戦に特化してきている現状では、そういったセンチメンタリズムは時として彼の命をも奪いかねないのだが、どうしても譲れないものはある。
『接近戦ならば、お前に敵う者はいないだろう』
昔、ある人物に言われた言葉。それをいまだに引きずっているのも、ひとつの理由なのだが……。
スパナを放り出し、小型のテレメーターを手にする。ラインを接続、プラズマトーチへの電力供給の調子を見る。
特に問題らしい問題は見当たらない。この機体も、もうずいぶん長いこと使い込んでいるのだが、元々の設計の優秀さと、こまめな整備で何とかここまで持たせているのだ。
セイバーハウンドシリーズの基礎設計は、五年以上前に行われている。
それを試作機として実際にその手でテストしていた彼には、特にこの機体には特別の思いというものがある。
手を休め気がつけば、格納庫のキャットウォーク(張り出し廊下)の上で、セラ=シルバームーンがじっと彼の姿を見下ろしていた。
「どうした? ここにいると油で汚れるし、色々部品とかもあって危ないぞ?」
その言葉も気にしないように、セラは背後からふたつのパックを取り出す。
「コルトさんが、ご飯持っていけって」
どうやらそれはランチパックのようだ。無重力帯でも手軽に食べられるようなハンバーガーなどの食品を詰め合わせたもの。
勿論栄養なども考慮されており、ある意味軍隊におけるMER(軍事携帯食)に近い存在である。
宇宙空間というものは、それなりに栄養素を摂取する必要がある。
特にカルシウムなどは多めにとる必要があるために、一般食であってもそういった点は考慮されているのだ。
「分かった、休憩にするよ。こっちに流してくれ」
手を広げ、ランチパックが流れてくるのを待つ。しかし、無重力の中を流れてきたものはパックではなく、セラ自身だった。
勢いをつけて飛び出しすぎたのか、くるくると回転しながらケーンのほうへ向かっていく。
そのまま結構な勢いで駐機中のセイバーハウンドにぶつかりそうになる所を、慌ててケーンは捕まえた。
「こら、無茶するんじゃない。無重力にはまだ不慣れなんだろう? あまり危ないことはしないほうがいい」
セラを抱きかかえたまま、僅かに格納庫の中を流れる。投げ捨てたスパナが、ゆっくりとその脇を流れていく。
「……子供扱い、しないでください」
「でも、子供だろう?」
「記憶に間違いが無ければ、私は十五年生きています。現代の平均寿命からすれば、充分に子供とは呼べない歳に……」
まだ続けようとするセラを、その手で制すケーン。少女というものは、難しいものなのだろう。特に、このくらいの年齢ならば。
子供でも、大人でもない複雑な一瞬。それは、今この時だけの貴重なものだ。大人にあこがれ、子供である事を願う、矛盾する心。
ケーンは黙って、彼女を抱えたままセイバーハウンドの肩へ流れる。
比較的平らになっているそこならば、落ち着いて食事をとることもできるだろう。ふたり並んで装甲に腰掛ける。
ランチパックを受け取り、蓋を開くケーン。すでに調理器で温められたそれ。ふたつあるということは、セラもここで食事をとるのだろう。
「それで、何の用なんだ? 理由も無く俺のところにきたわけじゃないだろう?」
ハンバーガーを口に運びながら、ケーンは尋ねる。パックのドリンクを口にしながら、少女は上目遣いで彼を振り仰ぐ。
「理由がないと、来ちゃいけないんですか?」
「いや、そういうわけじゃないが……」
困ったような彼の顔を見て、無関心そうに食事を続ける少女。
彼女にとっては、他人のことなどはどうでもいいことなのかもしれない。
ひとりで生きてきたというこの少女には、自分以外は置物のようなものに過ぎず、僅かに自分に関わってきた時にだけ、その目を向けるのだろう。しかし……。
「本当は、お話があったんです。ケーンに、聞きたい事があって」
食事の手を休め、ケーンは少女の言葉に耳を傾ける。
「……どうして、あの時に私を助けたんですか? 私が捕まっても無視すれば、ケーンも余計な事に関わらずに楽に逃げられたかもしれないのに」
彼女の言葉、あの時というのが治安維持部隊の連中からセラを助けた時だったと気がつく。
しかし、その理由はケーン自身にもはっきりとは分からない事なのだ。
最初に暴漢から彼女を助けたのは、ちょっとした正義心からのことだったかもしれない。
しかし、その後に彼女を月から連れ出したのはそういったものとは違う……何か、そうしなければならなかったとしか言いようがない、不可思議な感覚の元での行為だった。
だから、正直に彼女に話すことはいまいち気が乗らない。自分でも理解できない事を、他人に説明できるとは思えない。
ケーンが考え込みつつ黙っていると、セラはうつむいて顔を伏せた。
「やっぱり、ケーンも私のことはどうでもいいんですね……」
そう呟くと、セラは軽くセイバーハウンドの肩の装甲板を蹴る。
格納庫の中を流れる、か細い少女の体。身に纏った、少々サイズが合わずに大きめのオペレーター服がゆらゆらと揺れる。
しかし、移動しようとする力が足りなかったのか、キャットウォークに辿り着く前に減速して、その場を漂ってしまう。
ぱたぱたと手足を振り回してみるが、その身は悪戯に回ってしまうだけである。
「……んっ……きゃっ?」
したばたともがくところに、ケーンが流れてきて抱きかかえる。
そして彼女を連れて格納庫上部のキャットウォークへと、その体を流していった。
気のせいか、どこかうつむきながら姿を消すセラ。ぼんやりとその背を視線で追い、そのまま再び自分の機体へと向かおうとするケーン。
そんな彼の肩を、ぽんと叩く手。振り返れば、そこにはニヤニヤ笑いを浮かべたコルト=マーヴェリックの姿があった。
「ケーン、セラちゃんとの逢引はどうだったよ?」
「何が逢引だ。一緒に食事していただけだ」
「その割には抱き合ったりして、ずいぶん仲がよろしかったようだけどさぁ?」
即座にコルトの胸倉を掴んで、ぶんぶんと振り回すケーン。
くたくたと無重力の中、ニヤニヤ笑いながらなすがままにされるコルト。もはやこういう状況にも慣れっこになっているらしい。
「コルト、お前覗いていたな? 何考えてるんだ!」
「仲間の恋路を生暖かく見守るのも、オレの役目だろう?」
「誰が頼んだ、そんな事! 大体セラと俺とは何でもないっ!」
ひらりとケーンの腕から逃れると、コルトは自分のセイバーハウンドSPへと流れていく。
そのままひらひらと手を振り、ケーンを挑発する彼。
「もてる男は、いつもそう言うんだ。いい加減観念しろっての。それより、そろそろ作戦空域だろ、セラちゃんもブリッジに着いたみたいだし、始めるぞ」
ハッチを閉じ、瞳のメインカメラに灯が灯る。一歩駐機位置から踏み出すセイバーハウンドSP。
揺れる足場からケーンはセイバーハウンドASに飛びつく。すでに暖機は終わっている。いつでも出撃は可能だ。
『ケーン、月防衛ラインまであと五百キロ。防衛サテライトの射程圏内です』
「分かった。セラはアーリーバードを現在位置で固定、主砲とミサイルの準備を。俺達は防衛ラインを突破して月面へ降下、目標の軍事工場を強襲する。サポート、頼む」
どうやら思っていたほど、彼女の機嫌は悪くはないようだ。あまり心配しすぎるのも、杞憂というものだろう。
あの時も、たまたま彼女は何か思うことがあっただけに違いない。
悩みは理解できないが……それは彼女から相談してきた時にでも、考えればいいことだろう。
先発のコルトは、すでに発進シーケンスに入っている。射撃戦用の彼の機体を先に射出する方が、この作戦には相応しい。
目標、敵の軍事工場。施設的には複数の防衛網によって守られている。
まず、月衛星軌道上の自動防衛サテライト。
太陽発電パネルから電力を供給される衛星は、ただ何の意思も持たず無慈悲に爪が届くもの全てを装備されたレーザー砲、ミサイルなどで迎撃するのである。
冷たい兵器。しかしそれは非常に有効な存在であり、脅威でもある。数が揃えば無人兵器といえども、力は計り知れない。
そして衛星兵器群を突破しても、今度は月面に設置された迎撃兵器ネットワーク、通称『ゴーゴン・システム』が待ち構えている。
見たものを石に変えるという怪物の名を冠するそのシステム。
複数のミサイル、レーザー、機関砲などをダイレクトリンク、コントロールしエリア侵入物を確実に排除する。
元々は月面施設への隕石、浮遊物などの落着を防ぐために開発されたものだが、それが極めて軍事的にも有効であったため、更に改良が加えられて現在に至る。
いつの世でも、民生技術の軍事転用というものは起こるものだ。
そして最後の障壁、工場に配備された機動兵器DIS‐HUMAN。
総数は不明だが、生産施設の規模から考えて、稼働状態にある機体は百機以上は存在するだろう。
幸いなのは、それほどの数のパイロットは配備されていないということだ。流石に二機と一隻では、数が違う敵は相手にできない。
だが、簡単に楽観視はできない。この工場には完成した機体のテスト場が併設されている。
そこには、軍でも優秀なテストパイロット達が配属されているはずだった。
彼らが現場にある新型と共に迎撃にあがってくることは、充分に予想ができる。どちらにしても、辛い戦いにはなりそうだ。
ケーンのセイバーハウンドASは慣性カタパルトから射出される。高速で飛翔する機体。
月への降下というものは、地球の大気圏降下よりも軽視されがちなものだが、決して楽なものではないのだ。
重力の影響は確かに存在するし、降下速度をコントロールするための大気の壁も存在しない。
月面は常に自転しているので降下位置の調整も難しい。
推進剤の計算を間違えれば、攻撃に成功はしても月面からの離脱ができなくなる恐れがある。
本来ならば、月面からの離脱には高出力の艦船、もしくは専用のブースターなどが必要になる。
しかしセイバーハウンドの出力ならば、単独での離脱も可能なのだ。
それは、この機体が本来は火星以降の高重力惑星近辺での戦闘に使用される予定だったからである。
木星、土星などの重力圏での戦闘を考慮して、セイバーハウンドには機体各部にスラスターが設置されている。
背部のメイン推進器であるランダムバインダーも高出力のものが搭載されているのだ。それでも、月というものはあらゆる意味で脅威には変わりがない。
「セラ、作戦開始だ。支援砲撃を頼む」
背後から伸びる、ビームとミサイルの火線。アーリーバードの主砲であるプラズマビーム砲と補助兵装である六連装ミサイルランチャーである。
対艦攻撃には若干力不足ではあるが、その主な標的である対地、対機動兵器への有効性は充分なものがある。
それを証明するかのように、前方で火球がいくつも広がる。防衛サテライトが撃墜されているのだ。
巧妙に隠蔽されているはずの防衛衛星だが、セラは才能があるのか、それを巧みに撃墜しているようだ。
戦いにその才を見出すことは、不幸なことなのだが、それも彼女の生い立ちを考えれば分からなくもないことではある。
「コルトは第一防衛ラインを突破したか……第二次防衛ラインの処理は、任せたぞ……」
ケーンは一人呟くと、機体の進路の微調整を行う。すでにいくつものサテライトが、彼に向かって阻止射撃を行っている。
しかし、そんな物に当たってやるわけにはいかない。防衛サテライトの火力は機動兵器搭載のものよりも高威力なのだ。
いくらセイバーハウンドに最後の盾、近接防衛フィールド『デフュージョンスクリーン』が搭載されているとはいえ、迂闊に直撃を受ければただでは済まない。
デフュージョンスクリーンとは、機体の内蔵コンデンサの電力により、一時的に機体の周囲に展開される位相差空間障壁の事である。
ワープ・ドライブの研究中に発見された位相差空間という現象。位相差とは大雑把に言うと時間のズレである。
空間にそれが適用されると、複数の空間が重なり合う現象が起きる。
そこには高エネルギーが発生し、周囲の空間とのエネルギー差が生じる。これが、位相差空間の原理である。
結局その技術は、ワープ航法には利用できず、ワープ自体の研究はまったく進展しなかった。
しかし、その特性に目をつけた技術者がバリアーシステムとして利用する事を思いついたのだ。
そして研究の末、機動兵器搭載サイズまで小型化されたユニットが完成した。
ユニットはそのまま試験的に『ハウンドシリーズ』と呼ばれる機体に搭載されたのである。
一方で、問題もあった。機動兵器サイズの出力では長時間の展開はできず、短時間・一時的な使用に留まる事。
艦船クラスを防衛するには、あまりにも力場が不安定で広範囲の展開が不可能なために、実質的には局部への使用に留まってしまうため採用が見送られた事。
そして何よりも、兵器としてはあまりにもコストがかさんでしまう事……。
以上の理由から、以後あまり普及はせず、量産機への採用は見送られた経緯がある。どちらにしろ、あまり過信はできない技術ではあるのだ。
なおも破壊されていくサテライトの中、セイバーハウンド二機は月面へ向かって降下を開始した。
月面のセレネ工場、そこに隣接した守備部隊駐屯基地では、突然のアラートに兵たちが右往左往していた。
今までここに攻撃を仕掛けてくるものなどいなかったのだから、慌てるのも無理はない。実働部隊とはいえ、実戦はほとんど未経験なのだ。
そんな中、ひとりの男だけは比較的冷静に事態に対処しようとしていた。
「余計な事は考えるな! 各パイロットはそれぞれの機体に乗って待機だ!」
そう言いつつも、自らもハンガーの自分の機体へと走り寄る。
彼の機体は、完成したばかりの試作型であり、塗装もテストカラーの灰色のままだ。
『ヒュペリオン』という名のコードネームをつけられた機体。次期イオカステ軍の主力量産機となる予定のものだ。
「ベルガー大尉、出撃はまだだ。持ち場に戻れ」
そこに現れた上官の言葉に、彼……ウィルヘルム=ベルガー大尉は興奮したように怒鳴りつける。
上官にとる態度ではないのだが、彼の今までの功績はそれだけの無茶を上官に認めさせるものを持っているのだ。
「何故だ大佐! 敵が来ているんだぞ、俺達で迎撃するしかないだろう!」
「迎撃はゴーゴンシステムで行う。たとえ防衛サテライトを抜いても、ここまでは突破できんよ。ましてや相手はたったの二機だ」
「それだけの数で、奇襲をかけてきたのが問題だろうが! よほどの馬鹿か、自信のある奴でなけりゃそんな真似はできない!」
なおも猛るベルガーをちらりと見ると、基地司令である大佐は帽子を目深に被りハンガーを出ていく。
「ならば、相手は馬鹿なのだろうな」
それだけを言い残して。
「くそっ! 上の連中は何を考えているんだ!」
ガンと拳を機体に打ち付けるベルガー。その音に集結しつつあったパイロット達が集まってくる。
「大尉、出撃は取りやめですか?」
「馬鹿を言うな。連中は必ず防衛網を突破してくる。俺達が防ぐんだ。いつでも出られる準備はしておけ!」
敬礼をし、自分の機体へと去っていくパイロット達。
テストパイロットで、優秀だとはいっても、彼らは実戦経験のないヒヨッコばかりだ。
何度か辺境宙域でのゲリラ討伐任務についていた自分が、彼らを引っ張り、守ってやらなければならないだろうとベルガーは考える。
一度も実戦を経験していない十人の兵士よりも、一度でも実戦を潜り抜けたひとりの兵士の方が役に立つ。それが、戦場というものだ。
『敵機、ゴーゴンシステムエリア内に進入。迎撃開始』
側のモニターをつけるベルガー。そこに映し出される、月面の光景。
施設から撃ち出される無数のミサイル。砲台からの雨のようなレーザー砲。複数で弾幕を張る機関砲。
嵐のような火線の中、突き進んでくるふたつの光点。彼の目から見ても、その動きは実に素晴らしいものに映る。
実戦慣れしているのだ……。それこそ一兵士としては羨ましい事である。
飼いならされて終わるのではなく、自ら戦いの中に身を置く事ができる。
戦いの中で生きたいと願うベルガーにとっては、それは理想の生き方にも思える。
だがしかし、体制に反発しようとする事は軍人としては許せないのだ。
キーを叩き、表示を拡大する。赤い機体と、青い機体。その姿は、ベルガー自身、以前どこかで見た覚えがあるものだった。
「……確か、ハウンドシリーズといったか……」
戦術教本の中に出ていたはずだと思い返す。五年前、軍の総力を挙げて建造された試作機動兵器。
数々の新機軸を盛り込んだ機体は、次世代主力機として採用されるはずであった。
しかし、あまりにも高額な装備と、試作機五機のうち三機が破壊、二機が強奪されるという失態のため、結局採用される事は無かった幻の機体。
それが今、目の前にいる。
青い機体が、肩のロケットポッドから何かを発射する。それは直進すると、二機の前で爆発、きらきらと光る何かを周囲に散布した。
そこに直進するミサイルは、方向性を失いあらぬ方向へと飛び去り、突き抜けようとするレーザーは傍目にも分かるほどにその威力を減衰させられている。
「AML粒子弾か……」
AML粒子、アンチ・ミサイル・レーザー粒子。
ミサイルの誘導をかく乱するチャフとレーザーの威力を減衰させる特殊粒子を組み合わせた防衛兵器である。
技術が進歩し、光学センサーなどが実用化された現在においても、ミサイルの誘導機能はコストゆえに簡略化されるのが普通であり、故にかく乱する事はさほど難しいことではない。
レーザーにしても、威力はしばしば過信されやすいが、その光学的特性のために濃密な水蒸気など大気中や水中ではその威力は大きく削がれてしまう。
そのために、特殊な粒子を散布する事によって容易く無力化することもできるのだ。
しかし、それは一方で使用した側も兵器の運用に制限が出るということでもある。
そのためにごく一部の例外的な状況を除いて、あまり多用はされないものなのだが……。
このような場面において、二機の敵機は特殊兵器を使用している。それはあくまでも現空域での戦闘を考えてはいないということであり……。
「真っ直ぐここに来るな……。各機、出撃だ!」
「しかし大尉、まだ出撃命令は……」
口答えをするパイロットを睨みつけるベルガー。
「どのみち、対空機関砲だけでは奴らは抑えられん。戦場では臨機応変に行動しなければ、生き残れんぞ。さっさと準備をしろ!」
慌てて自分達の機体に乗り込むパイロット達。ベルガーもヒュペリオンのコックピットに着く。
すでに何度も実戦形式のテストはしているものの、本当の実戦というのはこの機体も部下のパイロット達も初めてである。
「あまり、無理はできんか……」
機体を発進位置につける。部下の事を考えれば、先陣を切ってやらなければならない立場だ。
「ヒュペリオン、出るぞ!」
そのまま格納庫から飛び出す。周囲からは撃ち出される銃弾が無数に漆黒の空を彩っている。
彼らが発進する事はまだ伝えられてはいないだろうから、進路確保のために銃撃がやむ事はないだろう。
一歩間違えば味方に落とされる。後続の味方機を確認するのを忘れないベルガー。
自分が鍛え上げたも同然のパイロット連中なのだ、この程度の味方の攻撃で落とされるような奴はいない……。
「……来たか」
上空から迫る敵機。赤い奴が前に出て、それを青い奴がサポートするらしい。だが、所詮はたったの二機。
ベルガー側には彼自身を含めて十機の機体が出ている。いくら腕が良くても、逃れられるとは思えない。
後続の味方機が射撃を開始する。ガイアス‐HG、『HIGH‐GRAVITY』タイプ。
木星、土星圏での高重力下での戦闘を目的として、ガイアスを改修した機体である。
全体的にスラスター出力などを向上させ、主武装のプラズマビームライフルの出力も強化。
特に重力の影響を受けやすい実体兵器の装備はされていない。
ジェネレーター、プロペラント等の改修は小規模に済まされているため、実質的な稼働時間は若干低下している。
「ちっ、まだ早い! 充分に引き付けて撃てと、あれほど教えただろうが!」
予想通り、敵機は襲い来るビームの雨を難なくかわしていく。
戦闘の基本は、いかに遠くから当てるかではない。いかに当たる距離まで引きつけるかなのだ。
敵機はすでに基地の最終防衛ラインまで到達している。これ以上前進させるわけにはいかない。
「好き勝手にはやらせん!」
ベルガーはスラスターを吹かし、赤い敵機に向かって突き進む。見たところ、近接戦闘用の装備をしているらしい敵。
ならばその作戦に乗ってやろう。ベルガーも接近戦には多少の覚えがある、引けをとるとは思えない。
高加速する敵に張り付く。そしてプラズマトーチを展開し斬りかかる。
初撃をかわし、同じくプラズマトーチを展開する赤い敵機。そのまま幾度となく切り結ぶ。
「……こいつ、予想以上にできる……」
ベルガーの斬撃を、ことごとくいなす。よほど経験を積まなければ、そんな真似はできない。
ましてや、機械のサポートに頼っているようなパイロットでは、このような動きができるはずがない。
一端距離をとり、腰部グレネードラックからグレネードを発射する。勿論、直撃を期待してのものではない。
一瞬の目くらまし。そして隙ができたところで、必殺の一撃を叩き込む。
飛来するグレネードを切り払う敵。一瞬の隙を見出すベルガー。
「貰ったぞ!」
しかし、そこからの敵の動きは、ベルガーには神業に見えた。
振り下ろされるヒュペリオンのプラズマトーチを片腕のプラズマトーチで受け止め、もう片方の腕に装備されたプラズマトーチでヒュペリオンの片腕を断ち切る。
言葉にすれば容易いが、接戦の中でそのような真似ができるパイロットというものに、ベルガーは今まで出会ったことがない。
気がつけば、僚機のガイアスHGが次々と青い敵機に落とされているところであった。
どうやらあちらが攻撃の本命で、赤い敵は攻撃をひきつける囮であったらしい。
ベルガー自身こそがまんまとそれに引っかかってしまったというわけだ。
残された片腕にプラズマライフルを持たせ、牽制の射撃をしながら後退する。
もはや味方は総崩れだ。自分が率先して罠にかかったのでは、こうなるのも必然だったという事だろう。
隙を逃さずに青い敵機の長距離狙撃が、工場のエネルギープラントに突き刺さる。
誘爆し、跡形もなく吹き飛ぶプラント。
太陽発電ユニットからのエネルギー供給を受けやすいようにと、大半が露出型として作られていたのが仇となった。
これで工場の生産ラインは、当分の間はストップせざるを得ないだろう。敵機の目的は達せられたのだ。
すばやく後退していく敵。自分には、何もできなかった。その事が、たまらなく悔しい。
ぎりっと奥歯を噛み締めるベルガー。これだけの戦力がありながら、たった二機の相手にきりきり舞いをさせられるとは。
これでは、宇宙軍の恥さらしではないか。
被っていたヘルメットを脱ぎ、モニターに叩きつける。この屈辱は、忘れはしない。
いつか必ず、奴らをこの手で倒して見せる。そのためには……。
以前自分が所属していた対ゲリラ戦部隊がある。復帰を上申しなければならない。
降格扱いになろうとも、知ったことか。この痛みを晴らすまでは……どんな屈辱も甘んじて受けよう。
ベルガーは生き残りの味方を纏めると、半壊した格納庫へと機体を滑らせて行った。
「あ、お帰りなさい……」
セラがシートから立ち上がり、ブリッジへと戻ってきたふたりを出迎える。
「ただいまセラちゃん、初めての実戦参加は、どうだった?」
「あまりよく分かりません。無我夢中でしたから」
無人の防衛衛星相手とはいえ、彼女の初陣には変わりがない。多少は気分の変化もあるかと思ったが、案外彼女は冷静なようだ。
柄にもなくセラを心配する辺り、コルトも多少は人の心の機敏が分かっているのだろう。
「それじゃオレ、ネイビーラムでも舐めてくるわ。彼女のメンタルケアーは頼むよ、ケーン!」
そのままふらふらとブリッジを出ていくコルト。
「おいこら、あれは緊急時の気付け用だろうが! おいコルト!」
ケーンの引き止める声に見向きもせず、ひらひらと手を振って出ていくコルト。後にはケーンとセラだけが残された。
「まったく……あいつにも困ったもんだ」
「ケーン、怖くありませんでしたか?」
振り向けば、自分を見上げるようなセラの姿。その顔色は、僅かに悪い。
「私は、怖かったです。あのレーザーが、ミサイルが直撃するだけで、私みたいなちっぽけな命はあっという間に宇宙に消えてしまうんだって……」
「そう簡単に人は死なないさ。俺だって何度も戦っているが、まだ死んじゃいないだろ?」
「それは、ケーンが強いからです。私は弱くて、何もできない……」
沈み込む彼女の背に、そっと手を添える。予想以上に小さな、その体。
「俺だって万能じゃない。コルトやセラがいてくれないと、あっという間にやられてしまうだろう。今回だって、敵に一人、強烈なのがいた」
その言葉に、セラも沈み込んでいた顔を上げる。
「一瞬でも判断を間違えていたなら、俺がやられていただろう。そういう相手もいるんだ。支えてくれる人間は必要だよ」
「ケーンは……私の事を、必要としてくれるんですか?」
「ああ、いてくれないと困る」
どこか満足げに、ほぅとため息をつく少女。
誰からも必要とされていなかった自分。それを必要だと言ってくれる存在。それが、無性に嬉しい。
「それでケーン、これからどうするんですか?」
「そうだな……月を出た艦隊の動向が気になる。後を追って様子を探ってみる必要があるな……」
と、ブリッジへ息せき切って飛び込んでくるコルト。何事が起こったのか。船内備品のラム酒を、全て飲み干してしまったとでもいうのだろうか。
「ケーン、チャンネル192だ! ディオニュソスの放送をやってる!」
セラに目配せすると、すかさず彼女はメインモニターにチャンネルを合わせる。そこに映し出されたものは、無残にも破壊されつくした艦隊の姿。
かろうじて読み取れるマーキングからは、それが火星駐留艦隊の所属であることが窺える。
『……我々は、悪しき地球圏の癌である統合政府イオカステの尖兵を打ち破った。しかし、これは始まりに過ぎないのである。我ら優秀なるディオニュソスの兵たちは、必ずやイオカステを殲滅し、この地球圏に絶対的な平和をもたらすであろう!』
「……欺瞞放送じゃないのか? そう簡単に火星の艦隊が敗れる事があるはずがない」
「残念ながら、こりゃ事実だろうな。ディオニュソスはそれだけの力を持ってるってことだ」
「何故そう言いきれる、コルト?」
しばし沈黙が満ちる。じっと目線を合わせるケーンとコルト。その間には、無音の火花が散っているようにも思える。
やがてコルトは踵を返すと、無言でブリッジから出て行った。
「ケーン……」
「ああ、気にするな。あいつはいつもあの調子だからな。肝心な事は何一つ話そうとしない。まぁ、いい加減慣れたけどな」
「仲間なら、仲良くしてください」
セラの言葉に、ケーンもあっけなく頷く。
「そうだな……そうするよ。心配してくれて、ありがとうな」
ぽんと彼女の頭に手を置く。それをセラは、少しくすぐったそうに受け止めた。
「……君の要望はよく分かった。すぐに対ゲリラ特務部隊への転属を認めよう」
「はっ、ありがとうございます」
ウィルヘルム=ベルガーは執務室内で、軍の上層部の人間と会話していた。自分の転属願いが受理された事に安堵の表情を浮かべる。
「しかし、テスト部隊のエリートが再び実戦に戻ろうとは……先の事件は、君の責任ではないのだぞ?」
「分かっています。しかし、自分は連中に恥をかかされた。部下の問題もある。
再び奴らを捕らえ、この手で倒すまでは自分の戦いは終わらないのです」
深いため息をつき、眉間を揉み解す上官。そこには、だいぶ呆れた表情が含まれている。
自分から危険な最前線を希望する人間のことなど、彼に分かろうはずがないのだ。
「しかし、あの敵は君が相手をすることもなく終わるかもしれんぞ?」
「それはどういうことでありましょうか?」
上官は無言で背後のモニターを点灯させる。そこに映し出される、三機のDIS‐HUMAN。
黄色と黒の警戒色で塗装されたそれは、軍に身を置くものならば、誰もが知っているだろう。
禍々しささえ放つその姿、間違いなく……。
「まさか、懲罰部隊を送るのか!」
「軍の上層部は、それが最も効果的だと判断したのだ。『トライファング』ならば、小うるさい連中を始末できると」
トライファング。それは軍の中でも問題のある三人のパイロットを集めた特務部隊である。
本来は脱走兵の処分などをその任務としているのだが、時として裏の汚い仕事を引き受けることもあるという。
仕事振りは実に冷酷、かつ強引なもので、周囲への被害も考えずに兵器を運用するその姿は、『番犬』として軍の内部でも恐怖の対象となっている。
彼らの駆る特殊戦用のDIS‐HUMANと相まって、軍の内部では非常に恐れられているのだ。
「あんな連中に頼らずとも、俺がゲリラなど始末してみせる! 何故、よりにもよって!」
「私とて、この決定は気に入らん。しかし、上の決めたことだ。今更変更は利かんよ」
憎々しげにモニターを睨みつけるベルガー。そこには、発進準備を整えるトライファング隊の姿。
増加ブースターをつけ、今すぐにでも発進できるようだ。
『俺が行くまで、くたばるんじゃねえぞ、ゲリラども……』
ベルガーとしては、願うしかないのである。
ケーンはアーリーバードの格納庫で、自分の機体セイバーハウンドASの整備を行っていた。
たった三人のクルーしかいない現状では、こういった雑用も生き残るためには自分の手で行うしかない。
それに、この機体には愛着というものがある。できるだけ自分でメンテをしてやりたいとも思う。
右腕のプラズマトーチ接合部をばらし、エネルギー伝達系の整備をする。
格闘戦というものに、彼は一種独特のこだわりのようなものを持っていた。
それは射撃が苦手だからというわけではなく、相手を倒すならば、かつて存在した騎士のように正々堂々と一対一での戦闘をしたいと望むからである。
戦争というものが集団戦に特化してきている現状では、そういったセンチメンタリズムは時として彼の命をも奪いかねないのだが、どうしても譲れないものはある。
『接近戦ならば、お前に敵う者はいないだろう』
昔、ある人物に言われた言葉。それをいまだに引きずっているのも、ひとつの理由なのだが……。
スパナを放り出し、小型のテレメーターを手にする。ラインを接続、プラズマトーチへの電力供給の調子を見る。
特に問題らしい問題は見当たらない。この機体も、もうずいぶん長いこと使い込んでいるのだが、元々の設計の優秀さと、こまめな整備で何とかここまで持たせているのだ。
セイバーハウンドシリーズの基礎設計は、五年以上前に行われている。
それを試作機として実際にその手でテストしていた彼には、特にこの機体には特別の思いというものがある。
手を休め気がつけば、格納庫のキャットウォーク(張り出し廊下)の上で、セラ=シルバームーンがじっと彼の姿を見下ろしていた。
「どうした? ここにいると油で汚れるし、色々部品とかもあって危ないぞ?」
その言葉も気にしないように、セラは背後からふたつのパックを取り出す。
「コルトさんが、ご飯持っていけって」
どうやらそれはランチパックのようだ。無重力帯でも手軽に食べられるようなハンバーガーなどの食品を詰め合わせたもの。
勿論栄養なども考慮されており、ある意味軍隊におけるMER(軍事携帯食)に近い存在である。
宇宙空間というものは、それなりに栄養素を摂取する必要がある。
特にカルシウムなどは多めにとる必要があるために、一般食であってもそういった点は考慮されているのだ。
「分かった、休憩にするよ。こっちに流してくれ」
手を広げ、ランチパックが流れてくるのを待つ。しかし、無重力の中を流れてきたものはパックではなく、セラ自身だった。
勢いをつけて飛び出しすぎたのか、くるくると回転しながらケーンのほうへ向かっていく。
そのまま結構な勢いで駐機中のセイバーハウンドにぶつかりそうになる所を、慌ててケーンは捕まえた。
「こら、無茶するんじゃない。無重力にはまだ不慣れなんだろう? あまり危ないことはしないほうがいい」
セラを抱きかかえたまま、僅かに格納庫の中を流れる。投げ捨てたスパナが、ゆっくりとその脇を流れていく。
「……子供扱い、しないでください」
「でも、子供だろう?」
「記憶に間違いが無ければ、私は十五年生きています。現代の平均寿命からすれば、充分に子供とは呼べない歳に……」
まだ続けようとするセラを、その手で制すケーン。少女というものは、難しいものなのだろう。特に、このくらいの年齢ならば。
子供でも、大人でもない複雑な一瞬。それは、今この時だけの貴重なものだ。大人にあこがれ、子供である事を願う、矛盾する心。
ケーンは黙って、彼女を抱えたままセイバーハウンドの肩へ流れる。
比較的平らになっているそこならば、落ち着いて食事をとることもできるだろう。ふたり並んで装甲に腰掛ける。
ランチパックを受け取り、蓋を開くケーン。すでに調理器で温められたそれ。ふたつあるということは、セラもここで食事をとるのだろう。
「それで、何の用なんだ? 理由も無く俺のところにきたわけじゃないだろう?」
ハンバーガーを口に運びながら、ケーンは尋ねる。パックのドリンクを口にしながら、少女は上目遣いで彼を振り仰ぐ。
「理由がないと、来ちゃいけないんですか?」
「いや、そういうわけじゃないが……」
困ったような彼の顔を見て、無関心そうに食事を続ける少女。
彼女にとっては、他人のことなどはどうでもいいことなのかもしれない。
ひとりで生きてきたというこの少女には、自分以外は置物のようなものに過ぎず、僅かに自分に関わってきた時にだけ、その目を向けるのだろう。しかし……。
「本当は、お話があったんです。ケーンに、聞きたい事があって」
食事の手を休め、ケーンは少女の言葉に耳を傾ける。
「……どうして、あの時に私を助けたんですか? 私が捕まっても無視すれば、ケーンも余計な事に関わらずに楽に逃げられたかもしれないのに」
彼女の言葉、あの時というのが治安維持部隊の連中からセラを助けた時だったと気がつく。
しかし、その理由はケーン自身にもはっきりとは分からない事なのだ。
最初に暴漢から彼女を助けたのは、ちょっとした正義心からのことだったかもしれない。
しかし、その後に彼女を月から連れ出したのはそういったものとは違う……何か、そうしなければならなかったとしか言いようがない、不可思議な感覚の元での行為だった。
だから、正直に彼女に話すことはいまいち気が乗らない。自分でも理解できない事を、他人に説明できるとは思えない。
ケーンが考え込みつつ黙っていると、セラはうつむいて顔を伏せた。
「やっぱり、ケーンも私のことはどうでもいいんですね……」
そう呟くと、セラは軽くセイバーハウンドの肩の装甲板を蹴る。
格納庫の中を流れる、か細い少女の体。身に纏った、少々サイズが合わずに大きめのオペレーター服がゆらゆらと揺れる。
しかし、移動しようとする力が足りなかったのか、キャットウォークに辿り着く前に減速して、その場を漂ってしまう。
ぱたぱたと手足を振り回してみるが、その身は悪戯に回ってしまうだけである。
「……んっ……きゃっ?」
したばたともがくところに、ケーンが流れてきて抱きかかえる。
そして彼女を連れて格納庫上部のキャットウォークへと、その体を流していった。
気のせいか、どこかうつむきながら姿を消すセラ。ぼんやりとその背を視線で追い、そのまま再び自分の機体へと向かおうとするケーン。
そんな彼の肩を、ぽんと叩く手。振り返れば、そこにはニヤニヤ笑いを浮かべたコルト=マーヴェリックの姿があった。
「ケーン、セラちゃんとの逢引はどうだったよ?」
「何が逢引だ。一緒に食事していただけだ」
「その割には抱き合ったりして、ずいぶん仲がよろしかったようだけどさぁ?」
即座にコルトの胸倉を掴んで、ぶんぶんと振り回すケーン。
くたくたと無重力の中、ニヤニヤ笑いながらなすがままにされるコルト。もはやこういう状況にも慣れっこになっているらしい。
「コルト、お前覗いていたな? 何考えてるんだ!」
「仲間の恋路を生暖かく見守るのも、オレの役目だろう?」
「誰が頼んだ、そんな事! 大体セラと俺とは何でもないっ!」
ひらりとケーンの腕から逃れると、コルトは自分のセイバーハウンドSPへと流れていく。
そのままひらひらと手を振り、ケーンを挑発する彼。
「もてる男は、いつもそう言うんだ。いい加減観念しろっての。それより、そろそろ作戦空域だろ、セラちゃんもブリッジに着いたみたいだし、始めるぞ」
ハッチを閉じ、瞳のメインカメラに灯が灯る。一歩駐機位置から踏み出すセイバーハウンドSP。
揺れる足場からケーンはセイバーハウンドASに飛びつく。すでに暖機は終わっている。いつでも出撃は可能だ。
『ケーン、月防衛ラインまであと五百キロ。防衛サテライトの射程圏内です』
「分かった。セラはアーリーバードを現在位置で固定、主砲とミサイルの準備を。俺達は防衛ラインを突破して月面へ降下、目標の軍事工場を強襲する。サポート、頼む」
どうやら思っていたほど、彼女の機嫌は悪くはないようだ。あまり心配しすぎるのも、杞憂というものだろう。
あの時も、たまたま彼女は何か思うことがあっただけに違いない。
悩みは理解できないが……それは彼女から相談してきた時にでも、考えればいいことだろう。
先発のコルトは、すでに発進シーケンスに入っている。射撃戦用の彼の機体を先に射出する方が、この作戦には相応しい。
目標、敵の軍事工場。施設的には複数の防衛網によって守られている。
まず、月衛星軌道上の自動防衛サテライト。
太陽発電パネルから電力を供給される衛星は、ただ何の意思も持たず無慈悲に爪が届くもの全てを装備されたレーザー砲、ミサイルなどで迎撃するのである。
冷たい兵器。しかしそれは非常に有効な存在であり、脅威でもある。数が揃えば無人兵器といえども、力は計り知れない。
そして衛星兵器群を突破しても、今度は月面に設置された迎撃兵器ネットワーク、通称『ゴーゴン・システム』が待ち構えている。
見たものを石に変えるという怪物の名を冠するそのシステム。
複数のミサイル、レーザー、機関砲などをダイレクトリンク、コントロールしエリア侵入物を確実に排除する。
元々は月面施設への隕石、浮遊物などの落着を防ぐために開発されたものだが、それが極めて軍事的にも有効であったため、更に改良が加えられて現在に至る。
いつの世でも、民生技術の軍事転用というものは起こるものだ。
そして最後の障壁、工場に配備された機動兵器DIS‐HUMAN。
総数は不明だが、生産施設の規模から考えて、稼働状態にある機体は百機以上は存在するだろう。
幸いなのは、それほどの数のパイロットは配備されていないということだ。流石に二機と一隻では、数が違う敵は相手にできない。
だが、簡単に楽観視はできない。この工場には完成した機体のテスト場が併設されている。
そこには、軍でも優秀なテストパイロット達が配属されているはずだった。
彼らが現場にある新型と共に迎撃にあがってくることは、充分に予想ができる。どちらにしても、辛い戦いにはなりそうだ。
ケーンのセイバーハウンドASは慣性カタパルトから射出される。高速で飛翔する機体。
月への降下というものは、地球の大気圏降下よりも軽視されがちなものだが、決して楽なものではないのだ。
重力の影響は確かに存在するし、降下速度をコントロールするための大気の壁も存在しない。
月面は常に自転しているので降下位置の調整も難しい。
推進剤の計算を間違えれば、攻撃に成功はしても月面からの離脱ができなくなる恐れがある。
本来ならば、月面からの離脱には高出力の艦船、もしくは専用のブースターなどが必要になる。
しかしセイバーハウンドの出力ならば、単独での離脱も可能なのだ。
それは、この機体が本来は火星以降の高重力惑星近辺での戦闘に使用される予定だったからである。
木星、土星などの重力圏での戦闘を考慮して、セイバーハウンドには機体各部にスラスターが設置されている。
背部のメイン推進器であるランダムバインダーも高出力のものが搭載されているのだ。それでも、月というものはあらゆる意味で脅威には変わりがない。
「セラ、作戦開始だ。支援砲撃を頼む」
背後から伸びる、ビームとミサイルの火線。アーリーバードの主砲であるプラズマビーム砲と補助兵装である六連装ミサイルランチャーである。
対艦攻撃には若干力不足ではあるが、その主な標的である対地、対機動兵器への有効性は充分なものがある。
それを証明するかのように、前方で火球がいくつも広がる。防衛サテライトが撃墜されているのだ。
巧妙に隠蔽されているはずの防衛衛星だが、セラは才能があるのか、それを巧みに撃墜しているようだ。
戦いにその才を見出すことは、不幸なことなのだが、それも彼女の生い立ちを考えれば分からなくもないことではある。
「コルトは第一防衛ラインを突破したか……第二次防衛ラインの処理は、任せたぞ……」
ケーンは一人呟くと、機体の進路の微調整を行う。すでにいくつものサテライトが、彼に向かって阻止射撃を行っている。
しかし、そんな物に当たってやるわけにはいかない。防衛サテライトの火力は機動兵器搭載のものよりも高威力なのだ。
いくらセイバーハウンドに最後の盾、近接防衛フィールド『デフュージョンスクリーン』が搭載されているとはいえ、迂闊に直撃を受ければただでは済まない。
デフュージョンスクリーンとは、機体の内蔵コンデンサの電力により、一時的に機体の周囲に展開される位相差空間障壁の事である。
ワープ・ドライブの研究中に発見された位相差空間という現象。位相差とは大雑把に言うと時間のズレである。
空間にそれが適用されると、複数の空間が重なり合う現象が起きる。
そこには高エネルギーが発生し、周囲の空間とのエネルギー差が生じる。これが、位相差空間の原理である。
結局その技術は、ワープ航法には利用できず、ワープ自体の研究はまったく進展しなかった。
しかし、その特性に目をつけた技術者がバリアーシステムとして利用する事を思いついたのだ。
そして研究の末、機動兵器搭載サイズまで小型化されたユニットが完成した。
ユニットはそのまま試験的に『ハウンドシリーズ』と呼ばれる機体に搭載されたのである。
一方で、問題もあった。機動兵器サイズの出力では長時間の展開はできず、短時間・一時的な使用に留まる事。
艦船クラスを防衛するには、あまりにも力場が不安定で広範囲の展開が不可能なために、実質的には局部への使用に留まってしまうため採用が見送られた事。
そして何よりも、兵器としてはあまりにもコストがかさんでしまう事……。
以上の理由から、以後あまり普及はせず、量産機への採用は見送られた経緯がある。どちらにしろ、あまり過信はできない技術ではあるのだ。
なおも破壊されていくサテライトの中、セイバーハウンド二機は月面へ向かって降下を開始した。
月面のセレネ工場、そこに隣接した守備部隊駐屯基地では、突然のアラートに兵たちが右往左往していた。
今までここに攻撃を仕掛けてくるものなどいなかったのだから、慌てるのも無理はない。実働部隊とはいえ、実戦はほとんど未経験なのだ。
そんな中、ひとりの男だけは比較的冷静に事態に対処しようとしていた。
「余計な事は考えるな! 各パイロットはそれぞれの機体に乗って待機だ!」
そう言いつつも、自らもハンガーの自分の機体へと走り寄る。
彼の機体は、完成したばかりの試作型であり、塗装もテストカラーの灰色のままだ。
『ヒュペリオン』という名のコードネームをつけられた機体。次期イオカステ軍の主力量産機となる予定のものだ。
「ベルガー大尉、出撃はまだだ。持ち場に戻れ」
そこに現れた上官の言葉に、彼……ウィルヘルム=ベルガー大尉は興奮したように怒鳴りつける。
上官にとる態度ではないのだが、彼の今までの功績はそれだけの無茶を上官に認めさせるものを持っているのだ。
「何故だ大佐! 敵が来ているんだぞ、俺達で迎撃するしかないだろう!」
「迎撃はゴーゴンシステムで行う。たとえ防衛サテライトを抜いても、ここまでは突破できんよ。ましてや相手はたったの二機だ」
「それだけの数で、奇襲をかけてきたのが問題だろうが! よほどの馬鹿か、自信のある奴でなけりゃそんな真似はできない!」
なおも猛るベルガーをちらりと見ると、基地司令である大佐は帽子を目深に被りハンガーを出ていく。
「ならば、相手は馬鹿なのだろうな」
それだけを言い残して。
「くそっ! 上の連中は何を考えているんだ!」
ガンと拳を機体に打ち付けるベルガー。その音に集結しつつあったパイロット達が集まってくる。
「大尉、出撃は取りやめですか?」
「馬鹿を言うな。連中は必ず防衛網を突破してくる。俺達が防ぐんだ。いつでも出られる準備はしておけ!」
敬礼をし、自分の機体へと去っていくパイロット達。
テストパイロットで、優秀だとはいっても、彼らは実戦経験のないヒヨッコばかりだ。
何度か辺境宙域でのゲリラ討伐任務についていた自分が、彼らを引っ張り、守ってやらなければならないだろうとベルガーは考える。
一度も実戦を経験していない十人の兵士よりも、一度でも実戦を潜り抜けたひとりの兵士の方が役に立つ。それが、戦場というものだ。
『敵機、ゴーゴンシステムエリア内に進入。迎撃開始』
側のモニターをつけるベルガー。そこに映し出される、月面の光景。
施設から撃ち出される無数のミサイル。砲台からの雨のようなレーザー砲。複数で弾幕を張る機関砲。
嵐のような火線の中、突き進んでくるふたつの光点。彼の目から見ても、その動きは実に素晴らしいものに映る。
実戦慣れしているのだ……。それこそ一兵士としては羨ましい事である。
飼いならされて終わるのではなく、自ら戦いの中に身を置く事ができる。
戦いの中で生きたいと願うベルガーにとっては、それは理想の生き方にも思える。
だがしかし、体制に反発しようとする事は軍人としては許せないのだ。
キーを叩き、表示を拡大する。赤い機体と、青い機体。その姿は、ベルガー自身、以前どこかで見た覚えがあるものだった。
「……確か、ハウンドシリーズといったか……」
戦術教本の中に出ていたはずだと思い返す。五年前、軍の総力を挙げて建造された試作機動兵器。
数々の新機軸を盛り込んだ機体は、次世代主力機として採用されるはずであった。
しかし、あまりにも高額な装備と、試作機五機のうち三機が破壊、二機が強奪されるという失態のため、結局採用される事は無かった幻の機体。
それが今、目の前にいる。
青い機体が、肩のロケットポッドから何かを発射する。それは直進すると、二機の前で爆発、きらきらと光る何かを周囲に散布した。
そこに直進するミサイルは、方向性を失いあらぬ方向へと飛び去り、突き抜けようとするレーザーは傍目にも分かるほどにその威力を減衰させられている。
「AML粒子弾か……」
AML粒子、アンチ・ミサイル・レーザー粒子。
ミサイルの誘導をかく乱するチャフとレーザーの威力を減衰させる特殊粒子を組み合わせた防衛兵器である。
技術が進歩し、光学センサーなどが実用化された現在においても、ミサイルの誘導機能はコストゆえに簡略化されるのが普通であり、故にかく乱する事はさほど難しいことではない。
レーザーにしても、威力はしばしば過信されやすいが、その光学的特性のために濃密な水蒸気など大気中や水中ではその威力は大きく削がれてしまう。
そのために、特殊な粒子を散布する事によって容易く無力化することもできるのだ。
しかし、それは一方で使用した側も兵器の運用に制限が出るということでもある。
そのためにごく一部の例外的な状況を除いて、あまり多用はされないものなのだが……。
このような場面において、二機の敵機は特殊兵器を使用している。それはあくまでも現空域での戦闘を考えてはいないということであり……。
「真っ直ぐここに来るな……。各機、出撃だ!」
「しかし大尉、まだ出撃命令は……」
口答えをするパイロットを睨みつけるベルガー。
「どのみち、対空機関砲だけでは奴らは抑えられん。戦場では臨機応変に行動しなければ、生き残れんぞ。さっさと準備をしろ!」
慌てて自分達の機体に乗り込むパイロット達。ベルガーもヒュペリオンのコックピットに着く。
すでに何度も実戦形式のテストはしているものの、本当の実戦というのはこの機体も部下のパイロット達も初めてである。
「あまり、無理はできんか……」
機体を発進位置につける。部下の事を考えれば、先陣を切ってやらなければならない立場だ。
「ヒュペリオン、出るぞ!」
そのまま格納庫から飛び出す。周囲からは撃ち出される銃弾が無数に漆黒の空を彩っている。
彼らが発進する事はまだ伝えられてはいないだろうから、進路確保のために銃撃がやむ事はないだろう。
一歩間違えば味方に落とされる。後続の味方機を確認するのを忘れないベルガー。
自分が鍛え上げたも同然のパイロット連中なのだ、この程度の味方の攻撃で落とされるような奴はいない……。
「……来たか」
上空から迫る敵機。赤い奴が前に出て、それを青い奴がサポートするらしい。だが、所詮はたったの二機。
ベルガー側には彼自身を含めて十機の機体が出ている。いくら腕が良くても、逃れられるとは思えない。
後続の味方機が射撃を開始する。ガイアス‐HG、『HIGH‐GRAVITY』タイプ。
木星、土星圏での高重力下での戦闘を目的として、ガイアスを改修した機体である。
全体的にスラスター出力などを向上させ、主武装のプラズマビームライフルの出力も強化。
特に重力の影響を受けやすい実体兵器の装備はされていない。
ジェネレーター、プロペラント等の改修は小規模に済まされているため、実質的な稼働時間は若干低下している。
「ちっ、まだ早い! 充分に引き付けて撃てと、あれほど教えただろうが!」
予想通り、敵機は襲い来るビームの雨を難なくかわしていく。
戦闘の基本は、いかに遠くから当てるかではない。いかに当たる距離まで引きつけるかなのだ。
敵機はすでに基地の最終防衛ラインまで到達している。これ以上前進させるわけにはいかない。
「好き勝手にはやらせん!」
ベルガーはスラスターを吹かし、赤い敵機に向かって突き進む。見たところ、近接戦闘用の装備をしているらしい敵。
ならばその作戦に乗ってやろう。ベルガーも接近戦には多少の覚えがある、引けをとるとは思えない。
高加速する敵に張り付く。そしてプラズマトーチを展開し斬りかかる。
初撃をかわし、同じくプラズマトーチを展開する赤い敵機。そのまま幾度となく切り結ぶ。
「……こいつ、予想以上にできる……」
ベルガーの斬撃を、ことごとくいなす。よほど経験を積まなければ、そんな真似はできない。
ましてや、機械のサポートに頼っているようなパイロットでは、このような動きができるはずがない。
一端距離をとり、腰部グレネードラックからグレネードを発射する。勿論、直撃を期待してのものではない。
一瞬の目くらまし。そして隙ができたところで、必殺の一撃を叩き込む。
飛来するグレネードを切り払う敵。一瞬の隙を見出すベルガー。
「貰ったぞ!」
しかし、そこからの敵の動きは、ベルガーには神業に見えた。
振り下ろされるヒュペリオンのプラズマトーチを片腕のプラズマトーチで受け止め、もう片方の腕に装備されたプラズマトーチでヒュペリオンの片腕を断ち切る。
言葉にすれば容易いが、接戦の中でそのような真似ができるパイロットというものに、ベルガーは今まで出会ったことがない。
気がつけば、僚機のガイアスHGが次々と青い敵機に落とされているところであった。
どうやらあちらが攻撃の本命で、赤い敵は攻撃をひきつける囮であったらしい。
ベルガー自身こそがまんまとそれに引っかかってしまったというわけだ。
残された片腕にプラズマライフルを持たせ、牽制の射撃をしながら後退する。
もはや味方は総崩れだ。自分が率先して罠にかかったのでは、こうなるのも必然だったという事だろう。
隙を逃さずに青い敵機の長距離狙撃が、工場のエネルギープラントに突き刺さる。
誘爆し、跡形もなく吹き飛ぶプラント。
太陽発電ユニットからのエネルギー供給を受けやすいようにと、大半が露出型として作られていたのが仇となった。
これで工場の生産ラインは、当分の間はストップせざるを得ないだろう。敵機の目的は達せられたのだ。
すばやく後退していく敵。自分には、何もできなかった。その事が、たまらなく悔しい。
ぎりっと奥歯を噛み締めるベルガー。これだけの戦力がありながら、たった二機の相手にきりきり舞いをさせられるとは。
これでは、宇宙軍の恥さらしではないか。
被っていたヘルメットを脱ぎ、モニターに叩きつける。この屈辱は、忘れはしない。
いつか必ず、奴らをこの手で倒して見せる。そのためには……。
以前自分が所属していた対ゲリラ戦部隊がある。復帰を上申しなければならない。
降格扱いになろうとも、知ったことか。この痛みを晴らすまでは……どんな屈辱も甘んじて受けよう。
ベルガーは生き残りの味方を纏めると、半壊した格納庫へと機体を滑らせて行った。
「あ、お帰りなさい……」
セラがシートから立ち上がり、ブリッジへと戻ってきたふたりを出迎える。
「ただいまセラちゃん、初めての実戦参加は、どうだった?」
「あまりよく分かりません。無我夢中でしたから」
無人の防衛衛星相手とはいえ、彼女の初陣には変わりがない。多少は気分の変化もあるかと思ったが、案外彼女は冷静なようだ。
柄にもなくセラを心配する辺り、コルトも多少は人の心の機敏が分かっているのだろう。
「それじゃオレ、ネイビーラムでも舐めてくるわ。彼女のメンタルケアーは頼むよ、ケーン!」
そのままふらふらとブリッジを出ていくコルト。
「おいこら、あれは緊急時の気付け用だろうが! おいコルト!」
ケーンの引き止める声に見向きもせず、ひらひらと手を振って出ていくコルト。後にはケーンとセラだけが残された。
「まったく……あいつにも困ったもんだ」
「ケーン、怖くありませんでしたか?」
振り向けば、自分を見上げるようなセラの姿。その顔色は、僅かに悪い。
「私は、怖かったです。あのレーザーが、ミサイルが直撃するだけで、私みたいなちっぽけな命はあっという間に宇宙に消えてしまうんだって……」
「そう簡単に人は死なないさ。俺だって何度も戦っているが、まだ死んじゃいないだろ?」
「それは、ケーンが強いからです。私は弱くて、何もできない……」
沈み込む彼女の背に、そっと手を添える。予想以上に小さな、その体。
「俺だって万能じゃない。コルトやセラがいてくれないと、あっという間にやられてしまうだろう。今回だって、敵に一人、強烈なのがいた」
その言葉に、セラも沈み込んでいた顔を上げる。
「一瞬でも判断を間違えていたなら、俺がやられていただろう。そういう相手もいるんだ。支えてくれる人間は必要だよ」
「ケーンは……私の事を、必要としてくれるんですか?」
「ああ、いてくれないと困る」
どこか満足げに、ほぅとため息をつく少女。
誰からも必要とされていなかった自分。それを必要だと言ってくれる存在。それが、無性に嬉しい。
「それでケーン、これからどうするんですか?」
「そうだな……月を出た艦隊の動向が気になる。後を追って様子を探ってみる必要があるな……」
と、ブリッジへ息せき切って飛び込んでくるコルト。何事が起こったのか。船内備品のラム酒を、全て飲み干してしまったとでもいうのだろうか。
「ケーン、チャンネル192だ! ディオニュソスの放送をやってる!」
セラに目配せすると、すかさず彼女はメインモニターにチャンネルを合わせる。そこに映し出されたものは、無残にも破壊されつくした艦隊の姿。
かろうじて読み取れるマーキングからは、それが火星駐留艦隊の所属であることが窺える。
『……我々は、悪しき地球圏の癌である統合政府イオカステの尖兵を打ち破った。しかし、これは始まりに過ぎないのである。我ら優秀なるディオニュソスの兵たちは、必ずやイオカステを殲滅し、この地球圏に絶対的な平和をもたらすであろう!』
「……欺瞞放送じゃないのか? そう簡単に火星の艦隊が敗れる事があるはずがない」
「残念ながら、こりゃ事実だろうな。ディオニュソスはそれだけの力を持ってるってことだ」
「何故そう言いきれる、コルト?」
しばし沈黙が満ちる。じっと目線を合わせるケーンとコルト。その間には、無音の火花が散っているようにも思える。
やがてコルトは踵を返すと、無言でブリッジから出て行った。
「ケーン……」
「ああ、気にするな。あいつはいつもあの調子だからな。肝心な事は何一つ話そうとしない。まぁ、いい加減慣れたけどな」
「仲間なら、仲良くしてください」
セラの言葉に、ケーンもあっけなく頷く。
「そうだな……そうするよ。心配してくれて、ありがとうな」
ぽんと彼女の頭に手を置く。それをセラは、少しくすぐったそうに受け止めた。
「……君の要望はよく分かった。すぐに対ゲリラ特務部隊への転属を認めよう」
「はっ、ありがとうございます」
ウィルヘルム=ベルガーは執務室内で、軍の上層部の人間と会話していた。自分の転属願いが受理された事に安堵の表情を浮かべる。
「しかし、テスト部隊のエリートが再び実戦に戻ろうとは……先の事件は、君の責任ではないのだぞ?」
「分かっています。しかし、自分は連中に恥をかかされた。部下の問題もある。
再び奴らを捕らえ、この手で倒すまでは自分の戦いは終わらないのです」
深いため息をつき、眉間を揉み解す上官。そこには、だいぶ呆れた表情が含まれている。
自分から危険な最前線を希望する人間のことなど、彼に分かろうはずがないのだ。
「しかし、あの敵は君が相手をすることもなく終わるかもしれんぞ?」
「それはどういうことでありましょうか?」
上官は無言で背後のモニターを点灯させる。そこに映し出される、三機のDIS‐HUMAN。
黄色と黒の警戒色で塗装されたそれは、軍に身を置くものならば、誰もが知っているだろう。
禍々しささえ放つその姿、間違いなく……。
「まさか、懲罰部隊を送るのか!」
「軍の上層部は、それが最も効果的だと判断したのだ。『トライファング』ならば、小うるさい連中を始末できると」
トライファング。それは軍の中でも問題のある三人のパイロットを集めた特務部隊である。
本来は脱走兵の処分などをその任務としているのだが、時として裏の汚い仕事を引き受けることもあるという。
仕事振りは実に冷酷、かつ強引なもので、周囲への被害も考えずに兵器を運用するその姿は、『番犬』として軍の内部でも恐怖の対象となっている。
彼らの駆る特殊戦用のDIS‐HUMANと相まって、軍の内部では非常に恐れられているのだ。
「あんな連中に頼らずとも、俺がゲリラなど始末してみせる! 何故、よりにもよって!」
「私とて、この決定は気に入らん。しかし、上の決めたことだ。今更変更は利かんよ」
憎々しげにモニターを睨みつけるベルガー。そこには、発進準備を整えるトライファング隊の姿。
増加ブースターをつけ、今すぐにでも発進できるようだ。
『俺が行くまで、くたばるんじゃねえぞ、ゲリラども……』
ベルガーとしては、願うしかないのである。