その瞬間、誰かが椅子から盛大に転げ落ちた。振り返って見ると、
案の定レオパルディネだった。席の近いイブリーヌがいち早く駆け寄り、
小柄な彼女を抱き起こした。
案の定レオパルディネだった。席の近いイブリーヌがいち早く駆け寄り、
小柄な彼女を抱き起こした。
「あらあらまぁまぁ。大丈夫かしら?」
「へ、平気です…な、なんともありません……」
レオパルディネは今にも泣き出しそうだった。元気いっぱいに
輝いていた鳶色の瞳には、今は大粒の涙を溜め込んでいる。彼女の
細い肩は小刻みに震えていた。よほどショックなのだろうか。
イブリーヌはそんな彼女を宥めすかしながら席に座らせたが、
心配なのか自身も隣に座った。見掛けによらず面倒見が良いという、
イブリーヌの意外な一面が垣間見えた。
輝いていた鳶色の瞳には、今は大粒の涙を溜め込んでいる。彼女の
細い肩は小刻みに震えていた。よほどショックなのだろうか。
イブリーヌはそんな彼女を宥めすかしながら席に座らせたが、
心配なのか自身も隣に座った。見掛けによらず面倒見が良いという、
イブリーヌの意外な一面が垣間見えた。
<多少の不満はあるかもしれないが、君らが負う任務は非常に重要だ。それをどうか理解して欲しい>
立体映像が消え、教場が明るくなる。窓の外は南洋の陽気が燦々と照り付けていた。
<それではこれからA3格納庫で実車研修をしよう。実物を見れば不満もなくなるかもしれないしな>
<それではこれからA3格納庫で実車研修をしよう。実物を見れば不満もなくなるかもしれないしな>
アイザックもどうやらレオパルディネを気に掛けている様子だ。
一言二言、明菜に伝えると俯く彼女の傍までやって来た。
一言二言、明菜に伝えると俯く彼女の傍までやって来た。
「えー…それでは皆さん、A3格納庫へと案内しますので、私について来てください。
御前さんは取り敢えず荷物を此処に置いていってくださいね」
御前さんは取り敢えず荷物を此処に置いていってくださいね」
言われた通り、静は荷物を置いて明菜の引率に従って教場から
出ていこうとした。が、レオパルディネが気になって出ていく間際に振り返った。
他の隊員は明菜の引率で移動し始めたがレオパルディネは動こうとは
しなかった。まるでぐずる子供の様に、頑として動こうとはしない。
膝の上で小さな手を握り締め、肩を震わせて嗚咽を堪えている。
静は事の成り行きが気になったが、アイザックが首を180度回転させ、
感情のないモノアイでこちらを見たので、素直にその場を後にした。
出ていこうとした。が、レオパルディネが気になって出ていく間際に振り返った。
他の隊員は明菜の引率で移動し始めたがレオパルディネは動こうとは
しなかった。まるでぐずる子供の様に、頑として動こうとはしない。
膝の上で小さな手を握り締め、肩を震わせて嗚咽を堪えている。
静は事の成り行きが気になったが、アイザックが首を180度回転させ、
感情のないモノアイでこちらを見たので、素直にその場を後にした。
アイザックは無言で赤毛の少女を見下ろしている。イブリーヌは
不安そうに両者を交互に見比べたが、彼の無言の圧力で渋々と
席を立ち、R・セリアを引き連れて教場から出て行った。
一気にがらんとした教場に残っているのは、アイザックとレオパルディネだけだ。
静まり返った教場では、少女の押し殺す様に堪えた嗚咽と、フルプラセスが
発するサーボモータの微かな作動音だけが聞こえた。
不安そうに両者を交互に見比べたが、彼の無言の圧力で渋々と
席を立ち、R・セリアを引き連れて教場から出て行った。
一気にがらんとした教場に残っているのは、アイザックとレオパルディネだけだ。
静まり返った教場では、少女の押し殺す様に堪えた嗚咽と、フルプラセスが
発するサーボモータの微かな作動音だけが聞こえた。
<なぁ、カリウス君>
アイザックは片膝を着き、小柄な少女と視線を合わせて語り掛けようとした。
しかしレオパルディネは、顔を俯かせて目を合わせようとはしない。
しかしレオパルディネは、顔を俯かせて目を合わせようとはしない。
<君はそんなに多脚戦車に乗るのが嫌なのか?>
レオパルディネは無言で力無く頷いた。
<どうしてかな? よければ教えてくれないか?>
アイザックは我が儘な娘を穏やかに諭す父親の様に語りかけた。
「私はずっと戦車乗りに憧れてました……何代も前のおじいちゃんの様な戦車乗りに」
とつとつと嗚咽混じりに語り出すレオパルディネ。アイザックは
黙って無い耳を傾けている。
黙って無い耳を傾けている。
「何代も前のおじいちゃんは、機甲学校の教本に載ってるぐらい凄い人で、
他にもいっぱい本が書かれていて、私は、そんなおじいちゃんみたいな人になりたかった…!」
他にもいっぱい本が書かれていて、私は、そんなおじいちゃんみたいな人になりたかった…!」
ぎゅう、と握り締めた小さな拳の上にはらはらと涙が零れ落ちる。
アイザックはレオパルディネに関するデータファイルを呼び出し、
視界の隅に開いた。実際、レオパルディネの戦車に関する適性は、
機甲科の教育を修めて集められた少女達の中でも群を抜いている。
本人は嫌っているが、ムンスターでの多脚戦車の実習成績はかなり良好だ。
優秀と評して問題ない。しかし本人にその気がないのであれば、
これからの訓練に身が入る訳もなく、それはいずれ戦場で払う
代償となるかもしれない。そうなってからでは遅い。今のうちに
やる気を出させ、いずれは有用な戦力として役立って貰いたい。
その為にはどうすればいいのか。アイザックは思案した。
アイザックはレオパルディネに関するデータファイルを呼び出し、
視界の隅に開いた。実際、レオパルディネの戦車に関する適性は、
機甲科の教育を修めて集められた少女達の中でも群を抜いている。
本人は嫌っているが、ムンスターでの多脚戦車の実習成績はかなり良好だ。
優秀と評して問題ない。しかし本人にその気がないのであれば、
これからの訓練に身が入る訳もなく、それはいずれ戦場で払う
代償となるかもしれない。そうなってからでは遅い。今のうちに
やる気を出させ、いずれは有用な戦力として役立って貰いたい。
その為にはどうすればいいのか。アイザックは思案した。
<…君が泣いている理由を当ててみよう。一つは、本物の戦車乗りに
なれない事。そしてもう一つは、そんな事で泣いてしまう不甲斐ない
自分への苛立ちだ>
なれない事。そしてもう一つは、そんな事で泣いてしまう不甲斐ない
自分への苛立ちだ>
レオパルディネがびくりと肩を震わせた。図星、という事か。
<たかが戦車に乗れない程度の事で泣いていては、立派な戦車兵どころか
何者にもなれない。だけど戦車に乗りたかった。そう未練がましく
思う浅ましい自分への更なる苛立ちを、君は感じているんじゃないかな?
オットー・カリウスは、どんな苦境に立たされても常に己に課せられた
義務を尽くそうとした。あの厳冬のロシアの、最悪の東部戦線で。
カリウスだけじゃない。それは君が知る英雄達の誰もがそうだった筈だ。
彼らは与えられた義務をこなしただけだが、後世の歴史がその彼らから
すれば当然の仕事が英雄的なものだったと評しているに
過ぎない。
だがどんな状況下でも自分の本分を尽くして義務を遂行するというのは難しい。
言葉では実に簡単そうなんだがな>
何者にもなれない。だけど戦車に乗りたかった。そう未練がましく
思う浅ましい自分への更なる苛立ちを、君は感じているんじゃないかな?
オットー・カリウスは、どんな苦境に立たされても常に己に課せられた
義務を尽くそうとした。あの厳冬のロシアの、最悪の東部戦線で。
カリウスだけじゃない。それは君が知る英雄達の誰もがそうだった筈だ。
彼らは与えられた義務をこなしただけだが、後世の歴史がその彼らから
すれば当然の仕事が英雄的なものだったと評しているに
過ぎない。
だがどんな状況下でも自分の本分を尽くして義務を遂行するというのは難しい。
言葉では実に簡単そうなんだがな>
アイザックは腰を上げるとレオパルディネの隣に座った。
<フルプラセスの中年の話を聞いてくれるかい?>
ぐしぐしと袖で涙を拭いながら、レオパルディネはこくんと頷いた。
<そうか。ありがとう…あれは十二年前の事だった>
アイザックは過去を振り返る様に、一つずつ言葉を紡いでいった。
<当時の私は若かった。まだ身体も人間だった。そして長年追い求めていた
夢を叶える事も出来た。私は幼い頃から宇宙飛行士に憧れていてね。
JDFのRLV(Reusable Launch Vehicle:宇宙往環機)のパイロットになったんだ。
なんだ、意外そうな顔をしているな>
夢を叶える事も出来た。私は幼い頃から宇宙飛行士に憧れていてね。
JDFのRLV(Reusable Launch Vehicle:宇宙往環機)のパイロットになったんだ。
なんだ、意外そうな顔をしているな>
レオパルディネはもう泣いていなかった。顔を上げて、アイザックの
顔を見て彼の話に聴き入っている。
顔を見て彼の話に聴き入っている。
<初めてのミッションフライト…凄く緊張したよ。軌道エレベーターで
宇宙に上がり、降下ステーションに係留されているRLVを目的地に
着陸させるだけの簡単なミッションだが、練習じゃないんだ。本番だ。
少しのミスが事故に直結する。特に宇宙空間ともなれば尚更だ。
不測の事態なんて山の様に想定される。考えれば考えるほど不安になった。
でもやらなきゃいけなかった。自分で志した道だったからな。今更
怖じけづいたから逃げる事は出来ない。今でも覚えている。搭乗ハッチを
開く前に何度も家族の顔を思い浮かべて震えていた。ハッチを開けた
瞬間、頭が真っ白になってそれからどうやってRLVを発進させたのか
全く覚えていないんだ。ようやく意識の焦点が定まってきた時、もうRLVは
滑る様に宇宙を飛んでいた。感慨も何もなかった。早く地上に降りたくて
仕方なかった。だが何とか冷静になって機体を操縦した。横にはベテランが
付いていたが、今操縦しているのは自分だ。この機体を無事に地上に
着陸させるという義務があった。それが胃に重くのしかかった。吐きそうだった>
宇宙に上がり、降下ステーションに係留されているRLVを目的地に
着陸させるだけの簡単なミッションだが、練習じゃないんだ。本番だ。
少しのミスが事故に直結する。特に宇宙空間ともなれば尚更だ。
不測の事態なんて山の様に想定される。考えれば考えるほど不安になった。
でもやらなきゃいけなかった。自分で志した道だったからな。今更
怖じけづいたから逃げる事は出来ない。今でも覚えている。搭乗ハッチを
開く前に何度も家族の顔を思い浮かべて震えていた。ハッチを開けた
瞬間、頭が真っ白になってそれからどうやってRLVを発進させたのか
全く覚えていないんだ。ようやく意識の焦点が定まってきた時、もうRLVは
滑る様に宇宙を飛んでいた。感慨も何もなかった。早く地上に降りたくて
仕方なかった。だが何とか冷静になって機体を操縦した。横にはベテランが
付いていたが、今操縦しているのは自分だ。この機体を無事に地上に
着陸させるという義務があった。それが胃に重くのしかかった。吐きそうだった>
今はもう胃なんてない身体なのに、胃の辺りが締め付けられる様な
感じがして、思わずアイザックはその辺りを摩った。
感じがして、思わずアイザックはその辺りを摩った。
<初めてにしては順調なフライトだった。このまま行けば大気圏に突入だ。
もうフライトが終わる。ようやくこの緊張から解放される。私は安堵した。
だがそこで事故が起きた。取り返しの付かない大きな事故だった…>
もうフライトが終わる。ようやくこの緊張から解放される。私は安堵した。
だがそこで事故が起きた。取り返しの付かない大きな事故だった…>
苦悩するかの様にアイザックは自身の頭に爪を立てた。ガリガリと
金属同士の擦れる音が響く。
金属同士の擦れる音が響く。
<軌道上には無数のデブリが漂っている。大小様々なそれらは、たとえ拳大の
大きさでもkm/secで運動すれば馬鹿にならないエネルギーが生じる。
低軌道はJDFの多数のミッションに於いて多用されているから、軌道掃海艇部隊に
よってある程度の処理がなされていた。しかし完全ではない。処理しきれない
デブリや、新たに生じたデブリが高速で飛んでいる。船は、そのデブリにやられた…!>
大きさでもkm/secで運動すれば馬鹿にならないエネルギーが生じる。
低軌道はJDFの多数のミッションに於いて多用されているから、軌道掃海艇部隊に
よってある程度の処理がなされていた。しかし完全ではない。処理しきれない
デブリや、新たに生じたデブリが高速で飛んでいる。船は、そのデブリにやられた…!>
ガリ、と一際大きく爪で強く金属製の頭骨カバーを引っ掻いた。その中に
ある脳だけの自分を引きずり出そうとするかの様に。
ある脳だけの自分を引きずり出そうとするかの様に。
<防ぎ様のない事故だったと周囲は言った。不可抗力だと。だがそれは違う。
自惚れではないが、私がもっとしっかりしていれば防げた事故だった。
低軌道の運航記録を調べていれば、掃海艇部隊の掃海記録を調べていれば、
何処にどれだけのデブリがあるのかを予測出来たかもしれない…しかしもう遅い。
デブリによってダメージを受けた船で降下ステーションへ引き返すのが先だ。
船はかなり深刻なダメージを受けた。そして乗員もデブリとの衝突で
発生した衝撃で重傷を負っていた。実際、生きていたのは私だけなんだがな。
隣に座っていたベテランは破片で頭が半分無くなっていた。私も顎を
吹き飛ばされ、内臓が零れ出していた。左目も何処かにいった。機付き整備士は
胴体が泣き別れになって機内を漂っていた。あれは酷いなんてもんじゃなかった>
自惚れではないが、私がもっとしっかりしていれば防げた事故だった。
低軌道の運航記録を調べていれば、掃海艇部隊の掃海記録を調べていれば、
何処にどれだけのデブリがあるのかを予測出来たかもしれない…しかしもう遅い。
デブリによってダメージを受けた船で降下ステーションへ引き返すのが先だ。
船はかなり深刻なダメージを受けた。そして乗員もデブリとの衝突で
発生した衝撃で重傷を負っていた。実際、生きていたのは私だけなんだがな。
隣に座っていたベテランは破片で頭が半分無くなっていた。私も顎を
吹き飛ばされ、内臓が零れ出していた。左目も何処かにいった。機付き整備士は
胴体が泣き別れになって機内を漂っていた。あれは酷いなんてもんじゃなかった>
アイザックは懐から写真を取り出し、レオパルディネに渡した。
<降下ステーションに辿り着いてから撮影された写真だ。死体は片付け
られているが、機内は事故発生当時のままだ>
られているが、機内は事故発生当時のままだ>
写真に写っていたのはまさに地獄絵図だった。赤黒い血が無数の
球体となって宙に浮かび、機内の壁や計器類は血に濡れててらてらと光り、
ピンク色の肉片や内臓の一部、脂肪が漂っている。撮影者のカメラを
見詰める、宙に浮かぶ眼球と下顎はアイザックのものだろうか。
その写真を見た瞬間、レオパルディネは顔からさぁっと血の気が
引くのが分かった。想像を絶する地獄から、彼は生還したのだ。
なのに彼は自分を責め、悔やんでいる。どうしてそこまでする
必要があるのだろう。解らなかった。
球体となって宙に浮かび、機内の壁や計器類は血に濡れててらてらと光り、
ピンク色の肉片や内臓の一部、脂肪が漂っている。撮影者のカメラを
見詰める、宙に浮かぶ眼球と下顎はアイザックのものだろうか。
その写真を見た瞬間、レオパルディネは顔からさぁっと血の気が
引くのが分かった。想像を絶する地獄から、彼は生還したのだ。
なのに彼は自分を責め、悔やんでいる。どうしてそこまでする
必要があるのだろう。解らなかった。
<そして私はこの身体になり、OBTに転属した。私は、これを必要最低限の
義務を果たせなかった代償だと思っている。病的だと思うかい?
だがな、義務というのは自分に課せられた使命だ。それは果たされなければ何の意味もない。
不可抗力だろうと何だろうと果たせなかった事に変わりはない。
私は義務を果たせなかった。RLVを無事に地上に降下させるという
パイロットの義務を。その事実は未来永劫変わる事はない……>
義務を果たせなかった代償だと思っている。病的だと思うかい?
だがな、義務というのは自分に課せられた使命だ。それは果たされなければ何の意味もない。
不可抗力だろうと何だろうと果たせなかった事に変わりはない。
私は義務を果たせなかった。RLVを無事に地上に降下させるという
パイロットの義務を。その事実は未来永劫変わる事はない……>
一息付く様に、アイザックは少しの間押し黙った。二人の間に沈黙が横たわる。
暫くして先に口を開いたのはレオパルディネだった。
暫くして先に口を開いたのはレオパルディネだった。
「どうして大尉はそこまで思い詰めるんですか? 本当に仕方のない事故なのに…」
理解の範囲を超えていた。何故そこまでアイザックは義務に拘わるのか。
はっきりと言って異常だ。
はっきりと言って異常だ。
<それは君も分かっている事だと思うんだがな。義務を果たすからこそ
権利を得る事が出来る。そして義務を果たして初めて誇りは生まれる。
誇りというものがどの様なものなのかは人によりけりだが、私にとっては
心の中を通る一本の芯だ。立派な人間は誰しも芯が通っている。
私もそんな人間になりたかった。そして果たすべき義務から逃げたり、
果たせなかったりする事は、何かとてつもなく恐ろしい事に思えるんだ。
自分の全てを否定してしまう様な、そんな気持ちになる。
君は怖いと思わないのかい? ムンスターで過ごした日々を否定するのを>
権利を得る事が出来る。そして義務を果たして初めて誇りは生まれる。
誇りというものがどの様なものなのかは人によりけりだが、私にとっては
心の中を通る一本の芯だ。立派な人間は誰しも芯が通っている。
私もそんな人間になりたかった。そして果たすべき義務から逃げたり、
果たせなかったりする事は、何かとてつもなく恐ろしい事に思えるんだ。
自分の全てを否定してしまう様な、そんな気持ちになる。
君は怖いと思わないのかい? ムンスターで過ごした日々を否定するのを>
レオパルディネの小さな胸の中で思い返されるのは、ムンスターでの
思い出の数々だった。初めて実家から離れて暮らす軍隊での生活。
規則に縛られ、厳しく辛い訓練の日々の中で何度もお父さんとお母さんが
恋しくなった。でも何代も前のおじいちゃんの様に立派な戦車乗りになる
という夢を叶えたくてこの道を自ら志した。それを投げ出す訳には
いかないと、涙を拭いて歯を食い縛って頑張った。初めての実車研修は
ドキドキした。教官から手渡された戦車のエンジンキーの重みは
今もしっかりと掌に覚えている。キーを挿入し、点火スイッチを
回した瞬間、戦車の大出力エンジンが発する咆哮が、どどど、と
お腹に響いて驚いた。パワーステアリングを握り、ゆっくりと
ペダルを踏み込むと何十tもの巨体が履帯で地面をしっかりと踏み
締めて進んだ。巨大で強力な兵器を、小さな自分の手で自由に
操れるという実感に凄く感動した。その後、調子に乗ってペダルを
思い切り踏み込んだら暴走してしまい、軟弱地に突っ込んで戦車を
スタックさせてしまった。戦車の様な重車輌の回収作業は大変な
ものであり、後で物凄く教官に怒られ、罰として泥だらけの戦車の
巨体を一人で洗車させられた。履帯にこびり付いた泥が落ちなくて、
一人で悪戦苦闘していると同じ班の子達が教官に内緒で手伝ってくれた。
それが後でばれてまたこっぴどく叱られたけど、罰則は何もなかった。
自分の班はとても仲が良かった。教官達に隠れて消灯後にお菓子を
持ち寄ってパジャマパーティーをしたり、休日はバスを乗り継いで
街へ遊びに行ったり、体力のない子の為に一緒に体力錬成したり、
学科試験に向けて勉強を教え合ったりした。機甲学校の卒業式は
皆で泣いた。これから違う部隊に配属されて離れ離れになってしまうから。
自分以外の皆はほぼ前線に出る事のない後方支援部隊だけど、
自分がJDFに出向すると知ったら行くのを引き止められた。一番小さくて
子供っぽい自分は、皆のマスコットの様な存在で、そんな子が
JDFの軌道降下打撃部隊に配属されるのが心配だったのだろう。
でもそれは自分で選んだ道だから。皆に惜しまれながらベルリン空港を
出発したのがつい昨日の事の様に思える。
ムンスターでの大切な思い出の数々を裏切るなんて、とても怖い。
今此処で戦車に乗れないからといってぐずるのは、思い出を汚す
ばかりか送り出してくれた皆を裏切る事だ。そんな事は出来る訳がない。
出来る筈がない。決してやっちゃいけない事なんだ。
思い出の数々だった。初めて実家から離れて暮らす軍隊での生活。
規則に縛られ、厳しく辛い訓練の日々の中で何度もお父さんとお母さんが
恋しくなった。でも何代も前のおじいちゃんの様に立派な戦車乗りになる
という夢を叶えたくてこの道を自ら志した。それを投げ出す訳には
いかないと、涙を拭いて歯を食い縛って頑張った。初めての実車研修は
ドキドキした。教官から手渡された戦車のエンジンキーの重みは
今もしっかりと掌に覚えている。キーを挿入し、点火スイッチを
回した瞬間、戦車の大出力エンジンが発する咆哮が、どどど、と
お腹に響いて驚いた。パワーステアリングを握り、ゆっくりと
ペダルを踏み込むと何十tもの巨体が履帯で地面をしっかりと踏み
締めて進んだ。巨大で強力な兵器を、小さな自分の手で自由に
操れるという実感に凄く感動した。その後、調子に乗ってペダルを
思い切り踏み込んだら暴走してしまい、軟弱地に突っ込んで戦車を
スタックさせてしまった。戦車の様な重車輌の回収作業は大変な
ものであり、後で物凄く教官に怒られ、罰として泥だらけの戦車の
巨体を一人で洗車させられた。履帯にこびり付いた泥が落ちなくて、
一人で悪戦苦闘していると同じ班の子達が教官に内緒で手伝ってくれた。
それが後でばれてまたこっぴどく叱られたけど、罰則は何もなかった。
自分の班はとても仲が良かった。教官達に隠れて消灯後にお菓子を
持ち寄ってパジャマパーティーをしたり、休日はバスを乗り継いで
街へ遊びに行ったり、体力のない子の為に一緒に体力錬成したり、
学科試験に向けて勉強を教え合ったりした。機甲学校の卒業式は
皆で泣いた。これから違う部隊に配属されて離れ離れになってしまうから。
自分以外の皆はほぼ前線に出る事のない後方支援部隊だけど、
自分がJDFに出向すると知ったら行くのを引き止められた。一番小さくて
子供っぽい自分は、皆のマスコットの様な存在で、そんな子が
JDFの軌道降下打撃部隊に配属されるのが心配だったのだろう。
でもそれは自分で選んだ道だから。皆に惜しまれながらベルリン空港を
出発したのがつい昨日の事の様に思える。
ムンスターでの大切な思い出の数々を裏切るなんて、とても怖い。
今此処で戦車に乗れないからといってぐずるのは、思い出を汚す
ばかりか送り出してくれた皆を裏切る事だ。そんな事は出来る訳がない。
出来る筈がない。決してやっちゃいけない事なんだ。
「とても怖い…です。皆を裏切りたくないです」
<ならばどうすればいいのか。分かっているな?>
アイザックは懐から清潔なハンカチを取り出すと、レオパルディネの
涙を優しく拭い、鼻に添えた。ちーん、と洟をかむレオパルディネの姿は
本当に子供の様に愛らしく、アイザック自身もこんなに小さな少女を
戦場に行かせる事を危ぶまずにはいられなかった。
涙を優しく拭い、鼻に添えた。ちーん、と洟をかむレオパルディネの姿は
本当に子供の様に愛らしく、アイザック自身もこんなに小さな少女を
戦場に行かせる事を危ぶまずにはいられなかった。
(しかし時代がそれを許さないのか。なんとも情けない事だ)
洟を拭い、ハンカチを懐に仕舞う。溜め息の代わりにモノアイを点滅させた。
<それでは行こう。皆先に行っているからな>
アイザックに連れられて、レオパルディネは教場を後にした。
(しかし…なんというかなぁ)
A3格納庫へ向かう途中、アイザックは気恥ずかしさを隠せなかった。
尤も、のっぺりとした装甲に覆われた顔では感情など表しようもないのだが。
アイザックの気恥ずかしさの原因は、彼の手を握って歩くレオパルディネにあった。
アサルターシリーズ・フナサカⅦ型と呼ばれる型式の彼の義躰は身長230cmに達する。
勿論、身長に比例して手も大きい。なので手の小さなレオパルディネは
彼の左の薬指と小指を握るしかなかった。
傍からみたらまるで親子だ。擦れ違うJDF隊員や基地職員に敬礼される度に
自由な右手で答礼しなければならないが、その度に恥ずかしさが込み上げてきた。
事の発端は隊舎を出てからだった。アイザックは1m近くも身長差のある
レオパルディネの歩幅に合わせて、非常にゆっくりと歩いていたつもりだったが、
横を歩く彼女は健気な仔犬の様に、置いていかれまいとちょこまかと歩く
ものだから、その姿が本当にいじらしくて、なんだか胸が苦しくなった。
そして、ひょっとして自分は、こんなに小さな女の子の歩幅に合わせて
歩く事も出来ない、思慮の足りない浅はかな男なのではないかと思い、悩んだ。
そうやってどうすればいいのかと思案に暮れていると、レオパルディネが
怖ず怖ずとこちらを見上げているのに気が付いた。それは大人にお願い事をする、
幼い子供の照れと窺いが入り混じった表情だった。
尤も、のっぺりとした装甲に覆われた顔では感情など表しようもないのだが。
アイザックの気恥ずかしさの原因は、彼の手を握って歩くレオパルディネにあった。
アサルターシリーズ・フナサカⅦ型と呼ばれる型式の彼の義躰は身長230cmに達する。
勿論、身長に比例して手も大きい。なので手の小さなレオパルディネは
彼の左の薬指と小指を握るしかなかった。
傍からみたらまるで親子だ。擦れ違うJDF隊員や基地職員に敬礼される度に
自由な右手で答礼しなければならないが、その度に恥ずかしさが込み上げてきた。
事の発端は隊舎を出てからだった。アイザックは1m近くも身長差のある
レオパルディネの歩幅に合わせて、非常にゆっくりと歩いていたつもりだったが、
横を歩く彼女は健気な仔犬の様に、置いていかれまいとちょこまかと歩く
ものだから、その姿が本当にいじらしくて、なんだか胸が苦しくなった。
そして、ひょっとして自分は、こんなに小さな女の子の歩幅に合わせて
歩く事も出来ない、思慮の足りない浅はかな男なのではないかと思い、悩んだ。
そうやってどうすればいいのかと思案に暮れていると、レオパルディネが
怖ず怖ずとこちらを見上げているのに気が付いた。それは大人にお願い事をする、
幼い子供の照れと窺いが入り混じった表情だった。
<どうした?>
立ち止まり、向き直って訊ねた。
「えと、あのですね、大尉がもし迷惑じゃなければですね…」
もじもじとはにかむ姿がまたいじらしくて、胸をぎゅうっと締め付けられる。
もし自分に娘がいたら、こんな気持ちになるのだろうか?
もし自分に娘がいたら、こんな気持ちになるのだろうか?
「手を繋いでも…いいですか?」
上目遣いに、恐る恐る訊ねるレオパルディネ。それは粗相をしてしまった
仔犬が飼い主の顔色を不安げに窺う様にも似ていて、堪らなく愛らしい。
一瞬、アイザックの中の時間が止まった。それだけの破壊力があったのだ。
仔犬が飼い主の顔色を不安げに窺う様にも似ていて、堪らなく愛らしい。
一瞬、アイザックの中の時間が止まった。それだけの破壊力があったのだ。
<あ、ああ…べ、別にそのぐらいの事は構わんさ>
漸く絞り出した声は掠れていた。無い筈の口が渇く気がした。
「本当ですか!? わぁ、嬉しい!」
レオパルディネは大輪の向日葵の様にぱぁっと顔を輝かせると、
小さな手で、フルプラセスの無骨な指を握った。
以上のようなやり取りを経て、アイザックはレオパルディネと手を繋いで歩く事となった。
しかし、とアイザックは歩きながら考える。何故、レオパルディネは
自分と手を繋ぎたいなどと言ったのだろうか。取り敢えず理由は解らないが、
手を繋ぐ事で歩幅を合わせて歩くのが簡単にはなったが。
それが目的というわけでもあるまい。
小さな手で、フルプラセスの無骨な指を握った。
以上のようなやり取りを経て、アイザックはレオパルディネと手を繋いで歩く事となった。
しかし、とアイザックは歩きながら考える。何故、レオパルディネは
自分と手を繋ぎたいなどと言ったのだろうか。取り敢えず理由は解らないが、
手を繋ぐ事で歩幅を合わせて歩くのが簡単にはなったが。
それが目的というわけでもあるまい。
<ところで、どうして私なんかと手を繋ぎたいなんて言ったんだ?>
アイザックは先程から気になっていた疑問を口に出して言った。
「もしかして迷惑ですか?」
するとレオパルディネが捨てられた仔犬の様な哀しい目をするので、
アイザックは慌てて否定した。
アイザックは慌てて否定した。
<いやいや、そういう訳ではないんだ。ただ、疑問に思っただけなんだ>
ちらり、と指を握るレオパルディネの温かく小さな手を見遣る。
<フルプラセスの手なんて気味が悪いだろう。掌は紙やすりの様にザラザラで、
冷たく筋張っていて、まるで私は死人の様だろう?>
冷たく筋張っていて、まるで私は死人の様だろう?>
小さな少女の可憐な指先と、戦闘用義躰の冷たく無機質な指先は、
こちらが申し訳ない気持ちになるぐらい不釣り合いだった。
こちらが申し訳ない気持ちになるぐらい不釣り合いだった。
「そんな事ないです!」
しかしレオパルディネは元気良く真っ向から否定した。
「大尉は死人なんかじゃないです! 大尉はなんだかお父さんみたいに大きくて
温かい人だから、私、手を繋ぎたいと思ったんです!」
温かい人だから、私、手を繋ぎたいと思ったんです!」
<お、お父さん? 私がか?>
流石にこんな言葉が返ってくるとは思わず、面食らった様にアイザックは
モノアイをチカチカと点滅させた。
モノアイをチカチカと点滅させた。
「はい! 大尉の事はまだ全然知りませんけど、雰囲気というか何というか、
そんな感じのオーラみたいなのを感じるんです。あ、この人はなんだか
お父さんみたいだなって。それに私、お父さん大好きですから!」
そんな感じのオーラみたいなのを感じるんです。あ、この人はなんだか
お父さんみたいだなって。それに私、お父さん大好きですから!」
どうして自分の事を父親の様に思ったのかその理由がいまいちよく分からないが、
屈託のない、仔犬の様に溌剌とした無垢な笑顔で言われると何も言えない。
屈託のない、仔犬の様に溌剌とした無垢な笑顔で言われると何も言えない。
<お父さん、か…>
そういえば、あの子も自分からそんな雰囲気を感じると言っていたっけ。アイザックは二十五も年下の大切な人を想った。
あの子は自分のこの鉄の顔が好きだと言ってくれた。金属骨格と人工筋肉から
組み立てられたこの死体の様な身体が好きだと言ってくれた。そして何よりも
好きなのが、本当は繊細で傷付きやすい心が好きだと言ってくれた。
嘘偽りのない本心からの言葉だった。フルプラセスとなってから人を
愛したくても愛せなくなったアイザックを救ったのは、年下のその子だ。
人を愛するのに姿形は関係ない。むしろこの身体になって分かったのだが、
人を愛するのに年齢も性別も関係ない。人が人を好きになり、愛するのは
道理だ。それ以上でもそれ以下でもない。ただそれだけだ。
あの子は自分のこの鉄の顔が好きだと言ってくれた。金属骨格と人工筋肉から
組み立てられたこの死体の様な身体が好きだと言ってくれた。そして何よりも
好きなのが、本当は繊細で傷付きやすい心が好きだと言ってくれた。
嘘偽りのない本心からの言葉だった。フルプラセスとなってから人を
愛したくても愛せなくなったアイザックを救ったのは、年下のその子だ。
人を愛するのに姿形は関係ない。むしろこの身体になって分かったのだが、
人を愛するのに年齢も性別も関係ない。人が人を好きになり、愛するのは
道理だ。それ以上でもそれ以下でもない。ただそれだけだ。
<ははは。確かに、私ぐらいの年齢ならば娘がいてもおかしくはなかったな。
しかしお父さんか…私が本当にそう呼ばれる日が果たして来るのかな>
しかしお父さんか…私が本当にそう呼ばれる日が果たして来るのかな>
アイザックに生殖能力はない。だがフルプラセスとなる前に精子バンクに
精子を冷凍保存してあるから、子を成そうと思えば成せる。問題は相手にあった。
精子を冷凍保存してあるから、子を成そうと思えば成せる。問題は相手にあった。
(よくよく私も罪な男だ。しかし好きになってしまったのだから仕方がないな)
だが今はそんな事を考える時ではない。いずれ、二人でゆっくりと
話し合えば良い問題だ。今は一緒に居られるだけで充分だ。
話し合えば良い問題だ。今は一緒に居られるだけで充分だ。
「あ、大尉。今、女の子の事を考えていましたね?」
<え?>
突然のレオパルディネの言葉に無い心臓がどきりと高鳴った。
<…どうしてそう思ったんだ?>
努めて平静に、アイザックは普段の無機質な合成音声で聞き返す。
レオパルディネは不敵な笑みを浮かべながら言った。
レオパルディネは不敵な笑みを浮かべながら言った。
「女の勘という奴です。ねねね、どうなんです? いるんですか?」
この少女は仔犬の様だとばかり思っていたが、なかなか聡い子でもある様だ。
隠しても無駄だと思い、アイザックは観念した。
隠しても無駄だと思い、アイザックは観念した。
<そりゃあ、私だっていい歳の大人の男だ。恋人ぐらいいるさ>
「わぁ! やっぱり! どんな女性(ひと)なんですか!?」
この年頃の少女は人の色恋沙汰を好むというが、レオパルディネも
その御多分に洩れないのだろう。一気に食いついてきた。それが年頃の
女の子らしくて初々しい。
その御多分に洩れないのだろう。一気に食いついてきた。それが年頃の
女の子らしくて初々しい。
「きっと大人の女性なんだろうなー」
<いや。年下だよ。少し、歳が離れている>
「へー、意外ですね。大人の女性かと思っていました」
(正確に言えばもっと違うんだが…流石にこれは秘密にしておこう)
アイザックはこれ以上は語るまいと決め、後は適当にはぐらかす事にした。
「背は高いですか?」
<私より背が高い人はなかなかいないだろうな>
「スリーサイズは?」
<私も知らないんだ>
「綺麗な人? それとも可愛い人?」
<魅力的な人だ>
「女の人? 男の人?」
<好きになれば性別など気にしないよ>
「もしかしてギャレンタインって人ですか?」
<彼は戦友だが流石にそんな目で見た事はないな>
「受けですか? 責めですか?」
<リバだよ>
「タチですか? ネコですか?」
<猫よりも犬派だな>」
こんな感じでアイザックはレオパルディネの怒涛の質問責めを
適当に受け流していった。
そうやって暫く歩くと隊舎が連なる区画を通り過ぎ、広大な敷地に
大小様々な車輌が駐車してあるモータープールが見えてきた。
モータープールの直ぐ近くには幾つもの格納庫と整備工場が隣接している。
適当に受け流していった。
そうやって暫く歩くと隊舎が連なる区画を通り過ぎ、広大な敷地に
大小様々な車輌が駐車してあるモータープールが見えてきた。
モータープールの直ぐ近くには幾つもの格納庫と整備工場が隣接している。
「あ! 戦車だ!」
雑多な車輌群の中に戦車を目敏く見付けたレオパルディネはアイザックの
手を離れると、目を輝かせて戦車目掛けて駆け出していった。
手を離れると、目を輝かせて戦車目掛けて駆け出していった。
<全く、子供だな>
やれやれと肩を竦め、アイザックは後を追って歩き出した。
「うわー…90式戦車改5型だ。こんな骨董品があるなんて凄いなぁ。
元第三世代MBTにあるまじき直角水平に切り立った前面装甲が渋い。
世の中の流れに反逆しているね」
元第三世代MBTにあるまじき直角水平に切り立った前面装甲が渋い。
世の中の流れに反逆しているね」
古い型式の戦車の分厚い装甲に覆われた車体をぺたぺたと撫で回しながら、
レオパルディネは嬉しそうに評論している。
レオパルディネは嬉しそうに評論している。
「わわわ! あっちにはメルカバMk7がある! 装甲付けすぎで不細工なのが可愛い!
あー! T-72神だー! きゃー! こんな所で神様に会えるなんて凄い!」
あー! T-72神だー! きゃー! こんな所で神様に会えるなんて凄い!」
レオパルディネは次から次へと忙しなく移動しては黄色い声を上げている。
時折、携帯電話のカメラで撮影もしていた。先程、彼女を何処にでもいる
年頃の女の子だと思ったのは改めねばなるまい。
普通の年頃の女の子は戦車に黄色い声を上げたりはしないものだ。
時折、携帯電話のカメラで撮影もしていた。先程、彼女を何処にでもいる
年頃の女の子だと思ったのは改めねばなるまい。
普通の年頃の女の子は戦車に黄色い声を上げたりはしないものだ。
「チャレンジャー4だ! 滑腔砲からライフル砲に先祖帰りするあたりが
まさに英国変態紳士クオリティ! 中途半端感が否めないルクレールVer4.75は
何がやりたいのかよく分からない! 火力増強の為に上下に140mm滑腔砲を
搭載するなんてまさにロシア的発想てわわわわ!?」
まさに英国変態紳士クオリティ! 中途半端感が否めないルクレールVer4.75は
何がやりたいのかよく分からない! 火力増強の為に上下に140mm滑腔砲を
搭載するなんてまさにロシア的発想てわわわわ!?」
<落ち着いたらどうだ?>
いつの間にか背後に回り込んでいたアイザックに首根っこを掴まれ、
レオパルディネの華奢な身体が宙に浮く。
レオパルディネの華奢な身体が宙に浮く。
<戦車にうつつを抜かすのも構わんが、先ずは多脚戦車の実車研修だろう?
休日に此処に来て好きなだけ戦車に触れても構わんから>
休日に此処に来て好きなだけ戦車に触れても構わんから>
「は、はい…すいません」
首根っこを掴まれたままアイザックの顔の高さまで持ち上げられ、
ずいと目の前に迫った、彼の鈍く発光するモノアイに流石に
レオパルディネも大人しくなった。
ずいと目の前に迫った、彼の鈍く発光するモノアイに流石に
レオパルディネも大人しくなった。
<解れば宜しい。さぁ、A3格納庫は直ぐそこだ>
また手を離すと何処かに行きかねないので、アイザックはレオパルディネを
肩車した。こうすれば何処かに行きたくても無理だろう。項から首筋に
かけてが少女特有の柔らかな下腹部と、キュロットスカートから伸びる
健康的な太股の感触に包まれたが、フルプラセスのアイザックの
人工皮膚にはその刺激を心地良いと認識し受容する機能がないので
それについて彼が特に思う処は無かった。
肩車した。こうすれば何処かに行きたくても無理だろう。項から首筋に
かけてが少女特有の柔らかな下腹部と、キュロットスカートから伸びる
健康的な太股の感触に包まれたが、フルプラセスのアイザックの
人工皮膚にはその刺激を心地良いと認識し受容する機能がないので
それについて彼が特に思う処は無かった。
「うわー! 高いなぁ! 大尉はいつもこんな感じに世界が見えてるんですね!
いいなぁ! まるでティーガーのキューポラからの眺めみたい!」
いいなぁ! まるでティーガーのキューポラからの眺めみたい!」
しかし逃げないようにと肩車をした訳だが、今度は視点が劇的に
変化して見える世界が変わった事で燥いでいる。何処まで子供なんだろうか。
アイザックは、ふと、レオパルディネの子供っぽさの限界を知ってみたくなった。
変化して見える世界が変わった事で燥いでいる。何処まで子供なんだろうか。
アイザックは、ふと、レオパルディネの子供っぽさの限界を知ってみたくなった。
(今度、何かお菓子でもあげてみるか)
流石にそれは子供すぎるかと思ったが、レオパルディネなら棒付きキャンディーを
嬉しそうに食べる姿が容易に想像できて、それがあまりにも微笑ましい。
巨大な扉が開け放たれたA3格納庫の中はがらんとしていて、
誰もいる気配が無かった。しかも九輛ある筈の多脚戦車が二輛しかない。
その二輛の内訳は、まだ未着隊の隊員の車輌と、肩に乗っかっている
レオパルディネの車輌だろう。
一体、何があったのか。
嬉しそうに食べる姿が容易に想像できて、それがあまりにも微笑ましい。
巨大な扉が開け放たれたA3格納庫の中はがらんとしていて、
誰もいる気配が無かった。しかも九輛ある筈の多脚戦車が二輛しかない。
その二輛の内訳は、まだ未着隊の隊員の車輌と、肩に乗っかっている
レオパルディネの車輌だろう。
一体、何があったのか。
「あれ? 皆いませんね? どうしてでしょう?」
<解らん>
取り敢えずレオパルディネを肩から降ろし、隊員達と一緒にいると
思われる明菜と連絡を取るべきだ。レオパルディネの腋の下に手を添え、
ゆっくりと地面に降ろす。足が地に着いた次の瞬間には、赤毛の少女は
先程と同様にぱーっと駆け出して多脚戦車に飛び乗った。
思われる明菜と連絡を取るべきだ。レオパルディネの腋の下に手を添え、
ゆっくりと地面に降ろす。足が地に着いた次の瞬間には、赤毛の少女は
先程と同様にぱーっと駆け出して多脚戦車に飛び乗った。
「わぁ! 戦車の重厚さはないけど歩く戦闘ヘリって感じで格好良いなぁ!
あ! エリコンの90口径35mm高射機関砲だ! こっちはヘルファイア9だ!
腕にはM2重機関銃が内蔵されてる! 40mm自動擲弾銃もある!
キューポラにはクラッペだ! 重機関銃マウントがいいなぁ!
.50口径の代わりに40mmを据え付けるのもいいかなぁ!」
あ! エリコンの90口径35mm高射機関砲だ! こっちはヘルファイア9だ!
腕にはM2重機関銃が内蔵されてる! 40mm自動擲弾銃もある!
キューポラにはクラッペだ! 重機関銃マウントがいいなぁ!
.50口径の代わりに40mmを据え付けるのもいいかなぁ!」
実車を目の前にしてレオパルディネは物凄く燥いでいる。すんなりと
気に入ってくれたのは何よりだが、幾ら何でも燥ぎ過ぎだろう。やはり子供だ。
気に入ってくれたのは何よりだが、幾ら何でも燥ぎ過ぎだろう。やはり子供だ。
<まぁ、気に入ってくれて何よりだが…>
アイザックは燥ぐレオパルディネの姿を視界の隅に捉えつつ、明菜との
通信回線を開いた。こういう時、フルプラセスは義躰に内蔵されている
通信機能を使えばいいので、携帯電話といった情報端末などを持ち歩く
煩わしさがないので便利だ。アイザックはああいった機械を好まない
オールドな男だった。
二、三回の呼び出し音の後、明菜は電話に出た。
通信回線を開いた。こういう時、フルプラセスは義躰に内蔵されている
通信機能を使えばいいので、携帯電話といった情報端末などを持ち歩く
煩わしさがないので便利だ。アイザックはああいった機械を好まない
オールドな男だった。
二、三回の呼び出し音の後、明菜は電話に出た。
『はい、もしもし』
<アイザックだ。今A3にいるんだが、一体君達は何処にいるんだ? 此処は蛻の殻だぞ>
『あ、その事なんですけど、急に予定が変わりまして、今は野外走路訓練場にいます』
<なに? どういう事だ?>
『皆が実車に乗りたいと言ったもので……止める理由も無かったので許可しちゃいました』
回線越しに聴こえる明菜の声は弱気そのものだ。全く、押しに弱いな、
あの娘は、とアイザックは溜め息をついた。
あの娘は、とアイザックは溜め息をついた。
<まぁ、別に構わんよ。隊員達は多脚戦車のMOSを持っているからな。
今のうちに実車に慣れておくのも良いだろう。だが訓練場は申請を
出しておかないと使えない筈だぞ>
今のうちに実車に慣れておくのも良いだろう。だが訓練場は申請を
出しておかないと使えない筈だぞ>
『それがアレイストラ一曹が予めこうなる事を予測していて、申請を出しておいてくれました』
<サンドラがか? 手回しがいいな>
アイザックは、褐色の獣を彷彿とさせる女戦士を脳裏に思い浮かべた。
戦闘ばかりでなく、こういったところにまで気が回るから明菜の補佐に
推薦しておいて良かったとアイザックは安堵した。
明菜と同い年なのに実戦経験豊富なサンドラは、アイザック自身も
一目置くほど優秀だ。立案する訓練計画も洗練されていて無駄がないのは、
実体験に基づいているからだろう。
明菜もあの若さで大尉という階級に任命されるほど優秀なのだろうが、
実際に戦場を経験しているアイザックとしては同じ死線を潜り抜けた中で
研鑽された技量を持つサンドラを信頼していた。
明菜も経験を積めば自分よりも優秀な指揮官となるのだろうが、
今はまだ力不足なのは否めない。
戦闘ばかりでなく、こういったところにまで気が回るから明菜の補佐に
推薦しておいて良かったとアイザックは安堵した。
明菜と同い年なのに実戦経験豊富なサンドラは、アイザック自身も
一目置くほど優秀だ。立案する訓練計画も洗練されていて無駄がないのは、
実体験に基づいているからだろう。
明菜もあの若さで大尉という階級に任命されるほど優秀なのだろうが、
実際に戦場を経験しているアイザックとしては同じ死線を潜り抜けた中で
研鑽された技量を持つサンドラを信頼していた。
明菜も経験を積めば自分よりも優秀な指揮官となるのだろうが、
今はまだ力不足なのは否めない。
<合流しようにも今からでは難しいな。輸送車両がなくては仕方がない。
カリウスの面倒は私が見よう>
カリウスの面倒は私が見よう>
『本当にすみません、アイザック大尉。OBTの仕事もあるのに……』
<気にする事はない。部隊を新設するのは忙しく大変な仕事だからな。
それは承知している事だ>
それは承知している事だ>
『では、カリウスさんの事を宜しくお願いします』
<任せてくれ>
回線を閉じ、レオパルディネを見遣る。少女は搭乗ハッチを勝手に
開いて車内に顔を突っ込んでいた。
開いて車内に顔を突っ込んでいた。
「全部スマート化されてる! しかも一人乗りだ! 運転席っていうよりも
戦闘機のコクピットみたいで、これはこれで格好良いなぁ!
あ! こんなところに車載機銃用弾薬がある!」
戦闘機のコクピットみたいで、これはこれで格好良いなぁ!
あ! こんなところに車載機銃用弾薬がある!」
相変わらず燥いでいた。アイザックは溜め息をつき、肩を竦めて
やれやれと頭(かぶり)を振った。
やれやれと頭(かぶり)を振った。
<まるで玩具を買い与えられた子供だな>
まるで、ではなく、子供そのものだ。多脚戦車の傍まで行き、夢中になってる
レオパルディネに声を掛ける。
レオパルディネに声を掛ける。
<気に入ってくれて何よりだが、簡単にその車輌について講義したいんだが>
「はーい!」
ひょこっとハッチから顔を出し、レオパルディネは身軽な動作で車体から降りた。
<さて、車内の様子からこの多脚戦車が一人乗りであるのは分かっているな。
この多脚戦車…XLAT-02〝アラクネ〟は、SMIからの強い要望で試作された
一人乗り用軽多脚戦車だ。非常に軽量小型だが大容量バッテリーと
小型ガスタービンエンジン、人工筋肉で駆動し、出力は戦車並にある。
SMIやその他の歩兵を支援する重火器を搭載可能で、後部はモジュラーユニット式の
兵装コンテナとなっていて、任務に応じて簡単に換装可能だ」
この多脚戦車…XLAT-02〝アラクネ〟は、SMIからの強い要望で試作された
一人乗り用軽多脚戦車だ。非常に軽量小型だが大容量バッテリーと
小型ガスタービンエンジン、人工筋肉で駆動し、出力は戦車並にある。
SMIやその他の歩兵を支援する重火器を搭載可能で、後部はモジュラーユニット式の
兵装コンテナとなっていて、任務に応じて簡単に換装可能だ」
アイザックは懐から書類の束を取り出し、レオパルディネに渡した。
<それにこの兵器に関する詳細が載っている。後でよく読んでおくように>
レオパルディネはぱらぱらと頁を捲って熱心に読んでいる。そしてある
頁で手が止まり、目をキラキラと輝かせた。
頁で手が止まり、目をキラキラと輝かせた。
「大尉! 大尉! 見て下さい!」
その頁を開いてぴょんぴょんと必死に跳びはね、アイザックに見せる。
そこには対戦車駆逐/火力支援仕様の長大な砲身を持つ火砲が載っていた。
そこには対戦車駆逐/火力支援仕様の長大な砲身を持つ火砲が載っていた。
<これがどうかしたのか?>
「このマズルブレーキ! ティーガーのkwk36 L/56とそっくりです!
しかも口径は88(アハトアハト)mm! 砲身長も同じ56口径(4928mm)! そして生産はクルップ社!
もう世の中の虎好きを狙っているとしか思えません!」
しかも口径は88(アハトアハト)mm! 砲身長も同じ56口径(4928mm)! そして生産はクルップ社!
もう世の中の虎好きを狙っているとしか思えません!」
開発過程で研究を重ねた結果、この口径と砲身長が、軽多脚戦車に
搭載可能な火砲で最大限の性能を発揮できるというだけだったのだろう。
しかしレオパルディネは何か運命的な出会いを感じている様子だ。
搭載可能な火砲で最大限の性能を発揮できるというだけだったのだろう。
しかしレオパルディネは何か運命的な出会いを感じている様子だ。
「それでこれが私の車輌ですよね?」
<ああ。それが君が乗る車輌だよ>
「つまり専用って事ですか?」
<まぁ、そうなるな>
「マーキングしてもいいですか?」
<…部隊の識別標と混同しない位置なら許可しよう>
「やったー! カリウスの217号車と同じマーキングにしよう!」
レオパルディネは小さな身体をいっぱいに使って喜びを表した。
「ところで皆何処に行っちゃったんですか?」
<他の隊員は急遽予定を変更して実車で野外走路訓練をやっているそうだ>
「いいなぁ! 私も動かしたいなぁ!」
<残念だがそれは無理だ。訓練場まで軽多脚戦車を運ぶ輸送車がない。
不服かもしれないが、君は私と一緒に別行動だ>
不服かもしれないが、君は私と一緒に別行動だ>
しゅんと項垂れて、レオパルディネはぺたぺたと軽多脚戦車の太く頑丈な移動脚に触れた。
<シュミレーターが使えれば良かったんだが、まだ調整中だからな。
まぁ、明日から実車とシュミレーターの訓練が始まるから、今日は我慢してくれ>
まぁ、明日から実車とシュミレーターの訓練が始まるから、今日は我慢してくれ>
主人に叱られていじけた仔犬の様に元気のないレオパルディネを見て、
アイザックが悪い訳ではないのに、彼はなんだか酷い罪悪感に苛まれた。
どうしたものかとアイザックは思案に暮れ、そういえば、今日は
メディカルセンターに用事があったのを思い出した。
アイザックが悪い訳ではないのに、彼はなんだか酷い罪悪感に苛まれた。
どうしたものかとアイザックは思案に暮れ、そういえば、今日は
メディカルセンターに用事があったのを思い出した。
<すまないが、私の用事に付き合ってくれないか?>
アイザックの突然の頼み出に、レオパルディネはきょとんとしていたが、
直ぐに頷いた。
直ぐに頷いた。
<ありがとう。それじゃあ、行こうか>
レオパルディネは自分の車輌を名残惜しそうに振り返ったが、
アイザックに手を引かれて格納庫を後にした。
アイザックに手を引かれて格納庫を後にした。
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