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十二話 「真相(前)」

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 『Diver's shell


 十二話 「真相(前)」


 正午になったというのに雨は降り止まなかった。

 「アレックス氏救出隊の配置を完了。そちらの状況を知らせよ」
 「こちらW。Tの潜入及び組織の連中の配置を確認した。ヴァンデッタの一人が居る可能性があり、まだ突入が出来るとは思えない」
 「了解」

 通信を切ったウィスティリアは、タナカが送ってくる映像を見つつ、ゴーグルで締め付けられて苦しげな銀髪を無理矢理中へ押し込む。黒服の男達が居る家から少し離れた廃屋の屋上の影。倉庫の奥に彼女は居る。
 タナカは上手い具合に屋根裏や断熱材の裏などに潜り込んで小型カメラで映像を撮ってきている。状況は大体掴めたが、家と周辺が入り組んで狭いという悪条件の為、中々突入の機会を見出せないで居た。
 どんなにプロを集めても失敗するときはある。ならば、いい条件を揃えて失敗の可能性を出来る限り低くするのが良い。
 既に突入隊は待機している。一声かければドアを蹴破って救出可能だが、拘束されて銃を向けられているのでは躊躇ってしまう。
 知らせないことを条件にしている以上、黒服の連中に連絡など取ったら血祭りは必至。
 交渉の余地は無く、あるのは暴力による解決のみなのだ。
 ウィスティリアは空を見上げた。灰色の雲に覆われた空からは夏に近づいた匂いを孕んだ雨が轟々と叩きつけるように降り注いでおり、帳をかけるように波打っている。
 雨が止まないうちに決行すべきだろうか。雨が降っていれば音は打ち消され、家に接近するまで姿を覆い隠してくれるに違いないのだが。数秒の悩みの後、タナカが送ってくる映像をゴーグルで確認する。
 天井の隅からの映像だ。女は顔色一つ変えずに銃の分解整備を行っているのだが、周囲の男達は明らかに疲れている。寝てもいいオヤジとエリアーヌと違って常に警戒していなければならないからだろう。
 映像を切り替える。家の裏庭のようだ。男数人が、家の屋根の影で雨を避けながら、タバコで一服している。素人とかそんなレベルではない。銃を持たされただけなのではないかと考えてもいいくらいだ。
 チャンスだ。
 タナカが潜入に成功し、男数人が家の裏で一服していて、天気は雨。
 やるなら今しかない。ウィスティリアは廃屋の屋上の倉庫から飛び出し、無線に命令を出した。






 タナカはカメラがしっかりと固定されていることをサッと確認すると、腰から取り出した金属性のワイヤーを手繰らせ、ピンと緊張させるように握る。
 屋根裏から這い出て、トイレの天井の蓋の隅から内部を覗き込む。誰も居ない。足音や気配も聞こえなかった。音をさせないように、便座の蓋の上に足をつけ、天井を閉める。
 ドアの内側に耳をつけて外を確認。ドアを薄っすらと開けて片目だけ出すようにして廊下へと視線をやって安全を確認し、さっと出てドアを閉める。ドアノブを捻りながら閉めるのを忘れない。
 トイレから家の裏の倉庫へと忍び足で進む。これまた誰も居ない。タナカは、微かなタバコの臭いを感じて鼻を動かす。まだ吸っているなら行幸だ。
 裏庭へ出る扉に近づけば、強めにノックをして、普通なら出さないしゃがれ声を張り上げた。

 「サボッてんじゃねぇーぞ!」

 外で大体3人程の足音が聞こえ、小さく罵り言葉が聞こえた。どたどたと慌しく駆け寄ってくる黒服の男の足音三人分。タナカは両手に握ったワイヤーを目線まで上げて見て、壁際に身体を吸い付けるように寄せた。
 ドアが開かれる。タナカは足を突き出して男の一人を転ばせた。すると、後ろから入ってきた二人も覆い重なるようにしてばらばたと倒れ掛かっていく。間抜けにもほどがある。

 「誰だおまッ!?」

 最後に入ってきた男が、タナカを見るや声を上げて、銃を構えようとする。だが転んでもつれた状態では構えるものも構えられない。タナカは男の首をワイヤーで縛り上げ、胸倉を掴んで柔道の要領で地面に叩きつけて沈黙させる。
 二番目の男には頭部に踵落とし。鍛え抜かれた筋肉と重力から生じる威力に一撃で意識が粉砕された。
 最後。一番下に居る男。やっと襲撃にあったことに気が付いて叫ぶ頃には時既に遅し。タナカが両手に握りなおしたワイヤーが脂ぎった首筋に食い込んで声を上げさせない。タナカは、ワイヤーを引いて首を圧迫することで意識を奪えば、男を床に横たえる。
 物音に気が付いたのか、家の表のほうから足音がしてきた。さっと身を翻しつつ無線機をつける。

 「突入を」
 「了解」

 銃を構えて訝しげに倉庫に入ってきた男にタナカが襲い掛かる。家の曲がり角から突如現れたかと思えば、頭部に拳を叩きこんで背後に周って口元を押さえ、引き抜いたナイフを目の前で見せつけ、両足を裏から膝で押して地面に膝で立たせる。
 タナカはナイフを腰に仕舞い、もがもがと口を動かしながらも恐怖で両目をぎょっと広げている男の首筋に拳銃を押し付けた。

 「立て」

 男に選択肢は無い。
 タナカは、男を盾にしたまま居間へと進んでいく。拳銃を見せびらかすように男の首筋に食い込ませた。
 その時、突入隊がスタングレネードを家に投げ入れた。グレネードランチャーで投射された弾が窓ガラスを破壊して突入。閃光が爆発するなかで、レーザー狙撃銃による無音の一撃が煌き、実弾による正確な射撃が男を制圧していく。

 「クソがああッ!!」

 女の絶叫が轟いた。
 タナカは男を盾に侵入した。
 黒服の男達は皆倒れて、オヤジとエリアーヌは地面に伏せていた。エリアーヌは全身グルグル巻きなので芋虫のような体勢なのだが。
 全身黒で統一された防護服に身を包んだ隊員の何人かが外で銃撃戦を始めた。
 はて、二人を確保し、黒服の男を半分死んでいるとは言え制圧できたのに銃撃戦?
 タナカはそう考えつつ、盾にしていた男の首筋に手刀を叩き込んで昏睡させて床に転がし、拳銃の安全装置をかける。そういえばウィスティリアが見つからない。タナカは駆け足で家の外に出て、拳銃の安全装置を外しながら道路に出る。
 女だ。例の女が、隊員と凄まじい銃撃戦を繰り広げていた。両手の自動小銃を乱射し、腹部に弾丸を受けようが受けまいがお構い無しに隊員を釘付けにしている。
 タナカは、コンテナの陰で攻撃の機会を伺っているウィスティリアの側に寄り、拳銃を腰に戻して背中の散弾銃を両手に握った。


 「ヴァンデッタが派遣した戦闘用義体ですかね」
 「でしょうね。防弾チョッキ着てると言っても直撃して痛くないなんて妙な話よ。足に当たってるのに痛そうじゃないし。面倒ね。市街地で銃撃戦なんて」

 女は、隊員の撃つ短機関銃の銃弾に当たっているにも関わらず、両手の銃をひたすら撃ちまくりながら徐々に後退し始めている。
 自動小銃は連射すると銃身が跳ね上がって命中は期待できない上に反動が物凄い。女は義体特有の腕力で押さえつけているのだ。用済みになった薬莢が面白いぐらいに飛び跳ねて落ちていく。
 ウィスティリアは狙撃を要請しようとして無線機を起動した。

 「拳銃弾やレーザーを防げても―――」

 発射。
 物陰に隠れようとした女の左腕に大きな穴が空き、衝撃で自動小銃の片方がどこかへ滑った。タナカは、散弾銃のポンプを引いて弾を装填し、物陰から身をせり出して引き金を落とした。耳をつんざく射撃音。女の片腕に皹が入って表面が砕けた。ポンプアクション。
 かちん、と排出されたシェルが水溜りに落ちて止まる。
 再装填。タナカは何気ない動きで弾道を調整し、女が腕を動かすよりも前に同じ場所に弾丸を叩き込む。ポンプを引き、ショットシェルを排出。硝煙が立ち上る。

 「スラッグ弾は防げない」

 それでも初弾は防いでいたのだから驚きだ。タナカの腕の良さが無ければ片腕で銃を撃ち続けていたかもしれない。
 女は、片腕が破壊されても痛みを感じないのか、意味不明な言葉を吐きながら路地裏へと逃げ込む。すかさず数人の隊員が後を追って走り出した。
 雨は降り続いている。水の音にも負けない銃の連射音がばりばりと響く。

 「あんな狭いと狙撃は無理ね。加勢しましょ」
 「了解しました」

 二人は髪や装備がズブ濡れなのを気にせずに駆け出した。
 ほぼ同じ頃、別の場所でユトとメリッサの家族などを監禁していた黒服の男達の仲間が一斉に取り押さえられたという報告が入った。






 『機体』の性能は、いまだ体験したことが無い未知の領域に達していた。
 それは、そう、レシプロ機乗りがある日突然ジェット機に搭乗した時。地べたを這いずり回るしかない鶏が天空を舞えるようになった時。長い間隔でしか主観を刻めない植物が人になった時。
 ポンピリウスとは比較出来ない速度で水の中を「飛翔」する機体。空気の皮膜を作ることによって水の抵抗を皆無にし、浮遊して推進することで、水中であるというのに矢の様な速度で進む。
 『鍵』によって目覚めた機体には、パスワードなどのセキュリティが設定されておらず、しかも乗り込むと読めなかった言語も全てが読めるようになった。
 運良く二人乗りということもあり、ユトとメリッサは機体に乗って地上へと帰還していた。
 例の『宝石』は、機体に乗って遺跡内部をくまなく探した結果、添付されていた写真そっくりのを発見したので持ち帰ることにした。ポンピリウスを失ったのは痛手だが、たったこれで命を救えるなら安過ぎる出費だ。
 だが二人は腑に落ちない点が幾つもあった。
 まず一つ目。黒服の連中は、何故こんなことをしなくてはならなかったのか。『鍵』を奪って勝手に潜ればいいではないか。人質までとって潜らせる必要があったのか。
 二つ目。遺跡の謎の空間にあった機体と宝石は一体なんなのか。遺跡が建造された目的すら分かっていない今考えたところでどうしようもないことなのだが、つい考えてしまう。
 機体に乗って遺跡内部のパイプラインを進んでいる最中にガードロボに見つかっても襲ってこない。何か理由があるのだろうか。機体を味方と認識しているなら説明が付くが、それならば何故、誰でも乗れるお手軽設計にして置くのかという疑問が残留する。
 ユトは、潜水機と大差ない方式でありながら圧倒的に滑らかかつ機敏に動く機体に圧倒されながら、記憶の中にある道をひたすら遡っていた。メリッサは作業しようにも右腕が無いのでぼんやりと外の様子を窺っている。
 メリッサは、疲労を湛えた顔で、腕時計を見てみる。13時。昼間だった。不思議と空腹は感じない。ただ、皮膚にじりじりと迫ってくる焦燥感と不安が、どうしようもない苛立ちを生み出してくる。
 父親は、オヤジさんやエリアーヌは無事だろうか。メリッサは左手で前髪を掻き揚げて一時的にオールバックを作って崩す。頭皮が解れる。思考の逃避でもある。

 「急いで」
 「分かってる。けど、もう少しかかると思う」

 機体の速度を上げる。今までの潜水機の全速が亀のように遅く感じられるほどの高速へと達し、景色が目まぐるしく変わっていく。独特な低音を撒き散らしながら一機の蒼い機体が遺跡の複雑なパイプを曲がり、鋭角に地上を目指す。
 機体が進むたび、脇に寄せられた水が遺跡の壁を撫ぜ、押し寄せて、静止している水へと衝突して消える。
 約束の時刻までは猶予はあっても、心に余裕は無かった。






 「WとT、及び救出隊より本部。ヴァンデッタの一人を追い詰めました。目標の救出は完遂。捕獲します」

 ウィスティリアは、短機関銃の弾がマガジンに入っていることを確認して、差し込みなおして銃を撃てるようにする。黒の防護服に身を包んだ二人と、救出隊の隊員は、手負いの女をとある倉庫へと追い詰めていた。
 義体は本来なら人間と同じ出力・強度しか許可されていないというのに、女のそれは遥かに凌駕しているとしか思えない性能であった。
 だが所詮は単身。拳銃弾では致命傷を与えるに行かなくとも、10、20、30と撃ち込めば損傷を広げていくことが可能となる。人の形態では防御にも限界がある。
 雨に濡れた二人は、女が逃げ込んだ倉庫の鉄の扉の前で待機している隊員達に合図を送ると、二階にある錆び付いたドアの前で中の様子を窺う。周辺は隊員で固めてある。逃げられはしない。

 「お先にど~ぞ?」

 気軽い調子でタナカを先に入れようと微笑を浮かべてみせるウィスティリア。タナカは溜息を漏らすと、散弾銃の安全装置を外す。ウィスティリアがドアノブに手をかけて開ける準備をする。
 雨の音が何も無い時間を埋める。
 誰かが息を飲む音がした。

 「………GO!」

 タナカが言うより先にウィスティリアが扉を開け、同時に銃を構えた隊員が倉庫の中になだれ込む。タナカが豹を思わせる俊敏な動きで倉庫の中に滑りこみ、後ろからウィスティリアが続く。
 二階には居ない。一階だ。二人は、二階で激しく撃ち合いが始まったのを聞いた。直ちに加勢すべく、手すりから身を乗り出して銃を構えた。
 女は、大声を上げて悪鬼の表情で、自動小銃を片手で構えて撃ちまくっていた。
 隊員は遮蔽物に身を隠して応戦しているが、女の命を顧みない大胆な射撃に阻まれて有効な一撃を命中させられない。足や腕に命中しても痛くないのだ。女は自動小銃の弾を装填し、また気が狂ったように撃ちだした。片腕で装填出来るとは驚きだ。
 女は上の二人には気が付いた様子は無い。
 タナカは右腕を。ウィスティリアは短機関銃による援護射撃をせんとして構える。

 「撃って!」

 ウィスティリアの一声が引き金を落とす。爆音が倉庫に轟いた。
 無事だった方の左腕の間接に散弾銃から放たれたスラッグ弾がめり込んで向きを捻じ曲げ、ウィスティリアの短機関銃の掃射で自動小銃が沈黙。隊員達が身を乗り出し弾を叩き込み、女をその場で崩れ落ちさせた。
 全身至る所に穴を穿たれ、場所によってはオイルを垂れ流し、電流を迸らせ、地面で痙攣している。義体であるから死にはしないだろうが、動くことは不可能である。油断なく二人は銃を構え、隊員が女を確保するところを見守る。
 隊員の一人が親指を突き上げた。辺りにほっとした空気が流れた。
 ウィスティリアは短機関銃を下げ、ゴーグルを頭から外して匂うように美しい銀色の髪の毛を引き出して頭を振った。タナカも銃を降ろすと、やや解れた表情を見せる。

 「終わりましたね」
 「そうね。あっけなかったけども」

 後は、多分帰還してくるであろうユトとメリッサを回収することだけだ。到達出来たとは思えず、かといって死亡しているとも思えない。自分の命と引き換えにしてでも助けようと行動していることだろう。
 二人は倉庫から出ようとして、

 「これは―――?」

 ウィスティリアが微細な音を拾ったことで足を止めた。
 どこからか、キーン、という高音が響いてきているのだ。倉庫内部ではない。外だ。それもある程度の距離、もしくは高さ。雨の音を掻き消して、不安定に大きくなったり小さくなったりを繰り返している。
 ヘリなどを頼んだ覚えもなければ、市街地の上空、しかも低空を大型の航空機が飛行許可を取れる訳も無い。
 その時、二人の無線と女に応急処置を施していた隊員の無線機が鳴った。
 全員が降ろしていた銃を構えなおして警戒する。隊員の中には壁際に寄って背中をとられないように警戒するものも居た。

 「本部より各員。武装した飛行艇が……!」

 ノイズ交じりの無線が情報を伝えた。
 次の瞬間、倉庫に居る誰もが動く間すら与えられず、真上から機関砲による掃射を受けた。屋根が弾け、倉庫そのものが圧倒的な鉄の嵐に晒されて小爆発を起こし、崩落する。
 ―――……射撃音は、遠くから聞けば獣が遠吠えをしているかのようだった。



             【終】

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