「あんた! ウチの家に代々伝わるそれ、壊したら承知しないわよ!」
「わかってるよ! くそっ!」
外から聞こえてくる少女の声に、少年は一人毒づいた。
叫び出したいのはこっちの方だというのに。
眉間に皺を寄せ、少年は正面を見据える。彼の目前にはスクリーン。
そして、それに映し出される巨影。
巨影に対する全体的な印象は、騎士であった。堅固な鎧に身を固め、その手に握る剣で敵を断つ。
そんな騎士が、ただただ純粋に大きくなった、そんな印象。
そう、そして印象に違わず、その騎士は巨大であった。
地上――草花が咲き誇り、野獣が駆け回るのどかな草原――についている足。二本のそれから視線を上に、10m近くまで持ち上げていくと、そこには大地に屹立する巨大な騎士の姿があった。全体的にすらりとしたフォルムである。
兜から下ろされた面、そこから覗く両眼は怪しく光る。それは人で言う知覚のための器官。この騎士で言えば、敵を察知するためのカメラアイ。
騎士の両眼は、こちらを捉えている。スクリーン越しに、怪しげな眼光で射貫かれているような気がして、少年は思わず身震いした。
騎士の上半身は、鈍い光沢を放つ合金で覆われている。腰金部分には、一振りの剣――生身の人が扱える大きさではない。巨大な騎士に併せたサイズの剣である――が提げられていた。
あれがあの騎士の得物なのだろう。形状から見て、刺突専用の細剣か。
自分が乗っているここ――つまりコクピット――を狙われれば、たまったものではない。操縦桿を握る両手が、じっとりと汗ばんだ。
「いい!? 奴を倒さなくちゃ、私たちに未来はないの! 頑張りなさいよ夜這い魔!」
「その呼び方やめろっ!」
自分が緊張していることを知ってか知らずか。スクリーン手前に映る自身の足下で、少女が声を張り上げた。
それにしても不名誉な名前をつけられたものである。そんな名前を大声で叫ばれたからだろう、先ほどまで張り詰めていた自分の気持ちが、少し緩くなった気がする。果たしてそれが良いことなのか悪いことなのかは置いておいて。
「あ、おい! こいつの名前なんだっけ!」
「我がエウリューデ家に代々伝わる最高の機甲騎士! 人呼んで、機甲聖騎士ザイフリード! 覚えなさいよ!」
「わかってるよ! くそっ!」
外から聞こえてくる少女の声に、少年は一人毒づいた。
叫び出したいのはこっちの方だというのに。
眉間に皺を寄せ、少年は正面を見据える。彼の目前にはスクリーン。
そして、それに映し出される巨影。
巨影に対する全体的な印象は、騎士であった。堅固な鎧に身を固め、その手に握る剣で敵を断つ。
そんな騎士が、ただただ純粋に大きくなった、そんな印象。
そう、そして印象に違わず、その騎士は巨大であった。
地上――草花が咲き誇り、野獣が駆け回るのどかな草原――についている足。二本のそれから視線を上に、10m近くまで持ち上げていくと、そこには大地に屹立する巨大な騎士の姿があった。全体的にすらりとしたフォルムである。
兜から下ろされた面、そこから覗く両眼は怪しく光る。それは人で言う知覚のための器官。この騎士で言えば、敵を察知するためのカメラアイ。
騎士の両眼は、こちらを捉えている。スクリーン越しに、怪しげな眼光で射貫かれているような気がして、少年は思わず身震いした。
騎士の上半身は、鈍い光沢を放つ合金で覆われている。腰金部分には、一振りの剣――生身の人が扱える大きさではない。巨大な騎士に併せたサイズの剣である――が提げられていた。
あれがあの騎士の得物なのだろう。形状から見て、刺突専用の細剣か。
自分が乗っているここ――つまりコクピット――を狙われれば、たまったものではない。操縦桿を握る両手が、じっとりと汗ばんだ。
「いい!? 奴を倒さなくちゃ、私たちに未来はないの! 頑張りなさいよ夜這い魔!」
「その呼び方やめろっ!」
自分が緊張していることを知ってか知らずか。スクリーン手前に映る自身の足下で、少女が声を張り上げた。
それにしても不名誉な名前をつけられたものである。そんな名前を大声で叫ばれたからだろう、先ほどまで張り詰めていた自分の気持ちが、少し緩くなった気がする。果たしてそれが良いことなのか悪いことなのかは置いておいて。
「あ、おい! こいつの名前なんだっけ!」
「我がエウリューデ家に代々伝わる最高の機甲騎士! 人呼んで、機甲聖騎士ザイフリード! 覚えなさいよ!」
機甲聖騎士ザイフリード 第1話【紫藤雪人】
紫藤雪人(しどうゆきと)は、きわめて平凡な男子高校生であった。
それは身体能力的にも、頭脳、学力的にも。そんなわけで、彼は可もなく不可もなくと言った高校生活を送っていた。
ただし、彼の置かれている境遇は、平凡とは対極に位置するものであった。
彼は二年前に両親と死別し、その時から彼は双子の姉である紫藤由希音(しどうゆきね)と二人暮らしをしていたのだ。
生活費や学費のためのアルバイトなどに追われてはいたものの、双子の姉、自身が最も愛する者との共同生活は充実していた。
由希音は面倒見が良く、同い年であるとはいえ、彼の母親の代わりとなっていたのだ。
両親を失ったが、彼ら二人の生活はそれほど非道いものではなかった。互いに支え合い、両親の死を乗り越え暮らしてきたのだから。
しかし、そんな幸せ生活はつい一月前に崩れ去った。
双子の姉、由希音の失踪である。
突然の失踪。きっちりとしている性格である彼女が、弟の自分に何も言わずに姿をくらましたのだ。
雪人にとってそれは大きな驚きと悲しみを与えた。食事は喉に通りはしたが、学校へ向かう気力は湧かなかった。
警察に捜索願を届け出、一週間。彼も町内を駆けずり回り、由希音の向かいそうな場所、
二人の思い出の場所、思いつくところありとあらゆるところを探したが、それでも彼女の姿は見つからない。
二週間が過ぎ、警察はさほど熱心に捜査を行なわなくなってきていた。それについて憤りを感じはしたものの、
むしろ雪人を、『自分が姉を見つけるんだ』という気持ちにさせた。
三週間。雪人は半ば諦めかけていた。ついこの前までの、由希音を探し求める熱意は霧のようにどこかへ消えた。
もう姉は見つからないのではないか、そう言った諦めが彼の心の内を支配していたのだ。何故かはわからない。ただ時たま夢に見る、由希音が誰か見知らぬ男と楽しそうに笑っている姿が関係しているような気がした。
それに、いい加減学校へ来いと催促の電話も絶えず鳴り響くようになっていた。雪人は金銭的な事情から奨学金を受け取っており、
その制度が適用される生徒に留年という不名誉な措置が取られた場合、問答無用でその資格を剥奪されるのである。
自身の生活のためにも、雪人は姉の捜索を諦めざるを得なかった。
由希音が失踪して一月。
雪人は変な夢を見るようになった。誰かが呼んでいる。『助けて』と囁く声。耳元で、静かに、誰かが囁く。
由希音だろうか。いや違う、雪人の覚えている由希音の声ではない。では誰が?
考えどもわからない。しかし日に日にその声は確かなものに、そして大きくなって行き、雪人は眠れぬ日々が数日ほど続くまでになっていた。
それは身体能力的にも、頭脳、学力的にも。そんなわけで、彼は可もなく不可もなくと言った高校生活を送っていた。
ただし、彼の置かれている境遇は、平凡とは対極に位置するものであった。
彼は二年前に両親と死別し、その時から彼は双子の姉である紫藤由希音(しどうゆきね)と二人暮らしをしていたのだ。
生活費や学費のためのアルバイトなどに追われてはいたものの、双子の姉、自身が最も愛する者との共同生活は充実していた。
由希音は面倒見が良く、同い年であるとはいえ、彼の母親の代わりとなっていたのだ。
両親を失ったが、彼ら二人の生活はそれほど非道いものではなかった。互いに支え合い、両親の死を乗り越え暮らしてきたのだから。
しかし、そんな幸せ生活はつい一月前に崩れ去った。
双子の姉、由希音の失踪である。
突然の失踪。きっちりとしている性格である彼女が、弟の自分に何も言わずに姿をくらましたのだ。
雪人にとってそれは大きな驚きと悲しみを与えた。食事は喉に通りはしたが、学校へ向かう気力は湧かなかった。
警察に捜索願を届け出、一週間。彼も町内を駆けずり回り、由希音の向かいそうな場所、
二人の思い出の場所、思いつくところありとあらゆるところを探したが、それでも彼女の姿は見つからない。
二週間が過ぎ、警察はさほど熱心に捜査を行なわなくなってきていた。それについて憤りを感じはしたものの、
むしろ雪人を、『自分が姉を見つけるんだ』という気持ちにさせた。
三週間。雪人は半ば諦めかけていた。ついこの前までの、由希音を探し求める熱意は霧のようにどこかへ消えた。
もう姉は見つからないのではないか、そう言った諦めが彼の心の内を支配していたのだ。何故かはわからない。ただ時たま夢に見る、由希音が誰か見知らぬ男と楽しそうに笑っている姿が関係しているような気がした。
それに、いい加減学校へ来いと催促の電話も絶えず鳴り響くようになっていた。雪人は金銭的な事情から奨学金を受け取っており、
その制度が適用される生徒に留年という不名誉な措置が取られた場合、問答無用でその資格を剥奪されるのである。
自身の生活のためにも、雪人は姉の捜索を諦めざるを得なかった。
由希音が失踪して一月。
雪人は変な夢を見るようになった。誰かが呼んでいる。『助けて』と囁く声。耳元で、静かに、誰かが囁く。
由希音だろうか。いや違う、雪人の覚えている由希音の声ではない。では誰が?
考えどもわからない。しかし日に日にその声は確かなものに、そして大きくなって行き、雪人は眠れぬ日々が数日ほど続くまでになっていた。
『私たちを、助けて。この地を、駆けて』
「くそっ!」
まただ。雪人は枕を壁に投げつけた。ぽーんと間抜けな音がして、枕が跳ね返る。
それを見て忌々しげに舌打ちし、雪人は布団を頭から被った。どんどんはっきりと聞こえてくるようになった謎の声。気持ちが悪くて仕方がない。
誰が何のために、誰を助けろと言うのか。助けてもらいたいのはこっちの方だと、雪人は思う。
瞳を閉じる。深呼吸。落ち着けば、この謎の声も消えてしまうのではないかと微かな願望を胸に抱いて。
まただ。雪人は枕を壁に投げつけた。ぽーんと間抜けな音がして、枕が跳ね返る。
それを見て忌々しげに舌打ちし、雪人は布団を頭から被った。どんどんはっきりと聞こえてくるようになった謎の声。気持ちが悪くて仕方がない。
誰が何のために、誰を助けろと言うのか。助けてもらいたいのはこっちの方だと、雪人は思う。
瞳を閉じる。深呼吸。落ち着けば、この謎の声も消えてしまうのではないかと微かな願望を胸に抱いて。
『お願い――助けて。私たちにはどうしようも、できない――』
「あああああっ!」
布団をガバリとはね除けて、雪人が吠えた。忌々しい忌々しい忌々しい!
自分が望んでいるのはこんな得体の知れない声ではない。姉の、最愛の人の、由希音の声だというのに!
「お前は誰だ! 何なんだ! 俺に何をさせようって――」
『私たちを――助けて欲しいの――』
「助けろ助けろって! 俺はお前を知らないし、どうやって、何から助けろって言うんだよ! ああもう!」
『そう、それは正論ね――。なら、こちらに来て――』
こちらに、来て。雪人がその言葉に微妙な引っかかりを覚えていると、突然、激しい耳鳴りに襲われた。
「な、うわああっ!?」
ガンガンガンガンと、何か大きな鐘を叩き鳴り響かせるような、大きい衝撃が彼を襲う。あまりの衝撃に、立っていられない。膝がガクガクと笑う。食道から、今日の夕飯が込み上げてくる。吐いた。痛い、痛い痛い痛い。
耳が痛い、頭が痛い。激痛に耐えきれず、頭を抱えて雪人は転げ回った。布団を巻き込み、なおも回る回る回る。
実際は数分か、しかし苦痛の時間は数時間近く及んだようにも感じられた。悲しいかなその痛みにも慣れ始めた頃、急に視界が真っ白に染まった。
閃光と呼ぶのがふさわしい。まるで太陽の光を近距離で浴びたかのような、それほどの眩しさが雪人を襲う。瞳を閉じても、その閃光は瞼の裏側に張り付いたままだ。眼球がキリキリ痛む。まさに三重苦。
「あ、もうっ……、なん、なんだよ……っ!」
『儀式――。あなたを、呼び出すための』
「いみ、わかんね――」
それが、最後に雪人が聞いた言葉であり、雪人が十六年間を過ごした世界に残した最後の言葉でもあった。
布団をガバリとはね除けて、雪人が吠えた。忌々しい忌々しい忌々しい!
自分が望んでいるのはこんな得体の知れない声ではない。姉の、最愛の人の、由希音の声だというのに!
「お前は誰だ! 何なんだ! 俺に何をさせようって――」
『私たちを――助けて欲しいの――』
「助けろ助けろって! 俺はお前を知らないし、どうやって、何から助けろって言うんだよ! ああもう!」
『そう、それは正論ね――。なら、こちらに来て――』
こちらに、来て。雪人がその言葉に微妙な引っかかりを覚えていると、突然、激しい耳鳴りに襲われた。
「な、うわああっ!?」
ガンガンガンガンと、何か大きな鐘を叩き鳴り響かせるような、大きい衝撃が彼を襲う。あまりの衝撃に、立っていられない。膝がガクガクと笑う。食道から、今日の夕飯が込み上げてくる。吐いた。痛い、痛い痛い痛い。
耳が痛い、頭が痛い。激痛に耐えきれず、頭を抱えて雪人は転げ回った。布団を巻き込み、なおも回る回る回る。
実際は数分か、しかし苦痛の時間は数時間近く及んだようにも感じられた。悲しいかなその痛みにも慣れ始めた頃、急に視界が真っ白に染まった。
閃光と呼ぶのがふさわしい。まるで太陽の光を近距離で浴びたかのような、それほどの眩しさが雪人を襲う。瞳を閉じても、その閃光は瞼の裏側に張り付いたままだ。眼球がキリキリ痛む。まさに三重苦。
「あ、もうっ……、なん、なんだよ……っ!」
『儀式――。あなたを、呼び出すための』
「いみ、わかんね――」
それが、最後に雪人が聞いた言葉であり、雪人が十六年間を過ごした世界に残した最後の言葉でもあった。
「……」
頭が痛む。これは寝起きの、特に寝不足の時に感じる痛みだろう。
ゆっくりと視界が開けてくる。だがそれはぼんやりとしたままで、雪人は現状を把握することが叶わなかった。
ただ、布団の感触から、自分が今、由希音と共に暮らしていたあの家にはいないということだけはわかる。こんな高級な布団、初体験だ。
「……んぁ」
間抜けな声が漏れた。体を起こし、深呼吸。
酸素が行き渡ったのか、大分頭も、視界もはっきりとしてきた。
「ここは、どこだ?」
辺りを見回した雪人は、呆然と呟く。どうやら自分は、天蓋付きのベッドで寝ていたらしい。当然ながら、こんなベッドで横になったことなど彼は一度もない。
ベッドの置かれているこの部屋は、やけに広かった。何畳あるだろう。数える気も湧かない。
天井からは高級感溢れるシャンデリアが吊り下がっており、部屋の壁際にもまた、アイボリー製なのだろうか、非常に趣のある色合いの家具が肩を並べている。午後のティータイム用か、ご丁寧に小さな丸テーブルまで用意されていた。
どこかのホテル――にしては広すぎる。となれば、王族や貴族などの私室であろうか。
しかしそれだと、自分がこの部屋で寝ていた理由の説明にはならない。雪人に、そのような知り合いや親戚などはいない。
「……寒い、わ」
「ああ、ごめん」
反射的に雪人は言葉を返し、硬直した。
寒い……? 誰が? 自分は特に寒いと感じはしない。むしろ心地よいのだが……。
ギ、ギ、ギ、と錆び付いたブリキのおもちゃが如く、ゆっくりと首を回した雪人は、ついさっきまで自分が寝ていたすぐ近く、鼻先数十センチのところに、同い年くらいの少女が寝ていたことを知った。
すぅすぅ、と規則正しい寝息が聞こえる。と、同時に、胸が上下しているのも見えた。
胸。少女は無防備にも、白いレースが映える、薄いネグリジェをその身に纏っているだけであった。布地から、その白い柔肌が透けて見える。
「あわわわわわわ!」
自分が置かれている状況を理解することがついに出来なくなり、雪人は慌てて目を逸らした。すやすやと寝息を立てるこの少女は、自分を、見てはいけないものを見てしまったような、そんな気持ちにさせるのだ。
実際、見てはいけないものを見ているというのもあるのだが。
「……しかし、これは一体……」
気がついたら、無防備な少女と同衾していました。なんて、少し嬉しくあるが、まったく説明のつかない出来事にもほどがあろう。何がどうなってこうなってしまったのか――、雪人が頭を捻っていると、
「お姉様、ここに――」
「う、うわっ!?」
部屋のドアが外側から開かれ、隙間からぴょこんと、雪人の側で寝息を立てている少女と瓜二つの少女が顔を覗かせた。奇声を上げた雪人と、彼女の視線が交差する。
数秒の沈黙。
お互い固まって、動くに動けぬ状況であった。
「ぁ――」
だがその均衡は破られる。
「あ、あ、あ、……お姉様が、殿方を……? い、いえ……まさか……、夜這いっ!?」
「ち、ちがちが違うっ!」
少女がそう考えてしまうのも無理はない話であった。見知らぬ男が、姉の寝台にちょこんと座っているのだから。
「夜這いじゃない、夜這いじゃないから落ち着いて!」
「ど、どうしましょうどうしましょう! ああ、お姉様が、お姉様が!」
「……もぅ、なにようるさいわねぇ……」
横から聞こえてきた声に、雪人はぎょっとした。今まで寝息を立てていたはずの少女が目を覚ます。
それはつまり、またもいらぬ誤解を招く可能性があるというわけで――。
「……ふわぁ、ミナ、あんた少し……、すこし…………」
デジャヴ。視線が交差する。しかしそんな時でも、その存在を声高に主張する胸に目がいくのは男の性か――。
「お、おはよう、ございます……」
「……………………よ、夜這いっ!?」
予想通りの反応に雪人は内心で大粒の涙を流し、そのまま流れるように繰り出された少女の右アッパーをもろに食らって意識を飛ばした。
頭が痛む。これは寝起きの、特に寝不足の時に感じる痛みだろう。
ゆっくりと視界が開けてくる。だがそれはぼんやりとしたままで、雪人は現状を把握することが叶わなかった。
ただ、布団の感触から、自分が今、由希音と共に暮らしていたあの家にはいないということだけはわかる。こんな高級な布団、初体験だ。
「……んぁ」
間抜けな声が漏れた。体を起こし、深呼吸。
酸素が行き渡ったのか、大分頭も、視界もはっきりとしてきた。
「ここは、どこだ?」
辺りを見回した雪人は、呆然と呟く。どうやら自分は、天蓋付きのベッドで寝ていたらしい。当然ながら、こんなベッドで横になったことなど彼は一度もない。
ベッドの置かれているこの部屋は、やけに広かった。何畳あるだろう。数える気も湧かない。
天井からは高級感溢れるシャンデリアが吊り下がっており、部屋の壁際にもまた、アイボリー製なのだろうか、非常に趣のある色合いの家具が肩を並べている。午後のティータイム用か、ご丁寧に小さな丸テーブルまで用意されていた。
どこかのホテル――にしては広すぎる。となれば、王族や貴族などの私室であろうか。
しかしそれだと、自分がこの部屋で寝ていた理由の説明にはならない。雪人に、そのような知り合いや親戚などはいない。
「……寒い、わ」
「ああ、ごめん」
反射的に雪人は言葉を返し、硬直した。
寒い……? 誰が? 自分は特に寒いと感じはしない。むしろ心地よいのだが……。
ギ、ギ、ギ、と錆び付いたブリキのおもちゃが如く、ゆっくりと首を回した雪人は、ついさっきまで自分が寝ていたすぐ近く、鼻先数十センチのところに、同い年くらいの少女が寝ていたことを知った。
すぅすぅ、と規則正しい寝息が聞こえる。と、同時に、胸が上下しているのも見えた。
胸。少女は無防備にも、白いレースが映える、薄いネグリジェをその身に纏っているだけであった。布地から、その白い柔肌が透けて見える。
「あわわわわわわ!」
自分が置かれている状況を理解することがついに出来なくなり、雪人は慌てて目を逸らした。すやすやと寝息を立てるこの少女は、自分を、見てはいけないものを見てしまったような、そんな気持ちにさせるのだ。
実際、見てはいけないものを見ているというのもあるのだが。
「……しかし、これは一体……」
気がついたら、無防備な少女と同衾していました。なんて、少し嬉しくあるが、まったく説明のつかない出来事にもほどがあろう。何がどうなってこうなってしまったのか――、雪人が頭を捻っていると、
「お姉様、ここに――」
「う、うわっ!?」
部屋のドアが外側から開かれ、隙間からぴょこんと、雪人の側で寝息を立てている少女と瓜二つの少女が顔を覗かせた。奇声を上げた雪人と、彼女の視線が交差する。
数秒の沈黙。
お互い固まって、動くに動けぬ状況であった。
「ぁ――」
だがその均衡は破られる。
「あ、あ、あ、……お姉様が、殿方を……? い、いえ……まさか……、夜這いっ!?」
「ち、ちがちが違うっ!」
少女がそう考えてしまうのも無理はない話であった。見知らぬ男が、姉の寝台にちょこんと座っているのだから。
「夜這いじゃない、夜這いじゃないから落ち着いて!」
「ど、どうしましょうどうしましょう! ああ、お姉様が、お姉様が!」
「……もぅ、なにようるさいわねぇ……」
横から聞こえてきた声に、雪人はぎょっとした。今まで寝息を立てていたはずの少女が目を覚ます。
それはつまり、またもいらぬ誤解を招く可能性があるというわけで――。
「……ふわぁ、ミナ、あんた少し……、すこし…………」
デジャヴ。視線が交差する。しかしそんな時でも、その存在を声高に主張する胸に目がいくのは男の性か――。
「お、おはよう、ございます……」
「……………………よ、夜這いっ!?」
予想通りの反応に雪人は内心で大粒の涙を流し、そのまま流れるように繰り出された少女の右アッパーをもろに食らって意識を飛ばした。
「で? あんた何物? 回答次第によってはここで息の根を止めるわよ」
「は、え? なんでそんな物騒な」
「いいから答えなさい。まさかフランツァの間者?」
雪人が気を失っている間に着替えたのだろうか、少女(姉)は、白いワンピースに身を包んでいた。
栗色の髪の毛を頭蓋頂点付近で結って下に垂らしている。つまりはポニーテールだ。
その眉はかなり吊り上がっており、彼女がいかに怒り心頭かを表していると言えた。無理もないとは思うが、それにしても人の話を聞かない少女である。何を言おうと耳を傾けず、雪人は腕と足を縛られ、丸太よろしく床に転がされていた。
ちなみに、少女(妹)の方は魔術師よろしく黒いローブに身を包み、姉の後方で静かに佇んでいた。腰を越えて伸びる栗色の髪が印象的だ。引きずらないのだろうかと、雪人はぼんやり考えた。
「って、フランツァって何だよ……。というか、なんなんだよもう!」
「なんで夜這い魔の癖にいきなり怒り出すのよ」
「夜這い魔じゃねえっつの! 元の世界に戻してくれよ!」
「元の世界……?」
自由を奪われたとはいえ、雪人は途中まで冷静であった。辺りを見回し、窓から外の景色を見、ここが元自分のいた世界でないことを知った。驚きは特になかった。珍しい体験をするものだなと思っただけであるが……。
「こんな目に遭うんなら早く帰らせてくれ!」
「なんのことよ! わけわかんないわ!」
「こっちの台詞だよ畜生!」
雪人は喚く。喚いてもどうにかなることではないだろうが、それでも喚いた。
喚くくらいしかやることがないというのが事実だ。この少女は話を聞かない。
「……少し、宜しいですか」
「何よミナ」
今まで黙っていた少女(妹)――どうやらミナというらしい――が、おずおずと口を開いた。
気まずそうに雪人に視線をやった後、少女(姉)と一言二言会話を交わす。
「はぁ!? それは本当なの!?」
「ま、まだ確信は持てませんが……」
「そう……、ふーん……、そう」
うんうん、と何度か頷き、少女(姉)が雪人を見た。
その瞳には、何かを試そうとしているような、そんな光が見える。
「あんた、名前は」
「……そういうのって、自分から名乗るのが普通じゃないのか」
「ぐ……。ふん、私はマナ・エウリューデよ。そしてこっちが、双子の妹のミナ・エウリューデ」
マナが、黒いローブを纏う自身の妹を指さした。
ミナは無言で会釈し、雪人もそれに返した。妹の方には好感が持てる。――夜這い魔扱いされはしたが。
「で、名前は」
「紫藤雪人」
「しどー、ゆきと?」
「ユキト、ですね」
慣れない発音のためか、首を傾げたマナに代わり、ミナが静かに言葉を続けた。
「ユキト、私たちはあなたを待っていました」
「……待っていた……?」
「そう、あなたなら、この世界を救えるはずです。きっと……、いえ、絶対に」
力強く、断定するようなミナの口調に気圧されて、雪人はただただ押し黙ることしかできなかった。
「は、え? なんでそんな物騒な」
「いいから答えなさい。まさかフランツァの間者?」
雪人が気を失っている間に着替えたのだろうか、少女(姉)は、白いワンピースに身を包んでいた。
栗色の髪の毛を頭蓋頂点付近で結って下に垂らしている。つまりはポニーテールだ。
その眉はかなり吊り上がっており、彼女がいかに怒り心頭かを表していると言えた。無理もないとは思うが、それにしても人の話を聞かない少女である。何を言おうと耳を傾けず、雪人は腕と足を縛られ、丸太よろしく床に転がされていた。
ちなみに、少女(妹)の方は魔術師よろしく黒いローブに身を包み、姉の後方で静かに佇んでいた。腰を越えて伸びる栗色の髪が印象的だ。引きずらないのだろうかと、雪人はぼんやり考えた。
「って、フランツァって何だよ……。というか、なんなんだよもう!」
「なんで夜這い魔の癖にいきなり怒り出すのよ」
「夜這い魔じゃねえっつの! 元の世界に戻してくれよ!」
「元の世界……?」
自由を奪われたとはいえ、雪人は途中まで冷静であった。辺りを見回し、窓から外の景色を見、ここが元自分のいた世界でないことを知った。驚きは特になかった。珍しい体験をするものだなと思っただけであるが……。
「こんな目に遭うんなら早く帰らせてくれ!」
「なんのことよ! わけわかんないわ!」
「こっちの台詞だよ畜生!」
雪人は喚く。喚いてもどうにかなることではないだろうが、それでも喚いた。
喚くくらいしかやることがないというのが事実だ。この少女は話を聞かない。
「……少し、宜しいですか」
「何よミナ」
今まで黙っていた少女(妹)――どうやらミナというらしい――が、おずおずと口を開いた。
気まずそうに雪人に視線をやった後、少女(姉)と一言二言会話を交わす。
「はぁ!? それは本当なの!?」
「ま、まだ確信は持てませんが……」
「そう……、ふーん……、そう」
うんうん、と何度か頷き、少女(姉)が雪人を見た。
その瞳には、何かを試そうとしているような、そんな光が見える。
「あんた、名前は」
「……そういうのって、自分から名乗るのが普通じゃないのか」
「ぐ……。ふん、私はマナ・エウリューデよ。そしてこっちが、双子の妹のミナ・エウリューデ」
マナが、黒いローブを纏う自身の妹を指さした。
ミナは無言で会釈し、雪人もそれに返した。妹の方には好感が持てる。――夜這い魔扱いされはしたが。
「で、名前は」
「紫藤雪人」
「しどー、ゆきと?」
「ユキト、ですね」
慣れない発音のためか、首を傾げたマナに代わり、ミナが静かに言葉を続けた。
「ユキト、私たちはあなたを待っていました」
「……待っていた……?」
「そう、あなたなら、この世界を救えるはずです。きっと……、いえ、絶対に」
力強く、断定するようなミナの口調に気圧されて、雪人はただただ押し黙ることしかできなかった。
「……」
「……なぁ、それって――」
どういう意味だ、と続けようとした雪人の耳に、轟音が飛び込んできた。
思わず一斉に、全員が音のした方向、窓の外を見やる。
広く続く草原。草花が咲き乱れ、野ウサギたちが駆け回るのどかな草原。
だが、そんな安寧の地の一部は黒く焦げ、所々に大きな穴が穿たれていた。
「何が……?」
「フランツァの機甲騎士よ」
雪人の呆然とした声に、マナが苛立ちを隠さずに答えた。
「フランツァ……?」
「敵よ、敵。私たち王国の敵」
「……?」
「今はまだ、わからなくても良いのです、ユキト」
頭の上に疑問符を浮かべて首を傾げる雪人に対し、ミナが諭すように言った。
「そうね……、ミナの言う通りだわ。今一番大事なことは、あいつを退けること」
マナが指さした先に、人影のようなものが見えた。だが、それは人影というのには大きすぎる。
10m近くはあるだろうか。鈍い光沢を放つ鎧に身を包む、巨大な騎士がそこにはいた。
「なんだよあれ……。ロボット……?」
「説明は後よ、とにかくこっちに来なさいユキト」
「は、はぁ?」
マナに腕を引かれ、雪人は部屋を後にした。ミナもそれに続く。
どうするつもりなのか。雪人はマナに尋ねてみるものの、返ってくる答えは芳しくなかった。
「……なぁ、それって――」
どういう意味だ、と続けようとした雪人の耳に、轟音が飛び込んできた。
思わず一斉に、全員が音のした方向、窓の外を見やる。
広く続く草原。草花が咲き乱れ、野ウサギたちが駆け回るのどかな草原。
だが、そんな安寧の地の一部は黒く焦げ、所々に大きな穴が穿たれていた。
「何が……?」
「フランツァの機甲騎士よ」
雪人の呆然とした声に、マナが苛立ちを隠さずに答えた。
「フランツァ……?」
「敵よ、敵。私たち王国の敵」
「……?」
「今はまだ、わからなくても良いのです、ユキト」
頭の上に疑問符を浮かべて首を傾げる雪人に対し、ミナが諭すように言った。
「そうね……、ミナの言う通りだわ。今一番大事なことは、あいつを退けること」
マナが指さした先に、人影のようなものが見えた。だが、それは人影というのには大きすぎる。
10m近くはあるだろうか。鈍い光沢を放つ鎧に身を包む、巨大な騎士がそこにはいた。
「なんだよあれ……。ロボット……?」
「説明は後よ、とにかくこっちに来なさいユキト」
「は、はぁ?」
マナに腕を引かれ、雪人は部屋を後にした。ミナもそれに続く。
どうするつもりなのか。雪人はマナに尋ねてみるものの、返ってくる答えは芳しくなかった。
今更になって気がついたことだが、この少女達は随分と巨大な屋敷に住まっているらしかった。
あのだだっ広い部屋を出た後、一定の間隔で調度品が並ぶ廊下をかれこれ数十分は歩いている。
「なぁ、おい、あの……機甲騎士だっけ? それが来るんじゃないか?」
「来るでしょうね」
「来るでしょうねって……。逃げなくて良いのかよ」
あんな巨大なロボットに襲われては、まず生き残るのは不可能に近い気がした。
なにより彼女たちは、自分たちの敵だと明言している。
敵ということはつまりこちらを攻める理由があるわけで、その対象はこの少女達……。
「厄介な……。早く元の世界に戻りたい……。ていうか、これって夢なのかな」
「ユキト、外に出るわよ、広いところへ!」
「はぁ?」
反論する間もなく、雪人は二人の少女に手を引かれて屋敷の外へと出た。
空は青い。雲一つ無い青空だが、対して雪人の心は暗かった。ずしんずしんと大地が揺れる。あの巨大な騎士が一歩踏み出す度に、振動が伝わる。そのスケールの大きさに、雪人は呑まれそうになっていた。
「おい、おい、おい……、あれを退けるって言ったよな」
「言ったわ」
「無理だろ、絶対!」
「ふふん、それがそうでもないのよね。見なさい、これを!」
雪人の言葉に鼻を鳴らし、マナは得意げに、屋敷のすぐ側にある小高い丘を指さした。
丘だ。丘であった。草木が生い茂る、小高い丘。
見なさいと自信満々で言われても、雪人にはただの丘にしか見えず、これが起死回生の決め手になるとは到底思えなかった。
「丘じゃないか」
「ただの丘じゃないわ。あそこにはね、眠ってるのよ。私たちの切り札が」
マナが笑みを浮かべながら言った。
「……そう。そして、この世界を救うための聖騎士が」
ミナも、静かに言葉を紡ぐ。
「……何の話をしてるんだ……?」
切り札。聖騎士。もう雪人にはよくわからない単語が飛び交い始めて来た。
自分だけでも逃げるべきだろうか、いやしかしと一人勝手に葛藤を始めた雪人であるが、その考えはマナとミナ、二人の声によって遮られる。
「ユキト」
「あなたに話があります」
「な、なんだよ……?」
二人の、えらく真面目な声音に少し戸惑いつつ、雪人は言葉を返す。
「……ミナ」
「はい。……白銀を纏い、大地を駆ける聖騎士よ。今我らに、汝の力を――」
雪人にはよくわからなかったが、印か何かを結んだミナが何事かを呟いたと同時に、マナが自慢げに指さしていた丘が崩れ落ちた。
そして、そこからちらりと何かが覗く。
そう、これは――。
「な、ロボット……?」
「そうよ、私たちの切り札。……機甲聖騎士、ザイフリードよ!」
あのだだっ広い部屋を出た後、一定の間隔で調度品が並ぶ廊下をかれこれ数十分は歩いている。
「なぁ、おい、あの……機甲騎士だっけ? それが来るんじゃないか?」
「来るでしょうね」
「来るでしょうねって……。逃げなくて良いのかよ」
あんな巨大なロボットに襲われては、まず生き残るのは不可能に近い気がした。
なにより彼女たちは、自分たちの敵だと明言している。
敵ということはつまりこちらを攻める理由があるわけで、その対象はこの少女達……。
「厄介な……。早く元の世界に戻りたい……。ていうか、これって夢なのかな」
「ユキト、外に出るわよ、広いところへ!」
「はぁ?」
反論する間もなく、雪人は二人の少女に手を引かれて屋敷の外へと出た。
空は青い。雲一つ無い青空だが、対して雪人の心は暗かった。ずしんずしんと大地が揺れる。あの巨大な騎士が一歩踏み出す度に、振動が伝わる。そのスケールの大きさに、雪人は呑まれそうになっていた。
「おい、おい、おい……、あれを退けるって言ったよな」
「言ったわ」
「無理だろ、絶対!」
「ふふん、それがそうでもないのよね。見なさい、これを!」
雪人の言葉に鼻を鳴らし、マナは得意げに、屋敷のすぐ側にある小高い丘を指さした。
丘だ。丘であった。草木が生い茂る、小高い丘。
見なさいと自信満々で言われても、雪人にはただの丘にしか見えず、これが起死回生の決め手になるとは到底思えなかった。
「丘じゃないか」
「ただの丘じゃないわ。あそこにはね、眠ってるのよ。私たちの切り札が」
マナが笑みを浮かべながら言った。
「……そう。そして、この世界を救うための聖騎士が」
ミナも、静かに言葉を紡ぐ。
「……何の話をしてるんだ……?」
切り札。聖騎士。もう雪人にはよくわからない単語が飛び交い始めて来た。
自分だけでも逃げるべきだろうか、いやしかしと一人勝手に葛藤を始めた雪人であるが、その考えはマナとミナ、二人の声によって遮られる。
「ユキト」
「あなたに話があります」
「な、なんだよ……?」
二人の、えらく真面目な声音に少し戸惑いつつ、雪人は言葉を返す。
「……ミナ」
「はい。……白銀を纏い、大地を駆ける聖騎士よ。今我らに、汝の力を――」
雪人にはよくわからなかったが、印か何かを結んだミナが何事かを呟いたと同時に、マナが自慢げに指さしていた丘が崩れ落ちた。
そして、そこからちらりと何かが覗く。
そう、これは――。
「な、ロボット……?」
「そうよ、私たちの切り札。……機甲聖騎士、ザイフリードよ!」
続く
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