天に輝く白き月。
闇に瞬く遠き星々。
その元に何処までも広がる鉛色の雲海。
そして、そんな闇夜に忽然と姿を現すセカイの歪み。どの方向から見てもまったく同じ姿をしたそれは、静寂の内にセカイを侵す。
闇に瞬く遠き星々。
その元に何処までも広がる鉛色の雲海。
そして、そんな闇夜に忽然と姿を現すセカイの歪み。どの方向から見てもまったく同じ姿をしたそれは、静寂の内にセカイを侵す。
「………………」
それはイグザゼンの置き土産。
セカイ外の存在――励起獣を呼び込む災厄その物。
セカイ外の存在――励起獣を呼び込む災厄その物。
「報告します!現時刻を持って「歪み」周辺のスレイブ再敷設を完了!周辺のEB活性は皆無!シュバイドソルジャー部隊全機ステータスグリーン、任務続行可能です!」
励起獣はこの歪みを通じてセカイへと侵入する。
我らの目的はその阻止と侵入した励起獣の殲滅。その対策として「歪み」の周囲には高出力の電磁フィールド発生用ジェネレーターを
搭載した汎用スレイブを複数敷設しているものの、正直それだけでは本格的な奴らの侵略に対しては効果が薄い。時間稼ぎにでもなれば上出来といったところだ。
我らの目的はその阻止と侵入した励起獣の殲滅。その対策として「歪み」の周囲には高出力の電磁フィールド発生用ジェネレーターを
搭載した汎用スレイブを複数敷設しているものの、正直それだけでは本格的な奴らの侵略に対しては効果が薄い。時間稼ぎにでもなれば上出来といったところだ。
「ご苦労。配置に戻れ。」
「了解!」
「了解!」
そこで力を振るうのは我らが用いる対励起獣用人型機動兵器。通称「フェノメオン」。
私の用いる指揮官機である「シュバイゼン」。そしてそのデータをフィードバックして生産されたという一般兵用の「シュバイドソルジャー」。
その他にもいくつか種類が存在するようだが、詳しくは知らないし知る必要もない。
私の用いる指揮官機である「シュバイゼン」。そしてそのデータをフィードバックして生産されたという一般兵用の「シュバイドソルジャー」。
その他にもいくつか種類が存在するようだが、詳しくは知らないし知る必要もない。
「………………」
今日歪みより発生した励起獣の事象励起反応――EB活性は20。
内19はこの担当地域半径10キロ圏内で完全に駆逐。取り逃した1体も地上の別働隊により駆逐されたと聞く。だが――
内19はこの担当地域半径10キロ圏内で完全に駆逐。取り逃した1体も地上の別働隊により駆逐されたと聞く。だが――
「奴らめ、何を考えている……?」
歪みが形成されてから丸3日が経つ。
様子を伺っていただけなのかもしれないが、今の今まで鳴りを潜めていた奴らが立て続けに出現し始めたというのは少し気がかりだ。大規模な侵略の前兆か?
そうでなくとも自然消滅までは後一週間ほどある。その間気は抜けそうにない。
様子を伺っていただけなのかもしれないが、今の今まで鳴りを潜めていた奴らが立て続けに出現し始めたというのは少し気がかりだ。大規模な侵略の前兆か?
そうでなくとも自然消滅までは後一週間ほどある。その間気は抜けそうにない。
「――だが、殺すバケモノに事欠かんのは悪くないな。」
部下からの通信を切り、静寂に包まれたコクピット内にて人知れず薄ら笑いを浮かべ、ただ一言ぽつりと漏らすネモ。
その内には自身以外の何者にも理解できぬ、冥い感情がありありと浮かび、そして沈んでいった。
その内には自身以外の何者にも理解できぬ、冥い感情がありありと浮かび、そして沈んでいった。
闇夜に幽鬼の如く浮かぶ黒の騎士――シュバイゼン。
その紅く燃ゆる瞳はただ歪みの向こうを見据え、その内に潜む怪奇なる者どもを待ち受ける。
己が主の秘めたる怨嗟を、憎悪を、憤怒そのものを、構えたる長槍にて刺し貫く為に。
その紅く燃ゆる瞳はただ歪みの向こうを見据え、その内に潜む怪奇なる者どもを待ち受ける。
己が主の秘めたる怨嗟を、憎悪を、憤怒そのものを、構えたる長槍にて刺し貫く為に。
eXar-Xen――セカイの果てより来るモノ―― Act.4
不思議な感覚だった。
自分の身体のはずなのにそうじゃない……いや、誰かの身体と重なり合ったような、危うい感覚。
あの時は自分で動かしていたつもりだった――が、今思い返してみると「身体」に引き摺られて形だけ自分が動かしていたんじゃないかと思う。
自分の身体のはずなのにそうじゃない……いや、誰かの身体と重なり合ったような、危うい感覚。
あの時は自分で動かしていたつもりだった――が、今思い返してみると「身体」に引き摺られて形だけ自分が動かしていたんじゃないかと思う。
イグザゼン。アリスと俺――そしてあの書の合わさったカタチ。
こんな非常識極まりない現象に見舞われつつも、何故か俺は酷く冷静だった。むしろこうも斜め上に吹っ飛んでると冷静にならざるを得ないというか――
こんな非常識極まりない現象に見舞われつつも、何故か俺は酷く冷静だった。むしろこうも斜め上に吹っ飛んでると冷静にならざるを得ないというか――
――――パァン!!
「痛ぇ!!」
「これぐらいでガタガタ言わない!」
「これぐらいでガタガタ言わない!」
そんな思考を悉く吹っ飛ばしてくれた包帯とシップ塗れの背中(というか全身がそんな感じなんだが)への張り手。
んでもってベルの檄が飛ぶ。怪我人もっと大事にしろと……
んでもってベルの檄が飛ぶ。怪我人もっと大事にしろと……
「ホンッット!心配させるのだけは得意なのね。まったく……」
膨れっ面になるベルだが今回は仕方ないか。
リョウに聞くとあの後事態が事態だからと家に連絡を入れてくれちゃったらしい。
そして俺が意識を取り戻した時には既に到着していたみんな。仕事ほっぽってやってきてくれたというのだから、どれだけ心配かけたか分かろうにも分からない。
リョウに聞くとあの後事態が事態だからと家に連絡を入れてくれちゃったらしい。
そして俺が意識を取り戻した時には既に到着していたみんな。仕事ほっぽってやってきてくれたというのだから、どれだけ心配かけたか分かろうにも分からない。
「リョウの方から連絡入れてくるなんてそれこそ天から槍が降ってきそうな珍事。ベルもウェルも心配するのは当たり前じゃな。」
で、そういう当の本人はいつも通りふぉっふぉっふぉっと笑うバール。
曰く「「皆を集めてすぐに来てくれ」としかあいつは言っておらなんだ。お前が早々の事でどうにかなるとは思っておらんよ」との事。
これは褒められてるのか暗に貶されてるのか……
曰く「「皆を集めてすぐに来てくれ」としかあいつは言っておらなんだ。お前が早々の事でどうにかなるとは思っておらんよ」との事。
これは褒められてるのか暗に貶されてるのか……
「ウェルなんてリョウからの連絡が来た時顔面蒼白でぶっ倒れちゃったよね~」
「ね、ねーちゃんそんな事言わなくても!」
「ね、ねーちゃんそんな事言わなくても!」
きゃっきゃと笑い囃し立てるベルと顔真っ赤にして怒るウェル。
いつも通り過ぎて改めて無事で済んだんだなと感じる。
いつも通り過ぎて改めて無事で済んだんだなと感じる。
「まぁ、そんな事言うベルもベルでこの世が終わるような切羽詰った顔をしてたんじゃがな。」
「……バールゥ?」
「ふぉっふぉっふぉっ、怖い怖い。あんまり怖いから黙っとくよ。」
「遅いわよぉ……」
「……バールゥ?」
「ふぉっふぉっふぉっ、怖い怖い。あんまり怖いから黙っとくよ。」
「遅いわよぉ……」
……でもまぁこんなにも心配してくれる家族がいる俺は幸せなんだろうな。
普段は別段気にもしていないが、こういう事態になると改めてそう思える。
普段は別段気にもしていないが、こういう事態になると改めてそう思える。
「身体の調子はどうだい?ディー君。」
<悪インナライイ医者紹介スルゼェートッ!>
<悪インナライイ医者紹介スルゼェートッ!>
少し席を外していたリョウが、アリスを連れて帰ってきた。
後ろを付いて回るミッチーは10冊ぐらいの分厚い本を重ねて軽々と担いでいる。
後ろを付いて回るミッチーは10冊ぐらいの分厚い本を重ねて軽々と担いでいる。
「いや、大丈夫。思った以上に怪我も少なかったし。」
「……そうか。それはよかった。」
「……そうか。それはよかった。」
一瞬腑に落ちなそうな表情をするリョウだったがすぐにそれは消え、俺の寝かされた革張りのソファーの少し前で腕を組んでテーブルに体重を預ける。
「――が、君も僕も皆も今回の件では色々と気になることはあるだろう……聞かせてもらうぞ。アリスとやら。」
そういうリョウの視線の先、毛布を身体に羽織り、俺も寝かされている長いソファーの端の方に無表情のまま腰掛けたアリス。その手にはあの本がしっかりと持たれている。
「元よりそのつもりだ。私としても話しておきたい……では、何から話そうか?」
さっきとは一変、静寂に包まれるリビング。
そして淡々と、酷く事務的に話すアリス。彼女に集中する皆の目線。
色々と疑問に思うのは最もだ。俺だって聞きたいことは山ほどある。
そして淡々と、酷く事務的に話すアリス。彼女に集中する皆の目線。
色々と疑問に思うのは最もだ。俺だって聞きたいことは山ほどある。
「……じゃあ、あたしから質問。あなたは何処から来て、何故あたし達の家に?」
手を挙げ、言うベルの声。
もっとも過ぎる質問だ。あの本が紅く光ったと思ったら、突然現れたという事のあらましは俺から言っているものの、それで全部の疑問がぬぐえるわけがない。
俺もそうだ。何故ウチに現れたのか。そもそも何処から来たのかという事は気になって仕方がなかった。
もっとも過ぎる質問だ。あの本が紅く光ったと思ったら、突然現れたという事のあらましは俺から言っているものの、それで全部の疑問がぬぐえるわけがない。
俺もそうだ。何故ウチに現れたのか。そもそも何処から来たのかという事は気になって仕方がなかった。
「何処から来たか、か……酷く唐突な言い方になると思うが、遠回しに言っても仕方がないか――単刀直入に言おう。私はこの世界……いや、「セカイ」の外よりこの世界へと降り立った。」
「せか……い?」
「せか……い?」
あまりにも反応に困るアリスの談。
世界というとこの世界?この世界というとどの世界?困惑しているのは質問者のベルだけじゃない。皆が皆の頭から大小あれどクエスチョンが浮かび上がっている。
世界というとこの世界?この世界というとどの世界?困惑しているのは質問者のベルだけじゃない。皆が皆の頭から大小あれどクエスチョンが浮かび上がっている。
「――「平行世界」という言葉を知っているだろうか?ミッチー、本を。」
<アイヨー!>
<アイヨー!>
さっきまで3人が席を外していたのはこのせい。
説明を円滑に行う為にここの蔵書を借りてもいいかとのアリスの要望にリョウは快く了承していた。
説明を円滑に行う為にここの蔵書を借りてもいいかとのアリスの要望にリョウは快く了承していた。
「ここに書かれているのは「平行世界論」……パラレルワールド。つまり別々の時間軸に乗った文字通り重なる事のない平行し、独立した世界。単純に「別の世界」というのが一番手っ取り早いかもしれないな。」
ミッチーから手渡された本はタイトルがそのまま「平行世界の不思議」というもの。
アリスが開けたページには三本の平行した平面が描かれておりその上には一枚には人、もう一枚にはタコのような生き物、そして最後の一枚には何も描かれていない、といった風に区別されている。
アリスが開けたページには三本の平行した平面が描かれておりその上には一枚には人、もう一枚にはタコのような生き物、そして最後の一枚には何も描かれていない、といった風に区別されている。
「私の言う「セカイ」というのは単純に言えばこのそれぞれの面の事。この表では3つしか描かれていないが、実際にはそれこそ無限大に存在する。私はその内のひとつから来たというわけだ。」
「え、えーと……つまり、えーと……?」
「……あんな事もあった後だ。別に疑うわけではないが、そもそもどうやって君はその世界の間を渡ってきたんだい?」
「え、えーと……つまり、えーと……?」
「……あんな事もあった後だ。別に疑うわけではないが、そもそもどうやって君はその世界の間を渡ってきたんだい?」
頭から湯気が出そうなベルは置いといて、リョウが次に質問をする。
俺は何となく薄々感づいてはいるが……
俺は何となく薄々感づいてはいるが……
「それについては見てもらったほうが早いか。イグザゼン、ソートアーマー。」
毛布を払い、立ち上がったアリスを覆う閃光。思わず目を瞑る皆を前に、その内より現れたのは――
「え……ロボット……?」
「綺麗……」
<惚レチマイソウダゼエ!>
「綺麗……」
<惚レチマイソウダゼエ!>
どことなく丸みを帯びた銀色のボディ。
鋭く蒼い眼光を放つ瞳。
そう、間違いない。あの時俺を助けてくれたロボット……「イグザゼン」のその姿だ。
鋭く蒼い眼光を放つ瞳。
そう、間違いない。あの時俺を助けてくれたロボット……「イグザゼン」のその姿だ。
「「ソートアーマー」。この形態の名だ。私はこの姿にて幾多のセカイを渡り、ここまで辿り着いたというわけだ。」
それについて詳しく知らない人間でも、これなら世界ぐらい渡ってのけると思わせる有無を言わさない圧倒的な存在感。それがその銀の甲冑――ソートアーマーにはあった。
「ソートリターン……ただ、私も遊びでセカイ間を渡り歩いていたわけではない。己が成すべき事を成す為に旅を続けていただけ。故にここに来た事自体は偶然――だとは初めは思っていたが、それはどうも違ったらしい。」
そう言い、あの子がテーブルの上に置いたのはあの白いノート。
例の紅い光はないが、欠けていた後ろの方のページがきっちり綺麗に直っている。
例の紅い光はないが、欠けていた後ろの方のページがきっちり綺麗に直っている。
「これは「イグザの書」。私の力を最大限に引き出す為の触媒のようなモノだ。そしてディー。」
「え?俺?」
「貴方は私の力の行使者。「破壊」のロストフェノメオン「イグザゼン」を駆る者だ。」
「え?俺?」
「貴方は私の力の行使者。「破壊」のロストフェノメオン「イグザゼン」を駆る者だ。」
突然話を降られた上に私の力の行使者?
この一貧弱スカベンジャーに一体全体何の用だといいたくなるが、頭に浮かぶのはあの銀の異形のみ。「力を行使」とはあの力を用いる事に違いないのだろう。
この一貧弱スカベンジャーに一体全体何の用だといいたくなるが、頭に浮かぶのはあの銀の異形のみ。「力を行使」とはあの力を用いる事に違いないのだろう。
「えっと……ちょっと待って待って!全然話が見えないんだけど!なんでディーがそんな物騒な名前のイグザ何とかを駆る者なのよ!」
「そ、そうだよ!ディーにいちゃんにそんな事が――」
「それが出来たのだよ。ベル、ウェル。僕はこの目でしかと見た。さっきのあの銀色を上回る強大な力を内包する、彼女とディーが合わさった銀の異形を、ね。」
「そ、そうだよ!ディーにいちゃんにそんな事が――」
「それが出来たのだよ。ベル、ウェル。僕はこの目でしかと見た。さっきのあの銀色を上回る強大な力を内包する、彼女とディーが合わさった銀の異形を、ね。」
話が飲み込めない二人を諭すように静かな口調でそう言うリョウ。
だがその黒い瞳はアリスに向けられ、一瞬たりともブレはしない。
だがその黒い瞳はアリスに向けられ、一瞬たりともブレはしない。
「ただ、僕も疑問には思っている。何故ディー君なのか?そもそもどうして君はあのような怪物と戦っているのか……という事はね。」
「何故彼なのか、というのは「偶然」としか回答できない。偶然にもこの書を持っており、偶然にもイグザゼンとの適応率が極めて高かった
――故に「偶然」と答えるのが的確なのだろう……ただ今回限りだ。次は無い。――ソートビジョン。」
「何故彼なのか、というのは「偶然」としか回答できない。偶然にもこの書を持っており、偶然にもイグザゼンとの適応率が極めて高かった
――故に「偶然」と答えるのが的確なのだろう……ただ今回限りだ。次は無い。――ソートビジョン。」
アリスがそう呟くとテーブルの上に今日戦ったあの怪物の手の平サイズの立体映像が鮮明に浮かび上がった。
目を丸くするベルとウェル。種も仕掛けもないのに凄いモノじゃなと呟くバール。
目を丸くするベルとウェル。種も仕掛けもないのに凄いモノじゃなと呟くバール。
「私が何故こういったモノと戦っているのかというと、その闘争――励起獣を狩る事こそが私の「存在意義」としか言う他ない。
君達が遊び、学び、仕事をするのと私が奴等を狩る事についてさほど違いは無いだろう。」
君達が遊び、学び、仕事をするのと私が奴等を狩る事についてさほど違いは無いだろう。」
バケモノを狩る事が日常というアリス。
そこに向けられるのは自分と異なる奇異なるモノへの眼差し。
まぁ当たり前といえば当たり前だろう。こうなるのも無理も無い。無理は無い、が――
そこに向けられるのは自分と異なる奇異なるモノへの眼差し。
まぁ当たり前といえば当たり前だろう。こうなるのも無理も無い。無理は無い、が――
「だが、これを私以外の者が背負う必要は無い。今言った事は忘れるといい……今まで世話になった。礼を言う。」
「ちょ!ちょっと待てよ!」
「ちょ!ちょっと待てよ!」
立ち上がり、出口の方へと歩んでいくアリスの行く手を妨げる俺。
「何だ?」
「何だじゃねぇ!はい、そうですかで終わるワケねぇだろ!まだ色々聞きたいこともあるし、何より――」
「この本は貰っていく。が、もうお前達の日常を脅かす事はもう無い事を誓おう――さらばだ。」
「おい!」
「何だじゃねぇ!はい、そうですかで終わるワケねぇだろ!まだ色々聞きたいこともあるし、何より――」
「この本は貰っていく。が、もうお前達の日常を脅かす事はもう無い事を誓おう――さらばだ。」
「おい!」
俺の制止も虚しく、本棚の間の闇に溶け込み、逃げるように消えていくアリスの姿。
その後を追い、外へ駆けていった所で一瞬眩い光が差し、あの子は僅かに残る風切る音と、吹きぬけるつむじ風だけを残し行方を眩ましていた。
その後を追い、外へ駆けていった所で一瞬眩い光が差し、あの子は僅かに残る風切る音と、吹きぬけるつむじ風だけを残し行方を眩ましていた。
「………………」
空を見る。
いつも通り鉛色の雲に覆われたスチームヒルの夜の空。
いつも通り鉛色の雲に覆われたスチームヒルの夜の空。
「あの子、行っちゃったね……」
俺の横で俺と同じように空を見上げ呟くベル。
黙ってただ空を見上げる俺。
黙ってただ空を見上げる俺。
「………………」
幾多の世界を渡り歩いていたというアリス。
その旅にとって俺達は如何ほどの価値があったのだろうか?
少しでも心休まれたのだろうか?それともただの障害だったのだろうか?
その旅にとって俺達は如何ほどの価値があったのだろうか?
少しでも心休まれたのだろうか?それともただの障害だったのだろうか?
疑問に答えなどありはしない。
遠く、遥かな空の向こうにいるであろうあの子に届きはしないのだから。
遠く、遥かな空の向こうにいるであろうあの子に届きはしないのだから。
紅い夢を見た。
どんな夢だったかは思いだせない。だけど、酷く赤い色だけが脳裏に焼き付き取れない異様な夢。
そう言えばあの子がここに現れた時も、直前までこんな感じの夢を見ていたんだっけか……
どんな夢だったかは思いだせない。だけど、酷く赤い色だけが脳裏に焼き付き取れない異様な夢。
そう言えばあの子がここに現れた時も、直前までこんな感じの夢を見ていたんだっけか……
「………………」
頭の傍の時計の針は午前2時を指し、周囲は静寂に包まれている。
あの後駐車料金に目を丸くしたり、リフトのところのおっちゃんにえらく心配されたり、家に帰ってくるなりベルの手であの診察機械に突っ込まれたり、
俺のせいで残っていた仕事を片付けるべく俺除く一家総出で大わらわになったりと、実に騒がしく時間は過ぎていった。
そしてベッドに潜り込んだのが0時ごろ。どうも2時間ぐらいしか寝ていないらしい。
あの後駐車料金に目を丸くしたり、リフトのところのおっちゃんにえらく心配されたり、家に帰ってくるなりベルの手であの診察機械に突っ込まれたり、
俺のせいで残っていた仕事を片付けるべく俺除く一家総出で大わらわになったりと、実に騒がしく時間は過ぎていった。
そしてベッドに潜り込んだのが0時ごろ。どうも2時間ぐらいしか寝ていないらしい。
「うーん……」
ただ妙に目は冴え渡っていたので、俺はひとつ伸びをしてからタオル片手にベランダの外へ出た。
案の定全身汗まみれ。気持ち悪いったらありゃしない。
数日ぶりの自分のベッドだからと折角シーツを取り替えてもこれじゃあなぁ……
案の定全身汗まみれ。気持ち悪いったらありゃしない。
数日ぶりの自分のベッドだからと折角シーツを取り替えてもこれじゃあなぁ……
「はぁ………」
ベランダの手すりに身を預け、夜風に吹かれつつ闇の向こうに広がる工場群を眺める。
この街のどこかにあの子はいるのだろうか?それとももう何処かへと旅立ってしまったのだろうか?
ただ、どちらにしろ2度と逢えないという気はしない。別に何の確証も無いが、まぁ俗に言う「勘」って奴である。
この街のどこかにあの子はいるのだろうか?それとももう何処かへと旅立ってしまったのだろうか?
ただ、どちらにしろ2度と逢えないという気はしない。別に何の確証も無いが、まぁ俗に言う「勘」って奴である。
「………………」
脳裏にあの子の姿が過ぎる。
黒い特徴的なパイロットスーツに、整えられた形容し難い光沢を持つ銀の長髪。そして見た目幼いながらも凛とした知的な表情。
黒い特徴的なパイロットスーツに、整えられた形容し難い光沢を持つ銀の長髪。そして見た目幼いながらも凛とした知的な表情。
……あんなカッコで風邪なんか引かないんだろうか?まぁ問題は無いだろうけど変な奴らに付き纏われたりしないんだろうか?
「…………?」
……なんだか顔が熱い。
どうも風邪を引いたのはこっちだったらしい――なんて思うがそうでもなさそうだ。
多分疲れているのだろう。さっさと寝るべきか。
どうも風邪を引いたのはこっちだったらしい――なんて思うがそうでもなさそうだ。
多分疲れているのだろう。さっさと寝るべきか。
「――また、逢えるよな?」
部屋に入る前に夜景を一瞥して、ただそれだけ呟く。
誰にも届かないその言葉は、ゆっくりと更けていくスチームヒルの夜の闇に溶かれて消えた。
誰にも届かないその言葉は、ゆっくりと更けていくスチームヒルの夜の闇に溶かれて消えた。
明くる日の昼下がり。
万年分厚い雲に覆われた街――スチームヒルにもそれ相応の日は差し込む。
万年分厚い雲に覆われた街――スチームヒルにもそれ相応の日は差し込む。
そんな街の中心部に聳える、俗にヒルズコンビナートと呼ばれる無数の工場群が寄り集まって構築された大規模な高層建造物。
ここの住人の3分の2以上が勤める、街のシンボルであり、「スチームヒル」という名の謂れともなったその威容の頂近くに、1つの小さな影があった。
ここの住人の3分の2以上が勤める、街のシンボルであり、「スチームヒル」という名の謂れともなったその威容の頂近くに、1つの小さな影があった。
誰にも悟られもせず、「丘」の一角に見えるそれ。
あまりにも巨大な「丘」と比べれば極々小さなものだが、その姿を観測出来る者がもしいたとすれば、それが尋常ならざる者だという事は安易に分かるだろう。
あまりにも巨大な「丘」と比べれば極々小さなものだが、その姿を観測出来る者がもしいたとすれば、それが尋常ならざる者だという事は安易に分かるだろう。
「………………」
常識的に考えれば、どうやって辿り着いたのか見当も付かない「丘」の高所を構成する建物の屋根の淵に麻色のローブを纏って腰掛けるその姿。
白い表紙に背表紙に、内側まで真っ白な書を、病的なまでに白い手に取り、ただただ見つめるその姿。
そして何より、ある種の「不自然さ」を伴うその姿。
白い表紙に背表紙に、内側まで真っ白な書を、病的なまでに白い手に取り、ただただ見つめるその姿。
そして何より、ある種の「不自然さ」を伴うその姿。
「そこにいながらそこにはいない」、あるいは「存在そのものが危うい」――その者を観測できる者がいれば、第一にそういった印象を持つだろう。それほど、その姿は「不自然」だった。
「―――――――」
その姿の主――アリスはただただ黙して白き書を視ていた。
全てのページが真っ白なそれは、書でありながら書の機能を果たしていない。何処かの誰かが「ノート」と形容したのもあながち間違いではないだろう。
全てのページが真っ白なそれは、書でありながら書の機能を果たしていない。何処かの誰かが「ノート」と形容したのもあながち間違いではないだろう。
だが、それは違う。
確かにそれは彼女にとっては紛れも無く「書」であった。
確かにそれは彼女にとっては紛れも無く「書」であった。
イグザの書。
それがその書の名前。これを見つける事が彼女の旅の目的の1つだった。
「……………」
だが、それが何を成すのかは自身でも分からなかった。
ただ「自分の足りない場所を埋めるモノ」とだけ知らされており、確かにこの書は彼女の「空白」を埋めてくれた。
ただ「自分の足りない場所を埋めるモノ」とだけ知らされており、確かにこの書は彼女の「空白」を埋めてくれた。
星海式輪転炉。
セカイ外より莫大なエネルギーを引き込むこの機関は全てのロストフェノメオンの力の源にして心臓部。だが彼女一人ではこの機関を満足に動作させる事ができなかった。
それを補うある種の触媒として機能したのがイグザの書。これによりイグザゼンの輪転炉は今までに無い動作効率を発揮し、ロストフェノメオンとしての能力――「破壊」の力の片鱗を発揮させる事に成功した。
セカイ外より莫大なエネルギーを引き込むこの機関は全てのロストフェノメオンの力の源にして心臓部。だが彼女一人ではこの機関を満足に動作させる事ができなかった。
それを補うある種の触媒として機能したのがイグザの書。これによりイグザゼンの輪転炉は今までに無い動作効率を発揮し、ロストフェノメオンとしての能力――「破壊」の力の片鱗を発揮させる事に成功した。
「だが――」
ただ、彼女は困惑していた。
「書」と同時にイグザゼンを御する事が出来る者まで現れた事に。それもあろう事かその者が「書」を持っており、こちらの認証も無しに新たなソートアーマーまで構築してしまうという異常事態。
「書」と同時にイグザゼンを御する事が出来る者まで現れた事に。それもあろう事かその者が「書」を持っており、こちらの認証も無しに新たなソートアーマーまで構築してしまうという異常事態。
……あの時は敵を目前に控えて、何も事情は知らぬであろう彼にとやかく言うのもどうかと思い、黙っていたが
「………………」
有り得ない。
常識的に考えれば有り得ない。
だがそれは現実に起きてしまった。故に受け入れざるを得ないが、それでも何か作為的なモノを感じるのも事実――都合が良すぎて、出来すぎているのだ。
確かに「書」があり、「彼」がいればイグザゼンは完全に稼動する。ただ――
常識的に考えれば有り得ない。
だがそれは現実に起きてしまった。故に受け入れざるを得ないが、それでも何か作為的なモノを感じるのも事実――都合が良すぎて、出来すぎているのだ。
確かに「書」があり、「彼」がいればイグザゼンは完全に稼動する。ただ――
「「彼」は――」
「彼」の力はイグザゼンがロストフェノメオンとしての力を振るうのには必要不可欠だ。
だが、「彼」には「彼」の生活がある。掛け替えの無い家族がいる。失わせたくない日常がある。
そしてイグザゼンの御する者として力を振るわせ、使命を果たさせるという事は、それら全てを悉く失わせる事に直結している。
だが、「彼」には「彼」の生活がある。掛け替えの無い家族がいる。失わせたくない日常がある。
そしてイグザゼンの御する者として力を振るわせ、使命を果たさせるという事は、それら全てを悉く失わせる事に直結している。
――そこまでの権利が私にあるのか?
「――――ッ」
ありはしないだろう。ありはしないだろう。
「彼」は彼女の身を置く世界からはあまりにも遠い、光差す世界にその身を置く者。
巻き込めるはずがあるまい。仮に「彼」が了承したところで、そんな事許すはずがあるまい。
「彼」は彼女の身を置く世界からはあまりにも遠い、光差す世界にその身を置く者。
巻き込めるはずがあるまい。仮に「彼」が了承したところで、そんな事許すはずがあるまい。
「……「歪み」と、「狂気」と向き合うのは私一人で十分だ。」
吐き捨てるように言い、眼下に広がる町並みに目を向ける。
見た目は平和なこの街も、このセカイにも、この世ならざる者共の影は迫っている。
見た目は平和なこの街も、このセカイにも、この世ならざる者共の影は迫っている。
機械の怪物、励起獣、そしてビュトスと名乗った紅い怪異……
この充実ぶりから察するに、今まで巡ったセカイ以上にここはこの世ならざる者共に侵食されているらしい。だが幸い「書」を手に入れる事が出来た。
今のイグザゼンは相応の力は振るえる故に、紅い怪異を相手にした時のような不覚は取らないだろう。
この充実ぶりから察するに、今まで巡ったセカイ以上にここはこの世ならざる者共に侵食されているらしい。だが幸い「書」を手に入れる事が出来た。
今のイグザゼンは相応の力は振るえる故に、紅い怪異を相手にした時のような不覚は取らないだろう。
「………………」
ともかく、まだここでやるべき事は多そうだ。
まずは自らの尻拭い――空に浮かぶ歪みを消すべきなのだが……
まずは自らの尻拭い――空に浮かぶ歪みを消すべきなのだが……
――ゴォォォォォォォ……
「……?」
不意に耳に入る遠い音。地響き荒げ、猛然と街に迫る。
励起獣などに起因しない割には酷く印象的なそれ。
見れば、真正面の崖の傍に何かいる。ここからでは小さいが、どうやら人が乗る大型の機械のようだ。
励起獣などに起因しない割には酷く印象的なそれ。
見れば、真正面の崖の傍に何かいる。ここからでは小さいが、どうやら人が乗る大型の機械のようだ。
更には響く銃声。
人の物ではない大型銃器の発砲音。そして――
人の物ではない大型銃器の発砲音。そして――
「――――!」
それは迷い無く崖の淵より宙を舞った。
そして街の一角に落下し、派手に土埃を舞い上がらせる。
そして街の一角に落下し、派手に土埃を舞い上がらせる。
「…………」
嫌な予感がする。
確かにこの街の出来事について、異邦人である私はあまり関与しない方がいいのかもしれない。
だが、手の届く範囲で理不尽に暴力が振るわれ人が傷つく様を黙って見ていられるほど私は薄情でもない。
確かにこの街の出来事について、異邦人である私はあまり関与しない方がいいのかもしれない。
だが、手の届く範囲で理不尽に暴力が振るわれ人が傷つく様を黙って見ていられるほど私は薄情でもない。
「――行こう。」
白き書は中空に姿を消し、彼女は飛び石の要領で突き出た蒸留塔や工場の屋根を飛び降り駆けていく。
目指すは何者かが落下した場所。何事も無ければ――いや、現に何事かが起きているか。
ともかく急ぐ。手遅れになっていない事を信じて。
目指すは何者かが落下した場所。何事も無ければ――いや、現に何事かが起きているか。
ともかく急ぐ。手遅れになっていない事を信じて。
「ヒャッハー!食いもんだぁー!!」
同時刻。居住区の大型商店にて。
いつもは外の住人御用達として賑わっているそこだったが、今はまさに世紀末の様相を呈していた。
いつもは外の住人御用達として賑わっているそこだったが、今はまさに世紀末の様相を呈していた。
こうなってしまった事のあらましはこうだ。
空からピンポイントで降って来た謎のキャリアーによって屋根をぶち抜かれ、中からぞろぞろと出てきた盗賊が駆る戦闘用に改造されたマシンダムの群れにあっという間に占拠されたというもの。
空からピンポイントで降って来た謎のキャリアーによって屋根をぶち抜かれ、中からぞろぞろと出てきた盗賊が駆る戦闘用に改造されたマシンダムの群れにあっという間に占拠されたというもの。
言うは易いが実に理不尽。店の者達にしてみれば勿論溜まったものじゃない。最初の一撃で死傷者が出なかった事だけが不幸中の幸いか。
「水もタンマリあるぜぇー!こいつはいいやぁ!!」
ポリタンクの群れを嬉しそうにマシンダムの手に取り、運ぶ賊。
中には気が早いのか頭から被っている者までいる。
中には気が早いのか頭から被っている者までいる。
「う、うちの店が……」
そして早々に縄で縛られ柱に括り付けられた店長ならびに従業員一同と居合わせた客達。
作業用の極々小さなマシンダムしかない彼らが、完全武装した盗賊達に到底敵うはずも無かった。
作業用の極々小さなマシンダムしかない彼らが、完全武装した盗賊達に到底敵うはずも無かった。
「お前ら、ぼさぼさしてねぇでさっさとこいつに積めるだけ積み込め!自警団の連中が集まってきたら面倒だぞ!」
そう声を荒げるのは空から降って来たロボット上部のハッチを開け、周囲を指揮する一味のボスらしき中年の男。荒くれ者どもを束ねるだけあり、それなりの貫禄もある。
「……しかし、こいつはすげぇな。本当にいい買いもんをしたもんだぜ。」
全長30mほどはある注ぎ口と持ち手の無い巨大なティーポット――あるいはでっぷりとした水筒のような形状をし、くすんだ青の塗装を施された胴体。
その巨体を4本の脚部で支えた上に、脚と脚の間にはそれぞれ搬入用のハッチが設けられており、今はその4つ全てが開け放たれている。
その巨体を4本の脚部で支えた上に、脚と脚の間にはそれぞれ搬入用のハッチが設けられており、今はその4つ全てが開け放たれている。
「軍の突入用自走ポッドなんてまず表に出ないレア物、滅多に手に入りませんしね。」
「うむ。だがこれとお前らと制圧用のマシンダムさえあればこんな平和ボケしたジャンクヤードのザル警備、屁でもねぇから盗みたい放題!
外でちまちまとジャンク拾いをする日々とはおさらば!これからは俺達の天下ってわけだ!」
「なら今度は銀行でも襲いましょうや!」
「それもいいなぁ!ガハハハハ!!」
「うむ。だがこれとお前らと制圧用のマシンダムさえあればこんな平和ボケしたジャンクヤードのザル警備、屁でもねぇから盗みたい放題!
外でちまちまとジャンク拾いをする日々とはおさらば!これからは俺達の天下ってわけだ!」
「なら今度は銀行でも襲いましょうや!」
「それもいいなぁ!ガハハハハ!!」
豪快に笑うボスと、満面の笑みなその足元で操縦席に座る子分。
そんな中マシンダムの群れによって着々と積み込まれていく店の品物。自警団は未だ到着せず、止める者は誰1人としていない。
そんな中マシンダムの群れによって着々と積み込まれていく店の品物。自警団は未だ到着せず、止める者は誰1人としていない。
「ボス!積めるだけ積み終わりました!!」
「よーし!お前らも乗れ!ずらかるぞ……っと、ちょっと待て。」
「よーし!お前らも乗れ!ずらかるぞ……っと、ちょっと待て。」
何かを思いつきニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべ、品定めするように縄で縛られた従業員やたまたま居合わせた客達を眺める男。
「どうしたんです?」
「いや、な。行きがけの駄賃ってやつだ。そこの女どもも連れて行け!売ればいい値になるだろうよ!」
「いや、な。行きがけの駄賃ってやつだ。そこの女どもも連れて行け!売ればいい値になるだろうよ!」
それを聞き凍り付く人質達。
その中には何故かリングダム・メカニズムの看板娘にして、ディーの妹であるベル・リングダムの姿があった。
その中には何故かリングダム・メカニズムの看板娘にして、ディーの妹であるベル・リングダムの姿があった。
私の名前はベル・リングダム。
今、この約17年の人生の中で一番の危機を迎えております。
今、この約17年の人生の中で一番の危機を迎えております。
……ええ、思えば自業自得でした。
折角昨日ディーに買出しに行ってもらったというのに、渡したメモに書き忘れが複数あったという有様。嗚呼、このどん臭さが恨めしい。
折角昨日ディーに買出しに行ってもらったというのに、渡したメモに書き忘れが複数あったという有様。嗚呼、このどん臭さが恨めしい。
そして仕方ないねとキャリアーを飛ばしていつもの店にやって来てみたら、待ってましたと言わんばかりに空からえらいもんが降って来て、中から沸いてきた荒くれさん達に
キャリアーのタイヤパンクさせられた上にあれよあれよという間に人質にされちゃう始末。
マシンダム相手には得意のサブミッションも使えるワケ無く、今こうして縄できつく縛られちゃってます。
キャリアーのタイヤパンクさせられた上にあれよあれよという間に人質にされちゃう始末。
マシンダム相手には得意のサブミッションも使えるワケ無く、今こうして縄できつく縛られちゃってます。
「はぁ……」
以上、回想終わり。
あたしの他に人質は15人。店員さんは9人にお客さんは6人。
皆あたしの横に並んで同じように縄で縛られている。
あたしの他に人質は15人。店員さんは9人にお客さんは6人。
皆あたしの横に並んで同じように縄で縛られている。
「ベルちゃん、元気出しな……きっとじきに自警団の人達が駆けつけてくれるよ。」
そう言ってくれるのは横で縛られているこの店の店長さん。
筋金入りの肝っ玉母ちゃんで、3人の息子を育て上げた上に女手ひとつでこの店をここまで大きくしてきたらしい……よく考えなくても凄い人。多分真似できない。
ちなみにうちのお得意さんでもあり、バールとも古い知り合い。そんなこんなでたまに安くしてくれる事もあって、浮いたお金はへそくりにしたりなんかして――っと、まぁそこら辺はどうでもいいか。
筋金入りの肝っ玉母ちゃんで、3人の息子を育て上げた上に女手ひとつでこの店をここまで大きくしてきたらしい……よく考えなくても凄い人。多分真似できない。
ちなみにうちのお得意さんでもあり、バールとも古い知り合い。そんなこんなでたまに安くしてくれる事もあって、浮いたお金はへそくりにしたりなんかして――っと、まぁそこら辺はどうでもいいか。
「ヒャッハー!食いもんだぁー!!」
食料品の入ったコンテナをマシンダムで持ち上げ、意気揚々と脚の生えた巨大なティーポットみたいなキャリアーに積み込んでいく荒くれさん。
いくらスチームヒルの治安が悪いって言ってもこんな大掛かりな強盗なんて無いわけじゃないが滅多とあるわけでもない。
いくらスチームヒルの治安が悪いって言ってもこんな大掛かりな強盗なんて無いわけじゃないが滅多とあるわけでもない。
ホントついてないなあたし……あたしよりもっとついてない人がすぐ隣にいるんだけど……
「う、うちの店が……」
店長さんが愕然とする中、好き放題に店内を荒らし回る荒くれ達。
目の前でこんな事をやられて何も出来ないのが実に歯痒い。
悔しさのあまり思わず下唇を噛み締める。
目の前でこんな事をやられて何も出来ないのが実に歯痒い。
悔しさのあまり思わず下唇を噛み締める。
「ボス!積めるだけ積み終わりました!!」
「よーし!お前らも乗れ!ずらかるぞ……っと、ちょっと待て。」
「よーし!お前らも乗れ!ずらかるぞ……っと、ちょっと待て。」
キャリアーの上から上半身を出したボスらしき男の視線がこちらで止まる。
ぞくりと、嫌な予感がした。
ぞくりと、嫌な予感がした。
「どうしたんです?」
「いや、な。行きがけの駄賃ってやつだ。そこの女どもも連れて行け!売ればいい値になるだろうよ!」
「いや、な。行きがけの駄賃ってやつだ。そこの女どもも連れて行け!売ればいい値になるだろうよ!」
うう……予感的中。
こんな無駄な事で当たらなくてもいいのに。ともかく、こんな奴らに連れて行かれたらどんな酷い目に遭わされるか――というか人身売買!?冗談じゃない!
こんな無駄な事で当たらなくてもいいのに。ともかく、こんな奴らに連れて行かれたらどんな酷い目に遭わされるか――というか人身売買!?冗談じゃない!
「ちょっと!離して!触らないでよ!」
「るっせぇなぁ。ちっとは黙っとけ!」
「な、何――むー!むむー!!」
「るっせぇなぁ。ちっとは黙っとけ!」
「な、何――むー!むむー!!」
あたし達も力の限り抵抗するものの、大の大人数人がかりに、更に簀巻きにされている状態で何が出来るかというと残念ながら何にも無い。
おまけに猿轡まで嵌められ、まるで荷物のように肩に抱えられあの異様な形をしたキャリアーに運ばれていく。
おまけに猿轡まで嵌められ、まるで荷物のように肩に抱えられあの異様な形をしたキャリアーに運ばれていく。
ああ、まさかこんな事になるのなら、もっと遊んで、もっと美味しい物食べて、もっと親孝行しておいたらよかっ――――
「むー!むむ、む――?」
キャリアーに運び込まれる寸前、どこからか風を感じた。
場不相応で違和感を覚えざるを得ない、不思議な風。だけど不快なものじゃない。奇妙な感覚。それを理解するかしないかというところで
キャリアーに運び込まれる寸前、どこからか風を感じた。
場不相応で違和感を覚えざるを得ない、不思議な風。だけど不快なものじゃない。奇妙な感覚。それを理解するかしないかというところで
「!?」
あたしや他の人達を抱えていた男達の身体が、音も無く倒れ伏した。
ワケも分からないまま支えの無くなったあたし達は勿論倒れた男たちを下敷きに地面へ落下。ちょっと痛い。
「…………?」
見れば男達は皆白目を剥いて口から泡を吹いている。
どうも腹部に強烈な一撃を貰ってノックダウンしたようだ。あの一瞬で、この人数を。しかも周りにいる護衛達に気付かれないようにって控えめに考えても人間技じゃない。一体誰が……
どうも腹部に強烈な一撃を貰ってノックダウンしたようだ。あの一瞬で、この人数を。しかも周りにいる護衛達に気付かれないようにって控えめに考えても人間技じゃない。一体誰が……
「――どうやら、間に合ったようだな。」
足の傍で響く静かなトーンだが、澄んだ声。
身体をもぞもぞと動かして声のした方向を見ると、麻色をしたローブを纏った何者かが佇んでいた。背はこちらに向けていて表情は見えない上に
フードで頭をすっぽりと覆っており、どんな姿かは分からないが、その声には何故か聞き覚えがあった。
身体をもぞもぞと動かして声のした方向を見ると、麻色をしたローブを纏った何者かが佇んでいた。背はこちらに向けていて表情は見えない上に
フードで頭をすっぽりと覆っており、どんな姿かは分からないが、その声には何故か聞き覚えがあった。
「な、なにもんだてめぇ!」
突然の襲撃にたじろぎ後ずさる周囲の男達だが、声だけは一人前に張り上げてその人に震える声で怒鳴りつける。
ただそれを浴びせかけられた当の本人はそんな事など何処吹く風。まるで意に介さず――
ただそれを浴びせかけられた当の本人はそんな事など何処吹く風。まるで意に介さず――
「何、ただの節介焼きだ。」
ただ、それだけ言葉を返した。