「ふざけやがってぇ!やっちまえ!!」
周囲を取り囲む計5機の武装マシンダムはそれぞれの腕部に備え付けられた対バリード用の機銃を侵入者に対して向け、一斉に引き金を引く。
「あ、おい!馬鹿!そこで撃ったらポッドにまで当たるだろうが!」
ボスの言葉に耳も貸さず、フルオートで大口径の弾丸をばら撒く賊達。
だが――
「おらおらおら――ぁ?」
目の前で起きていたのは信じ難い光景。
ポッド内部を易々と削り取り、蜂の巣にする無数の弾丸だが、侵入者やベル達の周囲のみ一切命中していないのだ。それこそ掠りもしない。
「ベクトル干渉。」
1人は一体何事かと目を見張り、1人は夢でも見ているのかと目を擦り、他の者も目の前で起きている事が真っ当に認識できていない男達。そんな中、侵入者は静かに宣言した。
「イグザブレイド、顕現化(マテリアライズ)。」
ベルの真正面に1本ダガーを突立て、ローブの裾より銀の剣を伸ばしつつ姿勢を低くし疾走する侵入者。
襲い来る銃弾をもろともせず、瞬く間に1体のマシンダムに肉薄。保護用シェルへ飛び掛り、それと同時に保護用シェルへ銀の剣を突立てた。
「は、はは……」
強化チタンにより構成された頑強なシェルをいとも容易く貫いたそれは男の顔のすぐ脇を掠めていた。
それ自体は致命傷ではないものの、戦闘意欲を無くすには十分な一撃だったらしい。
「――1体。」
そのままの格好でぴくりとも動かず仰向けに倒れるマシンダムだが、彼女は止まる事無く真上へと跳躍。背後から横薙ぎに振られたメイスの一撃を回避する。
そして着地と同時にその持ち主のがら空きの懐に潜り込み、左の拳を打ち付けた。
「――2体。」
まるで砲弾でも撃ち込まれたかのように大きく湾曲した機体前部の保護用シェル。その場で機能停止し力無く蹲るマシンダム。
侵入者はそれを横目で確認すると、味方に当たる事も考えず機銃を乱射しているマシンダムの内の1体に目を付けた。
「畜生!何なんだよこいつはぁ!」
もはや我を忘れてトリガーを引き絞るそれらに対し、侵入者は何処からとも無く出現させたダガーを4本、力も入れずに投擲した。
それらは四肢の間接部に吸い込まれるように命中し、瞬く間に切り飛ばす。支えを失った機体は豪快にうつ伏せで突っ伏した。
「――3体。」
横目で次の標的を捕らえる。
その機体は先ほどの人質達の程近い場所にまで駆け寄っており、どうやらベルらを捕らえて改めて人質にするつもりらしい。だがそれを黙って見ている彼女でもない。
「っ」
背中を見せているそれに対し、投擲1本。
深々と突き刺さったそれは動力源であるバッテリーをこれでもかと破壊し、機能を停止させた。停止の直後、勢い余って土煙上げて転ぶ機体。あの状態ではすぐには脱出出来ないだろう。
「――4体。」
そして最後の標的に目を向ける。
そこには銃を捨て、代わりに背中に背負った大掛かりなロケットランチャーを展開する他より一回り大きなマシンダムの姿があった。
「こいつなら、どうだっ!」
トリガーが引かれ、眩いブラストと共に撃ち出される濃い緑色のロケット弾。
それは完全に侵入者を捕らえ、猛然と突き進む。だが侵入者は如何する事も無く、ただそれを見つめ――そして
「!?」
それが直撃する直前に、直立したまま片手で弾頭を強かに受け止めてしまうというウルトラCをやってのけた。
口をあんぐりと開けて呆然とする男。ロケット弾も後方から炎を吹き出し暴れるものの、曲がりなりにも着弾したというのに爆発もせず、掴んでいる本人も身じろぎ1つしない。
「返すぞ。」
そう言うと一旦ロケット弾を片手でお手玉。くるりと1回転したそれの胴体を紙飛行機を飛ばす要領で下から掴み、そして無造作に放り投げた。
「な!?うわぁぁぁぁぁ!!」
自分で放ったものを自分で受けるというどうなっているのかさっぱり分からない状態の彼の直上で炸裂するロケット弾。
幸い直撃はしなかったので店の一角に爆音と共にさらなる大きな穴を開けるのみだったが、既に彼の戦意は完全に喪失していた。
「――これで5体。」
へたりと座り込むマシンダムを確認してからちらりと脇を見る。
突立てておいたナイフをうまく使ったのか解放されたベル達が、同じく囚われていた男達を解放しているのを見止めると改めて真正面を見据えた。
「後はお前だけだな――もっとも、何も出来そうに無いが。」
「ぐ、ぐぐ……」
そこに聳えるのは味方の出鱈目な銃撃でズタボロになった自走ポッドの情けない姿ただひとつ。そしてすぐ傍で聞こえる自警団のサイレンの音。
困窮極まった彼らだがその極めて近くも知らぬところにて、とある異変が起きていた。
・
・
・
自走ポッドのコクピット底部、機銃の弾薬ケースや携帯食料等が保管してある箇所。
その中央に鎮座し、ボルトで四方を固定された正方形の銀色の箱。それの継ぎ目より形容し難い黒い「何か」が沸き出でていた。
――オオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォ……
己以外の総てを呪うような怨嗟の声。憎悪の声。慟哭の声。苦悶の声。
それは時を経る毎に大きくなり、強くなり、粘性のある液体のような体を成し、周囲の空間を自身の一部とするべく侵食していく。
「――!?」
それに対して最も早く気付いたのは侵入者――アリスだった。
見覚えのある異様な感覚。
「生」を、「セカイ」を、渇望する怪異の気配。
「ッ!何故こんなところに!」
そう言い放つとポッドの底部に足を掛け、そこから一気に駆け上がるアリス。
最頂部にて内部からロックされた円形のハッチを、一撃で上から蹴り破ると真正面に一味のボスとその少し下に子分のいるコクピットに降り立った。
「楔は……時間が無いか!」
「ひ!ひぇぇ……」
突然の襲来に顔面蒼白になるボス。何が起きているのか分かっていない子分。
だがアリスは迷い無く、ボスの首根っこを捕まえ、子分の襟首を軽々摘み上げると二人を抱えたまま一気に飛び出した。
その直後に機体周囲より飛び出て、まるで意思を持っているかのように振舞いのたうつケーブルの群れ。
それらは飛び退くアリスを追うかのように更に伸びるが、ある程度のところで力尽き、ズルズルと元に戻っていく。
「い、一体何が……」
地面に下ろされた2人は呆然とし、ボスは半ば夢見心地にそう呟く。
だがアリスはその質問に答える事無く、怪異と化した自走ポッドを睨みつけた。
(今の今まで「歪み」は無かった。なら奴は一体何故……)
おぞましく、不自然な振動を不定期に起こしながら機体の節々から溢れ出る黒く艶の無い液体に塗られ、急激に姿形を変貌させていくポッド。それに対してアリスも
「ダメージはまだ残っているが……仕方ない。やるしかなさそうだな。」
ローブを脱ぎ捨て、目を閉じ銀の長髪を大きく振るう。
「イグザゼン、ソートアーマー。」
そして宣言。呼応するように全身より閃光の濁流が溢れ、それの内より静かに佇む白銀の異形――イグザゼンが出現した。
――イイイイイイイイィィィィィィィ!!!
それを異形のポッド――励起獣は見止めると、不快な金属音を立てながらゆっくりと動き出した。
鈍い青をしていた機体は漆黒に染まり、更に燃え立つ黒を纏う。上部にあった機関銃を備え付けられたカメラアイは赤い1つ目のみと化し
身体の損傷も黒い何かに補強され、四方に開かれたハッチからは機体内部から溢れ出したケーブルが臓物のようにのたうち、赤く、黒くテカっている。
――シィ!!
不意に、前動作無く高速で放たれた数本の太いケーブル。
イグザゼンは横に転がり飛来し、地面に突き刺さるそれを寸前で回避。同時に向く事も無く声を上げる。
「早く逃げろ!巻き込まれたいのか!」
「ひ、ひぃ!!」
尻餅を突きつつも慌てて逃げていくボスと子分。
自分のマシンダムから這い出してきた者達もそれを追って一目散に逃げていく。
……もっとも、丁度そんな時に到着した自警団のギアズガード部隊により1人残らず拘束されたのだが。
「一体これはどういう事だ……?
自走ポッドを用いた組織的な犯行という通報と、上の防衛部隊からの話から10機編成でやってきた彼らの前で起きていたのは
何故か生身で必死になって逃げて行く犯行グループと、見境無く暴れる見るもグロテスクな元はポッドだったらしい怪物と、その前に立つ全身銀の装甲に覆われた何者かの姿だった。
「お前達もだ!そこの者達を回収して早く逃げろ!」
更に飛来するケーブルの群れを回避しつつ、声を上げるイグザゼン。慌てて駆け寄ってきたベル達を回収しつつも、状況を今一理解仕切れていない自警団のギアズガード部隊。
だがその異形のポッドが危険な存在だという事は嫌というほど感じられた。
「逃げろだと?……そこの見知らぬ者!我らとてこの街を護る者だ!逃げるなどという選択はありはせん!!」
だが、彼らはイグザゼンの叫びに反し、逃げる事は無かった。
隊長機から聞こえる言葉通り、彼らにも誇りはあるのだ。どのような怪異が相手だとしても、退く事はない。この街の治安を護る為に、この街の平和を護る為に。
「ッ――好きにしろ。」
その声から痛いほどそんな想いを感じ取ったイグザゼンはそれ以上の強制はしなかった。
ここは彼らのセカイ。彼らにも護る義務はある。ならばそれを手助けするというのが自分という存在の在り方の1つなのではないか?等とふと考えて。
「全機、構え!あの銀色のの詮索は後回しだ!先にポッドらしき不明機を破壊する!!」
白色に塗装された10機のギアズガードより一斉に放たれる重機関砲の雨霰。
威力自体は凄まじく、その装甲を削ぎ取っていくが
「くそっ!効いてないのか!」
ダメージを受けた部位より次々と黒い何かが溢れ出し、破損箇所を埋めていく。
怪物の侵攻を止める事が出来ず、焦るギアズガード部隊。更に
「!?こんな時に地震か!」
湧き上がる猛烈な振動。空間の揺れ。セカイの揺れ。
事象震。
超常的存在において行動の前段階として行う行動の副産物。
局地的な「歪み」が生じた際に周囲の空間がそれを埋めようとして発生し、これ自体が何かをするわけではないが……
「………………」
これが起きたという事は奴が大きく打って出るという証。
イグザゼンは全身のセンサーを用いて周囲の空間の変質を見極める。
「あのロボットか!」
「揺れ」は周囲に放置されたマシンダムを捕らえ、浮遊させ変質させていく。
それぞれが無機物ながら有機的に結合し、内包する質量を超えた物質を内部より吐き出していく。
そしてそれらは瞬く間に励起獣の両端に結合。複雑に入り組んだ機械によって構成された異形の巨腕となった。
「っ!?退避!退避ィ!」
直感的に言い知れぬ恐怖を感じ、そう叫ぶ隊長機。
今ある戦力ではこれに対処する事は不可能と判断し、退避を命令。その次の瞬間
――イイイイイイイイイイイイイイイィィィィィィィ!!!
両サイドに広げられた腕部より閃光が瞬いた。
それはハリネズミのように腕部から生えた銃器による全周囲一斉射撃。元からあった物やそれを元に増殖した物を含めて計200の砲門より鉄の暴風が吹き荒れた。
商店を、周囲の建物を塵芥と粉砕し、噛み砕く猛攻。
ギアズガード部隊は日頃の訓練の成果か、咄嗟に腕に取り付けられた大型シールドを怪物に向け、何とか耐えていたがそれも時間の問題。シールドはあっという間に擦り切れ、破損していく。
「――!」
疾く飛翔。
ベクトル干渉を伴い一気に励起獣の頭部へと迫る。
蝿を叩き落すような動作で巨腕が振るわれ、ケーブルの群れも舞い踊り、イグザゼンの行く手を遮る。
ただそちらに意識が集中したのか銃撃が止み、ギアズガード部隊は何とか難を逃れた。
「しかし、アレは何者なんだ……?」
応援を要請する通信を送ると、隊長機は空を飛び、怪物の攻撃を軽々と回避していくあの銀の機体に目線を向けた。
あれはバリードではなく、かといって軍の兵器でもないだろう。
ならばなんだと言われても分からんのだが、ただこちらに対して敵意は持っていないらしい。実際奴の注意が彼に向く事で自分達は何とか助かったのだ。確かに味方というには時期早々だが……
――イイイイイイイイイイイイイイイィィィィィィィ!!!
一方その頃、励起獣相手に周囲を飛び回っていたイグザゼンは攻めに攻め切れないでいた。
「――――」
一見鈍足なこれだが、ケーブルと腕の攻撃によりまったくこちらを寄せ付けない……つまりは突破し切れないのだ。
その原因のひとつに、まだダメージが修復し切れていない事が挙げられる。
昨日の紅い怪異の攻撃によるダメージは外見こそなんとか元に戻せたが、今の状況では超音速での飛行は不可能な上にイグザブレイドの顕現もそこまで安定していない。
折角「炉」が今までに無く機能していてもこれでは宝の持ち腐れ。
装甲も見た目はなんとか取り繕ってはいるが、奴とて曲がりなりにもセカイ外の怪物。まともに攻撃を受ければ一溜まりもないだろう。
「…………ッ」
時間ばかりが悪戯に過ぎていく。イグザゼン――アリスのいらつきも積もる一方。
励起獣はイグザゼンをそこまで脅威とならないものと認識。適当にあしらいながらゆっくりと歩みだした。
「うお!こっちに来る!?」
「離れろ!踏み潰されるぞ!!」
蜘蛛の子を散らすように左右に退避していくギアズガード部隊。
一歩歩むごとに猛烈な震動が周囲を振るわせる。そして無造作に振るわれる巨腕。
ただでさえ一斉射撃によりボロボロとなった町並みを更に叩き潰し、狙いも付けず銃座より射撃しながら前進していく。
「――――」
ただ、これはイグザゼンにとってはチャンスだった。
遮る手が薄くなったという事は付け入るのも楽になったという事。ブースターの出力を最大限にまで高め、炉のエネルギーを出来る限り送り込む。
背部の飛行ユニットより漏れる青白い光が強まり、同時に悲鳴のように軋んでもくれる。
「………………」
機体そのものが不完全な今、かなり無茶な手なのは承知の上。だがこれしか突っ切る方法は無いのだ。よって迷う事はない。
「――いくぞ。」
不意を突いた加速。
瞬間的に亜音速の領域まで達したイグザゼンは励起獣の攻撃を掻い潜り、頭部の開け放たれたハッチまで潜る事に成功した。
「――――」
励起獣がこのセカイに存在する為にはそれ相応の依り代が必要となる。
それさえ破壊できれば奴らは存在する事すら出来ずに跡形も無く消滅するが、逆を言えばそれさえ残っていれば
例えいくらダメージを受けたところで瞬く間に修復してしまうというかなり性質の悪い性質を持っている。
そしてイグザゼンのセンサーからの情報より考えるにこの辺りにその依り代があるはず。
内部は外の異様な形状とは打って変わって通常の状態とさほど違いは無い。だが油断だけはしてはならない。ここは奴の腹の中と言ってもいい。いつ襲撃があってもおかしくないので慎重に調べていく。
「反応――これか。」
床をくり貫き、下にあったのは冷たい光沢を放つ銀色の箱。
この内部より事象励起反応の収束を察知している。間違いなくこれがこの怪物の依り代なのだろう。
イグザブレイドを構え、一気に貫こうとした。そんな時だった。
「!!」
周囲より感じた異変。
待ってましたと言わんばかりに噴出すケーブルの群れ。それは銀の剣を巻き取り、逃げる間も無くイグザゼンの身体をも猛烈な力をもって締め上げていく。
「ぐ……が、ああ!!」
装甲が脆くもひび割れ、ひしゃげていく。
反応が一瞬遅れたその結果がこの醜態。
だがまだやれる事はある。あの紅い怪異と相対した時と同じ手を使えば……
だが、以前のダメージも癒えていない状態であれを使えば今度こそどうなるか……いや、迷っている暇は無い。締め上げる力は更に強まっていき、意識も遠くなっていく。
そんな内にて彼女は決断を――
「ま・ち・な・さぁぁぁぁぁぁぁぁいっっ!!」
不意にイグザゼン――アリスの耳に届いた聞き覚えのあるよく通った声。
だが何故?彼女は保護されたはず。それがこんな危険な場所に……
・
・
・
励起獣の前方、30m程先。
そこに彼女――ベルの姿はあった。
華奢な身体にその手にはアリスより渡された短刀――イグザダガー。
両手でそれを持った彼女は励起獣の進路を塞ぐ様に立ちはだかる。
「……あたしが、相手よ!」
膝が笑う。息も絶え絶え。
だけど。そう、だけど。
そんな事はやめる理由にはならない。
何故なら
――声が、聞こえたから。
事の発端は時間を少し撒き戻し、彼女がその短刀を得た時のこと。
「む、むむ……」
なんとか地面に突き立てられたそれを拾った彼女は、自分の手を切らないよう注意しつつ縄を切り、他の人達のものも切ってあげていた。
「はぁ……」
猿轡を取り一息入れると少し妙なことに気が付いた。
「あ、あれ……?」
猛スピードで駆け回るアリスの動きが手に取るようにとはいかないまでも、何故だかぼんやりとほんの少しだけ見えるのである。少し怖くなり思わず短刀を手放すものの
「…………」
何故かもったいなく感じ、また拾ってしまった。
「何してんだい!早く逃げるよ!」
「あっ、は、はい!」
店長さんの声もあって男の人達も開放した後、丁度その時やってきた自警団のギアズガード部隊の後方担当の装甲車に拾われ、離れた場所まで退避していっていたのだが……
「………………」
短刀を通じて見えるのだ、聞こえるのだ。
ほんの少し、途切れ途切れなのだが――あの子の「声」が、あの子の「影」が。
何処までも暗いあの子の「声」を聞き、いつまでも暗いあの子の「影」を見て、自身の内よりふつふつと湧き上がるものを感じた。
「――――」
彼女は、嘘が嫌いである。
他人に対しても、自分に対しても。
下手な嘘ばかりつくディーにはほとほと呆れて、その度にお仕置きとばかりに関節技を極めていた。
勿論自分でも嘘はつかない。
だからこそこの湧き上がる感情に、自分自身に嘘をつく事はなかった。
「店長さん。」
「どうしたの?」
「隊員の人にはやれる事があるから出て行ったって言っといてください!!」
「ちょっとベルちゃん!何処へ行くの!」
短刀片手に停車していた装甲車から抜け出し、周囲の静止を振り切り全速力で飛び出し、駆けていく。
自分でもびっくりするほどの速さ。身体が軽い。飛ぶように駆けていく。
「はぁ……はぁ……はぁ……!」
自分に今やれる事がある。
あの子を助けることが出来る。
それだけで十分だった。
駆ける。走る。駆ける。
遠くに怪物が見える。
黒いボディーに赤い瞳。無骨なアームを振り上げ、街を蹂躙する怪物。
それがどんどん近づき、どんどん大きくなっていく。
高鳴る鼓動。後ろへと急速に流れていく景色。自分でも正気じゃないと思う。だけどやらなくちゃいけない。ほんの少しだけど……これがあれば……
「ま・ち・な・さぁぁぁぁぁぁぁぁいっっ!!」
気付けば、大声を張り上げていた。
見えない何かに引っ張られるように、だけどこれは確かにあたしの意思。
今、苦しんでいるあの子を助けられるんだ。多少の事がなんだというのだ。
――イイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイィィィィィィィ!!!
耳障りな金属音と共に怪物の赤い1つ目がこちらを捉える。
だがベルは目を逸らさない。逸らす筈がない。
「あたしが、相手よ……!」
青く透き通った短刀を構え、怪物を睨みつける。
これでいいのだ。ほんの少しだけ、ほんの少しだけでも、こちらに注意が向けば……
・
・
・
「!?」
突如ケーブル郡の拘束が弱まる。自由にとは言えないものの、身体が動かせる。
それを理解するよりも更に早く、アリスはその銀の剣を励起獣の依り代である金属の箱へと突き立てていた。
――イイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイィィィィィィィ!!!
吹き出る黒い飛沫。音は同じでも何処か悲鳴にも聞こえる励起獣の怪音。
だが止まらない。倒れ込む励起獣の振り上げられた拳は最後の力を振り絞り、ベルへと手を伸ばす。
「!!」
彼女の元へ加速的に広がる影。逃げ切れない。
イグザゼンもケーブルを切り払い、その元へ急ぐが間に合わない。
だが諦めない。
2人とも、諦めはしない。
出来る限り走り、出来る限り飛び、例え間に合わなくても後悔の無い様、2人は急いだ。
――――果たして、そんな彼女らの想いが呼んだ奇跡だったのだろうか?
「待てやこらああああああああああああああああああ!!!!」
脇の路地より飛び出す何者かの影。
それは黒いマシンダム。ハイドメイドの改造を随所に施されたそれは、世界に2つとしてない姿を持つ。その名は――
「テツワンオー!?ディー!ディーなの!?」
励起獣の腕を押し留めた中ぐらいのマシンダム。その大きさの割には大型のものと比べても遜色の無いハイパワー。内蔵された最新型のギアズマッスルが唸りを上げる。
「おおよ!」
そして聞こえる明るい声。
それを知る者なら違う筈も無い。リングダム家の長男坊、ディー・リングダムのものだった。
・
・
・
・
・
「しっかしびっくりしたなぁ……ベルとアリスが一緒にいるなんて。」
暮れ行き薄赤くなった空に、ヒルズコンビナートの黒い影が浮き上がる。
そんな頂近くに、3人の姿はあった。
「あたしもびっくりよ。ちょっとドキドキしたけどイグザゼンがカッコよかったから結果オーライってところかしら?」
頭の後ろで腕を組み、明るく笑うディー。
屋根の淵より足をぶらぶらさせているベル。
そして傍に聳える煙突に身体を預けローブを纏い、腕を組むアリス。
三者三様。それぞれに、それぞれらしさがあった。
「……でも、助けに来るならもっと早く来なさいよね!」
「無茶言うなよな。俺だってお前があんまり遅いからと宅配ついでに探しててやっと見つけと思ったらあんな事になってたんだからよ。滑り込みセーフって奴だ。」
テツワンオーの腕痛んでたらまた直さなくちゃなー、と言うディー。
あんたが直すんじゃないでしょ、とベル。
そんな間で静かに2人の言葉を聞いているアリス。
更に会話がエスカレートし、口論になりかけた所で、ディーが彼女の事に気を止めた。
「あ……ごめん。煩かった……よな?」
「……いや、気にしないでくれ。」
前みたく逃げるように去る事は無かった彼女。
だが逃げる事はないものの、自分から話すことも無い。そこでベルに改めてどこか静かに話せるところは無いかしらと言う問いに対しての答えがここだった。
街を一望できるコンビナートの頂上。ある意味斜め上の回答だが、まぁ間違いではないだろう。
「いーや、気にするわよ!今日からあなたはあたし達の家族なんだからね!!」
「!?」
突然のベルの発言。思わず面食らうアリス。
ディーはただもうちょっとタイミングってもんがないかねぇと頭を掻いてちょっと呆れて笑うのみ。
「家族……?」
「そ、家族。……昨日はごめんなさい。あんな顔しちゃって。あれから落ち着いて考えてみて思ったんだけど……ここにいる間はあたし達の家に泊まってもらえないかなって。」
そういうベルの表情は先ほどとは打って変わって真剣そのもの。
もう消えてしまったものの、あの短刀を通して本当に断片的にだが何故だか彼女の心に触れてしまったのもあるが、何よりバケモノと命がけで戦っているという
彼女の為に何か出来ることがないかという考えで、これぐらいしか浮かばなかったというのもある。
「だが、しかし……」
「ああ、気遣う必要は無いぜ。ウチ、空き部屋だけは沢山あるし。ウェルもバールも大歓迎してくれるさ!」
明るく笑ってそういうディー。
実は言うとこれは昨日家族の間で決めた事。
色々言ったものの、また彼女と会う事があれば出来る限り助けてやろう――というのが結論だった。
まぁそんな事が無くてもディーやベルの考えは違わなかっただろう。
「……私がいる所、怪異の影は必ず付いてまわる。貴方達の平穏を脅かすだけだ。」
「ああ、あんなの?あたし達とあなたの力があれば何とでもなるでしょ?気負う事ないわよ!」
そんな言葉を聞き、いつにも無く激しく動揺するアリス。
真正面からこんな事を言われる事自体が初めての事。
常に狂気に苛まれ、常に怪異の影を追い、常に怪物を狩り続けた彼女にとっては予測範囲外極まる出来事だった。
「だが……」
「だがもくそも何にもねぇよ。お前にゃ聞きたい事も色々あるし、そして何より――」
「何より?」
少し気恥ずかしそうにはにかみ、笑う。それを見てきょとんと首を傾げるアリス。
勿体つけないで言っちゃいなさいよというベルの言葉に、ディーもそうだなと返し
「助けてもらった恩ぐらい、きちんと返させてくれよな?勿論利子つきでな。」
そう、やっぱり恥ずかしげにだが言った。
「あたしの分も増えちゃったから返すの大変そうよねぇ?」
と言いつつも、ディーさんよぉ~それだけじゃないしょ~?と意地悪な笑みを浮かべ、肘でディーを小突くベル。
ね、ねぇよ何にも!とちょっと慌てて言うディー。
そんな彼らの姿を目の当たりにし、アリスもほんの少しだけ言葉を柔らかくし
「……なら、その好意。少しだけなら受けてみる事にしようか。」
それだけ静かに、だがはっきりと呟いた。
「じゃあ決まりね!少し寒くもなってきたし――帰りましょう!「あたし達」の家に!」
夜の帳が下りつつある、赤く、暗い空に手を重ねた3人の影が映る。
友の誓い。家族の誓い。
それは常に戦いの場に身を置いていた彼女にとっては、珍しく歓迎出来るイレギュラーだった。
Act.4_end
周囲を取り囲む計5機の武装マシンダムはそれぞれの腕部に備え付けられた対バリード用の機銃を侵入者に対して向け、一斉に引き金を引く。
「あ、おい!馬鹿!そこで撃ったらポッドにまで当たるだろうが!」
ボスの言葉に耳も貸さず、フルオートで大口径の弾丸をばら撒く賊達。
だが――
「おらおらおら――ぁ?」
目の前で起きていたのは信じ難い光景。
ポッド内部を易々と削り取り、蜂の巣にする無数の弾丸だが、侵入者やベル達の周囲のみ一切命中していないのだ。それこそ掠りもしない。
「ベクトル干渉。」
1人は一体何事かと目を見張り、1人は夢でも見ているのかと目を擦り、他の者も目の前で起きている事が真っ当に認識できていない男達。そんな中、侵入者は静かに宣言した。
「イグザブレイド、顕現化(マテリアライズ)。」
ベルの真正面に1本ダガーを突立て、ローブの裾より銀の剣を伸ばしつつ姿勢を低くし疾走する侵入者。
襲い来る銃弾をもろともせず、瞬く間に1体のマシンダムに肉薄。保護用シェルへ飛び掛り、それと同時に保護用シェルへ銀の剣を突立てた。
「は、はは……」
強化チタンにより構成された頑強なシェルをいとも容易く貫いたそれは男の顔のすぐ脇を掠めていた。
それ自体は致命傷ではないものの、戦闘意欲を無くすには十分な一撃だったらしい。
「――1体。」
そのままの格好でぴくりとも動かず仰向けに倒れるマシンダムだが、彼女は止まる事無く真上へと跳躍。背後から横薙ぎに振られたメイスの一撃を回避する。
そして着地と同時にその持ち主のがら空きの懐に潜り込み、左の拳を打ち付けた。
「――2体。」
まるで砲弾でも撃ち込まれたかのように大きく湾曲した機体前部の保護用シェル。その場で機能停止し力無く蹲るマシンダム。
侵入者はそれを横目で確認すると、味方に当たる事も考えず機銃を乱射しているマシンダムの内の1体に目を付けた。
「畜生!何なんだよこいつはぁ!」
もはや我を忘れてトリガーを引き絞るそれらに対し、侵入者は何処からとも無く出現させたダガーを4本、力も入れずに投擲した。
それらは四肢の間接部に吸い込まれるように命中し、瞬く間に切り飛ばす。支えを失った機体は豪快にうつ伏せで突っ伏した。
「――3体。」
横目で次の標的を捕らえる。
その機体は先ほどの人質達の程近い場所にまで駆け寄っており、どうやらベルらを捕らえて改めて人質にするつもりらしい。だがそれを黙って見ている彼女でもない。
「っ」
背中を見せているそれに対し、投擲1本。
深々と突き刺さったそれは動力源であるバッテリーをこれでもかと破壊し、機能を停止させた。停止の直後、勢い余って土煙上げて転ぶ機体。あの状態ではすぐには脱出出来ないだろう。
「――4体。」
そして最後の標的に目を向ける。
そこには銃を捨て、代わりに背中に背負った大掛かりなロケットランチャーを展開する他より一回り大きなマシンダムの姿があった。
「こいつなら、どうだっ!」
トリガーが引かれ、眩いブラストと共に撃ち出される濃い緑色のロケット弾。
それは完全に侵入者を捕らえ、猛然と突き進む。だが侵入者は如何する事も無く、ただそれを見つめ――そして
「!?」
それが直撃する直前に、直立したまま片手で弾頭を強かに受け止めてしまうというウルトラCをやってのけた。
口をあんぐりと開けて呆然とする男。ロケット弾も後方から炎を吹き出し暴れるものの、曲がりなりにも着弾したというのに爆発もせず、掴んでいる本人も身じろぎ1つしない。
「返すぞ。」
そう言うと一旦ロケット弾を片手でお手玉。くるりと1回転したそれの胴体を紙飛行機を飛ばす要領で下から掴み、そして無造作に放り投げた。
「な!?うわぁぁぁぁぁ!!」
自分で放ったものを自分で受けるというどうなっているのかさっぱり分からない状態の彼の直上で炸裂するロケット弾。
幸い直撃はしなかったので店の一角に爆音と共にさらなる大きな穴を開けるのみだったが、既に彼の戦意は完全に喪失していた。
「――これで5体。」
へたりと座り込むマシンダムを確認してからちらりと脇を見る。
突立てておいたナイフをうまく使ったのか解放されたベル達が、同じく囚われていた男達を解放しているのを見止めると改めて真正面を見据えた。
「後はお前だけだな――もっとも、何も出来そうに無いが。」
「ぐ、ぐぐ……」
そこに聳えるのは味方の出鱈目な銃撃でズタボロになった自走ポッドの情けない姿ただひとつ。そしてすぐ傍で聞こえる自警団のサイレンの音。
困窮極まった彼らだがその極めて近くも知らぬところにて、とある異変が起きていた。
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・
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自走ポッドのコクピット底部、機銃の弾薬ケースや携帯食料等が保管してある箇所。
その中央に鎮座し、ボルトで四方を固定された正方形の銀色の箱。それの継ぎ目より形容し難い黒い「何か」が沸き出でていた。
――オオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォ……
己以外の総てを呪うような怨嗟の声。憎悪の声。慟哭の声。苦悶の声。
それは時を経る毎に大きくなり、強くなり、粘性のある液体のような体を成し、周囲の空間を自身の一部とするべく侵食していく。
「――!?」
それに対して最も早く気付いたのは侵入者――アリスだった。
見覚えのある異様な感覚。
「生」を、「セカイ」を、渇望する怪異の気配。
「ッ!何故こんなところに!」
そう言い放つとポッドの底部に足を掛け、そこから一気に駆け上がるアリス。
最頂部にて内部からロックされた円形のハッチを、一撃で上から蹴り破ると真正面に一味のボスとその少し下に子分のいるコクピットに降り立った。
「楔は……時間が無いか!」
「ひ!ひぇぇ……」
突然の襲来に顔面蒼白になるボス。何が起きているのか分かっていない子分。
だがアリスは迷い無く、ボスの首根っこを捕まえ、子分の襟首を軽々摘み上げると二人を抱えたまま一気に飛び出した。
その直後に機体周囲より飛び出て、まるで意思を持っているかのように振舞いのたうつケーブルの群れ。
それらは飛び退くアリスを追うかのように更に伸びるが、ある程度のところで力尽き、ズルズルと元に戻っていく。
「い、一体何が……」
地面に下ろされた2人は呆然とし、ボスは半ば夢見心地にそう呟く。
だがアリスはその質問に答える事無く、怪異と化した自走ポッドを睨みつけた。
(今の今まで「歪み」は無かった。なら奴は一体何故……)
おぞましく、不自然な振動を不定期に起こしながら機体の節々から溢れ出る黒く艶の無い液体に塗られ、急激に姿形を変貌させていくポッド。それに対してアリスも
「ダメージはまだ残っているが……仕方ない。やるしかなさそうだな。」
ローブを脱ぎ捨て、目を閉じ銀の長髪を大きく振るう。
「イグザゼン、ソートアーマー。」
そして宣言。呼応するように全身より閃光の濁流が溢れ、それの内より静かに佇む白銀の異形――イグザゼンが出現した。
――イイイイイイイイィィィィィィィ!!!
それを異形のポッド――励起獣は見止めると、不快な金属音を立てながらゆっくりと動き出した。
鈍い青をしていた機体は漆黒に染まり、更に燃え立つ黒を纏う。上部にあった機関銃を備え付けられたカメラアイは赤い1つ目のみと化し
身体の損傷も黒い何かに補強され、四方に開かれたハッチからは機体内部から溢れ出したケーブルが臓物のようにのたうち、赤く、黒くテカっている。
――シィ!!
不意に、前動作無く高速で放たれた数本の太いケーブル。
イグザゼンは横に転がり飛来し、地面に突き刺さるそれを寸前で回避。同時に向く事も無く声を上げる。
「早く逃げろ!巻き込まれたいのか!」
「ひ、ひぃ!!」
尻餅を突きつつも慌てて逃げていくボスと子分。
自分のマシンダムから這い出してきた者達もそれを追って一目散に逃げていく。
……もっとも、丁度そんな時に到着した自警団のギアズガード部隊により1人残らず拘束されたのだが。
「一体これはどういう事だ……?
自走ポッドを用いた組織的な犯行という通報と、上の防衛部隊からの話から10機編成でやってきた彼らの前で起きていたのは
何故か生身で必死になって逃げて行く犯行グループと、見境無く暴れる見るもグロテスクな元はポッドだったらしい怪物と、その前に立つ全身銀の装甲に覆われた何者かの姿だった。
「お前達もだ!そこの者達を回収して早く逃げろ!」
更に飛来するケーブルの群れを回避しつつ、声を上げるイグザゼン。慌てて駆け寄ってきたベル達を回収しつつも、状況を今一理解仕切れていない自警団のギアズガード部隊。
だがその異形のポッドが危険な存在だという事は嫌というほど感じられた。
「逃げろだと?……そこの見知らぬ者!我らとてこの街を護る者だ!逃げるなどという選択はありはせん!!」
だが、彼らはイグザゼンの叫びに反し、逃げる事は無かった。
隊長機から聞こえる言葉通り、彼らにも誇りはあるのだ。どのような怪異が相手だとしても、退く事はない。この街の治安を護る為に、この街の平和を護る為に。
「ッ――好きにしろ。」
その声から痛いほどそんな想いを感じ取ったイグザゼンはそれ以上の強制はしなかった。
ここは彼らのセカイ。彼らにも護る義務はある。ならばそれを手助けするというのが自分という存在の在り方の1つなのではないか?等とふと考えて。
「全機、構え!あの銀色のの詮索は後回しだ!先にポッドらしき不明機を破壊する!!」
白色に塗装された10機のギアズガードより一斉に放たれる重機関砲の雨霰。
威力自体は凄まじく、その装甲を削ぎ取っていくが
「くそっ!効いてないのか!」
ダメージを受けた部位より次々と黒い何かが溢れ出し、破損箇所を埋めていく。
怪物の侵攻を止める事が出来ず、焦るギアズガード部隊。更に
「!?こんな時に地震か!」
湧き上がる猛烈な振動。空間の揺れ。セカイの揺れ。
事象震。
超常的存在において行動の前段階として行う行動の副産物。
局地的な「歪み」が生じた際に周囲の空間がそれを埋めようとして発生し、これ自体が何かをするわけではないが……
「………………」
これが起きたという事は奴が大きく打って出るという証。
イグザゼンは全身のセンサーを用いて周囲の空間の変質を見極める。
「あのロボットか!」
「揺れ」は周囲に放置されたマシンダムを捕らえ、浮遊させ変質させていく。
それぞれが無機物ながら有機的に結合し、内包する質量を超えた物質を内部より吐き出していく。
そしてそれらは瞬く間に励起獣の両端に結合。複雑に入り組んだ機械によって構成された異形の巨腕となった。
「っ!?退避!退避ィ!」
直感的に言い知れぬ恐怖を感じ、そう叫ぶ隊長機。
今ある戦力ではこれに対処する事は不可能と判断し、退避を命令。その次の瞬間
――イイイイイイイイイイイイイイイィィィィィィィ!!!
両サイドに広げられた腕部より閃光が瞬いた。
それはハリネズミのように腕部から生えた銃器による全周囲一斉射撃。元からあった物やそれを元に増殖した物を含めて計200の砲門より鉄の暴風が吹き荒れた。
商店を、周囲の建物を塵芥と粉砕し、噛み砕く猛攻。
ギアズガード部隊は日頃の訓練の成果か、咄嗟に腕に取り付けられた大型シールドを怪物に向け、何とか耐えていたがそれも時間の問題。シールドはあっという間に擦り切れ、破損していく。
「――!」
疾く飛翔。
ベクトル干渉を伴い一気に励起獣の頭部へと迫る。
蝿を叩き落すような動作で巨腕が振るわれ、ケーブルの群れも舞い踊り、イグザゼンの行く手を遮る。
ただそちらに意識が集中したのか銃撃が止み、ギアズガード部隊は何とか難を逃れた。
「しかし、アレは何者なんだ……?」
応援を要請する通信を送ると、隊長機は空を飛び、怪物の攻撃を軽々と回避していくあの銀の機体に目線を向けた。
あれはバリードではなく、かといって軍の兵器でもないだろう。
ならばなんだと言われても分からんのだが、ただこちらに対して敵意は持っていないらしい。実際奴の注意が彼に向く事で自分達は何とか助かったのだ。確かに味方というには時期早々だが……
――イイイイイイイイイイイイイイイィィィィィィィ!!!
一方その頃、励起獣相手に周囲を飛び回っていたイグザゼンは攻めに攻め切れないでいた。
「――――」
一見鈍足なこれだが、ケーブルと腕の攻撃によりまったくこちらを寄せ付けない……つまりは突破し切れないのだ。
その原因のひとつに、まだダメージが修復し切れていない事が挙げられる。
昨日の紅い怪異の攻撃によるダメージは外見こそなんとか元に戻せたが、今の状況では超音速での飛行は不可能な上にイグザブレイドの顕現もそこまで安定していない。
折角「炉」が今までに無く機能していてもこれでは宝の持ち腐れ。
装甲も見た目はなんとか取り繕ってはいるが、奴とて曲がりなりにもセカイ外の怪物。まともに攻撃を受ければ一溜まりもないだろう。
「…………ッ」
時間ばかりが悪戯に過ぎていく。イグザゼン――アリスのいらつきも積もる一方。
励起獣はイグザゼンをそこまで脅威とならないものと認識。適当にあしらいながらゆっくりと歩みだした。
「うお!こっちに来る!?」
「離れろ!踏み潰されるぞ!!」
蜘蛛の子を散らすように左右に退避していくギアズガード部隊。
一歩歩むごとに猛烈な震動が周囲を振るわせる。そして無造作に振るわれる巨腕。
ただでさえ一斉射撃によりボロボロとなった町並みを更に叩き潰し、狙いも付けず銃座より射撃しながら前進していく。
「――――」
ただ、これはイグザゼンにとってはチャンスだった。
遮る手が薄くなったという事は付け入るのも楽になったという事。ブースターの出力を最大限にまで高め、炉のエネルギーを出来る限り送り込む。
背部の飛行ユニットより漏れる青白い光が強まり、同時に悲鳴のように軋んでもくれる。
「………………」
機体そのものが不完全な今、かなり無茶な手なのは承知の上。だがこれしか突っ切る方法は無いのだ。よって迷う事はない。
「――いくぞ。」
不意を突いた加速。
瞬間的に亜音速の領域まで達したイグザゼンは励起獣の攻撃を掻い潜り、頭部の開け放たれたハッチまで潜る事に成功した。
「――――」
励起獣がこのセカイに存在する為にはそれ相応の依り代が必要となる。
それさえ破壊できれば奴らは存在する事すら出来ずに跡形も無く消滅するが、逆を言えばそれさえ残っていれば
例えいくらダメージを受けたところで瞬く間に修復してしまうというかなり性質の悪い性質を持っている。
そしてイグザゼンのセンサーからの情報より考えるにこの辺りにその依り代があるはず。
内部は外の異様な形状とは打って変わって通常の状態とさほど違いは無い。だが油断だけはしてはならない。ここは奴の腹の中と言ってもいい。いつ襲撃があってもおかしくないので慎重に調べていく。
「反応――これか。」
床をくり貫き、下にあったのは冷たい光沢を放つ銀色の箱。
この内部より事象励起反応の収束を察知している。間違いなくこれがこの怪物の依り代なのだろう。
イグザブレイドを構え、一気に貫こうとした。そんな時だった。
「!!」
周囲より感じた異変。
待ってましたと言わんばかりに噴出すケーブルの群れ。それは銀の剣を巻き取り、逃げる間も無くイグザゼンの身体をも猛烈な力をもって締め上げていく。
「ぐ……が、ああ!!」
装甲が脆くもひび割れ、ひしゃげていく。
反応が一瞬遅れたその結果がこの醜態。
だがまだやれる事はある。あの紅い怪異と相対した時と同じ手を使えば……
だが、以前のダメージも癒えていない状態であれを使えば今度こそどうなるか……いや、迷っている暇は無い。締め上げる力は更に強まっていき、意識も遠くなっていく。
そんな内にて彼女は決断を――
「ま・ち・な・さぁぁぁぁぁぁぁぁいっっ!!」
不意にイグザゼン――アリスの耳に届いた聞き覚えのあるよく通った声。
だが何故?彼女は保護されたはず。それがこんな危険な場所に……
・
・
・
励起獣の前方、30m程先。
そこに彼女――ベルの姿はあった。
華奢な身体にその手にはアリスより渡された短刀――イグザダガー。
両手でそれを持った彼女は励起獣の進路を塞ぐ様に立ちはだかる。
「……あたしが、相手よ!」
膝が笑う。息も絶え絶え。
だけど。そう、だけど。
そんな事はやめる理由にはならない。
何故なら
――声が、聞こえたから。
事の発端は時間を少し撒き戻し、彼女がその短刀を得た時のこと。
「む、むむ……」
なんとか地面に突き立てられたそれを拾った彼女は、自分の手を切らないよう注意しつつ縄を切り、他の人達のものも切ってあげていた。
「はぁ……」
猿轡を取り一息入れると少し妙なことに気が付いた。
「あ、あれ……?」
猛スピードで駆け回るアリスの動きが手に取るようにとはいかないまでも、何故だかぼんやりとほんの少しだけ見えるのである。少し怖くなり思わず短刀を手放すものの
「…………」
何故かもったいなく感じ、また拾ってしまった。
「何してんだい!早く逃げるよ!」
「あっ、は、はい!」
店長さんの声もあって男の人達も開放した後、丁度その時やってきた自警団のギアズガード部隊の後方担当の装甲車に拾われ、離れた場所まで退避していっていたのだが……
「………………」
短刀を通じて見えるのだ、聞こえるのだ。
ほんの少し、途切れ途切れなのだが――あの子の「声」が、あの子の「影」が。
何処までも暗いあの子の「声」を聞き、いつまでも暗いあの子の「影」を見て、自身の内よりふつふつと湧き上がるものを感じた。
「――――」
彼女は、嘘が嫌いである。
他人に対しても、自分に対しても。
下手な嘘ばかりつくディーにはほとほと呆れて、その度にお仕置きとばかりに関節技を極めていた。
勿論自分でも嘘はつかない。
だからこそこの湧き上がる感情に、自分自身に嘘をつく事はなかった。
「店長さん。」
「どうしたの?」
「隊員の人にはやれる事があるから出て行ったって言っといてください!!」
「ちょっとベルちゃん!何処へ行くの!」
短刀片手に停車していた装甲車から抜け出し、周囲の静止を振り切り全速力で飛び出し、駆けていく。
自分でもびっくりするほどの速さ。身体が軽い。飛ぶように駆けていく。
「はぁ……はぁ……はぁ……!」
自分に今やれる事がある。
あの子を助けることが出来る。
それだけで十分だった。
駆ける。走る。駆ける。
遠くに怪物が見える。
黒いボディーに赤い瞳。無骨なアームを振り上げ、街を蹂躙する怪物。
それがどんどん近づき、どんどん大きくなっていく。
高鳴る鼓動。後ろへと急速に流れていく景色。自分でも正気じゃないと思う。だけどやらなくちゃいけない。ほんの少しだけど……これがあれば……
「ま・ち・な・さぁぁぁぁぁぁぁぁいっっ!!」
気付けば、大声を張り上げていた。
見えない何かに引っ張られるように、だけどこれは確かにあたしの意思。
今、苦しんでいるあの子を助けられるんだ。多少の事がなんだというのだ。
――イイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイィィィィィィィ!!!
耳障りな金属音と共に怪物の赤い1つ目がこちらを捉える。
だがベルは目を逸らさない。逸らす筈がない。
「あたしが、相手よ……!」
青く透き通った短刀を構え、怪物を睨みつける。
これでいいのだ。ほんの少しだけ、ほんの少しだけでも、こちらに注意が向けば……
・
・
・
「!?」
突如ケーブル郡の拘束が弱まる。自由にとは言えないものの、身体が動かせる。
それを理解するよりも更に早く、アリスはその銀の剣を励起獣の依り代である金属の箱へと突き立てていた。
――イイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイィィィィィィィ!!!
吹き出る黒い飛沫。音は同じでも何処か悲鳴にも聞こえる励起獣の怪音。
だが止まらない。倒れ込む励起獣の振り上げられた拳は最後の力を振り絞り、ベルへと手を伸ばす。
「!!」
彼女の元へ加速的に広がる影。逃げ切れない。
イグザゼンもケーブルを切り払い、その元へ急ぐが間に合わない。
だが諦めない。
2人とも、諦めはしない。
出来る限り走り、出来る限り飛び、例え間に合わなくても後悔の無い様、2人は急いだ。
――――果たして、そんな彼女らの想いが呼んだ奇跡だったのだろうか?
「待てやこらああああああああああああああああああ!!!!」
脇の路地より飛び出す何者かの影。
それは黒いマシンダム。ハイドメイドの改造を随所に施されたそれは、世界に2つとしてない姿を持つ。その名は――
「テツワンオー!?ディー!ディーなの!?」
励起獣の腕を押し留めた中ぐらいのマシンダム。その大きさの割には大型のものと比べても遜色の無いハイパワー。内蔵された最新型のギアズマッスルが唸りを上げる。
「おおよ!」
そして聞こえる明るい声。
それを知る者なら違う筈も無い。リングダム家の長男坊、ディー・リングダムのものだった。
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「しっかしびっくりしたなぁ……ベルとアリスが一緒にいるなんて。」
暮れ行き薄赤くなった空に、ヒルズコンビナートの黒い影が浮き上がる。
そんな頂近くに、3人の姿はあった。
「あたしもびっくりよ。ちょっとドキドキしたけどイグザゼンがカッコよかったから結果オーライってところかしら?」
頭の後ろで腕を組み、明るく笑うディー。
屋根の淵より足をぶらぶらさせているベル。
そして傍に聳える煙突に身体を預けローブを纏い、腕を組むアリス。
三者三様。それぞれに、それぞれらしさがあった。
「……でも、助けに来るならもっと早く来なさいよね!」
「無茶言うなよな。俺だってお前があんまり遅いからと宅配ついでに探しててやっと見つけと思ったらあんな事になってたんだからよ。滑り込みセーフって奴だ。」
テツワンオーの腕痛んでたらまた直さなくちゃなー、と言うディー。
あんたが直すんじゃないでしょ、とベル。
そんな間で静かに2人の言葉を聞いているアリス。
更に会話がエスカレートし、口論になりかけた所で、ディーが彼女の事に気を止めた。
「あ……ごめん。煩かった……よな?」
「……いや、気にしないでくれ。」
前みたく逃げるように去る事は無かった彼女。
だが逃げる事はないものの、自分から話すことも無い。そこでベルに改めてどこか静かに話せるところは無いかしらと言う問いに対しての答えがここだった。
街を一望できるコンビナートの頂上。ある意味斜め上の回答だが、まぁ間違いではないだろう。
「いーや、気にするわよ!今日からあなたはあたし達の家族なんだからね!!」
「!?」
突然のベルの発言。思わず面食らうアリス。
ディーはただもうちょっとタイミングってもんがないかねぇと頭を掻いてちょっと呆れて笑うのみ。
「家族……?」
「そ、家族。……昨日はごめんなさい。あんな顔しちゃって。あれから落ち着いて考えてみて思ったんだけど……ここにいる間はあたし達の家に泊まってもらえないかなって。」
そういうベルの表情は先ほどとは打って変わって真剣そのもの。
もう消えてしまったものの、あの短刀を通して本当に断片的にだが何故だか彼女の心に触れてしまったのもあるが、何よりバケモノと命がけで戦っているという
彼女の為に何か出来ることがないかという考えで、これぐらいしか浮かばなかったというのもある。
「だが、しかし……」
「ああ、気遣う必要は無いぜ。ウチ、空き部屋だけは沢山あるし。ウェルもバールも大歓迎してくれるさ!」
明るく笑ってそういうディー。
実は言うとこれは昨日家族の間で決めた事。
色々言ったものの、また彼女と会う事があれば出来る限り助けてやろう――というのが結論だった。
まぁそんな事が無くてもディーやベルの考えは違わなかっただろう。
「……私がいる所、怪異の影は必ず付いてまわる。貴方達の平穏を脅かすだけだ。」
「ああ、あんなの?あたし達とあなたの力があれば何とでもなるでしょ?気負う事ないわよ!」
そんな言葉を聞き、いつにも無く激しく動揺するアリス。
真正面からこんな事を言われる事自体が初めての事。
常に狂気に苛まれ、常に怪異の影を追い、常に怪物を狩り続けた彼女にとっては予測範囲外極まる出来事だった。
「だが……」
「だがもくそも何にもねぇよ。お前にゃ聞きたい事も色々あるし、そして何より――」
「何より?」
少し気恥ずかしそうにはにかみ、笑う。それを見てきょとんと首を傾げるアリス。
勿体つけないで言っちゃいなさいよというベルの言葉に、ディーもそうだなと返し
「助けてもらった恩ぐらい、きちんと返させてくれよな?勿論利子つきでな。」
そう、やっぱり恥ずかしげにだが言った。
「あたしの分も増えちゃったから返すの大変そうよねぇ?」
と言いつつも、ディーさんよぉ~それだけじゃないしょ~?と意地悪な笑みを浮かべ、肘でディーを小突くベル。
ね、ねぇよ何にも!とちょっと慌てて言うディー。
そんな彼らの姿を目の当たりにし、アリスもほんの少しだけ言葉を柔らかくし
「……なら、その好意。少しだけなら受けてみる事にしようか。」
それだけ静かに、だがはっきりと呟いた。
「じゃあ決まりね!少し寒くもなってきたし――帰りましょう!「あたし達」の家に!」
夜の帳が下りつつある、赤く、暗い空に手を重ねた3人の影が映る。
友の誓い。家族の誓い。
それは常に戦いの場に身を置いていた彼女にとっては、珍しく歓迎出来るイレギュラーだった。
Act.4_end