試合開始と同時に一振りばかりの剣戟を切り結び、立て続けに膝蹴りを叩き込む。
自らの斬撃の反動、互いの打撃の反発力に沿って距離を取り、中距離兵装を揃って構える。
リヴァーツの両手首のカバーがスライドし、四本のクナイが陽光を反射し鈍い輝きを放ち
アイリスの左腕のシールドに収納されたチャクラムが火花を散らしながら高速回転を始める。
矢神は斬馬刀を愛機の真上に投げ、空いた両腕の指にクナイを挟み、上半身を逸らし
勢い良く上体を跳ね戻すと同時にアイリスの両肩の関節に投擲する。
高速で飛来するクナイの軌道は愚直なまでに馬鹿正直な直線攻撃。
確かに目で追うので精一杯だが、真っ直ぐに飛ぶだけの攻撃など脅威になどなり得ない。
(第一撃で両肩の関節を狙い…)
守屋は放たれたクナイの軌道を見切ると同時に左腕を振るい、チャクラムを開放する。
勢い良く放たれたチャクラムは、蛇がのた打ち回るかの様な変則的な軌道を描きながら
四本のクナイを纏めて叩き落し、リヴァーツの首を狙うが、新たに放たれた四本のクナイに
立て続けに刺し貫かれ四散し、ハラハラと宙を舞う。
(第二撃でチャクラムを破壊し…)
そして、チャクラムの残骸の隙間を潜り抜け、更に四本のクナイがアイリスに殺到する。
「チャクラムシールドパージ!」
それを見越していた守屋は動揺一つせずに役目を終えた盾を切り離し、地に落ちる前に
左腕で掴み取り、飛来するクナイ目掛けて投げ飛ばし、四本全てを無力化する。
此方もチャクラムを失ったが、リヴァーツの飛び道具を全て使わせる事に成功しただけで充分だ。
だが、矢神はそれを意に介する事無く円を描きながら落下して来た斬馬刀を受け止め
宙を舞うチャクラムシールドを一刀両断に叩き割り守屋の元へ猛然と肉迫する。
(間髪置かずの第三撃からの斬撃!大丈夫だ…やれる!)
此処までのやり取りは、ただの前置きだ。クナイの対応だけに全力を傾けていたわけでは無い。
守屋は、いつ矢神が剣戟戦闘に入って来ても良い様に注意を傾けていた。
内心で心身ともに自分が落ち着いている事を再確認し、振り落とされる斬馬刀に刃を合わせる。
剛撃を受け流し、身を翻しながらリヴァーツの首筋に渾身を込めた一撃を振り落とすが
矢神は斬馬刀を片手に持ち替え、空いた右腕でバックラーブレードの刃腹に裏拳を叩き込み
斬撃の軌道を逸らし、勢いの落ちた斬撃を肩の装甲で受け止める。
更に、矢神は守屋に驚く暇も与えず、空いた左腕一本で斬馬刀を操り
アイリスの腰部目掛けて掬い上げるような重い刺突を繰り出す。
防御から攻撃への斬り返しの速さに、守屋は一瞬ばかり反応が遅れる。
しかし、リヴァーツの剣は両腕で扱う事を前提に設計されており、片腕での攻撃は鈍重。
それ故に守屋の技量でも視認してからでも、回避が充分に間に合う程度の剣速しか無い。
(問題は…剣速が遅くても、被弾が即敗北に繋がるって事か…)
剣速自体が遅くとも斬馬刀が持つ質量ならば、致命的なダメージを負う事になる。
守屋は地を転がりながら刺突を避け、距離を取り剣を構え直し、矢神の追撃に備える。
「綺麗に真っ二つ…やっぱり、リヴァーツの斬撃を受け止めるのは不可能か。」
偶然、真っ二つにされ地面に晒されたチャクラムシールドが守屋の視界に映った。
綺麗な切り口を見て、腹が底冷えする思いをしながら改めて、リヴァーツを視界に収める。
攻めあぐねているのは事実だが、愛機の衝撃緩和剤の残量には充分な余裕がある。
それに大きなダメージは未だ受けておらず、五体満足。自身も愛機もまだまだ戦える。
(そうだ…俺もジョーカーもまだ戦える。最強を相手に戦えているんだ…俺は!)
幾度と無く無粋な横槍が入り、最強への挑戦を阻まれた憤りも忘れて只管、前に出る。
「漸く、巡りに巡った俺達の戦い!ニヤケ面しながら戦ってんじゃねぇぞッ!!」
斬馬刀を両の腕で握り締め、八双の構えから神速で叩き落される斬馬刀の斬撃を
体を一回転させ遠心力と重さを伴う回し蹴りで持って迎撃し、更に前へと突き進む。
「なんで、バレてるんだよッ!!」
間合いを詰めつつ、斬馬刀の間合いを制圧し上半身のバネを漲らせ弓の様に引き絞り…
超神速の刺突を以って狙うはただ一つ!矢神玲の!リヴァーツの!最強の首を討ち取る!
「お前が単純だからに決まってるだうがッ!!」
目にも止まらぬ刺突。だが、矢神玲という最強の牙城を切り崩すには遠く及ばない。
矢神は斬撃の予測も視認もせず、経験と生まれ持った勘のみを頼りに左腕を閃かせる。
(これは不味いか?)
一瞬、守屋の脳が弱気な思考に支配されかけるが、既に攻撃は放たれている。
ならば、強者に屈しろと囁く脆弱な思考諸共、その首を刺し貫いてしまえば良い。
「俺が単純って言うよりも、矢神サンが出鱈目なんだッ!!」
自らを奮い立たせ咆哮と共に渾身の刺突を穿つが、僅か一瞬とは言え迷いを持った時点で
矢神に付け入る隙を与えた様なものだ。首筋に吸い込まれようとしているバックラーブレードを
難も無く掴み取り、一息で容易く握り潰す。
「ッ!?」
その恐るべき怪力を目の当たりにして守屋は思わず息を呑むが、何ら不思議な事では無い。
通常のギアよりも二倍以上の骨格パーツを採用する事で、搭乗者の動きをより忠実に再現し
搭乗者の技量次第ではカタログスペックを遥かに凌駕する性能を引き出す事が出来る。
その上、徹底的に一撃必殺に拘った専用の斬馬刀は競技兵装中、最大の質量と重量を誇る。
だが、それ以上にリヴァーツを最強のギアたらしめている要素はもっと単純な事だ。
刃渡り8mの巨大な斬馬刀を鋭敏且つ強力、自由自在に操る事が出来る出力。
自らの手から決して斬馬刀を取りこぼす事が無いようにと、備えられた途方も無く馬鹿げた握力。
その力はギアの装甲、盾、刃であっても掴める物であれば容易く握り潰す事が出来てしまう。
武器どころか、ギア本体が悪ふざけと悪乗りの極みとも言うべき設計思想なのだ。
「何て出鱈目な…だが、このまま引き下がれるかッ!」
守屋はブレードの破片を撒き散らしながら、正拳突きを叩き込む。
守屋の拳がリヴァーツの頭部を叩き潰すよりも、矢神の蹴りがアイリスの腹部を強打する方が早い。
必死に踏ん張り堪えるが、地面を両の足で削りながら後方へと吹き飛ばされ、斬馬刀の間合いになる。
(嫌な感じに追い込まれているな…)
だが、リヴァーツとて大会規定に則って設計されたスポーツギアの一機に過ぎず
決戦能力を徹底的に特化させたというだけで、絶対無敵とは言い難く、弱点も多い。
そもそも、安価で安全確実に、より人間的な動きを再現する事を念頭に設計されており
次世代型スポーツギアの存在とも言える機体で試作機としての意味合いが非常に強く
リヴァーツは無敵・最強よりも失敗作、欠陥品という形容詞の方が似合っている。
例えば、必要以上に人間的な動きを再現する事に拘り、骨格のパーツを二倍にした結果
小さな損傷が毒の様に全身に広がり、些細な事で機能不全を起こす事。
骨格のパーツが二倍以上に増えているのにも関わらず、平均的なギアの製造コストに
無理矢理合わせる為、簡易大量生産が可能な粗悪なパーツに頼らざるを得ない。
これ等の問題を解決する為に大出力のジェネレーターと専用の斬馬刀を持たせ
必要以上に執拗且つ悪質なまでに決戦能力に特化させた事により、却って自らの攻撃の反動で
対戦相手どころか自身の身まで傷付け、先に挙げた機能不全と合わせて長期の試合に
耐え得るだけの頑強さを持たせる事が出来ず、攻撃力が高いだけの欠陥機でしか無い。
だが、選手の動きを忠実に再現し、カタログスペックを凌駕する性能を引き出す事が出来る骨格。
一撃必殺の破壊力を誇る斬馬刀。そして、優れた身体能力を誇る紅眼。
三つの要素が絡み合い、矢神玲とリヴァーツを難攻不落にして、最強の剣聖たらしめており
まるで、リヴァーツが矢神玲だけの為に設計されたとしか思えない程、絶妙な相性を誇っている。
とは言え、短所を無理矢理、長所で打ち消そうとして失敗した欠陥機でしか無い。
それに性能を際限無く引き出す事が出来る性質を持っていようと物質その物の強度や
耐久性を引き上げる事は不可能だ。小さなダメージでも良いから与えさえすれば勝機もある。
(脆弱な防御性能と稼働時間の短さに付け入る…俺に与えられた勝機など…)
小さな損傷が毒のように全身に回るのを待つか、回避に専念しリヴァーツが消耗したところで
攻撃に転じ、一気に攻め落とす。今の守屋が矢神を打倒し得る手段など精々、この二つだ。
だが、現時点でリヴァーツに小さな損傷の一つすら与える事が出来ておらず
寧ろ、攻撃を交わす度にアイリス・ジョーカーの損傷がじわじわと広がっている。
如何にリヴァーツの稼働時間が短いとは言え、それを補う為の一撃必殺の決戦能力だ。
リヴァーツが消耗するまで守屋が矢神の猛攻を凌ぎ切るのは余りにも現実味が無い。
それに地区大会の違法ギア襲撃事件を思い返せば分かるように、矢神程の凄腕ならば
一撃必殺の性質を保持しつつ、機体の負担を最小限に押し留め、ハンデを覆す事など造作も無い。
これでは妄想と大差が無く、非現実的だと守屋は矢神の自滅を諦める。
仮に実現可能だとしても、その様な手段を用いて手にした勝利に何程の価値があるというのか?
矢神玲という最強の壁を乗り越え、対等のギア乗りとして立つには、ただ勝てば良いというものでは無い。
策を弄せず、真正面から、ぶつかった上で討ち果たさなければ、それは対等では無い。
では、無力な挑戦者、守屋一刀が矢神玲という最強の牙城を如何切り崩せば良いのか?
(考えろ…相手は同じ人間と、人間が作った機械。何か他にも弱点がある筈…)
「ゴチャゴチャと考えている暇があるなら、一撃でも多く打ち込んで来い!!」
悉く、攻撃を無効化された上に蹴り飛ばされた挙句、矢神の間合いに身を晒してしまい
構え直しながら刹那の瞬間に矢神の攻略法を模索する為に思考を張り巡らせるが
一秒にも満たない思考でさえ、長考が過ぎると矢神が業を煮やすには充分過ぎた。
獣の唸り声の様な轟音を放ちながら薙ぎ払われる斬撃に慌てて、身を屈めながらやり過し
地を切裂きながらリヴァーツの頭部、正確には顎目掛けて鋼の豪腕を振り上げる。
だが、矢神は避けようとするどころか、アイリス・ジョーカーの拳に自らの頭部を叩き付ける。
「なッ!?」
頭部を失えば失格。その上、頭部の強度は全ギア共通で造り自体はかなり脆い。
死守すべき筈の頭部を矢神自らが差し出した事に守屋は驚きのあまり、その身を硬直させる。
「チッ…一発でも多く打ち込めってんだろうがッ!!」
斬馬刀を逆手に持ち替え、地を削りながら柄尻でアイリスの胸部を殴り付け、打ち上げる。
宙に飛ばされ、穿たれた胸部から装甲片をばら撒きながら地に――落ちるよりも
リヴァーツが斬馬刀の刃腹でアイリス・ジョーカーを弾き飛ばし、地に叩き付ける方が早い。
斬られたわけでは無いが、無防備の状態で打ちのめされ、地を転がり大の字になって倒れ込む。
「立てよ。大して効いていねぇだろ?」
「クッ…やっぱり、強いな…」
守屋はよろめきながらアイリス・ジョーカーを立ち上がらせ、機体の損傷状況を確認する。
派手に叩き付けられた割に矢神が言った通り、機体その物に大したダメージは通っていない。
胸部の大穴も表面装甲で留まっており、見た目程の損傷は無く、試合続行に支障は無い。
「真正面から正々堂々ってお前の武士道精神みたいな戦い方。そんな勝負も嫌いじゃない。
だがな、お前の言う最強の壁ってのは理性で抑圧したような戦いで踏破出来る程度の壁なのか?」
「それは…」
「俺を打ち倒したければ獣の様に!我武者羅に!あらゆる手段で!全力でかかって来いッ!!」
矢神は斬馬刀の切先をアイリスに突き付け、砂塵を巻き上げ、地を蹂躙しながら猛然と肉迫する。
守屋は迫り来るリヴァーツを呆然と眺め、矢神の言葉を反芻した。
余りにも綺麗過ぎる戦い方で遊戯宛らの中途半端な闘気が込められた拳打と剣戟の応酬。
矢神玲という最強の牙城に挑む権利が手に入っただけでしかないのに、この浮かれ様。
圧倒的な実力差を前に思考を張り巡らせ、全力を出した程度で埋められるものでは無い。
これでは目の前の最強が呆れ果て、業を煮やすのも無理は無い。
ならば、如何戦えば打倒し得るのか?
「…取るべき行動は見えた。」
矢神の罵倒や挑発にも似た激励を受けて、守屋の意識が漸く、切り替わる。
愚かな上に無様な戦いをしてしまったものだと自嘲しながら迫り来るリヴァーツを視界に捉える。
「力でも思考でも駄目ならば、火中に我が身を曝し、限界を越えるまでだッ!
―来い、最強!今日、この時、この場所を以って、その首を貰い受けるッ!」
守屋は拳を握り直し、矢神を迎え撃たんと足に根が張ったかのように地を踏み締める。
「全く…追い込んでやらねぇと本気の一つも出せねぇのかよ…」
矢神は仕方の無い奴だと呆れながらも苦笑するが、それも僅か一瞬。
バカなら何時でも出来る。今はその時では無い。厳しい表情に切り替え、守屋の元へと疾走する。
確かに守屋が望むような延々と剣戟と打撃を交わす様な戦いも悪くは無いと思う気持ちはある。
だが、矢神は守屋に対して、そんな戦いを求めてはいないし、求めるつもりも無い。
―何故か?
守屋は自分を最強と呼び、その最強に並び立った上で、その更に先を目指している。
口先だけの目標を掲げる奴は幾らでも居る。自分には無理だと諦め断念する奴も同様だ。
だが、守屋一刀は違う。下らない事で悩み、躓き、揺らぐ事も決して少なくは無い。
それでも、着実に歩を進め、最強の首を討ち取らんと気焔を立ち昇らせ
自分の首に手をかける所にまで遂に到着したのだ。
だからこそ、矢神は全力を持って対峙するに相応しい相手だと認めているのだ。
両者の間に立ちはだかる圧倒的な実力差など、何程のものでも無い。
それ故に、興行としての小奇麗な戦いを受け入れる事は断じて、有り得ない事だった。
『互いに』最強を目指し、欲さんとするのならば、泥臭く、貪欲に醜く奪い合うのが王道だ。
矢神は、それすらせずに手に入る最強に価値、意味、喜びを見出せないと考えている。
だから、守屋を同じステージに、同じ目線に、対等の立場に引き摺り上げたのだ。
そして、遂に守屋も決戦の意気込みを見せ腹を括った。最早、準備運動は終わりだ。
「次は…斬る。」
守屋を再び、間合いに捉えると同時に飛び上がり、上半身のバネを撓ませる。
上空からの刺突だが、切り上げ、振り落とし、薙ぎ払いへ派生可能な斬撃の結界。
そして、下手に後退すれば着地と同時に下半身の爆発的な瞬発力を用いた突進技が
全身を打ち砕かんと、襲い掛かるという寸法である。
無事にやり過すには、一息で間合いの外へと飛び退く以外の手段は無い。
(さあ…守屋、死力を尽くして限界を越えてみせろ!)
守屋は自ら矢神の間合いに踏み込み、着地を待たずにリヴァーツを迎撃する為に跳躍する。
アイリスと斬馬刀がすれ違うと同時に矢神は眉間に皺を寄せ、目尻を吊り上げ、目を細める。
「バラバラになりなッ!!」
矢神はリヴァーツを旋回させ、アイリスの上半身と下半身を切断せんと斬馬刀を振り抜く。
鋼が鋼を蹂躙する鈍い衝突音と重い衝撃がリヴァーツのコクピットに反響する。
(いや、いつもより重い…)
刹那、アイリス・ジョーカーを捉えた斬馬刀がほんの一瞬だけ大きく、押し返される。
ギアを叩き切った感触とは大きく異なる。守屋が何かを仕掛けたであろう事は考えるに容易い事だ。
「面白い…いや、地に脚を付けずに放った剣如きじゃ当然か?」
斬馬刀の刺突が薙ぎ払いに派生する寸前、守屋は斬馬刀を白刃取りの要領で掴み取り
薙ぎ払いの勢いに乗って上昇し、宙を舞いリヴァーツの上を取る。
「上空からの刺突から派生可能な変則的な剛撃見切ったッ!!」
「やっぱ、お前は考え無しに戦うのはやめた方が良さそうだな?」
今度は此方の番だとが吼えるが、矢神は慌てた風も無く地に着地すると同時に機体を反転させ
斬馬刀の柄尻を掴み、アイリス・ジョーカーを仰ぎ見ると同時に投擲する。
「そういった台詞は少しでも頭を使えるようになってから言えよッ!」
迫り来る斬馬刀を再び、白刃取りで掴み取り、落下しながら柄を両の腕で握り締め
リヴァーツを大地に縫い止めんと上から急襲を仕掛ける。
「無茶苦茶しやがる…面白くなってきやがった!」
面白いが、機体を砕かれるのは必至。矢神はアイリスの落下予測地点から愛機を飛び退かせる。
轟音と共に舞い上がる砂煙を睥睨しながら、守屋からの攻撃を待ち構える。
「さあ、奪い取った太刀でどうやって戦うつもりだ?」
砂煙を切裂いて躍り出たアイリスの腕は何も手にしていない。
「あの大刀さえ封じる事さえ出来れば良かった。あんな物を振り回すつもりは無い。」
そう言って、アイリス・ジョーカーの着地点に目線を動かすと流石の矢神も唖然とする。
「おいおい…伝説の剣かよ…?」
斬馬刀は地中深くまで突き刺さり、柄だけが地表に顔を出していた。
「少なくとも、引き抜く暇を与えてやるつもりは無い。」
「本当に面白い奴だな…だが、得物一つ封じたってなァッ!!」
リヴァーツの腕がアイリスに襲い掛かる。見た目は華奢だが、スポーツギア随一の豪腕。
だが―
「徒手空拳の格闘戦で俺とジョーカーに敵うと思うなよッ!!」
迫り来るリヴァーツの拳を受け流し、手首を捉え、捻りあげる。
「チィィッ…」
此処に来て漸く、矢神の表情が翳りを見せた。
「その右腕を叩き落す!」
捻りあげられたリヴァーツの右腕の肘目掛けて拳を振り上げる。
回避は間に合わない。破砕音と共に右腕が宙を舞い、力無く地に落ち砂埃を舞い上げる。
まさかの大番狂わせに会場はどよめいた。あの矢神玲が苦戦する事など有り得るのかと。
観客の多くは矢神玲を倒せる選手など一人しか知らない。
そして、その選手は今大会決勝で矢神の手によって潰え、去年の雪辱を自らの手で果たすだろうと。
だが、その矢神がスポーツギアのとしては無名の守屋に深手を負わされ、追い込まれている。
リヴァーツが一撃必殺の決戦能力に秀でているのと同様にアイリス・ジョーカーは
徒手空拳の格闘戦に特化しており、武器を持ったギアを相手に素手で互角以上の
戦いが出来るように設計されており、多岐に渡る追加武装などメーカー都合の
利潤追求の為に開発された蛇足でしか無く、素手の状態こそが完成形なのだ。
故に素手同士の戦いにおいて、アイリス・ジョーカーの右に並ぶギアなど存在しない。
だと言うのにも関わらず、アイリス・ジョーカーはリヴァーツから飛び退き、地に片膝を着く。
何が起こっているのか分からないと誰もが呆気に取られ、固唾を呑む。
「流石に一筋縄ではいかんか…!」
「俺を倒すチャンスだったってのに、右腕取ったくらいで喜んでいるからだ。」
守屋がリヴァーツの右腕を砕く直前―矢神はアイリスの左肩を掴み粉砕した。
異変に気付いた時は既に手遅れ。大穴を穿たれた胸部にリヴァーツの蹴りが喰らい付く。
寸でのところで飛び退き、直撃だけは避ける事に成功したが胸部と左肩から紫電が走る。
垂れ下がり、千切れかかった左腕を肩口から引き抜き、立ち上がる。
(上半身の反応が鈍い…強さの底が見えない……だが……)
守屋はリヴァーツの手から得物が離れた瞬間、格闘戦で圧倒する事が出来ると考えていた。
だが、右腕と引換えに左腕を持っていかれた上に、上半身の機能不全のおまけ付き。
圧倒的に有利な格闘戦ですら大きな実力差を完全に埋めるには到らない。
だが――
「あの矢神玲に有効なダメージを与えられたのは十分な進歩なんじゃないのか?」
「俺の首を取りに来たんじゃねぇのかよ?右腕取った程度で満足してんじゃねぇ!」
「誰が満足したって?俺は欲張りでね。右腕が取れるなら首が取れない道理は無い。
それに…今日、この時、この場所でその首を貰い受ける…そう宣言した筈だッ!!」
上半身に機能不全が起きたとは言え、まだ右腕がある。下半身も健在だ。
確かに矢神とリヴァーツが最強である事に疑い様は無い。寧ろ、その想いは強くなった。
だが、だからと言って完全無欠、絶対無敵では無い。奴の愛刀を封じた。右腕を滅した。
此方も大きな傷を負ったが最強の牙城を切り崩す為の着実な一手を取る事が出来たのだ。
「来い!防人の大刀!この首、易々と取らせると思うな!」
守屋は引き千切った左腕をリヴァーツに投擲。
矢神は事も無げに残った左腕で打ち払い、更に投擲されたバックラーを打ち落とす。
だが、その隙を突いて眼前に迫ったアイリスの左胴回し蹴りに対応する為の右腕を失っている。
アイリスの蹴りに叩き付けられながらも、蹴りの流れに乗って横っ飛びに攻撃を捌き、やり過ごす。
更に機体を一回転さえ、回し蹴りを放つが、アイリスの右腕に阻まれ脚を掴まれ押し倒される。
「矢神玲ッ!!その首貰ったッ!!」
守屋は倒れ込みながら、掌底をリヴァーツの頭部に叩き込む。
「守屋、よく頑張ったな。」
試合中の矢神の口からとは思えない程、柔らかな口調で守屋を慮る柔らかな声が届く。
確かに守屋は敵に檄を飛ばされながらも、最強を相手に一定以上の損傷を与える事に成功した。
ギアに乗って僅か半年。初出場ながらによくぞ『善戦した』と言える。
「だが、まだ俺の首はやれないようだ。また来年、挑戦しに来い。」
そう…守屋の放った掌底はリヴァーツの首を取るには紙一重の所で届いてはいなかった。
アイリスがリヴァーツの頭部を打ち砕くよりも早く、その手首を掴み取られ攻撃を阻まれていた。
リヴァーツの握力ならば、このままアイリスの右腕を握り潰し、その首に手をかけるのは容易い。
「まだだ…握り潰される前に押し潰すッ!!」
「面白い…根競べといこうかッ!!」
重量差でアイリス・ジョーカーが勝るとは言え、出力差ではリヴァーツが圧倒的に勝る。
異音を立てながら、アイリスの右腕が押し潰されていくが、矢神にも油断が許される状況では無い。
アイリスに押し潰された事で、この戦いで蓄積された疲労が今になって、その身を襲い、出力が低下していく。
その上、アイリスの右腕を掴む左腕に亀裂が走り、破砕音が鳴り響く。
並外れた力を持ち合わせていようと、リヴァーツの腕にアイリスの体躯を支え続けられる程の強度は無い。
握り潰されていくアイリスの右腕と、圧壊していくリヴァーツの左腕。
だが、この拮抗状態も長くは続かない。徐々にアイリスの右腕が押し上げられていく。
「まだ…守屋の首を圧し折る余力は残っているようだな…」
「クッ…これまでか……ッ!?」
ギアが崩れ落ち、蒼穹の空に破砕音が木霊し、この戦いの決着が付いた。
長々と続いた試合も終わってみると呆気の無いものだった。
準決勝戦第一試合―勝者、八坂高校代表、守屋一刀。
「お、俺の勝ち……だと?な、何がどうなっている!?」
「お前の目は節穴か?俺の首を持っていくどころか完全に叩き潰しているじゃないか。」
あまりにも意外な、予測外の結末に守屋は軽い錯乱状態に陥っていた。
事の真相はこうだ―
アイリス・ジョーカーがリヴァーツの剛力に押し上げられ、右腕を握り潰される寸前。
守屋は為す術も無く、愛機の頭部を握り潰されるのを待つだけの状態にあった。
覚悟を決めた瞬間、突如として、リヴァーツが力を失ったのである。
機能不全という毒が全身に回り、機体が行動不能に陥ったわけでは無い。
リヴァーツの左腕が先に破砕したわけでも無く、守屋の最後の力に押し負けたわけでも無い。
終わってみると実に呆気の無いもので、真相を知ってしまうと実にバカバカしいものだった。
「そんな真相なら知りたく無かった…」
先にも述べた通り、リヴァーツは様々な欠陥を抱えた試作機だ。
それを矢神玲という選手の力と並外れた決戦能力で様々な欠陥を補い、最強の一角を担っている。
だが、優れた技術を持ち、機体に掛かる負担を限りなくゼロに近付ける事は出来てもゼロにはならない。
そして、一撃必殺の設計思想故に機体を稼動させる為の燃料に割かれるスペースは極僅か。
「ま、流石の俺でもガス欠ばっかりは如何にもならんなぁ。」
そして、互いに死力を尽くすという肝心な場面でエネルギー切れを起こし
戒めを解かれ、倒れ込んだアイリスに頭部を押し潰されたというわけだ。
「な、納得いかねぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええッ!!」
守屋の叫びが、アイリスの外部スピーカーを通じてスタジアム内に響き誰もが苦笑した。
「まあ、勝負ってのは最後まで何が起こるか分からないって事だな。」
矢神はロビーで守屋を宥めるが、未だに機嫌は悪く納得がいかないという顔をしている。
埒が明かないと守屋の肩に手を回し、無理矢理、胸元に引き寄せ、スクリーンパネルを指し示す。
そこには準決勝第二試合の様子が映し出されている。
「納得がいかねぇってのは分かるけどよ、アイツはそんな調子で勝てる相手じゃねぇぞ。」
「アイツ…?」
矢神が指差したのは黒と碧のコントラストで彩られた鋭角的なシルエットのスポーツギア。
「前大会の優勝者の月島静丸と、ティアマット。前回の決勝戦で俺を軽く捻り潰してくれた奴だ。」
「なっ…軽くっ!?」
矢神の言葉に守屋は目を見開き、スクリーンパネルに釘付けになる。
「まあ、今回の大会で前回のリベンジしてやるつもりだったんだが…お前に譲ってやんよ。
相手は真の最強。無様でも良い。必死こいて喰らい付いて、奴の首取って来い!」
矢神は守屋の背中を叩き、立ち上がらせニヤ付きながら、顎でその先を指し示す。
そちらに目を向けると複雑そうな表情で立ち竦む、霧坂と小野寺が佇んでいた。
「霧坂。それに小野寺先輩…」
「矢神の打倒。まずはよくやったと言っておこう。だがな……」
しかめっ面の小野寺に無表情の霧坂が続いた。
「流石に人目の多い所で男同士でイチャ付くのは……相当、気持ち悪いよ?」
一つのベンチに男二人してべったりと引っ付き、肩を抱き寄せられ試合観戦している姿は…
守屋は胃の内容物が逆流して来る様なムカつきを…要は吐きそうなほどの不快感を感じた。
それ以上に霧坂に無表情で気持ちが悪いと言われた事に心を深く抉られた。
「ああ…客観的に自分を省みたら恐ろしく気持ち悪い事に気付いたよ…」
「守屋君って、モテるのに女の影が無いのはそういう事だったんだね。失望したよ。」
「色々と誤解だ。その蔑むような目を止めろ。マジで止めろ。お願いします。」
初耳且つ、詳しく聞きたい情報が守屋の耳に飛び込むが、今はそれどころでは無い。
あの霧坂が軽口一つ叩かずに真顔で拒絶の言葉を吐いてくるのは堪えるものがある。
尤も、霧坂は霧坂で臍を噛み、自身の脇腹を抓り、必死に笑いを堪えているわけだが。
(実はからかっているだけだってバレたら、ぶん殴られるかも知れないわね。)
霧坂の新たな芸風。つまりは何時も通りだ。
「逢引の最中にすまんが、矢神を借りるぞ。」
二人の状況に気付いている霧坂とは対照的に、小野寺は怒りで肩を打ち震わせながら
霧坂に必死弁解する守屋を横目で流し見て、矢神の傍らに立ちシャツの裾を掴んだ。
「ッ!?……返さなくて結構です。」
守屋は一瞬、凝縮された殺気のような物を差し向けられた様な錯覚を覚えるが
矢神や小野寺に構っている場合では無いと短く返答し、誤解を解く事に躍起になっている。
「俺は物か?」
「物でも馬鹿でも男色でも何でも良いから、こっちに来い。」
守屋の弁解の言葉もネタ切れ寸前、霧坂の笑いの忍耐力も決壊寸前。
そんな折に小野寺は有無を言わさず矢神を引き摺り、矢神も気にした風も無く引き摺られ
二人して去って行くという異様な光景と組み合わせに守屋と霧坂は呆然と見送った。
『いつから、そんな仲に?』
小野寺が八坂高校の面子よりも先に、矢神と邂逅を遂げている事を知る者は居ない。
そして、小野寺は矢神を人気の無い所まで引き摺った所で漸く、手を離した。
「こんな人気の無い所まで引き摺って来て…愛の告白でもする気か?」
「あんな下手な芝居を打ってまでして、守屋に勝ちを譲って良かったのか?」
小野寺は矢神の軽口を無視して、試合中の行動や結果に疑問をぶつけた。
矢神はどうした物かと思案するが、小野寺が相手では隠し通せないと悟り腹の内を語る事にした。
「俺との試合で随分と腕を上げたが…まだまだ不十分だからな。
月島さんとやり合って上手くいけば、守屋は俺達と同じ領域に立てる。」
「はあ…やれやれ…大方、そんな所だろうとは思ってはいたよ。
だが、己の闘争本能を満たす為とは言え、随分と回りくどい事をする。」
矢神の腹の内を悟った小野寺は心底呆れたかのように肩を竦める。
守屋が自分と互角の戦いを出来るようにする為だけに下手な芝居を打ち、思い付く限り
自然な形で守屋を勝利させ、更なる強敵と戦わせて、その成長を促そうとしているのだ。
強い闘争本能を押さえ込むのでは無く、理性と知性で以って強く解き放つ事に対して
労力を惜しまない矢神の気質には、流石の小野寺でも呆れ果てるのは無理も無い。
「でも、良かったのか?月島静丸―君が彼と戦うチャンスは今日が最後なのだぞ?」
「良いも何も、もう譲っちまったしな。それに今日の強敵よりも明日の強敵ってな。
後、月島よりも守屋の方が面白い。俺とした事がガス欠に気付かないくらいだからな。」
「何だ?アレは芝居では無く素だったのか?」
小野寺は上目遣いで意地の悪そうな顔をして矢神に笑いかけるが
矢神は小野寺の皮肉に気付いた様子は全く無く言葉を続けた。
「本当はパワー負けして顔を握り潰される予定だったんだがなぁ…」
結果的には守屋に悟られる事無く、自然に敗北するという矢神の目論見は成功した。
だが、自らが招いた失態により其処に到る過程は少々、思惑から外れる物だった。
それが、エネルギー残量の確認漏れという未経験者ばりの失態を犯した事により
敗北してしまったのは少しばかり頂けない。これでは素で敗北したみたいだ。
「君に腹芸は向かん。何を如何すればリヴァーツがパワー負けするというのだ。」
小野寺は、心底あきれ返ったような表情で矢神を見つめた。
何処までいっても真っ直ぐな――大馬鹿者だと。
「さーて!いよいよ、決勝戦!守屋の奴ぶったまげるだろうなぁ!」
何時までも、悔やんでもいられない。矢神はわざと大きな声を出し小野寺の手を引く。
意気揚々と客席に戻ろうとするが小野寺は矢神の手を握り直し、その場に留まる。
「どうした?」
「一つだけ確認しておく…矢神。さっきのアレは冗談か?それとも本気か?」
矢神が小野寺の方へ顔だけ動かすと小野寺は真剣な表情で矢神を見つめる。
「さっきのアレ?どれの事だ?」
「男色か否か―解答次第では君に対する今後の態度を改めねばならん。」
今度は矢神が呆れる番だ。何故、そんなアホな事を真顔で問い詰められねばならんのだと。
「俺はノーマルだ。ホモでも無ければ、ロリコンでも無い。」
矢神は憮然とした表情と硬い声で返答し、半ば強引に小野寺の腕を引っ張り、歩みを再開した。
そして、二人が会場に戻るとティアマットの足元にアイリス・ジョーカーが片膝を付いていた。
「強過ぎる…勝機が見えない…」
矢神が予測していた通り、守屋は月島に一方的に追い込まれていた。
そして、余りにも異質過ぎる選手の力に翻弄され戸惑いを隠せないでいる。
「俺も通った道だ。強くなる為の鍵を掴み取るまでは負けてくれるなよ?」
これでは去年の焼き増しだと矢神は苦笑しながら呟く。
去年の州大会の決勝戦で矢神は月島との対戦で、一方的に叩きのめされ敗北を喫した。
だが、その屈辱的な敗北も無意味では無く、今の地位まで一気に上り詰める切欠を得る事が出来た。
だから、矢神は自分に出来て、守屋に出来ない道理は無いと考え今回の行動に到ったのだ。
しかし、最後まで最強の牙城を切り崩す事が出来なかった事に僅かながら後悔が滲む。
月島の連続優勝に待ったをかけ、名実共に最強にという願望が少なからずあったのだ。
「悔やむくらいなら、守屋に勝ちを譲らなければ良かったのでは無いのか?」
「表情だけで何処まで見透かすつもりなんだ?」
矢神が小野寺と知り合って、もう間も無く3ヶ月。
今月に入った辺りから小野寺は矢神の小さな仕草や表情の変化を見ただけで
まるで心の声が聞こえているかのように思考に対する疑問や意見、解答を口にする。
その上、的中率100%、これには流石の矢神でも、些か怖気づいてしまう。
「矢神。いい加減に君が単純なだけなのだと気付いてくれ。」
若干、引き気味の矢神に対し、小野寺は得意気な顔をして挑発的に笑う。
知り合って僅か三ヶ月足らずだが、小野寺にとって矢神の思考など単純この上無い。
ほぼ毎日、行動を共にしていれば、何を考えているかなど手に取る様に分かる。
「君の脳は戦闘時以外は基本的に停止しているも同然だからな。
戦闘中でさえ無ければ、君の考えを読む程度ならば然程、難しくは無いよ。」
戦闘時の矢神の思考も読めるようになれば、三割程度の勝率も少しはマシになるのだがと
小野寺は内心で自嘲するがそれが出来れば苦労は無い。
矢神の頭は戦闘に供えて常時停止しているのだから。
「ああ、そうかい…」
矢神が憮然としていると視界の端から鋼が崩れ落ちる破砕音が鳴り響いた。
二人が思い出したかの様に目を向けると、頭部を失ったアイリスが膝から崩れ落ち、地に伏していた。
「クソッ!!やっと掴めたってのに、よりによって3年生かよ!!」
敗北はしたものの守屋の声にはしっかりとした覇気があり、月島に再戦を求め怒鳴り散らかしている。
八坂州、個人戦王者、岸田学園三年、月島静丸。彼に残された出番は年度末の全国大会のみ。
全国大会は総勢10名の選手が州代表選手として選抜され、州対抗戦として対戦が繰り広げられる。
州大会まではライバルだった選手達も全国大会では心強い味方に様変わりする。
つまり、守屋や矢神にとって、この決勝戦が月島と対戦する最後のチャンスだったというわけだ。
勝利を手にする切欠を手にしても、それを実行する機会は既に二人の手から零れ落ちている。
無念さのあまり守屋は幾度と吼え、その様子を見て矢神は満足気に笑う。
「矢神。君の目論見は上手くいったようだな。」
「月島さんと戦って守屋が強くなれるかは、賭けだったが…譲って正解だったな。
後は守屋が何処まで強くなれるか…来年の地区大会が楽しみってなもんだぜ。」
まるで守屋が強くなった上で、自分自身を打ち倒す事を望むような口振り。
最強の一角として名高い矢神だが、頂点である事より常に挑戦者である事を望んでいる。
小野寺は呆れる素振一つ隠さずに溜息を吐き、表彰式の開始を待った。
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自らの斬撃の反動、互いの打撃の反発力に沿って距離を取り、中距離兵装を揃って構える。
リヴァーツの両手首のカバーがスライドし、四本のクナイが陽光を反射し鈍い輝きを放ち
アイリスの左腕のシールドに収納されたチャクラムが火花を散らしながら高速回転を始める。
矢神は斬馬刀を愛機の真上に投げ、空いた両腕の指にクナイを挟み、上半身を逸らし
勢い良く上体を跳ね戻すと同時にアイリスの両肩の関節に投擲する。
高速で飛来するクナイの軌道は愚直なまでに馬鹿正直な直線攻撃。
確かに目で追うので精一杯だが、真っ直ぐに飛ぶだけの攻撃など脅威になどなり得ない。
(第一撃で両肩の関節を狙い…)
守屋は放たれたクナイの軌道を見切ると同時に左腕を振るい、チャクラムを開放する。
勢い良く放たれたチャクラムは、蛇がのた打ち回るかの様な変則的な軌道を描きながら
四本のクナイを纏めて叩き落し、リヴァーツの首を狙うが、新たに放たれた四本のクナイに
立て続けに刺し貫かれ四散し、ハラハラと宙を舞う。
(第二撃でチャクラムを破壊し…)
そして、チャクラムの残骸の隙間を潜り抜け、更に四本のクナイがアイリスに殺到する。
「チャクラムシールドパージ!」
それを見越していた守屋は動揺一つせずに役目を終えた盾を切り離し、地に落ちる前に
左腕で掴み取り、飛来するクナイ目掛けて投げ飛ばし、四本全てを無力化する。
此方もチャクラムを失ったが、リヴァーツの飛び道具を全て使わせる事に成功しただけで充分だ。
だが、矢神はそれを意に介する事無く円を描きながら落下して来た斬馬刀を受け止め
宙を舞うチャクラムシールドを一刀両断に叩き割り守屋の元へ猛然と肉迫する。
(間髪置かずの第三撃からの斬撃!大丈夫だ…やれる!)
此処までのやり取りは、ただの前置きだ。クナイの対応だけに全力を傾けていたわけでは無い。
守屋は、いつ矢神が剣戟戦闘に入って来ても良い様に注意を傾けていた。
内心で心身ともに自分が落ち着いている事を再確認し、振り落とされる斬馬刀に刃を合わせる。
剛撃を受け流し、身を翻しながらリヴァーツの首筋に渾身を込めた一撃を振り落とすが
矢神は斬馬刀を片手に持ち替え、空いた右腕でバックラーブレードの刃腹に裏拳を叩き込み
斬撃の軌道を逸らし、勢いの落ちた斬撃を肩の装甲で受け止める。
更に、矢神は守屋に驚く暇も与えず、空いた左腕一本で斬馬刀を操り
アイリスの腰部目掛けて掬い上げるような重い刺突を繰り出す。
防御から攻撃への斬り返しの速さに、守屋は一瞬ばかり反応が遅れる。
しかし、リヴァーツの剣は両腕で扱う事を前提に設計されており、片腕での攻撃は鈍重。
それ故に守屋の技量でも視認してからでも、回避が充分に間に合う程度の剣速しか無い。
(問題は…剣速が遅くても、被弾が即敗北に繋がるって事か…)
剣速自体が遅くとも斬馬刀が持つ質量ならば、致命的なダメージを負う事になる。
守屋は地を転がりながら刺突を避け、距離を取り剣を構え直し、矢神の追撃に備える。
「綺麗に真っ二つ…やっぱり、リヴァーツの斬撃を受け止めるのは不可能か。」
偶然、真っ二つにされ地面に晒されたチャクラムシールドが守屋の視界に映った。
綺麗な切り口を見て、腹が底冷えする思いをしながら改めて、リヴァーツを視界に収める。
攻めあぐねているのは事実だが、愛機の衝撃緩和剤の残量には充分な余裕がある。
それに大きなダメージは未だ受けておらず、五体満足。自身も愛機もまだまだ戦える。
(そうだ…俺もジョーカーもまだ戦える。最強を相手に戦えているんだ…俺は!)
幾度と無く無粋な横槍が入り、最強への挑戦を阻まれた憤りも忘れて只管、前に出る。
「漸く、巡りに巡った俺達の戦い!ニヤケ面しながら戦ってんじゃねぇぞッ!!」
斬馬刀を両の腕で握り締め、八双の構えから神速で叩き落される斬馬刀の斬撃を
体を一回転させ遠心力と重さを伴う回し蹴りで持って迎撃し、更に前へと突き進む。
「なんで、バレてるんだよッ!!」
間合いを詰めつつ、斬馬刀の間合いを制圧し上半身のバネを漲らせ弓の様に引き絞り…
超神速の刺突を以って狙うはただ一つ!矢神玲の!リヴァーツの!最強の首を討ち取る!
「お前が単純だからに決まってるだうがッ!!」
目にも止まらぬ刺突。だが、矢神玲という最強の牙城を切り崩すには遠く及ばない。
矢神は斬撃の予測も視認もせず、経験と生まれ持った勘のみを頼りに左腕を閃かせる。
(これは不味いか?)
一瞬、守屋の脳が弱気な思考に支配されかけるが、既に攻撃は放たれている。
ならば、強者に屈しろと囁く脆弱な思考諸共、その首を刺し貫いてしまえば良い。
「俺が単純って言うよりも、矢神サンが出鱈目なんだッ!!」
自らを奮い立たせ咆哮と共に渾身の刺突を穿つが、僅か一瞬とは言え迷いを持った時点で
矢神に付け入る隙を与えた様なものだ。首筋に吸い込まれようとしているバックラーブレードを
難も無く掴み取り、一息で容易く握り潰す。
「ッ!?」
その恐るべき怪力を目の当たりにして守屋は思わず息を呑むが、何ら不思議な事では無い。
通常のギアよりも二倍以上の骨格パーツを採用する事で、搭乗者の動きをより忠実に再現し
搭乗者の技量次第ではカタログスペックを遥かに凌駕する性能を引き出す事が出来る。
その上、徹底的に一撃必殺に拘った専用の斬馬刀は競技兵装中、最大の質量と重量を誇る。
だが、それ以上にリヴァーツを最強のギアたらしめている要素はもっと単純な事だ。
刃渡り8mの巨大な斬馬刀を鋭敏且つ強力、自由自在に操る事が出来る出力。
自らの手から決して斬馬刀を取りこぼす事が無いようにと、備えられた途方も無く馬鹿げた握力。
その力はギアの装甲、盾、刃であっても掴める物であれば容易く握り潰す事が出来てしまう。
武器どころか、ギア本体が悪ふざけと悪乗りの極みとも言うべき設計思想なのだ。
「何て出鱈目な…だが、このまま引き下がれるかッ!」
守屋はブレードの破片を撒き散らしながら、正拳突きを叩き込む。
守屋の拳がリヴァーツの頭部を叩き潰すよりも、矢神の蹴りがアイリスの腹部を強打する方が早い。
必死に踏ん張り堪えるが、地面を両の足で削りながら後方へと吹き飛ばされ、斬馬刀の間合いになる。
(嫌な感じに追い込まれているな…)
だが、リヴァーツとて大会規定に則って設計されたスポーツギアの一機に過ぎず
決戦能力を徹底的に特化させたというだけで、絶対無敵とは言い難く、弱点も多い。
そもそも、安価で安全確実に、より人間的な動きを再現する事を念頭に設計されており
次世代型スポーツギアの存在とも言える機体で試作機としての意味合いが非常に強く
リヴァーツは無敵・最強よりも失敗作、欠陥品という形容詞の方が似合っている。
例えば、必要以上に人間的な動きを再現する事に拘り、骨格のパーツを二倍にした結果
小さな損傷が毒の様に全身に広がり、些細な事で機能不全を起こす事。
骨格のパーツが二倍以上に増えているのにも関わらず、平均的なギアの製造コストに
無理矢理合わせる為、簡易大量生産が可能な粗悪なパーツに頼らざるを得ない。
これ等の問題を解決する為に大出力のジェネレーターと専用の斬馬刀を持たせ
必要以上に執拗且つ悪質なまでに決戦能力に特化させた事により、却って自らの攻撃の反動で
対戦相手どころか自身の身まで傷付け、先に挙げた機能不全と合わせて長期の試合に
耐え得るだけの頑強さを持たせる事が出来ず、攻撃力が高いだけの欠陥機でしか無い。
だが、選手の動きを忠実に再現し、カタログスペックを凌駕する性能を引き出す事が出来る骨格。
一撃必殺の破壊力を誇る斬馬刀。そして、優れた身体能力を誇る紅眼。
三つの要素が絡み合い、矢神玲とリヴァーツを難攻不落にして、最強の剣聖たらしめており
まるで、リヴァーツが矢神玲だけの為に設計されたとしか思えない程、絶妙な相性を誇っている。
とは言え、短所を無理矢理、長所で打ち消そうとして失敗した欠陥機でしか無い。
それに性能を際限無く引き出す事が出来る性質を持っていようと物質その物の強度や
耐久性を引き上げる事は不可能だ。小さなダメージでも良いから与えさえすれば勝機もある。
(脆弱な防御性能と稼働時間の短さに付け入る…俺に与えられた勝機など…)
小さな損傷が毒のように全身に回るのを待つか、回避に専念しリヴァーツが消耗したところで
攻撃に転じ、一気に攻め落とす。今の守屋が矢神を打倒し得る手段など精々、この二つだ。
だが、現時点でリヴァーツに小さな損傷の一つすら与える事が出来ておらず
寧ろ、攻撃を交わす度にアイリス・ジョーカーの損傷がじわじわと広がっている。
如何にリヴァーツの稼働時間が短いとは言え、それを補う為の一撃必殺の決戦能力だ。
リヴァーツが消耗するまで守屋が矢神の猛攻を凌ぎ切るのは余りにも現実味が無い。
それに地区大会の違法ギア襲撃事件を思い返せば分かるように、矢神程の凄腕ならば
一撃必殺の性質を保持しつつ、機体の負担を最小限に押し留め、ハンデを覆す事など造作も無い。
これでは妄想と大差が無く、非現実的だと守屋は矢神の自滅を諦める。
仮に実現可能だとしても、その様な手段を用いて手にした勝利に何程の価値があるというのか?
矢神玲という最強の壁を乗り越え、対等のギア乗りとして立つには、ただ勝てば良いというものでは無い。
策を弄せず、真正面から、ぶつかった上で討ち果たさなければ、それは対等では無い。
では、無力な挑戦者、守屋一刀が矢神玲という最強の牙城を如何切り崩せば良いのか?
(考えろ…相手は同じ人間と、人間が作った機械。何か他にも弱点がある筈…)
「ゴチャゴチャと考えている暇があるなら、一撃でも多く打ち込んで来い!!」
悉く、攻撃を無効化された上に蹴り飛ばされた挙句、矢神の間合いに身を晒してしまい
構え直しながら刹那の瞬間に矢神の攻略法を模索する為に思考を張り巡らせるが
一秒にも満たない思考でさえ、長考が過ぎると矢神が業を煮やすには充分過ぎた。
獣の唸り声の様な轟音を放ちながら薙ぎ払われる斬撃に慌てて、身を屈めながらやり過し
地を切裂きながらリヴァーツの頭部、正確には顎目掛けて鋼の豪腕を振り上げる。
だが、矢神は避けようとするどころか、アイリス・ジョーカーの拳に自らの頭部を叩き付ける。
「なッ!?」
頭部を失えば失格。その上、頭部の強度は全ギア共通で造り自体はかなり脆い。
死守すべき筈の頭部を矢神自らが差し出した事に守屋は驚きのあまり、その身を硬直させる。
「チッ…一発でも多く打ち込めってんだろうがッ!!」
斬馬刀を逆手に持ち替え、地を削りながら柄尻でアイリスの胸部を殴り付け、打ち上げる。
宙に飛ばされ、穿たれた胸部から装甲片をばら撒きながら地に――落ちるよりも
リヴァーツが斬馬刀の刃腹でアイリス・ジョーカーを弾き飛ばし、地に叩き付ける方が早い。
斬られたわけでは無いが、無防備の状態で打ちのめされ、地を転がり大の字になって倒れ込む。
「立てよ。大して効いていねぇだろ?」
「クッ…やっぱり、強いな…」
守屋はよろめきながらアイリス・ジョーカーを立ち上がらせ、機体の損傷状況を確認する。
派手に叩き付けられた割に矢神が言った通り、機体その物に大したダメージは通っていない。
胸部の大穴も表面装甲で留まっており、見た目程の損傷は無く、試合続行に支障は無い。
「真正面から正々堂々ってお前の武士道精神みたいな戦い方。そんな勝負も嫌いじゃない。
だがな、お前の言う最強の壁ってのは理性で抑圧したような戦いで踏破出来る程度の壁なのか?」
「それは…」
「俺を打ち倒したければ獣の様に!我武者羅に!あらゆる手段で!全力でかかって来いッ!!」
矢神は斬馬刀の切先をアイリスに突き付け、砂塵を巻き上げ、地を蹂躙しながら猛然と肉迫する。
守屋は迫り来るリヴァーツを呆然と眺め、矢神の言葉を反芻した。
余りにも綺麗過ぎる戦い方で遊戯宛らの中途半端な闘気が込められた拳打と剣戟の応酬。
矢神玲という最強の牙城に挑む権利が手に入っただけでしかないのに、この浮かれ様。
圧倒的な実力差を前に思考を張り巡らせ、全力を出した程度で埋められるものでは無い。
これでは目の前の最強が呆れ果て、業を煮やすのも無理は無い。
ならば、如何戦えば打倒し得るのか?
「…取るべき行動は見えた。」
矢神の罵倒や挑発にも似た激励を受けて、守屋の意識が漸く、切り替わる。
愚かな上に無様な戦いをしてしまったものだと自嘲しながら迫り来るリヴァーツを視界に捉える。
「力でも思考でも駄目ならば、火中に我が身を曝し、限界を越えるまでだッ!
―来い、最強!今日、この時、この場所を以って、その首を貰い受けるッ!」
守屋は拳を握り直し、矢神を迎え撃たんと足に根が張ったかのように地を踏み締める。
「全く…追い込んでやらねぇと本気の一つも出せねぇのかよ…」
矢神は仕方の無い奴だと呆れながらも苦笑するが、それも僅か一瞬。
バカなら何時でも出来る。今はその時では無い。厳しい表情に切り替え、守屋の元へと疾走する。
確かに守屋が望むような延々と剣戟と打撃を交わす様な戦いも悪くは無いと思う気持ちはある。
だが、矢神は守屋に対して、そんな戦いを求めてはいないし、求めるつもりも無い。
―何故か?
守屋は自分を最強と呼び、その最強に並び立った上で、その更に先を目指している。
口先だけの目標を掲げる奴は幾らでも居る。自分には無理だと諦め断念する奴も同様だ。
だが、守屋一刀は違う。下らない事で悩み、躓き、揺らぐ事も決して少なくは無い。
それでも、着実に歩を進め、最強の首を討ち取らんと気焔を立ち昇らせ
自分の首に手をかける所にまで遂に到着したのだ。
だからこそ、矢神は全力を持って対峙するに相応しい相手だと認めているのだ。
両者の間に立ちはだかる圧倒的な実力差など、何程のものでも無い。
それ故に、興行としての小奇麗な戦いを受け入れる事は断じて、有り得ない事だった。
『互いに』最強を目指し、欲さんとするのならば、泥臭く、貪欲に醜く奪い合うのが王道だ。
矢神は、それすらせずに手に入る最強に価値、意味、喜びを見出せないと考えている。
だから、守屋を同じステージに、同じ目線に、対等の立場に引き摺り上げたのだ。
そして、遂に守屋も決戦の意気込みを見せ腹を括った。最早、準備運動は終わりだ。
「次は…斬る。」
守屋を再び、間合いに捉えると同時に飛び上がり、上半身のバネを撓ませる。
上空からの刺突だが、切り上げ、振り落とし、薙ぎ払いへ派生可能な斬撃の結界。
そして、下手に後退すれば着地と同時に下半身の爆発的な瞬発力を用いた突進技が
全身を打ち砕かんと、襲い掛かるという寸法である。
無事にやり過すには、一息で間合いの外へと飛び退く以外の手段は無い。
(さあ…守屋、死力を尽くして限界を越えてみせろ!)
守屋は自ら矢神の間合いに踏み込み、着地を待たずにリヴァーツを迎撃する為に跳躍する。
アイリスと斬馬刀がすれ違うと同時に矢神は眉間に皺を寄せ、目尻を吊り上げ、目を細める。
「バラバラになりなッ!!」
矢神はリヴァーツを旋回させ、アイリスの上半身と下半身を切断せんと斬馬刀を振り抜く。
鋼が鋼を蹂躙する鈍い衝突音と重い衝撃がリヴァーツのコクピットに反響する。
(いや、いつもより重い…)
刹那、アイリス・ジョーカーを捉えた斬馬刀がほんの一瞬だけ大きく、押し返される。
ギアを叩き切った感触とは大きく異なる。守屋が何かを仕掛けたであろう事は考えるに容易い事だ。
「面白い…いや、地に脚を付けずに放った剣如きじゃ当然か?」
斬馬刀の刺突が薙ぎ払いに派生する寸前、守屋は斬馬刀を白刃取りの要領で掴み取り
薙ぎ払いの勢いに乗って上昇し、宙を舞いリヴァーツの上を取る。
「上空からの刺突から派生可能な変則的な剛撃見切ったッ!!」
「やっぱ、お前は考え無しに戦うのはやめた方が良さそうだな?」
今度は此方の番だとが吼えるが、矢神は慌てた風も無く地に着地すると同時に機体を反転させ
斬馬刀の柄尻を掴み、アイリス・ジョーカーを仰ぎ見ると同時に投擲する。
「そういった台詞は少しでも頭を使えるようになってから言えよッ!」
迫り来る斬馬刀を再び、白刃取りで掴み取り、落下しながら柄を両の腕で握り締め
リヴァーツを大地に縫い止めんと上から急襲を仕掛ける。
「無茶苦茶しやがる…面白くなってきやがった!」
面白いが、機体を砕かれるのは必至。矢神はアイリスの落下予測地点から愛機を飛び退かせる。
轟音と共に舞い上がる砂煙を睥睨しながら、守屋からの攻撃を待ち構える。
「さあ、奪い取った太刀でどうやって戦うつもりだ?」
砂煙を切裂いて躍り出たアイリスの腕は何も手にしていない。
「あの大刀さえ封じる事さえ出来れば良かった。あんな物を振り回すつもりは無い。」
そう言って、アイリス・ジョーカーの着地点に目線を動かすと流石の矢神も唖然とする。
「おいおい…伝説の剣かよ…?」
斬馬刀は地中深くまで突き刺さり、柄だけが地表に顔を出していた。
「少なくとも、引き抜く暇を与えてやるつもりは無い。」
「本当に面白い奴だな…だが、得物一つ封じたってなァッ!!」
リヴァーツの腕がアイリスに襲い掛かる。見た目は華奢だが、スポーツギア随一の豪腕。
だが―
「徒手空拳の格闘戦で俺とジョーカーに敵うと思うなよッ!!」
迫り来るリヴァーツの拳を受け流し、手首を捉え、捻りあげる。
「チィィッ…」
此処に来て漸く、矢神の表情が翳りを見せた。
「その右腕を叩き落す!」
捻りあげられたリヴァーツの右腕の肘目掛けて拳を振り上げる。
回避は間に合わない。破砕音と共に右腕が宙を舞い、力無く地に落ち砂埃を舞い上げる。
まさかの大番狂わせに会場はどよめいた。あの矢神玲が苦戦する事など有り得るのかと。
観客の多くは矢神玲を倒せる選手など一人しか知らない。
そして、その選手は今大会決勝で矢神の手によって潰え、去年の雪辱を自らの手で果たすだろうと。
だが、その矢神がスポーツギアのとしては無名の守屋に深手を負わされ、追い込まれている。
リヴァーツが一撃必殺の決戦能力に秀でているのと同様にアイリス・ジョーカーは
徒手空拳の格闘戦に特化しており、武器を持ったギアを相手に素手で互角以上の
戦いが出来るように設計されており、多岐に渡る追加武装などメーカー都合の
利潤追求の為に開発された蛇足でしか無く、素手の状態こそが完成形なのだ。
故に素手同士の戦いにおいて、アイリス・ジョーカーの右に並ぶギアなど存在しない。
だと言うのにも関わらず、アイリス・ジョーカーはリヴァーツから飛び退き、地に片膝を着く。
何が起こっているのか分からないと誰もが呆気に取られ、固唾を呑む。
「流石に一筋縄ではいかんか…!」
「俺を倒すチャンスだったってのに、右腕取ったくらいで喜んでいるからだ。」
守屋がリヴァーツの右腕を砕く直前―矢神はアイリスの左肩を掴み粉砕した。
異変に気付いた時は既に手遅れ。大穴を穿たれた胸部にリヴァーツの蹴りが喰らい付く。
寸でのところで飛び退き、直撃だけは避ける事に成功したが胸部と左肩から紫電が走る。
垂れ下がり、千切れかかった左腕を肩口から引き抜き、立ち上がる。
(上半身の反応が鈍い…強さの底が見えない……だが……)
守屋はリヴァーツの手から得物が離れた瞬間、格闘戦で圧倒する事が出来ると考えていた。
だが、右腕と引換えに左腕を持っていかれた上に、上半身の機能不全のおまけ付き。
圧倒的に有利な格闘戦ですら大きな実力差を完全に埋めるには到らない。
だが――
「あの矢神玲に有効なダメージを与えられたのは十分な進歩なんじゃないのか?」
「俺の首を取りに来たんじゃねぇのかよ?右腕取った程度で満足してんじゃねぇ!」
「誰が満足したって?俺は欲張りでね。右腕が取れるなら首が取れない道理は無い。
それに…今日、この時、この場所でその首を貰い受ける…そう宣言した筈だッ!!」
上半身に機能不全が起きたとは言え、まだ右腕がある。下半身も健在だ。
確かに矢神とリヴァーツが最強である事に疑い様は無い。寧ろ、その想いは強くなった。
だが、だからと言って完全無欠、絶対無敵では無い。奴の愛刀を封じた。右腕を滅した。
此方も大きな傷を負ったが最強の牙城を切り崩す為の着実な一手を取る事が出来たのだ。
「来い!防人の大刀!この首、易々と取らせると思うな!」
守屋は引き千切った左腕をリヴァーツに投擲。
矢神は事も無げに残った左腕で打ち払い、更に投擲されたバックラーを打ち落とす。
だが、その隙を突いて眼前に迫ったアイリスの左胴回し蹴りに対応する為の右腕を失っている。
アイリスの蹴りに叩き付けられながらも、蹴りの流れに乗って横っ飛びに攻撃を捌き、やり過ごす。
更に機体を一回転さえ、回し蹴りを放つが、アイリスの右腕に阻まれ脚を掴まれ押し倒される。
「矢神玲ッ!!その首貰ったッ!!」
守屋は倒れ込みながら、掌底をリヴァーツの頭部に叩き込む。
「守屋、よく頑張ったな。」
試合中の矢神の口からとは思えない程、柔らかな口調で守屋を慮る柔らかな声が届く。
確かに守屋は敵に檄を飛ばされながらも、最強を相手に一定以上の損傷を与える事に成功した。
ギアに乗って僅か半年。初出場ながらによくぞ『善戦した』と言える。
「だが、まだ俺の首はやれないようだ。また来年、挑戦しに来い。」
そう…守屋の放った掌底はリヴァーツの首を取るには紙一重の所で届いてはいなかった。
アイリスがリヴァーツの頭部を打ち砕くよりも早く、その手首を掴み取られ攻撃を阻まれていた。
リヴァーツの握力ならば、このままアイリスの右腕を握り潰し、その首に手をかけるのは容易い。
「まだだ…握り潰される前に押し潰すッ!!」
「面白い…根競べといこうかッ!!」
重量差でアイリス・ジョーカーが勝るとは言え、出力差ではリヴァーツが圧倒的に勝る。
異音を立てながら、アイリスの右腕が押し潰されていくが、矢神にも油断が許される状況では無い。
アイリスに押し潰された事で、この戦いで蓄積された疲労が今になって、その身を襲い、出力が低下していく。
その上、アイリスの右腕を掴む左腕に亀裂が走り、破砕音が鳴り響く。
並外れた力を持ち合わせていようと、リヴァーツの腕にアイリスの体躯を支え続けられる程の強度は無い。
握り潰されていくアイリスの右腕と、圧壊していくリヴァーツの左腕。
だが、この拮抗状態も長くは続かない。徐々にアイリスの右腕が押し上げられていく。
「まだ…守屋の首を圧し折る余力は残っているようだな…」
「クッ…これまでか……ッ!?」
ギアが崩れ落ち、蒼穹の空に破砕音が木霊し、この戦いの決着が付いた。
長々と続いた試合も終わってみると呆気の無いものだった。
準決勝戦第一試合―勝者、八坂高校代表、守屋一刀。
「お、俺の勝ち……だと?な、何がどうなっている!?」
「お前の目は節穴か?俺の首を持っていくどころか完全に叩き潰しているじゃないか。」
あまりにも意外な、予測外の結末に守屋は軽い錯乱状態に陥っていた。
事の真相はこうだ―
アイリス・ジョーカーがリヴァーツの剛力に押し上げられ、右腕を握り潰される寸前。
守屋は為す術も無く、愛機の頭部を握り潰されるのを待つだけの状態にあった。
覚悟を決めた瞬間、突如として、リヴァーツが力を失ったのである。
機能不全という毒が全身に回り、機体が行動不能に陥ったわけでは無い。
リヴァーツの左腕が先に破砕したわけでも無く、守屋の最後の力に押し負けたわけでも無い。
終わってみると実に呆気の無いもので、真相を知ってしまうと実にバカバカしいものだった。
「そんな真相なら知りたく無かった…」
先にも述べた通り、リヴァーツは様々な欠陥を抱えた試作機だ。
それを矢神玲という選手の力と並外れた決戦能力で様々な欠陥を補い、最強の一角を担っている。
だが、優れた技術を持ち、機体に掛かる負担を限りなくゼロに近付ける事は出来てもゼロにはならない。
そして、一撃必殺の設計思想故に機体を稼動させる為の燃料に割かれるスペースは極僅か。
「ま、流石の俺でもガス欠ばっかりは如何にもならんなぁ。」
そして、互いに死力を尽くすという肝心な場面でエネルギー切れを起こし
戒めを解かれ、倒れ込んだアイリスに頭部を押し潰されたというわけだ。
「な、納得いかねぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええッ!!」
守屋の叫びが、アイリスの外部スピーカーを通じてスタジアム内に響き誰もが苦笑した。
「まあ、勝負ってのは最後まで何が起こるか分からないって事だな。」
矢神はロビーで守屋を宥めるが、未だに機嫌は悪く納得がいかないという顔をしている。
埒が明かないと守屋の肩に手を回し、無理矢理、胸元に引き寄せ、スクリーンパネルを指し示す。
そこには準決勝第二試合の様子が映し出されている。
「納得がいかねぇってのは分かるけどよ、アイツはそんな調子で勝てる相手じゃねぇぞ。」
「アイツ…?」
矢神が指差したのは黒と碧のコントラストで彩られた鋭角的なシルエットのスポーツギア。
「前大会の優勝者の月島静丸と、ティアマット。前回の決勝戦で俺を軽く捻り潰してくれた奴だ。」
「なっ…軽くっ!?」
矢神の言葉に守屋は目を見開き、スクリーンパネルに釘付けになる。
「まあ、今回の大会で前回のリベンジしてやるつもりだったんだが…お前に譲ってやんよ。
相手は真の最強。無様でも良い。必死こいて喰らい付いて、奴の首取って来い!」
矢神は守屋の背中を叩き、立ち上がらせニヤ付きながら、顎でその先を指し示す。
そちらに目を向けると複雑そうな表情で立ち竦む、霧坂と小野寺が佇んでいた。
「霧坂。それに小野寺先輩…」
「矢神の打倒。まずはよくやったと言っておこう。だがな……」
しかめっ面の小野寺に無表情の霧坂が続いた。
「流石に人目の多い所で男同士でイチャ付くのは……相当、気持ち悪いよ?」
一つのベンチに男二人してべったりと引っ付き、肩を抱き寄せられ試合観戦している姿は…
守屋は胃の内容物が逆流して来る様なムカつきを…要は吐きそうなほどの不快感を感じた。
それ以上に霧坂に無表情で気持ちが悪いと言われた事に心を深く抉られた。
「ああ…客観的に自分を省みたら恐ろしく気持ち悪い事に気付いたよ…」
「守屋君って、モテるのに女の影が無いのはそういう事だったんだね。失望したよ。」
「色々と誤解だ。その蔑むような目を止めろ。マジで止めろ。お願いします。」
初耳且つ、詳しく聞きたい情報が守屋の耳に飛び込むが、今はそれどころでは無い。
あの霧坂が軽口一つ叩かずに真顔で拒絶の言葉を吐いてくるのは堪えるものがある。
尤も、霧坂は霧坂で臍を噛み、自身の脇腹を抓り、必死に笑いを堪えているわけだが。
(実はからかっているだけだってバレたら、ぶん殴られるかも知れないわね。)
霧坂の新たな芸風。つまりは何時も通りだ。
「逢引の最中にすまんが、矢神を借りるぞ。」
二人の状況に気付いている霧坂とは対照的に、小野寺は怒りで肩を打ち震わせながら
霧坂に必死弁解する守屋を横目で流し見て、矢神の傍らに立ちシャツの裾を掴んだ。
「ッ!?……返さなくて結構です。」
守屋は一瞬、凝縮された殺気のような物を差し向けられた様な錯覚を覚えるが
矢神や小野寺に構っている場合では無いと短く返答し、誤解を解く事に躍起になっている。
「俺は物か?」
「物でも馬鹿でも男色でも何でも良いから、こっちに来い。」
守屋の弁解の言葉もネタ切れ寸前、霧坂の笑いの忍耐力も決壊寸前。
そんな折に小野寺は有無を言わさず矢神を引き摺り、矢神も気にした風も無く引き摺られ
二人して去って行くという異様な光景と組み合わせに守屋と霧坂は呆然と見送った。
『いつから、そんな仲に?』
小野寺が八坂高校の面子よりも先に、矢神と邂逅を遂げている事を知る者は居ない。
そして、小野寺は矢神を人気の無い所まで引き摺った所で漸く、手を離した。
「こんな人気の無い所まで引き摺って来て…愛の告白でもする気か?」
「あんな下手な芝居を打ってまでして、守屋に勝ちを譲って良かったのか?」
小野寺は矢神の軽口を無視して、試合中の行動や結果に疑問をぶつけた。
矢神はどうした物かと思案するが、小野寺が相手では隠し通せないと悟り腹の内を語る事にした。
「俺との試合で随分と腕を上げたが…まだまだ不十分だからな。
月島さんとやり合って上手くいけば、守屋は俺達と同じ領域に立てる。」
「はあ…やれやれ…大方、そんな所だろうとは思ってはいたよ。
だが、己の闘争本能を満たす為とは言え、随分と回りくどい事をする。」
矢神の腹の内を悟った小野寺は心底呆れたかのように肩を竦める。
守屋が自分と互角の戦いを出来るようにする為だけに下手な芝居を打ち、思い付く限り
自然な形で守屋を勝利させ、更なる強敵と戦わせて、その成長を促そうとしているのだ。
強い闘争本能を押さえ込むのでは無く、理性と知性で以って強く解き放つ事に対して
労力を惜しまない矢神の気質には、流石の小野寺でも呆れ果てるのは無理も無い。
「でも、良かったのか?月島静丸―君が彼と戦うチャンスは今日が最後なのだぞ?」
「良いも何も、もう譲っちまったしな。それに今日の強敵よりも明日の強敵ってな。
後、月島よりも守屋の方が面白い。俺とした事がガス欠に気付かないくらいだからな。」
「何だ?アレは芝居では無く素だったのか?」
小野寺は上目遣いで意地の悪そうな顔をして矢神に笑いかけるが
矢神は小野寺の皮肉に気付いた様子は全く無く言葉を続けた。
「本当はパワー負けして顔を握り潰される予定だったんだがなぁ…」
結果的には守屋に悟られる事無く、自然に敗北するという矢神の目論見は成功した。
だが、自らが招いた失態により其処に到る過程は少々、思惑から外れる物だった。
それが、エネルギー残量の確認漏れという未経験者ばりの失態を犯した事により
敗北してしまったのは少しばかり頂けない。これでは素で敗北したみたいだ。
「君に腹芸は向かん。何を如何すればリヴァーツがパワー負けするというのだ。」
小野寺は、心底あきれ返ったような表情で矢神を見つめた。
何処までいっても真っ直ぐな――大馬鹿者だと。
「さーて!いよいよ、決勝戦!守屋の奴ぶったまげるだろうなぁ!」
何時までも、悔やんでもいられない。矢神はわざと大きな声を出し小野寺の手を引く。
意気揚々と客席に戻ろうとするが小野寺は矢神の手を握り直し、その場に留まる。
「どうした?」
「一つだけ確認しておく…矢神。さっきのアレは冗談か?それとも本気か?」
矢神が小野寺の方へ顔だけ動かすと小野寺は真剣な表情で矢神を見つめる。
「さっきのアレ?どれの事だ?」
「男色か否か―解答次第では君に対する今後の態度を改めねばならん。」
今度は矢神が呆れる番だ。何故、そんなアホな事を真顔で問い詰められねばならんのだと。
「俺はノーマルだ。ホモでも無ければ、ロリコンでも無い。」
矢神は憮然とした表情と硬い声で返答し、半ば強引に小野寺の腕を引っ張り、歩みを再開した。
そして、二人が会場に戻るとティアマットの足元にアイリス・ジョーカーが片膝を付いていた。
「強過ぎる…勝機が見えない…」
矢神が予測していた通り、守屋は月島に一方的に追い込まれていた。
そして、余りにも異質過ぎる選手の力に翻弄され戸惑いを隠せないでいる。
「俺も通った道だ。強くなる為の鍵を掴み取るまでは負けてくれるなよ?」
これでは去年の焼き増しだと矢神は苦笑しながら呟く。
去年の州大会の決勝戦で矢神は月島との対戦で、一方的に叩きのめされ敗北を喫した。
だが、その屈辱的な敗北も無意味では無く、今の地位まで一気に上り詰める切欠を得る事が出来た。
だから、矢神は自分に出来て、守屋に出来ない道理は無いと考え今回の行動に到ったのだ。
しかし、最後まで最強の牙城を切り崩す事が出来なかった事に僅かながら後悔が滲む。
月島の連続優勝に待ったをかけ、名実共に最強にという願望が少なからずあったのだ。
「悔やむくらいなら、守屋に勝ちを譲らなければ良かったのでは無いのか?」
「表情だけで何処まで見透かすつもりなんだ?」
矢神が小野寺と知り合って、もう間も無く3ヶ月。
今月に入った辺りから小野寺は矢神の小さな仕草や表情の変化を見ただけで
まるで心の声が聞こえているかのように思考に対する疑問や意見、解答を口にする。
その上、的中率100%、これには流石の矢神でも、些か怖気づいてしまう。
「矢神。いい加減に君が単純なだけなのだと気付いてくれ。」
若干、引き気味の矢神に対し、小野寺は得意気な顔をして挑発的に笑う。
知り合って僅か三ヶ月足らずだが、小野寺にとって矢神の思考など単純この上無い。
ほぼ毎日、行動を共にしていれば、何を考えているかなど手に取る様に分かる。
「君の脳は戦闘時以外は基本的に停止しているも同然だからな。
戦闘中でさえ無ければ、君の考えを読む程度ならば然程、難しくは無いよ。」
戦闘時の矢神の思考も読めるようになれば、三割程度の勝率も少しはマシになるのだがと
小野寺は内心で自嘲するがそれが出来れば苦労は無い。
矢神の頭は戦闘に供えて常時停止しているのだから。
「ああ、そうかい…」
矢神が憮然としていると視界の端から鋼が崩れ落ちる破砕音が鳴り響いた。
二人が思い出したかの様に目を向けると、頭部を失ったアイリスが膝から崩れ落ち、地に伏していた。
「クソッ!!やっと掴めたってのに、よりによって3年生かよ!!」
敗北はしたものの守屋の声にはしっかりとした覇気があり、月島に再戦を求め怒鳴り散らかしている。
八坂州、個人戦王者、岸田学園三年、月島静丸。彼に残された出番は年度末の全国大会のみ。
全国大会は総勢10名の選手が州代表選手として選抜され、州対抗戦として対戦が繰り広げられる。
州大会まではライバルだった選手達も全国大会では心強い味方に様変わりする。
つまり、守屋や矢神にとって、この決勝戦が月島と対戦する最後のチャンスだったというわけだ。
勝利を手にする切欠を手にしても、それを実行する機会は既に二人の手から零れ落ちている。
無念さのあまり守屋は幾度と吼え、その様子を見て矢神は満足気に笑う。
「矢神。君の目論見は上手くいったようだな。」
「月島さんと戦って守屋が強くなれるかは、賭けだったが…譲って正解だったな。
後は守屋が何処まで強くなれるか…来年の地区大会が楽しみってなもんだぜ。」
まるで守屋が強くなった上で、自分自身を打ち倒す事を望むような口振り。
最強の一角として名高い矢神だが、頂点である事より常に挑戦者である事を望んでいる。
小野寺は呆れる素振一つ隠さずに溜息を吐き、表彰式の開始を待った。
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