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「第四話 初戦(前)」

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 『Robochemist!』


 第四話「初戦(前)」


 見据えた先にある丸い目標板に揺れる照準を合わせ、引き金を引く。断続的な轟音が腹に響く。
 目標をセンターに入れてトリガーと単純に言ってくれるが、これは難しいことこの上ない。
 そもそもそんなことが可能なのは機械による修正があるからに他ならず、例えば補正がつかないように設定したら当たるものも当たらずに無駄となるだけであろう。
 射撃とは“当たらない”ものなのだ。
 外殻機を駆り戦うメタルナイツでは、誘導兵器や強力な化学エネルギー弾(成形炸薬弾等)は使用できず、また視界も通常の可視光線のものしか利用できない。そう、人対人の戦いを機械に乗ってやるものと同じと考えてよい。
 つまり何が言いたいのかといったら、メタルナイツのルール上、射撃管制はほぼ操縦者任せなのである。撃ったらあとは自動(撃ちっぱなし方式)や、自動照準というのは許可されていない。
 引き金を落とす時に腕が震えれば、それに追従してロボットアームまで向きを変えてしまい、銃口がぶれる。

 「当たらない……っ」

 プロトファスマの両手の機関銃から次々弾丸が発射されるが、一向に命中しない。腕が反動を押さえこんでくれるとはいっても、銃を撃った経験ゼロの人間がロボットに乗り銃を撃てば当たらないのは当たり前。
 二条の射線が震えながら、なおかつバラけながら、やっとのことで的を捉え、いくつかの弾痕を穿ち始め。ペイント弾のピンクが霧状に散る。

 「当たっ………あっ外れた」

 命中に気を良くして手の力を抜いたが為に銃がブレて、中心からそれてしまう。慌てて修正するも、今度は動き過ぎて通り過ぎる。また修正、射撃。
 アルメリアはその的が粉みじんになるまで撃ち続け、やがて引き金から指を離し、安全装置をかけて体から力を抜く。発射熱で両腕の機関銃がシューッと硝煙と熱気を吹き、揺らめく大気が上へと昇って。
 プロトファスマの攻撃手段は射撃のみ故、それに付随する性能は高い方だが、機敏に反応し過ぎて狙いが付けにくい。例えるならPCのマウス。あれがちょっと動かしただけで画面の端から端まで飛んでしまうような。
 操縦席備え付けのタッチパッドを操作して、動作速度を引き下げる。こうすることにより一応は狙いがつけやすくはなる。問題は咄嗟の事に反応できなくなってしまうわけなのだが、四の五の言っている場合ではない。
 プロトファスマ、後退。六脚全てを動かすと負担が大きいのでローラーを微速回転。バスケットシューズが床を蹴るような音。
 停止すると、カメラアイで前方を見据える。

 「よーし」

 先程の的の隣にあるもう一つの的を電子サイト内に入れ、全砲門を開く。元の両腕二丁、肩二丁、前脚部上方二丁、計六つの銃が眼を覚まし前に暗き口蓋を向けた。自動管制射撃はルール違反のため、これら全ては操縦者の動きを模倣するように作られている。
 単機で六つの射線を確保し、六つの脚で安定性と防御性を確保。動ける重装甲車。それがプロトファスマ。
 アルメリアは引き金に指を触れると安全装置を解除、叫びたかったことを叫び、引いた。

 「せーのっ、フルバースト!!」

 巨大なマズルフラッシュが機体前方で華開いた。膨大な物量で弾丸が殺到するや、的を瞬く間に削り壊し、木っ端にして宙を舞うゴミへと変貌。更に、機体を横に歩かせて射撃点を横に移動、的を弾丸の疾風で壊していく。
 ペイント弾が命中時に破裂して毒々しいピンクをブチ撒ける。
 射撃が当たらないのなら、そのまま機体を動かして当てればいいじゃない。これは彼女が好きでやっているゲームから思いついたことであった。
 なおも指は引き金を引き続ける。狂乱染みた弾丸達が的に留まらず競技場の壁に幾つもの色彩を作成していき。
 6丁の銃が生産する、むしろ清々しいほどの発射煙がプロトファスマを包む。誇らしげに輝く発射炎。銃身が過熱し、白に更に白を足す。
 射撃の反動は凄まじく、5mもあり重量もかなりのはずのプロトファスマを振動させるほど。
 だがその熾烈も物理的理由で中断する。銃を撃てば熱くなる。限度を超えると射撃に支障をきたし、命中精度連射性能が大きく低下し、最悪の場合発射不能となってしまう。

 『武装過熱警告』

 それを防ぐ意味でも銃身が一定の温度を越えると引き金を引いても弾が出ないようになるが、これは事実上の制限に等しい。銃身の交換をすればよいのだが、戦闘中にそんなことをしていたらいい的である。
 6丁全ての銃が異常過熱したことを示す赤いランプが灯り、射撃が停止。轟音が止むと、操縦席には主機の稼働音と電子機器の発する羽虫のような音色のみが満ちて。

 「これは……病みつきになるかも」

 アルメリアはほうと溜息を吐くと、引き金から指を離し、操縦椅子にもたれた。顔は新しい遊び道具を見つけた小学生のようにキラキラしている。
 白状しよう、銃を撃って『カイカン♪』だったのだ。実銃を撃った経験皆無(銃を持つ権利はあるが怖くて触れなかった)だったが、想像以上にカイカンだったのである。
 問題はこれが試合で命中させられるかだが……そこは練習して慣れるしかないであろう。
 一方シュレーの方はと言うと、アルメリアのように苦戦しているわけではなかった。
 競技場の端に設置された的では飽き足らず、標準装備の大型散弾銃にペイント弾を詰めて撃ちまくっていた。
 関節やら薄っぺらい装甲板やらから朦々と熱を放出しているその機体のカメラアイが瞬時に光を増せば、関節の向きが逆についているようにも見える脚が僅かに屈折した。

 「こうしてぇっ!」

 ローラー全開。
 地を噛み、表面をがりがり研磨しつつアノフェレスのか細い機体が前傾したまま駆ける。正面のコンクリート製障害物に衝突する速度域。止まる気配、無し。
 だがしかし、それらは全て感覚により計算されつくされたもの。描き出すは三次元機動。ブースターの類を装備していなくても、やってみせる、またやれるという自信と『経験』があった。
 何せこれが最初ではないのだから。
 距離数mにまで迫った地点でアノフェレスが跳躍。作用反作用に従い、地面に跳躍時生じた全てが乗りかかり表面が割れた。

 「ひゅ  ぅ!」

 口笛―――。
 ―――地上から数えて十数mはあろうかという高度にアノフェレスは跳躍していた。
 外殻機に乗っていなくては味わえない高揚感と浮遊感が毛布のようにシュレーの身体を抱く。脳が焼かれるようだ。シニョンに結いあげていないモミアゲの部分の髪が支えを失い、宙に漂流する。
 天井に座する照明が、電子化された視界の中で一層近く見えた。

 「………~~♪」

 アノフェレスがあたかも重力から解放されたように、宙でくるり一回転した。更に優雅に半回転。頭部の触角状パーツがゆらりゆらんゆうらり、揺れて。
 シュレーはこういう時いつも思う。あぁ、飛べた、と。
 でもそれは偽り。羽も翼も推進機構も浮力装置もない鉄の塊が飛べるわけもなく、落ちているだけなのだから。
 シュレーの命ずるまま、アノフェレスが両腕を広げ、空中で姿勢を整える。
 機体が、空中で完全に止まった。こうなれば、あとは落ちるだけだ。
 アノフェレスの脚部のバネを最大限に利用し、衝撃を殺す体勢をとり、着地、同時に軽く前に跳躍、勢いのベクトルを前方に向けるよう、そして最後にローラー機構により強引に速度を殺す。
 脚部がみしりと悲鳴を上げ、火花と共にどすんという重い音が生じた。アノフェレスが姿勢を起こせば、既に地上。
 着地の衝撃を最大限にするそれはもはや、ついこの間外殻機に乗った者の技術ではない。
 言うならば、歴戦の戦士のような洗練かつ老練した動き。言うならば、数十年と仕事をしてきた職人の作業。言うならば、徹底的に合理化された電子機器の作動。
 だがシュレー=エイプリルは素人である。では何故ここまで動くことが出来るのか。それは幾つかの要因はあるが、最大のは『才能』であることに間違いはない。
 人は産まれつき平等ではない。どんなに平等であるようにしても、性別というヒトの遺伝子設計の段階で不平等に分けられる。例え性別を乗り越えても、運と言う不平等のふるいにかけられる。
 シュレーの場合は、外殻機を操縦することに関して他者の追従を許さない不平等を抱えていた、それだけのこと。
 シュレーは、蒸し風呂状態の操縦席で腹まで息を吸うと、機械を通じ散弾銃を構えた。
 熱い、暑い。壁を触れば熱く、空気が暑い。限界を超えているとしか思えないほど頑張る冷却用送風口から出る冷たき風は片っ端から熱に犯されて感ずることすらできない。
 アノフェレスは軽量・身軽を極めるために装甲はもちろんのこと、あちらこちらを削っている。その一つが冷却装置である。主機とモーターが生み出す熱を冷ますためのそれがお粗末になっている故、操縦席は蒸し風呂となる。
 それを解決することは積載性と搭載場所の関係どうしても出来ず、シュレーは一つの結論を下した。

 ――暑いなら、服を脱げばいいじゃない。

 もういろいろと間違ったその考えはなんと効果を上げた。
 スポーツブラに、スパッツ。たったそれだけの服なれば汗をかこうがなんだろうが関係ない。あとは体力と気力が持つまでだ。
 シュレーの外殻機に関する才能は操縦だけではなく、耐Gはもちろんのこと、暑さへの耐性もあった。彼女は外殻機に乗るための能力を始めから持って産まれてきたと言って過言ではなかった。
 もっとも、当の本人は楽しいから乗っているだけだが。
 ローラー全開。アノフェレスはやや腰を落とし、障害物の間を縫うように機動する。継ぎ目のない、しなやかで強かな移動。肉食獣が獲物を捉えるべくすり足で距離をつめるようでもあった。
 右に曲がったかと思えば、たちまち独楽のように回転して反対の左方向へ。障害物の真横を通った次の瞬間には、機体そのものを後ろに倒れる程仰け反らせ急反転。

 ≪はぁーしゃっ!!≫

 コンクリートの障害物の上に飛び乗るや、散弾銃を的に向けて撃つ。ガンパウダーが炸裂。散弾がいくつもまとめて的に飛び、上半分を蓮根のようにピンクの斑点を印刷して。
 二射三射四射――!
 用無しショットシェルが自動排出。高速移動する機体から連なってバレエを踊るよう放たれ落ちて。
 的を撃ち尽くした後は適当に狙いをつけて発射するのみ。障害物を敵に見立て射撃。その間ローラーを使い、その場で高速回転。眼が回る。だがそれがいい。
 散弾銃を両手で持つようにして停止。動けば熱が出る。ふと気がつけば、機体に卵を落とせばたちまち焦げ付く程熱くなっていた。
 操縦席内の空気はごとごとく赤色。肌をべとり撫でる排熱が汗を強制的に噴出させる。やもすれば砂漠か何かに放り込まれたと錯覚するような、寒気すら覚える暑さ。
 シュレーは首の汗を手で拭うと、そのまま瞼を擦った。汗が眼に入るとしくしく痛むからだ。
 機体を操縦するのに汗をかき、暑さで汗をかくという二重苦が圧し掛かっているはずなのに、シュレーの顔に苦痛はない。
 というより、暑くて逆に雑念が消えて行くので集中できる。湿気が無いことによりカラッとした暑さなのがそれに効果を加えていた。
 散弾銃の銃口を下に向けて安全装置をかけると、アノフェレスを片膝付かせ停まる。ほぅと息を吐けば、おもむろにその方向を見遣る。頭部が身じろぎ、向きを変えた。

 ≪貴様ら、随分と派手に暴れてくれたな?≫

 その時、二人の無線機に通信が入った。
 入口の方を見てみれば、御冠の様子のセンジュがいた。心なし紫色の髪が荒れており、白衣も皺が目立つ。
 隣に立っているはツナギ姿のアオバ。眼を丸くして二人の搭乗した機体を見ている辺り、新発見でもあったのだろうか。
 更に隣を見れば、ゆったりとツナギを着こなしたクーが立っている。背中にリュックを背負っており、アルメリアは中身がなんとなく予想がついた。というか、半開きのチャックから黒い尻尾のような物体が突き出しているのだから。
 センジュは再度無線機の送信ボタンを押すと、腰に手を当ててガァガァ怒鳴った。口角泡を本当に飛ばしている。

 ≪撃ってはいいと言ったが貴様ら限度を知らんのか!≫

 語尾にヤクザ言葉でも装着してもなんら不思議ではない怒りの御言葉。
 アルメリアにはセンジュがなんでそんなに怒っているのか理解できなかったが、自分がペイント弾で粉砕した的を見遣り、そしてピンクに染まった壁を見遣って、手をぽむと合わせた。
 そうか、きっと撃ち過ぎたことに怒っているんだ。練習って言っていたのに実戦まがいの事をやってしまったから、怒っているんだ。
 アルメリアはそう結論付けると、その答えが答えになっていないことにも気がつかず無線に口を開いた。

 ≪撃ち過ぎがいけないんですか? ごめんなさい!≫
 ≪そこではない! 撃ち過ぎてカネが無くなると修理や備品の購入費までスッ飛ぶからだ!≫
 ≪えっ≫
 ≪カネが湧いて出ると思うなよ? 特に我々のチーム、お前らは何の実績も上げてないのだからな。私の懐からカネを出すわけにもいくまいし≫
 ≪そ、そうなんですか?≫
 ≪そうだ≫

 良く考えてみれば、そうだ。
 外殻機の運用にはカネがかかるからいくらでも使っていいよ、なんて甘いことを許される訳も無くて、使えるカネが有限なのだ。それをじゃんじゃん弾薬費につぎ込めば怒られるのも道理。
 それを黙って聞いていたシュレーが、無線を使う前にアノフェレスの右腕を生徒のように上げた。

 ≪キョージュ、質問!≫
 ≪なんだ?≫
 ≪じゃあコレはどうなんですか!≫

 そう言うと、アノフェレスは背中の黒いブレードを引き抜き、軽く一振りして見せた。マチェットのように飾りが無く、機能性を第一に考えたような代物。
 センジュは一度無線機を口から離し、また繋げた。

 ≪それは大して高くないからいくらでも構わん。だが、銃に関しては考えて撃て≫
 ≪はーい、先生≫

 二度目にして教授から先生に格下げ(?)されたセンジュだが、特に気にした様子も無い。説教をして満足したらしく、憤りを引っ込めると、ふぅ、と息を吐いてまた無線を繋げた。

 ≪ということでだ、お前ら二人の為に今日は模擬戦を行おうと思う。相手は新入生、条件は全く同じ相手だ≫

 言い終わるが早いが、競技場の大型シャッターが上にするする上がり始めた。逆行を背景に、外殻機が顔を覗かせて、開き終わるとローラーで前進して競技場の中央に進んでいく。
 どっと風が流れ込み、センジュの長すぎる紫髪をはためかせた。
 周囲を取り囲む整備士やチームメイト達は手に持った紙に何事かを書き込んだり、あるものは無線機に語りかけて、またあるものに至っては機体に乗っている。
 先頭は二脚式の外殻機で、装甲はあるというのに何か貧弱に見える機体だった。カメラアイがとても大きく威圧的で、頭部が左右非対称。関節部の防御板は少なく、前方投影面積を減らそうと苦心したことが窺える。
 まるで軍がするような迷彩色の機体の腕には、大口径高速弾を射出するであろう細長く先端にマズルブレーキらしき形状が見受けられる銃が握られている。狙撃を前提にしているのか。
 続くもう一機はプロトファスマを超える大型機であった。
 六脚式。太く、どっしりとした脚部の上に乗っているのは肉の分厚い胴体。腕も太く、握られた大型の盾とそれに仕込まれた銃がい脅すように照明を反射して鈍く光っているのが眼に入った。
 こちらとは対照的な赤いモノアイで、見るからに関節部の可動領が狭いと分かるのだがそれを補って余りある装甲があり、それこそ戦車と表現してもよかろうという程。
 センジュはチームの一人のところに歩いて行くと時折身ぶりを交え会話をして、二人の方に振りかえると無線機を口元に上げた。

 ≪目標役は私がやる。ルールは分かっているな?≫


【続く】

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