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機甲聖騎士ザイフリード:リファイン 第一話

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【ブルクィネス王国/エウリューデ領】

 草木の枯れた、枯渇した大地が広がるブルクィネス王国西部。
 砂と岩石に塗れたそこには、大きく突き立つ岩山が並んでいる。
 その一つ。中が巨大な洞窟となっている場所にて。


「これは、世紀の大発見ってことかしらね……?」

 表情を変えず、しかし嬉しさをその声に滲ませながら、紅のローブを身に纏った少女が言葉を漏らした。
 少女の歳はさほど高くなく、18から19といったところであろうか。

 身体の発育も歳相応の良さを見せ、ローブの下からその双丘が存在感を露にしていた。
 出るところは出ているといった理想的な体形であったが、惜しむらくはその飾り気のなさだろう。
 その齢ほどの女子と比べ、彼女は明らかに他人の目を気にしてはいない風体であった。
 本来手入れを怠らなければ美しいはずの赤みがかった金髪も土と埃に塗れてくすんで見え、櫛を入れてすらいないのだろうか――、髪先はあらゆる方向へと向かっていた。

 そんな髪を無理やりにでも押さえつけ、頭頂部で縛って垂らす形とする彼女のヘアスタイルは、お洒落なんてものとは百八十度真逆の方向を向いている。
 顔に化粧などは施してすらいなかった。口紅の「く」の字すら見えはしない。むしろ化粧の代わりに泥をつけている有様である。
 ……まあ、すっぴんのままでも、世に並み居る大半の女性達を上回る美貌を持っているのだから世の中理不尽というかなんと言うか。

 ともかく、紅のローブの少女――マナ=メアリス=エウリューデは、世紀の大発見を成し遂げた。たぶん。

「……こんな完全な形で埋まってるなんて……」

 マナの目の前で、半身を土の中に埋めているのは巨大な鉄の騎士であった。
 彼女らの言葉を使えば、これらは機甲騎士と呼ばれる代物である。

 常人のおよそ五倍ほどの全長を持ち、人間とは比べ物にならないほどの力を発揮する鉄の塊。
 人が乗り込み、その意のままに操ることが出来る機甲騎士は、人々の生活を激変させた。

 ある所では農業に使われた。その巨体と力があれば、いかな広大な土地も容易く耕すことが出来るから。
 ある所では商業に使われた。街と街、国と国を越え商売を行う商人達は、あらゆる商品を容易く運搬できる機甲騎士を重宝した。
 ある所では娯楽に使われた。人には到底出来ぬ動きと、巨大な鉄同士がぶつかり合う迫力は、見る者達を虜にした。

 そして――、ある所では、戦争に使われた。

 巨大な騎士は、一体で人間を百人以上殺すことが出来たから。
 百年以上前に登場したと言われる機甲騎士。かつての民はそれらを扱い、大陸の覇権を賭け激しく争ったという。

 そうして出来上がった、現在のグレン大陸の勢力図。
 東に大陸一の強国である帝国。西部には弱小国と、それを纏め上げたフランツァ王国率いるフランツァ小国連邦。大陸中央、その国らの間に挟まれるようにして存在する、グレン一豊かな国、ブルクィネス王国。
 現在の大陸は、三つの大国らの絶妙なバランスの上に成り立っていた。


「綺麗ね……」

 マナが、彼女にしては珍しく、感情を露に呟く。
 眼前の岩盤に半身を埋めるその機甲騎士は、大陸に存在するあらゆる騎士のデザインとも異なっていた。
 フレームの材質も違うのであろう。その色合いも、鉄がくすんだ色のように見える現在の機甲騎士とは比べ物にならないほどに美しく、白銀の装甲はさながら透き通っているようである。
 流線的なそのフォルムは、気高き聖騎士がその身に纏う白銀の鎧を連想させた。
「機甲騎士……いえ、機甲聖騎士と呼ぶべきね……」

 機甲聖騎士。この美しい騎士には、実にお似合いの呼称だ。
 他の騎士とは一線を画すその気高さは、実に聖騎士の名に相応しい。
 自身が治める――といってもほぼ知人に任せきりではあるが――領地の民から、「村の外れの洞窟になんかキラキラしたものが見えるんでさぁ」との話を聞いたのが一日前。
 即座に荷物を纏め、即日邸宅を出、こうして土に塗れた甲斐はあった。十分過ぎてお釣りが帰ってくるぐらいである。

 機甲騎士は百年以上前からその運用が認められるが、時の流れと共に過去の機甲騎士はその姿を消している。
 洞窟や、掘り返した土地から古の騎士の一部分が発見されることは多々あるが、このように完全な姿で発見されることは珍しいどころか前例はなかった。
 つまり、この機甲聖騎士は、非常に貴重なサンプルとなりえるのである。

「ま、サンプルにするのは惜しいですけれど」

 そう、実に惜しい。どうせならこのまま運用し、彼の騎士が動く姿をその目に焼き付けたいものである。が。

「頭でっかちの人たちは解析に励むんでしょうね。やれやれ」

 王都に設置されている王立輝素技術研究所の同僚達の顔を思い浮かべ、マナは物憂げなため息を吐いた。
 そしてもう一度、彼の機甲騎士を見やる。
 古代の機甲騎士が、現在大陸に存在する騎士らとは違ったシステムで動作するらしいことは研究でわかっていることであった。
 そしてそのシステムは、現在の人々には使用できないことも。
 つまり、マナも、他の者も、この聖騎士を駆ることは、出来ないのだ。

「誰も動かせない……、貴方は、完璧なのに」

 一部分とて欠けることなく、聖騎士はそこにいる。
 駆られることが、騎士の本懐であると考えているマナにとって、それは 実に悔しく、口惜しく、悲しいことだった。
 他大陸の者、若しくは『此方の世界』以外からの来訪者なら……あるいは。



 そこまで考えたところでマナは妙な胸騒ぎを覚え、肩越しに振り返った。
 暗い洞窟の中に、持参した輝素ランプの発する青白い光が揺らめいている。
 洞窟を照らすために持ってきたのに、ゆらゆら揺らめくそれは、マナを妙に心細くさせた。

 今まで生きてきて、悪い事に関する勘が外れたことは少なかった。
 だからまた、何らかの面倒な事柄に巻き込まれるのは必至だろう。

「やれやれ……」

 嘆息して、マナは腰元に提がっているホルダーから、小ぶりだが無骨な拳銃を取り出した。護身用にと、今は亡き両親から授かった品である。

「ふっ」

 片目を閉じ、仮想敵に照準を定めるよう銃を構える。
 士官学校在籍時に、散々叩き込まれた動きだ。座学はトップクラスだが実技が最低レベルだったマナでも、この動きだけは何とか出来る。

「ま、用心するに越したことはないわ……」
「うおおおおおおおおっ!?」
「!?」

 仕舞おうとしていた拳銃を再び構え、マナは辺りを見渡した。
 何かがどこからかやってくるはずだ、早く見つけてアドバンテージを取らねばならない。
 人ならば銃を突き付けておき、獣ならば撃ち殺せばいい。とにかく迅速に動けば、いくら自分でも後れを取ることはないはずだ。

 だがしかし、その敵が見当たらない。

「……ん」

 上、か?
 ふと、なんとなく見上げたマナが見たものは、洞窟の天井から落下してくる少年だった。




機甲聖騎士ザイフリード:リファイン
 第一話【聖騎士】




「……っ、つぅう……」

 短い間か、長い間か、とにかく自分は意識を飛ばしていたようだ。
 マナは痛む頭を振りながら立ち上がろうとして、それが出来ないことに気づく。

「なん……えぇっ?」

 目の前には、同年代くらいの男の顔。
 マナに覆いかぶさるように、少年が倒れこんでいるようだ。
 重いので退かしたいのだが、如何せんマナが非力すぎる故にそれも叶わない。 
 だがホルダーから拳銃を取り出すことは出来るので、頭を撃ち抜こうと思えば出来ないことも無かった。
 そもそも年頃の女を人気の無い場所で押し倒しているのだから、そういう意図があると取られても仕方が無いのだ。やらないけど。

 ……まあ、とりあえずは話を聞いてみないことには始まらない。

「天井付近から落ちてきたようだったし……」

 気を失ったままの男の顔をなんとか退けて、マナは洞窟の天井を仰ぎ見る。
 全長8メートルほどの機甲騎士が直立状態でも余裕で存在できるほどの高さがある。
 そんな所から落ちてきて無事なこの男も、それと激突して無事な自分も凄いと思うが、しかしこの男は一体どこから来たのだろう。
 地元民もここには余程の事が無い限り立ち入らないと聞くので、世界を巡る旅人なのだろうか。ふらりと立ち入った洞窟を探検していたのか。
 しかし洞窟の壁は内側へと向かって丸みを帯びているため、壁伝いに洞窟を登っていくのは困難を極める。というかそもそも壁を登る意味がわからない。

「……この服は、何?」

 とりあえず男=旅人説を脳内議会で棄却したマナは、相変わらず自分を押し倒したままの男の服に注意を向けた。
 男の着ている黒い服。その材質は、自分達の世界のものとは少し違ったように見受けられる。手触りも、ほんの少し違う。

「なかなか興味深いわね」

 この大陸で黒色を基調とする服を着用するのは、帝国の軍人かあるいは各国の輝術士である。しかしそのどれともデザインが違うということは、この男、他の大陸から渡ってきたのかもしれない。
 海を越えてきた旅人ならば、このような洞窟の天井へ上っていく技術を持っていてもおかしくはない。

「でも、二百年以上他の大陸との接触はないはず……、ならどうやって……」
「うぅ……」
(起きたのかしら)

 いい加減身体全体が痛む。出来れば早く降りて欲しいものだが……。
 そんなことを考えているうちに、少年がゆっくりと目を開いた。

「あれ……ここは……」
「……御機嫌よう」
「うおっ!」

 目を覚ました少年は、一目散に飛び起き、マナとの距離を取った。
 マナは、自分自身あまり愛想がある人間だとは思っていない。
 そのため多少相手に誤解を招いてしまうのも致し方ないことではあると思っていたのだが、こうも露骨に退かれると少し寂しい。
 マナは相手の警戒を解くために、笑みを見せた。他人には、数ヶ月ぶりに見せる笑みを。

 ……そのためか、余計少年が引いてしまっているような気がして、マナは何だか泣きたくなった。

「……もうどうでもいいわ、えっと、貴方」
「は、はい」

 どうやら言語は通じるらしい。ということはグレン大陸の民なのだろうか。
 しかし目の色といい肌の色といい、此方の大陸の民らとはほぼ別物だ。
 マナは極力穏やかな声を出すよう努め、少年に語りかけた。

「私は、マナ=メアリス=エウリューデ。貴方の話を聞かせて欲しいの」
「え、えーと……あー、マイネームイズユキト、シドウ……?」
「……それは、古代言語?」

 少年が自信なさ気に発した言葉の響きは、ほんの少しだけ古代言語に似ているような気がした。
 この少年は、古代言語も扱うことが出来るのだろうか。だとしたら実に興味深いサンプル……いや、実に興味深い人物だ。
 マナは少しだけはやる気持ちを抑えつつ、言葉を紡いでいく。

「……もしもし、貴方?」
「あー……の、よくわからないんだけど……エウリューデさん、でいいんだっけ」
「マナでいいわ。貴方のことはなんと呼ぼうかしら」
「ゆ、ユキトで良いよ、うん」 
「そう」

 第一印象はあまり良い物ではなかったかもしれない。
 だが、続くコミュニケーションは中々上々だ。
 マナは愛想に欠けるのが難点だな、などとほざいていた幼馴染をぶん殴りたい。

「ユキト、貴方はどこから来たの? 王国、帝国、それとも連邦? それか違う大陸?」
「日本、だけど」
「……ニホン……? それは、どこにあるの?」
「ずっと東のほうの島国……」

 ずっと東の島国! やはり彼は海外からやってきた民だったのだ!
 どのようにして海を越えてきたのかはわからない。何故東からやってきてグレン大陸の中心に位置するブルクィネスまで辿り着いたのかもわからない。
 だがしかし、彼は確実に、マナたちとは別の国、海の外からやってきたのである!
 ああ今日は吉日であった! 聖騎士だけでなく、こうして貴重な外大陸民と出会うことが出来ようとは!

「素晴らしいわ……。ユキト、あなたの国の話を聞かせてくれる?」
「そ、それは構わないけどその前に」
「なにかしら」
「ここは、どこだ?」

 そうだ、彼がそう疑問に思うのも無理はない。
 何せ彼は右も左もわからない旅人。さぞや心細い思いをしていることだろう。
 そんな彼を救ってあげられるのはマナ=メアリス=エウリューデ以外に誰がいようか、いや、誰もいはしない!(反語)

「ここはグレン大陸の中心、ブルクィネス王国よ」
「グレン……大陸……?」
「知らないのは無理もないわ。あなたは島国出身なんでしょう? 島国ならば情報が入らず、独自の文化を形成しているはずだもの」
「いや、その、どうも俺のいた世界の常識とは少し違うみたいなんだけど……」

 ユキトの言葉に、マナは訝しげな視線を送った。
 どういうことだ? 『俺のいた世界』とは、一体……?

「かなり馬鹿らしい話なんだけど、家に帰る途中、急に魔法陣みたいなのが地面に現れたんだ。それに偶然足を乗せたら、こう、光が辺りを眩く包んで……」
「……」
「頭は痛いし天地不明になるし、何だかよくわからないうちに……って、あの、やっぱり馬鹿らしいかな」

 ユキトが少しびくついた様に聞いてくるが、マナはユキトとは全く違うことを考えていた。
 馬鹿らしいどころの騒ぎではない。彼が語った内容は、転移輝術を行う際の現象そのままであるのだ。
 つまり、彼は何者かの転移術式に巻き込まれ、此方へと飛ばされてきたということ。
 しかも、別の大陸や国どころではない。グレン大陸の存在する世界ではなく『別の世界』から此方へと飛ばされてきた、言わば漂流者であるのだ。

「……」
「あの、マナ?」
「……実に素晴らしいわ。ああ、神よ、このお導きに感謝します。
 ……まあ神なんて信じてないけれど」

 冗談めかして天を仰いだマナは、あまり似合わない笑みをその顔に貼り付けながらユキトに言った。

「貴方は今日から私の屋敷で暮らしなさい」
「……えーと、その、はい?」


 だだっ広く、しかし必要最低限の調度品しか置かれていない、少々殺風景な部屋。
 それが、マナ=メアリス=エウリューデの寝室だった。
 部屋の中心に置かれているのは天蓋つきの大きなベッドで、そこに、すやすやと寝息を立てる件の少女が眠っている。

「起きろマナ」
「ん、ユキトぉ……後五分……」
「朝飯が冷めるわ!」
「ふぎゃっ」

 すぱこーん、と軽い衝撃が頭を襲った。目が覚める。
 最近毎日のことではあるが、慣れというものは実に怖いものである、とマナは身をもって実感していた。
 エウリューデ領の端っこに位置するあの洞窟。あそこで出会ったときはあれほどまでに大人しく、多少の可愛げがあったユキトも、屋敷に迎え入れてから二月経った今では、完全にこの世界に適応し、単なる憎々しい使用人となってしまっていた。
 もはやユキトはマナの大事な朝の睡眠時間をチクチクと削り取る悪魔である。悪魔、鬼、お前の血は何色だ! とでも言ってやりたい。言わないけど。
 ただ、最近は死ねばいいのにとは思う。

「……うぅー」
「何でそんな壊滅的に朝に弱いんだよ……」
「……ふ、ふぁぁ……ん、研究で寝るの遅れたから……」

 こめかみを押さえ、呆れたように言うユキトに、マナは欠伸を噛み殺しながら答える。
 彼の洞窟から発見した機甲騎士は、「今年の税金三分の一にしてあげるから手伝って」と言ったら快く協力してくれた領民達の手によって、既にエウリューデの邸宅に備え付きの工房に置かれている。研究所? 何それ美味しいの、だ。
 そう、そして昨晩も、その研究解析で非常に忙しかったため、寝床に着くのが遅れたのだ。
 それをこの悪魔のごとき使用人は……、

「ま、どうでもいいけど」

 一言で一蹴した。
 全くこの男はわかっていない……。
 あの機甲騎士、いや、機甲聖騎士がどれほどまでに学術的価値のある素晴らしい作品なのかを、全くわかっていない!
 こうなったらあの聖騎士の素晴らしさを嫌というほど叩き込んでやろうかと思ったが、なんか面倒くさいのでやっぱりやめよう、と脳内議会で満場一致になった。

「……それよりユキト……貴方、やっぱり騎士は動かせないの?」
「ああ、俺には無理っぽいな。折角やらしてもらってあれだけどさ」

 ユキトには、一応機甲騎士の操縦訓練をさせていた。
 騎士を駆れるだけでも食い扶持に困ることは少ないし、何よりこの世界に何の拠り所も無いユキトが何がしの技術を身につける事は良い事のように思えたからだ。
 が、結果は惨敗らしい。
 『別の世界』の民であるユキトは輝素を操ることが出来ないため、機甲騎士を駆ることが出来ないのだ。

 そもそも輝素とは何かと言えば、まだ深くは解明されていない、世界の謎とも言うべき要素である。
 輝素は『此方の世界』の空気中に存在する小さな分子であり、それ単体では何の力も発揮しない。一説では世界を構成しているものとも言われるが、それもやはり定かではない。
 また、この世界に住む人間は、大抵空気中の輝素を思いのままに操ることが出来た。
 マナもその一員であり、世界の住人の中でも極めてその能力が高い者を輝術士と呼んでいる。

 そして、機甲騎士もまた輝素と密接な繋がりがある。
 機甲騎士は、輝術士にのみ扱える代物であるのだ。 

 機甲騎士のフレーム内部には、輝素を取り込み通す、パイプのような部分が存在する。
 自在に伸縮するそのパイプに、輝術士は自身の能力で練り上げた輝素を通し、思うままに動かすことによって、機甲騎士は様々な動きを実現するのである。機甲騎士は、エンジンや、ジェネレータなどは使用しない。
 ただ単に、大きな鉄の人形を、内部から動かしているのと同じような感覚だ。

 だが、巨大な四肢を思うが侭に動かすためには尋常でない集中力を要する。
 それが騎士の扱いの難しいところであるのだが、そもそも輝素を扱えないユキトには初めから無理な話であった。
 操縦訓練の合間に輝素を扱う能力に芽生えるかと思ったがそんなことも無く。

「ま、最初から期待はしてませんでしたけど」
「うるせえ」

 マナの言葉に、ユキトが苦々しげに返した。
 そうざっくりと言われると、ユキト本人としても少し辛いところである。
 マナからのある意味期待に添えなかったことに対し、罪悪感を感じるから。

「……けれど、もしかしたら」
「……?」
「ユキト、今日はあの聖騎士で試すわ」

 何を? などと聞かずとも、ユキトだってわかっている。
 マナは今日、ユキトを聖騎士に搭乗させるつもりなのだ。
 此方の世界の輝術士では動かすことの出来ない、特別な騎士に、ユキトを乗せる。

 聖騎士は、マナの浪漫そのものだった。
 ユキトは、マナの浪漫を背中に背負うことになる。

「……上等だ。今度こそやってやる」
「……期待は……、そうね、少しだけ、しておくわ」

 強い意思を込めて拳を握り締めたユキトに向かい、マナはほんの少しだけ、優しげな声をかけた。


「あ、ユキト頼みがあるのだけれど」
「なんだよ」
「服脱がしてくれないかしら。ちょっとベッドから離れたくなくて。ついでに着せてくれる」
「自分でやれダメ女」

 言い捨て、ユキトは大またでマナの寝室を後にした。
 残されたマナはぼんやりとした顔で一言。

「……冗談が通じないみたいね」

 ユキトのあの態度は、単なる照れ隠しであると言うことに、マナは気づいていなかった。



「これがお前のお気に入りか……」
「……機甲聖騎士よ。聖騎士《パラディン》とでも呼びなさい」
「厨二病か……」
「?」

 朝食を済ませたユキトとマナの二人は、エウリューデ本邸の脇にある巨大工房へと足を運んでいた。
 工房は、マナの趣味で集められた機甲騎士らのパーツ等が乱雑に置かれている。
 このスペースは大抵閉め切られているために熱が篭り、油と鉄の独特な匂いがユキトの鼻腔を刺激した。

「……また、貴方を弄くらせてね」

 マナが優しげな声で、そう語りかける。
 彼女の視線の先、工房の中心に、片膝を立て跪く聖騎士がぴくりとも動かずに鎮座していた。
 何度かこの聖騎士を目にしたことのあるユキトだが、やはり他の機甲騎士と比べ、なんというか神々しさが違うように感じられる。
 白銀の鎧、背に収まる巨大な剣、しなやかな四肢。意匠の凝らされた鎧のデザイン等々。
 どれをとっても、既存の騎士とは違う。

「じゃ、早速。コクピットは胸元よ。百年以上歴史があると言えど、おおまかな設計はそのまま伝えられてきたみたいね」

 機甲騎士のコクピットは、大抵胸元から腰部分までのどこかにある。
 身体の中心線を通るそこは、やはり一番騎士を動かしやすい位置なのだろう。

「どう入る?」
「首元のアーマーが……こう、すると、展開するわ」

 マナが聖騎士の背後に回り、腰元に小さく隠されたハッチを開いた。そして中にあるレバーを回す。
 がしゃん、とロックが外れたような音がして、聖騎士の前首を覆っていたアーマーが下方へと展開し、操縦席がその姿を現し始めた。

「さ、中に入るわよ。ぎりぎりだけど二人分のスペースはあるみたい」
「お前……今のハッチよく見つけたな」
「愛よ」
「愛か」

 言いながら、二人は聖騎士の腕伝いにコクピットへと向かう。


 辿り着いたそこは、確かにぎりぎりで二人が入れそうなほどのスペースしかない。
 中央に据えられているパイロットシートにユキトが座り、彼の正面にマナが陣取る形となる。
 シート周りには両手の届く範囲にコンソール類が並んでいる。が、それだけだ。

「なんもないぞ?」
「座って見て」

 よっこらせ、と親父くさく呟きながら、ユキトがシートに腰掛ける。
 それに反応し、搭乗席の床から、ユキトの股の間にコントロールパネルがせり上がって来た。

「うおっ?」
「やっぱりそこまでは行くのね……。でもこの後、私には何も出来なかった」

 少し残念そうな声を出して、マナが呟く。

「適当に弄くってみて。もしかしたら、貴方になら反応するかも」
「適当に、って……」

 言われてもだな……。
 髪の毛をわしゃわしゃと掻いて、ユキトがコントロールパネルに手を伸ばした。
 薄く発光するそれには、全く読むことの出来ない言語がいくつも並んでいる。
 マナに救いを求めるような視線を送ると、彼女も首を静かに振るだけだった。

「……うーん、とりあえずベタベタ触ってみっか!」

 軽く息を吸い込み、ユキトはパネルを適当に連打していく。


 そこまでは、記憶があったのだが。


「……っ!? なんだここ……」

 いつの間にか、ユキトはあたり全体が真っ白な空間にふわりふわりと浮かんでいた。
 これはあれだろうか、パネルを連打している最中に不慮の事故で死んだとかそういうことなのか? まあまず無いとは思うが。
 ユキトは、ふわふわゆらゆら、その不思議な空間を漂う。
 どこまで続くのかもわからない無限の白。先ほどまではすぐ近くにいたはずのマナの姿はどこにも見えず、機械的だった聖騎士のコクピットの景色とは似ても似つかない。
 何も無い、ただただ不思議な空間だが――、

「――なんか、落ち着くな……」

 異世界に飛ばされることに慣れてしまったのだろうか。
 ユキトが首を捻っていると、背後から静かな声がかかった。

『……久しぶりの客だな』
「!?」

 勢いよく振り向いたユキトの視線の先には、靄のかかった人影が一つ。
 全体の輪郭はぼやけ、顔も見えない。だが、確かにそれはそこにいた。

「あんた……いったい」
『……ああ、やはり……、お前も私と同じか』
「はい?」

 一人で何かを納得したように話を進める靄人間に、ユキトは思わず聞き返してしまった。
 本来なら関わらないほうがいい人物なのだろうが、あたり一面真っ白なこの世界、その秘密を知っていそうな彼とはとりあえず話をするべきだろう。

『お前も巻き込まれた側の人間だな。……まあ、そんな者しかここには辿り着けないようにしてあるが……まったく難儀なものだ』
「あの、もう少し分かりやすい説明をしてくれないか」
『……お前も私も、俗に言う異世界へと飛ばされてしまった被害者と言うことだ』

 意外な靄人間の台詞に、ユキトは仲間を見つけたことによる少しの安堵感を得た。
『此方の世界』に飛ばされて二月。確かに慣れはしてきたが、それでも元の世界が恋しいことに変わりはないし、自分一人、此方へとやってきてしまったことが心細くあった。

「あんたも、俺と同じで?」
『ああ、そうだ。我が名はジーク。……名を名乗れ、少年』
「ユキト……、ユキト=シドウ。なあジーク、知っているなら教えてくれ。俺はどうやったら元の世界に戻れる?」

 ジークと名乗った靄人間に、ユキトが尋ねる。

『わからん。……私も未だ……いや、私はもはや二度と元いた世界には帰れないからな』
「……ど、どういうことだ?」
『私は《此方の世界》でその生を終えたのだ』
「死んだってことか……? だから、靄がかかって……?」
『ああ、言わば今の私は残留思念。……かつての世界への思いを抱え、ただただ彷徨う亡霊だ』

 自嘲げに、ジークが言った。ユキトは彼に何と言葉を書ければ良いのかわからずに、ただ押し黙ることしか出来ない。
 見ず知らずの世界へ飛ばされ、かつて自分がいた世界のことを想って息絶えてしまった男に、まだ生きている自分が何を言えばいいというのだ。
 慰めの言葉をかけたところで意味はないし、かける権利があるわけでもない。

『……だが、お前を助け、その道を示すことくらいならば、私にも出来る』
「!」
『ザイフリードと契約しろ、ユキト。其れは、私と同じ境遇の者たちの力となれるよう、私が造り上げた機甲騎士だ』
「造り上げた……って」

 聞き覚えのない単語が耳に入るが、それよりも気になる言葉がジークの口から飛び出した。
 機甲騎士を造り上げた、ということはまさか、ジークがあの聖騎士を造り上げたのだろうか。
 自らと同じく、異世界に飛ばされてきた者の助けになるように。

『ユキト、おそらくお前は望まないながら大きな争いに巻き込まれるはずだ。ザイフリードと契約しろ……。そうすれば、必ず――』
「ちょ、ちょっと待ってくれジーク、いきなり言われてもわからない……。大きな争いって何だ? 契約って……、ザイフリードってのも……」
『――案ずるな。私はお前の傍にいる……』

 穏やかな声で、ジークが語る。そして、靄に包まれたその身体が周囲に霧散した。
 そこに確かにいたはずの、ジークの感覚は見事に消え去ってしまった。
 手を伸ばすが、ユキトの右手はただ虚しく宙を舞うだけ。

「なんなんだ、一体……」

 狐につままれたような顔をして、ユキトが呟く。
 異世界の手がかりを知る唯一の人物とも言うべきジークは消え、この白い世界から戻る手立てもない。
 大きくため息を吐こうとしたユキトは、そこで自分の右手が何かを握っていることに気がついた。

「これは……、指輪?」

 装飾の少ない、金色の小さな指輪がそこにあった。
 指輪の外側には何らかの紋様が刻まれており、内側には文字が刻まれている。




 ――Seyfried――




「ザイ、フリード……?」

 何気ない、ユキトの呟き。
 それと同時に、彼の手に収まっていた指輪が静かに胎動した。



 そして、もう一度世界が変わる――。 



「……ト、ユキト」
「……ん、……ん、んは」

 ユキトの鼻を、むず痒い感覚が襲っていた。
 さわさわと、絶妙な位置で鼻を刺激するそれは、今は下ろされているマナの髪だった。

 痛み、汚れて赤みがかったその金髪は――、

「くさっ!」
「あ、起きた」

 いつの間にか、ユキトはあの白い世界から戻ってきていた。
 まだ少し夢心地で、どちらが現実なのかもわかってはいないが、不思議と、靄人間――ジークのことは覚えている。
 いつも傍にいる……、あれは一体、どういう意味だったのだろう。
 そして、白い世界で最後に見つけた、金の指輪。
 刻まれていた文字は――、ザイフリード。それはジークの語っていた機甲騎士の名。
 おそらく、この聖騎士こそがそれなのだろう。

「でもなー……結局わけわかんねえ」
「ユキト、無視しない」
「うぐ」

 そこでようやく、こちらを覗き込むマナに気がついた。
 上半身を突き出すマナは無防備で、無表情ながらもほんの少しだけ膨らましているように見える頬が魅力的ではあったのだが、その魅力全てをぶち壊す要素も彼女は内包していた。
 鼻にかかる髪の毛。束になってユキトの鼻腔を刺激するのだが、これが激しく臭い。

「お前、髪の毛洗ってる……?」
「いきなり何?」
「いいから答えてください」
「……ここ五日、湯浴みしてないけど」
「……今すぐ入れ。可及的速やかに」
「……めんどくさい」
「入れよ! 人としてそれくらいしろよォォォォォ!」



 聖騎士のコクピットから降り、意識を飛ばしていた最中の話を聞きたがるマナを無理やり説得して――五月蝿そうに顔をしかめていた――風呂へと送り出したユキトは、鼻を蝕む酷い臭いから開放され、ようやくひと段落着くことが出来た。
 マナが風呂に入っている間に、今までのことを纏めるつもりだったのだ。
 あの白い世界で出会った、唯一頼れそうな人物を思い出し、その名を呟く。

「ジーク……か」
「呼んだか? しかし実に騒がしいな」
「うおっ!?」

 一体自分は何度こんな風に驚いているんだろう。
 そんなことを考えながらも、聞き覚えのある声にユキトの心は少し弾んだ。
 辺りをきょろきょろと見回すが、声の持ち主の姿は見えない。
 特徴的な靄人間の姿、忘れたくても忘れられないはずなのだが。

「ジーク、だよな? どこにいる?」
「お前の手に握られている」
「は?」

 聞こえた声の通りに右手を開くと、果たしてそこには見覚えのある指輪が一つ。

「え、この、指輪……、え? ジーク?」
「そうだ。私は常にお前の傍にいると……そう言っただろう?」
「……マジかよ」

 自慢げに語る指輪に対し、苦笑を漏らすことしか出来ないユキトであった。


To be continued

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