遥か古の時代。この世界には絶大な力を振るい万物を統べる種族があった。
優れた文明を背景に彼等は、己の享楽の為に禁忌を犯し、神さえも創造したと言う。
だが、その栄華は神の怒りと共に、突如として打ち砕かれた。
優れた文明を背景に彼等は、己の享楽の為に禁忌を犯し、神さえも創造したと言う。
だが、その栄華は神の怒りと共に、突如として打ち砕かれた。
雷鳴と共に空が裂け、無尽蔵の災厄が千夜に渡って世界に降り注いだ。
流れた血で大地は真紅に染まり、更に一夜を越えた時、支配者達の文明は崩壊した。
荒廃の後、裂けた空は雲一つ無い晴天の空を取り戻した。
流れた血で大地は真紅に染まり、更に一夜を越えた時、支配者達の文明は崩壊した。
荒廃の後、裂けた空は雲一つ無い晴天の空を取り戻した。
こうして我等の末裔、人間は荒廃した世界に取り残される事となった。
これが、この世界『サーグナーツ』の成り立ちである。
これが、この世界『サーグナーツ』の成り立ちである。
~国連調停機関聖堂教会 創世記より~
海洋国家マスクアートは、サーグナーツ三大国家の一つに名を連ねる大国である。
特産品の水産物は世界でも有数のシェアを誇り、世界の魚市場とも呼ばれている。
特産品の水産物は世界でも有数のシェアを誇り、世界の魚市場とも呼ばれている。
マスクアートが保有する九つの国営漁港。その内の一つ、呉服港。
労働人口の実に六割以上が水産業、或いはその関連事業に従事する港町である。
だから、昼時を過ぎれば呉服港の人々は港か、市場の中か、海の上。
少なくとも、喫茶店に立ち寄るのは余程の暇人と観光客だけだ。
労働人口の実に六割以上が水産業、或いはその関連事業に従事する港町である。
だから、昼時を過ぎれば呉服港の人々は港か、市場の中か、海の上。
少なくとも、喫茶店に立ち寄るのは余程の暇人と観光客だけだ。
「よっぽどの暇人ご一匹様、出口にごあんなーい」
だから、喫茶カナンの看板娘、生天目リリスは来客を知らせる呼鈴が店内に鳴り響いても、
営業スマイルを浮かべるどころか、目も合わせず、やる気の無い声色と仕草で手を振った。
勿論、来客者に対し、挨拶の意味で手を振ったのでは無く『帰れ』という意味で。
営業スマイルを浮かべるどころか、目も合わせず、やる気の無い声色と仕草で手を振った。
勿論、来客者に対し、挨拶の意味で手を振ったのでは無く『帰れ』という意味で。
「この店は客に対する態度がなっとらんのぅ」
「暇人様、お帰りですか? お帰りですか? それとも、お帰りですかー?」
この時間帯に喫茶カナンに訪れるのは、暇を持て余した同年代の店子達ばかりだ。
案の定現れたのは五件隣の呉服酒店の自称看板娘、能見林檎だった。
この時間帯の彼女の出現率は100%と言っても良い程の頻度で喫茶カナンに訪れる為、
リリスはいつもの様に頬杖を突いてそっぽを向き、ウェーブのかかった栗色の髪を弄り出す。
特に意味は無いが、林檎の相手をするよりかは、なんぼかマシだと言わんばかりの態度だ。
案の定現れたのは五件隣の呉服酒店の自称看板娘、能見林檎だった。
この時間帯の彼女の出現率は100%と言っても良い程の頻度で喫茶カナンに訪れる為、
リリスはいつもの様に頬杖を突いてそっぽを向き、ウェーブのかかった栗色の髪を弄り出す。
特に意味は無いが、林檎の相手をするよりかは、なんぼかマシだと言わんばかりの態度だ。
「酷くね!? どうせ暇なんだし、ちょっとくらい構ってくれても良いじゃん!!」
「おばさんから雷落とされる前に帰ればー?」
「親が怖くて、サボってられっかぁ!!」
「人ンちの店先とか店ン中でぎゃーぎゃー親子喧嘩すんなって言ってんの。
私と、他のお客さん達にも迷惑だから、さっさと帰ってくんなーい?」
私と、他のお客さん達にも迷惑だから、さっさと帰ってくんなーい?」
林檎が威勢良く声を張り上げるが、リリスは無気力な様子で、カウンターに突っ伏す。
脆いレース生地のエプロンドレスに傷が付くことさえも、どうでも良いと言わんばかりに。
脆いレース生地のエプロンドレスに傷が付くことさえも、どうでも良いと言わんばかりに。
「けちけちすんなってばー、どうせこんな時間に、お客さんなんて一人も来ないんだしさ。
それに今日は面白い話を持ってきたんだって! 聞くよね? 聞きたいよね!? 聞け!!」
それに今日は面白い話を持ってきたんだって! 聞くよね? 聞きたいよね!? 聞け!!」
「あー、はいはい。面白い面白い。面白かったから、さっさと帰ってねー」
「まだ何も言ってない!」
「聞いた聞いた。聞いたから、バイバイ」
「帰らせたがり過ぎくない!? そんなに私が嫌いか!?」
「別に好きでも嫌いでも無いかな」
「一番酷くない!?」
酷い話だが、客が一人も来ないと言われてしまっては、商人の名折れと言うべきか、
曲げようの無い事実だが、林檎の言動が多少なりともリリスの機嫌を損ねるには十分だった。
曲げようの無い事実だが、林檎の言動が多少なりともリリスの機嫌を損ねるには十分だった。
「一番だよ。やったね」
「そういう一番はいらないかな」
「受け取る前からいらないとか言うのは凄く短絡的だと思うし、知らない人に見られて、
友達って噂とかされたら非常に不本意極まりないから、そろそろ帰ってね。てか、働け」
友達って噂とかされたら非常に不本意極まりないから、そろそろ帰ってね。てか、働け」
「うがー! 狼に噛まれて大怪我しろ!!」
「ここじゃ、精々、猫の甘噛みが精一杯かな。猫耳でも付けようか?」
港町という性質の為、餌に困らない環境というのは野良猫達にとって居心地が良いようで、
呉服港の風景の一部となるくらい猫が多いのも特徴である。
だから、リリスは獣害の例えとして猫を持ち出したが、狼というのはあまりにも突拍子が
無いと感じ、両手で猫耳のポーズをしながらも、リリスは不思議そうな表情を浮かべた。
呉服港の風景の一部となるくらい猫が多いのも特徴である。
だから、リリスは獣害の例えとして猫を持ち出したが、狼というのはあまりにも突拍子が
無いと感じ、両手で猫耳のポーズをしながらも、リリスは不思議そうな表情を浮かべた。
「ふへへ。やっぱり知らないんだ。火吹き狼の噂!」
「また根も葉もない噂信じちゃって……頭が不自由なのも程々にね?」
「ガチで心配そうな目をするの止めて。本当に凹みそうになるから。
それに最近、言葉の鋭さに磨きがかかってない? それで客商売が出来るから不思議だよね」
それに最近、言葉の鋭さに磨きがかかってない? それで客商売が出来るから不思議だよね」
「私のことは良いでしょ。火吹き狼って、今度は何の法螺話をどんな風に曲解して、そんな
話を作ったわけ? 私達も、もう十六歳で店も任される程度には頼りにされているんだから、
もう少し落ち着いたら? 変な事を吹聴して回ってたら、変なトラブルに巻き込まれるよ?
アンタ、ただでさえ変なんだし」
話を作ったわけ? 私達も、もう十六歳で店も任される程度には頼りにされているんだから、
もう少し落ち着いたら? 変な事を吹聴して回ってたら、変なトラブルに巻き込まれるよ?
アンタ、ただでさえ変なんだし」
――尤も、トラブルという奴は何をしても、また何もしなくてもだ。
こちらの都合もお構いなしに巻き込みにくるからトラブルというのだ――
こちらの都合もお構いなしに巻き込みにくるからトラブルというのだ――
いつものリリスなら林檎の言う事等、話半分。いや、十分の一さえも聞いていないどころか
覚えてすらいない。現に今日もどうやって店から追い払ったのかさえ、よくは覚えていない。
精々、洒落にならない感じで涙を浮かべて逃げ帰る姿を辛うじて覚えている程度だ。
覚えてすらいない。現に今日もどうやって店から追い払ったのかさえ、よくは覚えていない。
精々、洒落にならない感じで涙を浮かべて逃げ帰る姿を辛うじて覚えている程度だ。
(まあ、いつもの事だし、それは別にどうでも良いよね)
だから、火吹き狼の噂など唯の法螺話と切り捨て、半日もしない内に忘却の彼方に。
それにも関わらず、火吹き狼が現れたと噂の共同倉庫にリリスの姿があるのは――
それにも関わらず、火吹き狼が現れたと噂の共同倉庫にリリスの姿があるのは――
「林檎の口車に乗せられたってわけじゃないけど、今日の私もよっぽどの暇人なんだね」
言い訳がましく、コンテナが規則正しく並ぶ共同倉庫の中を一人ごちながら歩く。
「さてと、火吹き狼って言うくらいだから、噂の大元は火に関係するんだと思うんだけれど、
共同倉庫で火事どころか小火騒ぎが起こったなんて話、聞いたこと無いしなぁ……」
共同倉庫で火事どころか小火騒ぎが起こったなんて話、聞いたこと無いしなぁ……」
共同倉庫は東・中央・西。三つのエリアに分かれており、喫茶カナンの資材等も火吹き狼の
噂の出所になった西エリアに保管されている。
噂の出所になった西エリアに保管されている。
「う~……ん、他の区画なら兎も角、西で何か起これば私の所に組合から連絡が来る筈だし、
火じゃなくて狼の方がネタ元なのかな? 倉庫の中に仔犬が入り込んで尾ひれが付いて狼に、
背ひれが付いて火を吹くようになった……そんな感じかな? ホント皆してバカみたい」
火じゃなくて狼の方がネタ元なのかな? 倉庫の中に仔犬が入り込んで尾ひれが付いて狼に、
背ひれが付いて火を吹くようになった……そんな感じかな? ホント皆してバカみたい」
呉服港の暇人、主に林檎などは暇潰しに何かと都市伝説を作っては披露したがる。
なので、リリスも暇潰しに主に林檎が発祥の都市伝説のネタ潰しに傾倒している。
なので、リリスも暇潰しに主に林檎が発祥の都市伝説のネタ潰しに傾倒している。
「だけど、食べ物とかも置いているし、動物が紛れ込んでいるってのは見過ごせないね」
自分の納得のいく形でネタ潰しを終えたリリスは火吹き狼の噂を頭の隅に追いやり、
自店のコンテナが荒らされているんじゃないかと、少しばかり心配しながら踵を返す。
自店のコンテナが荒らされているんじゃないかと、少しばかり心配しながら踵を返す。
「場合によっては組合に補償させないと。唯でさえ昼時は商売にならないんだし、
動物に荒らされて、夕方用の食材が無くなりました~なんて、ホントに困るんだよね」
動物に荒らされて、夕方用の食材が無くなりました~なんて、ホントに困るんだよね」
――後一歩踏み込めば、灼熱に染まり融解したコンテナが視界に入ったのに
――彼女の右手にあるコンテナの開閉口は高熱で溶接されているというのに
――彼女の左手にあるコンテナは煤で真っ黒に染まっているというのに
――踵を返さなかったら噂の火吹き狼と視線を交わすことが出来たのに
「ついでに茶葉の補充もしておこうかな」
気付けてないから、安全だと思っているから、警戒しないから、大丈夫だと思っているから、
自分の未来を信じて疑わないから、からからからからから、彼女の足取りはとっても暢気だ。
だけど、どうか安心して欲しい。倉庫の中は音がよく響くので、狼の形をした安全ではない
何かが、大木の様な足を踏み締めるだけで物騒な音が反響して、存在をアピールしてくれる。
自分の未来を信じて疑わないから、からからからからから、彼女の足取りはとっても暢気だ。
だけど、どうか安心して欲しい。倉庫の中は音がよく響くので、狼の形をした安全ではない
何かが、大木の様な足を踏み締めるだけで物騒な音が反響して、存在をアピールしてくれる。
「荷崩れ……!?」
――そうじゃないのに。違うのに。そんな暢気な話じゃないのに。危ないのに。のにのにのに。
でも、反射的に背後を振り向いたので彼女は自分が死んだことに気付かないまま死ぬことも、
誰に殺されたか分からないまま、殺されることも無くなった。良かったね。良かったね。
どちらにしても、彼女が死ぬ結果に変更は無いので、どちらが幸せなのかは分からない。
誰に殺されたか分からないまま、殺されることも無くなった。良かったね。良かったね。
どちらにしても、彼女が死ぬ結果に変更は無いので、どちらが幸せなのかは分からない。
「な、何……?」
リリスは都市伝説の類は見間違い、聞き違い、虚言が人伝に伝わる度に、大袈裟になり、
その地域や、その時代の人間にとって興味深い話であれば、どんなに小さな話であっても
わざとらしいくらい、大きな話となって残っているのだと決め付けていた。
その地域や、その時代の人間にとって興味深い話であれば、どんなに小さな話であっても
わざとらしいくらい、大きな話となって残っているのだと決め付けていた。
だから、火吹き狼の噂話の大元は共同倉庫の小火か、仔犬が紛れ込んで来たのを見た誰かが
大袈裟に騒いだというだけの何でも無いような、つまらない話なのだと考えていた。
大袈裟に騒いだというだけの何でも無いような、つまらない話なのだと考えていた。
――じゃあ、何故、彼女は此処に来た? 商品を荒らされるのが心配だったから? 本当は?
暇潰し? ネタ潰し? 蹂躙されるため? 犯されるため? 喰われるため? 切断されるため?
焼かれるため? 絶望するため? 消えて失せるため? 死ぬため? 殺されるため?
暇潰し? ネタ潰し? 蹂躙されるため? 犯されるため? 喰われるため? 切断されるため?
焼かれるため? 絶望するため? 消えて失せるため? 死ぬため? 殺されるため?
時には虚実の中にも……いや、虚実だからこそ其処に真実が、事実が息を潜めているなど、
ましてや、噂話よりも事実の方が大事になる事などリリスの思考の範疇には無かった。
ましてや、噂話よりも事実の方が大事になる事などリリスの思考の範疇には無かった。
「こ、こんなの……」
全身を鉛色の鋼に身を包む四本足の巨躯。背中から翼の様な炎を吹き上げる。その姿は――
「化け物じゃない……!」
人間如き、一薙ぎで血煙と肉片に出来そうな程に太い前足からは、漁船の錨などでは比較に
ならない程鋭く、太く、巨大な爪が伸びている。
金属同士の不快な擦過音を立てて開いた口腔からは、剣山の様に生えた牙が禍々しく輝く。
吹き上がる紅蓮の炎が壁と天井を撫で、飴細工の様に溶かす。
ならない程鋭く、太く、巨大な爪が伸びている。
金属同士の不快な擦過音を立てて開いた口腔からは、剣山の様に生えた牙が禍々しく輝く。
吹き上がる紅蓮の炎が壁と天井を撫で、飴細工の様に溶かす。
そして、鋼の火吹き狼は床を引き裂き、壁と天井を溶かしながら、リリスに飛び掛かった。
突如として降ってきた不幸と、襲い掛かる脅威の前にリリスは『助けて』と思う余裕も無く、
たじろぐことしか出来ない。もし、リリスの脳内を映像化出来たとしたら、スクリーン全体
に死の一文字だけが隙間無く埋め尽くされていることだろう。
たじろぐことしか出来ない。もし、リリスの脳内を映像化出来たとしたら、スクリーン全体
に死の一文字だけが隙間無く埋め尽くされていることだろう。
その上、化け物と意志疎通が出来ずとも、一方的に死を突き付けられていることを不幸にも
理解出来る程度には頭が働いているが故に尚の事、恐怖が鎖となって身体を縛める。
理解出来る程度には頭が働いているが故に尚の事、恐怖が鎖となって身体を縛める。
(殺される――!)
分かっていても瞳に涙を溜めて愕然としたまま、立ちすくむ以外のことが出来ない。
目に映る世界がスローモーションになり、どうにもならない程のスピードで襲い掛かる狼の
動きが、リリスでも手に取るように分かる。
だから、リリスは理解する。何をしても無駄だし、そもそも何も出来ないのだと。
目に映る世界がスローモーションになり、どうにもならない程のスピードで襲い掛かる狼の
動きが、リリスでも手に取るように分かる。
だから、リリスは理解する。何をしても無駄だし、そもそも何も出来ないのだと。
(何をしても、殺……される!? イヤ。死にたくない。こんなのはイヤ!
もっとちゃんと生きていたい。どうしたら? どうすれば? ここはイヤ!)
もっとちゃんと生きていたい。どうしたら? どうすれば? ここはイヤ!)
刻が緩慢な世界の中でリリスは必死に思考する。死から逃れるために。
――だけど、緩慢な世界以上に彼女の思考は緩慢なので、この死界からは逃れられない。
頭上から牙が穿たれ、左右から交差する爪が走り抜け、炎が身体を包み込む。
必要以上に執拗で、無慈悲で、徹底的――だって、彼女は死ぬために一人で来た。
必要以上に執拗で、無慈悲で、徹底的――だって、彼女は死ぬために一人で来た。
だが、リリスは思う。
(意外と痛くないし、意外と熱くない)
金属が破裂したような轟音が腹に響き、衝撃は突風となってリリスの髪と服を揺らしたが、
少なくとも自分自身の死を実感出来るような現象や痛みを知覚出来ていない。
リリスが恐る恐る目を開けると、穿たれる筈の牙は粉々に砕かれ、鋭い爪は鋼鉄に阻まれ、
吐き出された炎は全て霧散し、炎の翼を広げる鋼狼の背中は削り取られていた。
そして、リリスは死んでいないどころか、かすり傷の一つさえも負っていない。
少なくとも自分自身の死を実感出来るような現象や痛みを知覚出来ていない。
リリスが恐る恐る目を開けると、穿たれる筈の牙は粉々に砕かれ、鋭い爪は鋼鉄に阻まれ、
吐き出された炎は全て霧散し、炎の翼を広げる鋼狼の背中は削り取られていた。
そして、リリスは死んでいないどころか、かすり傷の一つさえも負っていない。
「はろぅ。お元気ですか?」
たった一声。死臭と殺気に満ち溢れ、死界化した共同倉庫に日常の空気が流れ込む。
たったの一言が死臭を握り潰し、殺気を突き崩し、リリスを縛る恐怖の鎖を切断する。
たったの一言が死臭を握り潰し、殺気を突き崩し、リリスを縛る恐怖の鎖を切断する。
「だ、誰!?」
突如としてリリスの目の前に現れた声の主は余りにも軽く、場違いな程に穏やかそうな男で、
空気を読まない暢気な口調が、この男の楽天的な雰囲気に拍車をかけていた。
空気を読まない暢気な口調が、この男の楽天的な雰囲気に拍車をかけていた。
「ゆっくり自己紹介……という感じでは無いので、以下省略って事で良いですか?」
「省略とか言われても何がなんだか……なんだけど!?」
リリスは目の前の光景に驚愕のあまり目を見開き、いつの間にやら口腔に溜まっていた唾液
を気管に入れてしまい、息は詰まり、声を裏返らせ、妙なアクセントで悲鳴混じりに叫ぶ。
を気管に入れてしまい、息は詰まり、声を裏返らせ、妙なアクセントで悲鳴混じりに叫ぶ。
男の背後で鋼の狼を押さえ込む茶色の鋼を纏った全長三メートル程の鉄巨人。
などと言えば聞こえは良いが、厳密には鋼の狼の爪は左右共に鉄巨人の脇腹を三割と半ば程、
切裂いており、裂傷は現在進行形で、じわりじわりと広がっている。
などと言えば聞こえは良いが、厳密には鋼の狼の爪は左右共に鉄巨人の脇腹を三割と半ば程、
切裂いており、裂傷は現在進行形で、じわりじわりと広がっている。
ついでに言えば、鉄巨人の手足はダンボールの様な真四角の箱を適当に積み上げて、胴体は
港に転がっていそうな樽をこれまた適当に積み上げたような外見をしており、力だけで無く、
見栄えでも鋼の狼に軍配が上がり、頼もしそうには見えなかった。
港に転がっていそうな樽をこれまた適当に積み上げたような外見をしており、力だけで無く、
見栄えでも鋼の狼に軍配が上がり、頼もしそうには見えなかった。
リリスの表情から、不安な気持ちを察したかの様に男は口を開く。
「所謂、大ダメージですね。自分の腹が裂かれた訳じゃ無いので何ともありませんがねぇ」
男は、あっけらかんとした笑顔を浮かべる。
時と場所によっては、リリスも『人の良さそうな人だね』と笑みを返すところなのだが、
命の恩人と思われる男に対して、怒りが湧き上がる程度には笑えない状況だ。
時と場所によっては、リリスも『人の良さそうな人だね』と笑みを返すところなのだが、
命の恩人と思われる男に対して、怒りが湧き上がる程度には笑えない状況だ。
「でも、間に合って良かった。人死にって、あんまり気持ち良いものじゃないですしねぇ」
「そんな事よりも!!」
「自己紹介ですか?」
「違う! その化け物!」
男が暢気に声をかけている間にも、火吹き狼は鉄巨人の戒めを振り解くどころか、その腹を
切断しようと巧みに爪を振るい、周囲に装甲片を撒き散らかす。
散弾よろしく飛び散る装甲片が『顔に当たったらどうしよう?』と心配になり挙句の果てに
命の恩人であるにも関わらず、リリスが『この人嫌い』と思う程、空気の読めない有様だ。
切断しようと巧みに爪を振るい、周囲に装甲片を撒き散らかす。
散弾よろしく飛び散る装甲片が『顔に当たったらどうしよう?』と心配になり挙句の果てに
命の恩人であるにも関わらず、リリスが『この人嫌い』と思う程、空気の読めない有様だ。
リリスは気付いていない。この男が乱入する直前まで身動き一つ取れず、悲鳴さえ出せない
程の恐怖に苛まれていたにも関わらず、その恐怖の元凶が未だ目の前にいるにも関わらず、
何の恐怖も感じていないことを。
程の恐怖に苛まれていたにも関わらず、その恐怖の元凶が未だ目の前にいるにも関わらず、
何の恐怖も感じていないことを。
この男がたったの一声で死臭も、不幸も、理不尽も、何もかも薙ぎ倒してしまったことを。
「あー……キメリウス、やっちまいなー」
そして、男は今になって後始末を思い出したかの様に、気の抜けた指示と共に指を鳴らす。
≪GHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!≫
リリスが頼りないと評する茶色の鉄巨人の影から、純白の鎧に身を包んだ鉄巨人が男のやる
気の無い指示と反比例して、勇ましい咆哮と共に飛び出し、曲刀を縦一文字に振り上げる。
雷光の如く眩い剣閃が煌き、嵐の様な風切り音がリリスの耳朶を叩くよりも疾く、疾風迅雷
の一撃が鋼の狼を一刀両断の名の下に切り裂き、地面に叩き伏せる。
気の無い指示と反比例して、勇ましい咆哮と共に飛び出し、曲刀を縦一文字に振り上げる。
雷光の如く眩い剣閃が煌き、嵐の様な風切り音がリリスの耳朶を叩くよりも疾く、疾風迅雷
の一撃が鋼の狼を一刀両断の名の下に切り裂き、地面に叩き伏せる。
「はい。ご苦労さん。キメリウス、ガルド、戻って良いですよー」
リリスが拍子抜けする程、呆気ない幕切れ。
男は気の抜けた口調で指を鳴らすと二体の鉄巨人が光の粒子に包まれ、その姿をかき消す。
そして、微かに残った光の粒子は男の身体に吸い込まれていった。
男は気の抜けた口調で指を鳴らすと二体の鉄巨人が光の粒子に包まれ、その姿をかき消す。
そして、微かに残った光の粒子は男の身体に吸い込まれていった。
「お怪我は無さそうですね。失禁もされていないようで何より」
「サイッテーだね」
「いえ、こういう仕事をしていると案外多いんですよ? HAHAHAHAHA! こりゃ死んだなって
タイミングで奇跡的に助かると前から、後ろから、上から、人として人前で出したらアカン
物を出しちゃう人。奴等、割と本気でドバっとやらかしてくれやがるので要注意です」
タイミングで奇跡的に助かると前から、後ろから、上から、人として人前で出したらアカン
物を出しちゃう人。奴等、割と本気でドバっとやらかしてくれやがるので要注意です」
「うん。助けてくれてありがとう。本気で死んでしまえば良いのに」
羞恥も怒りも通り越して、リリスは冷めた目線を男に突き刺すが、当の本人は的外れな程、
涼しげな笑顔を浮かべて、ウンウンと頷いて親指を立てている。
涼しげな笑顔を浮かべて、ウンウンと頷いて親指を立てている。
「冷静なようで何よりです。気絶したり、矢継ぎ早に質問攻めしたり、壊れたり、後始末が
大変な人も多いんですよ。後始末の最中にドバっとやらかしたり。結構、泣けてきます」
大変な人も多いんですよ。後始末の最中にドバっとやらかしたり。結構、泣けてきます」
「そこまでアレだと何かもう如何でも良くなったよ」
「それそれはアレで良かった。では、自分はこれにて失敬」
「うん。それじゃあ」
林檎を追い払うかの様に『さっさと帰れ』とリリスが手を振ると、男が渋面を浮かべる。
「何? どうかしたの?」
「そこは、せめてお名前だけでもーって流れになる場面では?」
「聞いて欲しいの?」
「寧ろ、取り乱さなかったり、漏らさないどころか、全く興味を持たれなかったりするのは
この業界に入って初めての経験なので、此方が貴方に対して、興味を持っている感じですが」
この業界に入って初めての経験なので、此方が貴方に対して、興味を持っている感じですが」
「興味が無いわけじゃないけど、どっちでも良いかなーって感じ?」
リリスも、この男に対して全く興味が無いわけでは無いが、もうじき夕暮れ時。
昼間は閑古鳥の鳴く喫茶カナンも、朝、夕、夜は『暇だ。暇だ』などと言う暇も無くなる程
の勢いで大勢の客が腹を空かせて詰め寄せてくるのだ。
面倒が済んだのなら、仕込みを片付けたいと思うのが彼女の心情であった。
つまり、命の恩人への優先順位が驚く程低い。それもこの男の人柄故のことなのだが。
昼間は閑古鳥の鳴く喫茶カナンも、朝、夕、夜は『暇だ。暇だ』などと言う暇も無くなる程
の勢いで大勢の客が腹を空かせて詰め寄せてくるのだ。
面倒が済んだのなら、仕込みを片付けたいと思うのが彼女の心情であった。
つまり、命の恩人への優先順位が驚く程低い。それもこの男の人柄故のことなのだが。
「追われると退き、退かれると追いたくなる男の心理を巧妙に突いてきますねぇ」
「別に突いてるつもりも、その気も無いんだけど……自己紹介でもしてく?」
「するする。しますします。超やりますともさ。便利屋の長谷堂宗也。二十四歳の独身です。
特技は小指をタンスの角にぶつけたツチノコの断末魔の鳴き真似。今回のお仕事は化け物退治でした」
特技は小指をタンスの角にぶつけたツチノコの断末魔の鳴き真似。今回のお仕事は化け物退治でした」
「ツチノコ……は置いといて、便利屋?」
「はい。犬の散歩、蛍光灯の付け替えから化け物退治まで何でもござれ。
でも、違法行為だけは勘弁な。がモットーのナイスでファンキーなファンシーショップです」
でも、違法行為だけは勘弁な。がモットーのナイスでファンキーなファンシーショップです」
「ふーん。火を吹く狼が出たなんて法螺話を聞いたから様子を見に来たんだけど、
宗也さんみたいな如何わしい人でも商売出来る程度には、化け物っているんだ?」
宗也さんみたいな如何わしい人でも商売出来る程度には、化け物っているんだ?」
「ええ。本来は法螺話の内に仕留めるのが依頼主のご希望だったのですが、話に聞いていた
よりも数が多くて見られたことが五度六度。ま、要は毎回人目に付いてたってことですがね」
よりも数が多くて見られたことが五度六度。ま、要は毎回人目に付いてたってことですがね」
「口外する気は無いし、安心して。誰も信じないだろうしね。喫茶カナンの生天目リリス。
昼過ぎは結構、暇してるから遊びに来てよ。お礼とかもしたいし……一応は」
昼過ぎは結構、暇してるから遊びに来てよ。お礼とかもしたいし……一応は」
「分かりました。そろそろ依頼主も気を揉んでいる頃でしょうし、自分はこれで」
真っ二つになった鋼の狼を両の手で鷲掴みにして引き摺り、宗也は倉庫の外へと鋼の重さを
全く感じさせない足取りで出て行き、リリスは心の中でポツリと漏らす。
全く感じさせない足取りで出て行き、リリスは心の中でポツリと漏らす。
(って言うか、あのロボット……ロボットよね? ロボットに化け物……世の中変なのがいる
もんなんだなぁ……まあ、あの人。宗也さんが一番変なんだけどさ)
もんなんだなぁ……まあ、あの人。宗也さんが一番変なんだけどさ)
などと失礼なことを考えながら、喫茶カナンの倉庫の無事な姿に胸を撫で下ろし、夕方に使
う食材や茶葉を取り出し、リリスは日常へと戻っていくのであった。
う食材や茶葉を取り出し、リリスは日常へと戻っていくのであった。
その一方で宗也は鋼の狼の残骸を引き摺ったまま、依頼主でもある呉服港を統括する若き
管理者、フェルニア・アラニンという男の屋敷に訪れていた。
管理者、フェルニア・アラニンという男の屋敷に訪れていた。
屋敷の地下に通された宗也は黒檀の作業台の上に先程、倉庫で仕留めたタイラントハウンド
の残骸を乗せ、フェルニアを促す。
フェルニアのかざした手から光の粒子が溢れ、タイラントハウンドの残骸を包み込み、鋼が
消失し、真っ二つになって息絶えた犬と三センチメートル程の結晶が現れる。
の残骸を乗せ、フェルニアを促す。
フェルニアのかざした手から光の粒子が溢れ、タイラントハウンドの残骸を包み込み、鋼が
消失し、真っ二つになって息絶えた犬と三センチメートル程の結晶が現れる。
「丁重に弔ってやれ」
フェルニアは結晶を手に取り、控えていた女中に仔犬の遺体を運ばせる。
「創世記より伝わる世界を滅ぼした災厄の正体、コアクリスタル……か。
侵食した生命の意志を支配し、鋼の肉体を与え、闘争本能を暴走させるというが……」
侵食した生命の意志を支配し、鋼の肉体を与え、闘争本能を暴走させるというが……」
「今回は元となった生命が穏やかな仔犬等の小動物で良かったですねぇ。
人死に必至なレベルで必死にじゃれついて甘えて殺しにくるだけですし」
人死に必至なレベルで必死にじゃれついて甘えて殺しにくるだけですし」
フェルニアは難しい表情だが、宗也は倉庫の被害を思い出して、屈託の無い笑みを浮かべる。
物的被害こそあれど、人死にが無かった為、宗也にとっては笑って済ませられる事だったが、
呉服港を管理するフェルニアにとっては笑い事では済まされない話であった。
物的被害こそあれど、人死にが無かった為、宗也にとっては笑って済ませられる事だったが、
呉服港を管理するフェルニアにとっては笑い事では済まされない話であった。
「今月に入ってコアクリスタルの暴走事故は、これで五件目だ。確かに人的被害が無いが、
あまりにも多過ぎる。それにコアクリスタルが膨大なエネルギーを持つとは言え、その実は
世界を破滅に追いやった元凶だ。宗也の様に先天的な適正を持つか、私の様にインプラント
化しなければ、こうして触れる事さえも出来ない」
あまりにも多過ぎる。それにコアクリスタルが膨大なエネルギーを持つとは言え、その実は
世界を破滅に追いやった元凶だ。宗也の様に先天的な適正を持つか、私の様にインプラント
化しなければ、こうして触れる事さえも出来ない」
フェルニアは半機械化された手の中にあるコアクリスタルを忌々しげに睨み付ける。
創世記の真偽が何であれ、コアクリスタルは、それ自体が半永久的なエネルギー資源として、
発電施設でエネルギーの供給を行う等、人々の生活に密接に関わっている。
創世記の真偽が何であれ、コアクリスタルは、それ自体が半永久的なエネルギー資源として、
発電施設でエネルギーの供給を行う等、人々の生活に密接に関わっている。
「加工処理を施さなければ暴走する癖に、加工後は再加工は出来ないという頑固さです。
今日も世界の何処かで加工に失敗した技師の首が物理的に吹っ飛んでいる事でしょうし、
ご冥福でもお祈りします?」
今日も世界の何処かで加工に失敗した技師の首が物理的に吹っ飛んでいる事でしょうし、
ご冥福でもお祈りします?」
ハイリスク・ハイリターンなエネルギー資源だが、人々の生活に密着しているにも関わらず、
人々の大半はコアクリスタルの詳細どころか、存在すら知り得ていない。
尤も、秘匿されていないというだけで、大々的にも公表されていないというだけなのだが。
人々の大半はコアクリスタルの詳細どころか、存在すら知り得ていない。
尤も、秘匿されていないというだけで、大々的にも公表されていないというだけなのだが。
「いや……」
「ま、知った事じゃないですしねぇ。死ぬ前なら兎も角。そんな事よりも、呉服港の子供が
大人に隠れて飼っていた動物がコアクリスタルを誤飲して、僅か一ヶ月という短期間に五回
も立て続けに暴走事故が自然発生する可能性って、どのくらいなもんでしょうね?」
大人に隠れて飼っていた動物がコアクリスタルを誤飲して、僅か一ヶ月という短期間に五回
も立て続けに暴走事故が自然発生する可能性って、どのくらいなもんでしょうね?」
「人為的なものならば、問題は一体何処の誰が何の目的で貴重な未加工のコアクリスタルを
何の惜しげも無く、五個も使い捨ての様に扱ったのかということだ」
何の惜しげも無く、五個も使い捨ての様に扱ったのかということだ」
「未加工のコアクリスタルなんて、然るべき所に売り渡せば、途方もない値が付きますから
ねぇ……その逆も然りですねぇ。一個や二個なら兎も角、五個なんて数になると売買ルート
を洗うのは簡単と見せかけて、難しそうですねぇ。まず、裏組織如きでは無理でしょう?」
ねぇ……その逆も然りですねぇ。一個や二個なら兎も角、五個なんて数になると売買ルート
を洗うのは簡単と見せかけて、難しそうですねぇ。まず、裏組織如きでは無理でしょう?」
コアクリスタルは創世記に記されている世界に降り注いだ災厄と考えられており、この星で
自然発生した物質では無く、外部から、それも神の国からもたらされた物とも言われている。
だが、現代を生きるサーグナーツの人々にとって一番重要なことは創世記の記録では無い。
コアクリスタルが莫大なエネルギーを持つ『消耗品』だということだ。
自然発生した物質では無く、外部から、それも神の国からもたらされた物とも言われている。
だが、現代を生きるサーグナーツの人々にとって一番重要なことは創世記の記録では無い。
コアクリスタルが莫大なエネルギーを持つ『消耗品』だということだ。
漸く、加工技術が確立したばかりで、人為的に生産する術どころか、自然発生させるために
必要な環境や条件さえも分かっていない。
必要な環境や条件さえも分かっていない。
「裏側の人間か表側の人間か……どちらにせよ、まとも人間で無い事は間違いあるまい」
「クリスタルに触れ、利用法分かるって時点で普通を自称するのは苦しいですよねぇ」
加工済みのコアクリスタルは普通の人間が触れても何の変哲も無い宝石に過ぎないが、未加
工のコアクリスタルに適正が無い者が触れると犬が火を吹く鋼の狼、タイラントハウンドに
変貌した様に鋼の爪と牙、翼が伸び、鋼の鱗が生え、異なるモノへと変貌を遂げ、その破壊
衝動を剥き出しにして暴走することになる。
工のコアクリスタルに適正が無い者が触れると犬が火を吹く鋼の狼、タイラントハウンドに
変貌した様に鋼の爪と牙、翼が伸び、鋼の鱗が生え、異なるモノへと変貌を遂げ、その破壊
衝動を剥き出しにして暴走することになる。
その破壊衝動を外界に物質化させたガルド、キメリウスを始めとするストレンジギアであり、
それらを制御、使役する存在が、宗也やフェルニア等、ストレンジャーである。
それらを制御、使役する存在が、宗也やフェルニア等、ストレンジャーである。
「その普通では無い人間……悪ふざけをして舞い上がっているストレンジャーの候補は?」
「貴重なコアクリスタルを五個も所持出来るだけの財力、発言力がある組織、または個人で、
管理者兼、ストレンジャーのフェルニアさんの監視から潜り抜けることの出来る立場にあり、
子供が大人に隠れて飼っている動物を把握している程、市井に明るい人物ですねぇ」
管理者兼、ストレンジャーのフェルニアさんの監視から潜り抜けることの出来る立場にあり、
子供が大人に隠れて飼っている動物を把握している程、市井に明るい人物ですねぇ」
「面倒な話だな。何の意図があって、この様な騒動を起こしたかは知らんが、何はともあれ、
ご苦労だったな。このまま、契約を継続したいと考えているのだが、貴様はどうだ?」
ご苦労だったな。このまま、契約を継続したいと考えているのだが、貴様はどうだ?」
「ふむ……」
(今回の契約内容は、コアクリスタルによる暴走事故が発生。これを内密に解決しろ。
中々実入りの良い仕事でしたが、これ以上深みにハマると厄介な事になりそうな……
ですが、引っ越して来たばかりで何かと入用でしたし、懐具合は心もとないんですよねぇ)
中々実入りの良い仕事でしたが、これ以上深みにハマると厄介な事になりそうな……
ですが、引っ越して来たばかりで何かと入用でしたし、懐具合は心もとないんですよねぇ)
宗也は便利屋を名乗ってはいるものの開業して間もない状態で実績が無い。
収入が安定していないにも関わらず、環境を変えたいからと呉服港へ移るという暴挙に出た
せいで、金は減る一方。それなのにも関わらず、増える見込みは全く無い。
収入が安定していないにも関わらず、環境を変えたいからと呉服港へ移るという暴挙に出た
せいで、金は減る一方。それなのにも関わらず、増える見込みは全く無い。
思いの他、根の深そうな事件の気配を感じ、内心で渋りながらも、金庫に入っている金貨の
枚数を思い出す。何の為に存在している金庫なのか、必要性を全く感じられない僅かな蓄え。
それに権力者とのパイプを自ら断ち切るのも勿体無い話だ。
枚数を思い出す。何の為に存在している金庫なのか、必要性を全く感じられない僅かな蓄え。
それに権力者とのパイプを自ら断ち切るのも勿体無い話だ。
「契約内容は暴走事故の首謀者の逮捕と、その背後関係を洗い出して欲しい」
「そりゃあ、そうでしょうねぇ」
「成功報酬は今回の三倍出そう」
「あー、もー、首謀者の生死はお約束出来ませんよ? 後、本当に事故だった場合は?」
仕事を請けるか、請けないか。脳内会議で繰り広げられた激しいせめぎ合いは、三倍の報酬
という決まり手のにより、満場一致で仕事を請け負うこととなった。
宗也自身は不満気だが、まだまだ煩悩を断てる程の大人では無く、何よりもゆとりが無い。
という決まり手のにより、満場一致で仕事を請け負うこととなった。
宗也自身は不満気だが、まだまだ煩悩を断てる程の大人では無く、何よりもゆとりが無い。
「構わん。無自覚の無いストレンジャーによって起こった事故だとしてもだ、動物に宝石を
食わせるなど正気の沙汰ではない。世の為、人の為に殺せ。報酬は契約通りに支払おう」
食わせるなど正気の沙汰ではない。世の為、人の為に殺せ。報酬は契約通りに支払おう」
「随分と奮発しましたねぇ」
「ストレンジャーが相手なら警察では対応出来ん。さりとて、国の命令で管理を命じられて
いる身では自由に軍を動かすことも侭ならん。その上、私軍を持つだけの財力も無い。であ
れば、最低限の出費で脅威を排除出来るなら、大事にならん内に排除するのは当然であろう」
いる身では自由に軍を動かすことも侭ならん。その上、私軍を持つだけの財力も無い。であ
れば、最低限の出費で脅威を排除出来るなら、大事にならん内に排除するのは当然であろう」
「まあ、それで道理が通るのであれば、そうするのが当然の事かも知れませんがねぇ」
「何だ?」
この期に及んで、宗也は不満気な態度に、フェルニアは怪訝そうな表情を浮かべる。
「そりゃあ、仕事ですしお代を頂ければ何でもしますけど、違法行為は管轄外なんですよ。
次からは平和的な……せめて、夫婦喧嘩の仲裁くらいに留めてもらえませんかねぇ?」
次からは平和的な……せめて、夫婦喧嘩の仲裁くらいに留めてもらえませんかねぇ?」
「心配するな。この程度、正当防衛の範疇だ。とは言え、貴様への依頼も善処しよう」
人殺しがお望みなら、殺し屋なり暗殺者なりを雇えとでも言わんばかりの宗也の態度に
フェルニアは肩をすくめて、鼻で笑う。これは殺しでは無く、治安維持であると。
フェルニアは肩をすくめて、鼻で笑う。これは殺しでは無く、治安維持であると。
(実は下手人よりも、その背後にいる組織の方には心当たりがあるのですが、
分かっているからと言って、下手人が断定出来るというものでも無いんですよねぇ。
さて、さて、さてぇ、どうやって下手人の所まで切り込むとしましょうかねぇ……)
分かっているからと言って、下手人が断定出来るというものでも無いんですよねぇ。
さて、さて、さてぇ、どうやって下手人の所まで切り込むとしましょうかねぇ……)
「では、こちらでも何か分かり次第、貴様にも情報を送るよう手配しておこう」
尊大な態度ではあるが、フェルニア・アラニンは王族でも無ければ、貴族でも無い。
平民の出で、国から任命されたというだけの一介の施政者に過ぎず、三十歳にも満たない。
彼の表情は心労のせいか、実年齢よりも十以上は老けて見える。
平民の出で、国から任命されたというだけの一介の施政者に過ぎず、三十歳にも満たない。
彼の表情は心労のせいか、実年齢よりも十以上は老けて見える。
立場から来る重責。そして、呉服港を襲った事件が、いつも以上に心労となって
彼の双肩に錘の様に圧し掛かり、崩れ落ちそうになっているのは誰の目からも見て取れた。
だから、宗也は踵を返し、振り向き様に満面の笑みを浮かべてフェルニアに言い放った。
彼の双肩に錘の様に圧し掛かり、崩れ落ちそうになっているのは誰の目からも見て取れた。
だから、宗也は踵を返し、振り向き様に満面の笑みを浮かべてフェルニアに言い放った。
「そうそう。女性を侍らせて相手には事欠かないお立場のようですし、徒に気を揉む
よりも、悪戯で女性の綺麗な山二つを揉んだ方が幾分か気が楽になるかと思いますよ?」
よりも、悪戯で女性の綺麗な山二つを揉んだ方が幾分か気が楽になるかと思いますよ?」
「貴様!?」
メイド達からの突き刺すような視線が四方八方から襲い掛かり、フェルニアは狼狽する。
諸悪の根源とも言うべき宗也は既に屋敷から抜け出している。
諸悪の根源とも言うべき宗也は既に屋敷から抜け出している。
「ではでは……ふへへ、してやったり」
フェルニア・アラニン。二十九歳。市井の出身でありながら、貴族や王族を押し退け、
清濁併せ呑みながら、エリート街道を直走って来た男だが、自身の青春さえも投げ打って
ここまでやってきた彼に彼女達を上手く嗜める術など持ち合わせていない。
清濁併せ呑みながら、エリート街道を直走って来た男だが、自身の青春さえも投げ打って
ここまでやってきた彼に彼女達を上手く嗜める術など持ち合わせていない。
これから数日、政務とは全く関係の無い、屋敷内での関係修復に奔走する事となるだろう。
虚勢を張って張り詰めてばかりいるよりも、偶には馬鹿馬鹿しい日常を謳歌するのも
心労回復には調度良いと、若き施政者に対する宗也なりのエールであった。多分。
虚勢を張って張り詰めてばかりいるよりも、偶には馬鹿馬鹿しい日常を謳歌するのも
心労回復には調度良いと、若き施政者に対する宗也なりのエールであった。多分。
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