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電瞬月下 弐 ―不敗剣『刀蜘蛛』― 中編

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ParaBellum

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 ―不敗剣―
 それは四つの理によって成立する秘剣である。
 壱の手『駆足』
 敵の攻撃の隙を取り逃げる、追ってこなければその時点で不敗は成立。
 最初にして骨子となる剣理。
 不敗剣とは敗北しない剣である。
 それ故に、闘いを行い命を賭すよりも逃走する事により遥かに生還率が上がる。
 だが、これは向き合った相手に背を見せるだけであり、不用意な逃げは相手に隙を与えるだけにすぎない。
 故に、相手の攻撃の瞬間、これを逃走の機会として待つのである。
 だが、ここで追って来る敵も当然いるだろう、己の武甲人の性能を遥かに凌駕する速度で自身に追いついてくる敵がいる可能性も考慮できる。
 それに対応する為に考えられた妙手、『刀蜘蛛』である。
 弐の手『刀蜘蛛』
 逃げると同時に糸刀を撒く、森林が生い茂る場所であるならばさらによし、それにて追ってきた敵を切断する。
 これが、鼬蜘蛛の機構によって行われる二つ目の剣理。
 鼬蜘蛛の型に付いた金属の触手はその先より糸刀と呼ばれる特殊な繊維で作られた糸を放出する。
 その糸は、武甲人の装甲にすら傷を付ける、強度と鋭利さを持っており、それを逃走と同時に散布するのである。
 いうなれば、鼬蜘蛛の後方には蜘蛛の巣ように木々に巻かれ張られた世界最細の糸刀がある事になるのである。
 この糸刀、隠遁にも優れており、特殊な塗料を塗り込んである故に武甲人の電子眼をもってしても注意を凝らしてよく見ないと気づかない代物である。
 これに鼬蜘蛛を追おうと加速する武甲人が当たる事によってその身を八つ裂きにするのである。
 逃げながら、攻撃を行う。こちらからは追わず、追って来るものには攻撃を…これが不敗剣の骨子となる剣理であった。
 まさに攻退一体の秘剣と言えるだろう。
 これに追道者が気付く事が出来たのは一重に、天文学的な幸運と常にその身を危険に晒し続けた事により得た刹那の反応力故のものだ。
 機体の中で血反吐を吐きながらも追道者は立ち上がる。
 そうして機体の状況を調査し、確認する。
 機体の各部と駆動系に異常が見られたが、機体は奇跡的と言っていいほどに致命的な損傷は受けていなかった。
 まだ戦闘機動が可能な程度な損傷に抑えられたのである。
 しかし、いつも通り四肢の感覚が無いのに加え、口の中でぬめりとした鉄の味が舌に絡みつき、発汗の量も酷い。
 もはや長い闘いには耐えられないだろうと追道者は自分の体を診断した。
 追道者は、厩源時三式の電子眼を用いて法螺吹きの駆る鼬蜘蛛を探す。
 十丈程離れた所に鼬蜘蛛はいた。
 既に逃走は止めており、間合から大きく離れたその位置から、此方がまだ戦闘を続行出来るかどうかを判別するようにして見つめている。
 こちらがまた鼬蜘蛛を追うような行動を取ろうとすれば、また糸刀を撒き、攻退一体のあの技を放ってくるのだろう。
 勝つ事では無く、決して負けぬ事に全てを捧げた剣。
 追道者はそれによって積みあげられた努力と想像力、そしてそれを実戦でなしうる、その実力に大きく感銘を受けていた。
 武術とは理によって練られるものである。ありとあらゆる状況を想定し、その全てに対応する。
 その理の最果てにあるとされる『至高剣』、それは追道者が追い求めてやまないものであった。 


 今、追道者はそれを逆手にとり、空中高くから逃げる黄土色の武甲人を見つけ出したのである。
 だが、これだけ高く跳躍した、この目立つ機影、夜とはいえこうも月下に晒されれば、敵方も既にこちらを捕捉しているだろう。
 故にこれは博打に近い手段であった。それも勝ち目は非常に薄い。
 それにこの跳躍で厩源時三式に積まれた燃料の多くを使ってしまい、おそらくはこの攻撃で全ての燃料を使い果たすだろう。
 それ故に、追道者のこの判断を愚行と笑う者もいるかもしれない。しかし、時間がたてばたつほどこの不敗剣との相対は不利になるばかりである。
 それに先ほどの怪我を鑑みれば残り何分も戦闘を行う事が出来るかわからない、それ故に選択した最も早い一手。それがこの跳躍なのである。
 そこから鼬蜘蛛に向けて、残った燃料を惜しむ事無く放出し、その元に向かう事で厩源時三式と追道者は『不敗剣破り』を開始した。









(あれだけでそこまで見抜いたか、天田流。)
 法螺吹きと呼ばれた者が、満月の下に舞い上がって、こちらに向かって突撃してくる漆黒の武甲人を見上げる。
 確かに、上方からの攻撃はこの弐の手『刀蜘蛛』に唯一有効といえる手段である。
 交わしたのはたかだが一合程度、それもこちらの攻撃が糸刀によって行われている程度の情報しか、あの天田流の武者には与えられていなかった筈である。
 しかし、それだけでこちらの技を正確な理解をし、それに対して最善手を打ってくる。
 その天田流の刹那の理解の速さにそれに応じた対応手を打つ速さ、それが尋常でない事に法螺吹きはただ、ただ、感嘆した。
 命を賭して、得る事が出来る極限の即応力。天田流名子派が魔性の剣だと言われるのも納得がいく。
 誰もあんな化生と死合などしたいなど思わないだろう。
 しかし、これに勝ってこそ、我が不敗剣はより、その強さを確立できる物である。
 そう思い、法螺吹きは自身が組み立てた究極の剣『不敗剣』の理論を自身の頭の中でその骨子たる四つの理を反芻する。
 壱ノ手『駿足』
 弐ノ手『刀蜘蛛』
 参ノ手『待蜘蛛(まちぐも)』
 終ノ手『糸喰(しが)』
 未だ、あの敵に見せた不敗剣はその理の二つに過ぎない。
 確かに両肩にある触手の先から放たれる糸刀で作り上げた結界により背後から追う敵を自動的に斬殺する弐の手『刀蜘蛛』には糸刀の結界が届かない遥か上空から襲いかかる敵には対応できないという難点がある。
 しかし、このケースは稀ではあるが武甲人の特性上考えられないという事では無かった。
 つまりは、その攻撃方法は不敗剣を構築していた段階で既に考慮し、対策を講じてあるという事である。
 そして、それこそが参の手『待蜘蛛』である。
 法螺吹きは鼬蜘蛛に触手の動作制御を待蜘蛛の型に合わせるように設定を変更し、一気に木々の上から大地へと舞い降りた。
 それと同時に触手が螺旋を描くように回り、糸刀をまき散らす。
 放出された糸刀は辺りの木々の幹に絡みつき、次第に蜘蛛の巣のような刃の結界を作り上げる。
 いうなれば、これは攻撃に特化した盾。
 この糸刀のよく出来ている所は、武甲人の装甲すら切り裂く程の切断力を持つが、それらを固定する為にくくり付けられる木々を切断する事が無いという点だ。
 これはこの糸刀が形状記憶合金で作られた物だというのが最大の要因である。
 一定の熱を加えるとこの糸刀は膨張しその表面積を大きくする作用がある、つまりは、糸刀の細さによる切断力を熱を加える事で殺し、その刃を殺した部分を木々にくくりつける事が出来る。
 そして、それを鼬蜘蛛に搭載された電子頭脳が糸刀を撒く対象の木々の幹の長さを計算し、膨張分と刃の部分を調節した長さで放出するのである。
 手に持つ事も振る事も叶わず、相手の攻撃を受け止める事にも使えない、しかして触れればその身を斬り裂く、この世で最も奇天烈な刀剣。
 これこそが、鼬蜘蛛の奇甲たる所以である。

 後は、上空からこちらに降りてくる敵をこの刃の巣に誘いこめばいい。
 どのような策を弄そうともこれだけの糸刀によって形成された結界、全てを切断出来る理由もなし。
 そんなものに天高く飛翔し月下からこちらに向かって来る漆黒の機影を見て法螺吹きはふと思う。
(――――ああまで実直にこちらへ向かうか…まるで香車だな…。)
 ここで追ってこなければ絶対に生き残れるというのに後退の選択肢を捨て、ただ、一途に此方の命を奪う為に真っ直ぐに向かって来るこの世界で最も鋭利な槍。
 だが、此方は既に『待蜘蛛』という穴熊を完成させており、香車ではその結界の一部である歩を取るのが限界で、その回りにいる様々な駒に食い潰される図となるのは明白であった。
 空中高く舞い上がり、月下から此方に向かって来る厩源時三式はその二丈二尺にもなる規格外の野太刀を振り上げる。
 当然だろう、と法螺吹きは思った。
 こちらが既に糸刀による刃の結界を張っている等、あの天田流が気付かぬ筈がない。
 故にそれを破る手は一つ、その結界を全てその手に持った刀で斬ればいいのだ。そうすれば、自分のいるこの位置にまであの名甲と共にここに辿り着く事が出来る。
 これは単純にして明快な解答だと言えた。
 然し、事はそう簡単にはいかない。この参の手『待蜘蛛』移動しながら広範囲に散布する弐の手『刀蜘蛛』とは違い、停止して何重にも糸刀を張る技である。
 その刃の密度と範囲は『刀蜘蛛』の五倍に達する。
 故にいくら規格外の長さを持つ野太刀だとしてもその張られた結界を一振りで全て、切断する事など不可能なのである。
 ならば二撃、三撃と放てばいいが、それも今や叶わないだろう。
 二丈二尺、武甲人の身長を超える程の長さを持つ、馬鹿げた長さである。
 長い太刀はその分、重さを増し、一度振り下ろした刀を持ち上げようとするのにも大きな力が必要となる。
 確かに武甲人には大きな筋力強化の側面があるが、これ程、長大な野太刀となると早々に持ち上げるのも難しい。
 せめて、地面を踏み締める事が出来たのならば、事は違ったかもしれないが、今、厩源時三式がいるのは空中である。
 力を入れる為の足場もなく、一度、その長剣を振り降ろせば、それをもう一振りする為に持ち上げるのは困難である。
 いや、武甲人の筋力強化を鑑みれば、可能になる事もあるのかもしれぬが、それでも振り降ろし、振り上げ、振り下ろす、この動作に隙が発生するのは避けられない事象だと言えた。
 そしてこの隙が致命的になる。
 幾重にも張り巡らされた糸刀の結界はその隙を許しはしない。
 その振り上げるという動作を行う中でこの『待蜘蛛』は確実にその命を受けるのである。
 故に、この『待蜘蛛』は糸刀による究極の防御術であると同時に最強の攻撃術でもあるのだ。
 これを突破出来る者など無し。
 法螺吹きはそれ程の自負を持ってこの結界を構築したのである。
 しかし、その数瞬後、法螺吹きの眼は驚愕に大きく開く事になる。
 さて、地上で刃の巣を張り待つ鼬蜘蛛に向けて天田流の追道者がとった対手は厩源時三式は肩に担いだその野太刀を振り降ろすという事だった。
 確かにこの野太刀であれば鼬蜘蛛の張った糸刀など一振りで切断する事が出来るだろう。
 しかし、一振りではその『待蜘蛛』によって張られた全てを切断する事は適わない。
 故に、この死合は法螺吹きの勝利で幕を閉じる。
 不敗剣は成立し、決して敗れぬ剣として人に知れ渡るだろう。


 しかしそれは、それがただ一振りであったのならばの話だ。


 それは余りにもおかしい一振りだった。
 別に振り方がおかしかったわけではない。肩に担いだ野太刀をそのまま振ったというだけ…。
 この振り自体は何もおかしくは無いといえるかもしれない。
 問題は振った位置である。
 それは森の位置からすれば遥か上空だった。
 法螺吹きからすればまだ、その漆黒の機影が指一つの大きさにしか見えない程の上空。
 木々の天辺にもかからぬその位置で厩源時三式はその野太刀を振り降ろし、虚空をただ斬ったのだ。
 異様な光景。
 法螺吹きはそれを見て、追道者の気が触れでもしたのか?とすら思った程だった。
 しかし、それから先に繰り広げられるのは更なる異様だった。
 刀による斬撃とは振り上げ、振り下ろすものが基本とされる。

 上空から重力の助けを得て大地に向けて振り下ろすのである。
 しかし、この振り降ろすという行為に一つの限界が生じる。
 どれほど高く振り上げ低くまで振り降ろそうと、やがて、大地に阻まれて止まるのである。
 だが、この斬撃を限界まで振り降ろすという行為を地上では無く、空中で行ったのならば如何様になるのか?
 そう、己が力で止めようとしなければ止まらないのである。
 そこには大地は無いのだから、ただ下に振り降ろされるのである。
 だが、腕の長さがその限界を作り上げる。腕の伸びる範囲でしか、剣は振り下ろす事しか出来ない。
 しかし、厩源時三式のいるその場所は大地の無い空である。
 その限定的な状況が、次の理を紡ぎだす。
 振り降ろされた野太刀の重さとそれによって付いた勢いを利用して、厩源時三式はその体を丸くし、ぐるりと回転させた。
 刃は上方から下方に向かい、再び上方へと戻ったのである。
 そして、追道者はその際に付いた勢いを殺さぬように厩源時三式に同じ行動を何度も行わされる。
 上方から下方へと振り降ろされ、その勢いを利用し、回転し、下方から上方へと振り上げる。
 厩源時三式は己が身を軸に車輪のようにして回転させたのである。
 天田流三秘奥が一、『刃車(はぐるま)』。
 振り降ろし、振り上げるという本来なら一度停止を置かなければならない動作を空中という大地の無い限定的な状況を利用して、円の軌道を用いて、その振り降ろした剣を止めずに空中で回転する事により振り上げ、その勢いのまま再び振り下げる、それを繰り返す。
 それは、振り降ろしから振り上げにあるその停止という間を削除する事に他ならない。
 そして回転が増すたびに斬撃の速度は上がり、それは、武甲人の体全てを絶対の殺傷力を持つ一振りの刀へと変える。
 これこそが天田流の空中戦における連撃の奥義であり、追道者が選択した『待蜘蛛』破りの妙技である。
 厩源時三式はその鋼の体を軸に独楽のように回転させ、『待蜘蛛』の結界の中へと斬り込んでいく。
 一ノ太刀からニノ太刀へ、ニノ太刀から三ノ太刀へ、それは本来あるべき隙を生じさせぬ程の速度を持って回転する。
 野太刀の常識を超えた長さも手伝い、厩源時三式は法螺吹きが張った鼬蜘蛛の結界『待蜘蛛』を全て斬破した。
(――――あれでは無理だ。)
 法螺吹きは己の技が破れたのに驚きながら、ふとそう思う。
 回転を利用し『待蜘蛛』の高密度に張られた糸刀の結界を斬り裂く程の速度をもって空中高く放たれた秘剣。
 それは本来破れる筈も無い、待蜘蛛の結界を突破するに至っている。
 しかし、だからこそ、ここに一つの無理がある。
(―――あれ程の速度が出ていては止まれない。)
 簡単な話である。追道者が厩源時三式に放たせた『刃車』は大地が無い事を利用し、円の軌道を用いた加速する斬撃である。
 厩源時三式は今もその身を回転させながら重力の法則に従い、大地へと直進している。
 これが大きな問題なのだ。待蜘蛛を突破したまでは良い。
 しかし、それを破る為に加速させた己が身を止める事は出来るのだろうか?
 斬撃を繰り返す度に加速する秘剣。しかし、その加速した剣を減速する事が出来なければ、それはその速度のまま大地と衝突するという事を示している。
 そのまま、大地と衝突すれば、厩源時三式の大破は勿論それを纏っている追道者の死も必然なのだ。
 確かに、不敗剣参の手『待蜘蛛』は追道者の放った『刃車』に敗れた。
 しかし、その対価が己の命では意味が無い。
 だが、忘れるな…と法螺吹きは気を張り詰めて、それを見つめる。
 相手は天田流、その中でも最強とされる名子派とされる事を忘れてはならない。
 天田流とは人外の剣なり、魔性の剣なり、修羅の剣なり、人を捨て、己を捨てる事で、刹那を永遠にする反応力を持ち、人の粋を超えた術理を行使する剣なり。
 そんな耳を疑うような話をこの死合に赴く前から幾度も幾度も聞いた。 

 だが、それが真の話である事を、先ほどから何度も己の目で確認している。
 『刀蜘蛛』の奇襲から逃れ、絶対に破れる事のないと考えていた結界『待蜘蛛』すら破る。
 それほどの敵。
 そう、敵は、あの天田流名子派の免許を持つ武者なのだ。
 だから、相手の放ったあの自身を刃の車輪のようにして迫る技は、たかだか地面に激突するぐらいで、使用者の命を終わらせるような欠陥があるわけが無い。
 故に、油断も慢心もしない、起こった事を起こったまま受け入れて、冷静に対処するその心構えを心の中で唱える。
 必ず敵はその問題を解決してくる。
 その思考は法螺吹き中で既に確信となっていた。
 そして、それに対して取る手段は一つだと、法螺吹きは考える。
 壱ノ手『瞬足』、天田流の即応力の域までは達していないのかもしれないが、それでもそれを鍛え抜く為にかけてきたこの一生の全てをそこに賭ける。
 己がやってきた事が全て無駄では無かったとそう信仰する。
 そして、その回避に成功した時こそ、不敗剣終ノ手が完成する。
 故に見極める、それだけに己の全てを賭す。
 厩源時三式はその加速を緩める事なく、大地に激突する。
 常識の中で考えればここで必死。
 だが、当然の如くその必死は回避される。
 刃の車輪となった厩源時三式はそのまま、大地に向けて野太刀を斬ったのである。
 野太刀の刃が大地を抉る。
 空中で十二分に加速を付けたそれは、そのまま再び大地を抜け円の軌道による回転を継続する。
 大地を斬り裂きながら回転を継続したのである。
 そして空中で付けた速度を利用して、鼬蜘蛛のいる方に向けて回転しながら走り始める。
 『刃車』はその名を表すように大地に受ける衝撃を自身の加速力となるように流し、その身を一輪の車輪と化して大地を疾走したのである。
(――――巫山戯ている。)
 法螺吹きはそれを見て、そう驚愕する。
 予想はしていた。
 敵は必ずその必死から生還するだろうと…しかし、これは人の所業なのだろうか?
 超高速で回転する中での大地と接触する際の回転の調整、それらを行った上でこちらを視認し、それに向けて己が身を走らせなければならない。
 それ以外にも様々な技能が必要とされ確かにそれは不可能な話では無い、信じられない話ではあるが、地獄を見る様な修練によってそれは習得できるという可能性を否定する事は出来ない。
 しかし問題なのは、その際に生じる尋常ならぬ腕への負担を無視しているという点だ。
 確かに武甲人には筋力強化の機能がある、だが、月を背にする程高く空中に舞い上がった後に減速せず落下した際に受ける反動。
 いくら力を流す技術があったとしてもそれはどれほど鍛えようと人の腕が耐えきれる負荷では無いのだ。
 しかし、それを成している。
 出来る筈もない理を成しているのである。
 法螺吹きはまるで悪い夢でも見ているように思った。
 それはもはや人間が行える所業では無い。
(しかし、良かった。)
 と、法螺吹きは絶望的な戦況の中でそう思う。
 刃の車輪と化した厩源時三式はその加速を持って、こちらに向けて突撃してくる。
 おそらくは長くは持つまい。
 既にあの武甲人は加速力を得る物が無い、空中で十二分に付けた速度が尽きるのも時間の問題だ。
 法螺吹きと鼬蜘蛛は自身に向かってくる刃車を回避する為に横に飛んだ。
 刃車が鼬蜘蛛の隣を通り抜けていく。
 しかし、まだ刃車となった厩源時三式の猛攻は終わらない。
 自身の体重を移動させる事によって、重心をずらし、弧を描くように旋回、再びその刃を鼬蜘蛛に向けた。
「――――――っ!!」
 法螺吹きは鼬蜘蛛を素早く立ち上がらせ、再び横転させる事でその刃を回避する。
 そして、避けられた事を認知し、厩源時三式は再び旋回する。
 回避、旋回、回避、旋回、回避、旋回―――
(――――――辛いな…。)
 幾度かそれを繰り返し、法螺吹きはそう思う。
 厩源時三式の太刀筋は単純で回避する事は造作も無いが、こうも素早く連続で攻撃を続けられると回避の難度は跳ね上がる。

 いや、それだけならば、問題は無いが、余計な事もしている為、あまり大きな回避行動をとる事が出来ず、出来る限り小さく避けなければならなかった。
 紙一重で回避する度に背筋に強烈な悪寒が走り、すぐさま自分の体のどこかが切断されていないかと不安する。
 だが、それを確認する間もなく次の攻撃が来るのだ。
 法螺吹きはこの回避の時間、まるで生きた心地がしなかった。
 だが、相手が限界を迎えたのであれば、それはこちらの勝利を意味する。
 いうなればこれは根比べだと言えるかもしれない。
 それにそろそろあちらの限界が近い事は疑いようが無い。
 先ほどから旋回するたびに、速度が大きく落ちているのである。
 最初は息をつけぬほどの速さで迫ってきていたそれが、一呼吸、二呼吸とつけるようになってきた。
 それは相手の攻めが緩くなり始めているという事を示している。
 息を吸う度に、今まで感じていなかった疲労が鉛の重さとなって足にのしかかる。
 しかし、別に動かないというわけでは無い。
 だから、それを意思の力で強引に補強する。
 回避、旋回、回避、旋回、回避、旋―――――
 そして、厩源時三式はついに地を走る程の回転を失い、その野太刀を大地に突き刺したまま、停止した。
(――――好機。)
 そう思い、法螺吹きは鼬蜘蛛を高く飛びあがらせ、それまで用意してきた終ノ手を発動する。
 参ノ手『待蜘蛛』で仕掛けた糸刀は追道者の秘技によって破れた。
 しかし、その秘技が全ての待蜘蛛の糸刀を切断したわけではない。
 今、追道者は自身の悪魔じみた能力と厩源時三式の力を用いて自らがここに辿り着くのに必要な最低限の一部分を切断しただけなのである。
 そう、未だこの一帯には法螺吹きが鼬蜘蛛の触手によって仕掛けた糸刀が大量に存在している。
 さて、その糸刀を高速で巻き取るとどうなるだろうか?
 上方下方前方後方右方左方の全方位に長く、短く、ばら撒かれた糸刀が空中高くに舞上がった鼬蜘蛛の触手へと巻き取っていくのである。
 その過程において通る道程にある鼬蜘蛛を中心として周囲二町(200m程度)内にある障害物。
 それら全てを糸刀は斬り裂く。
 その結界の中にいるものは全方位からの斬撃にその身を晒される事になる待蜘蛛が破られた場合にのみ発動できる不敗剣最後にして最強の一手。
 全てを無差別に斬り裂き喰らう糸、不敗剣終ノ手『糸喰』。
 追道者は『待蜘蛛』を破った時点で既に『糸喰』の斬撃の射程中へと誘い込まれていたのである。
 本来ならばその時点ですぐさま『糸喰』へと移行し敵を斬殺するのが法螺吹きの考える不敗剣としての正しい姿であった。
 しかし、誤算だったのは追道者が待蜘蛛を破り地上に着いた後もその回転を止めず刃の車となって自信に襲いかかってきた事だ。
 あれ程の回転を保っている状態では例え、糸刀を撒きとってもその全てを斬り裂かれてしまう可能性も考えられる。
 ゆえに破られた待蜘蛛の結界から相手を逃さずに回転が止まるまで待つ必要があった。
 それは、博打だといって良かった。
 一瞬でも判断を間違えればそれは即、死に繋がる。
 そんな苦境に自ら置く命がけの博打。
 そして、法螺吹きと呼ばれた武者はそれに打ち勝ったのである。
 後は、己の糸喰の中から逃れられぬ範囲に漆黒の武甲人、厩源時三式がいるのを確認し、飛翔しながら糸刀を巻き取る。
 様々な困難な過程を経て、ついに法螺吹きの不敗剣はその最強の技を振るったのである。
 鼬蜘蛛の近辺から遠方まで仕掛けられた糸刀が巻き取られる。
 そして、自らの下方には斬撃の嵐が吹き荒れ、その中に厩源時三式は巻き込まれ天田流追道者の身を微塵と化すだろう。
 全方位からの逃れようのない斬撃はいくら天田流だろうと破れない。
 既に地に足を付け、停止したものに全方位からの斬撃に対応する術など無いのだから…。
 そして、糸喰は成った。
 鼬蜘蛛は全ての糸刀を巻き取りそのまま糸喰の斬撃で切断された倒木の上に着地する。
 回りをふと見渡すが木々が糸刀によって切断されており、鼬蜘蛛を中心にして周囲二町程が倒木で埋め尽くされていた。
 法螺吹きはため息を吐く。
 これでは死体を探すのが面倒だ。
 己の不敗剣の勝利を示す為に首を持ち帰らなければならないのに、これでは日の出までにでも探し終える事が出来るかどうか…。
 しかし、そう思いながらも体は喜びに震えている。

 ――――勝ったのだ。
 あの天田流に、あの魔性の剣に…。
 この事実があれば、誰も法螺吹き等と揶揄せず、己の不敗剣の完成を認めざるおえない。
 自然と笑い声が漏れる、どうして止める事が出来ようか、成った、成ったのだ!
 十数年の年月と天啓を経て、ついに我が剣はその頂きに辿り着いた。
「そうだ、ついに我は無敵の剣を手に入れ――――――」
 その時、ふと法螺吹きは己の見ている景色に違和感を感じた。
 そう違和感である。
 辺りは糸喰によって己を中心に周囲の木々全てがその幹を切断され倒れ、残った部分は切り株となっている。
 それ自体は何もおかしい事では無い、糸喰を使ったのだから当然の結果といえる。
 だが、今、己の立っている倒木の下にある切り株と遠くにある切り株の高さがおかしいのだ。
 着地した自身の足元ゆえに最初は気付かなかったが、その切り株の高さが今自分がいる地点と、遠方では明らかに違う。
 明らかに足元の方にある切り株が遠方にある切り株の三倍程高いのである。
 満遍なくまき散らした糸刀がある程度の誤差はあれども、それほどの差を出すとは考えづらい。
 そして、その高さは武甲人一機が隠れるに足る程の高さがある。
 そこから導き出される答えはただ一つ。
 法螺吹きは慌ててそこから飛び立とうと脚の火筒に火を入れる。
 しかし、もう遅い、遅すぎる。
 全ては悪魔の掌の上。
 倒木の下から飛翔し、微塵になった筈の漆黒の武甲人は、その二丈二尺の野太刀を黄土色の武甲人の脳天めがけて振り降ろした。
 天田流『雷花』。
 法螺吹きはすんでの所でなんとか頭部への斬撃の回避に成功するが、その全てを回避しきれずその一閃は右腕を根から切断する。
「ぐげぇゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃ!!!!」
 聞くに堪えぬ悲鳴を上げ、涙を流しながら法螺吹きはその漆黒の武甲人と距離を取る。
 肩から焼けるような痛みと己の右腕を失ったいう喪失感を味わいながらも法螺吹きは己が宿敵を見つめた。
 そして息も絶え絶えに、腹の底から捻りだしたような声でその漆黒の武甲人に問いかける。
「何故だ!何故、貴様が生きている!!!何故、こんな、こんな事が起こっている!!何故だ!!!貴様は本当に人なのか?天田流!!」
 法螺吹きの得た傷は深い。
 即死は免れたが、右腕を肩から切断したその一撃は、既に出血多量による死を約束しており、致命傷と言っていい傷である。
 それを観察するようにして見つめた後、追道者はその口を開いた。
「別にそれほど難しい話じゃない、少し考えればわかる筈だ。そうだな、ヒントは俺が空中からあんたの作った結界破って地上に着地してあんたに向けて攻撃を仕掛けていた時だ。」
 その言葉を受けて、法螺吹きは全てを理解する。
 だが、それはまるで信じられない話でもあった。
「馬鹿な!!まさか、あの時、我を襲うと同時に我の仕掛けた糸刀の切断も行っていたとでもいうのか!?」
 息も絶え絶えになりながら、法螺吹きはそう驚愕した。
 それは糸喰の唯一の攻略法であった。
 不敗剣終ノ手『糸喰』は参ノ手『待蜘蛛』の残滓を用いて行われる一手である。
 本来ならば、『待蜘蛛』が破られた瞬間に発動する技であったが、追道者が厩源時三式に回転斬撃を行わせていた為、すぐさまの使用が出来なかった。
 地上を回転し、転がりながらその一帯にあった糸刀の全てを切断していたのである。
 二丈二尺ほどの長さとなれば、通常の武甲人の太刀では届かぬ高さの所にある糸刀も切断出来る。
 つまりは糸喰による巻き取りが行われた際に、そこには糸刀の影響を受けない安全地帯が作れるのである。
 成程、確かにこれは糸喰を破るにたる一手とは言える。
 だが、しかし、それは余りにもおかしい。
 確かにそれは、確かに糸喰を破るにたる一手だとは言えるかもしれない。

 しかし、それは糸喰という技がどういう技なのか『知っている』という前提が無ければ組み立てる事が出来ない一手だ。
 この終ノ手『糸喰』はこの死合にて始めて使われた切り札なのである。
 この技を知る者はそれを組み立てた法螺吹き以外いない筈なのである。
 そんな風に思う法螺吹きの心中を察して追道者は答える。

「別にあんたがやろうとしていた事を見切るのは、それ程難しい話じゃなかった。不敗剣ってのはつまる所逃げる技だろ?
 あんたが俺が上空から迫る時に打った返し手を俺が破ったのならば、普通なら、あんたはもう一度逃げ直そうとする筈だ。
 俺も不覚ながら最初の糸刀の奇襲でダメージを受けていたし、あんな無茶な技まで使ったんだからな。
 消費している体力の差を鑑みれば、そういう行動を取るは不敗剣としては正しいし、そうした方があんたは圧倒的に有利な状況に持ちこめただろう?
 おそらくはそうすれば逃げ切れた。でも、あんたはあえてそれを取らなかった。それは、あんたが俺に対し、さらになんらかの反撃手があるのだと教えているようなものだ。
 そこでさらに疑問になるのが、あんたがここら一帯から離れようとしなかったという事だ。
 普通に回避するだけならもっと大きく回避したっていい。そっちの方が安全な筈だ。それを、あんたはしなかった。
 俺からすればそれはまるで俺にここから離れて欲しくないと大声で叫んでいるようなもんだ。そこから、導く事の出来る解答は一つ。
 あんたは俺が斬り切れていない糸刀を使って再び俺に攻撃を仕掛けようとしている事だ。途中から俺の攻撃、回避しやすくなっただろう?
 あれはな、糸刀を出来る限り多く切断する為に大周りでやってたんだ。あんたに気付かれない程度に気を使いはしたがな…。」

 いくらか納得のできる解答がそこには示された、しかし、それでも法螺吹きには納得の出来ない部分がある。

「噂に聞く天田流の見切り、我はまだ過小評価をしていたのかもしれん。
 しかしだ、それでもそれはおかしい、確かに貴様のいう理屈で我の技が見切れたとしよう。
 だが、貴様はさっき言ったな、あの空中から回転斬撃、あれが無茶な技であったと、そして我があのまま逃げれば逃げ切れたのだと…ならば、何故、貴様はあのような方法を取ったのだ?
 貴様が得ている情報から結論した不敗剣は逃げる剣なのだろう?
 そんな分の悪い博打をしてもまるで意味が無いではないか、結果、今の結果があるにしても理を持って良しとする天田流の発言とはとても思えん。」

 厩源時三式は中にいる追道者の動きを追従して呆れるように首を振っている。
「そうだな、同じ技を使う奴が相手で、それがあんたじゃなければそんな手は取らなかった。だが、あんたなら逃げたりはしない、そういう確信に近いものはあったよ。」
「なんだと!?」
 ははは、と漆黒の面の奥から追道者の笑い声が漏れる。

「だって、あんた不敗剣とか言って、あれだけ逃げる事を旨とした剣理を組み立てて置きながら、結局の所、勝とうとしていただろ?
 そもそも最初のだっておかしいんだ。あんたはあの糸刀の奇襲を仕掛ける為にわざと速度を落として俺に追いつかせた。
 別にあの技は俺が追いついてからでも良かった筈だ。けれどそうじゃない、もう一度言うぜ、あんたは俺に追いつかせたんだ、あんたの勝利で決着を付けようとする為に…。
 まあ、その時はまだそんな攻撃をしてくると思って無くて危うく死にかけたのだがな。」

 法螺吹きは固く口を閉じ沈黙する。それにどう言葉を返せばいいのかわからずただ、ただ言葉を失っていた。

「まあ、これは実は結果論で俺が実際に気付いたのはあんたが、最初の攻撃を俺が喰らった際にわざわざ俺の受けたダメージの程をしっかりと確認していた時なんだがな。
 別にあんたが確認するのは俺が生きているか死んでいるかの二つだけで良かった筈だ。
 それなのにあんたなりの時間をかけて俺の武甲人や俺自身のダメージを計っていただろう?
 あれがいけなかった。俺はあれで確信したんだよ。ああ、こいつ勝ちたいんだなって、俺からしてみればそれだけで十分だった。
 それだけであの博打に出て勝つだけの自信が出来た。そして、その勝利を得よう時に発生するだろう隙をずっと探しているだけで良かった。わかるか?
 お前の不敗剣はお前が勝利を欲した時点で既に破綻していたんだ。しかし、最後の攻撃は駄作にも程がある一手だったな。
 例え、相手が俺じゃなくてもリスクが大きすぎてそもそも成立するかどうかするか危うい、他の三つは完成度の高さに感心したものだが、あれは駄作も良い所だ。」

「――――ぐっ…。」
 返す言葉も無い。
 法螺吹きと呼ばれた武者の胸に宿る感情は後悔であった。
 己が勝利を求めた事への後悔、そして終ノ手『糸喰』を生みだしたことへの後悔。
 だが、その後悔よりも強い感情が法螺吹きの胸中にある。
 それは自分に対する怒りであった。
 それもその筈だろう。
 己が今用いた不敗剣は新しく組み直した不敗剣なのである。
 原初の不敗剣は三手にて構成され、終ノ手『糸喰』は存在せず、壱ノ手『駿足』、弐ノ手『刀蜘蛛』、参ノ手『待蜘蛛』の三つだけで構成されていた。
 壱ノ手にて見切りを行い逃走、弐ノ手にて逃げながら後方への迎撃を行い、上方から来る敵は参ノ手で対処し、それが破れれば再び壱ノ手と弐ノ手にて逃走と攻撃を行う。
 そのどれもが突破困難な攻撃であり、突破できたとしても、その時には既に再びあの弐ノ手を開始している。
 こちらはそれほど大きな行動をせずとも相手には大きな行動を強いる事により、体力と精神に大きな負担を与える事が出来る。
 そして、こちらはそれほどの行動を行わない為、体力の消耗は相手と比べるならば天地程の開きが出る。
 それを循環させる事によって相手の体力を奪い逃げ切る、いうなれば不敗剣を用いる者にとって分の良い根比べを行う、それが不敗剣の原型だったのである。
 それに終ノ手『糸喰』が加わったのは不敗剣が一度目の勝利を得た時、つまりは不敗剣破りを行おうとした名乗りをあげた徒党の一人目の武者を斬った時である。
 一人目の武者を弐ノ手『刀蜘蛛』にて斬殺した際の後始末の最中、木々に垂れ下がった糸刀を見た事が始まりだ。
 その時に得た勝利という名の美酒と残った糸刀をさらなる攻撃に使うという馬鹿な考え…。
 それが法螺吹きの心を酔わせ、その思いつきを天啓と勘違いし、不敗剣の本来のあるべき姿を歪ませ、余計なモノを付け加えた結果、その全てを不出来な技へと変貌させてしまった。
 己が勝利という名の毒を喰らっていたのだとまるで気付かずに…。
 そして、その結果が、この結末だ。
 自業自得。
 己で組み立てた究極の論理をそんなくだらないものをさらに食そうとする余りに勝つための論理、つまりは終ノ手『糸喰』を付け加えてしまった。
 そしてそれが致命的な隙となり、このような致命傷を負う原因となってしまったのである。
 止めようの無い後悔と、そんな事に気付きもせず勝利を求めるべきではない剣に勝利を求めてしまった己への怒り。
 それが法螺吹きの胸中でみるみると燃えあがる。
 今、法螺吹きの目の前に繰り広げられているのは片腕を失いもうじき死ぬ運命にある己と己に向けてその両腕で刃を向ける武者というどうしようもない現実だけだ。
 既に勝負は決している。
 全てにおいて、目の前にいる漆黒の武甲人を纏った武者に勝てる道理など無かった。


(―――――けれど…。)


 朦朧とし、少しずつ薄くなっていく意識の中で法螺吹きはそう思う。
 確かに自分は他の人間の言うように法螺吹きなのだろう、不敗剣等と名乗りながらも自らそれを汚すような行為を行う者。
 法螺吹きの死後、己で組み立てた技を自ら改悪した愚か者と人は笑うだろう。
 それは良い、まさにその通りだ。
 けれど―――――

「―――――まだ―――――不敗剣は―――――破れてはいなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!」

 そう己の全生命力を振りしぼり大声をあげる。
 決意を示すように、残った全生命力を振りしぼるように…。
 痛覚は既にない、そもそも痛覚は己が危険な状態であるという事を己に知らせる為にあるものだ。
 既に死を間近に控え、限界を超えた状態にある法螺吹きの体にはもうそれは意味を成さない。
 ゆえに法螺吹きの脳は、己の体に苦痛を与える事を止め痛覚を遮断するという選択をしたのである。
 だから、法螺吹きの意識に余計な雑念はもう無かった。
 ただ、一個の思いを遂げる為、そこにその残りの生命力の全てを燃やそうとする。
 そして法螺吹きは己の腰にある小太刀へと手をかけた。
 それを見た漆黒の武甲人 厩源時三式の仕手である追道者は二丈二尺の野太刀を構え、嬉々と言う。
「そうだよなぁ、そう来るよなぁ、それしかないよなぁ。」。
 不敗剣とは逃亡によって成り立つ剣である。
 それは例え相手が生きていようと己が生きていれば決着はついておらず引き分けに終わる。

 それによる不敗という思考を根とする剣なのである。
 既に法螺吹きの受けた傷は致命傷といえ、時間を待つだけで法螺吹きは死に、その死によって不敗剣は敗北を喫し幻想に終わる事になる。
 このままいけば不敗剣を必敗、この傷では既に勝利の目も無い。
 しかしだ、法螺吹きが用いるのは不敗剣であり、法螺吹きが行うべき事は不敗剣が不敗である事の証明だ。
 それ故に、不敗剣は不敗剣であるがゆえに一つの論理が導きだされる。
「そうだ、その通りだ、別にあんたは勝たなくて良いんだ、例え相打ちだろうと、それが出来ればあんたの不敗剣はここで破れちゃいない事になる。」
 そう言って、追道者は厩源時三式に中段に構えさせる。
 それは最初の一合にて追道者が用いようとした天田流『心貫』の変形『触れ袖』の構えであった。
 この『触れ袖』は追道者が最も信頼する技である心貫を元に完成させた、追道者の我流剣技。
「ここで空気読まないのならば、逃げちゃうんだろうし、かつて俺の両腕を奪った糞野郎もこういう場合は無理をせず逃げるという選択肢を取るんだろうがな…………安心しろ不敗剣。
 俺はお前を完膚無きにまで斬り捨てて、その存在を否定してやるよ。そして俺は奴とは別の方法で奴と同じ土俵に立つ。」
 そう、己の身を不敗剣の化身とした法螺吹きに対し、追道者は告げる。



                                    「――――いざ、」


                                  「―――尋常に―――」


                                     「「勝負!!」」






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