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廻るセカイ-Die andere Zukunft- Episode12

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匿名ユーザー

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時刻は夜9時を回ったところ。空は当たり前の如く暗く、数多の星が瞬いている。
そんな揺籃の星空を見上げながら、オレとシュタムファータァは守屋神社の鳥居に背をもたれ座り込んでいた。
互いに晩飯を済ませ此処に待ち合わせをして。勿論イェーガー戦のときにもやった、作戦会議のために。

「……あのリーゼンゲシュレヒト。あそこで逃がしてしまったのはかなり痛かったですね」

「あんま気負うな。今さら後悔したって仕方ないだろ?」

シュタムファータァは落ち込みやすい。色々考え込んでしまうのは悪い癖だ。

「そうですね……すいません」

「それにわかったことも色々あったしな。少なくとも言えるのは、イェーガー戦のときみたいな、絶望的状況じゃないってことだ」

あのときはシュタムファータァは予想より遥かに上の力を発揮して打倒できた、いわば奇跡のような戦いだった。
だが、今回は固有兵装のような奇跡は起きないだろう。伊崎が助けてくれたのだって相手がリーゼ状態になっていなかったからだ。

つまり、今回は切り札なしの真っ向勝負の戦闘で勝つしかないのだ。

「どういうこと、ですか?」

「ああ。まず一つ、アイツ等の白兵戦能力はお前より格段に下だ。まず接近戦なら負けないだろ」

「相手の武器は銃で私は刀ですしね」

「ああ。さらにお前は一度狙撃されてんだろ?なら相手は十中八九射撃タイプだ」

しかし拳銃に狙撃銃だなんてリーゼンゲシュレヒトは本当に何でもありだな。いや、ある意味そっちの方が人型ロボットらしいのか?

「つまりイェーガーの時とは、逆に」

「"戦術"じゃなく"戦場"が重要なわけだ。イェーガーみたく決闘に応じる性格でもないだろ、アイツ等」

「接近戦をせざるを得ない場所で。尚且つ逃げにくい場所……また難しいですね。しかも誘い出す方法も、ですしね……」

「それを今から考えようぜってことだ。しかし、今回はオレも全く持って検討がつかん」

この前の戦闘で使った廃墟地区なんてもうヤツ等の独壇場だろう。隠れる場所も多いし、逆にこちらが不利になってしまう。
かと言ってそれに代わる戦場なんてない。まさか街中でなんて戦えるわけもないのだから。

「どうしましょうか、ヤスっちさん……」

「一つ、考えがある。確認したいんだが、お前たちリーゼンゲシュレヒトは互いを感知できるんだったよな?」

「ええ、と言ってもヒトの状態のリーゼを感知できるのは"ラングオーア"と呼ばれる感知能力に長けた種族、つまりアイツらくらいですけど」

「逆に、お前が感知できるのは?」

「相手がリーゼ状態になっていて、せいぜい500m圏内が限界でしょうか」

500m。シュタムファータァでそれとなると、奴らはその範囲外から狙撃してくるということになる。
問題は奴らの最大有効射程。それさえわかれば、万が一狙撃されても逆算して大体の位置を絞り込めるのだが……。

「さすがにアイツらの感知できる範囲はわからないよな?」

「ええ。ですがおそらく2kmくらいが限界だと思います。あくまで平均からの予測ですからあんまり当てにはならないんですけど……」

銃の射程もあるだろうし、現実的に考えて狙撃はそのくらいが限界、か。
まぁそのくらいの範囲なら実際に襲われたときに、場所を絞り込めるだろう。高地を探せばいいだけなのだから。

「それとヤスっちさん。一つお話ししておきたいことが」

彼女の言葉に特に憂いたような感じはない。シュタムファータァは、オレの顔を真っ直ぐに見つめて口を開いた。

「私の能力についてです。……ヤスっちさん、"0の意識"って知ってますか?」

「いや、知らない」

「"0の意識"というのは、我々リーゼンゲシュレヒトが使える共通の能力の一つです。意識を完全に落とし、セカイの回復量を上げることができます」

「それはあれか?寝てるのと同じだけど、寝てるときより深く意識が落ちる代わりに、セカイの自然回復速度が上がるって意味でいいのか?」

シュタムファータァは小さく頷き肯定する。

「普通に睡眠を取るのに比べて2倍の回復量。さらに"0の意識"の状態は相手に絶対にセカイを感知されない、という副産物の力もあります」

「でも、いいことばかりってわけでもないんだろ」

「はい。"0の意識"は落ちている時間を正確に決めなければならないと言うのと、その落ちている時間はこの身に何があろうと目を覚ませないという弱点があるんです」

「何があっても、か」

それはたとえ直接襲われたり、水をかけられたり、大声を出されても起きれないということか。
実際になってみるとそれはおそろしく不安だろう。使いどきが肝心だな。

「だから普通は分単位で小刻みに分けて使うのが常套手段です。……そして最初の話に戻ります。私の、能力について」

「お前の、エクスツェントリシュとしての能力」

「私の能力は"0の意識下での有意識化"と、自在に"0の意識のオンオフが可能"です。戦闘では全く役に立たない能力ですけどね」

「いや……普通に、強力な能力じゃね?」

たしかに直接戦闘には向かない力だが、回復の弱点をなくすというのは非常に強力だ。
……それ故の、エクスツェントリシュ。シュタムファータァと言えど伊達ではない能力ってことか。

「これでも一応エクスツェントリシュですから。まぁ、"有意識化"と言っても意識があるだけで、身動きが取れないのは他のリーゼと同じなのが悲しいですが」

「しかし、なんで今その話をしたんだ?」

一瞬だけ俯き、後ろで束ねている長い空色の髪の毛を撫でながら、シュタムファータァは口を開いた。

「感知能力の話をしていて、そういえば私の力については話してなかったな、と思いまして。それに……」

「それに?」

「これがヤスっちさんの少しでも役に立てれば……と」

微笑を浮かべながらこちらを見る真紅の瞳。どこか照れくさくなり、オレは視線を逸らした。
出会ってからまだ一月だが、こんな顔ができるようになってたのか。

……いや、こちらが本当のシュタムファータァなのか。

「なに他人事みたいに言ってんだ、やるのはお前だろ」

「作戦考えてくれるのは、ヤスっちさんですよね?」

「役割分担ってか。……わかったよ。今日の夜でなんとか考えだしてやる」

「お願いします」

それ以降は互いに無言になり、座りながら夜空を見上げる。
満面の星空。いつもと変わらない、揺籃の夜空。

そして、この日はそれ以上お互い何も言葉を交わすことなく自宅に戻り、静かに夜は更けていった。




窓から溢れる日差し。枕元にあるアラームが鳴る寸前の目覚まし時計を停止させる。

「おはよう目覚まし。今日はオレの勝ちだぜ」

今日も学校である。昨日あれだけのことがあった手前、登校するのは危険な可能性があるが登校しないわけにはいかない。

これ以上サボると、親に不審がられるのもあるが、本格的に千尋に心配されそうだ。

「作戦……ねぇ」

結局のところ一晩では思い付かなかった。どんな作戦でも必ずネックになるのが"狙撃手"の存在。この問題をクリアできるものを巻がつくことができなかった。

「観測手いらずで、単身で高精度の狙撃ができるとか反則だろ……」

だがここでゴネていても現実が変わるわけではない。オレは制服を着て、居間に降りた。

居間で朝食を取りながら、ふと思い立ち、イェーガー戦以降使ってなかった"念話"とやらを試してみる。

『シュタムファータァ、シュタムファータァ? ……聞こえてんのかこれ』

『わ、びっくりしました。おはようございますヤスっちさん。しかし、念話なんて久しぶりですね。それもヤスっちさんからなんて』

脳内に相変わらずの声が聞こえてくる。どうやらオレの家から千尋の家くらいまでの距離なら届くようだ。……まぁ、家隣りだしな。

『ちゃんと届いたようで良かった。で、だシュタムファータァ。作戦は……まぁ、すまん。思い付かなかった』

『簡単に思い付いたら苦労はしないですしね。仕方ないですよ』

『そんで今日学校に行くつもりなんだが、昨日みたいなこともあるし、できたらお前に付いてきて欲しいんだが。認識疎外があるから大丈夫だろ?』

『わかりました。と言っても私を見知っている人間には認識疎外が効かないので、ヤスっちさんが出たら10分後に私も向かいます』

万が一昨日みたいな事態になった場合、シュタムファータァがいてくれると非常に助かる。近くにいるに越したことはないだろう。

『伊崎はいいとして、千尋とかに見つかったら面倒だもんな。悪い』

『気にせずに。それでは、また』

オレは朝飯を食べ終わり、バックを担いで家を出る。 家を出た瞬間襲い来る、夏の到来を告げるような日差し。

「修学旅行までにはなんとしてでも、片をつけてやる」

元々日常を安心平和に過ごせるためのものだ。こういった行事に参加することのできる日々のために、オレは戦うことを選んだのだから。

自転車を置き、いつものように守屋神社の鳥居を上り、千尋の家のインターホンを押す。

軽快な音と共に鳴るインターホンの音。それと同時に千尋が急いで走る音が外まで聞こえてくる。

「おはよヤスっち、そんでもって行ってきます!」

いきなり扉が開いたと思ったら、茶色の髪を揺らしながら慌ただしく飛び出してくる千尋。……いつものことだが、慌ただしい。

「お前、ちっとは落ち着いて行動できないのか」

「甘い、甘いぜヤスっち。兵は拙速を尊ぶのだ!」

「誰が兵だ、誰が」

そして千尋は自分の自転車を取りに行き、オレは先に鳥居を降りて自転車に跨る。その頃にはもう鳥居のスロープを千尋は自転車で降りてきていた。

互いに自転車を漕ぎながら住宅地を滑走する。気温が高いとはいえ、やはり身体に当たる風は涼しく、心地良かった。

「そういや千尋、お前んとこの守屋神社の効能ってなんだったっけか」

「んー?家内安全に商売繁盛。気になるあの子のハートをゲッチュ!だよ?」

余談だが、意外とこれでも千尋は神社の仕事を熱心に手伝っている。父親一人で切り盛りしているのが、心配なのだろう。

「最後のが色々とひどいな」

「"和平の守屋"の名の通り、守屋神社は人と人の繋がりを司る神様を祀ってるからね。恋路なんて祈願して賽銭置いてお守り買えば楽勝よ」

「要するに金くれたらやってやるって言いたいのはよくわかった」

しかし人と人との繋がり……か。どっか祈願したら世界を守ってくれる神社とかないかな。……ないだろうな。

「神社だって経営厳しいんだから。世の中金よ、金」

「わりと参拝客来てるように思うけどな。孝明さん忙しそうだし」

「揺籃の神社って言ったらハル姉んとこの『神守神社』のはずなのに、わざわざウチに来てくれる人が多いってのはすごくありがたいことだわねー」

そう。ハル姉の家の『神守』の家は、代々揺籃の市長を勤めていると共に、『神守神社』という揺籃最大の神社も経営している。

100年以上前からある由緒正しい神社で、正月なんかは島の人間の大体がそこで参拝したりする、建物も守屋神社と比べて非常に大きい。

そんな大きい神社があるのにも関わらず、守屋神社に来てくれる人間は後を絶たない。孝明さんの人柄の賜物だろう。

……これ以上他人の家の事情の話題ってのも良くないな。話題を変えよう。

「そういや、もう少しで修学旅行だな」

「あと1ヶ月だしね。プール開き共々あっという間に修学旅行になっちゃいそうな予感がするよ」

「この前から思ってたんだが、プール開きって言うと小学生っぽくて地味に抵抗があるんだが……」

そんな当たり障りの無い会話をしながらオレたちは自転車を走らせ、そう時間も経たず学校に到着した。

オレたちはそのまま駐輪場に自転車を停め、校舎の中に入り自分たちの教室へと向かう。

「あれ、椎名さんだ。なにしてんの?」

オレたちの教室の前の廊下で椎名が壁に寄り掛かり、誰かを待っているかのように立っていた。

……千尋の言う通り、いつもは教室で松尾と話したりしているのが常の椎名が廊下にいるのはたしかに珍しい光景だ。

「守屋と安田……、おはよう。さっそくですまない、守屋、安田を少し借りていくぞ」

「え、なになに。ヤスっちと椎名さんが二人っきりの密談なんて、色々と女の子には喜ばしい展開じゃないの、これ」

「ああ。安田と話すことがあってな。……悪い安田、少し付き合ってもらうぞ」

正直朝っぱらから何なんだ……とは思ったが、椎名がここまでしてオレと一対一で話そうとするのも珍しいことだ。

おそらく真面目な話なのだろう。無下に断る気にはなれなかった。

「んじゃ、屋上にでも行くか。千尋、オレのバッグ頼む」

「はいよー、ゆっくりしっぽりむふふとしてきなー」

オレのバッグを持った千尋はそのまま上機嫌な様子で教室へと入っていった。 ……意味、わからん。

「それじゃ行くか、椎名」

「……すまないな」

椎名と二人並んで屋上へと向かう。オレと椎名が二人で行動するの自体は珍しいことではないので、周りからは特に気にされることもない。

互いに無言で階段を登り続ける。だが、数分も経たずに屋上へと続く壊れた鍵の扉の前に到着した。

椎名が前に出て扉を開ける。古く錆び付いた蝶番から響く金属音と共に扉は開かれ、太陽からの日差しが踊り場まで漏れてきた。

「―――な」

扉の先にあるのは誰もいない。はず、だったのだが。

……そこには、予想外の先客がいた。

「あれ、ヤスっちさん。授業どうしたんですか? それと椎名さん。お久しぶりです」

空色のポニーテールを風に揺らしながら、アイス片手に貯水塔の影に座り込んでる少女。

シュタムファータァが、こちらを珍しい物を観るような目で淡々と言ったのだった。

「シ、シュタムファータァ? お前、もう学校にいたのかよ。なら連絡くれりゃいいのに」

「授業中に言って邪魔になっても嫌ですから、昼休みにでも連絡しようかと思ってました」

「そんな気を使わなくていいっての」

シュタムファータァの額に一発デコピンをかます。妙なところで気を使われてもオレが迷惑だ。むしろもっと他のところで気を使え。

さっきから黙ってこちらを見ていた椎名に今さら気づく。呼び出されたってのに一瞬完全に忘れてた。最悪だ。

「……悪い、椎名。おらシュタムファータァ、オレと椎名、話があんだから少し席外せ」

「うぇ、なんですかそのひどい言い方。人情の欠片もないですね」

シュタムファータァが立ち上がり、拗ねたように屋上を出ようとする。だが、そんなシュタムファータァを椎名は引き止めた。

「すまない、君がいるならますます良かった。安田とシュタムファータァに、話したいことがあったんだ」

思わずオレとシュタムファータァは目をあわせてしまう。オレとこいつに話があるってことは、その内容は十中八九決まったようなものだ。

「おい、椎名……」

頭の中で予想というパズルのピースが組み上がっていく。真剣な表情と、朝、わざわざ教室の前でオレを待っていたこと。

心臓の鼓動が激しくなっていくのを感じる。まさか、アイツ等以外の新たな問題が出てくるのだろうか。

「少し、落ち着こう。安田、シュタムファータァ。とりあえずそこの貯水塔の影にでも座ろうか。この日差しの中は熱くて敵わない」

そう言いながら椎名は一人歩いていく。既にオレとシュタムファータァの表情は"日常"のそれから"非日常"へと変わっていた。

椎名は貯水塔に直接よりかかり、オレは屋上の手すりに寄りかかる。シュタムファータァはさっきの場所と同じ、影の部分に座った。

空気が重い。午前中の心地良い空気は既にここにはなく、通りゆく風が唯一涼しかった。

「まず聞きたいことが1つある。 この間の廃墟群で起きた爆発事故。あれは、お前たちの仕業だな?」

椎名の鋭い目線がオレたちを射ぬく。その目は弓道をやっているだけはあり、思わず吸い込まれるような錯覚に囚われるほどだった。

「……いや、すまない。仕業という言い方は良くなかったな。あれは、お前たちが揺籃を消滅させようとしている"敵"と戦ったから、なのか?」

「どうしてそう考えた?」

明らかに不審な爆発事故に、シュタムファータァという"ファンタジー"のような存在を真っ先に疑うのは理解できる。でも、何故オレまで?

「言いはしなかったが、あの頃もお前の様子には少し違和感を覚えていた。 その矢先にこの事故だ。2人を結びつけても何もおかしくはないだろう」

「……お前、洞察力すごいな……」

イェーガーのときのオレの違和感は千尋曰く「千尋と千春、それと伊崎」くらいしか気付けないだろうと言っていた。

だが、幼馴染みでもない、まだ出会って2年目のオレの些細なその違和感に気づいたなんて、洞察力が凄いとしか思えない。

それと同時に、オレをそこまで気に掛けてくれていたという事実が嬉しくもあった。

「貴方の言っている通りです、椎名さん。私は"セカイの意志"を裏切り、組織より来た揺籃を狙う"敵"をヤスっちさんと撃退し、あの爆発事故はその時のものです」

シュタムファータァが無表情な顔で淡々と告げる。そして眼は椎名を真っ正面から向き合っていた。

「……そうか。シュタムファータァ、お前は結局、揺籃のために動いてくれたのか。……組織を裏切ったんだ。精神的に色々と辛かったろう。……ありがとう」

「ま、まぁヤスっちさんが色々と助けてくれましたから。私だけでは絶対に撃退なんて出来ませんでしたよ」

椎名に礼を言われると、今さっきまでの無表情な顔は崩れ去り、照れたように下を向いてそう言った。

「……そんで、椎名。お前の用って結局なんだったんだ? まさかオレに感じたっていう違和感のことを聞きにきたわけじゃないだろ」

「ああ、ちゃんと理由はある。 だが、その前に今までお前たちに何があったのか教えてくれないか?」

椎名にそう言われ、思わず黙ってしまう。あそこまで話しておいてなんだが、これ以上椎名に話すとあのリーゼンゲシュレヒト2体に椎名が狙われる可能性が出てくる。

友人を巻き込みたくなんか無い。そのために椎名や松尾、千尋には黙っているんだ。

「椎名……悪いが、オレは話したくない」

「安田。このまま揺籃が消えて死ぬのも、お前たちが今抱えてるゴタゴタに巻き込まれて死ぬの……その2つに何の差がある?どんな差がある?」

「……それは」

何故だかはわからないが、椎名の言葉を聞いてふと、オレがイェーガーと対峙したときに言った言葉が頭を過ぎった。

「……『抗う術があるのに、やらないなんて選択肢、オレにはない』」

「そういうことだ。やれるのだからやっておく。それに人間いつか死ぬ。怯えて"生きられるチャンス"まで逃したら本末転倒だろ?」

椎名が珍しく微笑を浮かべて、こちらを真っ直ぐに見てそう言った。

「だから、教えてくれ。……それと安田、あまり一人でそう考え込むな。友人くらい頼れ。ただでさえお前、他人と話したがらないんだからな」

「わかったよ。それと最後は余計なお世話だ。自覚してるっての」

ふと座っているシュタムファータァに目が行く。なぜか、オレと椎名を凝視していた。

「……なんだよ、シュタムファータァ」

「いえ、仲良さそうだなーと思いまして。深い意味はないです」

思わずさっきの千尋の発言を思い出してしまう。まぁシュタムファータァの発言には深い意味はない……んだろう。きっと。

「照れるな」

「照れねぇよ照れるなよ」

椎名のアホ発言にツッコミを入れる。この男、時折意味不明な爆弾発言をすることがあるのだ。

周りにオレたち以外の人がいなくてよかった。こんな話題、千尋の耳にでも入ったら色々とマズくヤバいことになってしまうのが眼に見えている。

「さて、それじゃあずいぶん遠回りしてきたけど、椎名。お前の話を聞かせてくれ」

和み始めていた空気が一瞬で張り詰めたものとなる。ようやく、ようやく椎名の話を聞くことができる。

ある意味聞きたくもあるが、聞きたくもない。これ以上厄介事が増えるのは正直嫌だが、逃げていても仕方ないのだ。

「……昨日、リーゼンゲシュレヒトに会ったんだ。海で倒れていて、病院に運ぶなと言われたから今は主将の家に預かってもらっている」

「リーゼンゲシュレヒトだって!?」

ヴァイスとシュヴァルツの二体に加え、また新たにリーゼンゲシュレヒトが出てきたというのか。

ひどい絶望感がオレの心を埋めていく。たった二体のリーゼンゲシュレヒトに対する対抗策も思い付かないのに、これ以上敵が増えて勝てるわけが……。

「椎名さん、そのリーゼンゲシュレヒトの名前は?!」

シュタムファータァが椎名に掴みかかるかのような勢いで問い掛ける。オレも黙って椎名の言葉に耳を傾ける。



「リーゼンゲシュレヒト・エーヴィヒカイトと。名刺らしき紙には……そう書いてあった」



「シュタムファータァ!たしかそいつって……!」

「ええ。私の友人であり保護者のような人で……セカイの消滅に反対する派閥"保守派"のリーダーにして、最強クラスのエクスツェントリシュです!」

前にシュタムファータァから少し聞いた"エーヴィヒカイト"という名前のリーゼンゲシュレヒト。

非常に強い力を持ち、"セカイの意志"という組織の中で、セカイ消滅に対して反対するリーゼたちのリーダー。

そしてシュタムファータァの保護者で、友人で……兄のような存在だったと聞いた。

そんなヤツが、この揺籃に来た。いや、来てくれた……?

「だから今日安田に話して、シュタムファータァと一緒に来てもらえるよう頼むつもりだったが……今の状況だ。早くした方がいいかもな」

「ああ、いくらシュタムファータァの友人だからって協力してもらえるとは思わない方がいいしな。真意を確認する必要がある」

「だったら、今からでも行かせてくれませんか!」

オレもシュタムファータァも興奮を抑えきれない。今まで敵か中立しかいなかったリーゼンゲシュレヒトの中に、ようやく協力してくれるかもしれない存在が現れたのだ。

今すぐエーヴィヒカイトのところに言って、真意を確かめたい。今はそれしか考えられない。

「シュタムファータァ。1つ聞いておきたいことがある」

「な、なんですか……?」

興奮しているシュタムファータァとは対照的に、椎名はどこまでも冷静な男だった。そして椎名の口から発せられる言葉。


「エーヴィヒカイトが仮に敵としてお前のところに来たとしたとき、そんな仲が深い存在であるヤツを斬ることが本当にできるのか?」


その椎名の言葉は、シュタムファータァの心の決意の部分に深く突き刺さるものだった。

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