創作発表板 ロボット物SS総合スレ まとめ@wiki

機神幻想Endless 第三話 覚醒者 前編

最終更新:

Bot(ページ名リンク)

- view
だれでも歓迎! 編集
語り部:君嶋悠

人類の歴史を刻む暦が、西暦から統合暦に名を変えてから百年。
そして、僕の祖先が地球から月の大地に根を生やして数百年余。
先達の尽力の甲斐あって、月の大地にも生物が自然発生する程度の緑の星になっていた。

だと言うのに人類発祥の地、地球は百年前から絶え間無く戦火を拡大させていた。
それ自体が悪い事とは言わない。それが人の性であり、業であり、営みなのだから。
ただ僕の様な月人からすれば、随分上手いやり方をしていると思ったのさ。

例えば、地球全土が戦場になっているにも関わらず、変えの利かない地域は百年間無傷だったり
毎日、戦火に呑まれ無数の命が朽ち果てているにも関わらず、地球の総人口は上昇傾向にあるとか
月特有の戦力だった筈のエーテルナイトや、エーテル兵器を独自で開発し実用化させたとか
実に吃驚だよ。彼等のやっている事を本当に戦争と呼んで良いのか疑わしいものだけれどね。

まあ、地球での出来事だから賞賛もしないし蔑視もしない。受容もしれなければ拒絶もしない。
何故ならそれは他人の食事、睡眠、情事に賛否を示す程度には無意味で、無粋な事だから。

なので君嶋は平和を説く事も争いを止める事もしない。ただ時代の流れに沿って歩むだけ。
君嶋が自らの意思で動くとすれば、人類の営みを脅かす自然を含む人外を排除する事のみ。
旧二十世紀末に人間社会を襲った大崩壊。自然の猛威の前には、ただただ無力でしかなかった。

そんな過去の屈辱を教訓として記憶に刻み、君嶋は何千年もの間、人を襲う全てを排除し、人間社会を見守り続けて来た。
だから、人間同士で傷付け合った結果、人類が滅亡したとしても君嶋は何の痛痒も感じない。
どんな結末だろうと、人の手によって導かれた物ならば、それが運命だったというだけの事だからね。

なので地球人達は何の心配もせずに、隣人と殺し殺され、滅ぼし滅ぼされしていれば良い。
人の手による始まりと、人の手による終末。それを見守るために僕は地球にいるのだから。

だけど、地球で戦う全ての戦士達よ、いつか必ず気付いて欲しい。
この星には様々な生命が息づいているにも関わらず、異能の力が脆弱な人間にしか宿らなかった事の意味を。
向けるべき矛先は同族では無いという事を。思い出して欲しい。この力は先人が生み出した最後の切り札であるという事を。

尤も、大口を叩いた所で、僕に何か大きな事が出来るわけでも無い。
所詮、君嶋悠は地球で書生としての立場を満喫している放蕩者でしか無いのだから。
戦争ばかりの地球で満喫出来るのかと思うかも知れないけど、意外と上手く、治安と秩序が維持されているからね。
余程、迂闊な事をしなければ至って安全な星なのさ。僕としては、これを戦争と呼んでやる気も無いしね。

あんまり地球の内情を語ると、内政干渉だと顔を真っ赤する人がいるから、そろそろ控えさせてもらうよ。
僕の故郷、月は商人の世界。地球は良いお得意さんなんでね。あまり怒らせるような事はしたくないのさ。

だから、僕の事は遥か古来から続く、商家か何かの放蕩息子とでも思ってもらえると何かと助かるかな。
様々な事象が複雑に絡み合う世で物事を為そうとする時は、目立たぬ莫迦者でいる方が何かと好都合なんでね。
それに放蕩息子と言われても否定は出来ないしね。書生としての立場にある僕の専攻はエーテル工学。
月の書生等が聞いたら十中八九、嘲笑うか、憤慨するか――まあ、良い反応は返って来ないだろうね。

生命や物質、大気等に含まれるエーテルを加工し、資源として活用するようになった先駆けは月人さ。
最初から生命の生まれる条件が揃っている地球と違って、月は何も無い、無の世界。だけど、何も無いが故にエーテルの埋蔵量は地球の数十倍。
何も無くても潤沢なエーテルがあれば、僅かな知識を混ぜ合わせるだけで、無の世界を緑と青の星にするという奇跡だって不可能じゃない。
だけど、その奇跡を起こさないといつまで経っても無の世界のまま変わりやしない。
そんな経緯もあって、エーテル工学の発展こそが僕等、宇宙人の生命維持にとって必要不可欠な事だったってわけ。

そうする必要の無かった地球のエーテル技術なんて、僕等にとってみれば化石みたいな知識で、学ぶ意味も無いんだよ。
だから、月に限らず地球外の人達が僕の事を知ったら、口々にこう言うだろうね。

――何のために地球へ行ったのか?

真意を知られても困るだけなので、留学という名の観光って事って答えているのだけどね。
取り合えず今は莫迦者と思われておくのが好都合……彼らが、この戦争ごっこを続けていられるのも後僅かなのだからね。


※ ※ ※



「ここは……」

閼伽王が目を覚まして放った第一声はそれだった。
平天井に布クロスを張り付けられた壁、引き窓の前にかけられたカーテン、清潔感のある真っ白なベッド。
壁や天井には穴一つ無く、ベッドやカーテンには染み一つ無く、解れても、破れてもいない。

「どこだ? つーか、何でこんな小綺麗な所で寝てるんだ、俺はよ」

使える物は徹底的に使う。使えなくなったら直して使う。それが閼伽王の住む世界、セブンスの掟だ。
時代から置き去りにされ大海に隔離されたセブンスには物が無い。そして、物を作る技術も殆ど無い。
三年間もそういう世界にいた閼伽王にとって、何もかもが綺麗に整った空間という物は却って落ち着けないでいた。

「気が付かれたようですな」

閼伽王がどうしたら良いものやらと思案していると、閼伽王が寝かされていた個室の扉が開き
その向こう側から白衣に身を包んだ白髪の中年男性――人の好さそうな笑みを浮かべた医師が現れた。

「ああ……アンタは医者か? 此処は……病院?」

「ええ。覚えていませんか? 貴方はスクレイル帝国の人間狩りと戦っている最中にエーテルを消耗して倒れたのですよ」

「帝国……人間狩り……ああ、成る程。そういう事か」

閼伽王はドクターの言葉を口の中で反芻して、漸く、意識を失う前の事――
ベアトリスの説得に失敗した挙句、撃ち落とされた事を思い出し、口の端を吊り上げ、皮肉ったような笑みを浮かべた。

「思い出されましたか?」

「ああ。俺は負けたんだったな……で? これからは帝国の狗になれば良いのか?」

「グフッ……ブワーッハッハッハッハァッ!! 共和国の本土で帝国の狗になるたぁ面白い発想だなぁ!!
ぐひゃひゃひゃひゃ!! そりゃあ、傑作だ!! 愉快過ぎる発想だぞ、貴様ァーっはっはっはっはっは!!」

唐突に温厚な声で喋る医師の声が野太く、品の無い声に変わり、閼伽王を指差して腹を抱えて笑い声を張り上げた。
人を小馬鹿にしたような不快な笑い方だったが、医師の変わり様に閼伽王は怒る事も出来ず唖然とした。

「あれだけ大暴れしておいて、聞き分けが良過ぎるにも程があるわぁーっはっはっはっはっは!!」

「何なんだ、お前は?」

格好からして目の前に居るのは医師で、此処は病室なのだろうという事は十中八九、間違い無い。
だが、誰の目から見ても、まともな医師で無い事も間違い無い――少なくとも閼伽王にとっては、そう感じられた。

「分からんか? 分からんか? 俺様は貴様の命の恩人だぞ? 恩人の顔を忘れたかーーッ!!」

医師は貧相な身体を捩り、無い筋肉を無理矢理盛り上げようとポーズを取る。

「アンタみたいな濃い奴なら忘れようがねーよ。つか、骨と皮しか無い身体で、そんな事やっても滑稽――」

「骨と皮ァ……? ハァッ!!」

医師の一喝と共に貧相な身体が一気に膨張し、その身に纏った白衣が弾け飛び、鍛え上げられた小麦色の筋肉が現れた。
そして、医師の顔が頂頭部の中心から二つに裂け、中から長く反り返った輪郭、二つに割れた顎が露になった。
大きな笑い声に相応しい巨大な口、図太い眉毛に鶏冠の様に立派にそそり立つ金髪のモヒカンの男。その名も――

「うっぜぇッ!!」

モヒカン男が口を開くよりも、閼伽王の中の何かがキレる方が早く、怒声と共に放たれた拳がその鼻っ柱を叩き潰した。

「何しやがる!?」

「妙な変装してんじゃねぇ! つーか、寝起き早々にテメェの顔はウゼェんだよ! ぶん殴られてぇか!!」

「ああ!? ぶん殴った後に言ってんじゃねぇ、辺境未開の野人が!! 俺様を誰だドゥフ!?」

モヒカン男が言い終わる前に閼伽王の拳が、その無駄に巨大な鼻っ柱を再び叩き潰した。

「テメェなんぞ知るか! 潰すぞ、ボケが!!」

「もう二回、俺様のプリティな鼻が潰されたわ! 俺様はヴィルゲスト共和国三〇八号国境警備隊長で!
A級エーテル能力者で! 貴様の命の恩人で! 大尉で! ワーグナルド・ミッテルシュナウダー様だぞ!」

「何だって……?」

鼻腔から滝の様に鼻血を流しながら怒鳴り声を上げるワーグナルドに三発目の鉄拳を叩き込み
病室の壁に叩き付けた所で、閼伽王は拳を振り抜いた姿勢のままで呆然とした表情で呟いた。

「俺様のプリティな鼻がって言ってんだろうがぁああああ!!」

「んな事ぁ、どうでも良い!!」

閼伽王は怒声と共に右足を振り上げ、弾丸の様に飛翔するワーグナルドの顔面に足裏を叩き込み、その巨体を床に転がす。
だが、その行動とは裏腹に閼伽王は、大人に叱られる寸前の悪戯小僧の様な、決まりの悪そうな表情を浮かべていた。

「アンタが俺の命の恩……人?」

「そうだ」

「共和国の軍人?」

「そうだ!」

「じゃあ、ここは共和国なのか?」

「さっきも言ったわぁぁぁぁッ!!」

ワーグナルドは叫び声と共に常人の頭並に巨大な拳を渾身の力で、閼伽王の頂頭部に振り落とした。

「テメェの登場の仕方がウザ過ぎて忘れたァッ!! つーか、命の恩人ぶん殴ったんだぞ!? 普通にビビるに決まってんだろうが!!」

閼伽王はワーグナルドの拳を掻い潜り、疾風迅雷の如く右膝を跳ね上げ、ワーグナルドの股間を貫く。

「あッ……!? ガッ……!! ホオオオアアアアアアアア……オアアアアア!!」

エーテル能力者にとってエーテルの伴わない攻撃など、ただのじゃれ合いに過ぎないが、阿の場所だけは関係無いらしい。
モノを潰されたワーグナルドは顔面蒼白で白目を剥き、両手で股間を押さえて、奇声を発しながら病室を転げ回った。

「き、貴様ァ……命の恩人に対して、何と言う仕打ちだァ!?」

「だから、さっきから悪いって言ってるだろうが」

「初耳だ!! 俺様を誰だと思っていやがる!! 俺様はッ!!」

「男だろ。細かい事を気にすんなよ。何でも良いけどよ、その共和国の偉いっぽい軍人サンが何の用なんだ?」

いきり立つワーグナルドに混乱の溶けた閼伽王は肩を竦めて、毒気の無い笑顔を浮かべた。

「チッ……まあ良いだろう。助けてやったのは貴様が撃破した陸戦騎の回収するついでだ。つ・い・で・だからな!!
ついでだが、貴様には共和国に協力してもらう! 俺様は貴様の命の恩人様だぞ!! 拒否はさせんからな!!」

「協力しろってんなら、別に拒否るつもりはねーよ。元々、あのマシンを餌に共和国に取り入って、帝国を叩き潰しに行くつもりだったんだからな」

「帝国を叩き潰す……だァ? B級程度の貴様がァ? 帝国をォ? 叩き潰すゥ? 野良の分際でこいつは傑作だ!
貴様、気に入ったぞ! 俺様の三〇八号国境警備隊で存分に働くんだなァ!! 帝国を叩き潰す機会をくれてやる!!」

そして、ワーグナルドは大きな笑い声を響かせながら、病室から去っていった。

「結局、アイツは何をしに来たんだ……?」

嵐が去ったかの様に静まり返った病室で、閼伽王の疑問に答えられる者はいない。
何故なら、当の本人ですら何のために閼伽王の病室を訪れたかを忘れているのだから。
それから程無くしてから、本物の医師が閼伽王の元を訪れ、簡単な診断と、共和国での身の振り方について説明を行った。
結論から言えば、共和国の軍に籍を置く事と引き換えに、命以外は何の不自由も無い生活が提供される事が約束された。

「さーて、久々に都会の空気でも吸うかなァ!」

エーテルの急激な消耗で、意識を失った以外は特に何の異常も無し。
医者から健康その物であると太鼓判を押されて開放された閼伽王は、数年ぶりに触れる現代文明に意気揚々と声を張り上げ
久々に着るシャツに若干の煩わしさを感じながら共和国の街へと足を向けた。

(つーか、あのケツアゴのモヒカン、軍服以外にもマシな服を用意しとけってんだ……これじゃあ、目立って仕方がねェぜ)

この日、閼伽王が収容されていた病院のすぐ側に広がる文教都市では、大規模な合同学園祭が催されており、多くの人間が大通りを行き交っている。
ただでさえ学生が往来する平和な場所にも関わらず、物々しい軍服に身を包んだ姿の閼伽王の姿は嫌でも人目を引いていた。
そして、折角目立っているのだから何かしようかと行動に移す間も無く、人波に飲み込まれ何処ぞの学校へと流されて行った。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
ウィキ募集バナー