薄闇の森を、剣戟の音が駆ける。
一振りの剣と、一本の槍が、やや寄り気味の間合いで交差し、弾けた。
二合、三合と回数を重ねるにつれ、両者の間隔は徐々に詰まってゆく。
そして、剣が打ち、槍が打たれる――攻め手と受け手という、明白な概念が生まれる。
「これで、終わりだッ!!」
その関係性も、間もなくして解消された。
繰り出された剣が、槍の存在を感じ取りつつも、速度を殺すことなく一気に振り抜かれる。
軽薄な金属音をともない、槍はその身半ばで真二つに折れた。正確には、剣によるあまりにも鋭い一閃が、槍を両断したのだ。
「ぐぅっ!」
半身を失った槍を握り締めた男の胸に、刃が突き立てられる。剣は身を捻り、噴き出す鮮血に乗るように勢いよく引き抜かれた。
男の身体が、重力赴くまま呆気なく地に伏せる。その顔は、たちどころに土気色を帯びていった。
剣を持った男は、得物から大量の血糊を滴らせながら、無機質な表情で敗者を見下ろした。
「……名前は?」
突拍子のない勝者の問いに、敗者は苦痛に歪む顔をさらに別な方向へ顰める。
「ふん……ふざけた、野郎、だぜ……、
……まぁいい、教えて、やる……俺の名は、し、シノン。“神射手”シノン、だ……」
勝者は、頷くような動作を取った。何に納得したというのか。シノンに解ろうはずもない。
なおも血は流れ、彼の周囲は一面が血の海と化してゆく。
「何か、言い残したことは」
「けっ……弓さえあれば、お前ごときに……ゲフッ」
「…………」
血反吐を吐き出し、男は静かに眼を閉じる。長く延びた髪が血に塗れ、赤一色に染まった。
一呼吸の後、剣が振り下ろされる。刃は肉を裂く不快な音を立て、シノンの首を切断した。
生首は噴水を上げながら血の湖を転げ、ひとしきり中身を吐き終えると、まもなくして有機物の塊と成り果てた。
闘いに勝利した男は、眉ひとつ動かさず、得物に塗りたくられた血糊を振り払う。
しかしすべてが取り去られる筈もなく、高潔な輝きを放っていた刀身にその面影は薄い。
とはいえ、彼の行為は、決して剣の意匠に背くものではない。
この無為に満ちたゲームの只中にあってなお、彼にはたしかな信念がある。
どんな窮境に立たされようと、それは決して譲ることができない。
「カチュア姉さん……」
この島にある、絶対に失ってはならない存在、カチュア=パウエル。
……否、ベルサリア=オヴェリスとするのがより適当か。もっとも、彼――デニム自身がその名を好んで用いることはないが。
彼女は、義理の姉であると同時に、王位の正統な後継者。ヴァレリアの荒廃した秩序を正す、最大の鍵である。
これまで彼は、バクラムの横暴を除くべく、彼女と共に闘った。そして遂には、戦乱の世に終止符を打つことに成功したのである。
これからは、王女ベルサリアのもと新たな秩序を築き、すべての人が“ヴァレリア人”として自由に生きられる社会を……。
そんな国づくりをすすめる最中、事件は起きてしまった。
王女が消えたいま、ヴァレリアで何が起こっているか。想像することは、あまりにたやすい。
覇王の継承者の登場により抑えられていた、水面下での民族間摩擦が、堰を切ったように再燃し、瞬く間に戦争に発展するだろう。
出来上がりかけていた一枚岩の崩壊を知れば、なりを潜めたローディスの騎士団も黙っては居るまい。
その後のことは……考えたくもない。
彼は、守らねばならない。一刻も早く“王女ベルサリア”を復活させなければ、ヴァレリアの明日は暗い。
されど、彼とて、人の子であることに違いはない。
祖国の危機といえ、見ず知らずの、罪のない者を手に掛けることが、許されるというのか。いや、そんなことはない。
たとえば、いまも感じている。たしかな罪悪を。覚えている。肉を切り裂く、鈍い感触を。
彼が敗者の名を訊ねたのも、犯した罪を意識し、その行為を胸に刻み込んでおくためだ。
彼は弓を得手とすると言った。不得手なものを用いるしかなかった相手を、自分は容赦なく襲った。
この状況下、騎士道精神がどうとか言うつもりはないが、卑怯な勝利であったとも自覚している。
自分は、罪深い。人でなしと謗られたとて、反意を示すつもりはない。事実、徳を逸しているのだから。
それでも、立ち止まることはできない。身体中を震わせる焦燥を、手にした剣にぶつける以外の道は、見つからない。
『大義のためならば、鬼になりましょう――――』
過去、彼自身が立てた誓い。
ヴァレリアを真の秩序に導くという“大義”を果たすためなら、取るべき手段は選ばないと。
他者を蹴落とすことも止むを得ないことと、自らに言い聞かせて生きてきた。
必要とあらば、かつての友を斬り捨てることにも、覚悟を決めた。
現実とはならなかったが、姉が暗黒騎士ランスロットの手に落ちた際、それを斬ることすら腹を括ったのだ。できないはずがない。
手にした剣――セイブザクィーンを仕舞い、デニムはシノンの生首を静かに取り上げた。
両手を真っ赤に汚しながら、取り付けられた首輪を調達し、また慮りながらそれを地面に置く。
そして再度剣を抜き、近場の茂みを豪快に丸ごと刈り取ると、自然体を装うように遺体を隠した。
勿論のこと、悪戯心や、辱めの意味などで首を刎ねたわけでは、決してない。
この忌々しい首輪を調べあげ、脱出の糸口を掴もうとの意図だ。
参加者を殺しつつ、別の打開策を求めるなど、まったくもって矛盾した行為である。
しかしながら、彼には時間がない。目的を素早く果たすためには、幾許かの保険が必要なのだ。
――そして“保険”が利かなかった際の覚悟も、当然しているつもりだ。
カチュア=パウエルの優勝。意味するところは、他五十名の死亡である。
素人も殺めた。仲間すら、斬ってみせた。それでも、あと一人足りない。
デニム=モウン。四十九人斬りを果たした後に残る、最後の“参加者”。
これの命を絶たなければ、カチュアの優勝は完成しない。
――――彼は、彼自身に問いかける。自分は、自らの命を絶てるのかと。
『おのれを棄てろ……大義のための礎となれ……――』
思い出されるのは、父の今際に吐いた言葉。
あの日。デニム=パウエルが、デニム=モウンになった瞬間。
自らがウォルスタの民でないと明かされたときから、彼の闘いは“ウォルスタの勝利”から“ヴァレリアの自由”へ大きく昇華した。
その責任を、ときに重荷と感じたこともあった。
しかし、そんなものより遥かに大きな使命感は、いつしか彼の生きる糧となっていった。
この大義のためならば、命を賭けることも厭わない。そう思えたのだ。
『おまえは、次の世代のために道をつくるだけでよい……それを、忘れるな……――』
もとより、王の仕事は全部、彼女ひとりに押し付けてきたのだ。自分が居なくとも、彼女は立派に王たれる。
それに、方々へ散った仲間たちも、有事にはかならず力を貸してくれるであろうと信じている。
自分は、王女の消失により消えかかった道を、もとの通りにしてやれば良い。それだけで、充分なのだ。
――――彼は答える。
“足りないなら、殺してみせよう。いまさら、何を怖れることがある”
【C-6・森/一日目・朝】
【デニム=モウン@タクティクスオウガ
状態:健康
所持品:セイブザクィーン、壊れた槍、首輪、不明×2(確認済)
基本行動方針:カチュアの生存確保
第一行動方針:カチュアとの合流
第二行動方針:その他参加者の排除
第三行動方針:脱出法の模索
第四行動方針:脱出が不可ならカチュアを優勝させる
最終行動方針:カチュアをヴァレリアへ帰還させる
備考:グッドエンド直後】
【シノン@ファイアーエムブレム暁の女神 死亡】
【残り49人】
最終更新:2009年04月17日 01:06