「ハァ…ハァ…」

息を切らせつつ、だが構えは解かずに目の前の青年を見据える。
青年は付いたばかりであろう返り血を全身に浴びた体で
騎士剣を携えながらこちらの様子を窺っている。

(この人…悲しい目をしている。)

何故かそんな考えが、ふと頭を横切った。


事の始まりはティーエが目を覚ましたときに、そう遠くない場所から
響き渡る確実に誰かが争っているであろう喧騒に気づいた時である。
彼女は真っ先に強くだが強いゆえに周りに敵を作りやすい
性格の人物の事が思い浮かんだ。

リチャード?…まさか彼だとは思えないけど、もしかしたら誤解を
与えてしまったのかもしれない!」

彼女も戦場を越えてきた人間である。
下手をすれば確実にどちらかが命を落とすであろう状況なのは
容易に想像できた。が、そこに何も持たずに飛び出していけば
今度は逆に自分の命を失いかねない。
心は焦りを覚えつつも自分の命を守るため、そして出来れば
争いを止めて双方の命も守るために支給された武器を確認する。

「レイピア…良かった、これなら私にも十分扱える。」

彼女はレイピアを携えると支給されたものの確認もほどほどに
争いの場へと駆け出していた。
だが、気づけばいつのまにか先ほどまで聞こえていた喧騒は消え、
辺りは静まりかえっている。

「そんな…お願い間に合って!」

願いは儚く消えることになるのは理解できていた。
辺りには誰かが流したと思える血の鉄臭い匂いが充満してきていたのだから。
それでも彼女は素直にそれを受け入れることが出来ずに、
半ば叶う事のない願いにすがる気持ちで駆け続けていた。

だが、それを嘲笑うかのごとく血だまりが彼女を出迎えた。

「…そんな…」

まだ出来立てだったからこそ見つけることの出来た血だまり。
念入りに周囲を探索し決定的な事実。隠されていた誰かの死体も発見した。
それは彼女の知っている人物とは一致しなかったが
彼女にとって自分が間に合わなかった事、
そしてこのゲームに乗った人物が居た事という事実が圧し掛かってきた。
不意に喉元までせり上がってきた嗚咽に耐えられずにその場にしゃがみこんだ時に
不意にその青年は現れたのである。


「女性か…だけど僕は!!!」

少しの言葉を洩らすとその青年は間髪要れずにティーエに切りかかってきた。
それを前方に転がる形でかわすとティーエは青年に向き直り構えを取る。

改めて見たその青年は全身に明らかに先ほど付いたのであろう鮮血を全身に
浴びたその姿は先ほどまでここで争いを繰り広げ、其処にいた人物を
殺害したのが彼である事を明らかにしていた。


咄嗟の攻撃をよけるために切れた息を整えながら頭をよぎった
考えを振り切れずに青年の事を見据えながら告げる。

「あなたは何故こんな事に乗ってしまうんですか!」

万感の思いを込めて青年に向けて叫ぶ。

「あなたには関係のない事です…ですが、これだけは言っておきます。
僕は全てが終わったときに自分だけが生き残る気はありません。」

その答えには確かに嘘をついている気配はない。
ならばその答えの意図は簡単だ、彼は最後に自分の命すら捨てる気でいる。
だからこそ、その答えを素直に受け止める事はティーエには出来なかった。

「あなたは誰かの為に命を捨てる気なのですか?…なら!
こんな方法じゃなく別な方法だって、きっと!」

誰かを救うために誰かを犠牲にする。
自分が見てきた戦争ではこの非情な決断は
ある意味仕方のない選択の一つだった。
だけど、今この場所でたった一人の悪魔の為に皆が殺し合いをする必要はない筈だ。
その悪魔が最後まで約束を守るかだって分からない。
ならば皆で協力する事こそが今一番自分達がするべき筈の事。
だからこそ、たった今過ちを犯してしまったこの青年の事も彼女は
救おうと願い思いを必死に口にする。

「もう止めにしましょう、僕がこれ以上あなたと話す事はないですから…」

青年の答えは非情だった。
彼はすでに少ない望みだろうと可能性のある方にその望みを託しているのである。
青年は構えを取り直しティーエに話の終わりを告げる。

「あなたは…愚かです…」

青年の気持ちは分かる事である。
彼には自分の命より大事な何かがあり、
それを守るためにも誰かを守ろうとしている。
自分にだってかけがえの無いものはある。
国の事、民の事、仲間の事、だからといって彼を肯定する事はできない。
ティーエは構えを取り悲愴な面持ちで青年に応じる。


ティーエが構えるのを見ると青年は何かの思いを振り切るかのように
ティーエへと向かってくる。
ティーエの持っているレイピアで青年の剣を受け止める事は自殺行為である。
受け止めようとした途端に刃は折れ、その体に凶刃を浴びる事になってしまう。
だからティーエはその剣を受け流すしかない。
青年の決して軽くない一撃を必死に受け流しながらティーエはある瞬間を待っていた。
青年にはティーエに告げた言葉とは裏腹にどこか迷いを振り切れていない様子があり、
攻撃にはどこか焦りが見えていた。
だからこそ受け流す事ができていたのである。

ティーエの言葉は青年の考えを変える事は出来なかったが、
青年に迷いを生むことは出来ていたのである。

勝負を焦るあまり大振りになった攻撃を受け流したとき、
青年はその勢いを殺しきれず少しだけよろめいた。
その一瞬をつきティーエは青年の肩に刃を突き立てた。
何か妙に抵抗する感覚があったため青年が武器を落とす程の
傷を負わせるまではいかなかったが、
勝負を決する事はできた。
肩を押さえ、その場に跪く青年から刃を離し
ティーエはもう一度青年に話しかける。

「…私はあなたを殺しません。お願いです、あなたが奪った命は戻りませんが
誰かのために誰かの命を奪うような哀しい事は止めてください!」

思いを必死に言葉に込め、先ほどまで自分の命も奪おうとした相手にも
決して説得を諦めようとはしないティーエ。

不意に青年が声を上げた。

「…だからといって!僕は諦める事はできない!国を、そして姉さんを!
ランスロットさんやウォーレンさん達の思いを!」

青年は叫びながら血を噴出す傷を無視して強引に剣を振り回す。
突然の出来事にティーエは咄嗟に剣を受け止める事はできたが、刃は折れ曲がり
そのまま勢いに飲まれて弾き飛ばされ近くの木に叩きつけられる。
青年はその様子を一度、横目で確認したあと何処かへと駆け出してしまった。

「…うぅ、ま、待って…」

その言葉は空しく森の中に消えていく。
ティーエもまたその言葉を搾り出すと共に意識を失っていった。


駆けながら青年、デニムは考える。

(…僕は何をやっているんだ、あれほど自分に言い聞かせたはずだ
ヴァレリアのためなら僕は修羅にでも外道にでもなってみせると…
そのために僕は一度は姉さんすら殺す事を厭わなかった筈だ!
なのに初めて会ったばかりのあの人の言葉で何故ここまで動じているんだ!)

足を止めデニムは振り返る。

(あの人は生きているだろうな、だけど最後のあの様子なら
今戻ればきっと簡単に殺す事ができるはずだ。
…いいさ、あの人が僕を殺人者だと言い触らすなら僕はそうするまでの事だ。
それも言わずにもし次に僕の前に現れたのなら、その時は僕の手で…)

再び向き直り青年は駆け出す。

(僕はヴァレリアの為だけに生きればいい。
それだけでいいんだ、それだけで…)



【C-6・森/一日目・午前】

【ティーエ@ティアリングサーガ】
 状態:打撲(失神中)
 所持品:折れ曲がったレイピア@紋章の謎、不明
 基本行動方針:ゲームを止める
 第一行動方針:青年(デニム)を止める
 第二行動方針:仲間と合流

【デニム=モウン@タクティクスオウガ】
 状態:軽症(肩に刺し傷)、プロテス(セイブザクィーンの効果)
 所持品:セイブザクィーン、壊れた槍、首輪、不明×2(確認済)
 基本行動方針:カチュアの生存確保
 第一行動方針:カチュアとの合流
 第二行動方針:その他参加者の排除
 第三行動方針:脱出法の模索
 第四行動方針:脱出が不可ならカチュアを優勝させる
 最終行動方針:カチュアをヴァレリアへ帰還させる

026 一寸先は闇 投下順 028 死を恐れぬ者
022 2人の王~偶然と誤解~ 時系列順 032 そしてオレは駆け出した...
ティーエ 035 平行線な想い
004 誰も僕を責めることはできない デニム 035 平行線な想い
最終更新:2009年04月17日 08:58