「殺し合いをしろって言われてもねぇ。どーしろっちゅうのよ?」

 ――と森の片隅で少女が途方に暮れながら歩いていた。
血のような赤い瞳、同じ色をした髪は後で束ね上げ、漆黒のボンデージが身を包む。
胸部も腰部も必要最低限しか隠しておらず、衣装の黒よりも肌色の方が多いのだが、
不思議といやらしさは感じない。
何故ならお世辞にも大きいとは言えない、むしろ隆起の確認できない幼児体型の胸が、
色気よりも健康美をこれでもかと主張していたからだ。
彼女の背中には小さな――掌よりも一回り大きい程度の――コウモリのような羽根、
腰からは脚線美と共にスラリと伸びた細い尻尾が生えていた。
そう、この少女は悪魔なのだ。名をエトナという。

「優勝しちゃってもいーんだけど、なーんか人の言いなりって嫌いなのよねー。
アタシってホラ、か弱い美少女だけどさ、何者にも縛られたくない悪魔だしー。
どっかにアタシを縛ってくれるような色男は落ちてないかしらん♪」

 大勢の勇敢な美青年たちに守られるお姫様な自分を想像して「うわ、似合わねぇ」と
セルフ突っ込みを入れた。やっぱり悪魔は縛られるよりも縛る方が似合っている。
 そう言えば一応は我が主であるラハール殿下はどうなったのだろう。
人前で派手に負けたから、今頃は怒り狂っているはずだ。見つけやすいだろうが、
とばっちりも食いそうだから合流は急がない方が身のためだ。
殿下なら放っといても死にはしないだろう。たぶん。

「相手を甘く見た殿下が吹っ飛ばされるのは毎度の事として、あの超魔王がねぇ……。
ヴォルマルフって言ったっけ? どんな裏技を使ったんだか、ちょっと興味あるかも」

 仮にも一時は魔界の覇権を狙った悪魔の一人として超魔王バールくらいは知っている。
というか以前、敬愛する前魔王クリチェフスコイの封印が解けかけていたので、
ラハールたちと別次元まで無謀にも再封印に向かったことがあるのだ。
 結果は惨敗とすら言えない完敗。
調子に乗って持ち上げたところを踏み潰され、四桁しかないHPは満タンから一発でゼロ。
冗談抜きで千回ほど死ねるダメージを受けてペラッペラだ。
ちなみに他の連中は範囲攻撃でまとめてドン。五十回分くらいのダメージで済んだらしい。
あの時は流石に魔界病院の偉大さをしみじみと噛み締めた。ホントよく助かったもんだ。
 そんな規格外の超魔王を正攻法で一発ズガンできるような奴がいるわけがない。
いや理論上は不可能でないとしても初見では無理、それだけは断言できる。
数日程度のやりこみでバールが倒せるかってんだ!
正攻法でないのなら、裏技の正体を突き止めれば勝機はあるはず。こっちも断言できる
その裏技の正体――例えば改造コー(ry


「どーするにしろ、まずは適当に人間でも殺して装備品を整えないとね」

 エトナは悪魔である。人間に対して何の義務も責務もない。あるのは好奇心だけ。
魔界において味方以外の人間は、金とアイテムとEXPを持ったカモにすぎない。
まあ話せば分かる奴も多かったりするが、面倒なので話しかけないのが普通だ。
どうせ人間はいくらでも沸いてくる。死んだらプリニーに転生する。その程度だ。
逆に狩られないように十分に気を付け、隙を見つけてキッチリ狩っていきたい。
なんといっても手元にある武器は貧弱な『手斧』一つなのだ。

 槍の名手として知られるエトナだが、実は斧や銃器も槍と同じく大得意としている。
斧技も一通り会得しているが、手斧で使えるのはブーメランアクスまでだろう。
プラズマ昇天撃などの大技を出したら、衝撃に耐え切れず木っ端微塵は間違いなしだ。
だからとりあえず乱暴に振り回しても壊れない武器、出来れば槍か斧が欲しい。
カモが槍しょってその辺を歩いていないものだろうか。


「お、カモ発見――って、あれフロンちゃんじゃん。運が良いんだか悪いんだか」

 エトナは、何やら前方の木々の間に座り込んで道具を調べている少女を見つけた。
腰まである金髪、頭の上の大きな青いリボン、フリルの付いた白い服に小さな羽根。
後姿だけだが見間違えるはずがない。愛マニアの見習い天使フロンだ。
エトナは彼女に気付かれないよう、ササッと木陰に隠れて様子を伺う。
一応友人であり仲間だ。でも誰にだって会いたくない時ってあるじゃない。それが今。
空気を読めない、いや全く読む気のない彼女にどれだけ痛い目に会わされてきた事か。
殺す気満々の相手に「神の愛について」とかを説く彼女の姿が容易に想像できた。
ハッキリ言って彼女のコントに付き合ってあげる余裕はない。ないのだが――

「……あんな天然ボケボケ娘でも、一応は天使だから回復魔法は得意なのよね。
やっぱRPGの基本は回復手段の確保だし。背に腹は変えられないか……トホホ」

 諦めたように大きな溜息を吐いてから、飛び去ろうとするフロンへと近付いて行く。
できれば声を掛けたくないなーと躊躇している時、それは起こった。

☆  ☆  ☆

 一方、こちらは愛マニアの見習い天使フロン。エトナが彼女を見つける数分前のこと。
早速とばかりに支給品の説明書をチェックしたフロンは鼻息荒く神に感謝していた。

「神様、見習い天使である私に『エクスカリバー』を授けてくださるなんて、
身に余る光栄です。これでラハールさんを苛めた巨悪を討てと仰るのですね。
この聖戦、必ずや御期待に答えて見せます」

 神(?)からエクスカリバーを授かったなら浮かれるのも仕方ないかもしれないが、
キラキラと輝く瞳で天を見つめてブツブツと語る姿は危ない人にしか見えない。

「ところで神様、一つだけ宜しいでしょうか? エクスカリバーとは聖剣だと伝え聞いて
いたのですが――どう見ても『本』にしか見えません。私の修行不足なのでしょうか?」

 感謝の祈りを捧げながら支給品に対する疑問を天に投げかけた。
説明書には『エクスカリバー』と一文だけが書かれているが、どう見ても『本』だ。
なにか海よりも深い秘密でもあるのだろうか。
それとも聖剣というのは間違いで、実は聖本だったのだろうか。
本を手にして何度か振ってみると手に実にしっくり馴染んでなかなか良い。
これで殴れば邪気を祓い、悪魔など一発で昇天させられそうな神々しさを感じる。

「分かりました。この聖本で争いに狂った人々の心を正しく導けと仰るのですね。
お任せください。人々に――あの神をも恐れぬ男にも神の愛を説いてみせましょう」


 天から返事がなかったので、フロンは自分の中で都合良く解釈したようだ。
そしてもう一つの支給品、妙に不恰好なマイクを取り出すと軽やかにスイッチを入れた。
最新式ハンディカラオケ小型スピーカー付きである

 チャンチャンチャラララ チャッチャラーラ♪
 チャンチャンチャラララ チャッチャラーラ♪

「あ、あれれ。ボタンを間違えたかな?」

 聞き覚えのある軽快なイントロが森中に響き渡った。エトナと一緒によく歌った曲。
マイクのスイッチを押したつもりが間違って曲を選択してしまったようだ。
説明書には『参戦作品の全サントラを収録した超豪華仕様』と書かれていた。
何のことかサッパリだが、つい体がリズムを刻み適当な振り付けで歌い出したくなる。

『愛のため息に 縛られてるみたい♪ どんな呪文でも 解けないのよ♪』

☆   ☆   ☆

 フロンへ声を掛けようと手を上げたエトナの耳に軽快な音楽が飛び込んできた。
身に覚えのあるイントロを聞き間違えるはずがない。エトナの持ち歌『愛したげる』だ。
それを目の前のアホ天使は音程の外れた声で愉快に歌い始めてしまったのだ。
天使が何をしたいのか悪魔のエトナには理解できない。

『AH――いま巡り会えた奇跡♪  消えない傷も 深いカルマも♪
AH――愛したげる♪  何処にいても何度でも OH OH♪
ララララララ――――って歌ってる場合じゃなーい!』

 呆然とするエトナにも気付かず、振付け付きで一番を歌い切ったフロンは
間奏の余韻に浸りながら、やっと自分の犯した過ちに気が付いて大慌ての声を上げた。
そうそうとエトナが木の影で力強く頷く。ツッコミに出て行けないのが少し辛かった。

(流石はフロンちゃん。アタシの予想を斜め上にぶっちぎるなんて……)

 さっきは声を掛けようと思ったけどヤッパ無し。出て行っちゃダメ。
今あの子に関わったら、絶対に取り返しの付かないほどの苦労を背負い込む羽目になる。
そう第六感と今までの経験が告げていた。

「マイクのボリュームを最大にしてっと。あー、テステス只今マイクのテスト中。
本日は晴天なりー。まあ一曲分歌ったからテストはもう十分ですね」

 どうやらフロンは歌ったことをマイクのテストと称して自分を納得させたらしい。
こうしている間にも曲は止まらず二番に入っていたが曲を止める気配は一切ない。
そのままフロンはゆっくりと空へと舞い上がっていった。
右手にハンディカラオケ、左手に聖本エクスカリバー、バックミュージック付き。

(あの子、何をする気かしら? なんか嫌なデジャヴを感じたんだけど……)


 完全武装(?)の告知天使は、森の上から周辺に向かって大きな声で呼びかけ始めた。
カラオケの音楽を打ち消すほど音量だ。静かな所なら意外と遠くでも聞こえるかもしれない。

『えー、皆さん。私は天界よりの使者、天使フロンです。争っていはいけません。
既に争いを始めてしまった方は、速やかに戦闘を停止してください。
人類皆兄弟、平和的にいきましょう。皆で力を合わせれば乗り越えられない苦難など
ありません。友人――仲間を信じましょう。神様は仰いました。汝の隣人を愛せよと。
愛を信じ、愛に生きれば必ずや奇跡と共に道は開けます。

(中略)

私達には神様がついておられるのです。さあ、手を取り合って巨悪に立ち向かいましょう。
邪悪な誘惑に負けてはなりません。神様を恐れぬ者には、いずれ神罰が下ります。

(中略)

えー、皆さん。私は天界よりの使者、天使フロンです…………』

 天使は悪魔を置き去りにして迷える子羊たちを導くために飛んでいく。
その誘う先は天国か地獄か、それとも――

☆   ☆   ☆

 呆気に取られて声を掛けそびれた悪魔が一人、ホッと胸を撫で下ろしていた。
あんな大声を出していたら、すぐ血気盛んな人間達に囲まれてしまう。
装備は欲しいが序盤から大乱戦なんて真っ平だ。人間にだって稀に強い奴がいる。
大人数を相手にして無傷で勝てると思うほど自惚れてはいない。
装備も仲間も自分の命を守る道具だというのに、自ら危険を招いては本末転倒だ。
避けられる危険は避ける。必要ない出費も避ける。
何事も倹約の精神が大事、魔王への道は一日にして成らずだ。

「こーいうのは長期戦になるだろうし、無駄な消耗は避けなきゃね。うんうん。
てーことで、フロンちゃんバイバーイ。生きてたらまた会おうね」

 自業自得の危険に付き合うほど、深い友情もなければ愛情も持ち合わせていない。
もしもフロンが手勢を増やしたなら、後から何食わぬ顔で加わればいいだけだ。
そんな事になっても、あの子からは三キャラ分くらい離れて歩きたいけどね。

(愛しているの  愛してないの♪ 
AH――どっちでもいいのよ もう♪  真実なんて 時に幻♪
AH――抱いたげる♪  好きな時に好きなだけ OH OH♪)

 耳に残る音楽に合わせて小声で二番のサビを歌いながらクルリと方向転換すると、
エトナはフロンとは逆方向へ向かって森の中を歩き出した。
危険は人に任せてあげて、利益は自分に任せてもらう。面白ければそれで良い。
そう、この少女は悪魔なのだ。


『次 回 予 告』

ウサギを追いかけて不思議の国に迷い込んでしまったエトナ。
ソシアルナイトやアーチャーに追い回されて、もう大変。
予定も何もあったもんじゃない。それでも伝説の木の下で
告白するために異次元魔境を駆け抜けるエトナ。

ネットワークの海から生まれた強敵・毒電波怪人を
タワーブリッジでKOして現実世界への鍵を奪取したの
だが、それは罠。新たなる過酷な戦いへの序曲に過ぎな
かったのだ。刻々と迫り来るタイムリミット。運命の
らせん階段がエトナの前に立ちだかる!

次回、超魔法少女戦記エトナ
第ニ話『壮絶!? GW明けの模試! 誘惑の海を駆け抜けろ!』

テストの直前って、なんか急に掃除とかしたくならない?
ネットとかゲームとか現実逃避とか…………

【F-3・森/一日目・朝】
【エトナ@魔界戦記ディスガイア】
[状態]:健康
[装備]:手斧@暁の女神
[道具]:支給品(道具・確認済み)
[思考]1:とりあえずフロンちゃんから離れよう。南無南無
   2:適当に弱そうな奴から装備を奪う。出来れば槍か斧が良いが贅沢は敵だ。
   3:優勝でも主催者打倒でも人助けでも、面白そうなこと優先。
   4:ラハールや中ボスが気になるが、特に会いたいとも思っていない。
[備考]:次回予告は本編に一切関係ございません。

【F-4・森(上空)/一日目・朝】
【フロン@魔界戦記ディスガイア】
[状態]:健康、飛行(ゆっくりと東へ移動中)
[装備]:エクスカリバー@紋章の謎
[道具]:マイク型ハンディカラオケ(スピーカー付き)
[思考]1:神の愛を説きつつ、人々の争いを止める
   2:協力者を集める。話を聞かない人はエクスカリバーで殴って黙らせる
   3:ラハールさんやエトナさん達にも協力して貰う
   4:主催者を打倒、もしくは神の教えに帰依させる
[備考]:エクスカリバーは魔道書で、打撃使用するなら普通の本と同じです。
呼びかけは静かにしていれば意外と遠くでも聞こえるかもしれません。
カラオケには参戦作品のBGMや主題歌などが多数収録されています。

004 誰も僕を責めることはできない 006 レンツェンハイマー……
004 誰も僕を責めることはできない 006 レンツェンハイマー……
エトナ 040 アルガスの受難
フロン 007 Vice(不道徳者)
最終更新:2009年04月17日 00:57