新々漫画バトルロワイアル @ ウィキ

越前リョーマVSブラックホール

最終更新:

Bot(ページ名リンク)

- view
だれでも歓迎! 編集
 教会の中、男と少年が言葉を交わしていた。

「なるほど。だいたいの事情は飲み込めた」

 正面奥の壁面にある荘厳なステンドグラスから朝の日差しが差し込み、内部を明るく照らし出す。
 天を仰げばそこには美麗な天井絵が描かれており、立っているだけでも妙な緊張を強いられた。
 壇上へ向かう道には赤い絨毯が敷かれており、その脇にはいくつもの長机と椅子が設けられている。
 そして隅っこのほうにはパイプオルガンと。ここは聖者が集う場所。紛うことなき教会なのである。

 そんな教会に、悪魔がいる!

 黒尽くめの全身に燦然と輝くレスリングパンツ!
 鍛えあげられたガチムチの肉体美!
 胸に描かれし刻印は『BH』!
 頭部に顔はなく、あるのは大穴のみ!
 彼の名は、悪魔超人ブラックホールだ――っ!

「よもや貴様のような小僧が未来の世界から来ているとはな……信じがたい話だが、嘘と断定するには設定周りがリアルすぎる」

 罰当たりにも説教壇の上に腰を置き、どこから発しているかも不明な(口がないので)声を発するブラックホール。
 その正面に立つ、ジャージ姿に帽子を被った少年――越前リョーマはぶっきらぼうな返事を返す。

「別に信じなくてもいいけど」
「いや、信じよう。小僧、貴様はオレにとって未来の人間のようだ」

 ブラックホールは教会の外にいたリョーマを強引に中へ連れ込み、その恐ろしい風貌でもって情報を絞り上げた。
 結果、驚くべきことが判明した!
 なんとこの越前リョーマなる少年……21世紀の日本から来たというのである!

「オレがいた時代はようやくCDが全盛となり始めた20世紀……しかし貴様の住む時代は21世紀。
 さらに高度なDVDなるものが普及する時代とは。フッ、同志ステカセキングに教えてやりたいぜ」

 両者の住まう時代には明確な齟齬があるということがわかった。
 これだけでも驚愕の事実だが、どうやら齟齬はそれだけではないようなのだ。

「21世紀の超人界がどうなっているのか、些か興味があるが……まさか今時の子供が超人を知らないとはな」
「知らないっていうか、存在自体してないんだけど」
「そうか……そこから導き出される結論はひとつ。オレと貴様は別世界の住人ということだ」

 ブラックホールの突拍子もない発言に、しかしリョーマは眉のひとつも動かさなかった。
 まあ、考えてみれば別世界がどうのこうのより目の前の超人のほうがインパクトが強いのだから、いまさら驚きもなにもあるまい。

「フフフッ、そうか異世界か。始まりの場所にはおかしな風貌の奴も大勢いたが、だとすれば頷ける。
 あの鳩山とかいう男、驚くべき力を持っているようだ……我ら悪魔超人の益としたいほどになあ」

 どの口が『おかしな風貌』などと……そう言いたげなリョーマの視線に、ブラックホールは微笑する。
 この少年も出会い頭は大層な驚き方をしていたが、こうやって会話をしているうちに随分と慣れたようだ。
 意外にも肝が座っているのやもしれん――ブラックホールは越前リョーマという少年に少しだけ興味を惹かれた。

「小僧。貴様はこの殺し合いをどう立ち回る?」
「さあ。とりあえずさっさと帰りたいかな」
「戦いを拒否するのであれば、誰かに殺されるかもしれんぞ? そう……たとえば凶暴な悪魔などになァ」

 わざとらしい脅しをかけてみるが、やはりリョーマは動じた風もない。

「ふーん。じゃあ、アンタはあの鳩山って人の言いなりになって殺し合いするんだ?」
「……なに?」

 逆に、挑発的な態度でもってブラックホールにそう尋ねてきた。

「オレが、あの男の言いなりにだと……?」

 リョーマの言葉を受けて、あの始まりの舞台で行われたいけ好かない演説を反芻する。
 思い出すだけで、身がわなわなと震えてきた。

「ふざけるな――――っ!」

 この感情は紛れもなく――憤慨。
 ブラックホールは教会のステンドガラスを破らんほどの勢いで、眼前のリョーマに怒声を浴びせる。

「オレは誇り高き悪魔超人だぞ! それが人間の言いなりになど、なってたまるか――っ!
 このオレに命令できる者がいるとすれば、それは悪魔超人の将たる“あのお方”だけよぉ――っ!」

 悪魔は孤高にして崇高、そして至高なのだ!
 すべての悪魔超人を束ねる悪魔の中の悪魔――“将”と呼ばれたあの人物ならともかく、一介の人間が悪魔に指図など。
 あってはならない!

「そっ。じゃあ、さっきアンタが言ってた正義超人……キン肉マンとかロビンマスクって人と協力してあの鳩山って人をやっつけるんだ」
「……なに?」

 切り返してくるリョーマの言葉に、ブラックホールは一瞬黙り込んで考える。
 殺し合いを拒むということは、つまりそういうことだ。
 キン肉マンやロビンマスクは開幕前にテリーマンをやられた恨みもあるはず。
 正義超人が唯々諾々と殺し合いという命令を受容するはずがない。
 では、ここはそんな彼ら正義超人と手を組むというのも――

「ふざけるな――――っ!」

 論外だった。
 ブラックホールは先ほどよりも大きな声で、戯言をほざくリョーマを怒鳴りつける。

「オレは誇り高き悪魔超人だぞ! それが正義超人……よりもよって、キン肉マンと協力だと!? 悪魔をなめるなよ、この野郎!」
「でも、さっきは殺し合いはしないって」
「前言撤回だバカめ――っ!」

 理不尽な言動にさすがのリョーマも顔を顰めたが、知ったことではない。

「中にはオレと同じ思考に至り、『あんな奴の言いなりにはならない』と戦いを否定する悪魔もいるだろう!
 だがそんなもの、オレに言わせれば協調性が足りないだけのただのひねくれ者だ!
 矜持を忘れたあまのじゃく……悪事を働けと言われて反骨精神から善行を働く悪魔がどこにいる――っ!?」

 いたとしたら、それは悪魔ではない。
 母親に『遊んだおもちゃを散らかしておきなさい』と言われて逆に片付けてしまうアホの子だ!
 とどのつまり、ただ逆らいたいだけの駄々っ子! ガキんちょである!

「そう! オレは人間共を蹂躙し、正義、完璧といった軟弱超人共を根絶やしにする使命を持った悪魔超人!
 誰の指図かなど関係あるか! ここが既に闘うべきリングであるというならば! 誰であろうと皆殺しだ――っ!」

 声高らかに宣言するブラックホール。
 その身に悪魔超人特有の戦意と殺意を纏い、生意気な口を叩く少年を恐怖でねじ伏せようとする。
 しかし、

「でも、ここにはアンタの仲間もいるんじゃないの?」
「…………ッ!」

 リョーマの反論に虚を突かれた。
 確かに……あの場には、同志である悪魔超人の気配があった。姿は確認できていないが、これは間違いない。
 ということは、である。
 ここで殺し合いに乗るということは……共に闘うべき同志とも殺し合うということにほかならない。
 悪魔にも友情はある。潰し合いなどナンセンスだ。そう考えたブラックホールは――

「それはそれ! これはこれだ!」

 誤魔化した。
 ええー……という視線が突き刺さる。
 体裁を整えるべく、ブラックホールは言葉を紡ぐ。

「まあ待て。オレは鳩山の言いなりにはならないが、悪魔としての矜持も忘れない。要はそう言いたいわけだ」
「それ、具体的にはどうするの?」
「オレは悪魔超人だからな。ここが闘争の舞台である以上、正義超人は倒す。人間も邪魔ならば殺す」
「最終的には?」
「この地にいるはずの同志を集め、使命を果たすのみ。鳩山を倒すのはキン肉マンではない。我ら悪魔超人軍だ!」

 ――冷静になって考えてみれば、それは大した話ではない。
 鳩山はおそらく、悪魔超人が嬉々として殺戮を働くことを望んでいるのだろう。
 そう読み取ればこそ、安易な殺戮は働かない。これは鳩山の言いなりにはならないという反骨心。
 だがまったく殺さないというわけではない。必要ならば殺す。有益ならば殺す。気に入らなくても殺す。
 正義超人や人間と協力するなどもってのほか。悪魔は悪魔としかつるまない。
 そして最終的には、悪魔超人を愚弄した首謀者、鳩山ユキヲを倒す。
 なんてことはない。これが悪魔超人として取りうる最もスマートな立ち回りだ!

「ふーん。ま、がんばってね」

 方針は固まった。
 矢先、リョーマはため息をひとつこぼし、ブラックホールに背を向ける。
 その先にあるのは、教会の出入り口だ。

「待て! どこにいく!」
「これから考えるとこ」
「ならばオレが貴様を使ってやろう」

 ブラックホールは去っていこうとするリョーマを呼び止め、そう提案する。

「使命を持たぬ人間の小僧よ。貴様は指針を見つけられず、この地をさまよっていたのだろう?
 悪いことは言わん、我ら悪魔超人の軍門に降れ。ここは貴様のようなただの小僧が生きていける環境ではない」

 リョーマは足を止めこそしたが、その表情は微動だにしない。
 悪魔超人の軍門に降れと誘われ、喜ぶでも怯えるでもなく――無関心。
 そう、まるで『興味がない』とでも言わんばかりの目をしているではないか。

「悪いけど、遠慮してお――」
「気にするな。オレもちょうど小間使いが欲しいと思っていたところだ」
「だから、その気はないって――」
「ええい、人間の分際で悪魔超人に逆らうか!」

 聞き分けのない子供に対し、ブラックホールはついに苛立った。
 見知らぬ土地を歩き回る以上、人間の召使いを一人か二人ほど確保しておくのも悪くない。
 そう思ったからこその誘いだというのに、この人間の小僧は悪魔超人の善意を無碍に断るというのか!
 身の程知らずが!

「どうしても断るというのなら……こうだ!」

 突如、ブラックホールが高く飛び上がった。
 スイマーが飛び込みをするようなフォームで、教会壇上の板張りの床に落ちていく。
 激突する――誰もがそう思っただろうその瞬間、ブラックホールの姿がズズズ……と影の中に飲み込まれた!

「消えた……!?」

 さすがのリョーマも驚愕に声を漏らす。
 ブラックホールの姿が消えた。しかし影は残っている。
 壁面のステンドガラスから照射される太陽光……その太陽光が作り出す影が、怪しく蠢いているではないか。
 いったいなにが起こったのか――リョーマの奇異の視線に晒されながら、ブラックホールを飲み込んだ影はなんと八つに分裂した!
 そのまま床を這い回り、リョーマを取り囲む! 分裂した八つの影が!

「セパレートシャドウ!」

 そしてさらなる驚愕!
 分裂した八つの影からそれぞれ一人ずつ――計八人のブラックホールが出てきたのである!
 影に潜り込んでからの分身の術!
 これぞまさしく、悪魔の為せる技!

「悪魔超人の中でも」
「紳士的と言われたオレだ」
「力づくという手段は」
「望むところではないが」
「従わぬのでは仕様がない」
「このブラックホールの」
「四次元殺法」
「とくとご賞味あれ」

 八人に分かれたブラックホールが一言ずつ言葉を発する。
 リョーマは後退り、ドンッ、と背中を説教壇にぶつけた。
 逃げ場をなくしたリョーマを中央に捉え、ブラックホール×8がジャンプ!


「「「「「「「「8メン(エイトメン)ブラックホールキック!!!!!!!!」」」」」」」」


 罪な子供にお灸をすえるべく、飛び蹴りによる八人同時攻撃を繰り出した!
 中央に捉えられた標的はひとたまりもない。
 セパレートシャドウからの流れで放たれた8メン(エイトメン)ブラックホールキックが、ターゲットを粉々に粉砕する!

「カカカ~ッ。能力が仕分けられているようだからな~っ。思い切り手加減すれば死ぬことはあるまい」

 攻撃を終えたブラックホールたちはまた影に潜り、集合。
 影を一つに集約させてからまた姿を表したのだが、

「――なにっ!?」

 顔面の穴は驚きに輪郭を歪めていた。
 8メン(エイトメン)ブラックホールキックが捉え、粉砕したと思われたそれは……ただの説教壇!
 散らばっているのは木片のみ、越前リョーマの姿はどこにもない!

「まだまだだね」
「ッ!」

 バッと後ろを振り向くブラックホール。
 越前リョーマはそこにいた!
 信じがたいことだが、この少年……分身したブラックホールの包囲から逃れ、攻撃を回避したようである。

 ――ブラックホールは知らない。彼が一流のテニスプレイヤーであることを。
   テニスとは瞬発力が物を言うスポーツ。彼らは常日頃から時速150キロ以上のボールの応酬を体感しているのだ。
   ブラックホールの技がいかに奇抜で相手の動揺を誘おうとも、咄嗟の攻撃に反応できないはずがない。

 もちろん、超人でもない人間、それも子供に技を回避されるなどブラックホールにとっては初めてのことである。
 この回避は彼のプライドを傷つけ、同時に超人としての闘争本能を刺激した。

「このオレの攻撃を避けただとっ!? 貴様、やはりただの小僧ではないな――っ!?」
「青学一年、越前リョーマ……別に、ただの人間だけど」
「嘘をつくな――っ!」
「嘘じゃないし」

 やれやれとため息をつくリョーマ。
 こうなったら是が非でも屈服させ、従えてみせる!
 ブラックホールはリョーマに追撃をかけた。跳躍からのあびせ蹴りが、彼の脳天を狙う!

「やってらんないよ」

 リョーマは低い姿勢で前に駆け、またしてもブラックホールの蹴りを回避する。
 この小僧、悪魔超人の攻撃に背を向けず前進して回避するとは!
 感嘆しながらも、ブラックホールはリョーマの背中を追った。
 そちらのほうが近いと踏んだのだろう。リョーマは教会の裏口から外に出ようとしている。
 いいだろう、どこまでも追いかけてやる!
 リョーマが開け放った裏口の扉をくぐり、太陽が輝く外界へと躍り出た。

 そして、二人がそこで見たもの――――

「テニスコート……!?」

 テニスコートだった。
 縦78フィート、横36フィートのハードコート。
 最近のレジャー施設などでは最も多いタイプのテニスコートだ。

「まさか教会の裏手にこんなものがあったとはな。だが関係ない。小僧、貴様に逃げ場は――」
《テニスコート上に二人の生存者を確認しました》
「ぬっ!?」

 逸早くテニスコートに入ったリョーマににじり寄ろうと、ブラックホールが歩を進めたその瞬間だ。
 どこからともなく機械音声が響き、二人の意識をさらう。
 その機械音はテニスコートの脇、審判台の上に座る人形のロボットより発せられている。

「何者だ貴様!? 名を名乗れ――っ!」
《これよりテニスコートを使ったテニス・デスマッチを行います》
「会話をせんかこのポンコツめ! まずは貴様からあの世に送ってやるわ――っ!」

 ブラックホールが審判台に飛びかかる。
 が、

《この場において暴力行為は違法です》

 パンチが直撃しようとしたまさにその瞬間、ブラックホールの身体は見えない壁によって弾かれてしまう。
 コート上に着地するBH。このロボ超人、バリアのような機能を有しているのか。だとしたら厄介な敵だ。

「ねえ、あれ」

 歯噛みするブラックホールの横で、逃げることをやめたリョーマが審判台とは逆側のコート脇を指で示す。
 そこには奇妙な電光掲示板が立てられていた。

《詳細なルールをお選びください》

 審判台のロボットが告げる。
 電光掲示板には、『デスマッチ』の名を冠する様々なルールが表示されている。

「要するに、オレたちにテニスで勝負しろってことだと思うけど」
「殺し合いをしろと言っておきながら、今度はテニスだと!? 悪魔を愚弄するのもいい加減に――」
《詳細なルールをお選びください》

 ブラックホールの声を遮るように、審判台のロボットが催促をする。
 いますぐにでもぶち壊してやりたいところだが、先ほどのバリア……察するに、あのロボットは参加者ではなく鳩山が用意したものらしい。
 『暴力行為は違法』という発言からも窺えるように、審判気取りのロボットを黙らせるのは不可能なようだ。

「フン。テニス・デスマッチか……おそらく、テニスの試合で敗北したほうの首を刈り取る魂胆なのだろう。
 鳩山に仕掛けたあのテリーマンのようにな。小僧、妙な気は起こすなよ。逃げようとすれば即刻首を飛ばされるぞ」

 リョーマ自身、その可能性には自力で考え至ったようだ。
 いまはただ、じっと審判台のロボットを睨み据えている。

「こうなってしまっては仕方がない。不本意ではあるが、オレもここで果てるわけにはいかないのでな。小僧、つきあってもらうぞ」
「……いいよ、別に」
「よかろう。ならばポンコツよ! オレたちが選ぶのは『イリュージョン・ギャラリー・デスマッチ』だ――っ!」

 リョーマの了解を取ることもなく、ブラックホールは選択したルール名を叫んだ。
 『イリュージョン・ギャラリー・デスマッチ』――そのイリュージョンという響きから、幻影の技を使う自身と相性がいいと踏んだのである。

《了承しました》

 新たな機会音声が鳴り響くと同時、ブラックホールとリョーマの手元にフッとテニスラケットが現れる。
 そして、二人が立つテニスコートの周囲一帯に驚くべき異変が起こった。

《ワァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!》

 テニスコートの周辺は教会が置かれているくらいで他にはなにもなかった。
 だというのに、いまブラックホールとリョーマの周囲一帯には――満員の観客席が!
 ここは両国国技館か! それともウィンブルドンか!? どちらでもない、教会の裏手である!

「バカな! こやつら、いったいいつの間に……いや、それともオレたちが移動させられたとでもいうのか!?」
「たぶん、立体映像じゃないかな」
「立体映像だと!?」

 20世紀の超人であるブラックホールよりも、21世紀の人間であるリョーマのほうが察しがよかった。
 コートの周囲を取り囲む満員の観客席は、そして歓声を上げる観客は、すべて機械が作り出した立体映像である。
 次なる異変が、その裏付けともなった。

《ケケケ――ッ! 悪魔に挑もうとは身の程知らずな小僧だぜ――っ!》

 聞き覚えのある声に、ブラックホールがコート後ろ側の観客席前列を眺める。
 そこにはなんと――同志である6人の悪魔超人の姿があったのである!

「ステカセキング! アトランティス! ザ・魔雲天! ミスター・カーメン! スプリングマン! バッファローマン!」

 カセットテープレコーダーを模した超人、魚のような肌と頭部の超人、山の如く大きな超人、
 エジプトのファラオのような超人、バネの超人、牛の角を持った超人――BHも加え、人呼んで7人の悪魔超人。
 だが彼らもまた実体ではないのだろう。なぜなら悪魔超人の気配を感じられない。

《へっ! 悪魔超人だかなんだか知らねーが、うちの越前を甘く見るなよ!》

 そして反対側の観客席前列には、リョーマと同じジャージを着た少年たちが複数いた。
 眼鏡をかけたリーダー格と思われる少年、その隣の温厚そうな少年、丸刈りの少年、猫のような雰囲気を持つ少年、
 眼鏡の奥の素顔が窺えぬ少年、マムシのような鋭い眼光を放つ少年、気弱そうだがガタイのいい少年、そして先ほど喋っていた短髪の少年。

「小僧、あれは貴様の仲間か」
「偽物だけどね」

 どうやらそうらしい。
 これが『イリュージョン・ギャラリー・デスマッチ』――幻の観客を置いてのデスマッチか。

《イリュージョン・ギャラリー・デスマッチ。プレイヤーの情報を読み取り、最も適したギャラリーを立体映像で投影します。
 野次を飛ばさせるも自由。助言を受け取るも自由。そして勝負形式はワンセットマッチで行います。
 ワンセットマッチで敗北した者は最初に死亡したテリーマンと同じ状態――――つまり、首を切り取ります。
 また、首を切り落としても死なない参加者に限り、別途の方法が取られます。
 なお、決着がつくまでにこのテニスコートから離れた場合、もしくはあからさまな遅延行為が見受けられた場合も同様です》

 先にブラックホールが予測したとおりのルールを審判ロボットが告げる。
 ここまでくれば、もうお互い言葉はない。
 ブラックホールは悪魔超人たちが座る側のコートへ、リョーマは反対側のコートへ。
 負ければ死。突発的に始まってしまった殺し合いという名のテニス。
 『イリュージョン・ギャラリー・デスマッチ』――その火蓋が切って落とされた。


 ◇ ◇ ◇


 テニスで殺し合い。
 馬鹿げてる。
 越前リョーマの感想はそれだけだった。

《ザ・ベスト・オブ・ワンセットマッチ! 越前サービスプレイ!!》

 審判ロボットのコールに従い、まずは越前のサービスプレイ。
 どこからともなく出現したテニスボールを、ハードコート上にポン、ポンと突いてみる。
 コート、ボール、ラケット。見たところこれらに細工はない。道具だけでいえば、普通のテニスだ。

(だけど……命がかかってるんだよね)

 本当に、馬鹿げた話だと思う。
 だが対戦者として相手コート上に立っている怪人――ブラックホールの言葉どおり、逆らえば死が待っているのは明白。
 悔しいが、ここは素直にサーブを打つしかない。

《いけ――! 越前――っ!》

 背後で、リョーマが在籍する青春学園テニス部のレギュラーメンバー、二年の先輩である桃城武……の立体映像が声援を送ってくる。
 この偽りの仲間も、なんだか気持ち悪い。
 そう思いながら、リョーマは『右手』にラケットを持ち、『左手』でボールを上にトス。

《あれ、おチビのやつ……》
《ほう。いきなりあれを出すか》

 幻の菊丸英二と乾貞治、それ以外の青学メンバーも気づいたようだ。
 リョーマが打とうとしているサーブの正体に。

「悪いけど、遠慮なしでいくよ」

 上体を捻りながらの跳躍――そしてインパクト。
 回転を纏い飛んでいく黄色いボールは、まずブラックホールの足元に着弾。
 ブラックホールは跳ね上がったところを返そうと構えるが、

《ッ! 避けろブラックホール――ッ! あれはオレの『セントヘレンズ大噴火』よりも危険だ――ッ!》

 ブラックホール後方の観客席に座る水棲超人、アトランティスがその打球の危険性を訴える。
 しかし遅い。
 リョーマの打った打球は既に跳ね上がっている――ブラックホールの顔面に向かって。

《出た! 右手のツイストサーブだ!》

 青学副部長、大石秀一郎がそのサーブの正体を口にする。
 ツイストサーブ――それは回転を加えることにより、ボールが急角度でバウンドするリョーマの得意技だ。
 リョーマは本来左利きだが、相手が右利きの場合は右手でツイストサーブを打つ。
 なぜならば、このサーブは左手で打つと左、右手で打つと右にバウンドする。
 つまり相手が右利きの場合、相手の顔面に向かって跳ね上がるのだ。

 顔面直撃――観客の誰もがそう思っただろうその一撃は、しかし予想外の結果を迎える。
 ブラックホールの頭部に空いている大穴。ボールはそこを通り抜けたのである!

「カーッカカカ!」

 しかもブラックホールはそれを予測していたのか、右手を背中に回してのバックハンドで、穴から出てきたボールを相手に打ち返した。
 さすがのリョーマも『顔面に穴が開いていた』などという方法でツイストサーブを攻略されたのは初めてだ。
 意表を突かれながらも、すぐに打ち返されたボールを拾いに行く。

《クッククク。さすがブラックホール。テニスの王子様のコミックスを1巻から42巻まで持っているだけのことはある!》
《オレも早く本屋へ行って買い揃えないとな!》
《甘いなお前ら。いまは新テニスの王子様(既刊9巻)だぜ!》

 うるさい人たちだなあ。とリョーマはブラックホールの仲間たちを胡乱げに見た。
 アトランティスにスプリングマン、そしてあの牛角はバッファローマンだったか……超人とは異人怪人の集まりのようである。

 そんなことを思いつつ、リョーマは返球。
 ブラックホールもこれを打ち返してくる。
 リョーマはこれをクロスで打ち返そうとするが、

(――ッ! 重っ)

 インパクトの瞬間、手首に凄まじい重みを感じた。
 まるで一流のパワープレイヤーと対戦したときのような感触。
 だが返せないほどではない。予定通り相手の逆サイドを狙う。

「おっと――っ! そっちに打とうとしているのはお見通しだ――っ!」

 だがブラックホールは予測していた。
 地を蹴り、空中でくるりと一回転してから、リョーマのショットを豪快に弾き返す。
 鋭い打球はベースラインギリギリの位置に着弾。
 リョーマはこれを返すことができなかった。

《0-15(ラブフィフティーン)!》

 審判ロボットが告げる。
 ポイントを先取したのは、悪魔超人ブラックホール……!

《なんだぁー!? あの黒尽くめ野郎、オレやタカさん並のパワーだぜ!》
《全国でもあれだけのパワープレイヤーはなかなかいないよ!》
《それだけじゃない。あの英二ばりのアクロバット! 身体の柔軟性も抜群だ!》
《ヤロウ……ただの筋肉自慢ってわけじゃねーみてえだな》

 桃城武、河村隆、大石秀一郎、海堂薫が次々に驚嘆の声を上げる。

《ケケケ~ッ。人間のガキ共が驚いているようだぜ~》
《別に驚くようなことじゃねえ。ブラックホールならできてあたりまえのことだ》
《なんせオレたち悪魔超人は人間とは鍛え方が違うからな》
《マキマキ~ッ。オレの占いでもBHの勝利は揺るぎないと出ておるわ~》

 ステカセキング、バッファローマン、ザ・魔雲天、ミスター・カーメンは青学メンバーの驚きを悪魔的に嘲笑う。

「カカカッ。小僧、降参するならいまのうちだぞ?」
「……誰がっ」

 ブラックホールも悪魔らしく相手を挑発してみせるが、リョーマはまだ負けを認めない。
 ラケットは『右手』で持ったまま、新たにサーブを打ち込む。

「バカめ! もうそのサーブは見切ったわ――っ!」

 ブラックホールは先程と同じく、背中にラケットを回して打ち返そうとするが、

「なっ!?」

 リョーマの放ったサーブはブラックホールの顔面には向かわず、通常の軌道で跳ねていった。

《おお! ツイストサーブと見せかけた普通のサーブ!》
《越前のヤロウ、あの色黒をペテンにかけやがった!》

 桃城と海堂の歓声。
 『右手』で打つサーブはツイストサーブ――というイメージを逆手に取っての奇策だった。

「ねえ、サーブは見切ったんじゃなかったの?」
「グ、グム~ッ」

 リョーマの挑発的な発言に、ブラックホールは悔しそうな唸り声を上げる。
 そう、テニスとは単純な身体能力の高さで勝負が決するわけではない。
 ブラックホールがいかに肉体を鍛え上げた悪魔超人であろうと、ことテニスにおいてはリョーマに一日の長がある。

《ゲーム越前! 1-0(ワンゲームストゥラブ)》

 通常のサーブとツイストサーブで相手を翻弄し、ファーストゲームはリョーマが先取した。

《やっぱ強いよ、おチビのやつ! 一方的じゃん!》
《奴の身体能力は恐ろしいが、今回は越前の技能と経験が勝ったな》
《……いや、楽観はしないほうがいいよ》
《ああ。油断せずにいくべきだ》

 菊丸は後輩の活躍に嬉々とした声を上げ、相手プレイヤーの分析に長けた乾もリョーマの勝利に太鼓判を押す。
 しかし青学のトップ2、不二周助と手塚国光はブラックホールを侮らない。

(……なーんか、ヤな感じ)

 リョーマ自身、相手にはまだ『なにかがある』と確信していた。
 たとえば、教会の中で見せたあの影分身。
 全国の様々な強豪プレイヤーと試合をしてきたリョーマだが、あんな技は見たことがない。
 いや、分身程度なら先輩の菊丸英二が見せたこともあるが、さすがに影に潜るテニスプレイヤーはいなかった。

「ねえ。さっきのアレ、もう一回見せてよ」
「カカカッ。あいにくとラケットが一本しかないのでな~っ。貴様は別の技で葬ってやろう」
「別の技、ね」

 そうは言うものの、ブラックホールが技らしい技を使う気配はなく。
 ゲームはリョーマ優勢のまま、刻々と終盤に近づいていった。

《ゲーム越前! 4-0(フォーゲームストゥラブ)》

 そして、リョーマが四本目のゲームを取ったとき。
 コート上に、ある異変が起こった。

《おいスプリングマン。さっきからなにか様子がおかしくねーか?》
《ケケケーッ。確かに見ていて妙な違和感を覚えるぜ~》

 7人の悪魔超人軍の中で最初に気づいたのは、バッファローマンとスプリングマンだった。
 二人が視線を送る先、コートの上ではブラックホールとリョーマによるラリーの応酬が続いている。
 特に不思議なことはない。いたって普通のラリーである。そのはずなのに、二人は妙な違和感を覚えてならなかったのだ。

《手塚。あれは……》
《ああ》

 不二の問いかけに、手塚が短く返す。
 悪魔超人たちとは対極的に、青学メンバーはコート上で起こっていることの正体に気づいていた。

《ドヘ~ッ! どうしたというのだ同志B・H――ッ! さっさと決めてしまえ――っ!》
「同志魔雲天よ。そうしたいのは山々だが……どうやらこの小僧、さっきから奇妙な術を使っているようだ」

 リョーマの打つボールをなんなく返すブラックホール。
 そう、なんなく打ち返せる。それは間違いないのだが、いつまで経ってもポイントが取れない。
 相手の死角をつこうと、右へ左へ奥へ手前へショットを打ち分けているというのに――どういうわけか、すべてのボールが中央に飛んでしまう。
 そしてリョーマは先程からコートの中央に陣取り、大きく動くことをせず的確にブラックホールのショットを打ち返していた。

《ア……アアア~~~ッ!!》

 突然、悪魔超人軍の客席で奇声が。
 声の主はミスター・カーメンだ。

《マキマキ~ッ! あ、あれはまさか……青学の手塚国光にしか使えないという幻の技法『手塚ゾーン』ではないか――っ!?》
《なにぃ――っ!? 知ってるってのか、カーメン!》
《実物を見るのは初めてだが……奴はボールに回転をかけ、相手が打ち返しても自分のもとに戻ってくるよう誘導しているのだ》
《ケケカ――ッ! バカを言うなカーメン! そんなことが物理的に可能なものか!》
《それにあの小僧は手塚国光じゃねぇ! 手塚ゾーンが使えるわけなかろうが――っ!》
《テメェら、カーメンを非難するのはそれくらいにしておけ》
《ケケケ、そうだぜ。どういうトリックかは知らねぇが、現にあの小僧は手塚ゾーンを使っている》

 カーメンの主張に「ありえない」と反応してみせるステカセキング、アトランティス、魔雲天。
 一方、バッファローマンとスプリングマンは冷静に状況を観察していた。
 ブラックホールの返球がことごとくリョーマの元に戻っていくこの現象……やはり手塚ゾーンでしか説明できない!
 そう分析するのだが、青学サイドでは――

《いや……あれは手塚ゾーンじゃない。そうだな手塚?》
《そうだ。あれは、跡部との試合で見せたものにさらに磨きをかけたもの――》

 大石、そして手塚ゾーン本来の使い手である手塚ほか全員が、その本物との些細な違いを見抜いていた。
 手塚ゾーンは、手塚の膨大なテニス経験があって初めて完璧に繰り出すことができる技だ。
 そう簡単に模倣できるものではない。しかし。

《越前が使っているゾーン……あの原点は俺ではない。俺たちも知っている、ある大物から学び取ったものだろう》

 それこそが、リョーマの実父にして凄腕のテニスプレイヤーである越前南次郎。
 彼との対戦から吸収したこのゾーンは、いわばサムライゾーン――サムライ南次郎と呼ばれた選手の模倣である。
 リョーマは先ほどからずっと、このサムライゾーンを使い巧みにラリーを延長させていた。
 ゾーン使用の目的は、本来なら相手への精神的揺さぶり、一方的な体力の消耗などが挙げられるが――

「小僧……貴様、元来からのテニスプレイヤーだな? それもかなりの強豪プレイヤーと見た」

 ラリーが100回ほど続いた段階で、ブラックホールがリョーマに問いかける。
 リョーマは答えない。
 問いと共に放たれるショットを、ゾーン継続のための回転を加えた打球で返すだけだ。

「そして、勝利を目前にしてのその技。目的は時間稼ぎか」

 ブラックホールはまたこれを打ち返していく。
 精神的揺さぶり、一方的な体力の消耗――どちらもブラックホールにはあまり効果があるように見えなかった。
 もとより期待してはいない。
 リョーマの目的は、ブラックホールが指摘したとおり時間稼ぎにあるのだから。

「フン。大方、テニスでオレを殺す決心がつかないといったところだろう」

 このままリョーマがブラックホールを圧倒すれば――ブラックホールは死ぬ。
 リョーマは、テニスで人を(悪魔超人だが)殺めたことになる。

「わかるぞ。テニスといえば紳士のスポーツとして世に知らている。それは20世紀でも変わりないさ。
 そんなテニスが……言うなれば自分の矜持が、血で汚されようとしているのだ。憤らないはずがない」

 第三者に強要される形での、それも間接的な殺人ではあるが……人殺しは人殺しだ。
 そう思えばこそ、リョーマは安易に勝負を決めることができな――

「だが甘いわ――っ!」

 ブラックホールによる一喝。
 同時に放たれた強烈なスマッシュが、リョーマの真横に叩きこまれた。
 風圧で帽子が吹き飛ぶ。

「もはやこの地はゴングを鳴らされたリングの上も同然! いまさら迷いを見せるなど、悪魔を愚弄するのも大概にしろ――っ!」

 テニスに勝てば、相手が死ぬ。
 テニスに負ければ、自分が死ぬ。
 テニスに勝つことを放棄するということは、自分が死ぬということ。
 テニスに負けて死ぬ――リョーマにとって、これ以上に悔しい死に方はない。
 だからといってテニスに勝って相手を殺してしまうのも――リョーマの望むところではない。

「それとも、21世紀の日本男子とは皆貴様のように女々しいものなのか!?
 これならオレと対戦したアイツのほうが……キン肉マンのほうが、まだ大和魂に満ち溢れてたぜ――っ!」

 ブラックホールの言うことはわかる。
 手加減をするな、本気でこい、敗北による死よりも情けによる生のほうが屈辱だ――そう言いたいのだろう。
 まるで武人のような男である。
 その黒く陰湿そうな外見に反して、中身は赤を連想させるほどに熱い。

「……大きなお世話だっての」

 リョーマは帽子を拾って被り直す。
 サムライゾーンはまだ完璧ではない。体力的にも精神力的にも、これ以上は続けられないだろう。
 ならば、いよいよ決めるしかない。

 ――テニスで人を殺す覚悟を。

《バーニィィィング!! オラオラもっとぶちかましていけェ――――ッ!!》

 背後の河村隆がラケットを持ち性格を豹変させていた。なんという無駄な再現力だろうか。
 しかし、もはやリョーマの耳には偽りの仲間の声など入らない。
 無言のままサーブを打つ。

「カーカカカ! そうだ、それでいい!」

 ブラックホールが打ち返す。
 リョーマも打ち返す。ゾーンは使わない。
 だがゾーンがなくとも、リョーマは早々に決められるショットなど打たない。
 ブラックホールは打ち返しこそするものの、なかなか決定打を与えられず。
 必然的に、しばらくラリーが続いた。

《……まずいね》
《ああ》

 青学側では、不二と手塚がそんななんてことはないラリーを見て懸念を囁き合う。
 その懸念の正体は、もう間もなく。
 誰の目から見ても明らかな形で判明する。

《40-15(フォーティフィフティーン)!》

 リョーマのマッチポイント。
 現在のカウントは4-0。このポイントを取ればマッチゲームだ。

「どうした小僧? もうすぐこのブラックホールの首が飛ぶというのに、佇まいに覇気がないではないか~っ」
「…………」

 リョーマは応えない。
 手元でボールを突きながら、サーブの機会を窺っている。
 目深に被った帽子のつばが、表情すら読ませなくしていた。

「未だ決心はつかず、か。だがこれだけは肝に銘じておけ。覚悟を持たぬ者には、決して勝利など訪れないということを」

 ボールが高く舞う。
 ラケットがボールを叩く。
 王手となるサーブが放たれる。
 ネットを越え、伸びる打球。
 その打球に対し、ブラックホールは――


「吸引ブラックホール――――ッ!」


 クワッ! と顔面の穴を大きく広げ、凄まじい吸引力によって周囲の塵を飲み込んでしまう!
 いや、飲み込まれていくのは塵だけではない――ボールもだ!
 リョーマの放ったサーブは、驚くべきことにブラックホールの顔の穴に吸い込まれてしまったのである!

「……は?」

 リョーマが唖然とする中、審判ロボットが告げる。

《40-30(フォーティサーティ)!》

 ボールはブラックホールの顔の穴の中に消えた。
 しかしポイントを取ったのはブラックホールだった。

「フッ。どうやら吸引ブラックホールにより吸い込まれたボールはこちらのポイントと判定されるようだな」

 そう冷静に分析してみせる対戦相手。
 まさか、ボールを吸い込んでしまうとは……っ!
 予想以上の隠し球に、さすがのリョーマも驚きを禁じえない。

《きったねー! あんなのアリかよ!?》
《あのヤロウ、顔の穴は空洞じゃなかったのか!》

 桃城と海堂が不平を唱えるが、審判ロボットもブラックホールも微動だにしない。

《ケケケ~ッ。あれこそがブラックホールの真の必殺技(フェイバリット)、吸引ブラックホールよ~っ》
《敵超人を吸い込み宇宙の藻屑にしてしまう悪魔超人……それこそが同志ブラックホールなのだ~っ》
《ブラックホールの穴の中は、強大な引力により光さえも飲み込んでしまう暗黒の穴。テニスボールなどひとたまりもない》

 スプリングマン、魔雲天、バッファローマンが同志の妙技を誇らしげに解説する。
 それを踏まえて、データ自慢の乾がさらなる分析を施した。

《光さえも吸収してしまうほどの吸引力……奴らの話がハッタリでないとしたら、越前があの技を破れる確率……0パーセント》
《なっ!? どうしてだよ乾センパイ!》
《奴の技を破るには、ブラックホールの吸引力に負けないほどのパワーが必要だ。そして、越前にそれだけのパワーはない》
《ブラックホールに負けないほどのパワーって……そんなの、俺のダンクスマッシュやタカさんの波動球でも無理だぜ》

 あたりまえである。
 故に、攻略不可能。
 乾の弾き出した計算には、弱気知らずの桃城も沈黙するしかなかった。

「超人レスリングの技をテニスに用いたこと、悪く思うなよ。これが悪魔を相手にするということだ」
「ボール、なくなっちゃったんだけど」
「なに、すぐに新しいのが出てくるさ」

 シュンッ、とサーブ権を持つリョーマの手に新しいボールが供給される。
 審判側としても、いまの技は有効。ボールの残量も気にせずどんどん使えという合図らしい。

「幸いにも、この場における暴力行為は違法……不可視のバリアが張られているため、貴様の身を吸い込むことはないようだ。
 バリアごときでこのオレの吸引ブラックホールが防がれるとは、些か屈辱だが……まあそこはよしとしよう。
 おそらく、バリアの起点となっているのはそのネット上! つまり貴様のボールは、ネットを超えた時点で吸い込むことが――」

 ブラックホールの言葉を待たず、リョーマが次のサーブを放った。

「バカめ、同じことよ! 吸引ブラックホール――――ッ!」

 シュゴォオオオという音が鳴るほどの凄まじい吸引パワー。
 放たれたサーブはワンバウンドすら許されず、そのままブラックホールの顔面に直行していく。
 穴を潜り、行き着く先は四次元空間だ。意思なきボールは、二度と戻って来ることはできない。

《40-40(フォーティオール)!》

「カーカカカ――ッ! どうだ! 優れた悪魔超人とはここぞという場面まで切り札を温存させておくものよ――っ!」
「ふーん」
「……フン。本当ならば勝ちを確信した対戦相手の顔が絶望に歪むところを見たかったのだが……かわいげのない小僧だぜ」

 続くサービスゲーム。リョーマはボールをトスしながら、吸引ブラックホールへの攻略法を考える。
 しかし、そんなものはあるはずがなかった。
 なぜならば、ブラックホールの技は『ボールがネットを越えた段階で』吸引が始まる。
 テニスは、ネットを越えて相手コート上にボールを落とさなければポイントにはならない。

 つまり、乾貞治が割り出した確率と同じように。
 越前リョーマが悪魔超人ブラックホールに勝利できる可能性は――0パーセント。
 死を呼ぶ闇が、ブラックホールの穴の中に見えた。


 ◇ ◇ ◇


《ゲームブラックホール! 5-4(ファイブゲームストゥフォー)!》

 ブラックホールはもはや自分の勝利を確信していた。
 ゲームはあのまま吸引ブラックホールの連発で巻き返し、ブラックホール:5-4:越前リョーマ。
 そしてリョーマにはまだ、吸引ブラックホールを破る策が思い浮かばないようだ。

(オレの吸引ブラックホールを破る術など万に一つもありはしない。いや、小僧の場合はそれ以前の問題か……)

 リョーマのプレースタイルには、試合開始直後のような覇気が微塵も感じられない。
 勝敗などもうどうでもいい。どうせ勝っても負けてもどっちかが死ぬんだし。そんなテニスで勝ったって。
 彼の緩慢な動作は、優秀なテニスプレイヤーであるからこその苦悩――若さ故の過ちから来ているに違いない。

「……楽しくないんだよね」

 しまいには、そんなぼやきまで聞こえてくる始末。

(愚か者め! 楽しいかどうかなどという問題ではない! これは命をかけた真剣勝負なんだぞ!)

 悪魔超人の戦いは、いつだって命がけだ。
 それは超人レスリングであろうとテニスであろうと変わらない。
 相手が子供で、既にやる気を失っていようとも、ブラックホールはまったく手を緩めなかった。

《40-0(フォーティラブ)!》

 ブラックホールのサービスゲーム。そしてマッチポイント。
 次のポイントを取ればゲームは6-4でブラックホールの勝利となり、リョーマの
 そこからは2ゲーム連取しないと勝利できないが、既に4ゲーム連取しているブラックホールの気にするところではない。

「どうやらここまでのようだな。このゲームをオレが取れば、勝負は貴様の負けだ。それがどういうことか、忘れてはおるまいな~っ?」

 やはりリョーマは応えない。
 もはや言葉を交わすだけの気力も残っていないということか。

(む……?)

 サーブを打つべく構えたブラックホールは、おかしな光景を目の当たりにする。
 対戦相手であるリョーマの身体が、なにやら淡く光っているのだ。
 電球や蛍光灯のそれではない、なんとも自然的で神秘的な輝きである。

(目の錯覚か……? 超人ならまだしも、ただの人間の身体が光るわけなどない)

 気にせず、ブラックホールはボールを真上にトス。
 その強靭な肉体から繰り出されるパワー抜群のサーブが、リョーマへと襲いかかった。

「You still have lots more to work on……」

 不意に。
 リョーマの口から、聞きなれぬ米国圏の言葉が聞こえてきた。
 訝るブラックホールに対し、リョーマが大きく腕を振り抜く。
 インパクト。
 運命の一球は――コートの外側へ飛び、審判台のほうへ向かっていった。

「なんだそのデタラメな打球は!? そんなもの、吸引ブラックホールを使うまでも――」

 アウトは確実。そう判断し、吸引ブラックホールの発動を中止。
 だが次の瞬間、驚くべきことが起こった。
 外側に飛んでいったボールが――審判台の脚を潜り、弧を描いてブラックホールのコートに戻ってきたのである。

《40-15(フォーティフィフティーン)!》

 馬鹿な――というつぶやきすら出てこないほどの衝撃。
 吸引ブラックホールは、相手のボールがネットを越えたその瞬間に吸い込むことが可能である。
 だがいまのショットはネットを越えるどころか、ネットの外側を回り込んでコートの内側まで到達したのだ。

《越前のヤロー! いつの間に俺のブーメランスネイクを!》
《あれは『無我の境地』! そうだ、越前にはこれがあった!》

 海堂と大石が感嘆の声を上げる。
 いまのはポール回しと呼ばれる海堂の得意技だ。
 リョーマはテニスプレイヤーとしての本来の技量に加え、
 ある特殊な能力を発動させることで過去に見た多くのライバルたちの技を繰り出すことができる。

 それこそが『無我の境地』――己の限界を超えた者のみが辿り着くことができる領域である。

 無我の境地に至ったリョーマは過去の記憶から吸引ブラックホールを攻略するに相応しい技、
 プレイスタイルを瞬時に導き出し、無意識のまま打球に反応してみせたのだ。

《マキャ~ッ。まさかあのようなショットがあったとは~っ》
《うろたえるんじゃねぇカーメン。あんなもの、コートに戻ってくるとわかっていれば問題ない》
《ケケケ、アトランティスの言うとおりだぜ。BH! コートに戻ってきたと同時に吸引ブラックホールで吸い込んじまいな!》

 ステカセキングのアドバイスはもっともだ。
 ブラックホールは気を取り直し、次のサーブを打つ。
 リョーマが打ち返してくる――が、今度はフォームが違った。
 ボールもコートの外側ではなく、通常の軌道でネットを通りすぎようとしている。

「やはり万策尽きたか! 吸引――」

 それならば、吸引ブラックホールで宇宙の彼方に引きずり込むまで。
 しかしブラックホールが顔の穴を広げたその瞬間、

「――なっ、ボールが消えた!?」

 と口にした直後、ダン!
 ブラックホールの足元でボールが跳ね、ポイントが奪われたことを明確に告げた。

《40-30(フォーティサーティ)!》

 またポイント差が縮まる。

《四天宝寺中、千歳千里の神隠しか》

 手塚が挙げた名は、神隠し本来の使い手だ。
 強烈な縦回転によりボールが急激にポップし、視界から消えたかのように見える打球である。
 これにより、ブラックホールは吸い込むべきボールを見失ってしまった。

《モォマキ~ッ! まさかブラックホールが消すよりも先にボールを消してしまうとは、あやつ妖術の使い手か~っ!?》
《焦るなブラックホール――ッ! いまの打球、実際にボールが消えたわけじゃねぇ――っ!》
《そうだーっ! 見えなくても構わず吸引ブラックホールで吸い込め――っ! そうすればおまえの勝ちだ――っ!》

 バッファローマン、スプリングマンからの助言に、ブラックホールはハッとする。

(そうだ……ルール上、ポイントに得るためには必ずを打球をこちらのコートに入れなければならない。
 打球はこちらのコートに必ず来る……そう考えれば、なにも難しいことはない。容赦なく吸引ブラックホールだ!)

 心を落ち着かせ、ブラックホールが次なるサーブを打つ。
 これに対するリョーマの返球は――なんと、自ら接近していっての強引なボレーショット。
 悪魔超人のパワーサーブにボレーとはなんと豪胆な。そう思いながらも吸引の準備を始めたブラックホールの動きが、止まる。

「な……に……?」

 転がっていたのだ。
 リョーマの打球が――ネットの上を。
 バリアの境界線上であるネットの上を、ボールが転がっている。

《あれは立海大附属中……丸井ブン太の妙技・綱渡り……》

 瞬時にその技を見極めた青学・大石も、驚きで声が上手く出ていない。
 ネット上を転がったボールは、しばらくしてからブラックホール側のコートにぽとんと落ちた。
 その一瞬、あまりの妙技に吸引ブラックホールを発動させることも忘れてしまった。

《デュース!》

「小僧……貴様、どこまで隠し必殺技(フェイバリット)を持っているというのだ!?」

 リョーマは、無言。
 帽子は目深に被ったまま、悪魔には表情を読ませまいとしている。
 ただ身体から謎のオーラを放ち、緩やかにラケットを構えるだけだ。

「答えんか小僧――っ!」

 怒りを込めたサーブ。
 リョーマは向かってくる打球に、鋭くラケットを――

(なっ、スイングが見え)

 ――振り抜き、そして音を置き去りにした。
 シュン、ドゴォ!
 認知したその瞬間、ボールは既にブラックホールの背後で跳ねており……

《アドバンテージレシーバー!》

 このポイントをリョーマが制したことを告げた。

《風林火陰山雷――疾きこと『風』の如く、か。あれが一番の攻略法かもね》
《奴の吸引ブラックホールは、ボールが自分のコートに入ってきたそのタイミングで発動させている》
《そうか、つまりいつ打ったかわからなければ……さっきの神隠しみたいに一瞬でもボールを見失ってしまえば!》
《なーんだ。んじゃ、速い打球でガンガン押していけば、向こうは対応しきれないってわけか》
《いや……あれが為せるのは、スイングスピードさえも高速である真田の技だけだろう》

 不二、乾、河村、菊丸、手塚の五人が『見えないスイングによる見えないショット』を分析する。
 ブラックホールが相手の返球を見てから吸引ブラックホールを発動しても遅い。
 発動させようとしたその瞬間にはもう、相手のショットはこちらに叩きこまれているのだ。

 立て続けに放たれた、多種多様なる四次元テニス攻略法。
 この怒涛の反撃に、7人の悪魔超人は皆沈黙し――

「ねえ」

 代わりに、あどけない少年の声が一つ。

「優れた悪魔超人はここぞという場面まで切り札を温存させておく、だっけ?」

 輝かしいオーラを纏う、越前リョーマの声だ。

「ホントなら、勝ちを確信した相手の顔が絶望に歪むところを見たかったんだけど……アンタ顔ないし」

 ――挑発ではない。愚弄でもない。『小馬鹿にする』という表現が一番しっくりくる発言。
 ブラックホールはラケットのグリップを握り潰さん勢いで力を溜める。
 リョーマの言うとおり表情はないが、コート内に蔓延する殺気から心中の怒りを察することは容易だった。

「悪魔を怒らせたな、小僧……っ! その軽口、持ったことをすぐに後悔させてやるわ――っ!」

 ブラックホールの怒声にも、リョーマは臆さず怯まず。
 ただ放たれるサーブに対し、悠然と待ち構えるのみ。
 勝負は一気に劣勢。このポイントを落とせばブラックホールの敗北が決まってしまう。
 負けられない! 負けてなるものか!
 執念と誇りと意地で放つ、ブラックホール渾身のサーブ!
 この一撃に、リョーマは――

《ケケケケ~ッ! これを聴け~っ! チャイコフスキーの美しくも哀しい調べ“白鳥の湖”だ――っ!》

 援護のつもりか、ブラックホールの後方でカセット超人のステカセキングが大音量の音楽を垂れ流す。
 彼の脚部、レッグパワーヘッドフォンが漏れてくる音はやかましいことこのうえなかったが、リョーマの集中力は乱れない。
 リョーマがサーブを打ち返す!

《おお! ステカセの援護が効いたぞブラックホール! 今度こそ普通の打球だ~っ!》

 ブラックホールもまたカーメンと同じように見ていた。
 なればこそ、必殺技(フェイバリット)の好機!

「吸引ブラックホール――ッ!」

 顔面の穴が開き、リョーマの打球を飲み込もうとする。
 が、打球はなぜかブラックホールの引力に従わず、本来の軌道を保ったまま直進。

「なんだと!? ええい、ならば直接打ち返すのみだ――っ!」

 慌てたブラックホールは、必殺技(フェイバリット)の発動を中断した。
 そして返球。
 リョーマもまた『その場を動くことなく』返球してみせる。
 再びコート上に迫るそのボールは、やはりなんの変哲もないショットに見える。
 これならば――と吸引を試みるが、なぜか吸い込めない。
 寸でのところで必殺技(フェイバリット)から切り替え、打ち返す。

「なぜだ! なぜ吸引できぬ――っ!?」
「悪いけど、透けて見えるんだよね」

 ブラックホールにはリョーマが仕掛けている術の正体がわからない。
 しかし彼と戦いを共にしてきた青学メンバーは逸早く正体を察したようだ。

《そうか……! あれは跡部の『眼力(インサイト)』!》
《相手の弱点を見抜く眼力で、ブラックホールが吸い込めないコート上の死角を見極めているわけだね》
《そしてそこに正確にボールを叩きこめば、吸引ブラックホールは封じたも同然。さすが越前だ!》

 乾、不二、大石の発言に対し、ブラックホールは打球を打ち返しながら反論する。

「オレの吸引ブラックホールに吸い込めない死角があるだと――っ!? そんなもの存在しないわ――っ!」

 とはいえ、さっきから吸引ブラックホールが発動していないのは事実。
 決め手を封殺をされたまま、半ば強制的にラリーを続けさせれている。

(ん……? 半ば強制的にラリーを……だと!?)

 そして、ブラックホールはさっきからリョーマがほとんど動いていないことにも気づいた。

「カカカ~ッ。小僧、貴様……この期に及んで手塚ゾーンか――っ!? まだ時間稼ぎをするというのか腰抜けが――っ!」

 『眼力(インサイト)』と『サムライゾーン』の併用。これだけでも驚くべきところだが。
 問題はその技の選択。越前リョーマは、この土壇場にいたっても勝利を手にすることを迷っているのだ。
 その証拠として、ブラックホールの罵声を浴びたリョーマの打球は――ぱさっ、とネットに包まれてしまった。

《デュース!》

 再びのデュース。
 しかしリョーマに落胆したり悔しがったりする素振りはない。

「ええい、愚かな! その場しのぎのデュース狙いなど、無意味なことはやめないか――っ!」

 逆に歯噛みするのはブラックホールである。
 吸引ブラックホールを封じられた以上、もはやリョーマの勝利は揺るぎないのだから。
 ここで手を抜かれるということは、侮辱を受けていることにほかならない。

《――そうだぜ越前。それはいけねーなあ。いけねーよ》

 意外にも、ブラックホールの論に同調してみせたのは相手側の応援席……青学メンバーの桃城武だった。

《だってもう少しで勝てるんだぜ? ここで勝負を降りるなんて許されるわきゃねーよなあ?》
《あとちょっとで色黒の首が落ちるんだ。とっとと決めちまいやがれ》
《グレイトォ! 俺は真っ赤な血が見たいぜバーニィィィング!》
《フフッ。でも悪魔の血っていうのは赤いのかな? 興味あるね》
《越前が勝利し、ブラックホールが死亡する確率……100パーセント》
《ゴーゴーおチビー! こっろせ! こっろせ! ぶっころせー!》
《情けをかけるな越前! それが相手のためでもある!》
《やれ、越前》

 突然騒ぎ出す青学陣に、ブラックホールは困惑する。
 なんなんだ、こやつらは……人間の小僧共にしては過激すぎる発言だ。
 それも、先ほどまでの爽やかスポーツマンなイメージを覆すほどの狂気を感じてならない。
 まるで悪魔超人か残虐超人のような――

《ケッ。ブラックホールのウスノロめ。俺の地獄のシンフォニーによる支援を無駄にしやがって》
《ドヘア~ッ。まあそう言うなステカセ。所詮ブラックホールなどその程度の超人だったってこった》
《テニスごときで遅れを取るとはな~っ。オレなら競技が水泳のメドレーリレーだったとしても勝てたぜ~っ》
《おいおいアトランティス、そりゃおまえの得意分野だろうが! オレだって闘牛になら自信があるぜ――っ!》
《なに言ってんだバッファローマン。おまえのハリケーンミキサーじゃ闘牛士(マタドール)なんざ瞬殺じゃねぇか!》
《マキマキマキ~ッ! オレの占いでもBHの敗北は揺るぎないと出ておるわ~っ!》

 疑いたいことに、同志であるはずの悪魔超人たちからブラックホールを見放すような発言が飛んできた。
 いや、人間の子供にテニスで敗北し命を落とそうとしているのだ。ある意味では当然の反応である。
 しかし妙な違和感が拭えないのはなぜか。ブラックホールは背中に悪寒のようなものを覚えた。

 やがて。
 青学メンバー、7人の悪魔超人、そして周囲の観客たちが、口々に呪言を唱え出す。


 《殺せ!》《コロセ!》《殺せ!》《コロセ!》《殺せ!》《コロセ!》《殺せ!》《コロセ!》《殺せ!》《コロセ!》
 《コロセ!》《殺せ!》《コロセ!》《殺せ!》《コロセ!》《殺せ!》《コロセ!》《殺せ!》《コロセ!》《殺せ!》
 《殺せ!》《コロセ!》《殺せ!》《コロセ!》《殺せ!》《コロセ!》《殺せ!》《コロセ!》《殺せ!》《コロセ!》
 《コロセ!》《殺せ!》《コロセ!》《殺せ!》《コロセ!》《殺せ!》《コロセ!》《殺せ!》《コロセ!》《殺せ!》
 《殺せ!》《コロセ!》《殺せ!》《コロセ!》《殺せ!》《コロセ!》《殺せ!》《コロセ!》《殺せ!》《コロセ!》
 《コロセ!》《殺せ!》《コロセ!》《殺せ!》《コロセ!》《殺せ!》《コロセ!》《殺せ!》《コロセ!》《殺せ!》
 《殺せ!》《コロセ!》《殺せ!》《コロセ!》《殺せ!》《コロセ!》《殺せ!》《コロセ!》《殺せ!》《コロセ!》
 《コロセ!》《殺せ!》《コロセ!》《殺せ!》《コロセ!》《殺せ!》《コロセ!》《殺せ!》《コロセ!》《殺せ!》
 《殺せ!》《コロセ!》《殺せ!》《コロセ!》《殺せ!》《コロセ!》《殺せ!》《コロセ!》《殺せ!》《コロセ!》
 《コロセ!》《殺せ!》《コロセ!》《殺せ!》《コロセ!》《殺せ!》《コロセ!》《殺せ!》《コロセ!》《殺せ!》


 ――テニスコートを埋め尽くさんほどの《殺せ!》コール。
 手塚国光が、バッファローマンが、桃城武が、スプリングマンが、大石秀一郎が、アトランティスが、海堂薫が、
 ミスター・カーメンが、菊丸英二が、ザ・魔雲天が、不二周助が、ステカセキングが、河村隆が、《殺せ!》とエールを送り続ける。

「フッ、なるほど……これが『イリュージョン・ギャラリー・デスマッチ』の真の姿ということか」

 テニスで勝利すれば相手が死亡してしまう。
 そんな状況下で、この精神的な追い込み。
 並のメンタルでは耐えられまい。
 逆に、だからこそブラックホールへの助力となる可能性がある。
 これでリョーマの心が折れるようなら、それまで。
 悪魔超人として無慈悲な鉄槌を下すのみだ。

「さあ、これが最期の一球となるかどうかは……貴様次第だっ! 越前リョーマ――――ッ!!」

 上腕二頭筋に超人パワーを伝導、通常の三倍の高さのトスに、通常の三倍の高さのジャンプ。
 悪魔超人のパワーを全開にしての、超空中テニス――ブラックホール四次元サーブが放たれた。

 リョーマは。
 知人たちの《殺せ!》という声にも逃げ出さない。
 左手でラケットを持ち、腰を落とし、緩やかにサーブが届くのを待つ。

 そして。


「――――!」


 音として残らないほどの気合を込めた一声。
 放たれたのは全身の捻りを加えた超パワーショット。
 弾丸のような打球はまっすぐに伸びていく。
 ネットのほぼ真横、コートの外側へと。

(自害を選んだか、越前リョーマ……)

 その瞬間、ブラックホールはリョーマの胸中をすべて察した。
 ぐんぐんと外へ伸びていく打球が、スローモーションのように映る。
 あのショットは先のブーメランスネイクのように舞い戻ってきたりはしないだろう。
 軌道は狂いようのないストレート。
 待ち受ける運命はアウトのみ。

 ――しかし、そんなブラックホールの予測は思わぬ形でハズれることとなる。

 ガンッ! という強烈な響き。
 ボールが鉄製のなにかを打ち砕く音だった。
 耳で認識してから、視線でも捉える。

 リョーマの放った打球が、審判台のロボットに直撃していた。

 顔面部分を破損し、火花を散らせる審判ロボット。
 ガ……ガガガ……と壊れた機械音を発した後、そのまま審判台から落下する。
 その際の衝撃で首がもげた。胴体も大破。腕や脚は見事に折れ、バラバラに散っていった。

「あーあ。壊れちゃった」

 さも残念そうな声を出す少年がいた。
 審判ロボットにボールをぶつけた張本人、越前リョーマだ。

「ま、仕方ないよね。たまたまボールが当たっちゃったんだし」
「たまたま、だと……!?」

 審判ロボットが破壊されたことにより、周囲を取り囲んでいた幻の観客席と観客が消え失せる。
 幻の悪魔超人軍も、幻の青学メンバーも、すべてが等しく消え失せる。
 唯一、二人のラケットとボールだけがここに残った。

「そ、そうか! この場における暴力行為は違法……しかし、それが意図した暴力でないとすれば!
 達人同志のテニスともなれば、プレイが白熱するあまり対戦相手や第三者に被害が及ぶことも……あるというわけか――っ!」

 そう。
 今回リョーマの放ったショットが審判ロボットを破壊してしまったのは、プレイ中の不幸な事故にすぎない。
 中学生のテニスでも、選手がフェンスに磔にされたり、客席に吹き飛ばれたり、血だるまになったりミイラになったりするのだ。
 だというのに、悪魔超人と行われるテニスで審判が木っ端微塵に粉砕されないなどという保証があるだろうか? あるはずがない!

(い、いや。口ではたまたまなどと言っているが、この少年……おそらく狙っていた。
 いつから狙っていたのかはわからんが、テニスで人が死ぬという事態を回避するため、唯一の抜け道であるこの策を……っ!)

 死を背景に置いた極限状態のテニスなのに。
 そんな策を練りながらあれだけのプレイをしていたのか。
 あとワンポイントというところまで追い詰められていたのに。
 それだけ『テニス』というものに対する思い入れが強いのか。
 思い入れがあるからこその力なのか。
 勝ったとて悪魔が一人死ぬだけだというのに。
 悪魔の命を重んじたのか、いやそれは違う。
 やはりただ単純に――テニスによる死を回避したかったのか。

(越前リョーマ……なんという)

 人の心を知らぬ悪魔では、寡黙な少年の心は読み切れない。
 とにもかくにも、テニス・デスマッチは終わりを告げた。
 結局、勝敗はどうなったか。
 ゲームカウントは5-4のブラックホール優勢。
 そしてポイントは40-40のデュースだったが、最後の打球はどういう扱いになるのか。
 いずれにしても、勝敗など気にするだけ無駄というものだろう。
 もうテニス・デスマッチは終わったのだから。

「ねえ」

 呆然と立ち尽くすブラックホールに、リョーマが声を放る。
 声を共に、あるモノも放った。
 咄嗟、左手で受け止めたそれは……黄色いテニスボールだった。

「ボール、たぶんもう新しいのは出てこないから。大事に使ってよね」

 最後に残ったボールを拾ったのだろう。
 リョーマは、ボールが転がっていたコート外より話しかけている。
 そして一言注意を加えると、自陣のコートに戻っていくのだ。
 言葉を返せないでいるブラックホール。
 言葉を返せないまま、見た。
 帽子のつばをわずかに上げ、少しだけ覗いたリョーマの瞳に。
 未だ闘志の火が灯っているのを。

「さ、今度はもっと楽しいテニスやろうよ」

 ここからが本当の勝負だ――
 ブラックホールは、リョーマの言葉をそう解釈した。

「……望むところだ!」

 ならば一人の悪魔超人として、いや一人のテニスプレイヤーとして、その闘志に応えるのみ。
 ブラックホールは放つ。渾身のサーブを。リョーマは返す。渾身のショットを。
 そうして、二人の試合はもう少しだけ続いた……――


 ◇ ◇ ◇


 結局――ゲームカウントは《7-5(セブンゲームストゥファイブ)》。

 審判のいなくなった試合は、カウントを告げる者もおらず。
 最後のボールがコートに突き刺さったその瞬間、ゲームは物静かに終わりを迎えた。

 日が高い。
 そろそろ昼か。
 思えばなにをしていたのか。
 殺し合いなんてものに巻き込まれて、テニスだなんて――いや。

「いい勝負だった」

 試合終了後、悪魔超人ブラックホールは対戦者である人間の少年・越前リョーマにそれだけを告げた。
 悪魔は命の凌ぎ合いをした相手と握手など交わさない。
 だから放るのはその言葉のみだ。
 あとはただ立ち去るのみ。

「どこ行くの」
「仲間を探すさ」

 心地よい汗と疲労感を感じながら、ブラックホールはコートを抜け歩み出す。
 背後には、同様の汗と疲労感を感じているはずのリョーマが、しかし余裕たっぷりの表情でラケットを肩に置いている。
 あれこそまさに、勝者の貫禄というものだろう。

 ――ブラックホールは越前リョーマに敗北を喫した。

 語るべき事実はそれだけだ。
 敗者が勝者を飼いならす道理や資格はない。

「さっきの話なんだけどさ。俺も一枚噛ませてくれない?」

 去りゆくブラックホールの足を止めたのは、少年の思わぬ一言だった。

「なんだっけ。鳩山って人をぶっ飛ばすって話。おもしろいよね」
「……笑わせるなよ小僧。超人でもない貴様がなんの役に立つ」
「ふーん。俺、その超人に勝ったことがあるけど」

 生意気なっ。
 ブラックホールは思った。

 しかし悪魔を前にしてこうも傲岸不遜に立ち振る舞えるとは――なんという度胸か。
 そしてその内面に見え隠れするのは、主催者・鳩山ユキヲに対する静かなる怒りか。

「気に入らないんだね。テニスを人殺しに使うなんてさ」

 小悪魔的に笑む少年を見て、ブラックホールは顔のない顔でフッと笑った。

「フッ……好きにしろ」

 ブラックホールは歩み出す。
 越前リョーマも歩み出す。
 二人に共通しているものは、鳩山への怒り。
 そして、テニスで培うことができた不可視の絆――友情パワー。

「ついてくるのは構わんが、ひとつ訊きたい」
「なに」
「最後に審判を破壊したあの技……あれはなんという名だ?」
「…………」
「あの尋常ならざる破壊力、キン肉マンのキン肉バスターを彷彿とさせるものがあった。あれは――」
「……名前なんてどうでもいいじゃん」

 質問するブラックホールを追い越し、リョーマは先に進んだ。
 ブラックホールもすぐに追いかける。
 質問の答えは聞き出せぬまま、二人は教会を旅立つ。



【F-1/教会周辺/一日目-昼】

【越前リョーマ@新テニスの王子様】
[参戦時期]:アメリカ武者修行から帰国してくる道中
[状態]:心地よい疲労感
[装備]:テニスラケット、テニスボール、スマートフォン型参加者探知機@現実
[道具]:基本支給品*1
[スタンス]:対主催
[思考]
基本:鳩山をぶっ飛ばす。
1:ブラックホールについていく。

【ブラックホール@キン肉マン】
[参戦時期]:コミックス37巻以降
[状態]:心地よい疲労感
[装備]:テニスラケット
[道具]:基本支給品*1、不明支給品(1~3)
[スタンス]:対主催。しかし邪魔者は殺す。
[思考]
基本:鳩山を殺す。
1:悪魔超人との合流を第一に目指す。
2:無意味な戦いはしないが、邪魔者は殺す。
3:正義超人がいるならば悪魔超人として打倒する。



※審判ロボットを破壊したパワーショットの正体は波動球の使い手である四天宝寺中石田銀をして
「あれはワシの百八式より危険だぁーー!!」と言わしめた『超ウルトラグレートデリシャス大車輪山嵐』です。




牌コミュニケーション 投下順 アニマルチェンジ!
Boy meets Devil 越前リョーマ
Boy meets Devil ブラックホール

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
人気記事ランキング
ウィキ募集バナー