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気息奄々相照らす.4

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気息奄々相照らす












深淵なる漆黒の闇。

寝息の隙間に微かに漏れる木の軋み。

一歩また一歩と軋みは動き、闇間に現れたほんの一瞬の星明かり。それに薄らと照らされた障子の端を冷淡な指がとらえる。

すうっと音も無く開けられた障子の隙間に、吸い込まれるように体を入れ、静かに寝息を立てる寝床へ向かって抜刀一閃、刀が突き立てられた。


ガッ!


しかし次の瞬間、成功したと思われた暗殺は失敗した。

寝床に刀が突き刺さる寸でに身を翻し、目標は障子を破って外へ飛び出した。


「ちっ」


舌打ちをすると、布団に突き刺さった刀を引き抜き、逃げた影を追いかける。

広い庭園の林の向こうに影が消える気配を感じ、地面を蹴った。

背後ではくせ者捕らえよとの怒号が飛び交い出していた。



暗殺。

女は金で雇われ、人を殺すことを生業としていた。

ここ一月ほどこの屋敷のことを探り、今日を実行日に据えた。

計画は完璧だった。

新月の夜は夜目の効く女でも行動に制限が掛かる。ましてやこうも雲が厚いと、目標を見失う可能性が高い。

いや、目標ではない。

今女の前を走る影は、女の目標人物が雇った人間だろう。

動きが常人離れしてる。

草の根を踏みしめる足音は大雑把だが大股で力強く、気配を消すどころか自己主張をしている。

来いよ、襲いかかれよと、肌を突き刺すように女に向かって訴えていた。


そんなに死にたくば、死ぬがいい。


女は地面を蹴って木の上に飛び乗った。

ふわりと宙を蹴って木の枝に身を預けると、刀を抜いて手近な枝を切り落とす。

切られて落ちて来たそれを影に向かって蹴り付けると、影の気配が一瞬消えた。

と、次の瞬間、殺気が女の足元から昇って来て、女は直ぐさま枝から飛び降りた。

女を追うように影も地面へ向かって落ちて来て、その刹那女は刀を鞘から抜く音を聞いた。


来る


暗闇の中、刀のぶつかり合う音が妙に甲高く鳴り響く。

こんな所で手間取っている暇は無い。

女は初めて焦りを感じた。

どれほどの時間刀を降り続けただろう。

一向につかない勝負に、女は気付いた。

こいつなら、自分を殺してくれるかもしれない、と。

ふと力を抜いた一瞬だった。

影が女の胸元を蹴りつけ地面へと踏みつけ、突き出した刀の切っ先が女ののど元でぴたりと止まる。

息をした瞬間にでも喉を掻き切られそうなその刹那、影が言葉を発した。


「……死にたいヤツを殺してやるほど、俺は慈悲深くねえぜ?」


女はその声にふと眉根を寄せる。


「お前のような男に、慈悲など期待していない」


そこで静かに刀が下ろされた。

胸の上にあった重みが消え、女は暗闇の中で腕を掴まれ体を起こされた。


「何で本気でこねえ?」

「ーーー本気だった」

「さっきまでは、だろ?」


そのとおりだ。

ほんの先ほどまで、女は本気で影……いや、先日拾って捨てた狂犬を殺すつもりでいた。

再び厚い雲が晴れ、星の瞬きの下に現れた男と女。

男は握っていた女の腕を解放した。


「お前になら殺されてもいいと思っただけだ」


零すようにそう言うと、女は刀を鞘に納めた。

死に場所を探し、それでも死にきれず、こうした闇の世界でしか生きる事の出来ない不甲斐のない弱い自分。

死にかけた男を拾った時、同じだと思った。

何を求めて生きているのか。

何故、生きているのか。

そして何故、死にきれないのか。

自分よりも強い相手に殺されるのなら本望だ。

それが、自分と同じ苦悩を持つ人種なら。


「お前の名は?」


目の前で笑っている男に、女が尋ねる。

男は刀を納めると、腕組みをして答えた。


「ムゲンだ」


偉そうにそう言う男の名を反芻し、女は踵を返した。


「おい、どこ行きやがる?」

「仕事がまだ終わっていない……」


そう言って歩き出した女の腕をムゲンが再び掴む。

気怠そうにムゲンを振り返った女の瞳には感情も生気も無く、ただムゲンを見上げていた。


「嫌ならやめちまえ」


はたと思考を再開させる。

女はムゲンの言葉を思考に入れると、項垂れるように俯いた。

嫌ならやめちまえ。

そこで気付く。

本当はもう、自分の死に場所を探すために人を殺したくないのだと。

ずっと、嫌だったのだと。


「泥水啜ってでも生きてみろや……てめえは生きてる。俺の目の前にいるのは誰だ? 幽霊か? あ?」


そうだ、幽霊だ。

女に感情は存在しなかった。

この狂犬を拾ったことは、単なる気まぐれではなく、もしかしたら意味があったのかもしれない。

自分が生きているのだと、生きていいのだと、いつか理解するために。

新月の夜は暗く、闇はどこまでも深かった。

ただ風が木々の葉をこする音と、男と女の息吹だけがそこにあって、血に汚れた体は確かに鼓動していた。


「殺してやるよ……てめえが必死であがいてもがいて、何が何でも生きたいと思った時にな。そん時は本気で抵抗してみろ。俺を殺すくらいの気持ちでな」


女はムゲンに掴まれた腕から伝わる温もりを感じながら、微かに笑った。


「そうか……」

「てめえ、名前は?」

「私の名はーーー」







                        了







あとがき

本当はあとがきするつもりはなかったのですが、一応タイトルの解説だけ…w
タイトルの「気息奄々相照らす」は「きそくえんえんあいてらす」と読みます。

「気息奄々」の
意 味: 息が絶え絶えになり余命が幾ばくもないようす。今にも滅亡しそうである。
解 説: 「気息」は息、呼吸。「奄」は覆う、ふさぐの意で、「奄奄」と二字重ねると、息が絶え絶えの様子を表す。気息奄々。
(資料 四字熟語データバンクより抜粋)

相照らすは勝手に私がくっつけたんですけど、ムゲンと女の二人は生きるという事に常に疑問を抱いている似た者同士で、
生と死の狭間で苦しんでいます。なのでお互いを自分に似ていると照らしている。という言葉をくっつけました。
死に対して憧れと恐れを抱く二律背反の感情で苦しんでいる生き方を、出会ったことで良い方向に変えてもらえたらという感じで書きました(笑)



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