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チェンジ・ザ・ワールド☆
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チェンジ・ザ・ワールド☆

Go leisurely with me.1

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Go leisurely with me












 宍戸亮は、部室へと急いでいた。

 放課後一人提出し忘れていた提出物を職員室で書かされ、すっかり担任の話し相手をさせられたおかげで部活に遅れそうだったのだ。

 校舎の裏手を大きなテニスバッグを抱えて走りながら、右手で髪をかきあげる仕草をしそうになって途中でやめる。

 宍戸は先週試合で負けたことでレギュラーを下ろされ、監督にレギュラー復帰のチャンスをもらうため、長かった髪をばっさり切って土下座をしたのが丁度この辺り。

 おかげで今はかきあげる長い髪はない。

 それくらいでチャンスが貰えるとは思っていなかったが、その時は髪を切ることしか思いつかなかった。

 所詮自分に考えられる決意表明などその程度だ。

 行き場を無くした右手を空中でぎゅっと握りしめ、宍戸は一人苦笑する。


「激ダサだな……」


 ふと胃袋を刺激する匂いがしてきて、宍戸は足を止めた。

 そこは調理実習室の前で、匂いの元はどうやらその中からのようだ。

 料理部の存在くらいは知っていたが、いつもは通らないその場所からの刺激的な匂いに、つい好奇心が遅刻に勝ってしまう。

 窓からそっと中を覗くと、女子生徒が一人で料理に勤しんでいた。

 その女子生徒に宍戸は見覚えがあった。確かテニス部の後輩である、鳳長太郎のクラスの女子だ。

 何度か長太郎に用があって2年のクラスに行った時、入り口のすぐそばの席に座っている彼女に長太郎を呼んでもらったことがある。

 名前は知らないが、まじめで大人しそうな女の子。

 何故学年が違うのにまじめで大人しそうだと分かるかと言うと、宍戸が長太郎のクラスに行った時、必ずその少女は本を読んでいるからだ。

 休み時間といえば友人と談笑するのが普通の中学生だと思うのだが、少女はいつも一人なのだ。

 宍戸が声をかけると必ず一度ビクリと肩をすくめ、驚いたような顔で宍戸を確認すると、すぐに本にしおりを挟んで長太郎を呼んでくれる。

 お礼を言うと少女は小さく返事をし、また静かに読書を再開するのだ。それも毎回。

 いい加減宍戸に呼ばれるのにも慣れてもいいだろうに、少女はやはり驚く。

 それがまた小動物みたいに動きが細かくて、悪いとは思いながらも心の中で笑ってしまっていた。


「あ……」


 窓の外でじっと見ていた宍戸に気付いた少女が、驚いたように辺りを見回した。

 宍戸は一瞬考えすぐに窓の鍵が空いていることを確認し、ゆっくりと開ける。


「よお、何やってんだ?」


 明るく声をかけると、少女は戸惑いながらも答える。


「あの、料理を」


 予想通りの答えに宍戸は笑う。


「そんなの見りゃ分かるぜ」

「あっ、そうですよね」


 恥ずかしそうに俯く少女に宍戸が続ける。


「美味そうな匂いがしてるな」

「あ、あの良かったら食べてもらえませんか? 試食してくれる人がいなくて困ってたんです」

「おう、いいぜ」


 宍戸が快諾すると、少女は小皿と箸を持ってこちらへやって来た。


「どうぞ」


 そう言って差し出された皿には東坡肉(トンポーロー)が一切れ乗っていた。


「お、美味そうじゃんか。いただきます」

「はい、どうぞ」


 料理が好きな宍戸は東坡肉を作るのにとても時間がかかる事を知っている。

 綺麗に煮込まれたつやつやの豚肉を窓越しに受け取ると、ぱくりと一口で食べた。

 甘辛い豚肉は噛むとあっさりととろけて、見た目より脂っこくなくて食べやすく、とても美味しかった。


「うまい!」


 思わずそう叫ぶと、少女は嬉しそうに笑った。


「本当ですか? 良かった……」


 初めて見た少女の笑顔が驚くほど可愛くて、宍戸はつい少女の顔を観察してしまう。

 いつもは俯き加減だから良く分からなかったが、こうやって低い位置から少女を見上げてみると実は可愛い顔立ちをしている事に気付く。

 へえ、可愛いじゃねーか。

 そんなことを考えていると、少女は空になった皿を宍戸から引き取り説明をしてくれた。


「実は今度交換留学生がオーストラリアから来るんですけど、その時に料理部が食事を出してもてなすことになっているんです」


 そう言えば跡部が夏休みに入ったら留学生が来るとかなんとか言っていたのを思い出す。

 ちょうど全国大会が近い時期だから、跡部が他のことで忙しくなるのは困ると忍足がぼやいていたのはつい昨日のこと。


「へえ。でもなんで中華なんだ? 和食じゃなくて」

「和食ももちろん作りますけど、私の担当が中華で……」

「なるほど、それで東坡肉って訳か。しっかしこんだけ柔らかくするの時間かかるだろ?」

「昨日から仕込みをしてたんです」

「本格的だな」


 納得して頷く宍戸に、少女がもう一つ、今度は蒸し器から吹かしたての中華風蒸しパンを持って来た。


「宍戸先輩って料理に詳しいんですね。はい、これもどうぞ」

「お、サンキュ。まあな、結構ウルサいんだぜ……っと、やべえ部活遅刻だ! んじゃあな! ーーーえっと……」


 キッチンシートにくるまれた熱々の蒸しパン3つを大事そうに抱え、窓から離れ際困ったように少女を見ると、少女は小さく笑って答えた。


「汐屋です」

「おう、じゃあな汐屋。東坡肉美味かったぜ!」





 〜〜〜〜






 宍戸はまた調理実習室へと向かう裏庭を通って部活へ向かっていた。

 あれからしばらく日が経ち、なんとなく気になっていたのだが行動に移すまで時間がかかった。

 さすがに毎日覗きに行ってはまた食べ物を催促しに行ったみたいで嫌だったし、何故覗きに行きたいと思うのか、自分でも良く分からなかったからだ。

 夏休みまであと一月ほど。同じクラスの料理部の女子に今日は2年生が実習室を使う予定だと聞いたので、もしかしたら汐屋がいるかもしれないと思って来てみたのだが、そっと窓から中を覗くと、今日は汐屋以外にも部員が数名いた。

これでは声を掛けづらいと宍戸はすぐに窓から離れて部室へ向かった。










 部室に入るや、先に着替えを済ませてのんびりしていた忍足が声を掛けて来る。


「宍戸、今日はお裾分けもろてへんのか?」


 バッグをロッカーに投げ入れネクタイを外しながら忍足に一瞥をくれると、


「お前もらってたじゃねーか」


 そう言って忍足の足元の紙袋を顎で示す。

 忍足のファンだという子が昼休みに手作りのお菓子を持って来たのを、丁度廊下で忍足と滝と話していた宍戸は目の前で見ていたのだ。

 足元の紙袋から可愛くラッピングされたパウンドケーキを一つ取り出し、忍足は宍戸に投げて寄越す。


「おいっ! 食いもん投げるんじゃねーよ!」


 シャツを脱いでいた宍戸は慌ててそれをキャッチする。


「すまんすまん。せやけどこの間お前がもろてきた蒸しパンの方がこれより美味かってんもん」

「せっかくもらったのにそんな言い方はねえだろ?」


 呆れる宍戸は可愛いパウンドケーキをチラリと見て、すぐに汐屋の顔を思い出した。

 あの日もらった蒸しパンは部室にいた向日と忍足と長太郎に取られてしまい、食べられなかった。

 だがあの東坡肉の出来を考えれば、間違いなく蒸しパンも美味しかったはずだ。

 着替え終わり、もらったパウンドケーキを食べてみる。


「……」


 無言の宍戸に、忍足がひどく爽やかな笑顔で同意を求める。


「な? いまいちやろ?」

「ーーー俺はこないだの蒸しパン食ってねえから分かんねえよ」

「またまたあ。料理得意なお前がこのお菓子がいまいちなことくらいすぐ分かるやろ。いつもは口悪いくせにほんま変なとこ優しいなあ」



 変なヤツと言いながら忍足は立ち上がり、いまいちなパウンドケーキの紙袋を持ったまま部室を出て行った。

 恐らく他の連中に配ってなくしてしまうつもりなのだろう。

 まあ、部員の数が半端じゃないからあっという間になくなるだろうし常に腹をすかせている中学生だ、少々甘過ぎていまいちだろうがありがたく食べるだろう。そこでふと宍戸は気付いた。

 何故あの蒸しパンをもらった日から毎日顔を合わせていたのに、忍足は今日に限ってお裾分けの話しを振ったのだろう。

 急いで着替えを済ませて先に出た忍足の後を追う。

 案の定後輩にいまいちパウンドケーキを配っている忍足を捕まえ、脇へ連れて行く。


「なんやねん、宍戸?」


 怪訝そうな忍足に宍戸が詰め寄る。


「お前何で今日お裾分け貰ったかどうか俺に聞いたんだよ?」

「は? なんやねん、急に」

「だからよ、何で俺がこの間蒸しパンもらったヤツからまた何かもらうと思ったのかって聞いてんだ」

「そんなこと思てへんで。ただ今日もろたお菓子がいまいちやったから、お前がもろてきた蒸しパンが美味かったなあ、って思い出しただけやん」


 くだらなさそうに答えていた忍足だが、突然ニヤリと笑った。


「なんや、宍戸。お前この間パンくれた子のこと、好きなんか?」

「……はあっ!? 何でそんな話しになるんだよ!」


 驚く宍戸に忍足は一人頷きながら再び紙袋からいまいちパウンドケーキを1つ取り出す。


「そうか。テニスバカのお前が髪の毛切ってレギュラーの座にしがみついて、おかげで日吉にバカにされて元気無いて心配しとったけど……相手が誰かは知らんけど、まあええこっちゃ。ほら長太郎、お裾分けやで」


 そう言って宍戸の後ろからやって来た長太郎に忍足がパウンドケーキを渡す。


「てめえ忍足っ! 何勝手に解釈してやがんだ!?」


 宍戸は、もしかしたら忍足が宍戸が調理実習室を覗いて来たのをどこかで見ていたのではないかという事を心配して尋ねたのだが、いつの間にか宍戸が汐屋を好きだと勘違いされていることに驚く。

 慌てる宍戸の背後から長太郎がパウンドケーキを受け取り、元気よく挨拶をする。


「お疲れ様です、宍戸さん! 忍足さん! ありがとうございます、俺がもらってもいいんですか?」

「おう、食え食え」


 相変わらず犬ころのような笑顔で、長太郎は早速パウンドケーキのラッピングを外す。

 一口食べてすぐ残念そうな顔をした。


「砂糖の分量が多すぎるんですかね、宍戸さん?」

「ああそうだな……忍足、余計なホラ吹いて回んじゃねえぞ。行くぞ、長太郎」

「あ、はいっ!」


 そう言い残すと宍戸はさっさとランニングに向かった。

 その後を長太郎がすぐに着いて来る。


「何かあったんですか?」


 心配そうな長太郎に、宍戸は疲れたように答えた。


「何でもねえ。いいか長太郎、忍足のヤツが俺のことで変なうわさ話しても気にすんじゃねえぞ」

「はい」


 そして宍戸と長太郎は走るスピードをあげた。






                        続く…






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