チェンジ・ザ・ワールド☆
Go leisurely~.3
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宍戸はぎょっとした。
この間跡部に渡した下級生の練習メニューの事を跡部と相談する為に昼休みを利用して出かけていたのだが、その途中、通りかかった渡り廊下からあるものを目撃してしまったからだ。
初夏の匂いが漂う渡り廊下の少し離れた先の温室の脇に、見慣れた長身の男と小柄な少女。
長身の男は宍戸のダブルスパートナーの鳳長太郎で、少女は料理部の汐屋だった。
その2人の組み合わせも不思議で宍戸の目を引いたのだが、次の瞬間、宍戸はぎょっとした。
背の高い長太郎が汐屋に顔を寄せるように屈み、汐屋が少し背伸びして手を伸ばし、長太郎の頬に手を当て顔を近づけたのだ。
こんな誰に見られるとも分からない場所で昼間っからキスをしているなんて、まさに驚きだった。しかもあの長太郎と汐屋が。
なんだ、あいつら付き合ってたのか。
じっと見ていてはいけないと思いすぐに目を逸らし、渡り廊下を渡る。
大人しそうに見えて案外大胆なのだな、と、いつものあの長太郎の人懐っこい笑顔を思い浮かべ、次に汐屋のあの申し訳なさそうなはにかんだ笑顔を思い浮かべる。
物静かな雰囲気がなんとなく似ていて、2人が手をつないでいる姿は容易に想像出来た。
お似合い。というのだろうか。
しかしなんとなく宍戸は落ち着かなかった。
そして先日もらったラブレターを思い出す。
今日、返事をすることになっている……とは言っても一方的にもらった手紙で今日が指定されていたのだが、関東大会を前に一つ心の憂いが解消されるのは宍戸からしてみれば荷が軽くなって非常によろしい。
好きだとか嫌いだとか、そういった事に時間を煩わされたくない。これでは何の為に監督に土下座までしたのか分からなくなってしまう。
恋愛など、やりたいヤツだけで勝手にやっていればいいのだ。
周りの人間が付き合うだの別れただの言っているから自分も恋人がいなければいけないなどと、一体誰が決めたのか。
子どもの間にする苦労や苦悩は山ほどある。今は何事も全力でやるべき時だ。
それが勉強なのか運動なのか恋愛なのか、それは本人が決める事であって、誰かと同じでなければいけないはずがない。
それなのに、先ほどの長太郎と汐屋の姿がフラッシュバックしてきてしまう。
何故か苛々している自分に、宍戸は吐き捨てるように言った。
「どいつもこいつも、激ダサだぜ」
そしてたどり着いた生徒会室のドアを少々荒っぽくノックした。
中から聞き慣れた声で返事が聞こえ、宍戸は中に入る。
跡部が相変わらず優雅に椅子に座っている姿を見ると、遠慮なく目の前まで歩み寄って机の上のノートを手に取る。
「筋トレのメニューを少し減らして、ランニングを増やしたぞ」
パラパラとページをめくる宍戸に跡部が顔を上げる事無く告げた。
書き直された箇所で手を止め、宍戸は頷いた。
「おう。俺もランニング増やすか悩んだんだけどよ、ま、これが妥当だよな」
言いながら宍戸は、無意識のうちに跡部の顔をじっと見ていた。
綺麗な顔立ちをした跡部はテニスも強くて頭もいい。おまけに金持ちだし人を惹き付けるカリスマ性も持っていて、氷帝学園一モテる男と言っていい。
それこそ女子から告白された回数など、宍戸は足元にも及ばないだろう。
彼女がいるとかそういった話しを本人と直接したことはなかったが、いても不思議ではない。
そんな暇があるとは思えないが、一体このキングは彼女とどんな風に過ごすのだろうか。
本当に、ほんのちょっとした好奇心が湧いた。
宍戸の視線に気付いた跡部が訝しそうに顔を上げる。
「なんだ?」
「ーーーいや、お前ってさ、彼女とかいんの?」
宍戸からのまさかの質問に、さすがの跡部も驚いたらしい。
少し目を見開いて宍戸を見ると、次にその目を伏せて手元の書類にサインをした。
「なんだ、お前がそんなことを聞いてくるなんて珍しいな。明日は雪でも降るのか? まったく勘弁しろよ、大事な試合が控えてるんだ、部員の士気を下げるようなことだけはするな」
随分失礼な事を言う跡部に、宍戸は余計なことを聞いてしまったと少し後悔して跡部の前から離れた。
「ちっ、何となく聞いてみただけだ、んじゃあなーーーあ」
「なんだ?」
途中で立ち止まった宍戸に、跡部は苦笑しながら顔を上げる。
「今日、部活ちっと遅れるかもしんねーから」
「ーーー何かあるのか?」
「ああ、まあ……でもすぐ終わると思うし、たぶん遅れないとは思うけどよ」
「……そうか。分かった」
察しの良い跡部の事だ、恐らく宍戸がどんな用事で遅れるのか検討はついているだろう。それ以上追求する事はなかった。
宍戸が廊下に出たところで、丁度生徒会の副会長をしている女子生徒に会った。
「あ、宍戸君会長に用?」
「もう終わった」
「そう? お疲れ様」
「おう」
物怖じしなさそうな顔立ちで、副会長というだけあって頭も良く運動も出来る。おまけに見た目同様跡部に負けず気が強くて、多少強引とも思える行動力で学園を引っ張っている。
跡部の補佐が出来るのは彼女以外にはいないのではないかと言われるほどだが、かといって跡部ほど厭味ではないし優しいので女子にも人気だ。
もし跡部が彼女にするならこういう少女かもしれないな、と考えながら宍戸は副会長と別れた。
人それぞ好みがある。宍戸は多少生意気でも元気で明るい女の子が好きだ。
どちらかというと異性というよりは仲間といった感じで接する事の出来る、気を遣わないで済む女の子がタイプなのだと思う。
いじいじしてて自分の意見をはっきり言えないような大人しいタイプは、宍戸を苛々させる。
あと、声が小さいのもいただけない。蚊の鳴くような声で話されても、声の大きい宍戸が相手だと声がかき消されて会話が成立しないからだ。
自分の教室に戻って来た宍戸は、席に座った所で気付いた。
どうも先ほどから余計なことばかり考えてしまっている。おかげで跡部にもくだらない質問をしてしまった。
後で何を言われるか分かったものじゃない。
それもこれも全て長太郎の所為だ。
先ほどの練習メニューノートを開き、空いたページにボールペンで大きく、
鳳長太郎
別メニュー ランニング30キロ
と書いて満足げに笑った。
〜〜〜〜〜
宍戸は放課後の部活が始まる前、手紙で指定されていた場所へやって来た。
こちらの意志などおかまいなく、自分の都合でラブレターの返事をもらおうとする女子生徒に多少腹は立ったが、こうやって律儀に時間通りに来てしまう自分のバカさ加減の方に、多めに腹が立つ。
しかもその指定された場所は例の調理実習室横の校舎裏だ。
今日は実習室には誰もいなくて閑散としている。もし汐屋や料理部の部員がいたらどうしようかと思ったが、杞憂に終わってほっとした。
そわそわと落ち着き無く立っている宍戸の目の前には、先日サンドイッチとメロンパンの差し入れをくれた隣りのクラスの少女。
「ごめんね、一方的に手紙渡しといて返事の日時まで指定して」
まったくだ。
そう思ったが口から出て来る言葉は違う。
「別にいいけどよ」
いつも忍足に言われる言葉を思い出す。
口は悪いくせに変な所が優しい。
自覚はないのだが女相手に酷い事をするわけにはいかないし、男友達とは勝手が違うということくらいは理解している。
それが優しさだと言うのならそうかもしれない。
「それで、その……私、宍戸君の事が好き……です」
恥ずかしそうに俯き加減でそう言う少女の唇をじっと見て、宍戸はまた昼休みの光景を思い出す。
長太郎と汐屋のキスシーン。
と、突然少女が顔を上げて宍戸を見上げた。
答えを聞かせてくれ、という事らしい。
思わず身を引いてしまったが、すぐに視線を逸らして答えた。
「あー、その、なんつーかよ……悪ぃけど、俺、今そういう気がねーんだわ」
少女は途端に悲しそうな顔に変わると、そのまま自嘲気味に小さく笑った。
「あはっ……うん、そう言うだろうって分かってた。ごめんね、大会前の大事な時期に告白なんかして……」
「別に……」
何故か自分がとても酷い事をしているような気になって、宍戸は視線をぐるりと泳がせた。
そして少女にその視線を戻すと、少女は頭を下げて後ろ手に持っていた紙袋を差し出してきた。
「試合頑張ってね。応援してるから……それと、これ、また差し入れ。皆で食べて」
「ん……サンキュ」
受け取った紙袋は結構重たくて、宍戸はすぐに微妙な顔を向ける。
少女はもう一度頭を下げると走り去ってしまった。
紙袋の中を覗くと、宍戸の好きなチーズサンドがたくさん入っていた。
部活に遅れることなく到着した宍戸は、美味しそうな匂いをさせていたおかげであっという間に仲間に取り囲まれた。
向日は餌付けされた犬のように輝いた目で宍戸に飛びついて来る。もし本当に犬なら間違いなく尻尾は千切れんばかりに振られていることだろう。
忍足にはパン係、と勝手に命名されてしまった。この間からパンばかりもらってくるからだそうだ。
跡部は相変わらず優雅に着替えて、珍しく差し入れに手を伸ばしていた。
このメンバーと共に挑む関東大会が、間もなく始まる。
続く…
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