チェンジ・ザ・ワールド☆
Go leisurely~.6
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夏休み目前の放課後、宍戸は調理実習室にいた。
長太郎に用があって2年の教室へ出向いた時、汐屋と長太郎が話している所に現れたのだが、どうやら放課後例の留学生に出す料理の試食係に長太郎が跡部によって何故か選ばれ、その話しを2人はしていたらしい。
偶然現れた宍戸に長太郎は笑顔一番、
「宍戸さんも試食係手伝ってください!」
と言われ、断る理由もなかったのでのこのこ着いて来て今に至る。
あまり利用することの無い調理実習室は何だか新鮮で、汐屋と同じ2年の料理部の女子が4名でコンロの前で四苦八苦していた。
「鳳君、じゃがいも取ってくれる?」
「うん、これかな?」
「ありがとう」
人当たりのいい長太郎は女子も話しやすいらしく、先ほどから色々と手伝いを仰せつかっては女子から賞賛の声をもらっている。
宍戸はあまり後輩に人気がない。長太郎曰く、年下からは話しかけにくい雰囲気だからだそうだ。
確かに長太郎みたいに柔らかな印象は与えないだろうが、そんなに話しかけにくいだろうかとふと部屋の窓ガラスに映った自分の姿を見てみる。
すっかり短髪も見慣れたが、長太郎との特訓のおかげで生傷が絶えないのであちこち傷だらけだ。
目も切れ長で、確かに少し怖いと言われれば言えなくもない。
ガシガシと頭を掻くと、一人の少女が近づいてきて申し訳なさそうに言った。
「すみません、もうすぐ出来ますからあと少し待っててください」
宍戸が待たされて怒っていると勘違いしたのだろう。
どこかしら遠慮がちに言う少女に、宍戸は椅子から立ち上がった。
「手際が悪いんだよ、ちょっと代われ」
驚く料理部の隙間に割って入り、宍戸は包丁を手に取り野菜をどんどん切って行った。
「宍戸さんさすがですっ!」
長太郎が瞳を輝かせて感心する周りで、女の子達も感嘆する。
このくらい出来て普通だと思うのだが、要領の悪い様子を見ているとどうもあまり料理が得意ではない人間がここには揃っているようだ。
全部の材料を切り終わり、熱した中華フライパンに油を入れながらふと当たりを見た。
そこに汐屋の姿はなく、知らない顔ばかり。
休み時間に長太郎のクラスに行った時には間違いなくいたのだから、放課後もいるものだと思っていただけになんとなく意気をくじかれたような気持ちになる。
別に汐屋に会ったからといって話すことがある訳ではないのだが、あの関東大会の後偶然会って焼きそばを一緒に食べてから今日の昼に会うまで一度も顔を見ていなかったので、なんとなく話しがしたいと思ったのだ。
「いいか、料理は手順が大事なんだぜ? こんだけ人数いるんだからよ、作り始める前にちゃんと役割決めとけ」
「一応決めてたんですけど……」
「お前ら料理部なんだろ? 包丁の扱い方もなんかおっかなびっくりだしよ」
「だって指切ったら痛いじゃないですか」
「あのなあ」
呆れている所に教室のドアが開き、この間生徒会室で会った料理部部長と汐屋が入って来た。
手には資料が握られていて、どうやら跡部の所で最終チェックをしていたらしいと分かる。
「ちょっと皆、宍戸君にやらせちゃ駄目じゃない! ごめんね、宍戸君」
「すみません、部長。でも私達がやるより全然手際が良くって」
留学生が来るまでもうあまり日が無いというのに、こんな状態で本当に大丈夫なのだろうかと、宍戸と長太郎は顔を見合わせ余計な心配をしてやる。
戻って来た部長に叱られた女子達は宍戸からフライパンを受け取り、なんとか作業を進めた。
あれこれ指示を出す部長と慌ててその指示を受けて動く部員。それをまた手伝う長太郎を眺めていると、声をかけられた。
「すみません、お手伝いさせてしまって」
隣りにやって来たのは汐屋だった。
宍戸は一瞬焦ったが、すぐに笑って答える。
「別に料理作るの好きだし構わねーよ」
「そうですか……あの、これ」
「ん?」
宍戸の前に差し出されたのは材料の買い物リストだった。
これまた結構な量だ。
「こんなに買うのかよ?」
「はい、留学生が5名。生徒会と先生方、PTA役員も含めると出席者数の合計が20名なので」
「そんな人数分を料理部で作るのか。大丈夫なのか、アレで」
とても料理を作っているとは思えない混乱ぶりを見ながら宍戸が言う。
汐屋も困ったように仲間の様子を見守りながら頷いた。
「うちの部は3年生以外は料理が全然駄目で……人数もそんなに多くないから私も不安なんですけど、でも部長が3年最後の思い出にって、生徒会長にこの交換留学生歓迎会の料理を作らせて欲しいって直談判しに行ったんです。だから、頑張ってお手伝いしようとーーー」
「あー、なるほどな」
「1年はデザート担当で、実家が有名なケーキ屋の子がいて、早い段階で何を作るかとか試作もきちんと出来てるんですけど、中華担当の私達2年がこんな感じだから特訓してるんです。それで生徒会長に相談しに行ったら、身内だけでやるから進まないんだと怒られて、鳳君を試食係にするから正直な意見を言ってもらって早く形にしろって言われたんです」
生徒会長である跡部がどんな物言いをしたかを想像しながら、宍戸は汐屋の話しに頷いた。
ようするに、料理部2年は汐屋以外料理が下手なのだ。
「でもなんで長太郎が試食係なんだ?」
「部長が生徒会長の所に行った時に偶然鳳君がいたからだそうです」
「……俺の時と同じじゃねーか」
材料買い出し係に勝手に任命された時のくだりを思い出し、宍戸が眉を寄せた。
それでもきっと長太郎は二つ返事で快く承諾しただろう。
「雪緒ちゃん、次どうするんだっけ?」
「あ、はい」
部長に呼ばれた汐屋は軽く会釈をして宍戸の隣りからすぐに立ち去った。
長太郎が嬉しそうに汐屋に話しかけている。
宍戸はそんな様子を眺めながら、なんとなく心が落ち着いている事に気付いた。
あの日、焼きそばを一緒に食べた時、汐屋は宍戸の負けた試合に感動したと言ってくれた。
ろくに話したこともなかったし、学年も違う汐屋。
もし長太郎とダブルスのコンビを組まなければ、一度も会話すること無く、それどころか顔すら知らないまま高等部に行っていただろう。
そう考えると、地区大会で負けて髪を切ったおかげで汐屋と会えたと言えないこともない。
あの時負けた悔しさはもちろんまだ残っているが、汐屋がくれた言葉のおかげで少し楽になったのも事実だった。
……ああそうかーーー俺は汐屋の事が好きなんだ……
どうしてこんな簡単なことに気付かなかったのだろう。
自分が誰かを好きになるなんて思いもしていなかったからだろうか。
ふと忍足の顔が浮かぶ。
悔しいが忍足の言ったとおりとなった。
自分の為だけに料理を作ってくれたら嬉しいだなどと考えてしまうのが恐ろしい。
どうやら漸く完成したらしい料理が皿に盛り付けられ、長太郎がこちらへ笑顔を寄越した。
「宍戸さん、出来ましたよ!」
まるで自分も料理部の人間のように言う長太郎に、宍戸は苦笑しながら言った。
「ちゃんと食えるもんになったんだろーな?」
歩き出そうと足を踏み出した瞬間、ドアが開いて数名がなだれ込んで来た。
「おー、何か美味そうな匂いがしてるな!」
「ほんまや。よお、俺らも試食させてくれへん?」
そこへ現れたのは向日と忍足と滝と樺地のテニス部レギュラー陣だった。
女の子達は突然の来訪者に驚きつつも、学園の有名人達の登場に黄色い声を上げている。
「跡部に言われてね、長太郎だけじゃ不安だから俺達も試食の手伝いに行って来いって。でも宍戸がいたんなら別に必要なかったかな?」
出来上がったばかりの料理に目を輝かせる仲間を見守りながら、滝が宍戸に言った。
「人が多い方がいいんじゃねーの?」
跡部なりの気回しなのだろう。
試合に負けて悔しがる部員達を、食べ物で元気づかせてやろうということかも知れないと宍戸は思った。
自分が一番悔しいくせに、こうやっていつも仲間の為に気を遣う。
もっと普通にやればいいのに、跡部の優しさは分かりにくい。
ふっと笑いながら、宍戸と滝も皆の側へ近寄った。
続く…
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