チェンジ・ザ・ワールド☆
Go leisurely~.8
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「夏休みまであと少しですね!」
爽やかな笑顔でそう言う長太郎に、宍戸は適当に返事をした。
今日は昼休みを利用して調理実習室に来ているのだが、すっかりテニス部レギュラーが試食係で定着してしまったようだ。
珍しく跡部も足を運んでいて、料理部の特に1、2年生が緊張しているのがこちらにまで伝わって来る。
そんな緊張の中、ここ調理実習室に来る前からずっと楽しそうな長太郎の様子に宍戸は軽く呆れていたのだ。
最近部活の帰りなどに長太郎から汐屋の話しを良く聞くのだが、どうやらこの試食係のおかげで随分親しくなれたらしい。
これならいっそのこと食材調達係も長太郎に任せた方がいいのではないかと思えて来る。
でもそれを言わないのは汐屋と宍戸の二人で買い出しに行くことが分かっているから。
同じクラスでいつでも顔を合わせられる長太郎と宍戸では、これ以上汐屋との接点を見つけることが難しい。
これくらいの仕事は譲ってもらっても罰は当たらないと思う。
「跡部君、これで一通り完成よ」
「分かった」
料理部部長の声で汐屋と何やら話していた跡部が顔を上げた。
すかさず跡部のチェックが入る。
料理は和食と中華合わせて10種類とデザート3種類で、その全てが綺麗に並べられていた。
「おい起きろジロー! 起きないと昼飯なくなるぞ!」
芥川が机に突っ伏して寝ているのを向日が揺すって起こす。
なかなか起きない芥川を樺地が後ろから持ち上げて立たせてやると、すかさず向日が頬を抓る。
「ううっ……なんだよ、痛いじゃん~」
漸く起きた芥川も、胃袋を刺激する匂いでどんどん目が冴えて行ったらしく、向日と一緒に目の前に並んだ料理にテンションを上げて行った。
「おいジロー、向日、まだ食べるんじゃねえぞ」
「分かってるよ、だからさっさと済ませろよ!」
一番最初に跡部の味のチェックが入るのだ。
それをまだかまだかと待つ欠食児童、いや、テニス部レギュラー陣。
跡部は一口ずつ料理を食べては駄目出しをしていく。
「終わった料理からなら食べていいぞ」
「待ってました!!」
跡部様のお許しが出た瞬間、端の和食から全員で手をつける。
宍戸も腹は減っていたが、向日と芥川の勢いに押されて最初の一歩を踏み出すタイミングを逃してしまった。
「お前たちうるさいぞ、もう少し静かに食べられねえのか!?」
食べ物が口に入った瞬間からその事しか頭に無くなったメンバーを、跡部が叱る。
一応口では謝罪を述べているが、樺地以外跡部の言うことを聞く気はなさそうだ。
仕方なく跡部は険しい表情のまま試食を進めた。
中華料理の並びには、宍戸が汐屋から食べさせてもらった東坡肉もある。横には東坡肉を挟んで食べるための蒸しパンもある。
跡部が汐屋の作った東坡肉に箸を伸ばすのをじっと宍戸も見守る。
美食家の跡部は今までの料理全てに何かしらアドバイスをしていたから、満足のいく出来ではまだないのだろう。
汐屋の料理は跡部の舌を満足させられるのだろうか。
何故か宍戸までが緊張してしまう。
豚肉と茹でた青梗菜が蒸しパンに挟まれ、跡部の口に入って行く。
一口食べた跡部は、ほんの少し眉を上げて言った。
「これを作ったのは誰だ?」
「あ、はい。私です……」
遠慮がちに手を挙げた汐屋の顔を見ると、跡部は水を飲んで
「まあ、合格だ」
と言って次の料理に手を伸ばした。
相変わらず偉そうな態度だが、汐屋はほっとしたような顔をした。
部員たちは初めてもらった合格に、汐屋の腕を褒めている。
しかしあとに続く料理はやはり跡部を満足させるに足らなかったらしく、どこをどう改善すべきか事細かに話し合っていた。
デザートはまあ、特に駄目だしするようなこともなかったらしい。それはそれですごい。有名菓子店の娘というのは伊達じゃないということだ。
最終的に手直しが必要と思われる料理はやはりというか、2年生が担当する中華料理の1品となり、今日の放課後は料理部全員で総力戦となるそうだ。
留学生が来るまでもうあまり日にちがないし、宍戸的には跡部が満足するほどレベルの高いものを作らなくても十分だと思った。
生徒が作って歓迎してくれるというその気持ちが大切なのだから、舌の肥えた跡部に合格をもらう必要はない。宍戸達試食係が食べて美味しい位で丁度いいと思う。しかし完璧主義の跡部は一切の妥協を許さない。
他人にそれを強いたとしても、跡部は誰にも文句を言われない位自身で完璧にこなすのだから、言われた方もやるしかないのだ。
「宍戸さん、取りあえず一通り料理取ってきました!」
「おう、悪ぃな」
長太郎は甲斐甲斐しくも宍戸の食べる分を確保して持って来てくれた。
2人で顔を突き合わせながら料理を食べていると、汐屋が飲み物を持って来てくれた。
「お茶どうぞ」
「ありがとう、汐屋さん」
「どういたしまして」
「さっき跡部さんに褒められてたね」
「うん……でもあれって、褒められたのかな?」
自信なさげに言う汐屋に、長太郎は相変わらずの笑顔で答える。
「そうだよ、合格なんて、跡部さん滅多に言わないんだ。だから褒めたんだよ。ねえ、宍戸さん?」
「あ? ああ、そうだぜ。お前が作った東坡肉、美味いんだから自信持てよ」
「ありがとうございます」
頭を下げる汐屋に、長太郎が首を傾げる。
「何で宍戸さんが汐屋さんが作った東坡肉が美味しいってこと知ってるんですか?」
「あ……」
つい口にした言葉に、宍戸は慌てた。
「前に偶然東坡肉作ってた時に宍戸先輩がそこを通りかかって、食べてもらったことがあったの」
汐屋がごく普通に以前の出来事を説明してくれた。
「そうだったんだ……あ! もしかしてあの時もらってきた蒸しパンってーーー」
「汐屋にもらったやつだぜ」
「これですね!」
そう言って長太郎は皿に載せてある蒸しパンを摘んだ。
「雪緒~、ちょっといい?」
「うん、今行く。それじゃあ失礼します」
「おう」
「頑張ってね、汐屋さん」
仲間に呼ばれた汐屋を見送って、宍戸は料理を堪能した。
目の前でニコニコと屈託のない笑顔をしている長太郎。もし、自分も汐屋のことが好きだと告げたら長太郎はどんな反応を示すだろうか。
爽やかに「宍戸さんには負けません!」とでも言うかもしれない。
複雑な思いを抱いたまま、宍戸は目の前の料理を消化して行った。
「あの、宍戸先輩」
「あ?」
全員が食事を終えて調理実習室を出た後、最後にドアから出ようとしていた宍戸に汐屋が声を掛けた。
何事かと首だけで振り返ると、申し訳なさそうに俯いて近づいて来る。
「あの、お願いがあるんですけど」
一瞬ドキリとした。
別に何がどうしたという事はなのだが、お願い。という単語が妙に秘匿めいた響きで、宍戸の背中を撫でたのだ。
首だけだったのを体ごと汐屋に向けると、先に調理実習室を出た向日が廊下の曲がり角から声を掛けて来た。
「宍戸! 先行ってるぞ!」
「おお!」
そろそろ昼休みも終わる、早く戻らなくてはいけないのだが、目の前の汐屋は何だか大事な話をしたいようだ。
仕方ないので助け舟を出す。
「で、何だよ。お願いってよ」
「はい、あの……大変申し訳ないんですけど、前日の買い出しを前々日と2回手伝ってもらえませんか?」
「はあ!?」
思わず声を上げた宍戸に、汐屋はびくりと肩をすくめて頭を思い切りよく下げた。
「すっ、すみませんっ! テニスの練習があって忙しいって分かってるんですけど、どうしてももう一日前から仕込みがしたくって……」
なるほど、汐屋が作るのは東坡肉だ。仕込みに時間が掛かるから、他の材料よりも一日早く調達したいのだろう。
しかしそれくらいの荷物一人で持てるのではないだろうか。
と言おうとしてやめた。
せっかく汐屋と2人で出かけるチャンスなのだ、ここでもし宍戸が断ったら長太郎に頼むかもしれない。
まだ最敬礼をしている汐屋の頭頂部に向かって、宍戸は返事をした。
「ーーーまあ、練習の間の時間なら付き合ってやるよ」
「あ、ありがとうございますっ!」
急に顔を上げて嬉しそうに言うと、汐屋は再び頭を下げた。
心の中で宍戸は長太郎に謝罪した。
続く…
次で終わりです。
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