チェンジ・ザ・ワールド☆
雨の日に〜2−4
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2-4
初めて入った警察の取調室は、意外と奇麗だった。もっとじめじめして煙草臭いイメージがあったが、それは昔のテレビドラマの影響らしく、日当りも良いし高そうな緑茶まで出された。
目の前の若い刑事は、困った様な顔で岡部を見つめていた。
「岡部さん、もう一度お聞きします。昨夜本村理絵さんと別れたのは、夜の何時頃ですか?」
若い刑事は静かに尋ねた。
「夜の11時を少し過ぎたくらいだったと思います……」
「どこで別れましたか?」
「商店街のタバコ屋の近くで……」
何度同じ事を尋ねられただろう。岡部はいい加減うんざりしていた。
岡部は朝からこの調子で事務的に同じ事を繰り返し答えていた。
授業はどうなっただろう。
ぼんやりと子供たちの顔を思い浮かべる。心配しているだろうか、塾には何と言って連絡が行っているのだろうか、クビになったらどうしようか。岡部の思考はぐるぐると渦巻き、言いようの無い不安と不快感で一杯になった。
「正直に答えてもらわないと困るんですよ、岡部さん。あなたは本村理絵さんと別れた後、すぐに彼女の後を追いかけたでしょう?」
若い刑事は静かだが、どこかしらストレスを感じる声でそう尋ねると、目の前に座る男の顔を見た。
岡部の目はどこを見つめるともなくただ開いているだけの様で、不気味だった。
今朝発見された本村理絵の遺体は、商店街からさほど遠くない川の土手で発見された。詳しい検死はまだ行われていないが、他の連続殺人事件の遺体と同様、ナイフで数カ所を刺され、刺された事による出血多量が死因だった。殺害されたのはおそらく昨夜11時から12時の間という事だった。
「だから何度も言ってるじゃないですか……最近物騒だから彼女を家まで送ろうと思って、走り出した彼女をすぐに追いかけたけど、見失ったって……」
岡部の答えは、何度聞いても変わらなかった。それどころかだんだんと言葉に力がなくなり、目も虚ろになってきている。
「ああ……そうだーーー揺れるナイフ……振り返る女性……」
ぶつぶつと何を言っているのか分からない程小さな声で呟く岡部に、若い刑事はくせのある髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き回し、椅子の背に体を預けた。
「失礼します……津田刑事、課長がお呼びです」
ノックをして入って来た警官が岡部の前に座る刑事に敬礼をすると、津田と呼ばれた若い刑事は椅子から立ち上がった。
「岡部さん、少し休憩しましょう。コーヒーでもお持ちしますね」
津田は入り口の近くに座る警官の肩をぽんと叩き、部屋を出て行った。
加藤は霊安室で泣き崩れる本村理絵の両親と、坂井の後ろ姿をぼんやりと眺めていた。
友人の岡部進一は今、目の前で冷たくなっている本村理絵殺害の容疑で、朝から取り調べを受けている。加藤は容疑者の友人と言う事で今は捜査から外され、なす術無く友人の取り調べの経過を聞かされるだけだった。
「畜生っ!!」
霊安室から出た廊下で加藤はベンチを思い切り蹴り上げた。苛立を発散させるべき対象となったベンチは勢いよく床から飛び上がり、見事にひっくり返った。
ものすごい物音に驚いた、廊下を歩く数名が何事かと加藤を振り返る。怒りの矛先を向けられたベンチの哀れな姿と、怒りをぶつけて、密かにベンチでぶつけた右足の脛の痛みに顔をしかめる加藤を見て、触らぬ神に祟りなしと誰もが通り過ぎた。
ガチャリとドアが開き、本村の両親と坂井が出て来た。
「加藤さん……岡部先生が犯人だなんて、そんなの、嘘ですよね?」
目を真っ赤に腫らし、坂井は加藤に縋り付く様に言った。坂井の肩を掴み、加藤はぐっと言葉を堪えた。岡部の友人である以前に自分は刑事なのだ。
「必ず犯人を捕まえて下さい、刑事さん!」
本村の母親はハンカチで涙を拭いながら加藤の腕を掴んだ。
「今事情聴取を受けている男は春香ちゃんと同じ塾の先生なんだろう? その人が本当に犯人なのかね? 春香ちゃんも信頼しているその先生が、犯人だという証拠はあるのかね?」
本村建設の社長は涙の止まらぬ妻の肩を抱き寄せ、加藤を見上げた。
「……まだ、彼が犯人であるという証拠がある訳ではありません。しかし、彼が容疑者の一人であるという事実は変わりありません……」
「そんなーーーそんなーーー」
何度もそう言いながら、坂井は再び大粒の涙をこぼした。
「加藤刑事……これから詳しい検死に入りますけど、いいですか……?」
後輩の刑事が加藤のそばで涙を流す本村の両親と坂井をチラリと見て言った。
「ーーーああ」
空を睨む加藤の迫力に気圧された刑事は、急いで後ろに控える数名と共に霊安室へと入った。
本村夫妻と坂井が帰った後、何度目かの抗議に課長の下へと押し掛けて撃沈した加藤は外の喫煙所のベンチに埋もれていた。
課長が言うには、いくら岡部が犯人であるという決定的な物的証拠が無いとはいえ、状況的には岡部が本村理絵殺害の第一容疑者であることには変わりない。だから岡部が犯人では無いという証拠が出ない限り、勾留期間ぎりぎりである一週間は釈放しないと上で決定した為、加藤がどんなに抗議した所で岡部の釈放はあり得ないのだと言う。
あのインテリキツネメガネめ……
煙草の煙を気怠そうに吐き出しながら、加藤は廊下の端を歩く津田を目の端に捕らえた。
「おい、津田!」
急いで煙草の火を揉み消し、加藤は津田の下へと走った。
「先輩……丁度良かった、今探しに他の連中を行かせた所で……」
「何かあったのか!?」
鬼気迫る加藤の様子に押され、津田は後退りした。
「い、いや。あったと言えばあったし、無いと言えば無いし」
はっきりしない津田の態度に、加藤は郷を煮やして歩き出した。
「何で俺を捜してたんだ?」
「あの、署長室へ来いとのことで……」
「よし、行くぞ」
「は、はいっ……」
慌てて加藤の後を追いながら、津田は頷いた。
署長室の前まで来ると、数人の警官が立っていた。加藤に気付いた警官が敬礼をする。加藤は警官に軽く会釈をし、署長室のドアをノックした。
返事があり加藤と津田が中に入ると、テーブルを挟んだ立派な革張りのソファーに、相田(あいだ)署長と加藤の父親である加藤健吾(けんご)が並んで座り、こちらを見ていた。
ふと加藤は動きを止めた。
何故なら加藤の入室に気付いて立ち上がった女を確認したからだ。
ゆっくりと振り返るその女性は、加藤が一瞬動きを止める程美しかった。
「ああ、成川先生、このごついのが加藤、その横の若いのが津田です。加藤、津田。こちらは科学警察研究所の成川皐子(なるかわ こうこ)先生だ。我々と共に連続婦女暴行刺殺事件を解決するために国から派遣された、元FBIでも勉強をされた犯罪心理学の先生だ。加藤と是非組みたいとおっしゃるので、お前に紹介しようと思って呼んだんだ」
加藤と津田は成川の美貌に見蕩れながら頭を下げた。
「初めまして、成川です。捜査の邪魔にならないようにしますので、どうぞよろしくお願いします」
頭を下げる成川の長い髪が、さらさらと肩から滑り前へ垂れた。ただそれだけの動作に、加藤は何故だかどきりとさせられた。
続く…
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