チェンジ・ザ・ワールド☆
雨の日に〜3章−1
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3-1
第三章
今日も岡部は取調室に入れられていた。
昨日と違うのは、部屋にいるのが成川と、端の机で何やらノートパソコンに打ち込む若い刑事の三人という所だ。
「岡部さん、昨夜は眠れましたか?」
明るく問いかける成川に、岡部は困った様に微笑んだ。
正直ここ二日間まともに眠れていない。
警察に連行された日は夜遅くまで取調室に入れられていたし、本村の事や坂井の事が気になって眠る所では無かったのだ。
昨夜は成川達が取調室を出た後、捜査一課の増田という課長がやってきて、津田と後藤という若い刑事達に何十回も繰り返し聞かれたのと同じ質問を何時間も延々とされた。
やっと解放され堅いベッドに横になって目を瞑っても、歪んだ顔の男達に繰り返される質問が頭の中を渦の様に回って気分が悪くなってしまい、ろくに眠れなかったのだ。
「警察というのは嫌な仕事です。疑わしきは全て疑って掛からなければいけないし、残念な事に誤認逮捕も未だにあります……嫌な事もあるでしょうが、少なくともあなたを信じて行動を起こしてくれている人がいますーーーもちろん私もその内の一人です、だからもう少しだけ我慢して下さいね。きっと無実は証明されますから」
成川の言葉に、岡部はふと不器用で無骨な加藤の顔を思い出した。
「……はい、ありがとうございます」
少しだけ、気分が楽になった様な気がした。
「それでは昨日の続きをしましょう。いいですか?」
岡部は静かに頷いた。
「ここに被害者の写真があります……」
そう言って岡部の目の前に三枚の写真が並べられた。どれも生前の写真らしく、三人とも楽しそうに微笑んでいた。
「岡部さん、この人達をよく見て下さい。見覚えはありませんか?」
岡部は一枚一枚を手に取り、じっと見つめた。
ふと何か記憶の奥底を突つく様な、もやもやとした感じがして、さらに写真を見つめた。
「……どこかで、見た事がある様なーーー」
「それは現実ですか? それとも頭に浮かんだ映像ですか?」
成川の質問に目を瞑り記憶を辿る。
頭に浮かんだ映像は、女性の顔を見る事は一度も出来なかった、見えたのは後ろ姿だ。しかし以前頭に浮かんだ映像に、岡部は女性にあった事がある様な気がした事を思い出した。が、はっきりとは分からない。
「どこかですれ違ったりしたかも知れませんが、分りません。頭に浮かぶ映像では、残念ながら女性の顔は見た事が一度もないんです」
岡部の答えに成川は二度頷くと、パソコンに何やら打ち込んだ。
「では次の質問です。あなたが見た映像ではナイフを持った人物が女性を狙っている感じだという事でしたが、そのナイフを持っている人物は男ですか、女ですか?」
「それも……分りません」
「背格好だけでも何となく分りませんか? こう、華奢だとかがっしりしているとか……」
「そうですね、どちらかといえば小柄な感じでした……」
そう答えながら、岡部はあの日加藤が見つけてつかまえ損なった男性を思い出した。あの男も小柄だった。
はっと何かを思い出した様な表情を一瞬した岡部を、成川は見逃さなかった。
「何か思い当たる事でも……」
「あ、はい……加藤から聞いているかも知れませんが、少し前に殺された本村理恵さんと友人の坂井春香さんの事をじっと見ていた怪しい中年の男がいたんですけど、何となく頭に浮かんだ人物の輪郭に似ているんです」
「ほっ、本当ですかっ!?」
がたんと椅子から立ち上がり、成川は目を見開いた。
「いえ、はっきりとは分からないんです。何となくなんですけど」
急に立ち上がった成川に驚き、岡部はだんだんと自信がなくなってきた。語尾に力が無い。
「いいえ、十分です。加藤さん達に後で報告しておきますね。やだ、私ったらいきなり立ち上がったりして……では次の質問です」
んんと咳払いをして、成川は美しい顔を少し赤らめた。
「ナイフを持った影や女性以外の別の人物を見た事はありますか?」
「いいえ……それ以外は暗い道とかで、他には誰も」
「そうですか……」
成川はそこで右手を顎に当て、何やら考え込んだ。そしてパソコンに何やらまた打ち込んだ。
「女性が怒っているとか、驚いているとかは無いですか?」
「いいえ、そんな様子は……」
ちらりと目線を上げると、成川はパソコンの画面を穴があきそうな程じっと見つめていた。
こうしてじっくり成川の顔を見るのは初めてかも知れない。
岡部は成川の美貌に驚いた。年齢は岡部より少し下だろうか。化粧っけはあまりないが、なかなかお目にかかれない程の美人だ。
すうっと通った鼻筋に、薄い唇。優しそうな顔だが、その瞳の奥には一本筋の通った意志の強さが見て取れる。加藤の好みにピッタリだとふと思った。
先程から黙ったまま考え込む成川の長い髪の毛に窓から差し込む光が当たって、ツヤツヤと艶めいていた。
「どうかされましたか?」
じっと自分を見つめる岡部の視線に気付き、成川が尋ねた。
「あ……いえ。あの、失礼ですけど成川さんはおいくつですか?」
まさかそんな質問をされるとは思っていなかった成川は驚いた。
「え、歳……ですか?」
「あっ……すみません、女性に歳を聞くなんて失礼ですよね……ははは」
「いいえ、別に……ただ岡部さんに質問されるなんて思っていなかったから驚いただけで……ふふふ。いくつに見えます?」
人間とはどうしてこうも自分が好きなのだろうか。人に歳を尋ねられた際、こうやって他人に自分の年齢を当てさせる事を好む傾向にある。
もちろんそう言った行為は、少しでも若く言われて喜びたいからという自己満足によるものなのだが、成川は敢えて質問してみた。
「そうですね……僕よりはお若そうですから、26歳くらいですか?」
優しい岡部は思ったよりさらに若く答える。
「ふふ。岡部さんって本当にお優しいんですね。私今年で31ですよ」
「え……?」
それでもやはり若く見える。
「岡部さんは加藤さんと同級生でしたよね? だから私は岡部さん達より一つ年下ですね。ちなみに彼氏もいない寂しい負け犬女ですよ」
そう言って微笑む成川は、少しも厭味っぽくなかった。
と、そこへ課長がやってきた。
「成川先生、ちょっと代わって頂けませんか?」
成川は明らかに嫌そうな顔を一瞬して、すぐに元に戻すと椅子から立ち上がった。
「ええ、どうぞ。それでは岡部さん、今日は失礼しますね……」
成川が部屋を出て行くのを見送ると、課長は眼鏡を軽く持ち上げ岡部の前に座った。
また、鬱々とした時間が始まった。
続く…
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