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雨の日に〜3−2

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3-2
















 どんどんと流れる車窓から見える景色はずっと灰色で、加藤は少しうんざりしていた。

 隣りに座る津田をチラリと見ると、嬉しそうに弁当に食いついている。

 幸せそうな顔しやがって。


「加藤さん、お弁当食べないんですか?」


 ふと加藤の向かいに座る成川が尋ねて来た。

 その時加藤は自分の弁当が少しも減っていない事に気付いたのだった。


「え、いや……」

「ふふ、加藤さんお箸握ったまま全然動かないから、電池が切れちゃったのかと心配しましたよ」


 そう言って成川は微笑んだ。

 美しい笑顔に加藤は難しい顔をして、再びうんざりする景色を見た。


「先輩、食べないんだったら俺がもらってあげましょうか?」


 津田のデリカシーのない言葉にため息が出る。

 成川の助言により捜査範囲を広げた際に、加藤達は漸く写真の男の情報を掴んだ。

 とはいえ確かな情報では無く、加藤達の住む町から電車に乗って一時間ちょっとかかる隣の熊本県警からの情報で、写真の男性になんとなく似た中年がいるらしい、といういまいち信憑性の無い情報なのだ。

 そのなんとなく似ているという曖昧な情報ですら、何の進展もない加藤達にとっては飛びつきたい程嬉しい情報であり、喜び勇んで課長に許可を取り電車に飛び乗るに値するものなのだ。

 ただ一つミスがあったとすれば、それは警察署を津田と二人で出て行く所を成川に見つかった事だろう。

 別に三人で出かける事に不満は無いのだが、加藤はどうも成川が苦手に感じるのだ。殺人事件、しかも連続殺人事件だというのに、成川からは緊張感や焦りといった類いの雰囲気があまり感じられない。

 殺伐とした職場で仕事をしてきた加藤にとって、成川は異色すぎるのだ。

 科捜研の連中ともまた違う、何かしら独特な雰囲気を持っている。顔が奇麗だというのもその原因の一つかも知れなかったが、性格による所が大きいだろう。


「先輩、もしかして電車に酔ったんですか?」


 津田に再び声を掛けられ、加藤は成川を見ていた事に気付いた。

 どうしてこんなに気になるのだろうかと、首を傾げて弁当に食らいついた。


「生まれてこのかた、一度たりとも乗り物酔いなんかした事ないよ」

「はは。まあ確かに、どっちかって言うと、乗り物の方が先輩に酔いそうですもんね」

「お前、さらっと失礼なやつだな」


 弁当をあっという間に平らげ、加藤は津田に男の詳しい情報を聞いていた。


「そいつは一体何者なんだ?」

「ええと、古井牧夫(ふるい まきお)、年齢五十五歳。老舗の呉服店の店主ですね……家族構成は息子の明夫(あきお)、二十五歳。明夫の妻仁美(ひとみ)、二十四歳。牧夫の父親の杜助(もりすけ)、八十五歳。この四人です」

「牧夫の嫁は?」


 続けて加藤が質問をする。


「えっと、八年前に病死してますね」

「なるほど……しかし今時呉服店なんかでよくメシが食えるな」

「はは。俺もそう思ったんですけど、何でも関西の方の置屋とか福岡や熊本の高級旅館や料亭に得意先があるみたいで、評判も良いみたいですよ」


 そう言いながら、津田はペラペラとメモ帳を捲って一人で頷いていた。


「息子夫婦に子供はいないのか?」

「ええと、いませんね。息子の明夫は現在京都の呉服屋に修行に行ってるみたいです。いいですね、京都。高校の修学旅行で行きましたけど、あんな所なら住みたいなあ……」

「お前修学旅行京都だったのか?」


 目を丸くする加藤に、津田は少し怪訝な顔をした。


「え? そうですよ。先輩はどこに行ったんですか?」

「俺達の時代は私立高校以外は皆長野にスキーと決まってたんだ……京都行きたかったのになあ」


 ぼそりと答える加藤を見て、成川は何だか微笑ましかった。

 そして曇り空の中、漸く開けた街並が窓の外に見え始めた。

















 問題の古井呉服店は、荒巻駅目の前の商店街の一等地に構える、なかなか立派な店だった。


「うわあ、奇麗な着物」


 店内のマネキンに着せてある美しい着物に、成川は目を輝かせていた。化粧っけが無いとは言え、そこはさすがに女性だ。着物に興味があるらしい。


「いらっしゃいませ……」


 店の奥から出て来た着物姿の若い女性に、津田は警察手帳を見せながら会釈した。


「こんにちは、ちょっとお尋ねしたい事があるんですが……古井牧夫さんはいらっしゃいますか?」


 物腰の柔らかい津田と、今にも襲いかかって来そうな加藤と美しい成川を見比べながら、着物の女性は不思議そうな顔をして、はあと生返事をすると奥へと消えて行った。

 しばらくすると、女性は着物を着た中年の男性を連れて戻って来た。


「はい、私が古井牧夫ですが……何か?」


 古井牧夫と名乗る人物を見た瞬間、加藤はゾクリと背筋がうごめいた。


「お忙しい所、大変すみません。二、三お聞きしたい事があるんですけど、宜しいですか?」


 津田は男に警察手帳を見せながら微笑んだ。


「警察の方が私に一体何をお聞きになりたいんでしょうか?」


 神経質そうな男の顔を見ながら、加藤は不思議な感覚を覚えていた。

 似ている? いや、何か違う……


「ええ、ちょっとこの写真を見て頂きたいんですけど……」


 そう言って津田は商店街の防犯カメラに写った、中折れ帽子にトレンチコートを着た男の写真を見せた。


「あれ、お養父様によく似た方ですねぇ」


 牧夫の横から写真を覗いていた女性が言った。


「ああ、本当に良く似てる……この写真は?」


 牧夫の質問に、津田が答えた。


「いえ、この写真の男性を捜しているんですが、手掛かりがなくって……こちらのご主人が似ている様だと聞いたものですから」

「でもお父様はこんな髭は生やしてませんよ?」


 再び若い女性が言う。


「こら、仁美さん。刑事さんは私にお話があるんだから」


 牧夫に嗜められ、仁美は肩を竦めて苦笑いをした。


「はあい……」

「失礼ですけど、眼鏡はいつも?」


 加藤の質問に、牧夫は照れた様に笑った。


「ええ、子どもの頃から本ばかり読んでいましたので、眼鏡が無いと殆ど見えませんで」

「ちょっと外してみてもらっていいですか?」

「はい、いいですよ」


 そう言うと牧夫は眼鏡を外してみせた。


「……ありがとうございます」


 加藤は首を捻りながらも頭を下げた。


「あの、ご主人、最近堂ヶ崎市にお出かけになりませんでしたか? ここ2・3週間以内で」


 津田に質問されて、牧夫は首を傾げた。


「いいえ、関西には反物の仕入れで十日程前に出かけましたが、堂ヶ崎のお客様の所には最近出向いてませんね」

「そうですか……それでは」

「ありがとうございました。もしかしたらまた何か聞きに伺うかも知れませんが、その時は宜しくお願いします」


 津田が次に何か言おうとするのを遮って、加藤は無理矢理津田を引っ張ると、牧夫達の店から出て行った。

 慌てて成川も二人に会釈をして加藤の後を追った。













                                  続く…















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