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雨の日に〜3−3

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3-3
















 「ちょっと、先輩! 何で途中で帰るんですか!?」


 店の外に出てしばらく加藤に引きずられた津田は、漸く立ち止まった加藤に抗議した。


「どう思う?」


 加藤は成川に尋ねた。


「そうですね……嘘を吐いている様には見えませんでしたけど……実際に写真の人物に会ってるのは加藤さんですし……同一人物ですか?」


 成川の質問に加藤は首を捻った。


「ううん……良く似ている。というか、70%同一人物に見えた……」

「ええっ!? じゃあやっぱり今の牧夫が!」


 狼狽える津田の首を掴んで、加藤は続けた。


「しかし何かが違うんだ……」

「違うってーーー髭と眼鏡ですか?」

「そんなんじゃなくて……何て言うか……」


 写真の男は奇麗に整えた髭が顎にあって、眼鏡は掛けていない。それに比べて牧夫は奇麗に髭を剃り、度の厚い眼鏡を掛けている。


「髭なら付け髭だってあるし、後から剃ったとも考えられるじゃないですか。眼鏡だってコンタクト付ければいらないし……」


 横からぶつぶつ言う津田を睨みながら、加藤は頭を左右に振った。


「いや、あれは付け髭なんかじゃなかった。目の前で見てるんだぞ? それくらい見分けがつくに決まってるだろうが。まあ確かに髭は剃ってしまえば無くなるが……何ていうか、そう、本当にそっくりなんだ。身長は写真の男の方がだいぶ低かったが……」


 それに古井牧夫は、加藤の顔を見ても驚いた素振りは見せなかった。


「さすがに身長はごまかせませんね。写真の男が高かったってんなら、シークレットブーツって手もあるんですけどね……」

「世の中には似た人間が三人いるって言いますからね」


 成川の言葉にも、加藤は違和感を感じた。

 限りなく白に近い黒……? いや、白か?

 すっかり考え込んでしまった加藤は、せっかくの情報が無駄になってしまう事を恐れている様だった。


「せっかくここまで来たんですから、少し古井呉服店の事を近所の人とかに聞いてみません?」

「そうですね! 公費の無駄遣いって課長に厭味を言われない為にも。大体話しの途中で先輩が店を出ちゃうから……」


 成川の提案に、津田は大いに賛成した。


「悪かったな……聞き込みは元からするつもりだよ」













 聞き込みは誰に聞いても良い話ししか出なかった。

 皆優しくて気が利く、素晴らしい家族だと口を揃えて言う。


「よっぽど人徳がある家族なんですね」


 休憩に入った喫茶店で、津田がメモ帳を見ながら呟いた。

 何かと不幸な家なのに、商売柄なのか周囲にはとても評判がいい。


「……気に入らねえ」


 目の前に出されたコーヒーを飲みながら、加藤はぼそりと吐き捨てた。


「そうですねぇ」


 成川は加藤の呟きに同意した。

 加藤はふと窓の外を見た。

 商店街のアーケードの中は行き来する人で賑わっている。加藤達の住む町とはえらい違いだ。

 商店街のアーケードというものは、天気が悪くても買い物がし易い様に作られているはずだ。少なくとも、ここの商店街はそれがきちんと機能していて、活用されている。

 自分の住む町より規模が大きいこの街ならば当たり前なのかも知れないが、流石にここまでの差を見せつけられると、あんな寂れた薄暗い町の市民を、必死になって守る事に何の意味があるのかとすら思えてしまう。


「気に入らねえ……」


 自分の頭の中を過った考えと、賑わう街を否定しながら再び同じ言葉を呟いた。


「あ、そう言えば」


 ペラペラとメモ帳を捲っていた津田が、間の抜けた声を上げた。


「どうしました?」


 不機嫌そうな加藤は窓の外を眺めたまま、津田に興味を示す事無くコーヒーを飲んでいた。その代わりに成川が津田に尋ねる。


「いえ、さっきの呉服屋の奥さんですけど、高校が坂井春香さんや本村理恵さんと同じですよね……歳も一緒だし」

「何だって!?」


 加藤は直ぐさま前の椅子に座る津田を睨み、メモ帳を取り上げた。

 聖パトリキウス女学院高等部卒

 メモにはそう書かれていた。


「お前、何でもっと早くそれを言わないんだ!」

「え? いやあの……すみません」


















 「ええ、もちろんテレビで見ました……本当にびっくりして……じゃあ、刑事さん達は本村さんの事件の捜査をしてらっしゃったんですか?」


 再び古井呉服店を訪れた加藤達三名は、仁美に事件の事を尋ねていた。


「奥さんは殺された本村理恵さんと高校の同級生なんですね」


 津田の質問に仁美ははいと首を縦に振った。


「でも本村さんとはクラスも違いましたし、友達というほどの付き合いはしてませんでした。彼女、ちょっと変わってたから学校でも浮いた存在だったし……ああ、確か坂井春香さんが仲良かったですよ」

「ええ、それは知ってます。奥さんは坂井春香さんとは親しかったんですか?」


 津田の質問に、仁美は一瞬眉をひそめた様に見えたのを、成川は見逃さなかった。


「まあ、クラスも一緒でしたし、あの子頭良くて面倒見も良いし、皆と仲良くしてましたよ」

「個人的な付き合いは無かったんですか?」


 強面の加藤の問いに、仁美は苦笑いをした。


「そんなに深い付き合いは……」

「……そうですか」

「あ、すみませんもう一ついいですか?」


 仁美と加藤のやり取りを見た津田が尋ねた。


「最近本村さんとお会いになったことは?」

「いいえ、彼女とは高校を卒業してから一度も会ってません。確か、高校卒業したらすぐにアメリカの大学に行ったと聞いてましたけど。日本に帰って来てる事も、この間ニュースで殺されたって聞いた時に初めて知ったくらいで……」

「そうですか、分りました。ところで、牧夫さんは本当に最近関西方面以外にお出かけにはなってないんですか?」


 津田の質問に、仁美は首を捻った。


「え? ええ、空港まで送ったのも迎えに行ったのも私ですから……あのお、さっきの写真の人と義父が何か関係あるんですか?」


 不安そうに津田を見上げる仁美を、加藤は横からじっと見つめた。


「関係があるかどうかを調べているんです」

こちらはご親戚はいらっしゃらないんですか?」


 急に成川が質問をしたので、津田と仁美は驚いた。


「え? あ、親戚ですか。おじいちゃんには妹さんが一人いたそうなんですけど、病弱で子どもの頃に亡くなったそうなんで、他にはいないと思いますけど……」

「……そう、ですか」


 成川が残念そうに呟くと、奥から仁美を呼ぶ声が聞こえた。


「あっ、すみませんちょっと失礼します」


 そう言って仁美が加藤達の前からいなくなると、しばらく成川は無言で床を見つめていた。


「親戚が全然いないなんて、信じられないですね」


 津田がメモ帳に仁美から聞いた事を書き込みながら呟いた。

 加藤はなにやら考え事をしている様で、津田の呟きには何も答えなかった。


「遠い親戚ならいると思いますけど……この際遠い親戚も聞いておいた方がいいですね」

「それよりこの写真の男を、じいさんにも見て貰った方がいいんじゃねえか?」


 津田と成川の会話の間に、加藤はぼそりと言った。


「ああ、そうですね


 そう津田が顔を上げたと同時に、仁美が奥から老人と共にやって来た。

 白い立派な髭を顎に蓄え、灰色のとても上品な着物を着たその老人は、精悍な表情で加藤達を見た。


「あの、祖父の杜助です。刑事さん達が養父に似た男の人を探しにいらしてると言ったら、自分もその写真が見たいと言って……」


 仁美は椅子を持って来て杜助の後ろに差し出すと、杜助はとても九十前とは思えないしっかりとした動きで、椅子に座った。


「あ……初めまして、私堂ヶ崎市警捜査一課の津田と申します」

「同じく捜査一課の加藤です」

「科学警察研究所の成川です」


 三人は杜助に頭を下げて挨拶をした。


「初めまして。古井杜助です……年寄りですので、座ったままで失礼いたしますよ」


 とても物腰の柔らかな口調でそう言うと、杜助はぺこりと頭を下げた。さすがは商売人だ、人当たりがとても良い。

 椅子に座っている姿も堂々としている。


「儂に牧夫に似ているという男性が写っている写真を、見せて頂けませんかな?」


 杜助に言われて、津田は慌てて成川が持っていた男の写真を杜助の前に持って行った。

 杜助は津田から写真を受け取ると、じっと写真を見つめた。その場にいた全員が杜助の動向をじっと窺う。

 かっと杜助の目が見開き、一瞬にして顔色が真っ青になった。


「どうかされましたか?」

「……あ、い、いや、どうも気分が悪いようです。申し訳ないが奥で休ませて頂きます……」


 そう言うと、杜助は直ぐさま奥へと消えて行った。

 加藤達は杜助のおかしな様子に、顔を見合わせた。

 しばらくして奥から仁美が戻って来ると、深々と頭を下げた。


「申し訳ありません、おじいちゃんは写真の方は知らないと言ってます。今日のところはお引き取り下さい」


 そう言われてはこれ以上追求する事も出来ない。三人は仕方なく古井呉服店を辞する事にした。














                                  続く…















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