チェンジ・ザ・ワールド☆
雨の日に〜5章−1
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5-1
第五章
走っても走っても前へ進めない。
しかも自分の体がまるで水中にあるように重く、思う様に動かせないでいる。
目の前なのに……
あと少しで手が届くのに……
赤い世界にたった一人、悪夢の様な空間の中で、男は必死になって自分の目の前にある卵くらいの大きさの赤ではない場所。光りの見える方へと走っているのだが、一向に辿り着く気配がない。
周りの景色はどこまでも赤いだけで、何もないから進んでいるのか分からないだけかも知れないと自分自身に言い聞かせるが、光りとの距離は縮まる事は無かった。
疲れ果てた男は足を止め、ひどく薄く感じる空気を大きく吸い込んだ。
熱い、苦しい……
吸い込む空気までもが燃える様な赤色で、男の咽頭がまるで火傷でもした様に熱かった。
苦しくなって自分の喉を押さえると、そこからどろどろと肉が溶け出す感触がして男は驚いた。しかし驚いただけで泣き叫ぶとか、溶け出す肉をかき集めるなどする事は無かった。
ただ、どんどん溶けて行く自分の体をしっとりと両腕で抱きながら、心の中で呟いた。
誰か、助けて……助けてーーー
ガチャリ
「っ!?」
突然室内に響いた金属音に、岡部は驚いて目を覚ました。
「岡部進一さん、出て下さい」
びっしょりとかいた汗に、目を丸くして入り口のドアを開ける警官を見上げた。
「岡部さん? 出て下さい」
再び警官に言われ、岡部は半ば放心したまま立ち上がった。
言われるまま警官の後を付いて行くと、刑事達が数名立っていた。中には加藤の姿もあり、岡部はその見慣れた顔にひどく安堵した。
加藤が静かに微笑んだのを見て、岡部は自分が漸く自由になれるのだと確信した。
完全に容疑が晴れた訳ではないが、もうあんな不毛な取り調べを受けずに済むのだと思うだけで、岡部は嬉しくて堪らなかった。
しかし、留置所から出た岡部を待っていたのは、思いも寄らない塾からの厳しい連絡だった。
釈放されたとはいえ、まだ新犯人が捕まった訳ではない。塾側として大変申し訳ないが、容疑者として警察に疑われている以上、岡部を雇い続ける事は出来ないというのだ。
「自分には天職だと思ってたんだけどなあ……」
そう言いながら、岡部は自嘲気味に笑ってコーヒーを飲んだ。
「……でも、清ちゃんがきっと犯人を捕まえてくれるから、そしたらまた仕事探せばいいじゃない」
ガブリエルで佐知子に励まされながら、岡部は一口コーヒーを飲んだ。
養父母は岡部の釈放に涙していたが、聞いた話しに寄れば、心ない市民から容疑者の親としてかなりひどい目に遭ったらしい。
その事を聞いた時は、自分が疑われていた時よりも遥かに辛かった。
カラン カラン……
静かにドアが開く音がした。
「あら、先生いらっしゃいませ」
佐知子の声に、岡部も入り口を振り返った。
「あ……」
やって来たのは成川だった。成川はカウンターの向こうの川岸夫妻に頭を下げ、岡部の隣りへやって来て微笑んだ。
「隣り、いいですか?」
「どうぞ」
岡部の隣りに座ると、成川はコーヒーを注文した。
「岡部さん、あれから何も見ませんか?」
成川のいう見るとは、もちろん岡部の脳裏に突然浮かび上がる映像の事だ。岡部はここ数日何も見ていなかった。
「いいえ……何も」
岡部の答えに、成川も残念そうだった。
「そうですか……」
「あの、俺以外に怪しい人物が浮かんで来たから、釈放されたんですよね?」
岡部は目の前の青いコーヒーカップを見つめながら尋ねた。
「ええ。加藤さんと津田さんが凄く頑張って探し出したんですよ」
「やっぱり、あのコートを着た男の人ですか?」
岡部も加藤と一緒に秋杜本人を目撃している人物なのだ。
「ええ……」
「加藤は今……」
「今調べものがあって、署の方でバタバタしていますよ。それが終わったらまたあちこち行かないといけません」
「そうですか」
どうやら加藤と成川のおかげで、岡部は釈放されたらしかった。
岡部が見る不気味な映像の件も、成川という国の偉い先生の出した診断によって、犯人ではない第三者が見る超能力的現象として見なされた様だ。
加藤達が必死になって追っている、あの中年の男にはまだ辿り着いていない様だが、遠くで耳鳴りがなっている様な不快な気持ちを感じずにはいられなかった。
「あの……俺に何か出来る事はないですか?」
成川は岡部の顔を見た。
「どうせ仕事もクビになったし、俺に出来る事なら何でも手伝いたいんです。加藤や成川先生達のおかげでこうして無事に出られたんだし」
「困りましたね……気持ちは大変嬉しいんですけど、民間人と一緒に行動するのはさすがに難しいですよ……」
成川は佐知子が運んで来たコーヒーのカップを握った。
「じゃあ、今まで分っている事を俺にも教えて下さい。俺一人でも出来る事を何か考えますから」
「ーーーー」
成川は岡部の真剣な目に、一瞬戸惑った。情報を勝手に漏らす事は出来ない。
「出来る範囲でもいいんです。自分が巻き込まれた事件だし、何かやってないと不安で……」
そう言う岡部から成川は何となく視線を逸らした。
ふと窓の外に人影が見えた気がして、成川は動きを止めた。成川が振り返ったとほぼ同時に人影は消えた為、気のせいかと思ったが何か気になった。
カラン カランーーー
成川が首を傾げると、加藤と津田が入って来た。
「岡部!」
加藤は岡部の姿を確認すると、一直線に岡部の元へやって来た。
「加藤、ありがとう。お前のおかげで何とか出られたよ」
「そんな事はどうでもいいんだよ、それより色々と分って来たんだ」
岡部の礼をはね除けると、加藤は岸本にコーヒーを頼み岡部の隣りに腰掛けた。その隣りに津田も腰掛ける。
「テーブルに座って話したら? それじゃ話しにくいでしょうに」
ずらりと4人カウンターに並んだ滑稽な状態に、佐知子が呆れた様に言った。
「奥の席に行くか」
加藤が言うと、岡部と成川は自分のコーヒーカップを持って椅子から立ち上がった。加藤はどうやら成川が話すか迷っている事件の内容を岡部に話すつもりらしい。
取り敢えずテーブルに移動し、奥から岡部、その隣りに成川、向かいに加藤が座り、半分テーブルからはみ出した格好で隣りに津田が座った。
相変わらず店内に客はなく、閑散としている。
「岡部は事件の関係者だし、岡部が見たっていう頭に浮かんだ映像の事がきっかけになって、今容疑者が一人浮かんでいる。だから岡部にも協力してもらう事があるかも知れない」
加藤が言うと、岡部は成川の顔を見た。
「加藤達が来る前にその事で成川先生と話してたんだけど、仕事も無くなったし、出来る事なら手伝いたいと思ってたんだ」
「そうか……」
加藤は頷くと、今まで調べて分った事の全てを、事細かく岡部に話して聞かせた。
続く…
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