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俺はあなたが

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どうしようもないくらいに、あの人の涙は綺麗で……

まるで小さな鈴が、澄んだ音を鳴らしながら落ちているみたいだったんだ。 














俺はあなたが















高校二年の春のある日、テニスの練習試合の帰りに立ち寄ったハンバーガーショップで、俺達は他愛無い話に花を咲かせていた。

俺達というのは、今目の前に座っている大川冬子さんと冬子さんのお友達のあきさん3人だから、俺達。

冬子さんは俺の姉さんの友達で、子どもの頃から良く知っている。そして、俺が好きな人でもある。

今日の試合に勝ったご褒美にと、冬子さんがハンバーガーを奢ってくれたのだ。

そんな冬子さんには社会人の彼氏がいて、付き合って確か1年くらいのはずだ。だから俺は今、彼女に片思いをしている事になる。

10年。

6歳の頃、自分の気持ちに気づいた。

しょっちゅう家に遊びに来ては俺の面倒を見てくれていた、優しい冬子お姉ちゃん。冬子お姉ちゃんが遊びに来る日は、俺はとてもいい子だった。

子どものくせに好きな人に好く見られたいだなんて、今思い出しても笑える。

どうしてそんな俺の初恋の人である冬子さんが一緒にいるのかというと、先週家に遊びに来ていた冬子さんの元気が無かったから。

ちょっとでも気分転換になればと思って駄目もとで練習試合を見に来ないかと誘ったら、あっさりOKしてくれた。

ちょっと吃驚したけど、今こうして友達と笑っている冬子さんを見ると誘って正解だったと思った。


「でも本当、長太郎君強くなったよね。中学3年からはレギュラー外れた事ないんでしょ?」


カラカラとアイスコーヒーの入った紙コップをストローでかき回しながら冬子さんが言った。


「うん。でも俺、サーブしか得意なものないけどね」


俺もそれを真似てコーラをストローでかき混ぜる。


「そんな事無いよ。サーブだけであの氷帝テニス部のレギュラーに居続けるなんて出来ないでしょ。長太郎君が努力したって事だよ」

「そうかな?」

「ねえ、すごいよね?」

「うん、すごい! 高校生なのに皆上手なんだもん」


そうだよとまるで自分の事のように嬉しそうに力説する冬子さんは昔から誰に対しても優しくて、それでいて芯が強くて、俺は大好きだった。

さらにあきさんも褒めてくれて、ちょっと嬉しいかも。


「今日もストレート勝ちだもんね。幼稚園の頃の長太郎君からは想像もつかないくらい身長も伸びたし」

「ちょっとは男らしくなったかな?」

「うん、男前になった!」

「冬子ったら大きな声で応援出来ないって言って、隣りでずっと長太郎君頑張れ、長太郎君頑張れってぶつぶつ言ってたのよ」

「やだ、あきったら、恥ずかしいから言わないでよ!」

「ははは、冬子さんらしいや」


そう言って笑いながら話す冬子さんの一言一言が、何だか新しい音楽を聴いているようで、俺の胸は躍った。


「冬子さんは、ファゴットだね」


唐突に訳の分からない事を言った俺に、冬子さんは一瞬目を丸くする。


「……オーケストラで見かけるあの楽器のファゴット? もしかして、ボーッとしてるってこと?」


ボーッとしてるとは、恐らくファゴットの音の事を冬子さんは言ってるんだろう。


「違うよ、ファゴットってすごく長くて大きいでしょ? それにとっても心が落ち着く音がするし、オーケストラには欠かせない存在じゃない? だから、冬子さんみたいだなって」


ますます分からないといった顔をする冬子さんに、俺は思わず笑ってしまった。


「悪い意味じゃないから、安心して」


言葉を濁す俺に、冬子さんは口を尖らせた。


「え~、気になる。私ファゴットなんて吹けないし」

「だから、そうじゃないって。例えだよ、擬人化ってやつ?」

「余計分かんないよ……」

「ふうん。ファゴットねえ」

「何よあき。その目は?」

「別にぃ~」


あきさんは俺の言った言葉の意味に気付いたのだろうか。チラリと俺を見て、にっこり微笑んだ。

と、どこかで携帯の着信音が聞こえて来た。


「あ、私だ」


そう言って冬子さんは携帯をバックの中から取り出した。メールだったらしいが、画面に走らせた目が少し揺らいで見えた。

なんとなく顔が暗くなったような気さえする。


「ーーー長太郎君、呼び出しかかっちゃった」


そう言って困ったように笑う。


「あらま、残念。もう少し長太郎君と冬子のやりとり見たかったのに」

「何か面白い事なんてしゃべってた?」

「うん」


あきさんの笑顔を不審がる冬子さん。俺も別に聞いてて面白い話をしていた記憶はないけど、あきさんは何か面白かったようだ。

……もしかして、俺の片思いっぷり?

考えると立ち直れそうにないから考えるのをやめた。


「彼氏からでしょ? メール」


あきさんの言葉にドキッとする。

そう、呼び出した相手はもちろん冬子さんの彼氏で、俺の幸せな時間は長くは続かなかったという訳だ。本当は思いっきりため息を吐いてしまいたい所だけど、ぐっと堪える。


「じゃあ、出ようか?」








店を出た所で冬子さんは俺を振り返り、ごそごそとバックの中から紙袋を出して俺にくれた。


「え? 何?」

「リストバンド」

「へ?」

「するの嫌いだったら別に無理してしなくていいから。いつも頑張ってるし、プレゼント」

「そんな、今ハンバーガー奢ってもらったばっかりなのに」


紙袋を受け取り、俺は申し訳なく思いながら冬子さんを見つめる。


「ハンバーガーくらいじゃね。それに高いものじゃないし、気にしないで……そろそろ行かなくちゃ。じゃあ、またね!」


俺の前から少しずつ離れて行く冬子さんと、お友達。

ふとお友達が走って戻って来て手招きをした。

何事かと体をかがめると、耳元で言った。


「頑張ってね。私、応援してるから」

「え?」

「プレゼント、つけなよ。冬子喜ぶから」

「あ、はい……?」


きょとんとする俺の肩を、あきさんはポンと叩くと先を歩いていた冬子さんに呼ばれてじゃあねと去って行った。

あきさんが言った言葉の意味、もしかして俺が冬子さんを好きな事を応援しているという事なのだろうか? それとも、テニスの事なのだろうか。

俺は焦燥感に駆られて追いかけそうになる心を落ち着かせるため、もらった紙袋を握りしめた。













夜になって、俺は一人ランニングをしていた。

走りながら冬子さんと一緒にいた時間を噛み締める。

冬子さんの笑顔、そして、プレゼントにくれた俺の右腕に輝いているリストバンド。こうしたちょっとした気遣いが、本当に冬子さんの優しさを現していると思う。

いつもより軽快に足が前へと進む。

そして近所の公園に差し掛かった時、俺は見てしまった。

薄暗い公園の端っこのベンチに一人座っている、冬子さんの姿を……

俺は偶然の再会に嬉しくなり、冬子さんの側へと近づいた。


グスッ……


!?


俺の足は途中で止まった。

シューズが土を捕らえる音に、冬子さんが顔をあげる。


「……長太郎、く、んーーー?」


驚いた冬子さんは、自分が泣いている事も忘れて俺を呆然と見つめていた。

スルリと目の端から零れ落ちる涙が、街灯の明かりに反射して一瞬キラリと輝いた。

俺は馬鹿みたいにその場に立ったままで、何にも言えなかった。

あまりにその涙と泣いている冬子さんの姿が綺麗で、動けなかったんだ。

どうして泣いてるの? 何かあったの? 

頭の中でぐるぐると言葉の羅列は回るのに、それが口をついて出てくれない。ふと冬子さんは小さく笑った。


「やだな、こんな所、長太郎君に見られるなんて……」


手の甲で自分の目元をこする冬子さんに、俺はようやく足が進んで近寄る事が出来た。


「どうしたの?」


隣に座った俺から目をそらし、冬子さんは俯いた。


「私、振られちゃった……」

「えっ?」


俺は耳を疑った。今、確かに冬子さんは振られたと言った。

信じられないと言葉に詰まる。

半年ほど前、偶然街で冬子さんを見かけた事があった。部活の仲間と一緒だったから声はかけなかったが、その時一緒に歩いていた男の人が冬子さんの彼氏だとすぐに分かった。

だって、今まで俺の前では一度も見せた事の無い女の人の顔をしていたから。

恋してるんだって、その人の事が好きなんだってその顔を見ただけで伝わって来るほどの輝いた顔。

その顔で俺を見て欲しいとどれほど強く願ったか知れない。

冬子さんの彼氏より、俺の方が冬子さんの事を好きだなんて勝手に対抗心を燃やしては、自己嫌悪に陥っていた。


「なんかね、好きな人が他に出来たんだって」


またぽろりと冬子さんは涙を零した。


初めて見た冬子さんの涙ーーー


泣いている女の人を慰める術を、俺は知らない。

どうしようかと逡巡し、俺はゆっくりと夜空を見上げながら話し始めた。


「今日さ、冬子さんがファゴットみたいって話したよね?」


冬子さんは静かに俺の話に耳を傾けてくれているみたいだった。それを空気で確認して、続ける。


「ファゴットってさ、バイオリンとかフルートみたいに誰でも知ってる楽器って訳じゃないけど、すごくオーケストラでは大事なんだ。大きくてすごく存在感があって、まっすぐで美しいフォルムで、何よりあの音が俺、大好きなんだ」


そう、ファゴットの存在そのものが、冬子さんみたいだと思ってた。

好きな音と大好きな人が重なるのは、もしかしたら至極当然の事なのかも知れない。

バイオリンやフルートやトランペットみたいに花は無いかもしれないけど、それでもやっぱり、冬子さんはファゴットみたく控えめで、それでいて無くてはならない存在で、何より美しい。

ふとあきさんの言葉を思い出す。

応援してるから。

やっぱりあの言葉は俺の恋を応援しているという意味だったのだ。

友達なら冬子さんが彼氏と上手く言ってない事は知っていたはずだからーーー

途端に勇気が湧いて来る気がした。 


「ーーー今の、告白したつもりなんだけど……俺じゃ、駄目……?」

「ちょう、たろ……くん?」


自分でも吃驚する程優しい声が出た。冬子さんは驚いて顔を上げる。

そっと冬子さんの涙を拭って、俺は深呼吸を一つした。


「俺、冬子さんから見たら子どもだし頼りないかも知れないけど、それでも冬子さんの事好きって気持ちは誰にも負けないーーー悲しい思いなんてさせない……」


冬子さんの唇が小さく震えている。

失恋したばかりの人に告白するなんて、俺は卑怯だと思う。

でも、傷ついてる冬子さんは見たくない。守ってあげたいって、そう思ったんだ。


「ずっと……子どもの時からずっと冬子さんの事、好きだった」


俺の心臓はドキドキしすぎて止まっちゃうんじゃないかと思った。

それくらい、すごい速さで鼓動している。


「……」


吃驚しすぎたのか、冬子さんの涙は止まっていた。そしてまた俯いて両膝の上に置いた手に力を入れた。


「ごめん、こんな時に告白なんかして……」


急に湧き出した罪悪感に俺が謝ると、冬子さんはううんと首を横に振った。こんな時でも俺の事を気遣ってくれている。


「俺と今すぐ付き合って、なんて言わないし、俺の事無理矢理好きになって、とかも言わない。でも、冬子さんの隣にいることを、許して欲しいんだーーーきっと、守ってみせるから」

「ーーーありがとう……上手く言えないけど、ちゃんと考えるから……長太郎君の事、真剣にーーーだから、少し、時間くれる?」


俺は正直驚いた。こんな前向きな答えが返ってくるなんて、誰が予想できただろう。


「うん、ずっと待ってるから。何年でも、何十年でも……」


6歳の頃から好きだったんだ、いつまでだって待ってやる。

冬子さんはいつものあの優しい笑顔で俺を見つめると、そっと俺の手を取って握手をした。

ぎゅっと握った冬子さんの手は小さくて、力を入れると簡単に消えてしまいそうだ。


「どうしよう……私、振られてすごい悲しかったはずなのに、長太郎君に告白されてーーー嬉しいって思ってる……」

「じゃあ、俺の事好きになったんだ」

「あ~、生意気……私は、長太郎君のファゴットなんだね」

「うん、世界で一番大切なファゴットだよ」

「それなら長太郎君は、私のバイオリンだね」

「……それ、俺が弾けるからでしょ?」

「当たり」


そう言って、冬子さんは鈴のように笑った。

俺の前ではこうやってずっと笑っていて欲しい。

あんなに綺麗な涙は見た事無くてすごくドキドキしたけど、今度涙を見る時は嬉し涙を見せて欲しい。

握られた手のぬくもりが、心の奥底にまで伝わって来る。

今、俺は冬子さんの隣にいる。

その位置が本当に許される立場になるまで、隣にいる事を許されるまで、あと少し我慢しよう。


俺はあなたが、どうしようもなく、大好きですーーー






                                  END






=あとがき=

はい! ここまでお付き合い下さいまして、ありがとうございました。
鳳って、可愛すぎると思いませんか?
ってか、この話はまだ全然鳳長太郎というキャラがどんな子か把握してない時に書いたので、なんか違う。と思われた方もいるかもしれませんがお許しを…
これはこれで結構気に入ってるお話なので、手直しはしません(そう、面倒だからw)
どうしても鳳はバイオリンやってる、というイメージが私の中で固定されてて、アニメとかコミックで演奏してるのか知らないんですが、ついつい音楽の話を混ぜてしまいます。
うん、私もファゴットの音、好きです♪

このあと年上の彼女が出来たかどうかは、ご想像にお任せ致します(笑)



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