チェンジ・ザ・ワールド☆
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Session2
「はあ……」
本日10回目のため息を聞いて、銀髪に泣きぼくろを備えた跡部景吾はこめかみに青筋を作った。
「てめえ、忍足。いい加減にしろよ」
3年生である忍足や元テニス部部長の跡部達は部活を引退したばかりだが、今日は後輩達の練習を見る為、というか暇つぶしの為にテニスコートに顔を出していた。
そしてずっとこの調子で忍足がため息を吐いているので、跡部は腹が立って仕方が無かった。
「何がや?」
本人は自分でため息を吐いている事に気づいてない様子で、それがまた余計に跡部の気に障った。
「さっきからハアハアため息ばっかり吐きやがって、いい加減にしろって言ってるんだ」
「え? ため息吐いてた?」
「さっきので10回目だ。なあ、樺地?」
「ウス」
跡部の後ろに控えていた長身でがたいの良い男の子が短く答える。
「そんな俺のため息わざわざ数えてるやなんて、跡部ってもしかして俺の事好きなん?」
「ぶっ殺すぞ」
「いややなあ、冗談や。おっと、次は俺がやるで」
コートで練習試合が一つ消化して、入れ替わるように忍足がコートに入って行った。
「なんなんだ、あいつ」
「なんか、すごいキレーなお姉さんとお友達になったらCーよ」
「あーん?」
吐き捨てるように忍足の後ろ姿に向かって言う跡部の脇から突然現れた茶髪でくせ毛の男、芥川慈郎が眠そうに答える。
「この間偶然怖いお兄さんに絡まれてる所を助けたんだって」
「はん、なるほどねえ……その女に惚れたって訳か」
「ちょっと違うみたいー」
「じゃあなんでため息吐いてんだよ?」
「俺に言われても分からないC~」
そう言ってベンチで横になった芥川をけっと睨むと、跡部は目の前で後輩相手にえげつないボレーを決める忍足をからかうことに決めた。
「忍足。お前どこぞの女に骨抜きにされたからそんなに府抜けたボレーしてるのか?」
「どこが府抜けたボレーや。鋭いの間違いやろ? それになんや、骨抜きて。そんなんちゃうわ」
ラリーを続けながら外野の跡部と会話を続ける。相手の二年生は必死になってボールを追いかけているが、忍足はそれを軽々と返している。
「いい女だったのか?」
「お前にだけは絶対に教えん」
「へえ……そんなに美人だったのか」
不適に笑う跡部を無視する事に決めて、忍足は目の前のボールを地面に向けて思い切り叩き付けた。
「俺の後つけたりしなや、本気で切れるで」
「てめえ、誰に向かってそんな口聞いてやがんだ? あーん?」
「お前の女癖の悪さ言うたらギネスもんやからな」
本人の意思かどうかは疑問だがいつも違う女を回りに連れて歩く跡部に、忍足は和葉を見た後に取るであろう行動が目に浮かぶようだった。
「は! 俺様にその女を取られるのが怖いのか?」
「そうやない、あの人をこれ以上お前みたいに汚れた奴と関わらせたくないんや」
見事スマッシュを決め、忍足は大きく深呼吸をした。
「誰が汚れただと? こんなに高潔な俺様に向かって」
「やかましいわ、お前は心が真っ黒に汚れとるやないか」
「チッ、お前に言われたくないぜ……」
忍足のため息の原因はもちろん和葉だった。恋煩いではなく、また男に絡まれたというので心配していたのだ。
初めてdigに行った日、無事に家に着いたとメールをしてから一日に一回、夜寝る前に和葉とメールをやりとりするようになった。和葉は演奏の仕事で夜に活動している事が多いため、忍足への返事はすぐだったり翌日だったりとまちまちだが、それでも律儀に返してくれるその文面を見ると嬉しかったりした。
そのメールが、数日前からパッタリ止まってしまった。
一体どうしたのかと思ったが、しつこくメールするのも電話するのも気が引けて、忍足は和葉からの返事を待つ日が続いていた。
そんな昨日の夕方digの前を通りかかった時、偶然マスターに会った。
「あれ、忍足君?」
「ああ、マスターさんどうも」
店の前で立ち往生していたマスターは私服で、買い物袋を両手一杯に抱えていた。忍足を見つけてひどく驚いた顔をし、すぐに笑顔になると制服姿の忍足に尋ねた。
「学校の帰りかな?」
「ここ、通学路やないんですけど、そこの公園にテニスコートがあるでしょう? そこでたまに練習するんです。今日は……まあ、たまたま」
へらっと曖昧な笑みを浮かべる。今日はテニスはやってなかったが、和葉の事がなんとなく気になってこの道へ遠回りをして帰っていたのだ。
「そうなんだ。テニス、上手なんだってね。和葉ちゃんが言ってたよ」
和葉にはテニスをしているという事は言ったが、自分のテニスの腕前がどうかだなんて知るはずはなかった。見られた記憶は無い。
不思議に思いながらも、忍足はマスターの抱えている袋を二つ持った。
「お、ありがとう。良かったらお茶飲んで行かないかい?」
そう言って店のドアを開けたマスターの声は、どこかしら暗かった。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
店に入った忍足は店内のあまりの様子に言葉が出なかった。なぜなら、以前あったはずのグランドピアノがすっかり姿を消してしまっていたのだ。
「あはは。びっくりした? ちょっと壊れちゃってね」
「壊れた?」
よく見ると店内のあちこちが破損している。
「まあ、座って」
忍足が座ったカウンターも、何かがぶつかったような跡が残っていた。激しい損傷はないが、まるで乱闘でもあった後のようだ。
乱闘?
その単語に軽い動揺を覚えた忍足は、目の前でお湯を沸かすマスターの顔をおそるおそる見た。
「まさか……」
「ーーーうん。この間のお客さんが来て暴れてね」
「!? か、和葉さんは? あの人は大丈夫なんですか!?」
知らず声が大きくなる。驚きで椅子から半分立ち上がるようにしてマスターに詰め寄った。
「軽い打撲で済んだよ……」
「怪我……したんかいなーーー」
「あ、待って!」
和葉がどこにいるかなど知らないくせに、忍足は店を飛び出そうとしてマスターに止められた。
「どこに行くつもりだい?」
「どこっ……て、和葉さんの所に」
「駄目だよ。君が心配するから内緒にしておいて欲しいって言われてるんだ……さっき外で会うまではもちろん黙ってるつもりだったけど、やっぱり伝えておこうと思ってね」
信じられん。と言って忍足は椅子にストンと力なく腰を落とす。
「怪我自体はそんなに酷くないし、今週からまた演奏復帰する予定だから。彼女が何も言わないなら、そっとしておいてやってくれないか?」
「俺は何かあったら助けたるって、約束したんです」
悔しそうに言う忍足に、マスターは小さくため息を吐く。
「あの人は和葉ちゃんをどうこうって言うより、嫌がらせしたかったんだろうね。入るなり木製バットで壁とかテーブルを殴りつけながらピアノを弾いてる和葉ちゃんの所に行って、ピアノをぼこぼこにしてさ。他のお客さん達がすぐに警察を呼んでくれてなんとか……ピアノを殴るのを和葉ちゃんが必死になって止めようとして、それで怪我を……何を置いても一番に助けてあげないといけなかったのに、和葉ちゃんが助けようとした人皆に来るなって叫んで、びっくりして助けるのが遅れたんだーーー」
「何で来るなやなんて叫んだんです?」
「自分の所為で誰かが怪我するのを見たくなかったんだと思う。だから、今君が行っても彼女は会ってくれないかもしれない」
辛そうに眉間にしわを寄せるマスターは、沸いたお湯を紅茶ポットに注いだ。
「今、和葉さんはどこに?」
「家にいるよ。さっき様子を見に行って来た所なんだ。携帯壊れたから君からのメールに返信出来ないってすごい落ち込んでて、代わりに僕が携帯買いに行って来たんだ」
それを聞いて忍足は慌ててバッグの中から携帯を取り出した。
「あ……」
画面に新着メールの表示があり、急いでメールを開く。
To:侑士くん
『返事遅くなってごめんなさい。携帯を壊してしまって…
今日はテニスの練習ですか?それともお勉強ですか?
どちらも頑張ってくださいね』
今日はテニスの練習ですか?それともお勉強ですか?
どちらも頑張ってくださいね』
From:和葉
内容はごく普通で、怪我をした事などは一切書かれていない。自分が大変な時に忍足の事を気遣っている。
「何かあったらすぐに連絡しいや、言うたのに」
忍足の独り言のような呟きに、マスターは笑った。
「和葉ちゃん、前にすごく辛い事があってね。それ以来人前で泣かないし、泣き言も言わないんだ。それこそ人が自分の所為で傷つくのなんて耐えられない……君に助けてもらった時は本当に嬉しかったみたいで、君がいつ来てもいいようにって、色んな曲の譜面を持って来てたよ。もっとたくさん曲を聴いてほしいって楽しそうにしてた。あんなに楽しそうな和葉ちゃん見たのは久しぶりだったなあ。君の事かなり気に入ってるみたいだ」
自分の事を気に入ってくれているというのは嬉しかった。すごく辛い事が何か知りたかったが、我慢して忍足は違う質問を投げる。
「マスターさんは和葉さんとはどういう関係なんですか?」
これはずっと気になっていた。和葉は確か23歳と言っていたが、マスターは30代の前半くらいだ。つき合っていると言われても不自然ではない。
「彼女は僕の従姉妹なんだ」
「いとこ……」
マスターの言葉を聞いて心底ほっとしたが、本人はそれに気づいていなかった。
「父方の従姉妹なんだけど、彼女子どもの時はドイツに住んでてね。父親は医者で、母親はピアニストなんだ」
「へえ~。すごいエリート一家なんですねえ。しかしなんや似てるな」
「エリートではないけど、何が似てるの?」
「あ、いや。俺の父親も医者なんです」
「へえ、そうなんだ! 氷帝だし、忍足君頭もいいんだよね。すごいな」
そう言ってマスターは笑った。
「和葉ちゃんのお母さんはドイツ人と日本人のハーフでね。和葉ちゃんはクオーターなんだ。彼女、ものすごく丁寧な日本語使うだろ?」
「はあ、確かに。俺にも敬語ですね」
正直年上の人にあんなに丁寧な言葉遣いをされるのは気が引けるのだが、和葉が使うと不思議と気持ち悪くない。
「子どもの時ドイツにいたし、母親の丁寧な日本語の影響であんなしゃべり方なんだ。ただでさえおっとりしてるのに、あの敬語だと余計間延びして聞こえるんだよね。まあ、それが厭味じゃないからいいんだろうけど」
なるほどと忍足は納得した。
「ーーー君が気に病む事じゃないんだからね」
「え?」
突然マスターは真面目な口調になると、忍足をまっすぐに見て言った。
「和葉ちゃんが怪我したのは、君が助けてあげなかったからじゃない。あの日、君が偶然助けてくれたから和葉ちゃんはあの程度の怪我で済んだんだよ。もし君が助けてくれなかったら、もっと酷い目にあっていたかもしれない。だから、今回の事は君が気にすることないんだ」
確かに忍足は偶然あの夜和葉を助けただけだ。ましてや体を張って助けてやる義理も道理もない。
それなのにこんなに悔しいのは、和葉が自分を頼りにしてくれなかったからだ。
自分は和葉よりも年下だし心配かけさせたくないのは分かる。だが、忍足は納得出来なかった。
もっと和葉の事が知りたい。
もっと和葉の支えになりたい。
「あかん……」
一試合終え、ベンチに戻って汗を拭いていた忍足が突然立ち上がった。
「どうした?」
隣に座る跡部が怪訝そうに忍足を見る。
「俺、今日はもう帰るわ」
「なんだよ、急に勉強する気になったのか? 今更だろーが。なあ、樺地」
「ウス」
「あほぬかせ。俺は勉強せんでも頭いいんや」
「俺様の方が頭いいぜ? それに男前だし金も持ってる。なあ、樺地」
「ウス」
「金はお前の金ちゃうやろ、親の金やろ……って、跡部と漫才やっとる場合とちゃうわ、ほんならまたな」
ポフっとベンチの脇で眠そうに大きな欠伸をしていた芥川の頭にタオルを乗せると、忍足はコートから走り去った。
「何で俺にタオル渡すんだよ~? ……って、これ! 俺のタオルだC~! 信じらんね~! 勝手に人のタオル使いやがって~!!」
頭に乗せられたタオルを取って見えなくなった忍足に向かって文句を言う芥川の隣で、跡部がニヤリと笑ったのをコートの中にいた後輩達は見逃さなかった。
「樺地」
「ウス」
「忍足の後を追うぞ」
「ウス」
やっぱりね。そうなるんだと思いましたよ、跡部様。
後輩達の心の声が聞こえてきそうな中、跡部は腕組みをしたまま樺地を従え、颯爽とテニスコートから出て行った。
「え~? どこ行くの? 俺も行く~」
「ジローは後輩の練習見てやれ」
「ええ~~~~」
置いて行かれた芥川は、ぷうっと膨れた。
続く…
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