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The bound past

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The bound past












 確かあれは大学の入学式の日だった。真壁は妙に目立つ男に視線を奪われた。

 黒髪に銀縁の眼鏡をはめた、色白の綺麗な顔立ちの男。

 その男の周囲だけ別世界のようで、前から歩いて来る男の姿に奪われた視線は釘付けだった。

 一緒に歩いていた男女数名も、真壁と同じようにその男を見ていたようで、近づいて来るその姿に口々に何やら言っている。


「うっわ、男前なやつがいんなー」

「こっち来るよ!」


 そんなざわめきを意に介さぬ様子で、男は静かに真正面からこちらへやって来る。


「……お前、息苦しくないのか?」

「は?」


 タバコを地面に投げ捨てた所で、すれ違い様、男はそう真壁に呟いた。

 驚く真壁。


「え~? 真壁君、今の美形と知り合い!?」

「すっごいかっこ良かったよね!」


 まだ驚きがやまない真壁を他所に、一緒にいた女子達が去って行った男を見送りながら騒ぐ。


「ーーいや、全然知らねぇ」


 ようやく我に返りそう答えたが、真壁の心の中は騒然としていた。男が言った一言が耳にこびりついて離れない。


「あっ! そろそろ入学式始まるよ、行こう。真壁君っ」

「ああ、そうだな」


 先ほどの男が消えた方向をもう一度振り返り、真壁は言い様のない不快感に襲われた。

 ムカつく奴だな。




 入学式の会場で、真壁は再び驚くことになる。何故なら、先ほどのあの綺麗な男が新入生代表の挨拶を壇上で述べたからだ。

 得てして新入生代表の挨拶はその年の主席合格者が行なう。あの綺麗な男は見た目だけでなく頭もいいと言う事を知り、チクリと胸が痛んだ。

 そしてムカついたのに何故か、あの男と話しがしたい。そう思った。 

















 真壁の願いは思いのほか早く実現した。

 講義の為に顔を出した教室で、男の姿を見かけたのだ。


「おい。隣り、いいか?」


 体が勝手に動いていた。男に真壁は声を掛けた。

 男はチラリと真壁を見上げ、


「開いてるんだ、座りたければ座ればいい」


 そう冷たく言って前を向く。


「んじゃあ、そうする」


 適当に鞄を地面に置き、真壁は頬杖を付いて隣りに座る男の横顔を見た。

 近くで見ても本当に綺麗な顔をしている。まるで女みたいだと思った。


「……気持ち悪いな。そんなに俺の顔を見てーーーもしかしてお前、男が好きなのか?」


 無遠慮な真壁の観察に、男が眉を寄せて言う。真壁は笑った。


「はっ! まさか! ……俺は真壁健亮。お前は?」

「ーーー鬼頭だ」

「下の名前は?」

「ーーーーーー静だ」


 ボソリと言った男の名前に、真壁は口の端を上げる。


「鬼頭、静……へえ~。よろしく」

「で? 別に男が好きでもないのに何故俺に話しかけて来る?」


 横目で真壁を睨むと、鬼頭は面倒臭そうに言った。


「ああ、入学式の日にさ、お前俺とすれ違い際に『息苦しくないのか?』って言ったんだけど、覚えてるか? あれ、どういう意味だ?」


 鬼頭は真壁の顔を正面に見ると、ニヤリと笑った。


「俺はお前みたいに悪ぶって表面上ヘラヘラしている人間が大嫌いだ。だから、女や男友達を何人も連れて馬鹿面下げてるお前を見て、息苦しく感じたからそう言っただけだ」


 目を丸くさせる真壁からふいと顔をそらすと、鬼頭は丁度入ってきた教授に視線を向けた。

 真壁は驚いた。

 鬼頭の言った事が本当だったからだ。

 周りの期待に答えられず、一流の大学は不合格。何をやっても結局親や兄達に勝てないと打ちのめされた真壁は、寂しさを紛らす為に適当な事ばかりやっていた。まるで今まで真面目にやってきた事を全て打ち消してしまうように……。








 講義が進む中、真壁は鬼頭が取るノートが目に入り、驚いた。


「……お前、全部英語でノート取ってんのか?」


 思わず口に出してしまい、冷めた目でこちらを見た鬼頭が訂正する。


「ドイツ語だ」

「はあ?」


 訳が分からない。確かに答辞を読んでいたから頭はいいのだろうが、それでもドイツ語で大学の講義を書く人間など聞いたことがない。


「お前何? ドイツ人と日本人のハーフ? 帰国子女とか?」

「俺のどこをどう見たらハーフに見える?」


 くだらないと言ってどんどんドイツ語でノートを埋めて行く鬼頭の手元と鬼頭の顔を、交互に見比べる。


「なあ鬼頭、お前頭いいのになんでこの大学に来たんだ? もっといい大学行けただろ?」


 コトリとシャープペンを置くと、鬼頭は深いため息を吐いた。


「お前はいい大学に行かなければ何にもならないとでもいいたいのか? 学歴に左右されて、自分が失敗した事を出来そうな他人におせっかいに勧めるのか? 本当にお前はくだらない男だな。自分を偽って大して悪い事も出来ずにいるお前のその中途半端な所が腹が立つ。息が詰まると言っただろう? もう話し掛けるな、気が散る」


 そう言ってノートを閉じると、真壁から離れた場所へ移動してしまった。

 ……何なんだ、あいつ。

 真壁は遠く離れた鬼頭をチラリと見、そこで一つ確信した。


 やっぱりムカつく。 









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