チェンジ・ザ・ワールド☆
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結局行く場所は佐伯の店である喫茶珊瑚礁となり、店じまい間近の客もまばらな店内に比奈達4人は座ってコーヒーを飲んでいた。
志波に本当の事を説明するべきかどうか、佐伯は考えあぐねていた。
針谷は先ほど志波に言いたいだけ適当な文句を言って落ち着いたのか、我関せずと言った感じで一人音楽を聴いている。
「もう、ハリーったら一人の世界に入ってる!」
「ほっとけ、こいつが話しに入って来るとややこしい」
「もうっ……でも志波君、久しぶりだよね。前に会ったのはシーズンが始まる前にここでだったかな」
「すまない、海野。お前が男に絡まれているんだと思って……」
せっかく比奈が気を遣って違う話題を降ったのに、志波が自ら蒸し返す。
「あ……だから、それはもういいって」
苦笑いの比奈を、志波は真剣な顔で見つめた。
そんな志波の様子に、佐伯は心苦しくなる。
志波は今でも比奈の事が好きだ。
高校を卒業した後、比奈に告白して振られた志波は、自暴自棄になったのか自分にずっと思いを寄せてくれていた藤堂と付き合い出した。
最初は些か不安だった佐伯だったが、豪気な藤堂は志波を上手くコントロールしていたし、端から見ればお似合いのカップルだった。
しかし、大学卒業と同時にプロ入りが決定した時、何故か志波は藤堂と突然別れた。
佐伯は詳細までは知らないが、その後比奈にもう一度告白したらしい事までは知っている。今日会ったのは本当に偶然だが、何も比奈と赤城が一緒にいる所に現れなくてもいいものを、何を好んでこの男は自ら穴に落ちるのか。
報われない志波を思うと、自然、目頭が熱くなってしまうというものだ。
「大体お前タイミング悪いんだよ」
世界に入っていて静かだと思っていた針谷が、突如顔を上げて志波を睨む。
「海野には謝っているだろ」
「俺にも謝れ」
「何で針谷に謝らないといけないんだ」
「お前がいつまでもうじうじしてっから、比奈のヤツも困るんだろうが!」
バン!!
とテーブルを叩き、針谷はその勢いのまま立ち上がる。
比奈はびくりと肩を揺らし、志波と針谷を交互に見る。
「……」
無言の志波に、針谷は大げさに鼻を鳴らした。
「あーもう、イライラすんな! 帰る!」
「ハリー!」
肩を怒らせながら出て行く針谷を、比奈が追いかけて行った。
気付けばすっかり客もいなくなった珊瑚礁に、佐伯と志波の二人だけがぽつりと残され重い空気が流れる。
佐伯は掛ける言葉を必死に探す。
志波の比奈に対する思いは異常と言ってもいいかもしれない。
中学時代のいざこざで、野球を辞めていた志波の背中を押し、再びグランドに立たせてくれたのは比奈だ。それは佐伯も知っている。
天然で抜けた所はあるが、いつも一生懸命で、知らず周囲の人間を元気にしている。それが海野比奈という人間。志波が昔佐伯に話してくれた比奈の事で、『あいつに救われた』という言葉が今でも耳に残っている。
それこそ本当の意味で志波が苦しみの泥沼にはまっていた所を比奈が救ったのならば、命の恩人と言えるのかもしれない。
「志波、お前……」
「分かってる」
「ーーー」
「俺がいつまでも海野の足を引っ張ってるって事は、十分承知している……だけど、駄目なんだ」
昔と変わらない静かな口調に、佐伯は顔をしかめた。
苦しむ志波を見るのが辛い。
志波は比奈の事が好きなのだから、比奈が好きな男と上手く行けばいいと思っているはずだ。だけど、簡単に割り切れないほどに比奈の事を想っているのだ。
「俺は卑怯だ。海野が俺以外の男を好きだと知っていながら、告白をして困らせた。そしてあいつが幸せになるのを見たくないから、謝罪の言葉を言いながらも、心のどこかでさっき声を掛けた事にほっとしている」
「卑怯なんかじゃないだろ。お前が比奈の事を好きだって気持ちは嘘じゃないんだ」
「ーー何度あいつをさらって閉じ込めたいと思ったか分からない」
「お、おい。それはシャレにならないからやめろよ?」
さらりと恐ろしい発言をした志波に顔を引きつらせながら突っ込むと、志波は辛そうに笑った。
「踏みとどまってるだろ?」
「……お前、そんなんでよく2年連続ホームラン王なんて獲れたな」
「バット握ってボール打つと、気分がスカッとするんだ」
「んじゃあ、アホみたいに毎日素振りやってろ」
「やってる。でも、やっぱり海野の事を綺麗に忘れる事なんて出来ないから困っているんだ」
今季のペナントレースも志波の活躍のおかげで優勝が目の前のチーム状態は、どうやら志波の比奈に対する思いのおかげのようだ。
これがもし、比奈に彼氏が出来てしまったら……
チーム優勝どころか、こいつの野球生命が終わりそうだな。
ふと思い浮かんだ考えに、佐伯は一瞬身を震わせた。
「さっきの男ーーー」
「あ?」
ぼそりと志波が言い、佐伯は目の前に座るホームラン王に視線を戻す。
「あいつが、海野がずっと片思いをしていた男なんだろ?」
「ーーーああ」
嘘を吐いても仕方が無い。佐伯は今日までの事の次第を志波に話して聞かせた。
佐伯がふと窓の向こうに視線をやると、一人でこちらへと戻って来る比奈の姿が見えた。どうやら針谷は本当に帰ったらしい。
説明が終わると丁度ドアが開き、比奈が店に入ってきた。
「もうっ、ハリーったらいつまでもお子ちゃまなんだから」
そう膨れっ面で言いながら、比奈は志波の隣りに座る。
「来週イベントホールでライブがあるから、それまで実家にいるんだって」
佐伯に向かってそう伝えると、佐伯は面倒臭そうにため息を吐く。
「は~あ、来週まで毎日店に来る気かよ。邪魔だなあ」
「海野」
「ん?」
隣りに座る志波は、真剣な顔をしていた。
比奈はその眼差しに息を止め、次の言葉を待つ。
佐伯は嫌な予感がして、志波を止めようと口を開きかけたが、それより一瞬早く志波が声を発した。
「好きだ」
「あ……」
遅かった。
志波の横で、比奈の顔が見る見る変化して行く。
「お前に好きな男がいるのは分かってる。でも、それでも諦めるなんて俺には出来ない。好きなんだーーー」
「おい、志波っ!」
「分かってる! これは俺の我が儘だ。こんな事を言っても海野を困らせるだけだし、藤堂も傷付けて自分だって報われない。だけど! どうにも出来ないんだ。海野が好きなんだ!」
こんなに必死で訴える志波を見たのは初めてだった。
佐伯は志波の思いの強さに、伸ばしかけた手を下ろして比奈をじっと見つめる。
ポロポロと涙をこぼし、比奈は膝の上に置いた両手の拳をぎゅっと握りしめていた。
「ありがとう、志波君……こんな私なんかを好きになってくれてーーー少しだけ、考える時間をくれる?」
それは初めての比奈からの言葉だった。
今までは申し訳なさそうに、必死で涙を堪えながらただ謝るだけだった比奈が、時間をくれと条件を提示したのだ。
「いつまでも待つ。何年でも、何十年でも」
「うん……」
どんな返事がくるかは分からないが、志波は比奈が少しでも自分との事を考えてくれるという事実が嬉しかった。
心臓は鳴り止まず、まるで夢の中のような浮遊感にぐっと目をつぶる。
ゆっくりと立ち上がった比奈に続いて志波も立ち上がり、佐伯を見やる。
コクリと頷いた佐伯に頷き返し、まだ涙を流す比奈の肩をそっと抱いて歩くよう促した。
「悪い、また連絡する」
「ああ。比奈のやつ、ちゃんと送ってやってくれよ」
志波と比奈が消えて行ったドアをしばらく立ったまま見つめ、佐伯はすっかり冷めたコーヒーを飲んだ。
一体比奈はどんな決断をくだすのだろうか。
赤城はどうするのだろうか。
続く…
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