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きみは〜.3

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きみはペテン師












 午前中の練習途中、仁王は適当に休憩をするためにテニスコートを抜け出した。

 5月とはいえさすがに暑いこの日差しの中、何時間も練習をするのはあまり効率がいいとは思えない。さすがにその辺りは柳がいるので適度に休憩を入れているが、幸村がいない不安や戸惑いが部内に伝染しているらしく、どことなくピリピリとしていて仁王はそれが嫌だった。


「ふう。どこか涼しい場所はないかいのぅ」


 タオルを首にかけ、仁王はぐるりと校舎の裏手へ回った。


「仁王君」

「おう」


 演劇部の女友達が丁度やってきて、仁王は笑顔で挨拶を交わす。


「お疲れさま。相変わらずハードな練習やってたね~」

「見とったんか」

「うん。窓から真田君が怒鳴ってるの見てた」

「はは、あいつは俺と違って真面目ぜよ」


 この少女は仁王に気がある。それは気づいていたのだが、実は相手からそれを言って来るのを待っていた。

 仁王は自分から女の子に告白をしたことがない。何故なら、それは仁王のポリシーに反するから。ペテン師と異名を取る仁王が、女の子に本気になっては本末転倒。常に不真面目を装わなければならない。

 別に誰かに強いられた訳ではもちろんないが、仁王は自分にはのらりくらりと物事を一歩下がった所から見ているのが合っているという自覚がある。だから、女の子に本気になって自分から告白するなど、仁王には合わないのだ。

 テニスと同じで、本気になれる相手がいない、というのも本音ではある。


「もしかして練習抜けてきたの?」

「そういうお前さんはどうなんじゃ?」

「私はちょっと息抜き」

「じゃあ、俺もじゃ」

「ふふっ、仁王君ってば面白いんだからぁ」


 来る。


 仁王は確信した。

 2人きりの校舎裏、少女との距離が近くなった。告白するにはまたとないチャンスだ。


「えっと、あのね……」


 風が吹き抜け、少女と仁王の髪を揺らす。


「どうかしたんかの?」

「あの、ね、私……仁王君のことが好きなの」


 告白とは何度聞いてもこそばゆいものだ。そこで仁王はじっくりと少女を観察した。

 緩く掛けたパーマに赤茶に染めた髪。くるっと巻いた長いまつ毛に細いうなじ。ツヤツヤと磨かれた爪にピンクの唇。

 演劇部でヒロインを演じるだけあって、少女の容姿は申し分ないほど可愛い。

 1年の頃に同じクラスだったこの少女とは、特別仲が良かった訳ではない。しかし、男子の間でも人気があるこの少女を彼女にすれば、話題が出来て楽しいかも知れない。


「それでね、もし良かったら、私と付き合って……ください」


 恥ずかしそうにそう言う少女を見下ろしながら、仁王は答えに詰まった。


 あ……


 視線を少女の後方へやると、汐屋が歩いているのを見つけた。汐屋が向かっている方向には体育館へ繋がる渡り廊下がある。仁王の場所からは丁度渡り廊下へと入る道がよく見えるのだ。


「ーーーすまん。今はちょっと彼女作る気はないんじゃ」


 無意識だった。少女に返答したあと、自分で驚く。


「あ、そっか……うん、分かった。でも、もし気が変わったらいつでも言ってね。私、いつまでも仁王君のこと好きだから」


 にっこり笑うと、少女は仁王の横を走り去った。

 少女の言葉が本当かどうかは疑わしい。少女は可愛いのでモテる。そのおかげで今まで彼氏の噂を聞いたのは一度や二度ではない。そのモテる女のめがねにかなったのだから、そこは喜ぶべきかも知れないが、可愛い彼女を連れて歩く、というステータス以上を求めることは難しそうに思えた。

 走り去る少女の短いスカートがひらひらと動くのを見送ると、次ぎに仁王は体育館へと向かって歩き出した。

 汐屋が何をしに体育館へ行ったのか、それを知りたくなったのだ。

 囲碁部が体育館を使う事はない。それなのに一人で向かったという事は、何か用事があるからと考えるのが自然だ。

 ゆっくりと体育館へ向かう渡り廊下に入ると、入り口から少し外れた脇に汐屋と男子バレー部部長の前田が立っているのが見えた。

 前田は仁王達と同じクラスで、汐屋と同じクラス委員をやっている。背が高く性格も良いため、仁王に負けず劣らず女子にモテる。


「急に悪かったね」

「ううん、平気。それじゃあ部活頑張ってね」

「あっ、ちょっと待って!」


 汐屋が前田に本を数冊渡し、背を向けようとしたのを制すると、前田は素早くその腕を掴んだ。

 これはもしやと思い、仁王はすぐに近くの植木の後ろに身を隠す。


「どうしたの?」

「えっと、その……急にこんなこと言うのもあれなんだけど、俺、汐屋の事が好きなんだ」


 変な汗が背中を伝う。

 先ほど自分が告白されたばかりだというのに、今度は別の人間の告白を聞いている。妙な感覚に仁王は珍しく胸が騒いだ。

 あの真面目な前田の告白に、真面目な汐屋がどういった返事をするのか、非常に興味を持った。

 真っ赤な顔で慌てるだろうか、それとも冷たく断るだろうか。それとも告白を受けるだろうかーーー


「ーーーありがとう……」


 案外素っ気ない反応に、仁王は少し拍子抜けした。植木の横から汐屋の様子をのぞく。


「あ、俺、その……」

「ごめんね、気持ちはすごく嬉しいけど、私好きな人がいるから……」

「ーーーあ、そ、そっか! ごめんな、呼び止めて」

「ううん。こっちこそ、ごめんなさい」

「あはは、あんまり謝られると情けなくなるからやめてくれよ。それじゃあこれ、ありがたく借りるよ」

「うん。それじゃあ……」


 申し訳なさそうに頭を下げ、汐屋は前田と別れてこちらへ歩いてきた。

 気づけば仁王がドキドキしている。

 テニスの試合直前でも緊張したことなどないのに、人の告白を聞いて緊張するなど未だかつて味わった事が無い。それよりもそんな場面に遭遇する事自体がまず無い。

 あの汐屋には好きな人がいる、という事実にも驚いた。一体どんな人物なのか。汐屋が好意を寄せる人物に興味を持った。

 こんなに他人に興味を持ったのは初めてだ。

 仁王が隠れている植木のすぐ側を汐屋の足音が通り過ぎようとしたその瞬間だった。


「仁王君、覗き見はよくないよ」


 !?


 驚いて声が出なかった。

 植木の向こうから汐屋が顔を出し、座り込んでいる仁王を見下ろしている。


「いやあ、これはじゃな」

「慌てる仁王君って、もしかして貴重?」

「……」


 まさか気づかれているとは思わなかっただけに、ショックを受けた仁王はゆっくりと立ち上がって汐屋の顔をじっと見る。


「悪かったのぉ、覗くつもりはなかったんじゃが」

「別にいいよ。私もまさか告白されるなんて思ってなかったし」

「ーーー何を貸したんじゃ?」


 眼鏡が反射してその瞳は見えなかったが、なんとなく汐屋は自分と話したいのではないかと思った。


「ああ、テーピングの本。バレー部って突き指とかすごいでしょ? だからいい本がないかって前に話してたから」

「それでなんでお前さんがテーピングの本なんか持っとるんじゃ?」

「私のお兄ちゃん、高等部でバレーやってるの。それでテーピング巻くの手伝ったりしてて、もっと上手に巻く方法を勉強する為に買ってたから」

「なるほどな」


 告白を盗み聞きしていた事に別に怒っているふうでもない汐屋の様子に、仁王は罪悪感が湧いてきた。


「仁王君は部活大丈夫なの? さっきジャッカル君が探してたみたいだけど」

「あ~、そりゃ戻らんといかんの」


 走り回るジャッカルの様子を思い浮かべ、仁王は笑う。


「もうすぐ昼食でしょ? 今朝のお礼に柳生君と仁王君にランチご馳走するよ」

「別にええよ」

「だって、仁王君本当は嫌だったのに手伝ってくれたでしょ。申し訳ないじゃない」

「……そんなことないぜよ」


 正直言葉に詰まりそうになった。汐屋は今朝見せた自分の作り笑いに気づいていたのだ。


「ーーーまた嘘ついてる」


 今度こそ言葉に詰まった。

 こんなに一度に何度も驚かされるなど、物心ついてからの人生で一度も無い。


「嫌な時は嫌って言っていいのに、仁王君って変なトコ真面目だよね」

「……」

「おい、仁王!」

「あ、ジャッカル君」


 何故一度も他人にバレた事の無い作り笑いが分かったのか、そして自分の事を真面目だと言った意味が知りたかったのだが、丁度ジャッカルが青筋を立てながら走ってきたので聞けなかった。


「お前、何油売ってんだよ!」

「こんにちは、ジャッカル君」

「おう、えっと、汐屋」

「うん、覚えててくれてありがとう」

「おう。ーーーっと、仁王、真田のやつがカンカンだぜ、早く戻るぞ」


 仁王の隣りにいる汐屋に挨拶をすると、ジャッカルが仁王の腕をしっかりと掴む。


「まったく、真田は気が短いのぅ」

「お前が真面目に練習しねーからだろ?」

「それじゃあ柳生君に伝えておいてね、また後で」

「あ、ちぃと待ちんしゃい」


 さっさと行ってしまった汐屋に、仁王はジャッカルに掴まれた腕を見て諦めた。

 また後で聞けばいい。

 そう思い、仕方なくテニスコートへと戻った。





                                続く…







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