西風が運ぶは希望の旋風か、復讐の刃か


「なあ、クォヴレー。この機体って……」
「ああ、おそらくは複数のパイロットによる運用を前提としたマシンだろう。
どこまでも姑息な真似を、ユーゼス……くそっ!」
クォヴレーが苦虫を噛み潰した表情で吐き捨てる。
現在、モニターにブライスターとブライガー、ひいてはブライ・シンクロンについての解説が映し出され、
それを操縦席でクォヴレーが、その後ろからトウマが覗き込んでいる。
マニュアルに(物凄く見にくく)書かれてあった通りである。
このバトルロワイアルにおいてあまりに不利な状況に置かれている自機に、クォヴレーは苛立ちを隠せない。

機体と武器のコントロールが独立した操縦システム。
戦いを強制する本ゲームの根本ルールからして、単座でもある程度の戦闘は可能なはずだが
本来の性能を100%生かすことはまず出来まい。
たとえ自分がどれほどの凄腕パイロットであったとしても、だ。

さらに、運用に専用の機体が必要な決戦兵器ブライカノン。
外部との接触が不可能なこのステージにおける使用は、事実上不可能と考えるべきだろう。
単純な戦力という面だけでもハンデを二つ背負わされている。

そして、24時間というタイムリミット。
現状でブライ・シンクロンが可能であったことから、
補給を行う際に物質増大プラズマが照射され、時間制限がリセットされると考えるのが自然だ。
最後に補給を行ったのは、今から4時間ほど前……とすると、あと20時間程か。
戦力の集結、首輪の解析、歪曲空間の突破、そしてユーゼスとの決戦―――
参加者の半数が死に、確実な補給を期待しにくい現状を照らし合わせると、あまりに微妙すぎる時間だ。

あまりに出来すぎた現実に、思わずフッと自嘲じみた笑みを浮かべるクォヴレー。
これではまるで、実験室のフラスコだ。
その実験室の主がユーゼスなのか、はたまたそれをも上回るような、想像も付かぬ存在なのか。
神ならぬ彼等にうかがい知ることなど出来ようはずもない。
今の自分たちに出来ることは、目の前の現実に立ち向かうことだけだ。



「……なあ、クォヴレー」
「やめておけ」
トウマの言わんとすることを一瞬で察し、先んじて制するクォヴレー。
「だがよ、ここはイチかバチか、俺も操縦に参加して――!」
「今はまだ、イチかバチかで行動する時じゃない。
分の悪い勝負にベットするには、まだ早い」
一度も振り返ることなく、ただ前だけを――ジョシュアと鉄也がいるであろう空の先を見据え、クォヴレーは言い切った。
「くッ……!」
握りしめた拳に力がこもり、掌に爪が食い込む。
トウマとて、ブラスターピットに乗り込むことのリスクも、今ここで自分が死ぬわけにはいかないことも、十二分に承知している。

だが……だが!
苦楽を共にしてきた友が、魔道に堕ちた鬼神と一人戦うのを、指をくわえてただ見ていろというのか!
目的を同じくする戦友の絶体絶命の危機を、ただ見守ることしか許されないと言うのか!
闘志と共に悪を蹴り砕くと誓ったこの俺に出来ることは、それだけしか無いというのか……!

「……そう遠くないうちに、お前の力が必要になるときが来る。必ずだ。
だから、今は俺を信じてくれ、トウマ。
必ずジョシュアを助け出してみせる……!」
クォヴレーの呟きに思わずトウマがハッとなる。

トウマはこの時ようやく気付いた。
苛立っていたのは、自分だけではないことに。
いや……むしろ、苛立っているのは、焦っているのはクォヴレーの方であったことに。
思い返してみれば、この男がこれほど感情を剥き出しにしたことがあっただろうか。

そう思い至ったとき、彼の何とも言えない『脆さ』が、トウマには見えたような気がした。
この世界に呼び込まれる以前の記憶を持たないクォヴレーにとって、この世界で出会った仲間との絆が彼の全てなのだ。
彼にとって友を失うことは、それはそのまま己の半身を喪うことと等しい。
『何をしている……お前も一緒に行って、早く奴を追うんだ!』
イキマの言葉が思い返される。
そして、目を瞑って一つ大きく息を吸い込む。

(そうだ……俺が熱くなってどうする。
むしろ、俺がクォヴレーをフォローしなきゃいけないんじゃないか!)

そして、吸い込んだ息をゆっくりと吐き出し、改めて口を開く。
「……ああ、わかった。
俺の命、お前に預けるぜ、クォヴレー」
「!?」
思わずクォヴレーが振り返る。
そして、トウマはしてやったりと言わんばかりの会心の笑顔でこう続けた。
「死ぬときは一緒だなんて言わないぜ。
帰りは3人で、だ。違うか?」
自分自身にも言い聞かせるように、不敵な笑みを浮かべて言葉を綴るトウマ。
そう言えば、これまでずっとクォヴレーにはフォローされっぱなしだった。
一度くらい立場が入れ替わるのも悪くない。
「……ああ、その通りだ」
クォヴレーもまた、不敵な笑みを浮かべ返す。

彼は、気付いているだろうか。
自分がこの世界に来て笑ったのは、これが初めてだということに。






「大丈夫かしらね、あの二人……」
ブライスターの消えた東北東の夜空を見つめ、セレーナが呟く。
「何言ってやがる、あの二人がやられてたまるかよ!」
「気持ちは解らないでもないけど、あれは戦闘機と言うよりむしろ移動用のシャトルにしか見えなかった。
満身創痍とは言え、あの機体とパイロットは尋常じゃないわ」
反論するリュウセイに、淡々と冷静な分析を切り返すセレーナ。
リュウセイもそれ以上言葉を続けることが出来ず、唇を噛んで黙り込む。
返り討ち―――最悪のシナリオが二人の脳裏を掠める。
「止せ、今はそんな事を言っても始まらん。
 俺達に出来るのは、あの二人が無事にジョシュアを助け出してくることを祈るだけだろう」
どこまでもネガティブに落ち込んでいきそうな二人の思考を止めたのは、半壊したノルス・レイから漏れたイキマの声だった。

「あ、ああ、そうだよな……そう言や、あんたも怪我の治療を――――!?」
『セレーナさん、レーダーに反応! 西から何かが高速で接近してます!』
イキマへの返答をリュウセイが口ごもるのとほぼ同時、エルマが異常を告げる。

その直後。


鋼鉄の巨人が、猛烈な迅さで駆け抜けた。

その刹那、3人は見た。
巨人の肩に立つ、一人の少年の姿を。

「いかん、あの男は危険すぎる……!」

イキマは己の経験から、彼の持つ力に戦慄した。
邪魔大王国の将として幾多の戦場を駆けた記憶の内でも、最も危険な類。
己の命もろともに、相対する者に死を振りまく狂戦士。
暴走する感情のままに振るわれる力の恐ろしさを、彼は知っていた。


「ううっ………!」

リュウセイは自身の念動力から、彼の心を感じた。
深く、暗く、そして激しい殺意。
その底に横たわる、巨大な悲しみ。
そして抑えきれない自身への怒りを。


「あの子……私と同じ……!」

セレーナは彼の瞳から、彼女自身を見た。
絶望の淵を彷徨い、己の破滅を知りながら引き返せぬ羅刹の道を往く哀しき戦鬼。
彼女は知らない。
あの『鬼』のパイロットも――奇しくも、彼の仇である男と―――同じ目をしていることに。




リョウトは眼下に広がる光景から、己の感覚の正しさを確信していた。
『あの一件』以来、自分の感覚が異様に研ぎ澄まされている。
ここからさらに東北東――――圧倒的な殺意と共に、明確に気配を感じる。

無惨に破壊された廃墟と、そこに倒れる二機の力尽きた妖精、立ち尽くす一体のマシン。
今のリョウトにとって、それらは路傍の石と同価値のものでしかない。
だが、路傍の石も時に道標となる。
その一点のみにおいて、リョウトにとって彼等は意義を持っていた。

ほんの数分前、東の空が赤く燃え上がったのを思い出す。
奴だ、という予感めいたものはあった。
その予感が確信へと変わっていくことに―――現実の分析と己の感覚がピタリと噛み合ったことに、
リョウトは言いしれぬ愉悦を覚えていた。
自分の感覚が正しければ、あと数分もあれば到着するはずだ。

ああ、もう少しだ。
もう少しであの男を殺すことが出来る……!

「……待っていて、リオ。もう少しだから―――」



その頃、旋風は一足先に戦場へと辿り着こうとしていた。

「あいつだ! 見えたぜ、クォヴレー!」
「ああ、こちらも確認した……!」

北東の湖畔、外周の歪曲フィールドからさほど遠くない位置に浮かぶシルエット。
狼のスイッチに手を掛けるその動きに、もはや迷いはない。

かけがえのない仲間を守るため、今、最後の封印が解かれる―――


「ブライ・シンクロン、マキシム……!」







【クォヴレー・ゴードン 搭乗機体:ブライガー(銀河旋風ブライガー)
 パイロット状態:良好、冷静さを取り戻す
 機体状況:良好
 現在位置:F-1
 第一行動方針:ジョシュアの救出
 第二行動方針:主催者打倒の為の仲間を探す
 第三行動方針:ラミアともう一度接触する
 第四行動方針:なんとか記憶を取り戻したい
 最終行動方針:ヒイロと合流、及びユーゼスを倒す
 備考1:本来4人乗りのブライガーを単独で操縦するため、性能を100%引き出すのは困 難。主に攻撃面に支障
 備考2:ブライカノン使用不可
 備考3:ブライシンクロンのタイムリミット、あと20時間前後】

【トウマ・カノウ 搭乗機体:ブライガー(銀河旋風ブライガー)
 パイロット状態:良好、頬に擦り傷、右拳に打傷、右足首を捻挫
 機体状況:良好
 現在位置:F-1
 第一行動方針:ジョシュアの救出
 第二行動方針:主催者打倒の為の仲間を探す
 最終行動方針:ヒイロと合流、及びユーゼスを倒す
 備考1:副司令変装セットを一式、ベーゴマ爆弾を2個、メジャーを一つ所持
 備考2:空間操作装置の存在を認識
 備考3:ブライガーの操縦はクォヴレーに任せる】


【リョウト・ヒカワ 搭乗機体:ジャイアント・ロボ(ジャイアント・ロボ THE ANIMATION)
 パイロット状態:感情欠落。冷静?狂気?念動力の鋭敏化?
 機体状況:弾薬を半分ほど消費
 現在位置:E-1
 第一行動方針:剣鉄也を殺す
 最終行動方針:???(リオを守る)
 備考1:ラミアの正体・思惑に気付いている
 備考2:鉄也の位置をほぼ完全に把握している】


【イキマ 搭乗機体:ノルス・レイ(魔装機神)
 パイロット状況:戦闘でのダメージによる出血あり
 機体状況:胸部装甲を中心に大幅に破損。戦闘不能
 現在位置:E-1
 第一行動方針:ジョシュアの救出をトウマとクォヴレーに託す
 第二行動方針:主催者打倒の為の仲間を探す
 第三行動方針:ユーゼスの空間操作を無効化させる手段を探す
 最終行動方針:仲間と共に主催者打倒
 備考1:空間操作装置の存在を認識
 備考2:ブライスターがブライガーに変形出来ること(ブライシンクロン・マキシム)を知らない】

【リュウセイ・ダテ 搭乗機体:フェアリオン・S(バンプレオリジナル)
 パイロット状態:上半身打撲
 機体状態:装甲を大幅に破損。動作不能
 現在位置:E-1
 第一行動方針:ジョシュアの救出をトウマとクォヴレーに託す、イキマの救出
 第二行動方針:戦闘している人間を探し、止める
 第三行動方針:仲間を探す
 最終行動方針:無益な争いを止める(可能な限り犠牲は少なく)
 備考1:ブライスターがブライガーに変形出来ること(ブライシンクロン・マキシム)を知らない】

【セレーナ・レシタール 搭乗機体:ARX-7アーバレスト(フルメタル・パニック)
 パイロット状況:健康
 機体状況:活動に支障が無い程度のダメージ
 現在位置:E-1
 第一行動方針:イキマの救出
 第二行動方針:G-6基地へ向かい、首輪の解析をしているフォッカー、遷次郎と接触する
 第三行動方針:ヘルモーズのバリアを無効化する手段を探す
 最終行動方針:ゲームを破壊して、ユーゼスからチーム・ジェルバの仇の情報を聞き出す
 備考1:トロニウムエンジンを所持。グレネード残弾3、投げナイフ残弾2
 備考2:ブライスターがブライガーに変形出来ること(ブライシンクロン・マキシム)を知らない】


【イキマ 搭乗機体:ノルス・レイ(魔装機神)
 パイロット状況:戦闘でのダメージによる出血あり
 機体状況:胸部装甲を中心に大幅に破損。戦闘不能
 現在位置:E-1
 第一行動方針:ジョシュアの救出をトウマとクォヴレーに託す
 第二行動方針:主催者打倒の為の仲間を探す
 第三行動方針:ユーゼスの空間操作を無効化させる手段を探す
 最終行動方針:仲間と共に主催者打倒
 備考1:空間操作装置の存在を認識
 備考2:ブライスターがブライガーに変形出来ること(ブライシンクロン・マキシム)を知らない】


【二日目:19:05】





前回 第208話「西風が運ぶは希望の旋風か、復讐の刃か」 次回
第207話「悪魔に囚われし少女 投下順 第209話「考察
第209話「考察 時系列順 第217話「兇 ―Devil Gundam―

前回 登場人物追跡 次回
第205話「それぞれの仲間の絆と事情 クォヴレー・ゴードン 第211話「殺戮の向こうに未来を夢見て
第205話「それぞれの仲間の絆と事情 トウマ・カノウ 第211話「殺戮の向こうに未来を夢見て
第197話「復讐の闇 リョウト・ヒカワ 第211話「殺戮の向こうに未来を夢見て
第205話「それぞれの仲間の絆と事情 イキマ 第215話「精霊の導き
第205話「それぞれの仲間の絆と事情 リュウセイ・ダテ 第215話「精霊の導き
第205話「それぞれの仲間の絆と事情 セレーナ・レシタール 第215話「精霊の導き


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最終更新:2008年06月02日 04:26