兇 ―Devil Gundam―
「むぅっ……!?」
そして身構える東方不敗の前で、青年の姿は変貌を遂げた。
それは、さながら白き竜。
零影と比べて一回りほど大きな体躯を誇る、それは紛う事無き人ならざる異形。
ほんのつい先刻まで保っていた人間の姿を捨て去って、青年は異形の肉体に変わり果てた。
ベターマン・ネブラ。霧の化身に姿を変えて、ベターマンは翼を広げる。
アルジャーノン――東方不敗に対する激しい闘志を明らかにして。
「なんと……只者ではあるまいと思っておったが、よもや人ですらなかったとは……!」
天高く飛び上がったベターマンを見上げ、東方不敗は緊迫の面持ちで呟きを洩らす。
ガンダムファイターとして、キング・オブ・ハートとして、数多の戦場を駆け抜けてきた東方不敗である。
並大抵の出来事では、驚く事などないはずだった。
だが、その東方不敗をもってしても、目の前で起きた今の現象は驚愕に値するものであった。
まさか、このような化け物と戦う事になろうとは――
「面白い……!」
かつて経験した事の無い、人ならざる者との戦い。それに血潮を滾らせて、東方不敗は拳を固める。
この化け物に流派東方不敗がどこまで通用するか――それを思うと、楽しみでならん!
それはアルジャーノンによる殺人の衝動ではなく、武術家としての純粋な闘志。
強者との戦いに心震わせ、東方不敗は闘気を練った。
「くらえいっ! 超級! 覇王……日輪弾ッッッッ!!」
零影の突き出した掌より、気の奔流が撃ち放たれる。
それは、さながら日輪の輝き。莫大な破壊力が込められた気の塊が、激しい輝きを放ちながらベターマンに襲い掛かる。
さしものベターマンとて、この一撃を食らってしまえば一溜まりもない。
戦闘不能とまではいかなくとも、深手を負ってしまう事は目に見えていた。
無論、東方不敗とて、この一撃で勝敗を決せられるとは思っていない。
なにせ、相手の実力には見当すら付いていないのだ。
撃ち放った奥義の一撃が様子見であったとしても、なんら不思議ではないだろう。
<…………!>
撃ち放たれた闘気の奔流を、ベターマン・ネブラは回避する。元より様子見目的の一撃、避ける事は難しくない。
そして回避を行いながら反撃に出る事も、無論難しい事ではなかった。
「む…………?」
東方不敗が目を向ける中で、その異変は始まった。
――濃霧。
辺り一帯を覆い尽くさんばかりの濃い霧が、前触れも無しに立ち込め出す。
それは山の天気が変わりやすいとはいえ、あまりにも異常な霧の立ち込め方であった。
長く世界の各地で修行を続けて来た東方不敗ではあったが、これほどまでに急激な霧の掛かり方は見た事が無い。
だからこそ、この霧が如何なる理由で立ち込めたのか、東方不敗はその理由に見当が付いた。
そう、ベターマンである。超音波の振動により、大気中に霧を発生させる。
ベターマン・ネブラが得意とする音波攻撃の一つであった。
「なるほど、まずは視界を潰す気か……」
一寸先すら見渡す事の出来ない濃霧に、センサー類が機能しない現在の状況。なるほど、確かに悪くない手だ。
だが、甘い。
たとえ視界を奪おうと――気配を断たねば、意味は無い!
「そこかぁっ!!」
視界を遮る濃霧の向こう側から、叫び声と共に何かが投げ込まれる。
それは零影が持つ武装の一つ、鎖分銅。恐らくは鎖で翼を絡め取り、機動力を奪うつもりなのだろう。
この攻撃、甘んじて受ける訳にはいかない。
――サイコ・ヴォイス。鎖分銅の固有振動数に波長を合わせ、ベターマン・ネブラは高周波を放つ。
投げ放たれた鎖分銅は、一瞬の内に塵と化した。
<強い……やはり、ネブラでは……>
東方不敗の実力は、ベターマン・ラミアの予想通り……いや、それ以上だった。
フォルテの力を使わなければ、自分に勝ち目は無いだろう。
だが、それを理解していながら――ベターマン・ラミアはフォルテの使用を躊躇っていた。
フォルテの実が残り少ないから、オルトスの実を精製しなければならないから。それも、確かにあるだろう。
だが、それだけではなかった。
「やはりと言うか、やりおるわ。だが……」
ベターマン・ネブラの攻撃を凌ぎながら、東方不敗は強敵との戦いに心を躍らせていた。
今の所、戦況は自分の優位に傾いている。武装の幾つかは失われたが、機体に目立った損傷は無い。
そして東方不敗が放った攻撃は、これまでに幾つかの確かな手応えをネブラの身体に与えていた。
しかし、である。その武術家としての研ぎ澄まされた戦闘センスが、東方不敗に教えていた。
この怪物は――二重の意味で、己が全力を出してはいない。
<何故だ……、何故、殺そうとしない……!?>
ベターマン・ラミアが、フォルテの使用を躊躇っている理由。
それは、東方不敗の攻撃に“殺意”が全く存在しないからであった。
アルジャーノンの気配は、今なお確かに感じている。
しかし、アルジャーノンの感染者に見られる殺戮衝動は、全くと言って良いほどに感じ取れてはいなかった。
だからこそ、ベターマン・ラミアは戸惑う。
この男を殺すべきか、それとも殺す必要など無いのか――
「超級! 覇王! 電撃弾ッッッッッ!」
……忍者と白竜の戦いは続く。
それは傍目から見てみれば、凄まじい戦いに見えた事だろう。
だが、違うのだ。
東方不敗にせよ、ベターマン・ラミアにせよ、全力を出してなどいない。
流派東方不敗最終奥義、石破天驚拳――
フォルテの実――
お互いが隠し持っている切り札を、未だに使おうとはしていない。
それは、何故か?
<抑え込んでいると言うのか……アルジャーノンを……>
……やがて戦いの中、ベターマン・ラミアは理解する。
武術家は拳を交わす事によって、お互いの事を知り合う事が出来ると言う。
ベターマン・ラミア。
彼は武術家ではなかったが、それでも戦いの中、東方不敗の意思を感じ取っていた。
だからこそ、フォルテの実を使わない。
そう。この死力を尽くしたように見える戦いは、いまや拳で語り合う為のものとなっていた。
もはや、お互いに殺意は無い。
……そうして、どれだけの時間が流れたのだろうか。
やがて二人は距離を取り、そして全身の力と緊張を解く。
だが――その時、その瞬間だった。
――ぞわ、り。
「「ッッッッッッッッ……………………!?」」
それは遙か彼方より伝わってくる、ベターマンと東方不敗を思わず震え上がらせてしまうほどの圧倒的な重圧感。
それを、彼は知っていた。かつて悪魔と手を結んだ事のある、その老人は知っていた。
「この気配……まさか、奴が甦ったとでも言うのか!?」
かくして、戦いは新たな局面を迎える。
キング・オブ・ハートにベターマン。
人類を守護する使命を持った二人の前に立ちはだかるのは、人の手によって作り出された最兇の悪魔――
――デビル・ガンダム。
【ベターマン・ラミア 搭乗機体:ベターマン・ネブラ(ベターマン)
パイロット状況:良好
機体状況:体表に多少の掠り傷
現在位置:D-6(岩山)
第一行動方針:謎の気配(デビルガンダム)を調査する
第二行動方針:アルジャーノンが発症したものを滅ぼす
第三行動方針:他の参加者に接触し情報を得る
第四行動方針:リンカージェル、フォルテの実を得、オルトスの実を精製する
最終行動方針:元の世界に戻ってカンケルを滅ぼす
備考1:フォルテの実 残り2個 アクアの実 残り1個 ネブラの実 残り1個
備考2:リミピッドチャンネルによってデビルガンダムの存在を感知した
備考3:東方不敗に関しては現在敵対する意思は無いが、アルジャーノンが発症すれば全力で倒すつもりでいる】
【東方不敗 搭乗機体:零影(忍者戦士飛影)
パイロット状況:良好。アルジャーノンの因子を保有(殺戮衝動は気合で抑え込んでいる)
機体状況:機体表面に多少の傷(タールで汚れて迷彩色っぽくなった)
鎖分銅消滅、弾薬消耗
現在位置:D-6(岩山)
第一行動方針:デビルガンダム復活の事実を確認する
第二行動方針:ゲームに乗った者を倒す
最終行動方針:必ずユーゼスを倒す
備考:過去の因縁と、武術家としての直感によって、デビルガンダムの存在を感知した】
【二日目 19:10】
最終更新:2008年06月02日 16:14